第27話 謁見
とうとうイオディアを捕らえる事が出来た私たち。私はそのことをパレッタ達へと伝えるが、肝心のパレッタは、いざとなれば皆のために自らの首を差し出すとまで言っていた。私はその言葉に我慢が出来ず、彼女にそんなことはさせない、と伝え彼女を説得。 が、そこに現れた、慌てた様子のキースから聞かされたのは、今回の一件について、国王陛下自らが話を聞きたい、と言う内容の通達だった。
私はキースとパレッタ、おばあさんを伴って執務室に、足早に向かっていた。
「失礼しますっ!」
「んっ?おぉレイチェル様っ!」
先ほど訪れていた執務室を、まさかトンボ返り同然ですぐに戻ってくる事になるとはな、などと思いながら私はマルケス大隊長の元へと歩み寄る。
「キースから話を聞きました。関係者と言う事でしたので、パレッタとおばあさんをお連れしました。勝手な判断、申し訳ありません」
「いえっ、どうぞお構いなくっ。確かにお二人も関係者ですっ。話を聞く必要はあるでしょう」
頭を下げる私にそういってくれるマルケス大隊長。正直その言葉はありがたかった。 しかし問題は……。
「ありがとうございます。それで、伝書鳩が届けたメッセージと言うのは?」
「こちらです」
私はマルケス大隊長が差し出してくれた小さな紙きれを受け取り、書かれている文章に目を通した。 が、キースが言っていた以上の事は書いていなかった。
「ふぅ」
「ど、どうだったんだ?」
私が息をつくと、少し緊張した様子でパレッタが問いかけてきた。
「いや。残念だがキースから聞いた話以上の事は書いていなかった。さっき聞いた通り、国王陛下が関係者である者たちからイオディア子爵の横領の件と、盗賊の件について話を聞きたい。そう書かれていただけだ」
「そっか。けど、王様が話を聞きたいって、要はウチ等、王様に会うって事なんだよな?」
「あぁ。そう言う事になる」
「うぅっ!怖えぇよぉっ!王様の前で変なこと言ったらあれだろっ!?不敬罪って奴があるって聞いたことあるぞっ!?」
「落ち着けパレッタ。陛下はそんなことをなさるような方ではない」
「で、でもやっぱり怖えぇよぉっ」
「あぁ。そんな顔をするな。ほら」
怯えた様子のパレッタを何とか宥めようと私は彼女を抱きしめ、その頭を優しく撫でてやる。
「あっ、ね、姉ちゃん」
パレッタは頬を赤く染め、私を見上げている。幾ばくか蕩けたように見える瞳から不安の色は感じられない。
「どうだ?落ち着いたか?」
「んっ。も、もうちょっとだけ」
「ふふっ、仕方ないなぁ」
そう言って私は彼女へのナデナデを続ける。 しかし、彼女の怯え具合も分かる。平民が国王陛下に謁見する事など、人生の中で1度あるかどうか、と言うほどだ。 しかもただ謁見するわけではない。犯罪の関係者、当事者として陛下に謁見するのだ。それを考えれば、精々14、5のパレッタに対して不安を覚えるな、と言うのは無理な話だろう。
「ん?」
その時、ふとキースが私の方を見つめながら苦笑している事に気づいた。
「どうしたキース。私に何か可笑しなところでもあるのか?」
「えっ!?い、いえっ、別にそういう訳ではっ」
私が問いかけると、キースは慌てた様子でそう言った。
「ならばなんだ?」
「え、えと、その。マリー先輩が見たらまた暴走しそうだなぁ、と思いまして」
苦笑交じりにそんなことを口にするキース。 しかし、どういう事だ?私はただパレッタの頭を撫でてやってるだけだ。当のパレッタは、『猫のように私の手に頭や頬を擦り付けながら、甘えたような表情を浮かべているだけ』で、別段おかしい所はない。 なのになぜマリーが暴走する、なんて事になるのだ?
キースの言ってる意味が分からず、私は首を傾げながらもパレッタの頭をなでていた。 と、その時だった。
『コンコンコンッ!!』
「失礼しますっ!」
部屋に慌てた様子でマルケス大隊長の副官が入ってきた。
「どうした何事だっ?」
「そ、それが、今しがた2羽目の伝書鳩が王都より来ましてっ、こちらをっ!」
「何っ!?」
また通達が届いたのかっ?私も少し驚きながら、副官より受け取った紙へ、緊張した様子で目を通すマルケス大隊長の傍へ歩み寄る。心なしか、撫でるのを辞めて彼の方へ歩み寄る時、パレッタが『あ~~』と名残惜しそうな声をしていたが、うん。気にしないでおこうっ!
