第30話 門出の日、そして……
いろいろ事情もあって、わが家にパレッタを泊めた翌日。朝からいろいろ事件(?)があったものの、パレッタの仲間たちが居る青銅騎士団の駐屯地へと戻った私達。彼らは皆、多少の義務や監視が付く事になるが、新たな場所でそこそこ平和に暮らせる事に安堵しているのだった。
新たな居場所を手に入れたパレッタの仲間たちへの説明なども終わり、彼らは今日からこの村で生活する事になった。 そして日も暮れてきたので、パレッタは私達とイクシオンへと戻る事に。
その話を聞いた子供たちはパレッタとの別れに涙をしたりしていたが、親たちが『案外近くにいるから、すぐに会える』と言って何とか宥めたりする場面もあった。
「パレッタ姉ちゃ~~んっ!絶対、絶対遊びに来てね~~!待ってるからね~~~!」
「あぁ~っ!絶対遊びに来るからな~~~!」
夕暮れの中、馬車に乗り村を後にする私達とパレッタ。そして嗚咽交じりに聞こえる子供たちの叫びに、パレッタも目じりに涙を浮かべながら、子供たちが見えなくなるまで大きく手を振り続けるのだった。 そして私はいつまでも村の方を見つめるパレッタを優しく抱き寄せ、未だに涙を浮かべる彼女の頭を、彼女が泣き止むその時まで、静かに撫で続けるのだった。 それは、母が子をあやす時のように。
その後、パレッタも泣き止んだ後。イクシオンへと戻る道中での事だった。
「え?『私の家で一緒に暮らしたい』?」
聞こえてきた話に驚き、私は思わずパレッタに聞き返してしまった。
「う、うん。ウチって、王都じゃ知り合い誰もいないしさ。それに、その」
「どうした?」
「ね、姉ちゃんの傍にいる方が、安心できる気がする、から」
私の問いかけに、パレッタは頬を赤く染めながら答えた。しかし、直後に彼女は不安そうな表情を浮かべながら私を見上げた。
「だ、ダメ、かな?」
「うっ」
不安そうな表情が私の中の罪悪感を煽った。だって、今の状況で断ったら絶対パレッタは悲しむって分かっているのだから。 そう思うといきなり『ダメ』、と言うのもなぁ。
まぁ、幸いな事に我が家には来客用の客間がある。そこを使えればまぁ、どうにかなるだろうが。う~ん、家事についてはローザに一任してあるから、ここは……。
「私としてはまぁ、部屋に空きもあるから別に問題は無いのだが、生憎、掃除や料理に洗濯は殆どすべてローザに任せているんだ。なので、彼女に話も聞かずに、と言う訳にはな」
「そっか」
私の言葉を聞くと、パレッタは納得した様子で頷いた。
「何なら、また今日わが家に泊まるか?ローザも交えて3人で今後の事について話でもしよう」
「えっ!良いのかっ!?」
「あぁ。もちろんだ」
「そっかっ!へへっ!じゃあ今日も姉ちゃんと一緒だなっ!」
パレッタは嬉しそうに天真爛漫な笑みを浮かべながら私に抱き着き、お腹の辺りに自分の顔をスリスリと擦り付けている。 やれやれ、本当に懐かれた物だ。 などと考えながら彼女の頭を優しく撫でていると。 不意に、同じ馬車の荷台に乗っていた女性騎士数名がこちらを見ながら何か、ヒソヒソと話をしていたようだ。 なんだ?
