第38話 ある約束

 パレッタやキースの訓練のためにおじい様とおばあ様の邸宅を訪れた私たち。初日から私とおじい様が模擬戦などしたり、個々の問題をおじい様が理解するために模擬戦などを行わせた。そして翌日、本格的な訓練が開始された。


 訓練開始初日。 いよいよ訓練が始まるという事もあってマリーらもパレッタも、更に特別に体力作りのためのメニューを渡されたミーナも、誰もかれもやる気に満ち溢れていた。

 

 各々がそれぞれの訓練を行っていた。持久力をつけるために屋敷の周りを走り回る者。筋力をつけるために腕立て伏せや木の枝を使って懸垂をする者。実戦慣れのために、レベルの近い者を相手に模擬戦をする者などなど。


 そして私はおじい様から、見え見えの隙に誘われてしまう癖への訓練として、状況を見極める判断力を養うために、という名目でおばあ様と屋敷の傍の東屋でチェスをしていた。が……。


「うぐぐぐっ」

 うぅ、今私は完全に追い詰められていた。盤面に、噛り付くような姿勢で注視しつつ、何とか起死回生を狙って駒を動かすのだが……。

「はい、チェックメイト」

「うっ。……ま、負けました」


 ま、またしても私は敗北を喫した。今の私は、おばあ様相手にチェスで全敗の状況だった。うぅ、おばあ様とチェスは何度かした事があるが、今も昔も、一度も勝てた試しがないんだよなぁ。

「まだまだねレイチェル。もう少し相手の動きを考えなさい?存外、何でもない一手が勝利のための布石になるのよ?」

「は、はい。おばあ様」

 やはりこの手の事はあまり得意ではないんだよなぁ。私は。


「レイチェルの真っすぐな性格はとても良い物だとは思うけど、戦場ではそうもいっていられないでしょう?もう少し、大局的に物事を見るよう癖をつけないといけないかしらね」

「癖、ですか?」

「えぇ。人間というのは、一度癖がつくと、殆ど無意識にやってしまう事もあるのよ?相手を注意深く観察し、常に思考を巡らせる。もちろんそんな癖が簡単につくわけではないから、言う程簡単ではないでしょうね。でも、それを意識すると良いわ。そのためにはまず、相手の表情をよく見る事ね」

「表情?というと?」


「良いレイチェル。チェスは確かに盤上で駒を動かし戦う物だけど、戦うのは人と人。だからこそ盤上ばかり見ていないで、相手の顔を見なさい。相手の顔の僅かな反応を見逃さないように、ね」

「あっ」

 言われてみれば、私は今までおばあ様の顔を見ずにチェスをしていたような……。ははっ、やっぱりおばあ様にもまだまだ敵わないなぁ。とはいえ、ヒントは貰ったっ!


