第3章 三つ巴の山岳合宿編

第31話 邂逅する2人

 聖龍騎士として働く私、レイチェル・クラディウス。ある日私は、青銅騎士団が手を焼いていた、王国南部の山脈地帯で活動する山賊の討伐を指示された。現場に向かった私と仲間たちを待っていたのは、子供ながらも大人の騎士を圧倒する少女の剣士、『パレッタ』に率いられた元鉱夫とその家族たちで構成された盗賊団だった。 何とか盗賊団のアジトを突き止め、そのメンバーを捕らえる事に成功した私達だったが、それで全て解決とはならなかった。

彼らが盗賊団をしなければならなかった原因。それはレリーテ山脈での採掘権を握っていた貴族、イオディア・クリジットの横領に端を発していた。私達はイオディアの悪事の証拠をそろえ、奴を逮捕。 しかしこの一件が国王陛下の目に留まり、私はパレッタと共に王都へと向かった。 

 そして話し合いの末、これまでのパレッタらの罪の軽減と引き換えにパレッタは私の第5小隊で騎士として仕事をすることになった。 そして一か月の月日が流れ、パレッタが騎士としての仕事を始めた初日。 私達の前に現れたのは、3か月ほど前。私が依頼で助け、結果的に私をお姉さまと呼び好意を抱く少女、『ミリエーナ・フェムルタ』伯爵令嬢だった。



~~~~~

「「………」」


 え、え~~っと。状況を整理しよう。 


 1、 今私のすぐそばで伯爵領から私を心配してやってきたミーナとパレッタが無言でにらみ合っている。

 2、 仕事終わりで寮や自宅に戻る道中の騎士たちが足を止め、なんだなんだ?と言わんばかりにこちらを見ている。

 3、 さらにマリー達は、遠目に私たちを見つめて苦笑したり、呆れたような表情を浮かべている。


 さて、現在の状況はこんなところなのだが。………え?何この状況?どうしてこうなったの? 私は理解が追い付かず、しばし呆然としていた。


 しかし、不味い。騎士団駐屯地前でこのような。というか……。


「あの、マリーさん?あれ放っておいていいんですか?」

「良いの良いの。あれ、無自覚に女の子を惚れさせてるからあぁなるの。自業自得よ」

 キースの言葉に答える呆れ顔のマリーっ。あいつが何を言ってるのか分からないが、この状況はいろいろ不味いっ!


「あ、あの?ミーナ?パレッタ?」

「お姉さまの妹は私一人で十分ですっ!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよっ!姉ちゃんの妹はウチだっ!」

「お、お~い、二人とも?」

「何を言っているのですかあなたはっ!私とお姉さまは、運命の赤い糸で結ばれた、言わば運命の姉妹っ!そこにあなたの入る余地などないのですっ!」

「うるせぇっ!運命なんか知るかよっ!う、ウチはっ、ウチは姉ちゃんのことが、すすす、好きなんだっ!お前の運命なんか、知ったことじゃねぇっ!」


 パレッタァァッ!?!?やめてぇっ!こんな往来の場でそんなこと言わないでぇっ!ほら、みんな見てるよっ! なんかこっち見ながら『初々しいねぇ』とか言って微笑んでるやつとか、キャーキャー言ってる私の部下たちがいるよぉっ! うぅ、恥ずかしいっ!恥ずかしさで今にも顔から火が出そうだぁっ!


「なっ!?い、言うではありませんかっ!ならば私も声を大にして言いましょうっ!私も、お姉さまを愛しているとっ!」

「っ!こ、こいつぅっ!」

 そしてミーナァァァァッ!あなたまで何を言ってるのっ!? 見てっ!お願いだから周りを見てぇっ! なんか『おっ?修羅場かな?』とか、『三角関係か~』とか言ってる外野の人たちがいるのぉっ!なんか残念な奴を見るみたいな視線で私を見てる人たちがいるのぉっ!お願い二人とも今すぐやめてぇっ!


