第29話 朝と膝枕
パレッタの死刑を回避するために私の提案した、『パレッタを騎士に』と言う話は彼女の承諾や陛下の決定もあり、受諾される事となった。更に彼女の仲間の今後についても決まり、私達は明日、とんぼ返りで駐屯地へと戻る事になった。そんな中で私は、王都に来た事の無いパレッタを自宅に泊める事になるのだった。
「ん、ん~~~?」
朝、窓のカーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めた。まだ少しぼ~っとする頭で、『朝か』と思い、体を起こそうとしたのだが、なぜか体が重い。どうして?と思って周囲を見回すと、なぜか布団が大きく盛り上がっていた。 まさか?と思って布団をめくると、パレッタが私の上に寝ていたではないか。
「く~~。く~~」
彼女はまるで猫のように私の上に乗り眠っている。 はははっ、これではまだ、起きられそうにないなぁ。しばらくは起き上がれないな、と観念した私はしばし今後の事を考えていた。 パレッタはこれから聖龍騎士団で騎士見習いとして働く事になる。そうなると、今すぐ必要なのは体力づくりに鎧や剣と言った装備の用意。 しかもパレッタはまだ子供で年相応に小柄だ。剣や鎧類は、オーダーメイドになるだろう。
それに寮に住むにしても、ある程度の衣類や、あぁそうだ。報告書などを書くにしても、パレッタは読み書きができるかどうか。農村部などでは、数を数えるのはともかく読み書きができない者もいるからなぁ。その辺りも本人に聞かないと。
そうやっていろいろ考えていると……。
「ん?ん~~」
私のお腹の上でモゾモゾとパレッタが動き出した。やがて彼女は毛布を押しのけるように体を起こすと、『くあ~~~』と大きな体を伸ばしてからブルリと体を震わせた。……うん、滅茶苦茶失礼なのは分かってるがやっぱり猫っぽいなぁパレッタ。
「あっ!」
やがて伸びをしていたパレッタは、私のお腹の上に跨るような態勢のまま私が起きている事に気づいたようだ。
「おはようっ!レイチェル姉ちゃんっ!」
「あぁ、おはようパレッタ」
「へへっ!良い朝だなっ!ほら、姉ちゃんも早く起きろよっ!」
「はいはい」
私はやれやれ、と言わんばかりに苦笑しながらもパレッタに促されるまま、起き上がろうとしたのだが……。
『ズルッ!』
「うぉっ!?」
「えっ!?わわっ!」
手をついたのが毛布の上だったためか、ずっこけてしまったっ。危うくパレッタの上に伸し掛かる形になるところだったが、寸での所で手をついたので最悪の事態は避けられた。
「あ、危なかったっ。パレッタッ、大丈夫かっ!?」
「う、うん。大丈夫、だけどさ」
今私は、パレッタの上に覆いかぶさるような形で四つん這いとなっていた。しかし心なしかパレッタの視線が泳ぎ、顔色が赤いような?
「どうしたパレッタ?顔が赤いが、熱でもあるのか?」
「うぇっ!?そ、そんなことないってっ!」
「本当に大丈夫か?」
何やら慌てた様子で苦笑を浮かべながら答えるパレッタ。 うぅむ。これからしばらく忙しくなるし、そもそも昨日までもいろいろあった。疲れが溜まっていて体調を崩しているのなら、パレッタに無理はさせられない。
「パレッタ、ちょっと額を借りるぞ」
「えっ!?」
私は驚くパレッタを他所に、四つん這いの姿勢のまま顔を前に倒し、彼女の額に自分の額を押し当てた。
「はわわわわわっ!?はわわっ!?」
う~む。触ってみた感じとしては、熱は無さそうだな。しかし風邪を引いた時みたいにパレッタの顔が真っ赤になっている。やはり体調不良か? と考えていた時だった。
『コンコンコンッ』
「失礼します。レイチェル様、パレッタちゃん。そろそろ起きないと、え?」
ドアがノックされ、次いで扉が開きローザが入ってきた。 しかし私達を見るなり、普段ならば絶対口にしないような、呆けた声を彼女は漏らした。
「ん?あぁローザ、おはよう」
彼女に気づいて、パレッタから額を離し朝の挨拶を爽やかにした、つもりなのだが……。
「……」
何やら彼女、固まっていないか?どうしたんだ?