「マルケス大隊長。内容は?」
「はっ。どうやら、移動についての指示のようです。『本日、現時刻より駐屯地を出発しても夕暮れ前まで王都につく事は不可能と認め、出発は明日以降で良いものとする。なお、王都への招集に答えられない場合は、簡潔に理由をまとめ伝書鳩で返信せよ』、との事です」
「そうですか」
確かに今から急いで駐屯地を出て、馬と馬車を飛ばしても日暮れ前までに王都に辿り着けるかどうか。ここは、指示に従うとしよう。
「マルケス大隊長。急で申し訳なく思いますが、我々は明日、パレッタとこちらのおばあさんを連れて王都へと向かいます。また、イオディア移送のため、そちらの馬車と騎士と兵士数人をお借りしたいのですが、よろしいですか?」
「えぇ。もちろんです。早速、部下たちに移送の準備を開始させましょう」
「ありがとうございます」
急な指示だが、マルケス大隊長は快く受け入れてくれた。
「では、私も部下たちの所に戻り、急ぎこのことを連絡してきます」
「分かりました」
さて、それと他には……。
「パレッタ」
「あ、うんっ。何?」
「君はおばあさんと一度みんなの所に戻ってくれ。それで自分とおばあさんは一度王都に言って陛下らと謁見する事になる事。今後どうなるか分からないので、この駐屯地に戻ってこられるか未定である事などを彼らに伝えてくれ」
「うん、分かった」
「キースは二人の案内を。終わったらすぐに集合だっ」
「了解ですっ!」
私の指示を受けてキースは二人を連れて執務室を出ていった。 そして、駐屯地全体が慌ただしくなり始めた。 国王陛下直々の招集と言うのが珍しいからか、兵たちも驚いたり、少し不安そうな表情を浮かべていた。 そんな彼らを横目に私も、『陛下はなぜ、私たちを?』と言う疑問が何度も脳裏をよぎるのだった。
そして翌日。準備ができ、問題も無かったので私たちはすぐさま王都へ向かって出立した。王都へと向かうのは、私たち第5小隊全員とパレッタにおばあさん。そしてイオディアを護送する青銅騎士や兵士たちの一個小隊の騎馬や馬車だ。
そんな王都への帰路。私はリリーに跨らず、馬車の中でパレッタやおばあさんの傍にいた。その理由は出立の時、パレッタの表情が優れなかったからだ。『私が傍にいれば少し違うだろうか?』。そう思って傍についていたのだが……。
「く~~。く~~」
駐屯地を出てしばらくすると、パレッタは小さな寝息を立てながら眠ってしまった。馬車なんて、かなり揺れるし慣れていない者はよく酔う。ガタガタと音もする中で、彼女は眠っていた。内心、『よく眠れるなぁ』と思いながらパレッタを見守っていた。 しかし……。
「パレッタ、昨日は眠れなかったのだろうか?」
今ここであれだけ熟睡している、と言う事は昨日の夜眠れなかった証なのでは? そう考え私はポツリと言葉を漏らした。
「えぇ。どうやら、そのようで」
すると傍にいたおばあさんが答えた。
「パレッタは、昨日の夜は殆ど眠れていなかったようです。私ら老人は目が覚めるのが早いのですが、私らが目覚めた時には既に起きていましたようで」
「そうですか」
「……あの子が、あそこまで緊張するなんて、珍しい事です」
「国王陛下への謁見ですからね。無理もないでしょう。それがまして、犯罪の関係者となれば。『陛下直々に断罪するのでは?』、と言う不安と恐怖に苛まれているのかもしれませんね」
「……」
おばあさんは、静かに俯き、思いつめた様子だった。そのことが気になって声を掛けようとした時。
「本当に、情けない話です」
おばあさんが静かに口を開いた。私は開きかけていた口を閉じ、おばあさんの話に耳を傾けた。
「いい歳をした大人が、こんな子供に自分たちの命運を背負わせていた、いいえ。今も背負わせているなんて。本当に情けない話です」
それは、後悔の告白、懺悔ともいえる物なのだろう。自分たち何十と年下の少女に重荷を背負わせている事への懺悔だ。 しかし、その話を聞いて、気になった事があった。
「あの。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「どうして、パレッタが皆さんのまとめ役になったんですか?ずっと気になっていて」
「左様で。……ならば、少し話をするとしましょう」
そう前置きをしておばあさんは話を始めた。