「おいおい、なんだこりゃ?何の騒ぎだ?」

 と、そこに現れたのはレジエス団長っ!団長は状況が分からないのか?疑問符を浮かべながら周囲を見回している。 うぅ、まさか、まさか団長にこんな情けないところを見られるなんてぇっ! って、んっ? 

 何やらマリーが団長の傍へと歩み寄り、こちらをチラチラ見ながら団長に何かを耳打ちしている。 な、なにを? なんか団長がこっちを見ながら呆れたような表情をしてるんだがっ!?マリーの奴、なにを言ったんだっ!?


「あ~~。成程。そういうことか」

 団長はマリーの話を聞くと、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべながら私の方へと歩み寄ってくる。

「レイチェル」

「な、なんでしょうか?」

 うぅ、な、なんか嫌な予感が……。


「あの二人、お前さんの嫁候補らしいな」

「…………へ?」


 今、レジエス団長は何と言った?私の、『嫁候補』?一体、何を言ってらっしゃるのだろうかこの人は? 私の頭では理解が追い付かない。本当になぜ、そう思ったのだろう?


「ん?なんだ違うのか?マリーから今まさに聞いたんだが?」

「ッ!!!ま、マリィィィィィッ!お、お前団長に何てこと吹き込んでるんだぁぁぁぁぁっ!」

 私は周囲も気にせず顔を真っ赤にしながら叫んだっ!マリーの奴なんて事をっ!

「てへっ♪間違えちゃいました~♪」

「お前は笑ってごまかすなぁぁぁっ!」

 わざとらしく笑みを浮かべるマリーッ!うぅっ、クソォッ!


「え?何?あの二人ってクラディウス隊長の嫁候補なの?」

「なるほど。だから二人とも険悪なわけだ。ライバルって事になるんだろうし」

「良いよなぁクラディウス隊長。は~~、俺も可愛い嫁さん欲しいなぁ」

 なんか周囲で遠巻きにこっちを見てる連中の声が聞こえるが、クッソ~~!他人事だと思ってぇっ!というか最後の奴っ!何をどう考えたらそう見えるんだっ!


「まぁ、とにかくだな。ここで喧嘩させておいても目立つだけだぞ?どこか落ち着ける場所か、お前の家でゆっくり話し合いをさせるべきじゃないのか?パレッタも、あのご令嬢もお前の関係者だろ?」

「う、うぅ。分かりました」


 確かに、このままここで二人が口論していては、私の恥ずかしい話が周囲にダダ洩れになってしまうっ!それだけは何としても避けなければっ!


「あ、あの~~。ミーナ?」

「ッ!はいっ!なんでしょうお姉さまっ!」

 私が声をかけると、パレッタと火花を散らしながら睨みあいをしていた彼女が表情を180度、瞬く間に変えて満面の笑みを浮かべながら私の方へと駆け寄ってくる。 


「その、ここでは人の目もあるし、とりあえず私の家に来ないか?落ち着いて話もしたいし」

「えっ!お、お姉さまの家に、ですかっ!?」

「う、うん」

 な、何だろう。ミーナは頬を赤くし、若干恍惚としたような表情を浮かべている。……めちゃくちゃ嫌な予感がするが、今は仕方ない。

「それはもうっ!行きますっ!行かせていただきますっ!」

「わ、分かった」

 とても嬉しそうに笑みを浮かべ、今にも飛び跳ねだすのではないか?と思う程に喜んでいるミーナ。 しかし……。


「なぁ姉ちゃん、ホントにこいつ家に連れていくのかよ?」

 傍に寄ってきたパレッタが滅茶苦茶不機嫌な様子で問いかけてきた。

「す、すまないパレッタ。しかし落ち着いた場所で話をするとなると、家くらいしか無くてな」

「……ちっ。しょうがないなぁ」

 舌打ちっ!?今舌打ちしたよねパレッタっ!?そんなにミーナを家に上げるのが嫌なのかっ!?