「ローザ?どうしたローザ」
「はっ!?」
私が声をかけると、ハッとなった表情を浮かべるローザ。どうやら正気に戻ったようなのだが……。
「お、お嬢様っ!?こ、こんな早朝から何をなさっているのですかっ!?」
「え?」
ローザは顔を真っ赤にしながら、何やら怒ったような、戸惑ったような、よく分からない表情を浮かべている。 しかし、なぜ彼女はそんな表情を?と考えてしまう。う~む、理由を考えるがすぐには思いつかなかった。
「か、仮にも貴族の令嬢でもあるお嬢様が、あ、あろう事か年下の同性を押し倒しているなんてっ!」
「へ?」
年下の同性、つまりパレッタを、押し倒すって、私が? 改めて私は自分の状況を確認した。
1、 下着の上に大きめのシャツを纏っているだけのパレッタ。
2、 そのパレッタは今、私のすぐ目の前で赤面したまま、モジモジと足をすり合わせている。
3、 そんな彼女に覆いかぶさるように四つん這いの私。そしてお互い、少し動けばキスできそうなくらい近くに顔がある。
………。あっ!!!??
『ブワッ!!!』
現状を理解した私は顔が瞬く間に赤くなるのを感じたっ! ま、不味いっ!そうだこれっ!見方によっては私がパレッタを押し倒しているようにしか見えないよなっ!?
「ちちち、違うんだローザッ!これは事故っ!事故なんだっ!」
「ほ、本当、ですか?お嬢様が実はロリコンで、可愛い女の子が大好物だから、じゃないですよね?」
ちょっと待てローザッ!?お前は何を言っているんだっ!?って、今はそれよりもローザに変な誤解を持たれないようにしないとっ!今後の日常生活や主従関係の信頼に関わるっ!
「だ、断じて違うぞっ!決して私からパレッタにいやらしい事をしたとか、そういうのでは無くてだなっ!たまたま起きようとしたら滑っただけだっ!そ、それでこんな態勢になってしまっただけなんだっ!」
「ほ、本当ですか?」
未だに赤い顔とジト目で私を見つめるローザ。 うぅ、このままでは不味い。はっ!そ、そうだこんな時はっ!
「ぱ、パレッタっ!ローザに説明してやってくれっ!私達は決してエッチな事はしていないっ!そうだよなっ!」
「う、うん。そう、だけど」
私がお願いすると、パレッタはなぜか残念そうな顔を浮かべながらも頷いた。いや、なぜ残念そうな表情をしているんだ?とは思ったが、今は聞かないでおこう。
「そ、そうですか」
パレッタからも話を聞いたからだろう。ローザも落ち着いた様子だった。 ふぅ、と私は息をついた。が、しかし……。
「でもウチ」
ん?何やら言葉を続けるパレッタ。彼女に私とローザの視線が集まる。 パレッタは、顔を赤く染め、少し潤んだ瞳で私を見上げている。 っていうか、私はいい加減どいた方が良いか? そう思った時だった。
「レイチェル姉ちゃんになら、エッチな事されても、良い、よ?」
「「ふぇっ!?」」
ぱ、パレッタァァァっ!?なぜそんなことを今言うんだっ!?驚いて私もローザも変な声を出してしまったぞっ!
