第28話 新たな騎士の卵

 王都へと招集された私達は、パレッタとおばあさんと共に王都へと帰還した。そこで待っていたのは国王であるアレキサンダー・グロリアス陛下との謁見だった。イオディアの手口や手を染めていた悪事を私が説明し、奴への資産差し押さえなどが決定したものの、陛下は盗賊団の一件でパレッタらに責任を果たすよう求めた。そんな中で私は、パレッタを救うために、『彼女の騎士としての徴用』を願い出たのだった。


 私の言葉に、周囲の者たちは驚いている。だが無理もない。本来、聖龍騎士の部下は他の騎士団からの引き抜きか、私が聖龍騎士となった時のように、決闘大会などで優秀な成績を収めた者でなければならない。

「ね、姉ちゃんっ、それっ」


 パレッタも私の提案に驚いているのだろう。戸惑い迷っているような表情を浮かべている。

「如何でございましょうか、陛下」

 そんな彼女を一瞥しつつも、私は陛下へとお伺いする。


「ふむ。騎士クラディウス。お主が言っている事は分かるが、理由はなんだ?それを述べよ」

 よしっ!陛下の興味は引けたっ!まずは第1関門をクリア、と言った所か。

「はっ。では、まず理由の一つとして挙げるのが彼女の持つ、剣の才能です。彼女はこれまで、青銅騎士や光防騎士を相手に勝利してきました。その上、私の部隊の副官2名を相手にしても、一歩も引かない戦いを繰り広げております」

「その才能が欲しい、と言う事か?」

「……忌憚なき意見を言わせていただくと、その通りでございます」


 私は確かにパレッタを助けたい。が、騎士としての私からしてもパレッタの戦闘力を見て、彼女を欲しいと思ったのも事実だ。


「まだ、体力が技術に追い付いていないが為に長期戦は不可能、と言った欠点はありますが、磨けば騎士としていずれ光ると私は確信しております。そのために、私の部隊、聖龍騎士団第5小隊で実戦を積ませながら鍛えたい。そう考えております」

「ふむ」

 陛下は、ただ頷くと少し考えたような表情を浮かべた後。


「その者、確かパレッタと言ったな?」

「は、はいっ!」

 突然話題を振られたパレッタが驚き、体をビクッと震わせながらも答えた。


「お主自身はどう思っているのだ?」

「え、えと、どう、って?」

 戸惑い、緊張した様子のパレッタはしどろもどろな問いかけを返した。

「お主は今、選択を迫られている」

 そういうと陛下は座っていた椅子を立ち上がり、こちらへ一歩一歩歩み寄ってきた。


「お主は盗賊団のリーダーとして戦い、物を奪い、人を殺している。そうなれば待っている道は二つ程度であろう。一つは罪人として罪の裁きを受ける事だ。被害の大きさを鑑みても、悪ければ死刑。良くても懲役10年は免れないだろう」

「ッ!!」

 死刑、と言う言葉を聞いた彼女の体が震える。


「さらに言えば、お主程度の首を差し出したとしても、それで被害者の怒りが収まるとは限らぬ。場合によっては盗賊として悪事を働いた者たちも皆、懲役刑を科されるであろう」

「ッ!!!!」

 次々と語られるのは、パレッタにとって最悪な現実だ。自分も死に、他の皆にも罰則が与えられる事となる。それは、彼ら彼女らを守りたかったであろうパレッタにとって『最悪の結末』だ。


「だが、もう一つの道を選ぶのなら、違う未来を得られるかもしれぬぞ」

「えっ?」

 陛下はパレッタの傍まで歩み寄っていた。そして、パレッタは陛下の言葉に疑問符を浮かべながら、下げていた視線を見上げ、自らの前にいる陛下を見上げる。


「お主が騎士として、国のため、民のために働くのであれば、恩情を掛ける事も出来よう。更にお主の仲間の罪もある程度は軽く出来るであろう。が、聖龍騎士団は我が国の精鋭と言ってよい。通常の青銅騎士団や光防騎士団以上に危険度の高い任務に赴く事になる。当然、お主が死ぬ確率も高くなろう」