「と言うか、なぜあなたが、お姉さまが私を家に招くことに関して意見しているのです?」

 ミーナはやたら『私を』の所を強調し、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。が……。

「んなの姉ちゃんと一緒に暮らしてるからに決まってるからだろっ!」

「……へ?」

 彼女はパレッタの一声を聞くと、呆けた声を上げ、しばし呆然としていた。


「く、暮らしている?誰と、誰、が?」

「だから、ウチと姉ちゃんがっ、姉ちゃんの家でだよっ!」

「つ、つまり、二人は、同棲、している、と?」

「おぉっ!一つ屋根の下でなっ!何なら同じベッドで寝てるぞっ!」

「な、何ですってっ!?」

『『『『ザワザワっ!!』』』』

 

 まるで自慢するように胸を張り、満面の笑みを浮かべるパレッタ。その言葉の前に狼狽し、驚愕した表情を浮かべながら後ずさるミーナ。………でもなぁっ!パレッタっ!最後の言葉は不味いんだぁっ! 


「ま、まさか、同じベッドって、そ、そういう関係なのかっ!?」

「百合だな。マジもんの百合だ」

「元から浮いた話を殆ど聞かない人だったけど、まさか、『そっち系』の人だったのか?」

「あ、ありえるな」


 周囲でなんかいろいろ邪推してる奴らがぁっ!と言うか、一部盛大に誤解している奴らがいるぞっ!わ、わた、私はそっち系とかじゃないぞっ! うぅっ、顔が熱いっ!


「お、お姉さままさかっ!?ここ、この子ともう既に初夜をっ!?」

「ミーナッ!うんっ!行こうっ!今すぐ私の家に行こうっ!さぁこっちだっ!」

 なんだ初夜ってっ!ミーナもミーナで変なことを考えて口走らないでくれっ! しかし今はここから一刻も早く離れたかったっ!だからミーナの手を取り、足早に歩きだしたっ!


「あぁっ!待ってくれよ姉ちゃんっ!」

 さらに慌てた様子で駆け寄ってくるパレッタ。

「あ~あ~。修羅場ですね~~。ふふっ!」

 そして若干面白そうに笑ってるマリーっ!クソゥッ、あとで覚えてろよマリーッ!


 その後、マリーの護衛として雇われていた、近くでことの次第を見守っていた冒険者達も連れて我が家に戻った。

 ミーナはその素性から狙われている可能性が高い為、仕方の無いことなのだが……。何だろうなぁ。冒険者達の私を見る目が、残念な奴を見る目になっているような気がしてならない。今だって私と目が合うと苦笑を浮かべてるし。


 更に運の悪い事に……。

「「…………」」

 無言でっ!ミーナとパレッタが私を挟んで睨み合いながら火花を散らしてるんだよなぁっ!しかも、二人とも私の腕をそれぞれ抱くようにしてギュッと強く握りしめている。


 道行く人たちは、「何だろう?」と言わんばかりに足を止めてこちらを気にしている。いやまぁ実際、少女二人が女騎士の腕を取って火花を散らしていれば、状況が分からず気になるだろうが……。 うぅ、注目されるのは慣れてないし、第一恥ずかしいっ! な、何とか家にたどり着かねばっ!


「あら?あれってレイチェル様?」

「ホントだわ。でも両隣の女の子たちはいったい?片方は確か、パレッタちゃんよね?」

 さらに運の悪いことに、ご近所で見かけた事のあるご婦人にまで見られてしまったぁっ!うぅ、急いで、急いで帰らねばっ!


 私は必至にポーカーフェイスを浮かべながら、二人と冒険者たちを連れて家に向かった。

そしてたどり着いて、逸る気持ちを表すように、いつもより少し乱暴にドアを開け広げ、殆どなだれ込むように中へと入った。


「よ、ようやく帰ってこれた」

 うぅ、たくさんの人に見られた。下手をすると、よからぬ噂の一つでも流れないだろうか。そう考えると、頭が痛くなってくる。