「ではおばあ様っ!もう一度、お願いしますっ!」

「ふふっ、レイチェルは元気ねぇ。でも、そう何時間も根を詰めてもダメよ。私も、少し休憩しているからあなたも皆の方を見てきたらどう?」

「そうですか。では、一旦失礼します」

 おばあ様も休憩したいとの事だし、無理に連戦をお願いするわけにもいかないだろう。それに、確かに私自身少し息抜きをしたかった。


 なので、私は一度おばあ様と別れ、皆が訓練をしている裏庭の方へとやってきた。さて、皆は何をしているのだろうか?私は周囲を見回し、皆の様子を見る。


 ある者は他の仲間と木剣を手に模擬戦を繰り返している。


 ある者は筋力を鍛えているのだろうか?木の枝に腕だけでぶら下がり、その状態のまま懸垂を繰り返している。


 ある者は、持久力強化の為だろうか?何も持たず動きやすい恰好のままランニングを続けている。


 うん、皆しっかし鍛錬に励んでいるな。と、感慨にふけっていると。

「あれ?隊長?」

「ん?あぁマリーか」

 声がしたのでそちらを向くと、休憩なのかタオルで汗をぬぐっていたマリーが私に気づいてこちらに歩み寄って来る所だった。


「隊長、こちらに何や用ですか?確か、おばあ様とチェスで訓練を、って話じゃ?」

「あぁ。今さっきまでコテンパンにやられていた所だよ」

 私はそう言って苦笑を浮かべながら肩をすくめた。

「アドバイスを貰ったのだが、おばあ様も歳だからな。休憩も兼ねて皆の様子を見に来たんだ。マリーは、休憩中か?」

「はい。さっきまでパレッタちゃんと模擬戦をしていたんですが、今は休憩中です」

「そうか」

 マリーはパレッタと模擬戦をしていたのか。ならば少し聞いてみるか。


「時にマリー、パレッタの様子はどうだ?おじい様から渡された小さめの木剣を使っているのだろう?戦ってみた感想はあるか?」

「そうですねぇ。やっぱりパレッタちゃん、速度に関しては隊長と同格くらいですからねぇ。今までも何度か手合わせした事がありましたが、今日のパレッタちゃんには何度もヒヤリとさせられましたね」

「ほう?マリー、お前をしてそんなにか?」

「えぇ。パレッタちゃんの持つ木剣は、私たちの振るってるのより小さいからリーチが短いんですが、その分斬り返しの速度が速いのと。リーチを補うために超近距離での戦いになるんですが、そこまで来ると殆ど懐まで入り込まれてるような状況で。逆に長い木剣だと滅茶苦茶対処しづらいですよ。マジで何度冷や汗を欠かされた事か」

 マリーは驚嘆したように息をつきながらパレッタとの模擬戦内容を話してくれた。

「成程」


 マリーの話を聞いて、頭の中でイメージする。確かにパレッタは小柄で、速度面でも私に引けを取らない。そんなのが懐に入って連続した攻撃をしかけてくれば、確かに対処も難しい。何より、そんな相手など私でも今までお目にかかった事がない。


 つまり、そう言った相手との戦闘経験が無い、少ないという事だ。それ自体は戦闘時の有利不利に関わる事だ。

「足と連撃を生かした超近距離戦か。となるとパレッタは1対1の戦いを得意とした騎士になりそうだな」

「そうですねぇ。集団戦には向かないかもしれませんが、確かに切り込み要員としてはかなり才能ありますよ、パレッタちゃん」

「そうだな。これは、私もうかうかしていられないな。パレッタに抜かされないようにしないと」


 パレッタの才能が確実に開花しつつある事に嬉しさを感じつつ、私も隊長として頑張らないとな。と、やる気を見せていると。

「あ~~でも、自信無くしそうですよ私」

「ん?どうした急に。悩み事か?」

「はい、まぁ。パレッタちゃんはまさに成長期って感じでさっきだって危なかったし、騎士として抜かされそうで怖いですし。ミリエーナ様は希少な魔法師としての才能を持ってるし。このままだとどっちかに副官の座を奪われそうで怖いな~、なんて」

「そうか」

 

 マリーは、笑ってこそいるがその言葉は冗談ではない。現に彼女は小さくため息をついている。こういう時の彼女は、冗談のふりをして本当の事を言っている。それくらいは分かる程、私は彼女と長いのだ。ここは隊長として、フォローしなければな。


「だが気負う事はないぞマリー。お前にはあの二人にはない物がある」

「え?なんです?それって?」

「それはずばり、『経験』だ」

「経験?」


 小首をかしげるマリーに、私はさらに続けた。

「あの二人と私は出会ってまだ数か月だ。まして、二人が私の元で戦った経験など皆無。無いに等しい。一方のマリーには、長く私の隣で私を支えてくれた経験があるだろう?それがあるのはマリー。お前だけだ」