『ゴクッ』


 陛下の言葉に、パレッタは冷や汗を浮かべながら固唾を飲みこんだ。

「さぁ、お主はどちらを選ぶっ!」

「ッ!う、ウチ、は……」


 パレッタは目を見開き、俯いた。床に視線を落とし、何かを考えこんだ様子だ。だが、ギュッと拳が握られる。


「こ、国王陛下に、お、お聞きしたい、のですが。ウチ、いえっ。私が騎士として働いたら、皆は、私の仲間はっ、牢屋に入るような事は、無い、のですか?」

 彼女は視線を上げて陛下を見上げながら、慣れないだろう敬語を何とか使いながら問いかける。


「罪を犯している以上、償いは何かしらの形で行ってもらうだろう。だが、監獄への収監は避けられるよう、こちらで手を回す事を約束しよう」

「ッ。……なら、ならっ!!」


 パレッタは、強く、それこそ爪が皮膚を破くのではないか、と言うほど強くこぶしを握り締める。そして……。


「私、やりますっ!みんなのために、騎士として、働かせてくださいっ!お願いしますっ!」

 パレッタは自らの意思を声にして叫んだ。そして陛下に対して、頭を下げたのだ。対する陛下の答えは……。


「良かろうっ!ならば特例としてお主を聖龍騎士団第5小隊付きの、騎士見習いとして徴用するっ!そして騎士としての責務をこなす事を、盗賊団の一件に対する贖罪とするっ!また、騎士としての職務への報酬の一部として、お主の仲間への罰の軽減をするものとするっ!」


 陛下の答えに、私は安堵し息を漏らした。これで少なくとも、パレッタやおばあさんが死刑にされる事は無いし、未だ駐屯地にいる多くの鉱夫やその家族たちの罪も少しは軽くなった。 『しかし』、と言う疑問符が私の中に浮かぶ。そして私は、彼女が騎士として仕事をする『危険性』に思いをはせると同時に、私の表情は陰るのだった。



 その後、私達は玉座の間を退室してよいと許可を貰い、待機していたマリーと共に一度、聖龍騎士団の建物へと戻った。そして数時間ほど待っていると、陛下の側近が私達の元に書類を持ってきた。


 中に書かれていたのは、先ほどの発言を正式な物だと証明する書類だった。その内容は……。


『一つ、平民パレッタは、盗賊団として行った犯罪行為への贖罪として、特例として聖龍騎士団にて騎士見習いとしての職務を果たす事』。


『一つ、聖龍騎士団の仕事は死亡率が高く危険な任務であるため、恩情を与え、盗賊団の仲間の罪の軽減。更に彼らに贖罪の機会として、年に数回、国家への奉仕活動への参加を義務付ける物とする』。


『一つ、これらは現グロリアス王国国王、アレキサンダー・グロリアス国王陛下によって決定された事案であり、彼らの処分に限り陛下の配慮を優先する物である』。


 こういった3つの内容が書かれていた。そして書類には陛下やレジエス団長、更に法務大臣らのサインが施されている。つまり、この書類が出来上がった以上、陛下の決定は正式な物になった、と言う事だ。


 そして私は書類に目を通すと、私の部屋で休んでいたパレッタとおばあさんにこのことを掻い摘んで話した。 話を聞いた二人は、本当に安堵した様子で息をついた。まぁ、これでパレッタの死刑の可能性はなくなったし、国家への奉仕活動への参加義務こそ発生したが、監獄に送られるよりはかなりマシと言って良いだろう。 それに、下手をすれば親は監獄へ。子供は孤児院へ送られていた可能性もある。そうなれば親子は引き離され、双方が悲しみに暮れる結果となっていただろう。 そう思うと、『本当に良かった』と私も安堵から笑みがこぼれた。