「おかえりなさい、レイチェルさ、あら?」

 そこに臆から現れたローザ。しかし彼女は突然の来客を前に足を止め首をかしげている。


「えぇっと、お嬢様?これはいったい?」

「あ、あぁ。すぐにいろいろ話したいんだが、とりあえずお茶の用意を。冒険者の彼らには、とりあえず客間で休んでもらってくれ。パレッタと、その、こちらの少女はリビングで話があるから、そちらにもお茶を頼む」

「か、かしこまりました」

 状況はよくわかっていないようだが、ローザは足早にキッチンの方へと向かう。


 その後、冒険者たちにはとりあえず客間で待機していてもらい、私はミーナとパレッタの二人を連れてリビングへと向かった。そこでとにかく二人を椅子に座らせる。


「ここがお姉さまのご自宅なのですね~~」

「………」

 周囲を見回しながら、なぜか目を輝かせるミーナ。一方のパレッタは、仏頂面で腕を組み、いかにも不機嫌です、と言わんばかりだ。


「そ、そうなのだが、と、とりあえず自己紹介というか、二人の事について話そう。な?」

「なるほど。つまり私とお姉さまの馴れ初めを聞かせる、という訳ですね?」

「けっ!アンタと姉ちゃんの馴れ初めなんか、聞きたくないってのっ!」

 

 若干恍惚とした表情で語るミーナに対して、パレッタは敵愾心をむき出しにしている。

「……はぁ、二人の仲が険悪なのは分かった。だから私が話す。二人とも聞いてくれ」


 このままでは二人の自己紹介はまともにできないだろう。私はそう判断し、自分の口から二人に相手の状況や出会った時の事を話す事にした。


 まず、時系列から考えてミーナとの出会いのきっかけや、彼女に起こった事などを話し、次にパレッタの事を話した。


「「………」」

 すると、お互いに壮絶な出来事を経験していると知ったためか、流石に二人とも驚き、戸惑っている様子だった。


「……お辛い過去が、おありでしたのね」

「そ、そっちこそ」

 二人とも、どうやら相手に思うところがあるのか先ほどのようなピリピリとした空気は消えた。とりあえず、これで一安心、という所か。


「それよりミーナ。すまなかったな。仕事にかまけて、すっかり貰っていた手紙の事を忘れていた。本当に、申し訳ない」

「いいえ。こうしてお姉さまのお元気な姿を見る事が出来ましたし、よかったです。ですからどうか、お気になさらずに」

 頭を下げる私にミーナは笑みを浮かべながら答える。

「そう言ってもらえると助かる。しかし、よくフェムルタ伯が許可したな。ミーナは狙われている身だろう?」

「えぇ。お父様もひどく心配していましたが、何とか説得してこうして。それにおかげで、私の知らない屋敷の世界を見てみたい。その願いを少しだけ叶える事が出来ました。最初は、やっぱり少し怖かったですけど、お姉さまに会うために、と自分に言い聞かせてここまで来る事が出来ました」

「そうか」

 

 ミーナも、少し変わってきたな。以前出会った時は少し内気な感じだったが、今は夢を真っすぐ見据え、そのために頑張っているようだ。


「しかしミーナ。私の無事は確認できた訳だが、今後はどうするのだ?」

「流石にお父様やお母様が心配しますので、数日中には王都を発って我が家に戻る予定です」

「そうか。では、その数日の間は何を?」

「特にこれと言って決めている訳ではないのですが、実はお姉さまに見ていただきたい物がありまして」

「見ていただきたい物?」

「はいっ!」


 首をかしげる私に対して、ミーナは笑みを浮かべながら頷く。それはもう、私に何かを披露したくてしかたないような、ウズウズした様子、とでも言えば良いか。

「以前お手紙にも書きましたが、私、今は魔法師になるための勉強をしているんですっ!」