「ねぇ、あれってもしかして」
「うん。十中八九、隊長に『惚れてる』ね、パレッタちゃん」
「これが正に『おねロリ』って奴なのね」
「いやパレッタちゃんは流石に『ロリ』ではないでしょう。まぁ10歳近く歳が離れてるのは確かだけどさ」
「でも、歳の差同性恋愛。……『アリ』ねっ!」
「「「うんうんっ!」」」
なんだろう。笑ってるんだから何か楽しい話で盛り上がっているんだろうが……。
『ゾワリッ!』
私の方は、原因不明の悪寒が気になって、しきりに周囲を見回しながら疑問符を浮かべるのだった。
それからしばらくして、イクシオンに戻った後、マリー達には当面の予定を説明して解散となった。
で、その当面の予定、と言うのはパレッタを中心とした物だ。これからの彼女は、騎士となるべく鍛錬を行う事になるし、これからは王都にて、寮で一人暮らしか、私の家で一緒に暮らし始める事になる。騎士団の寮生活なら最低限として食事には困らないが、衣類の持ち合わせが彼女にはない。だからそう言った物も買い集めておかないといけない。
なのでパレッタはしばらく、聖龍騎士団駐屯地にて訓練と今後必要な物の買い出し、それに装備である剣や制服、防具の用意。更に騎士として働く以上、読み書きや最低限のマナー講習も必要になってくる。 要は、『やる事はたくさんある』のである。
「うぅ、しばらくは忙しくなりそうだな~」
私と共に帰路に就くパレッタの表情は、不安でいっぱいと言わんばかりに暗い。まぁ、覚える事にやる事とかいろいろあるからなぁ。 無理もない。
「安心しろパレッタ。私やマリー達がしっかりサポートしてやる。だから大船に乗ったつもりで安心していればいいんだ」
「姉ちゃん」
不安そうな彼女を宥めるため、私は彼女に微笑みかける。
「うん、ありがと」
やがて不安そうな表情も消え、落ち着いた様子で彼女は頷いた。っと、そうだ。
「まぁ、帰ったらまずはローザと一緒に同居の件の相談だな」
「うんっ」
彼女は、何かを決意したような表情で頷き、『頑張ってローザさんを説得するんだっ』などと息巻いている。……そんなに私と一緒に同居したいのだろうか? まぁ確かに王都で生活するとなると、周りの人間は殆ど初対面だ。特に言葉を交わした知り合いとなると、私くらいだろう。 いきなり今までとは異なる環境での生活になるし、パレッタのストレスを少しでも軽減するためなら、他人よりはまだお互いを知っている私の傍が良い、と考えるのも分かる。 ただまぁ、同棲するにしてもローザの話次第だからなぁ。
などと考えながら、私はパレッタと共に帰路を歩いていた。
そして帰宅後、まだ夕食まで少し時間があったので、ローザを交えて私達3人はお茶をしながらリビングで話をしていた。
「成程。事情は分かりました」
「ならば単刀直入に聞きたいのだが、ローザとしてパレッタが我が家に住む事は大丈夫なのか?」
「家事の量が少し増える程度ですので、大して問題はありませんね。元々ここに住まうのは私とレイチェルお嬢様だけでしたので、パレッタちゃん一人を新しく迎え入れたとしても、まだまだ私には余裕がありますので。ただ、一番の問題は食費ですね」
「と言うと?」
「人が増えれば当然用意する食事も増えますし、使う食材の量も増えます。ましてパレッタちゃんはこれから騎士として働く身であり、加えて食べ盛りの時期です。食費に関しては、これまでの倍、とは行かなくてもある程度増加すると考えた方がよろしいかと」
「ふぅむ」
単純に出費が増える、と言う訳か。 今の所、収入に関してはそこそこあるし、月々の出費と収入を考えてもお金に余裕はあるが……。
「そ、それならウチ、働いて貰った給料から多くないかもしれないけど、家賃って言うの?お金を渡すからさっ!」
雲行きが怪しい、とでも思ったのかパレッタは少し早口でまくし立てるように話す。
「ふむ。……パレッタはこういっているが、ローザとしてはどうだ?」