「そっか。それでウチは、これからどうすれば良いんだ?」

「そうだな。流石に今すぐ騎士に、と言う事は無いだろう。それに一度、青銅騎士団の駐屯地に戻って皆にいろいろ説明しなければならない。この書類には、彼らのために王都近郊にある寒村を宛がうそうだ。元々、この村は人口の減少が激しく、若い働き手が殆どおらず他の村との統合も考えられていたそうだ。ちょうどいいから、ここに移り住め、との事らしい。手入れが必要だが、空き家も無数にあるし修繕のための金や人員は王国が用意するそうだ」

「あぁ、何とありがたい。本当に、寛大な陛下とレイチェル様には、何度お礼を申し上げても足りません」


 おばあさんは、感極まった様子で涙を流しながら何度も私に頭を下げていた。

「頭を上げてください。私は、私のやりたい事をやっただけですから」

 そんなおばあさんに、私は笑みを浮かべながら声をかけるのだった。


「それでは、私は騎士団長の所に行ってきます。明日にはまた、とんぼ返りで駐屯地に戻る事になるでしょうし、そのための許可などを貰って来たり、お二人の今夜の宿なども手配しないといけませんので」

「分かりました」

「ではマリー、二人を頼む」

「了解っ」


 部屋に待機していたマリーに二人の事を頼み、私は部屋を出てレジエス団長の元へと向かった。



~~~~~

レイチェルの姉ちゃんが部屋を出ていって、残ったのはウチとおばばに、姉ちゃんの部下の人。 正直、ウチは今でも頭が追い付いてなかった。騎士になれば私は死刑にならないし、皆だって罪が軽くなるって言われて。 考えなんてまとまらなかった。どうすれば良いかなんて、あんな短い時間じゃ分からなかった。


でも、私が騎士として働けば、みんなの『未来』を、牢屋にいる『今』よりマシに出来る。それだけは分かっていた。だからウチは、騎士になろうって思えたんだ。 それに、聖龍騎士団第5小隊って、姉ちゃんの所だったから。だから『大丈夫だ』って思えたんだ。


姉ちゃんは、ウチが見てきた貴族、あのイオディアと大違いだった。綺麗で、強くて、カッコよくて、優しくて。『あんな貴族もいるんだ』って思えたんだ。 そんな姉ちゃんが、ウチのために頑張って考えてくれたんだ。ウチを死なせないために。


ふと、頭の中に牢屋で話していた時の姉ちゃんの言葉がよみがえる。


『私が、お前を守ってやる』

『ドクンっ!』 

 ッ!思い出すだけ、それだけで頬が熱くなって、心臓の動きが早くなる。あの時、ウチを撫でてくれた姉ちゃんの優しい手。ウチの手を、優しい手だって誉めてくれた姉ちゃんの言葉。全部、全部全部、溢れてくるっ。 あぁ、ダメだ。考えるだけで、頬が熱くなって止められない。 姉ちゃんの姿が、頭の中をいっぱいにしてる。  体が、頬が熱い。自分でも顔がトマトみたいに赤くなってるのが、分かる。 ど、どうしてウチ、こうなったんだ?自分でもわかんねぇよぉ。


「ん?どうしたいパレッタ?何やら顔が赤いけど、疲れたのかい?」

「えっ!?ち、違っ!?」

やばっ!?おばばに見られてたっ!っていうか、騎士の人も気づいてこっち見てるっ!あうあうぅ、今ウチ、顔が赤い所見られてるぅっ!恥ずかしいっ!


「パレッタ?」

 おばばが心配そうな表情でウチを気にしてるっ!な、何か言って安心させないとっ!

「こ、これはその、姉ちゃ、じゃないっ!ちょ、ちょっとした人の事を考えてたら自然にそのっ!」

「ほう?ほうほう」

 顔が赤くて、恥ずかして、頭が回らない。浮かんだ言葉が次々と口から出ちまう。なんでこうなったのか、自分でも分からねぇけど。おばばは何か知ってそうな顔をしてる。


「おばば、ウチ。心臓がうるさくて、顔が熱くて、そ、その、ある人の事ばっかり考えちまうんだ。ウチのこれって、何なんだ?」

 分からない。分からないのが怖くて、おばばに問いかけた。


「ふふふっ。パレッタ、よく聞きな。そいつはね、『恋』って奴さ」

「恋?それって、その、好きな人が出来るって事だろ?」

「あぁそうさ。その胸の高鳴り、熱くなる頬、繰り返し脳裏に浮かぶ誰かの姿。違うかい?」

「……そうだよ。ウチは今まさにそれなんだ」

「じゃあやっぱり恋さねっ」


 おばばは楽しそうにカラカラと笑みを浮かべている。 そう、なのか?これが恋って奴なのか? 大人たちから聞いたことはあった。 大人になったら好きな人が出来るって。いずれお前も、恋をする時期が来るって。 そんなのよくわからなかった。人を好きになるって、まったく考えてなかった。 


 でも、今ならわかる。誰かを好きになるって事は、誰かに恋をするって、こういう事なんだって。 へへ、そっか。ウチ、『好きな人』が出来たんだ。 姉ちゃんに、『恋』してるんだ。


 姉ちゃんの事を考えるだけで、自然と笑みがこぼれる。ほっぺは熱いし心臓もドキドキしっぱなしだけど、でもなぜかそれを気持ち悪いとは思わなかった。 だって、あんな凄い姉ちゃんなんだから。 ウチが姉ちゃんを好きになるの、変、じゃないよな。 うん。きっとそうだよっ! 

 

 そんな姉ちゃんと、ウチはこれから一緒に働くんだよな。なら、頑張らないとな。

「へへへっ」

 姉ちゃんの事を考えて、思い出すだけで嬉しくなって、勝手に笑みがこぼれる。


 だからウチは、おばばが嬉しそうに笑っているのと、騎士の人が『あちゃ~~』みたいな表情をしているのに気づかなかった。



