第33話 ミーナの覚悟
王都へとやってきたミーナ。しかし彼女の素性と過去を考えた私は、彼女の安全のために我が家に泊める事に決めた。ともに食事をとり、風呂に入った後、私はミーナとパレッタの二人と同じベッドで眠るのだった。
ミーナを我が家に泊めた翌朝。腕の痺れを感じながら起床した後、私は二人を起こし、顔を洗うなどして身支度をした後、ローザの用意してくれた朝食で腹を満たした。その後、やってきたミーナの護衛である冒険者たちと交えて、私、パレッタ、ミーナと冒険者たちは聖龍騎士団の駐屯地へと向かった。
「ふぁ~~~」
やがて駐屯地が見えてきたころ、ばったり欠伸をしているマリーと遭遇した。
「あぁ、おはようマリー」
「あっ、おはようございます隊長っ!……って、え?」
最初は私に気づいて咄嗟に敬礼をしたマリーだったが、彼女は私の後ろにミーナと護衛の冒険者がいるのに気づくなり、疑問符を浮かべた。
「あの、隊長?なんでフェムルタ家のご令嬢、もといお嫁さん候補がここに?」
「あぁうんっ!色々言いたい事があるが今はやめておこうっ!事情を説明するとだなっ!」
クソゥッ!マリーの奴は周囲が勘違いする事を簡単に言いおってっ!
「そ、そんなっ!お嫁さん候補なんてぇ~♪」
「くっ!?」
そして私の傍で嬉しそうに笑みを浮かべ、赤くなった頬に手を添えているミーナとそれを見て表情を歪めているパレッタッ!うぅっ!朝から大変な事になる予感しかしないっ!
「んんっ!あのだな、マリー。以前お前にも見せた手紙に、みー、あぁいや。ミリエーナ様が魔法の勉強をしている、と書いてあっただろう?」
「あぁ、そういえばそんな事がありましたね。確か、花嫁修業の一環でしたっけ?」
「んんっ!んんんっ!」
あぁもうっ!あきれ顔のまま怒ってるよマリーッ!なんでか知らないけど彼女が怒ってるのは分かったよっ!くぅっ!何なのだ、朝からこんな状況になるなんてっ!今日は厄日なのかっ!?後ろでは『そんなぁ♪花嫁修業だなんてぇ♪』と言って非常に嬉しそうなミーナと、滅茶苦茶しかめっ面のパレッタがぁっ!うぅっ!ホントに嫌な予感しかしないなぁっ!
とにかく咳払いをして私は誤魔化すっ!
「と、とにかくだなっ!ミリエーナ様は私たちに現在の、魔法師としての腕を披露したいそうだっ!」
「はいっ!お姉さまの隣で戦えるよう、努力してきた成果をお見せしますっ!」
「ッ」
ミーナの言葉を聞くとマリーは一瞬、表情を歪め、真剣な表情のまま彼女の傍へと歩み寄る。
「あの、ミリエーナ様?」
「え?はいっ」
「……失礼を承知で申し上げますが、あなたは戦う、という事の意味をご理解なさっているのですか?」
「ッ」
どこか、威圧的な表情のマリーにミーナも息をのんでいる。
「我々聖龍騎士団は、基本的に他の騎士団では対応不可な任務をこなすか、彼らへの応援という形で各地に派遣されます。当然、小隊の負傷率や死亡率も、他の騎士団と比較して高い傾向にあります。……また、我々は魔物だけでなく、人を相手に殺し合いをする可能性もあります。それを、ご存じの上で隊長の、聖龍騎士レイチェル・クラディウスの隣に立つと、本気で仰っているのですか?」
「……」
マリーの言葉にミーナは口を横一文字で結び、二人とも真剣な表情のまま、お互いに睨みあうような表情で視線を交わしている。が、やがてマリーはパレッタの方を一瞥した。
「パレッタちゃんについて、事情はご存じですか?」
「えぇ。お姉さまから聞き及んでいます」
「であれば、パレッタちゃんが騎士団に入団した理由は分かりますよね?パレッタちゃんには『そうせざるを得ない事情』がありました。しかしミリエーナ様にはそれがない。あなた様は騎士の家系ではありませんし、騎士として働く必要もありません。『大切な人の傍に居たい』という気持ちは理解できますが、そんな事で続けられる程、聖龍騎士団の仕事は簡単なものではありません。……それでも、騎士団として戦うと仰るのですか?」