「そうですね。では、パレッタちゃんの言ったように毎月、お給料から少額のお金を家賃としてこちらに貰いましょう。そうすれば食費の増加も問題にならないかと」
ローザの方は、パレッタの提案に頷いている。彼女の方に不満は無さそうだ。
「ではローザ。お前はパレッタの我が家への移住には賛成、と言う事で良いのだな?」
「はい。そう取っていただいて構いません。逆にお聞きしたいのですが、レイチェルお嬢様はよろしいのですか?」
「あぁ。構わない。パレッタも慣れない王都での生活を始める事になるし、傍にいてやればその都度、相談相手くらいにはなれるからな」
そう言って私はパレッタの頭をなでる。パレッタは撫でられながらも『えへへっ』と笑みを浮かべている。
「と、いう訳だパレッタ。今日からここが、パレッタの家になる。それで構わないな?」
「うんっ!姉ちゃんと一緒ならウチッ、どこだって構わないよっ!」
キラキラと輝かんばかりの瞳で私を見上げながら笑みを浮かべるパレッタ。その喜びようにつられ、私も笑みをこぼす。
さて、これで家の問題はなくなったな。となると、客間を整理してパレッタの部屋として、客間を部屋にするのだから家具もいくつか買わないとな。衣類もそうだ。 こうなってくると、しばらくは忙しい日々が続きそうだな。
と、いう訳でそれから毎日が忙しくなっていった。
ある日は騎士団の駐屯地内部の訓練場で、木刀を手に私やマリーを相手に模擬戦や体力作りのためのランニングや筋トレ。
ある日は家具や衣類の買い出しのために王都の家具店などに赴いて家具選びや衣類を買ったり。
ある日は、サイズが無いのでパレッタ用の制服をオーダーメイドで仕立ててもらうため、制服を作っている仕立て屋の所に行ったり。
ある日は彼女にあったサイズの剣を見繕うために鍛冶師の元へと行ったり。
ある日は『これも訓練だ』と言って弓の扱い方や馬の乗り方を教えたり。
ある日は騎士となるべくマナーのレッスンや礼儀の授業をしたり。
そんな忙しい日々が続く事、数週間。 既にパレッタが王都へとやってきて、一か月が過ぎようとしていた。
そして、ついにその日がやってきた。
私は執務室の団長を訪ね、報告をしていた。内容は、『今日からパレッタを聖龍騎士団第5小隊の正式な騎士として職務を開始する』、と言う物だ。
「そうか。あのお嬢ちゃんも、今日から騎士か」
レジエス団長は、とうとうこの日が来たか、と言わんばかりの喜びとも、心配ともつかない複雑な表情を浮かべている。
「やはり、未成年のパレッタが心配ですか?」
「ん?……分かるか?」
「えぇ。何やら心配そうな表情を浮かべてらっしゃったので。とはいえ、それだけでもない様子ですが?」
「……まぁな」
団長は静かに頷くと、座っていた椅子を回転させ、窓の方へと視線を向けた。
「聖龍騎士団は危険度の高い仕事が多い。故に負傷で戦えなくなった者や、結婚とか子供が生まれたから、って言う理由で辞めていく奴もいる。どの小隊でも、人員の入れ替わりが激しいのは、隊長の一人であるお前もよく知っているだろう?」
「えぇ。実際少し前に入ってきたキースも、私の元部下の弟で、彼がここを去る時に紹介されて小隊の一員となりましたからね」
「そうだ。……もう、俺の同期も皆、騎士を引退したか死んだかのどっちかだ」
団長は、青い空を見上げながら過去を懐かしむような、どこか寂しそうな表情をしている。 確かに、今のレジエス団長と同程度の年齢で騎士を続けている人間は、そうは居ないだろう。 気が付けば騎士としての立場に居続けているのは自分ひとり。
周りに自分の同期はもう、誰もいない。 それは、確かに寂しい事だろう。私は心の中でそう思いながらもレジエス団長の話を聞いていた。
「それに、折角一緒に飯食ったり仕事したりした仲間が去っていくのを見送るのもな。どうにも歳を取ると涙もろくなって叶わん。だがな」
団長は再び私の方へ体を向けると、そのまま私に向かって笑みを浮かべた。
「別れの悲しみがあるからこそ、新しい仲間が増えるという事は、俺にとってもうれしい事だ」