~~~~~

 レジエス団長と話し、明日以降の日程と今日二人が止まる場所を確保した私は部屋へと戻った。

「戻ったぞ。とりあえず予定が……」

「お帰りっ!姉ちゃんっ!」

 私の言葉を遮り、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくパレッタ。そのまま彼女は私の右腕に抱き着いてきた。

「お、おぉ。た、ただい、ま?」

「へへへ~~♪」

 突然の事に戸惑う私をよそに、パレッタは私の腕をギュッと抱きしめ、嬉しそうに、それこそ猫や犬が主に擦り寄るように体を擦り付けてくる。 な、なんで?と思いつつマリーに視線を向けるが……。


『プイッ』

 え~~?なんか不機嫌そうな表情のまま視線を逸らされてしまった。なんで?

「おやおやまぁまぁ」

 そしてなぜかおばあさんも微笑ましそうに私とパレッタを見つめている。い、一体私が居ない間に、何があったというだん? 状況がよく分からず困惑していたが、と、とりあえず今後の日程を離さないとな。


「え、え~っと。二人とも聞いてほしいのだが、とりあえず今後の予定が決まった。まず、私達は明日、南部の駐屯地へと戻る。そこで元盗賊団の皆に状況を説明し、移動の準備をしてもらう。これが出来たらすぐに馬車でさっき話した、王都郊外の寒村へと移動してもらう。以降は現地で王国から派遣されてくる監察官の監視の元、生活する事になるだろう」

「それじゃあ、ウチは?ウチは騎士になるんだよな?」

「あぁ。パレッタは今後騎士になるが、いろいろ準備や特例と言う事で手続きに時間がかかる。騎士として仕事を始めるのは、1か月後かそこらだろう。無論、王都に住まいの準備ができるまで、王都での滞在費などはちゃんと聖龍騎士団から出すから安心してくれ」