「あれは、儂らが雪崩によって村を失い、殆ど肌着一貫でイオディアの屋敷を訪れた後の事でした。お金こそ与えられたものの、思っていた額よりも明らかに少ないその量では、すぐに底をつくのは目に見えていました。だからか、皆、絶望していたのです」
『ギリッ!』
話を聞き、私は奥歯を噛みしめた。最後の希望も打ち砕かれ、絶望に打ちひしがれる彼らの姿が想像できてしまう。だからこそ、貴族として、領主としての責務を放棄し横領をしていたイオディアへの怒りと軽蔑を覚えてしまう。
「そんな時でした。パレッタの、あの子の叱責が飛んできたのは」
「叱責、ですか?」
「えぇ。絶望に打ちひしがれていた儂らに、あの子は言ったのです。『金がなくても、家を失っても、家族が死んでも、今ウチ等は生きてるんだっ!まだ終わってないっ!だから、まだ諦めるなっ!』、と。その言葉に、絶望していた大人たちも立ち上がったのです。生きているからこそ、まだ終わってない、と」
「そうでしたか」
話を聞いていると思う。パレッタには相応のカリスマがある、と言う事だ。カリスマとは、いわばリーダーの素質。人々を惹きつけ、動かす力だ。年上の大人たちが、パレッタに従っていた事から考えても彼女のカリスマ性は子供らしからなぬ物かもしれないな。
「その後は、村へと戻り、使えそうな物や冷たくなっていた家族などを掘り起こし、私の発案で近くの廃坑へと身を寄せました。そして、今後のためにと、儂が皆に盗賊をするしかない、と教えたのです」
「では、盗賊をすると言うアイデアは?」
「えぇ。私の発案です。……生きていくためには金が要る。そのために一番確実で、同時に一番危険な方法は盗賊でした。当初は、皆乗り気ではありませんでしたが、行く当ても金もなく、後も無く、既に失う物も殆ど無かった儂らには、それ以外の選択肢はありませんでした。私の提案にパレッタが真っ先に賛成し、皆を説得し。あとは、騎士様の知っての通りです。いくつかの戦いを繰り返した挙句、あなた方の前に敗れた、と言う事です」
「成程」
と、私が頷いていると。
「騎士様、少し、よろしいですか?」
「はい。何でしょう」
少し間を置き、再び話しかけてくるおばあさん。だがその目は、真っすぐに私を見据え、何かを私に頼もうとしているような、そんな目に見えた。
「どうか、パレッタの事をよろしくお願いいたします。どうか、彼女の事を、お守りください」
そういうと、おばあさんは眠っているパレッタへと視線を向けた。彼女は、眠っているパレッタの今後を憂うような、不安そうな表情を浮かべていた。
「儂ら大人が不甲斐ないばかりに、パレッタには苦労を掛けました。あの子も、家族まで失って、悲しみと怒りの中にあったでしょうに。儂らは、そんなあの子に重荷を背負わせてしまった」
そう語るおばあさんは、自分たちへの後悔を吐露するように、俯きながら静かに語る。そんな中で、私は少し、聞いてみたい事があった。
「……一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「パレッタは、どんな子供だったのでしょう?」
彼女は、カリスマ性を持ち、並の騎士を超える戦闘技術を持っている事は分かった。だが、私は子供としてのパレッタをまだ知らない。だからこそ、聞いてみたかった。
「そうですね。パレッタは、やんちゃな子供で、女ながらもガキ大将のような存在でした。いつも年下の子供たちを集めて、皆で遊んだり、いたずらしたりしては怒られて。あの子は、いつでも子供たちの中心にいました」
子供たちの中心で、子供たちと遊ぶパレッタ、か。ははっ、用意に想像できてしまうな。
私はそんなパレッタをイメージして小さく笑みを漏らした。
「あの子は、短気な所もあって、こらえ性の無い子供でしたが。それでも、常に周りを気にかけ、困っている誰かを見捨ててはおけない、とても心優しい子です」
おばあさんは誇らしげに、眠る彼女を見つめながら教えてくれる。が、直後にその表情が陰ってしまう。
「騎士様、重ね重ねになってしまいますが、どうかパレッタの事を、お願いします。短気で、粗野な所もあるかもしれませんが、どうか、あの子の未来をお守りくださいますよう、平に、平にお願い申し上げます」
そう言って、おばあさんは私に対して深々と頭を下げた。 彼女は、パレッタは本当に信頼され、愛されているのだ。おばあさんの態度からも分かる。 ならば私は、その言葉に答えよう。