「ぱぱぱ、パレッタッ!?そ、それは意味を分かっていってるのかっ!?」
「う、うん。それくらいっ、ウチだって分かってるよ……っ!」
恥ずかしそうに頬を染めながらも彼女は潤んだ瞳で私を見上げている。
「え、エッチな事って、好きな大人同士が、は、裸で色々する事、だろ?村にいたおっちゃんたちに聞いた事、あるし」
「なん、だとっ!?」
だ、誰だぁっ!未成年のパレッタに変な事吹き込んだ奴はぁっ!?
「そ、それでウチ、姉ちゃんの事、大好きだしっ!だ、だから姉ちゃんになら、エッチな事、されても、気にしない、よ?」
潤んだ瞳で、頬を上気させながら押し倒すような形になっている私を見上げ、言葉を紡ぐパレッタ。………うん、どうしようこの状況?こ、ここは、何とかパレッタを落ち着け、禍根の無い答えを探すんだっ!私っ! 私はグッと心の中で拳を握り締めながらどうするかを決めるっ。さて、早速だが。
「その、パレッタ?え、エッチな事はそう、大人になってからの話だからな。ま、まだパレッタには早いっ。だからパレッタがもう少し大きくなった時、好きな人とそういう事をしなさい。良い?」
「う、うん」
「……お嬢様?」
わ、私がパレッタを何とかしようとしていたのだが、何故かローザが残念な奴を見るみたいな目で私を見ているっ!なんだその『もっとうまい言い訳があったでしょう』と言いたげな表情はっ!? お前は知っているだろうっ!私にはそういう知識は愚か、交際経験も一切ない事をっ!
ただ、パレッタの方は、なぜか少し落ち込んだ様子だが、それでも私の言葉に納得してくれたようだ。 私が彼女の上からようやく退くと、パレッタも体を起こした。 ふぅ、これでどうにかなったか。
そう、思ったのだが……。
「それじゃあ姉ちゃんっ!ウチが大きくなったら、エッチな事してくれよなっ!」
「ぶふぅっ!?」
「ふぇっ!?」
わ、私は今、盛大に噴き出すという淑女、いや騎士としても恥ずかしい行為をしてしまったがそんなことはどうでも良いっ!!
「ぱぱ、パレッタッ!?なぜ、何故そうなるんだっ!?」
「え?だってウチ、姉ちゃんの事、好きだもんっ!」
おぉ、何という屈託のない微笑みだっ。穢れを知らない純粋な笑み、と言うのはこういうのを言うのだろうっ。 だが、だがしかしだっ!
「エッチって、もっと大人になってから、好きな人とするんだろ?だったらウチ、姉ちゃんとしたいっ!」
「ちょちょちょちょっ!?ちょっと待てパレッタっ!頼むっ!待ってくれっ!」
笑みを浮かべながら何てことを言うんだこの子はっ!?私は恥ずかしさと驚きで顔を真っ赤にしながらも彼女を止めに入ったっ! が、それが不味かった。
「もしかして、姉ちゃんはウチと、そういう事したくないのか?」
うぅっ、笑みから一転して、捨てられた子犬みたいな表情で私を見ないでくれっ!罪悪感と言う刃が心に突き刺さるぅっ!
「姉ちゃんは、ウチの事、嫌いなのか?」
「い、いやっ!決してそんな事は無いぞっ!好きか嫌いかで言われれば好きだがっ!ただ、ただなパレッタっ!」
「な~んだっ!じゃあ良いやっ!今は無理っぽいけど、ウチが大人になればそういう事も姉ちゃんと出来るんだろ?」
待って~~!私の話聞いてぇ~っ!そういう問題じゃないの~! くっ!ここは仕方ないっ!ローザに援護をっ!
「………」
ってローザァッ!なんかいつぞやの男性騎士たちみたいに放心状態になってるぅっ!?あぁもうっ!朝っぱらから何をやってるんだ私はぁっ!!!