「え?じゃあウチ、この王都で暮らすのかっ!?」

 どうやら王都で暮らす事が想定外だったのか、驚きながらもキラキラした瞳で私を見上げるパレッタ。


「あぁ。聖龍騎士は基本的に王都に家を持つか、騎士団の寮で暮らす事になる。聖龍騎士は基本的に王都にいて、依頼を受けてあちこちに派遣と言う形になるからな。休日に、馬を使えれば郊外にいる皆の所へ行くことも出来るだろう」

「へへっ。そっか。そりゃ良いや」

 パレッタは嬉しそうに笑みを浮かべる。彼女も、時間があれば皆に会いたいだろうしな。私も笑みを浮かべる彼女が微笑ましくて、小さく笑みを漏らした。


「さて、ではとにかく、今日の宿である聖龍騎士団の宿舎に案内しましょう。二人とも、そこでゆっくりお休みください。明日はまた、朝から馬車での移動になりますので」

「分かりました」

「……」

 おばあさんは頷くが、話を聞いたパレッタはどこか不安そうだ。

「パレッタ?どうした?」

「……。あ、あのさ、姉ちゃん」

 返事が無いので問いかけると、パレッタは少し迷いを見せた後、口を開いた。


「姉ちゃんの家、ってこの近くにあるのか?」

「ん?まぁあるぞ。私は王都に一軒家を持っているが」

 『なぜそんな事を聞くのだろう?』と疑問に思ったが、パレッタはその答えを聞くと、少し恥ずかしそうに何かを迷っているようだった。 ん?もしかして……。


「もしかして、慣れない環境じゃ眠れないのか?」

「うっ、うん」

 パレッタは恥ずかしそうに声を詰まらせ、顔を赤くしながらも頷いた。

「だ、だからその、少しでも落ち着く人の傍にいたいんだ。だ、だからその、ね、姉ちゃんの家に、と、泊めてくれないかな~、なんて」

「ふぅむ」


 そこで『なぜおばあさんじゃないんだ?』とは思ったが深く考えず、とりあえずパレッタを家に泊めるかどうかを考えた。まぁそこそこ大きい一軒家だし、客間もいくつかあるから不可能じゃない。 それに、パレッタも慣れない王都で周りは殆ど初対面ばかり。騎士が無数にいる宿舎なんて確かに落ち着かないだろうし。


「分かった。私は良いぞ」

「はいぃっ!?」

「えっ!ホントにっ!」


 なんかマリーが素っ頓狂な声を上げながら驚いているが、まぁ気にしないでおこう。嬉しそうに笑みを浮かべ、私に抱き着てくるパレッタ。

「ほ、ホントに姉ちゃんちに泊まって良いのっ!?」

「あぁ。一晩くらいどうと言う事はないさ。メイドのローザに言って、料理もたくさん用意させよう」

「ッ~~~!ありがとうレイチェル姉ちゃんっ!」


 パレッタは嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら私の腰元に抱き着いた。そのまま私をぎゅ~っと抱きしめ、腰元にスリスリと顔を擦りつけている。やれやれ、これじゃあホントに猫みたいだな。

「ふふっ、やれやれ」

 そんな彼女の姿が面白可愛くて、私は笑みを浮かべながら彼女の頭をなでる。


「えへへ~~♪」

 すると彼女も気持ちよさそうに笑みを浮かべるのだった。さて、パレッタの方はこれで良いから……。

「マリー、すまないがおばあさんを宿舎に案内して……」


「………」

え~~~~?なんかマリー、めっちゃ不機嫌そうな顔を浮かべながらこっちを睨みつけてるんだけど~~。なんで~~?