「えぇ。そうですね」
笑みを浮かべる団長につられて、私も笑みを浮かべながら頷いた。
そうだ。騎士なんて仕事をしていると、人との別れもたくさん経験する。それでも、別れだけではない。キースのように、かつての繋がりから生まれる『新しい繋がり』。
そしてパレッタのように、時には新たな仲間がやってきて私達と肩を並べて戦う。
世の中には別れもあるし、出会いもある。 人と人の出会いは一期一会。どんな出会い方をするかなんて、分からない。最初は敵同士だった私とかパレッタなんて、いい例だ。
そしてだからこそ、私は出会った人たちを大切にしたい。 マリー達も、ローザも、パレッタも。皆を。
「それで?あのお嬢ちゃんはどうなんだ?使えそうか?」
「対魔物戦においてはまだ未知数ですが、対人戦闘ならそこそこ出来るでしょう。まだ体力に余裕が無いので、今後も鍛えていかないといけませんが」
「そうか。なら、隊長であるお前がしっかり育ててやる事だ。あの子の将来のためにもな」
「はいっ。……ん?」
と、頷いた時、私は団長の机の上にある手紙の文字が目に入った。それは、光防騎士団からの物だった。 机の上に書類がある事はおかしくはない。 だが、重要なのは光防騎士団からの、と言う事だ。 あいつ等からの手紙なんて大抵禄でもない。
「レジエス団長?その手紙は?光防騎士団からのようですが?」
「ん?あぁこれか。まぁ気にするな、と言いたい所だが」
何やら、『どう説明したもんか?』と言いたげな表情の団長。そしてその様子を見た直後、私はハッとなった。
「……その手紙、パレッタ関係ですか?」
「……あぁ」
私が真剣な様子で問いかけると、団長も同じように真剣な表情で頷いた。
「内容は、要約するとパレッタの身柄引き渡すか、光防騎士団の中隊及び大隊攻撃の責任を取って斬首にしろ、と言うような内容だ」
「ッ!連中の事ですから、あの一件、根に持っていると思っていましたが、やはりですか」
パレッタ達は盗賊として活動している時に光防騎士団の中隊と大隊に大ダメージを与えている。貴族としてプライドの高い連中からしたら、平民であるパレッタ達にやられた挙句、リーダーであるパレッタが聖龍騎士団入りするなんて、我慢ならない事だろう。
「だが、安心しろ。俺の方で既に返事を書いて送りつけてある」
「え?返事、ですか?」
「あぁ。『文句があるなら彼女の騎士団入の決定を下した国王陛下に直々に言え』、とな」
団長は、そう言って何やら意地悪な笑みを浮かべている。 まぁ実際、殆ど意地悪みたいな物だ。
「連中の中に、そんな勇気のある奴なんているんですか?」
と私は苦笑交じりに問いかけた。
「まぁ、居ないわな。元々連中の素行の悪さは問題になってたし、何より連中、自分より地位が弱い相手には偉そうに振る舞うくせに、自分より偉い相手には媚び諂うような奴らだ。とてもじゃないが陛下に直訴なんて出来る訳はない」
「そうですね」
ひどい話だが、光防騎士団に属する貴族階級の騎士なんて、とても騎士とは言えない。そもそも大半が楽に兵役を終えようという魂胆で入団している若造だ。そんな若造たちをまとめるのも、大した実戦経験の無い中年貴族ばかり。無駄にプライドだけが高い騎士団だが、貴族だからこそ、連中は爵位や地位によって相手への態度を変える、と言うのはよくある話だ。
「そもそも戦闘に参加した中隊と大隊は、正式な辞令で動いた訳じゃない。私情で騎士団を動かしたという命令無視。だってのに、陛下の指示で一応名誉の戦死扱いになってるんだぞ?これ以上文句を言ったら、逆に命令無視とかを指摘されて自分たちの立場が危うくなるんだ。下手をすりゃ、光防騎士団の解散、なんて事になりかねないからな。連中も、そう易々と陛下に意見は出来ねぇよ」
「そうですよね」
「……まぁ、陛下からすれば、いっそ突っかかってくれた方が楽かもしんないけどな」
「え?それは、どういう?」
今の話、一体どういう事だろう?団長が言っていた、突っかかってくれた方が楽?どういう事だ?