 私は彼女に微笑みかけながら、その肩に手を置く。


「ッ、隊長?」

「自信を無くす必要などない。これから先も、マリーは私の一番の副官だ。お前が居るから、私はここまでやってこれたんだと、そう思っているよ」

 私は彼女に優しく微笑みかけた。すると……。


「ふ、ふふっ!そうですよねぇっ!私には二人にない経験がありますからねぇっ!」

 マリーは顔を赤く染めながら笑みを浮かべている。褒められて恥ずかしいのか?可愛い奴め。

「その意気だ。それじゃあ私は他の皆の所を回ってみるよ。マリーも、適度に休みながら頑張れよ。まだまだ訓練は始まったばかりだからな」

「は~いっ!」


 元気の良い返事に私は笑みを浮かべながらその場を離れた。それからレオやキースと言った面々の元へと行き、皆と少し話をする。


 そして歩き回っていると。

「ん?」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」

 木陰で木に両手をつき、荒い呼吸を繰り返しているミーナを発見した。かなり疲れているようだな。声をかけておいた方が良いかもしれない。


「ミリエーナ様」

「あっ、お、お姉さまっ、お、お疲れ様、ですっ!」

「お疲れ様です。それにしても、大丈夫ですか?かなり疲れているようですが?」

「え、えぇ。何とか、と言った所でしょうか」


 何とか呼吸を整えるミーナだが、よく見ると大量の汗を浮かべ、足も若干震えていた。これは、無茶をしているかもしれないな。仕方ない。

「ミリエーナ様、とりあえず木陰で少し休みましょう。見たところかなりお疲れの様子ですし。初日から無理をし過ぎて体を壊しては、元も子もありませんよ」

「そう、ですね。分かりました」


 ミーナもかなり疲れていたのだろう。少し迷うような反応を見せたが、すぐに頷いた。それから私はミーナと共に、手近な木陰に腰を下ろした。そのまま日陰でゆったりしていると、風が私たちを撫でていく。


「あぁ、風が気持ちいいです」

 ミーナは息をつき、笑みを浮かべながら木に寄り掛かっている。ここはひとつ、世間話ついでに様子を聞いてみるか。


「ミーナはどう?おじい様から言い渡された訓練は?」

「……正直に言うと、かなりキツいですね」

 彼女は少し、苦笑を浮かべながら答えてくれた。


「お姉さまの隣に立つために、お姉さまと別れた後、体力作りなど色々自分でやってはいたのですが。それも付け焼刃だったのですね。ここで皆さんの動きを見ながら、体力作りのためのトレーニングをしていると、それが良く分かります。戦うために自らを鍛えていた皆さんと私では、まだまだ天と地ほどの差がある事を」

「そう。……それで、ミーナは何か感じた?やっぱり騎士団は無理だ、とか」

「……」


 私が問いかければ、ミーナは無言で空を見上げ、何かを考えているようだった。これは、彼女の事を考えての言葉だった。


 ミーナは私を好いてくれている。そのことは十分ありがたいと思っている。しかし騎士団の任務は危険だ。傍に居てくれた方が守りやすいのもあるが、だからと言って聖龍騎士団で戦う事を強いるつもりはない。

「もし、ミーナが望むのなら魔法師としてだけではなく、事務仕事を手伝う、秘書官や文官として騎士団で働く、という選択肢もあるが、どうだ?」


「……それも、一つの手なのかもしれません。お姉さまの傍に居る、という願いも叶い。尚且つ前線で戦うよりも危険度は少ないでしょう。でも……」

 ミーナは言葉を区切り、私を見つめる。


「それでは『お姉さまの隣に立てない』。私はそんな女で終わる気はありません」

「ミーナ」


 彼女の、覚悟に満ちた瞳に思わず私は息を飲んだ。

「私の夢の一つ。それはお姉さまの隣に立つ事です。お姉さまの隣で、これからの人生を歩んでいく事です。それを諦めるつもりも、何かを言い訳にして夢に蓋をする気も、もうありません。私はもう、言い訳をして逃げるようなお姉さまと出会う前の私ではありませんから」

「そうか」


 彼女には確かな覚悟があった。私の質問は、野暮だったかもしれないな。

「なら、やっぱり体を鍛えたりするしかない、か」

「はい。と言っても、まだまだなのですが」

 そう言って恥ずかしそうに苦笑を浮かべるミーナ。でも、それでも彼女が頑張っているのは分かっている。


「ミーナは、おじい様から鍛錬のメニューを貰っていたけど、内容はどんな感じなんだ?」

「えっと、アルバート様から頂いたメニューの内容はとにかく体力を付ける、という物でした。アルバート様曰く、体力が無ければ何も始まらない、と。なので基本的にはランニングを行い体力を付けるように、と。もしこの訓練期間中に、アルバート様がある程度認めてくだされば追加で護身術の訓練などをして下さる、との事でしたが。今はとにかく体力を作るように、と」