次第に周囲の空気が重苦しい物になっていく。傍にいたパレッタや護衛の冒険者たちは固唾をのんで様子を見守り、私も静かにミーナの答えを待っていた。 こればかりは、私が邪魔するわけにはいかない。 マリーの言う通り、我々はいざとなれば人とだって戦う。だが、それは覚悟がなければできない。 戦うのなら、必要なのだ。ミーナ自身の覚悟が。
「……仰っている事の意味は分かります」
やがて、数回深呼吸をしてから、ミーナはマリーを見据え、話し始めた。
「騎士団の仕事は、危険で、辛く、簡単な物ではない事は重々承知しております。ですが私の望みは、願いは、お姉さまの傍にいる事です。私の夢を応援すると言ってくれた、お姉さまの隣に居たい。それが嘘偽りのない、私の決意です」
「では、そのために戦えると?その覚悟があると?」
「……残念ながら、その質問に対して、今の私は明確な答えを出すことが出来ません。例え今、覚悟は出来ていると言ったとしても、それは実戦など知らない小娘の戯言です」
「ごもっともですね」
「……ですが、私にも、一つだけ確かな覚悟があります」
「それは?」
「それは……」
ミーナは、一度言葉を区切って深呼吸をしてから、再び真っすぐとマリーを見据えている。その眼には、その表情には、一片の迷いもなく確かに彼女の覚悟の色が見て取れた。
「それは、お姉さまの隣に立つ事、です」
「隊長の?」
「はい。あの日、あの時、私を守ってくれたお姉さま。私の夢を応援すると言ってくださったお姉さま。私は、そんな気高くも優しいお姉様の隣に居たい。そのためならば、どのような困難にも立ち向かう覚悟ですっ……!」
ミーナは自分の思いを、意思を口にし、今はマリーを真っすぐ見据えている。しばし、無言で向き合う二人。だったが……。
「はぁ。分かりました」
不意にマリーの方がため息をつき、同時に諦めたような表情を浮かべている。
「それだけ真っすぐな目を見れば、まぁ相応の覚悟はあるんだろうなぁってのは分かりますし」
「っ!?ではっ!」
「あぁもちろん、いきなり騎士団で働くのを認めたとかじゃ無いですよ?」
笑みを浮かべるミーナに対してマリーは釘を刺すような言葉で語りかける。。
「ただ、確認だけはしておきたかったんです。どんな形であれ、騎士団で働くって事は簡単じゃありませんからね。文字通り、命がけです」
「そうですね。仰る通りです。今の私はまだまだです。皆さんとは力も体力も、比較にすらならないでしょう。ですが、せめて私の思いが通じたのならば、一歩前進ですっ」
ミーナはそう言って満足そうに笑みを浮かべていて、それを目にしたマリーの方は、驚き、直後に呆れたように苦笑を漏らしている。
「ともあれ、申し訳ありませんでした。このような、ミリエーナ様の心意気を試すような形になってしまって」
「いいえ。どうかお気になさらず」
頭を下げるマリーに、ミーナは笑みを浮かべながら答えている。どうやら後腐れなどは一切ないようで、私としても安心できる。
「ではミリエーナ様、どうぞ建物の中へ。例の魔法の披露の前に、聖龍騎士団団長のレジエス団長にも、念のためお会いして話をしておいた方が良いでしょうし」
「分かりました」
彼女が頷くのを確認すると、私はマリーやパレッタの方へ視線を向ける。
「パレッタ、マリーも。行くぞ」
「「は~いっ」」
二人とも、異口同音の返事をしながら私に続く。
そして、駐屯地内を歩いていた時。
「さっきはありがとう、マリー」
私はそばを歩いていた彼女に歩み寄り小さく耳打ちをした。
「おかげで助かったよ」
「別に。お礼を言われる程の事じゃありませんよ。私自身、確認したかったんで」
マリーは怒るでもなく、嫌悪するでもなく、微笑し肩をすくめながら答えた。よかった、マリーの奴はミーナやパレッタの話題を出すと機嫌が悪くなるからな。
「でも、本当ならあぁいうの、隊長の役目じゃないんですか?仮にも隊長を慕って騎士団に入ろうっ、なんて言ってるんですからね」
「うっ、た、確かにその通りなんだが……」
マリーの言う通り、本来ミーナに覚悟を問うべきは私自身だった。仮にも私を追って騎士団に入りたいと言っているんだ。その覚悟を確かめ、彼女の今後を考え、彼女に今後のアドバイスをするのは、他ならない私の役目だ。しかし、今まさにその一つをマリーに肩代わりしてもらう形となった。しかし、私なりに考えていた問題があった。