「えぇ。必ず。彼女の若い命、こんなところで散らせはしません」
私は決意に満ちた表情を浮かべ、おばあさんを安心させるような優しくも力強い声色で語りかけた。
「はい。どうか、よろしくお願いします」
おばあさんはもう一度深々と私に頭を下げるのだった。
それから数時間後。私達は王都へとたどり着いた。そして真っすぐ聖龍騎士団の駐屯地へと向かった。門番をしていた兵に頼み、イオディアは駐屯地の地下牢へと一時拘束。マリー達にイオディアを護送してくれた青銅騎士たちとパレッタ、おばあさんを休ませるよう頼み、私は一人レジエス団長の所へと向かった。
『コンコンコンッ!』
「入れ」
「失礼しますっ!」
ドアをノックし、中に足を踏み入れるとレジエス団長や他の隊長たちもいたが、今は気にせず団長の元へと向かう。
「おぉ、戻ったかレイチェル」
「はっ!ただいま南部より帰還いたしましたっ!それで……」
「あぁ。こちらにも通達が来ている」
そういうと、団長は座っていた椅子より立ち上がった。
「俺はこれから、王城に行ってお前たちの帰還を報告してくる。お前は、いろいろあって疲れただろう。しばらく自室で休んでいろ」
「ありがとうございます」
私は執務室を出ていく団長を見送った後、自室へと戻り、しばし体を休めた。
しかし、この後私達は陛下に謁見する事になる。いや、下手をすると他の大臣、特に法務大臣なども同席している可能性もある。う~んっ、そうなるとパレッタの命をどうこう、となった時大臣や陛下を説得できるかどうかっ。事前に思いついた私の案は、たったの二つ。これだけでどうにかしなければ。
しばしそのことを考えながら、時間をつぶしていた。しかし遅いな。すぐに呼ばれると思っていたが、どれくらい時間が経った?そろそろ2時間を超えていると思うが? と思っていると……。
「隊長っ!国王陛下からのご命令で、今すぐ件の二人を連れて王城へ出頭せよ、との事ですっ!」
「ッ。分かったっ。パレッタとおばあさんを連れてきてくれっ!」
「了解っ!」
ドア越しに聞こえるマリーの声に答えると、私も身だしなみを整え、部屋を出た。いよいよ、か。
その後、私はパレッタとおばあさんを連れ、更にマリーにおばあさんを背負ってもらった。王城を上るのに、高齢のおばあさんでは大変だろうと思っての事だ。
そして、15分ほど掛けて私達は陛下の待つ玉座の間へとやってきた。その扉の前でおばあさんを下ろすマリー。更に私の横では、顔色の悪いパレッタがガタガタと震えている。
「パレッタ」
「あっ、ね、姉ちゃん」
私は静かに彼女を抱き寄せる。
「大丈夫だ。陛下は心の広いお方だ。多少の無礼ですぐに目くじらを立てるようなお人ではない。それに、主な受け答えは私がする。パレッタ、君は聞かれた事にだけ答えれば良い。それ以外は、特に声を上げずに私と同じような態勢で居れば良い」
「わ、分かったよ、姉ちゃん」
彼女は頷いてこそいるが、やはり緊張感はどうしても拭えていないようだ。
「大丈夫だ。私が、何とかするから」
「ッ」
私は彼女の耳元で優しく囁いた。すると、彼女は青かった顔を一転させて、赤くしながら静かにコクンと頷いた。
やがて……。
「陛下が中でお待ちです。どうぞ」
「了解しました」
玉座の間の扉が開いて衛兵が中から現れ、私達を促した。私はパレッタとおばあさんを連れて、マリーに目くばせをする。彼女は頷き、外で待機となる。そして私たちは中へと足を踏み入れた。
玉座の間は、王のおわす所。故に周囲には豪華な装飾がされ、赤いカーペットが入口から玉座の前まで続いている。 その赤いカーペットの上を、二人を連れながら歩き、ある程度進んだ所で足を止め、その場に膝をついた。私の所作を見て、パレッタとおばあさんもそれを真似する。
前方には、陛下が座っているだろう玉座があるが、今は周囲をヴェールで覆っており、こちらから陛下のお顔をうかがう事は出来ない。
「陛下、聖龍騎士レイチェル・クラディウスと、例の盗賊団の関係者2名、出頭いたしました」
「うむ。分かった」
私達が膝をつくと、玉座の傍に控えていた陛下の側近の一人がヴェール越しに陛下へと声をかけた。 そして、ヴェール越しに聞こえてくる声。
「ヴェールを開けよ」
「はっ。失礼いたしますっ」
陛下の指示を受け、側近がヴェールを引く。 引かれたヴェールの奥から現れたのは、白髪の高齢の男性だった。 だが、金色の鎧を纏い、ご高齢ながらも鋭い眼光を備えた男性。そう、それこそが我が国の現国王、『アレキサンダー・グロリアス』国王陛下、その人だ。