「レジエス団長?今の言葉、どういう意味なんです?」
「………ここからは独り言なんだが」
団長は真剣な表情で天井を見上げながらそう前置きして語りだした。
「陛下は最近の貴族たちに対して不満を抱いているようだ。その理由は、連中の横暴さだ。我が国は騎士の国とも呼ばれ、良識ある貴族たちは騎士道を重んじる。……しかし近年、各家の世代交代などもあって、そう言った良識ある貴族たちの数は年々減少。逆に生まれた時から貴族として裕福な時間を過ごしてきたせいか、自らを選ばれた存在のように勘違いするアホや、そういうアホに育てられ同じように周囲を見下すバカが増えつつある」
「……」
私はただ、黙って団長の独り言を聞きながらも、内心『確かに』と頷いていた。近年、そう言った禄でもない貴族が増えつつあるのは私も感じていた。 今回のイオディアにしてもそうだ。 裕福な家庭に生まれてしまったが故に、驕り、自らこそが選ばれた存在だと勘違いする輩が多い。 結果的にそう言った連中は増長する。 自分の爵位よりも位の低い相手や平民を見下す。 いつぞやのオルコスや配下の貴族騎士たちがいい例だ。
「騎士道を重んじる国の貴族がそう言った驕り高ぶった連中だなんて、良い恥さらしだ。まして光防騎士団もまた、れっきとした騎士団だ。なのにそんなろくでもない連中が集まっている。むしろその任務の性質から、ろくでもない連中の巣窟となってしまっているのが現状だ。……そしてそんな現状を、陛下は憂いていた。だからこそ、探していたんだよ。そう言うろくでもない貴族連中を糾弾する材料をな」
そこまで話して、団長はフッと笑みを浮かべた。 一瞬、何故?と思った。しかし直後、再びハッとなった私っ。 まさか、陛下が今回のイオディアの一件に興味を示したのってっ!
「陛下が今回、イオディアの一件に関わったのも、その糾弾する材料を探していたから、ですか?」
「フッ。……これは独り言だ、と言っただろう?」
「あっ、も、申し訳ありません」
「まぁ。実際のところは分からん。だがそれに近いのは確かだろう」
思わず口に出して問いかけてしまったが、団長はそう答えてくれた。
「実際、悪徳貴族の中では横領なんて珍しい話じゃないが、陛下は今回の一件を踏まえて各地の領主に対し国から財務の監察官を定期的に派遣する法律をつもりのようだ。そうなれば、悪徳連中からしたらたまったもんじゃないがな」
成程。たしかにイオディアのように横領している貴族が居たとして、定期的に国から監察官がやってくるなんて事になったら、やりにくい事この上ないだろう。 かといって、反対しようにもイオディアの一件がある以上、この法律が出来上がるのも時間の問題だろう。
それに、やましい事が無いのなら全て監察官に見せればいいだけの事。そうすれば自らの身の潔白の証明を、国がしてくれる事にもなる。騎士道を重んじる、良識ある貴族にとっては何の問題も無い事だ。 しかしそうなってくると……。
「つまり、陛下は我が国の貴族たちの、それも悪徳貴族と呼ばれる類の連中の、取り締まり強化を考えていらっしゃる、と言う事ですね?」
「あぁ。今回はそう言った陛下の思惑があって、結果的にあの嬢ちゃんの騎士団入りが決定したようなもんだな」
「成程」
今回の事件が陛下の関心を引いた理由、それが今ようやくわかって私としてはほっと一息付けた気分だ。 実際、今までなぜ陛下がこの事件に関心を持ったのか、時折疑問に思っていたくらいだったからな。
「さて、話はここいらにしておこうか。お嬢ちゃんが待ってるんじゃないのか?」
「っと。そうでしたっ。ではレジエス団長、失礼しますっ」
「あぁ」
私は団長に一礼すると踵を返して部屋を出た。
向かった先は私達が使う第5会議室。そして中に入れば、息苦しそうに襟に指を入れるパレッタとそれを見守っているマリー達がいた。
「っ、隊長っ!」
「あっ」
私が入室すると、マリーが真っ先に私に気づいて声を上げ敬礼する。次の瞬間には皆もそれに続き、パレッタが一拍遅れて皆を真似て敬礼をするが、やはりまだぎこちない。
「皆、楽にしてくれ」
私が答礼をし、そう促すと彼女たちはそれぞれ椅子に腰を下ろした。
「今日集まってもらったのは通達が一つあるからだ。パレッタ」