その後、何とか正気に戻ったローザと共に、私はパレッタに『エッチな事は人前で話さない事』や『エッチな事をするのはもっともっと大人になってから』とか、ちょっとした教育を二人ですることになったのだった。
ハァ、朝からいろいろあり過ぎて疲れたが、そうも言ってられない。私とパレッタは、軽い朝食を済ませた後、それぞれいつもの制服や服に着替えて、ローザに今日は戻れないかもしれない、と言う事を伝えて家を出た。
「えっと、それでレイチェル姉ちゃん。これからどうするんだっけ」
「とりあえず、一度南部の駐屯地に行き、パレッタの仲間に陛下からの決定を伝える。そして準備をし、明日の朝一番で王都郊外の、新たな居住先となる寒村へと真っすぐ向かう。それが目下の所の、今日明日の予定だ」
「分かった」
そんな話をしながら歩いている事数分。駐屯地へとやってきた私はいつも通り甲冑に着替えて聖剣ツヴォルフを装備し、パレッタやおばあさん、マリーらと共に予定通り王都イクシオンを出立。 道中、これと言った問題もなく青銅騎士団駐屯地までたどり着いた。
そして、マルケス大隊長に事情を話した後、更にパレッタの仲間に陛下の決定を伝えた。
「そ、それじゃあ俺達、死刑にもならねぇし、牢屋に入れられる事も無いんですかいっ!?」
「子供たちとも一緒に暮らせるんですよねっ!?」
「えぇ」
喜びと戸惑いの表情を浮かべる彼らに、私は優しく頷いた。
「皆さんの行いの罪全てが消えたわけではありません。なので、年に数回程度の奉仕活動が義務付けられています」
私の真剣な表情と言葉に皆、固唾を飲んで、と言う表現が合いそうな固い表情で冷や汗を浮かべながら話を聞いていた。
しかし、直後に私は彼らを安心させようと笑みを浮かべた。
「ですが、逆に言えばそれ以外は通常の生活となんら変わりはありません。あとは精々、王国から派遣されてくる監督官数名の監視が行われるくらいですね。それと、件の寒村は農業を中心とした村だったので、最初は慣れない農業中心の生活になってしまいますが、よろしいですか?」
「そりゃもうっ!牢屋にぶち込まれないだけ、ありがたいってもんでさぁっ!」
「これで、家族皆でまた暮らせますっ!」
「ありがとうございます騎士様っ!」
皆、口々に私への礼を述べ、中には土下座までしている者もいる。これは少し恥ずかしいが、顔には出さないでおこう。
「礼は不要です。それにこれは国王陛下がお決めになった事であり、パレッタが騎士となる事を選んだから、皆さまの元へと届いた吉報でもあるのです。お礼なら彼女に」
「えっ!?う、ウチッ!?」
ここで私がパレッタに話題を振ると、どうやら話を振られると思ってなかったのだろう。彼女は突然の事に驚いて自分を指さしている。
「パレッタ、ありがとうっ!ありがとうなぁっ!」
「えっ!?い、いやこれくらいっ!みんなのためなら大した事ねぇってっ!」
「パレッタお姉ちゃん、騎士になるの?」
「あぁっ!これからウチは、レイチェル姉ちゃんと一緒に騎士として仕事するんだっ!」
ネメちゃんの言葉に、パレッタは誇らしげに答える。
「そっかっ!頑張ってねっ!パレッタお姉ちゃんっ!」
「おうっ!任せとけっ!」
ふふっ、些か調子に乗っているようにも見えるが、彼らの笑みに満ちた空気を邪魔するのも無粋だし、今は黙っておくか。
それにしても、今は彼ら皆、笑っている。確かに彼らは理不尽に打ちのめされ、生きるためとは言え罪を犯した。だが、だからと言って罪を償う機会を奪っていい理由にはならない。 ここから彼らの贖罪と新たな生が始まるのだろう。
願わくば、今日より始まる彼らの新たな道が、幸せに満ちたものである事を。
私は胸の中で小さく祈りをささげたのだった。
その後、無事に話し合いも終わって、明日には馬車で皆を寒村へ移動させることになった。馬車は青銅騎士団や我々第5小隊が持ってきた物を使う予定だ。皆、その準備に追われていた。
が、私はそんな中で一つの問題を抱えていた。
「な、なぁマリー?」
「何ですか?」
今後の打ち合わせのために、私はマリーに宛がわれていた部屋を訪れた。4人部屋なのだが、今は部屋に彼女しかいない。ただ……。
私が声をかけると、マリーはまるで氷のような冷たい視線を貸してくる。 うぅ、これ、いつぞやの時みたいになってるなぁ。
「その、なんだ。お前、何か怒ってないか?」
「怒ってなんていませんよ。ただ、節操がなさ過ぎて女の子に好かれまくりの隊長を軽蔑してるだけですから」
うぅ、やっぱりミーナから告白された時みたいになってるってマリーの奴っ! ん?そう言えばミーナから何か届いていたような……。 あぁいやいやっ!今はそっちじゃなくてこっちだっ!