「あ、あの~、マリー?」

「はいはい分かってますよ、おばあさんのお世話ですよね」

「あ、あぁ。頼むぞ、マリー」

「は~~い」

 不機嫌そうなマリーは、更に不機嫌そうに頷くだけだった。 うぅ、また私は何かやらかしたのか? 何かまた、マリーの不機嫌を直す手段を考えておかないと。


「ハァ」

「あれ?レイチェル姉ちゃんどうかしたのか?」

「あぁ、うん。なんでもない。気にするな」

 私は疑問符を浮かべ心配そうに私を見上げるパレッタに、苦笑しながらそう答えるのだった。


その後、レジエス団長に話して許可を貰い、私はパレッタを連れて帰路に就いた。空は既にオレンジ色に染まりつつある。 初めて訪れた王都の街並みに興味津々のパレッタの手を引きながらしばらく歩いていると、家に辿り着いた。


「ただいま戻ったぞっ、ローザッ!」

 ドアを上げて声を上げる。すると奥から、パタパタと足音をさせながらローザが足早に走ってきた。


「おかえりなさいませっ、レイチェルさっ、ま?」

 出迎えてくれたローザだったが、私の傍にパレッタが居る事に気づくと足を止め、首を傾げた。

「レイチェル様、そちらの少女は?」

「彼女の名はパレッタ。いろいろと理由があって王都に来ているのだが、懐かれてしまってな。慣れない王都で一人は心細いようで、今日は家に泊める事にしたんだ。構わないか?」

「かしこまりました。では、客間の用意と、お料理ももっと作らないとですね」

 ローザは突然の来客にも嫌な顔一つしない。本当にできたメイドだ。


「すまないなローザ。頼むよ」

「かしこまりました。では、レイチェル様は私室でお着換えをなさってください。その間、彼女はリビングにご案内しておきます」

「あぁ。分かった。パレッタ」

「う、うん」


 私が促すと、彼女は緊張した様子でローザの前に立つ。

「あ、あの。パレッタ、と言います。お、お世話になりますっ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 緊張する彼女にローザはニコリと笑みを浮かべながら答えた。


「それじゃあローザ、頼むよ」

「はい」

「パレッタもリビングで待っていてくれ。着替えたらすぐに戻るから」

「うんっ」


 と言う事で、私室に戻って制服から私服に着替えた私はパレッタの待っているリビングへとやってきた。

「あっ!姉ちゃんっ!」

 私がドアを開けて中に入れば、すぐさま駆け寄ってくるパレッタ。その姿はホント、飼い主を見つけると駆け寄ってくる犬や猫みたいで、本当に愛くるしい。 って、いかんいかん。なんかここ最近パレッタに関するイメージが犬猫になってきてるような。 しかしそんなのパレッタに失礼だろ。 考えを改めないとな。


「あ、あの、ローザ、さんから伝言で、お風呂は沸いてるからお先にどうぞってっ!」

「そうか。ならば風呂で体を清めるとしよう。パレッタも一緒に入るか?」

「えっ!?良いのっ!?ふ、風呂って貴族じゃないと入れないって奴だろっ!?」

「もちろん構わないさ。どうせだ、背中を流してやろう」

「ッ!う、うんっ!じゃあ一緒に入るっ!」


 大量のお湯の確保などが容易ではない平民にとって『風呂』と言うのは『高級な物』と言うイメージが強い。今でこそ、そこそこ値の張る宿屋ならば風呂など珍しくもないが、村育ちのパレッタからすると、風呂は『珍しい物』だろうな。 


 実際驚き、興奮気味の彼女を見ていると、微笑ましくて笑みがこぼれる。って、待てよ。

「そうだった」

「姉ちゃん?どうしたんだ?」

 私が困ったような表情を浮かべながら声を漏らすと、パレッタが不安そうに私を見上げている。


「あぁいや、大した事じゃないんだが、パレッタ。着替えを持ってないだろう?」

「あっ」

 私に言われ、『そう言えばっ!』と言わんばかりの表情で彼女は声を漏らした。


「ふ~む」

 今から服屋に行ってももう閉まっている。かといって同じ服を着させるのもなぁ。……ここは、仕方ない。

「ちょっと待っててくれ。私の部屋から何かないか探してくる」

「う、うん」

 私はパレッタをリビングに残したまま一度自分の部屋に行った。クローゼットの中を探し、パレッタによさそうな服を探した。 数分後、とりあえず上着に使えそうなのは見つけたが、下の方がなぁ。これでも私は、女性の中では高身長だ。それに見合ったサイズのズボンを履いている。しかしパレッタはまだ子供だ。私のズボンは、サイズが大きすぎて履けないよなぁ。 かといって、私はスカートは好かん。だから履いていない。どうにも腿の辺りがスースーして苦手なんだよなぁ、スカート。 かといってちょうどいいのは無いし。