「成程。それで走っていた訳か。今の足の様子は?」

「正直に言うと、既に痛い、ですね。長時間のランニングは、殆ど経験がありませんでしたから」


 そう言ってミーナは腿の辺りをさすっている。ふむ、ここは……。

「ならばミーナ、私が少しマッサージをしてやろう」

「えっ!?」

 マッサージ、と聞くと途端にミーナは顔を赤くし目を見開いた。

「よ、よろしいのですかっ!?お姉さまが直々にっ!?」

「えぇ。こういった事は無理をしても怪我の元になりかねないから。適度に休息と、後はマッサージでもして体を休めないと。良ければ、今ここでするけど、どうする?」

「ッ!ぜ、ぜひっ!お願いしますっ!」

 ミーナは嬉しそうに笑みを浮かべながら何度も頷いた。


「分かった。それじゃあ、触るけど、良い?」

「は、はいっ!」

 頬を赤く染め、緊張した様子の彼女の横顔を伺いつつ、ロングスカート越しに彼女の足に触れる。


「んっ!」

 するとそれだけでミーナがビクンッと体を震わせた。

「ッ、だ、大丈夫かミーナッ!?痛かったかっ!?」

「い、いえっ!痛いのではなく、そのっ、お姉さまに触られたと思うだけで、思わず体が反応してしまって。は、恥ずかしいですっ!」

「そ、そうか」


 頬を赤らめる彼女の言葉に、とりあえず深く考えないようにしようと私は考えた。と、とにかく今はマッサージだっ!それ以外は考えるなっ!


 私はスカートの上からミーナの腿やふくらはぎの辺りを揉む。

「んっ、んっ」

 その都度、ミーナの体が僅かに跳ねる。がっ!気にしたら負けな気がするっ!とにかく気づかないふりをしようっ!なんか『イケない事』してる気がしない訳でもないが、とにかく気にしたら大変不味い気がするのでとにかくスルーしようっ!


「……い、痛くはないか?ミーナ?」

「は、はいっ、だ、大丈夫で、んっ!」

 か、考えるな私ぃっ!反応だけを見ていると明らかに不味い事しているようにしか見えないが、そうっ!私がしているのはマッサージなのだっ!何もやましい事はしていないっ!


 か、考えるなっ!ただマッサージに集中するのだ私ぃっ!それに運動後のマッサージは重要だっ!と、とにかくミーナの為にも頑張らなければっ!


 その後私は、脳内でずっと『マッサージに集中マッサージに集中』と自分を言い聞かせながら、時に艶やかな声を上げるミーナの足をマッサージした。


 数十分後。

「ありがとうございますお姉さまっ!足もだいぶ楽になりましたっ!」

「そ、それは、良かった」

 心なしか、肌が艶々していて満面の笑みを浮かべているミーナ。対して私は変な事を考えないようにしようとしていて、逆に疲れていた。あぁ、休憩中のはずなのに今から休憩したい。


「そ、それではミーナ。ミーナも訓練を頑張るように。けれど無茶だけはしないように。良い?」

「はいっ!お姉さまっ!」

 ミーナの元気いっぱいの返事も聞いたし、私は『じゃあ後で』と言って彼女と別れた。


 ふぅ、ミーナのマッサージをしていたら何だか余計疲れた。後様子を見てないのは、パレッタか。先ほど模擬戦をしていた時には見かけなかったが、少し辺りを探してみるか。


 辺りを探し、何人かに声をかけてパレッタの事を聞いてみると、どうやらマリーとの模擬戦の後、小休止を挟み持久力強化の為のランニングをおじい様から言い渡されていたらしい。となると屋敷の周りを走り回っているのだろうか?