「なぁマリー。お前が怒っているのは分かった。理由が私にあるのもだ。だからこそ、謝意を示させてくれ」
「謝意、ですか?」
お?どうやらマリーの興味を引けたようだ。言葉にあったトゲトゲしさが消え、今は純粋に興味あり、と言わんばかりの声色と表情で私の様子を伺っている。
「そうだ。これはパレッタ達盗賊団の掃討作戦前だったか?褒美を、という話をしていたのは覚えているだろう?」
「そりゃもうしっかりばっちり覚えてますともっ!」
「結局、あの作戦の後は忙しくてそれどころではなかったからな。あの作戦ではパレッタも頑張ってくれたし、騎士として約束を違えるわけには行かないからな」
「じゃあっ!私のお願い、聞いてくれるんですかっ!?」
「あ、あぁまぁ、私が聞ける範囲で、だぞ?」
満面の笑みを浮かべるマリー。しかし何だろう、口元から垂れるよだれと怪しい笑みのせいか、背筋が震えてしまう。
「ふふふっ、分かってますよ~。隊長が嫌がるような事はしませんから~」
ってちょっと待てっ!なんかマリーが怪しい目で近づいてくるっ!ワキワキと指先を動かし、怪しい笑みまで浮かべてるぞっ!
「ちょっと待てマリーッ!今まさに言ったよなっ!?私が聞ける範囲でってっ!なんだそのセクハラ親父みたいな表情と手の動きはっ!?お願いって私が聞ける物だからなっ!?変なのは無しだからなっ!?」
「だ、大丈夫ですよ~。その辺りはぁ、ちゃんと考えてますからぁ~♪」
「いや信じられないっ!その表情のお前は悪いが信じられないっ!」
だって表情がやばいんだよっ!絶対に子供とかに見せたら泣くようなワッルイ笑みを浮かべてるんだっ!今のマリーはっ!
マリーから遠ざかろうとすり足で下がっていたが、狭い部屋だ。すぐさま壁際まで追いやられてしまったっ!?ま、不味いっ!もう退路がないっ!