「あぁ、そういえばそうでしたね。って、まさか私に見せたい物って?」

「はいっ!私の魔法師としてのスキルをお見せしようと思いましてっ!」

 話を聞いていて、まさか?と思ったけど当たりだった。


「これでも私、本を読む事が大好きでしたのでっ。なのでいっぱい魔法の本を読み、お父様に頼んで、呼んでいただいた魔法師の先生から魔法を教わり、まだまだ簡単な魔法ですが、使用可能になったんですよっ!」

「えっ!?し、しかし訓練を初めて、確かまだ数か月だったはずではっ!?」


 魔法という存在は、便利であり強力である反面、それを会得するのは簡単ではない。それ故に魔法師という存在は貴重だ。現に聖龍騎士団内部においても、魔法師の数は決して多くはない。青銅騎士団や光防騎士団も、その殆どが騎士や兵士で構成されている。


 そんな中で、簡単な、とミーナは言っていたが魔法をたった数か月で会得するなど。驚きだ。

「確かに訓練や練習は大変でしたが、そこはやはりっ!お姉さまへの愛ゆえにっ!頑張りましたっ!」


 目をキラキラさせ、頬を赤く染めながら語るミーナ。……しかし頑張ったの一言でどうにかなるものでも無いような? それとも、それこそが愛の力、という奴なのか?分からん。 


 と、内心首をかしげていると……。

「はっ!?」

 不意に感じた視線。そちらに目を向けると、パレッタが不機嫌そうな表情を浮かべていた。あ~~、これは何か、あとで何かしないと不味いかっ!?うぅ、いろいろあって、考えただけで頭が痛いっ。


「お姉さま?どうかされました?お顔の色が優れない様子ですが?」

「えっ!?な、何でもないっ!何でもないぞミーナッ!」

 彼女の問いかけをすぐさま否定する。無用の心配をかけるのもあれだし、下手にパレッタの事を話してまたいがみ合うのもなぁ。


 と、そこへ。

「お嬢様、皆さま。お茶をお持ちしました」

 ティーセットをワゴンに乗せたローザが入ってきた。彼女はすぐに私たちの前に紅茶の入ったカップを置いていく。


「あぁ、お嬢様、パレッタちゃん。もしよろしければ、一度お部屋でお着換えをしてきてはどうでしょうか?せっかくの自宅なのですから、お話をするのに制服のままというのも落ち着かないでしょう」

「ふぅむ。そうだな。なら着替えてくるとするか。すまないがミーナ、少しだけ待っていてくれ」

「はい、分かりました」

 私が席を立ってのミーナは嫌な顔一つせず、微笑みを浮かべながら頷いた。しかし……。


「……」

「ん?」

 パレッタが不機嫌な様子のまま、なぜか席を立たない。


「パレッタ?どうした?着替えないのか?」

「……悪いけど姉ちゃん。こいつと二人っきりにさせてくれ。女と女、サシで話がしたいんだ」

「う、うん。分かった。だが、暴力だけは絶対にするな。いいな?」

「分かってる」

 パレッタはミーナを睨みつけるようにしながら静かに語る。しかし、万が一が無いように私は念を押す。

 若干、後ろ髪を引かれる思いだったが、パレッタには念を押したし、彼女自身も話がしたいと言っていた。ここは、彼女を信じて二人だけにしよう。私は静かにリビングを出た。


「ローザ、すまないが何が合った時のためにリビングの外に居てくれ。何もない、とは思うが……」

「かしこまりました」


 私の言葉に彼女はいつになく真剣な表情で頷く。 ローザはメイドだが、彼女もクラディウス家に仕える者としてある程度鍛えられている。だからこそ万が一の時は頼りになる。


 私は最後に、確認するようにリビングのドアを一瞥すると、足早に自室へと向かった。さっさと着替えて戻ってくるために。