「何か悩んでる事でも?」
彼女は私の悩んだ表情に気づいたのか、問いかけてきた。
「実は、ミリエーナ様の今後について、前々から考えていたんだ」
「と、言うと?」
「知っての通り彼女を狙う輩はまだいる。今後ミリエーナ様が、屋敷やフェムルタ伯爵家の領地を出て何かをするとなると、護衛も必要だろう。その場合、私の傍にいてくれるのであれば、ある程度護衛もしやすいし、何より傍に居ればそれ以外の平時でも助けになれるだろう」
「成程」
「だが、かといって聖龍騎士団の仕事は他の騎士団と比べて危険度も高い。正直、私の傍、この第5小隊の中に籍を置く場合とそうでない場合、どちらがより危険度が高いのか、前々から考えていたんだが、正直に言うと『どっちもどっち』な気がしていてな。彼女の騎士団入りの話について、ずっと迷っていたんだ」
「あ~~。それを考えると、確かにそうですね~」
『確かに』と言わんばかりの表情で頷くマリー。
「確かに隊長の傍、第5小隊ならそこいらの有象無象は問題ないでしょうけど、仕事にも同行するとなると、危険度は付き物ですよねぇ。かといって、下手にあのお嬢様だけで動くのも色々危険ですし」
「仮にも私は聖龍騎士である上、部隊の皆もそこいらの騎士団や冒険者などよりよっぽどの精鋭だ。それならばまぁ、傍にいてくれた方が守りやすい、と考えていたんだが」
「まぁ確かにその通りですよねぇ。現に私たちが一回はあのお嬢様を守ってる訳ですし」
「かといって一緒に仕事をするのも危険、というまぁ一種の板挟み状態、という訳だ」
「成程。悩んでいる理由は分かりましたけど、隊長としてはどっちよりの考えなんです?」
「個人的にはそばにいてくれた方が守りやすい、とは思ってるんだが、やはり仕事の最中の危険を考えるとな。それに部隊の皆を、マリーを、フェムルタ家のゴタゴタに巻き込むことにもなりかねない。そう思うと彼女の部隊入りにも待ったをかける自分が居る、というのが現状だ」
「成程。早い話が、いつものヘタレ思考って訳ですね」
「うぐっ!?」
大丈夫だと思っていたがマリーの鋭い言葉の一撃が突き刺さるっ!
「そ、それは分かっているが、やはり色々問題もあるだろう?」
「まぁ、それは分かりますよ。でもっ」
不意にこちらに視線を向けるマリー。私に向けられた彼女の表情は、いつになく真剣で、曇りのない瞳は真っすぐ私を見据えていた。
「私は、隊長の強さと優しさを知っていますっ!騎士の名に恥じない、立派な人だって知ってます!そんな隊長が誰かを守りたいって思うのなら、いくらでも協力しますよっ!なにせ、私はあなたの副官っ、マリー・ネクテンなんですからねっ!」
「っ」
彼女の頼もしい言葉を聞いていると、不思議と笑みがこぼれる。 まったく、あぁ、まったく。本当に私の副官は、マリーは、頼もしい存在だ。
「ありがとう、マリー」
私は微笑みを浮かべながら、彼女の頭に手を置き、優しくなでる。
「あっ」
「お前は、本当に頼りになるな。自慢の副官だよ。いつも、傍にいてくれて、本当に助かっているよ。ありがとう」
彼女に笑みを向けながら撫でていると……。
「ふ、ふふふっ!そうでしょそうでしょっ!わ、わた、私ほど優秀な副官はそう居ませんからねぇっ!」
褒められて嬉しいのか、それともはたまた恥ずかしいからなのか、マリーは顔を赤く染めながらも満ち足りたような笑みを浮かべている。
「やれやれ。ん?」
そんな彼女に私を笑みを浮かべていたのだが、不意に感じた視線に気づいてそちらに目を向けると……。
「「む~~~~っ!」」
「へっ!?」
な、なぜかミーナもパレッタも揃って頬を膨らませているっ!?
「「お姉さま(姉ちゃん)の浮気者ぉっ!」」
「えっ、えぇ~~~!?なんでっ!?」
なぜ二人とも怒っているんだっ!?こ、ここはマリーに助け舟をっ!
「えへへ~~♪」
ってぇっ!?マリーはマリーでなんか嬉しそうにトリップしてないかっ!?クソゥッ!今なぜかマリーの背後にお花畑が見えるがっ!