「さぁ隊長ぉっ!私にご褒美を~~~!!」
「いぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
直後、怪しい笑みを浮かべるマリーが私めがけて飛び掛かってきた。騎士として非常に情けないが、私は涙目で絶叫を堪える事ができないのだった。
ちなみに……。
「あの、何か聞こえませんでした?具体的には隊長の悲鳴みたいなのが」
「あ~~。気にしなくていいぞキース。どうせ隊長とマリーさんが乳繰り合ってるだけだろうし」
「は、はぁ」
外で作業していたキース達が、半ばあきれ顔でそんな会話をしているなんて、私には知る由も無かった。
で、結局どうなったかと言うと……。
「なぁマリー。これがその、本当にご褒美になってるのか?」
「何言ってるんですか隊長っ!これは立派なご褒美ですよ~」
気だるげに問いかける私とは正反対に、マリーはご満悦と言った表情だ。
で、私が一体何をしているとかと言うと、足の鎧、脚甲を外し、ベッドに腰かけてマリーに『膝枕』をしているのだ。
私はマリーの要望に応え、膝枕をしつつも彼女の頭をなでていた。 先ほどはいきなり『じゃあ膝枕してくださいっ!もちろん生足でっ!』とか言われて引いたぞ、ホントに。
「むふふ~~!役得です~♪」
「……まぁ、これでお前が機嫌を直してくれるのなら良いが」
笑みを浮かべるマリーに対して、私はため息交じりに呟いた。
「は~~♪隊長の太もも、柔らかいですね~」
ってちょっと待てぇっ!なんかマリーが私の太ももに頬を摺り寄せてるっ!?
「お、お前は何をしてるんだ馬鹿者ぉっ!」
『ガンッ!』
これにはたまらず、私はマリーの頭に手刀を振り下ろした。
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?」
頭を抱えてその場で蹲るマリー。
「ちょっ!?痛いですよ隊長っ!なんで殴るんですかっ!」
「いやお前が変な事するからだぞっ!?私の太ももを何だと思ってるんだっ!」
「少なくとも今は私の枕ですっ!だから触らせてくださいっ!」
「え~~~??」
うぅ、私の副官がまた訳の分からない事言ってるぅ。誰か助けてくれぇ。 私は、マリーの発言が意味不明過ぎて、内心泣きたかったのだった。
結局、『頬ずりだけはやめろ』、と言って納得させたのだが、『じゃあ追加でもう少し膝枕してくださいっ!』と言われ、また機嫌が悪くなっても困るし、結局私はもう少しマリーに膝枕をすることになった。
そして今は、マリーは仰向けの姿勢で私の膝を枕にして横になっている。私も後ろに手をつき、暇なのでぼ~っとしていた。のだが。
「隊長」
「ん~?どうした?」
「一つ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「なんだ?聞きたい事って」
「パレッタちゃん。これから私らと同じ第5小隊でやっていくんですよね?」
「あぁ。そうだ」
「でも、聖龍騎士団の仕事って教導演習とか以外は、基本的に危険度高い任務が多いじゃないですか?……大丈夫なんですかね?」
マリーは、少し心配そうに問いかけてくる。それについては無理もない。パレッタは強いと言っても騎士や兵士としての実戦経験はないのだから。そしてだからこそ、私にも分からなかった。
「それについては、正直分からん」
「え?」
「対人戦闘と対魔物戦闘は全くの別物だ。それはお前もよくわかってるだろう?」
「そりゃまぁ、そうですけど」
「だからこそだ。パレッタが魔物相手にどこまで戦えるのか、それは実戦で見ない事には分からないし、慣れていないのなら私達が鍛えてやればいい。違うか?」
「まぁ、その通りですよねぇ」
私の言葉に納得したのか、マリーは寝返りを打ち、私の方へと背を向けた。
「でもやっぱり、少し不安です。自分より年下の女の子が、戦場になんて」
そんなマリーの言葉には、不安と心配の色が見て取れた。そうだな、と私は内心頷いていた。理由があって、それを知っているとは言え、まだ自分よりも若い少女が戦場に立つという現実。 それは安易に納得できる物ではないだろう。
「優しいな、マリーは」
「ッ」