「ッ、はいっ!」
私が声を掛ければ、彼女は緊張した面持ちで返事をしながら席を立ち、精いっぱいの気を付けの姿勢をしている。 今の様子からも、ガチガチに緊張しているのが分かる。
「今のお前に、緊張するな、と言うのは無理な話だろう。なので前置きを省いて単刀直入に伝える」
苦笑しながらの私の言葉にパレッタはゴクリと固唾を飲みこみ、マリー達もどこか緊張した様子で私と彼女を見守っている。 そして私は一度深呼吸をしてから、口を開いた。
「パレッタッ!本日っ、現時刻を持って汝を聖龍騎士団第5小隊所属の騎士とするっ!今後はこの私っ、聖龍騎士団第5小隊隊長っ、レイチェル・クラディウス指揮下の騎士として、我が祖国とこの国に生きる人々を守る剣となるだろうっ!」
「ッ!!はいっ!!!」
腹の底から放たれたような、元気いっぱいの返事が会議室に響き渡る。それを聞き、マリー達も。そして私も微笑みを浮かべる。 そして……。
「改めて、ようこそパレッタ。聖龍騎士団第5小隊へ。今日からここが君の職場であり、私達が君の戦友であり、仲間だ」
私は静かにパレッタへと歩み寄り、彼女に右手を差し出す。
「これからよろしく。騎士パレッタ」
「ッ!はいっ!!」
彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら私の手を取り、それにつられて私も微笑みをこぼすのだった。
こうして、私達は新たな仲間としてパレッタを迎える事になった。 その後は今後の予定として、新たに入ったパレッタと最近入ったばかりの新人であるキースの強化。更に今の私達のレベルアップも兼ねて長期の強化訓練、いわば『合宿』を考えている事などを告げ、とりあえず今日は待機の指示を出しておいた。
ただ、マリーが部屋を出ていく時。
「知りませんよ~。また新しいお嫁さん候補作っちゃって」
「え?」
一瞬、彼女の言っている事が理解できず私は首を傾げた。
「まっ。困るのは私じゃないですし~。せいぜい頑張ってくださいね~」
何やら意地悪な笑みを浮かべ、意味不明な言葉を私に残して出ていくマリー。
な、何なんだ?一体? それから数秒、私は唯々疑問符を浮かべる事しか出来なかった。
それから数時間後。パレッタの騎士としての初日が終わり、並んで駐屯地を出ようと歩いていた時の事だった。
「ん~~~っ、疲れた~~!」
「どうだパレッタ?改めて騎士の仕事をした初日の感想は?」
「ん~~。なんか思ってたのと全然違ったな~。騎士って暇なときは訓練ばっかりかと思ってたのに。机で勉強とかいろいろやるんだな」
彼女の言う勉強、と言うのは戦術や魔物の種類などを教える座学の事だ。
「まぁな。ただ単に剣の腕が立つ、と言うだけではやっていけないさ。これからパレッタも、いろいろ勉強する事になるぞ?」
「え~~?ウチ、勉強とか苦手なのにな~~」
「はははっ、まぁそこは頑張るしかないな」
心底嫌そうな表情をするパレッタに私が小さく笑みを浮かべていた。そして、二人して建物を出た時だった。
「お姉さまっ!」
「えっ!?」
不意に、聞き覚えのある、しかしここで、駐屯地で聞く事が無いはずの声に私は足を止め、視線をパレッタから正面へと向けた。そこに立っていたのは、白いワンピースを着た、見覚えのある少女だった。彼女は……っ!
「み、ミーナッ!?」
フェムルタ伯爵家の一人娘にして、少し前の依頼の中で私が守り抜いた少女、『ミリエーナ・フェムルタ』。その人だった。
「お久しぶりですお姉さまっ!」
満面の笑みを浮かべながら、私の元へと駆け寄ってくるなり押し倒さんばかりの勢いで私の胸に飛び込んでくるミーナっ! な、何故彼女がここにっ!?
「ミーナッ!?い、いえっ!ミリエーナ様っ!なぞ王都イクシオンにッ!?」
彼女は父親である伯爵の過去の行いから、命を狙われている立場にあるっ!それがなぜこのような場所にっ!?
「それはもうっ!お姉さまにお会いしたくて、高ランク冒険者の方たちを雇って護衛してもらいましたっ!」
「えぇぇっ!?」
こ、こんなアグレッシブな子だったかなミーナって? いや、好きな事には結構饒舌になってたし、好きな事には張り切るタイプなのかなぁ? ってじゃなくてっ!