 やむを得ず、私は上着になりそうな物を持って行った。

「すまんパレッタ。替えになりそうなのがこれくらいしかなくてな」

 そう言って私は手にしていた大きめのシャツを見せる。

「替えの服、これで構わないか?」

「うんっ。別に着られればなんでも大丈夫だから、気にしなくて良いよ」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

 どうなるかと思ったが、パレッタからはOKを貰えてほっとしていた。


「それじゃあ、早速風呂に行って汗を流そうか」

「うんっ」


 早速、パレッタを連れて風呂場へと向かった。脱衣所で来ていた服を脱いで網かごに入れ、中へと入る。

「うわ~~~!広いな~~!!」

「ほらパレッタ、こっちに来い。湯船につかる前にまずは体を洗わないとな」

「あっ、は~いっ!」

 初めて見る風呂に驚いているパレッタを呼び寄せ、彼女を小さな木の椅子に座らせる。湯船から桶でお湯を汲んでくる。


「お湯をかけるから、熱かったら言うんだぞ?」

「は~いっ」

 ふふっ、まるで妹が出来たみたいだな~。ん?『妹』?はて、何かを忘れているような?

「姉ちゃん?」

「おっとすまん。掛けるぞ~」

 何かを思い出しかけたが、パレッタの言葉で我に返り、私はゆっくりと彼女にお湯をかけた。


「ふぁ~~~!温かいな~~!」

「ふふっ、それは何よりだ」

 気持ちよさそうな声を漏らすパレッタ。

「それじゃあ石鹸とタオルを使って背中を洗ってやろう。そのまま座ってるんだぞ」

「は~い」

 濡らしたタオルに石鹸を擦りつけて泡立て、そのタオルで優しくパレッタの背中を洗う。


「うっ、くふっ!あははっ!く、くすぐったいっ!」

「おっ?パレッタはどうやら敏感肌のようだな。これはどうだ?」

「や、やめっ!ひひっ!そ、そこはダメだってぇっ!あははっ!」

 体をくねらせ笑うパレッタを見守りながら、私は彼女の背中を洗った。


「ひ~、ひ~。ま、まだお腹いてぇよぉ姉ちゃん」

「はははっ、すまない、少しやり過ぎてしまったな」


 その後、私も自分の体を洗い、今は二人して湯船につかっている。そんな中で。


「なぁ姉ちゃん」

「ん?なんだ?」

「騎士ってさ、どういう仕事をするんだ?」

「そうだな~。まぁ私達の聖龍騎士団の場合、青銅騎士団では手に負えない仕事が回って来たり、大臣や陛下から直々に命令を受けて依頼をこなす、と言った所だな」

「その依頼って、どんなの?」

「特に多いのは魔物の討伐だな。魔物にも種類があって強さでランク分けがされている。聖龍騎士団では、青銅騎士団だけでは手に負えない強い魔物を、時に部隊だけで。時に青銅騎士団などと協力しながら討伐する。まぁ、聖龍騎士団の基本的な仕事はそんなところだな。あとは水害などで被害を受けた村などがあって、復興に人手が足りない場合は派遣されたりもする。要は便利屋だな」