私が小さく呟きながらマリーの頭をなでてやると彼女は僅かに体を震わせた。こちらの顔を向けていないので様子は伺い知れないが、嫌がっている様子はないのでそのままナデナデを続ける。
「だからこそ、私からもパレッタの事を頼みたい。副官として、仲間として。慣れない事ばかりで、あの子も多くの事に戸惑うだろう。だから、支えてやってほしい。私と一緒に」
「……私が、ですか?」
「あぁ。同性で、こんな事を頼めるのは、今はマリーくらいだからな」
マリーとは、そこそこの付き合いだ。その腕も知っている。副官として、日々頑張っている事も知っている。 私は彼女を信頼している。 だからこそ、笑みを浮かべながら彼女の頭をなでなでしつつ、お願いを口にする。
「……ハァ、分かりました。隊長の頼みですから、聞かないわけには行かないですしっ」
若干『しょうがないなぁ』と言わんばかりの声色で答えているが、どうやら私に頼られてうれしいのか、その声色には喜びの色も見え隠れしていた。
「あぁ、頼むぞ。マリー」
「はいっ!了解ですっ!」
私の言葉に反応するようにマリーは寝返りを打ち、私を見上げ、笑みを浮かべながら小さく敬礼をするのだった。 どうやら、これでマリーの不機嫌もどうにかなったようだ。
そして翌日。私達は予定通り、パレッタの仲間たちを馬車に乗せ、王都近郊の寒村へと向かった。
道中、これと言った問題や襲撃も無く、無事目的地へとたどり着いた。そんな私達を寒村の数少ない住人である老人たちや彼らの監視役として派遣されている監察官数名が出迎えた。
彼らは監察官たちから説明を聞き、それぞれの家に割り当てられていく。当面の食料やお金も用意されており、ここが彼らの第2の故郷となるだろう。
皆、新たな故郷で静かに暮らせることを喜び、涙を流している者までいた。そんな彼らを見守っていると、パレッタが傍に歩み寄ってきた。
「ありがとな、姉ちゃん。姉ちゃんや王様のおかげで、皆は今ここに居られるんだ。ほんと、ありがとな」
「いいや。気にすることはない。人々の幸せと平和を守るが、私達騎士の努めだ。今の彼らの笑顔が見られた。それが、今の私への最高の報酬のような物だ。そして……」
「ん?」
「パレッタ。君もこれから、人々の笑顔と平和、自由、幸せ。そう言った物を守るために騎士として、剣を振るう事になるだろう。だが、その前に聞いておきたい」
「ん?」
私は、喜ぶ人々を見守りながらも、僅かに表情を陰らせた。
「君を騎士とする事。パレッタ自身に相談しなかったのはすまなかった。あの時だって、碌に考える時間など無かっただろう。……そのことを、怒っているか?」
そう問いかける私に、パレッタは少し困ったような表情を浮かべていた。どうやら、怒っている、と言う様子ではないようだが。
「あのさ。逆に聞きたいんだけど。なんで、そんな事聞くんだ?」
「パレッタや彼らを守るためとは言え、結果的にパレッタ自身に相談もなく話が進んでしまったからな。それも聖龍騎士団所属の騎士として、だ。危険度は高いだろう。だから、勝手に話を進めた事を怒っているのか、気になっていたんだ」
「そっか。そう言う事だったのか」
パレッタは納得したのか小さく頷くと、徐に私の手を取った。
「でもさ姉ちゃん。ウチ、全然怒ってないぜ。むしろ、感謝してるんだ」
「感謝?」
「あぁ。姉ちゃんのおかげで、皆はこうして、新しい家や居場所を手に入れる事が出来たんだ。だからホントに感謝しているし。それに……」
「それに?」
「姉ちゃんたちの事を見てたらさ、騎士って仕事も悪くないって思えたんだよ。ウチも、姉ちゃんみたいに誰かを助けられる騎士になりたいんだっ」
「ッ。そうか」
パレッタは、誇らしげな、屈託のない笑みを浮かべながら頷いた。その笑みに私の心臓が一瞬高鳴り、私もつられて笑みを浮かべながら頷いた。
それが彼女の意思ならば、私が彼女を鍛え、同時に守ろう。パレッタが立派な騎士になるその時まで、傍で支えよう。
そんな決意を抱きながら、私はパレッタの頭を優しく撫でるのだった。
第29話 END
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