「そ、そうでしたか。しかしなぜ、私のところに?」
「そんなの決まっていますっ!ずっとお姉さまからの手紙が届かなかったからですっ!」
「手紙?」
…………。あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?お、思い出したぁぁっ! そ、そうだ私っ!パレッタ達の一件が始まる前に彼女から手紙を貰ってたんだっ! それをすっかり忘れてっ!
「も、申し訳ありませんミリエーナ様。手紙を貰った直後から、いろいろ立て込んでいたので、手紙の存在をすっかり、忘れていました。申し訳ありませんっ!」
うぅ、やってしまったぁっ! 私は咄嗟に彼女に頭を下げた。
「い、いえっ!どうかお気になさらないでくださいお姉さまっ!私としても、お姉さまが騎士としての仕事の中で何かあったのではないかと考えていたのですが、ご無事な姿を見られてほっとしている所ですっ!」
「そう言っていただけると、ありがとうございます」
怒っては居ないようなので、その点は一安心、と言った所だ。
「そ、それとお姉さま?」
「な、何でしょう?」
もはや自然と私をお姉さま呼びしてくる彼女に戸惑いながらも、私は出来るだけポーカーフェイスを浮かべている。 と言うかさっきから私達のやり取りを見ながら大勢の人間が出入りしてるんだよなぁっ! 特に仕事も終わる時間帯だから、他の小隊の騎士たちとかも、『なんだ?あれ?』みたいな表情しながら通り過ぎていくぅっ! そのせいか若干顔の赤い彼女より周囲に目が行ってしまうっ!
「折角私とお姉さまの仲なのですから、敬語などおやめください。以前のように、私の事を『妹』だと思って接していただければっ!名前もどうぞ、ミーナと呼び捨てでっ!」
「え、え~っとそれは、その……」
あぁっ!彼女はキラキラした目で私を見上げてるぅっ!しかし周囲に人もいる手前、そのような態度を取る訳にはぁっ! ど、どうすれば良いんだこの状況をぉっ!
そう、内心焦っていた時だった。
「……なぁ姉ちゃん。こいつ誰?」
な、なぜか不機嫌そうな表情のパレッタが私の腕のすそをつかみ、ミーナを睨みつけるようにしながらも私に問いかけてくるっ!けどえっ!?なんでそんな不機嫌そうなのっ!?
「あ、え、えぇっとだなパレッタ?彼女はミリエーナ・フェムルタ嬢。フェムルタ伯爵家のご令嬢で、少し前に仕事で知り合ったんだ」
「ふ~~ん」
どこか、初めて会った頃のような、敵愾心のある表情でミーナを見つめるパレッタ。
「え、えっと、あ、あなたは?」
その様子にミーナは戸惑い、怯えた様子で私に抱き着いてくる。 ってなんで私に抱き着くっ!
「……ウチはパレッタ。今日付けで、訳あって聖龍騎士団第5小隊にお世話になる、姉ちゃんの部下で騎士だよ」
「騎士?こんな子が?……と言うか、『姉ちゃん』、ですって?」
ん?おや?何やらミーナまで様子がおかしいな?ほんの数秒前までパレッタの敵愾心むき出しの表情に怯えていたのに、今はなぜか、彼女の背後に鬼が見える。 気のせいかな?
「この私を差し置いて、お姉さまの妹ポジションに付こうというのですか?はっきり言って、気に入りませんね」
「そっちこそ。姉ちゃんとはどういう関係?」
な、何か二人の間で火花散ってないっ!?二人の背後に鷲と虎が見えるんだけどっ!?
「あ~あ~。言わんこっちゃない」
と、そこに通りかかったマリーッ!しかし彼女は呆れた様子でこちらを見ているっ!こ、この状況は流石に助けを求めるほかないかっ! そう思った時。
「「お姉さま(姉ちゃん)ッ!!」」
「は、はいっ!」
「「この方(こいつ)とはどういった(どういう)関係なのですかっ(なんだっ)!!」」
二人とも、鬼気迫った形相で私に迫ってくるっ! 周囲ではマリーや部下たち、他小隊の騎士たちがなんだなんだと集まり、こちらを見ている。
う、うぅっ!だ、誰かっ、誰かこの状況なんとかしてくれぇぇぇぇぇっ!!
第30話 END
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