~~~~

一方、レイチェルが出て行ったリビング。そこにいるのはパレッタとミーナだけ。テーブルを挟んで向かい合う二人。レイチェルが出ていくと、ミーナも笑みを消し、真っすぐにパレッタを見つめている。当然パレッタもだ。まるで、視線を外した方が負け、と言わんばかりに二人とも相手を正面から見据えている。


「お話、という事でしたが、何でしょう?」

「決まってるだろ。姉ちゃんの事だ」

 一番にミーナが口を開き、パレッタが即答する。


「お前が姉ちゃんを好きな理由も分かった。ウチも似たように助けられたからな。……でも、だからって姉ちゃんの隣を譲る気はない。ウチは、姉ちゃんが大好きだから」

 パレッタは、その言葉と共に威嚇するような鋭い視線でミーナを睨みつける。

「……仰っている事は分かっています。ですが、私とて誰かにお姉さまの隣を譲る気は毛頭ありません」

 しかしミーナの方も怯えたりするどころか、真っすぐパレッタを見つめ返す。

「あなたがお姉さまを愛しているように、私もお姉さまを愛しています。その気持ちに噓を付くつもりも、何か理由をつけて蓋をして、諦める気もありません」


 彼女は真っすぐパレッタを見つめながら、自分の思いを口にした。しばし視線を交差させる二人だったが……。


「だったら、勝負と行こうじゃねぇか」

「勝負?」

 小さなため息を漏らしたパレッタ。その口から出た勝負という単語にミーナは首を傾げた。


「そうだ。どっちが姉ちゃんの隣に立つのか、ウチとアンタで勝負だ」

「……内容は?」

「簡単だよ。『姉ちゃんに選ばれた方が勝ち』。それだけだ。でも、相手を攻撃して怪我させたり、相手の嘘の、悪い噂を流すとか、そういう卑怯な手はなし。どうだ?」

「構いません。仮にお姉さまの隣に立てたとしても、そのような汚い行為の末に掴んだのだとお姉さまに知れれば、嫌われるのは必至。そのような愚かな行為は致しません」

「決まりだな。お互い相手を妨害するのは無し。姉ちゃんに、好きな人として選んで貰った方の勝ち。これで良いな?」

「えぇ、異存はありません」


 パレッタの問いかけに、ミーナは静かに頷いた。

「だったら勝負だ。ウチとアンタ、どっちが姉ちゃんの隣に立つのか」

「えぇ。ですがその前に……」


 ミーナは徐に席を立つと、パレッタの席の傍まで歩み寄り、彼女に手を差し出した。

「な、何だよ?」

「握手です。理由はどうあれ、今の私達はライバル。お互い、愛するお姉さまを譲る気がないとは言え、正々堂々競うというのです。だからこそ、これからの競争の始まりの合図という事で、握手をしようかと。ダメでしたか?」

「いや、そういう事なら良いぜ」


 若干、戸惑った様子のミーナに、パレッタはフッと笑みを浮かべてから立ち上がり、彼女と握手を交わした。


「絶対負けねぇからな」

「こちらのセリフですわ」


 お互い、笑みを浮かべる二人。パレッタの表情も幾分か落ち着き、先ほどまであった敵愾心はなくなっていた。やがてどちらとなく握手していた手を放す。


「まっ、この勝負はウチが有利だと思うけどな」

「あら?なぜです?そう思う根拠でもあるんですか?」

「そんなの決まってるだろ?ウチは今、姉ちゃんと一緒に仕事をしてて、同じ家で生活してるんだっ!これはアンタには無いアドバンスだろっ!?」


 ビシッとパレッタはミーナに向かってどや顔をするが……。

「アドバンス?」

 肝心のミーナはそこに首をかしげていた。数秒、考え込んだ彼女は『あっ』と声を漏らして何かに納得した様子だ。それは……。


「それを言うのならアドバンス、ではなくアドバンテージではありませんか?」

「ふへっ!?」

 ビシッと決めたつもりが、間違いを指摘されたパレッタは恥ずかしさから顔を瞬く間に赤く染めた。


「とと、とにかくっ!ウチはいつも姉ちゃんと一緒なんだからなっ!その分、ウチが有利なんだからなっ!」

「ふふっ、そうですか。でも、私も負けませんから」


 顔の赤いパレッタに笑みを浮かべるミーナ。ただ、二人の間に先ほどまでの険悪な空気は流れていなかった。 


そして廊下では、レイチェルとローザが聞き耳を立てていたのだった。



~~~~

 早めに着替えて降りてきた私は、ローザと共に二人の会話をこっそり聞いていた。いや、盗み聞きはあまり良いことではないが、やはり気になってしまった。


 ただ……。うんっ、めっちゃ恥ずかしいっ!さっさと着替えて戻ってきたと思ったら、ふ、二人から告白みたいな言葉が聞こえてきてっ!うぅっ、顔が熱いっ!

「ふふっ、お嬢様ったらモテモテですね。仕える身としてとても誇らしい事です」

「うぅっ。言わないでくれぇ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ」


 さらに、なぜかローザに至っては誇らしげな笑みを浮かべている。主が同性二人から愛されているのが誇らしいって、一体どういう事なんだ? 一瞬、そんなことを考えたが、すぐさま頬の熱を思い出し顔が赤くなる。 いや、人として好意を持ってもらえているのは嬉しい、嬉しいがっ! これってつまり、私が二人のウチのどちらかを選ぶしかないって事だよなっ!?じゃなきゃ二人とも納得しないってっ!絶対にっ!


「選ばなきゃ、いけないのか。私自身が、二人のどちらかを」

 ただでさえ、ミーナの思いにどう答えるべきか決めあぐねていたというのにっ、ここで状況は更に変化してしまったっ! うぅ、これから先、私はどうすれば良いんだぁ。 あぁ、誰か。誰でもいいから妙案があったら私に教えてくれ。


 私は戸惑い、悩みながら呆然と廊下の天井を見上げた。その先にある空。そしてそこに居るかも分からない神にすら、助けを乞うように。 そして、だから、だろうか。


「選ぶ相手が、あのお二人だけとは、限りませんよ?」

 どこか意地悪な笑みを浮かべながらの、ローザの小さな呟きを私は聞き取れなかったのだった。


     第31話 END

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