 教えてくれた部下に礼を言って離れた直後。

「あっ!姉ちゃんっ!」


 屋敷の裏から、汗を流しながらも走っていたパレッタが現れた。彼女は私を見つけるなり、笑みを浮かべて駆け寄って来た。……若干猫や犬っぽいなぁ。っといかんいかん。こんな事を思っていてはパレッタに失礼だ。

「お疲れ様、パレッタ。かなりの汗だが、大丈夫か?」

「あぁっ!すげぇ疲れたけど、大丈夫だっ!」

 パレッタは汗を流しながらも、満面の笑みを浮かべている。


「姉ちゃんのじいちゃんが、この木剣くれて、試してみたらすげぇ使いやすいし、戦い方も色々教えてくれてさっ!なんていうか、自分が強くなってるのが分かるんだっ!それが嬉しくてしょうがないんだっ!」

 彼女は汗を流しながらも瞳をか輝かせていた。おじい様にお願いをして正解だったな、とつくづく思う。


「そうか。それは良い事だが。パレッタ。流石に汗の処理をしないと風邪をひくぞ?」

「え?」

 彼女は小首をかしげているが、私から見ると彼女は全身汗でびっしょりだ。

「強くなると実感出来て嬉しいのは分かるが、風邪を引いたら元も子もないぞ。タオルは、持っているか?」

「え~っと。……あっ!部屋に置いてきちゃったっ!」

「やれやれ。仕方ない。少し待っていろ。今取って来る」

「ありがとう姉ちゃんっ!」

「気にするな」


 そう言って私は一旦屋敷の中に戻り、近くにいたメイドの者にタオルを貰いパレッタの元へ。そして、木陰でパレッタの汗を拭いていた。


「へへっ!くすぐったいっ!」

「我慢しなさい」

 木陰に座る私。その前に腰を下ろすパレッタ。私は彼女の頭や、少しばかり服をまくって背中の汗を拭いてやっていた。


 しかし、こんな事をしていると、まさに姉妹という感じだな。妹が居たら、こんな感じなのだろうか。パレッタが妹だと、『お転婆で手はかかるが可愛い妹』、と言った所か。それも悪くないな。


 なんて、そんな事を考えながらパレッタの頭や背中の汗をタオルで拭いてやる。

「終わったぞパレッタ。後は自分で出来るな?」

「うんっ!」


 粗方汗も拭き終えたので、タオルを彼女に渡す。

「では、私はそろそろ屋敷に戻る。またおばあ様相手にチェスで訓練だ」

「そっか」

「あぁ。では、またあとでな」


 少し名残惜しそうなパレッタにそう言って、その場を離れようとしたのだが……。


「ね、姉ちゃんっ!一つ良いかなっ!?」

「ん?」

 不意にパレッタが声をかけてきたので、足を止めて振り返った。

「どうした?」

「も、もしもだけどさっ!もしこの訓練で頑張ったら、何か、えっと、そ、そうっ!ご褒美っ!何かご褒美が欲しいんだっ!」

「ご褒美?具体的には、どんな?」


「う、え、えっとっ!ま、まだ全然思いついてないけど、で、でもご褒美とかが貰えるなら、もっと、もっとっ!頑張れるかなぁって思ってさっ!」

 顔を赤くし、少し恥ずかしそうに語るパレッタ。その眼には、期待と不安の色が見え隠れしていた。


 しかし、ご褒美か。……まぁ別に構わないか。そう言った物一つでもやる気に違いが出るかもしれないし。

「良いぞ。ならば訓練期間中にそのご褒美の内容を考えておいてくれ」

「えっ!?良いのかっ!?」

 パレッタは嬉しそうに笑みを浮かべている。よほどご褒美が嬉しいと見える。


「あぁ。それでパレッタのモチベーションが保てるのなら良しとしよう。あっ、でも極端に高い物とかは流石に無理だからな?その辺りは流石に勘弁してほしいんだが……」

「だ、大丈夫だよっ!それより、約束だからなっ!頑張ったら、ご褒美貰うからなっ!」

「はいはい。分かってるから」

 まくし立てるようなパレッタの姿に、私は子を宥める親のように笑みを浮かべながら頷いた。


「よっしゃぁっ!約束だからな姉ちゃんっ!」

 パレッタは満面の笑みを浮かべると、タオルを握り締めながら駆け出した。去り際、『訓練頑張るぞぉっ!』と息巻いていたようだし、まぁ良しとしよう。


 そう考えながらパレッタを見送った私はおばあ様の元へと向かった。


 しかし、この提案がのちに大変な事を巻き起こすとは、その時の私は微塵も思っていなかったのだった。


     第38話 END

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