「「うぅ~~~~!」
こっちはこっちで二人とも怒ってて修羅場だぁっ!
「ずるいぞ姉ちゃんっ!撫でるならウチもっ!」
「えっ!?」
「何を言っているのですかパレッタさんっ!こういう時は先に出会った私の方が先ですっ!というわけでお姉さまっ!どうぞ私の頭を撫でてくださいなっ!」
ミーナが何やら期待に満ちた表情で私を見つめ、その隣で『ウチが先だよなっ!?』と言わんばかりの、嫉妬心に満ちたような視線で私を見上げるパレッタッ!しかもマリーの方は当てにできないしっ! そもそもなんでいつもこうなるんだ~~!
「ちょ、ちょっと待ってくれぇ~~!」
結局、私は情けなく叫ぶ事しか出来ないのだった。 そして、そんな私たちを遠巻きに見ていた冒険者たちは、ずっと乾いた笑みを浮かべているのだった。うぅ、朝から色々大変だなぁ。
あの後、何とか二人を宥め、私は3人を連れてレジエス団長の所に向かった。ミーナや冒険者たちの出入りに関して許可をもらうためだ。
「失礼しますっ!」
「ん?あぁ、おはようレイチェル、っと」
入室すると団長から挨拶が返ってくるのだが、すぐさま私のあとに続いては行ってきたミーナや冒険者たちに気づき、一瞬眉がピクリと動くのを私は見逃さなかった。。
「おはようございますっ、レジエス団長」
「あぁおはよう。所で、後ろの彼女達は?お客さん、と言った所かな?」
「はい。実は……」
私は団長に順を追って説明した。ミーナが私に会いにここへ来た理由。なぜ冒険者を連れているのか。そして、ここに今日来た理由も。
「成程。つまり、フェムルタ嬢は将来的にレイチェルの傍で戦いたい、と。そのために魔法を学んでいて、その成果をお前にお披露目したい、という事であってるかな?」
「えぇ。その通りです」
「分かった。話の内容は理解したが、そうだな。俺もフェムルタ嬢の魔法披露、見学に行っても構わないか?」
「えっ?レジエス団長自ら、ですか?」
「あぁ」
団長は、頷くと座っていた執務机の椅子から立ち上がった。
「レイチェルなら当然知ってると思うが、騎士団に在籍している魔法師の絶対数が少ないのは分かるな?」
「はい。魔法師は、超常の力である魔法を扱う事が出来ますが。その反面、魔法を習得出来る者、ましてそれを実戦レベルで扱える者は決して多くはありません。また、騎士団と言う国に仕える事を嫌う魔法師などは冒険者としての職を選ぶ場合もあり、騎士や兵士の総数に比較すると、魔法師の数は少ないと言わざるを得ません」
「そうだ。外国との戦争に備えている軍を始め、各騎士団でも魔法師の数は少ない。実際、今でも戦いの中心は歩兵や騎兵だからな。しかし、魔法とは先ほどレイチェルが言ったように『超常の力』だ。扱える者がいれば心強いし、強力な魔法は無数の敵だって薙ぎ払う威力がある。いわば、切り札のような存在だ」
団長は、そういうと静かに私の傍へと歩み寄る。
「そんな魔法の適正を持った者が騎士団に来たんだ。俺としても、フェムルタ嬢の力を見ておきたい。どうだ?」
「仰っている意味は分かりますし私は構いませんが……。ミーナ、構わないか?」
流石に本人の許可無しにはな、と思い後ろの彼女に、肩越しに振り返って問いかけてみる。
「はいっ!むしろ上手く行けば聖龍騎士団の団長さんに私の事を覚えていただくチャンスですっ!であれば、こちらからお願いしたいくらいですっ!」
「っ!ははははっ!こいつはまた、ポジティブなお方だっ!」
笑みを浮かべ、やる気満々な様子のミーナを前にして団長も驚き笑みを浮かべている。
「では、見せてもらうとしましょうかっ!ミリエーナ・フェムルタ嬢っ!あなたの魔法の技をっ!」
「はいっ!頑張りますっ!」
ミーナは目を輝かせ、やる気に満ち溢れた表情で頷く。どうやらいよいよ、ミーナの魔法師としての力量を見せてもらう時が来たようだな。
私は、ミーナ、パレッタ、マリー、更に護衛の冒険者たちと団長を連れて訓練場へと向かった。 さて、彼女はどれほどの魔法師になったのか。楽しみだ。私は年甲斐にもなく、期待に胸を膨らませながら訓練場へと向かった。
第33話 END
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