「便利屋、か。へへっ。すさまじく強い便利屋だな」

「あぁ。そうだな」

 笑みを浮かべる彼女に私も相槌を打つ。


「ウチ、なれるかな?姉ちゃんみたいな騎士に」

「それは、分からない。生憎私は予言者じゃないのでな」

 私の言葉に、パレッタは少し悲しそうな笑みを浮かべている。

「でもなパレッタ。これだけは言える」

「え?」

「君には、間違いなく剣の才能がある。直にパレッタと戦った私には分かる」

 私は、湯船につかっていたパレッタの手に自分の手を重ねた。


「あっ」

 パレッタはピクンと体を震わせ、湯船につかっているせいか、少し赤くなった顔で私を見上げている。


「パレッタは強くなれる。立派な騎士になれる。そしていつか、この手は誰かを守れる、強い手となるだろう」

「ホント、に?ウチ、姉ちゃんみたいになれるかなっ?」

 少し潤んだ瞳で、彼女は私を見上げている。その瞳に見えるのは、憧憬の色。 もし、彼女の中に少しでも私への憧れがあるのなら……。


「あぁ。なれるさ。きっと」

 そんな彼女の憧れを応援したかった。だから私は、頷きながら笑みを浮かべるのだった。


「レイチェル姉ちゃん」

 彼女は私を、熱を持った視線で見上げていた。……流石に上せてきたか?と思った時。


「レイチェル様、パレッタちゃん。もうすぐ夕食の準備ができますので、そろそろ」

 脱衣所のドア越しに聞こえるローザの声。

「あぁっ、今上がるっ!」

 そちらに視線を向け答えてから、視線をパレッタへと戻す。


「さて、そろそろ上がるかパレッタ。夕食だ」

「うんっ」

 笑みを浮かべる彼女を連れて、私は風呂を出た。 パレッタの赤髪を拭いて乾かし、体の水分も拭って、持ってきていた服に着替える。


「どうだパレッタ?私の服は」

「うん、ちょっと大きいけど大丈夫っ」

 今、パレッタは私の、少し前に来ていたシャツを下着の上に羽織っているだけだ。袖は少しまくってあるし、元々大きめのサイズだったのでシャツの前が彼女の足の付け根より少し下まで届いていたのでパンツは見えずに済んでる。 若干、危ない香りがする恰好に見えなくもないが、ま、まぁ貸せる服がこれくらいしかないから仕方ないなっ!うんっ!


「ふふっ」

 その時、パレッタが何やら袖口を口元に当てて微笑んでいた。

「どうした?」

「えへへっ、これ、姉ちゃんの匂いがしてさ。何だか、安心するんだぁ」

「ッ!?はは、恥ずかしい事を言うなよっ!?」

 少し興奮したような、恍惚とした笑みを浮かべるパレッタの言葉に私は、顔を真っ赤にせざるを得なかった。 うぅ、これしか貸せる服が無いから『返せ』とも言えないしっ。 仕方ない、今日くらいは耐え忍ぶとしようっ!この『羞恥心』からっ!


 ってぇ、何か更に『すぅ~~』って深呼吸してないかっ!?

「ほ、ほら行くぞパレッタっ!せっかくの料理が冷めるっ!」

「わわっ!?お、押さないでよ姉ちゃ~んっ!」

 恥ずかしくて頭が爆発しそうなのを自覚しながら、私はパレッタの背を押し、脱衣所を後にした。


 その後は私とパレッタ、それにローザを交えた3人で、彼女が作ってくれた料理で腹を満たし、今後についてローザへの報告も兼ねていろいろ話をした後、明日のために早寝する事にしたのだが……。


「あのさ、姉ちゃん。ウチ、今日は姉ちゃんのベッドで、一緒に寝たいなぁって思うんだけど、ダメ、か?」

「そうか。まぁ、良いか。おいでパレッタ」

「ッ、うんっ!」

 今にも泣きだしそうな子犬みたいな表情で迫られた私は、断る事なんて出来なくて、パレッタを寝室に招いたのだった。


「それじゃあ寝るか」

「うんっ!」

 二人してベッドに入ると、パレッタは笑みを浮かべながら私の腕に抱き着いてきた。


「おやすみ、レイチェル姉ちゃん」

「あぁ、おやすみパレッタ」


 私は片腕をパレッタに抱かれながらも、いろいろあって疲れていたし、すぐさま眠りについたのだった。


     第28話 END

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