『ごくっ』
現れた陛下を前にして、緊張した面持ちのパレッタが固唾をのむ音が聞こえる。
「騎士レイチェル・クラディウス」
「はっ」
「この度の急な招集によくぞ応じてくれた」
「いえっ。陛下がお呼びとあれば即座に」
慣例的な返事を返しつつ、陛下の様子をうかがう。怒っている、訳ではないな。声色や表情から怒りの様子は見えてこない。
「それで、そちらの二人が?」
『ビクッ!』
「はい。レリーテ山脈南部で活動していた、盗賊団の関係者でございます」
「ふむ。その二人が」
パレッタは陛下を前に委縮してしまっている、チラリと表情を伺うが、かなり怯えているな。どうするか、と考えていたが……。
「さて、この度お前たちを招集したのは訳があっての事だ」
陛下はそう切り出し、視線を私に向けてきた。それに安堵しつつも陛下の次の言葉を待つ。
「今回、騎士クラディウス。貴殿は部下と共に貴族。イオディア・クリジット子爵の不正を暴いた。そうだな?」
「はいっ」
「その不正について、証拠となる書類などは確認し、既にクリジット子爵には謁見をさせた。本人は否定していたが、証拠の数々を見せるとすぐさま黙り込んでしまった。そこで、騎士クラディウス。捜査の中心にいた貴殿より、改めて奴の不正の説明を頼みたい。よろしいか?」
「はっ!ご命令とあらばっ!」
「では、説明を始めてほしい。ん?」
その時、陛下は緊張した様子のパレッタとおばあさんを気にかけた様子だった。
「いや、その前にあちらの二人に椅子を用意してやってくれ。話が長くなる恐れがあるのでな」
「はっ!」
すぐさま側近が周囲にいた近衛兵に命じて椅子を二つ、持ってこさせた。そして二人は用意された椅子に腰を下ろす。
「さて、これでよかろう。では騎士クラディウス。改めて奴の罪について、説明を頼む」
「はっ!それでは、説明を始めさせていただきます」
私はそう言って一度深呼吸をしてから、説明を始めた。
「まず、奴が手を染めていた犯罪は二つ。一つは奴の領地において雪崩などによって村が崩壊した場合などを想定し、鉱夫やその家族に払われるはずだった補助金の横領です。調べた結果、奴は王都への報告にはしっかりと被災者などに払われているとしている一方で、被災者たちには、『町の維持や街道の安全確保にお金がかかり、余裕が無い』、と言う嘘を言って、支払われる金額を意図的に下げていたようです」
「ふむ。しかしそれは嘘なのだろう?それに誰も気づかなかったのか?」
「いえ。奴はギルドに偽の依頼を出す事で、街道の安全確保が嘘ではないと周囲に信じさせたのです」
「偽の依頼、とな?」
「はい。これは奴の部下と、横領に関わっていたギルドの受付嬢から聞いた話です」
イオディア逮捕の前日、私はマルケス大隊長に依頼して、奴の配下である『嘘や演技が苦手そう』と言う印象を抱いた男、オリバーを調べさせた。そして奴がギルドの受付嬢、アンナと密かに会っていたというのは、奴を落とす上で十分な力となっていた。
私達はオリバーの自宅へ向かい、アンナと会っていた事や子爵に黒い噂があった事、そして捜査に協力すれば、捜査協力と恩情によって罪を軽くできる事を餌に奴を説得した。
どうやらオリバーと言う男は元々嘘や演技が下手で、彼自身、たまたま真実を知ってしまったが為に殆ど脅されながら協力していたようだ。そして、オリバーから横領の手口と更にイオディアの悪事を知った我々は、すぐさまアンナにもオリバーの証言などを生かした同様の手口で真実を語らせ、私達はイオディア逮捕へと至った、と言う事だ。
「まず、イオディアは領民が、『魔物を見たと言う報告をしてきた』と言う嘘で依頼を出します。そして、依頼が出ると、特定の冒険者たちがこの依頼を受注。その後、依頼が完了されると冒険者に報酬が支払われますが、報酬の半分は冒険者たちへ。半分は子爵の手に戻る、と言う寸法です」
「成程。しかしクラディウスよ。冒険者ギルドでは魔物討伐の場合、依頼完了の証として討伐した魔物の一部を持ち帰る決まりがあったはず。その依頼が偽りであったのなら、討伐する魔物も存在しない。なのになぜ、依頼の完了がされていたのだ?」
そう言って首をかしげる陛下。確かに陛下の疑問も最もだ。しかしその手の打ちも既に私はアンナらより聞き出している。
「それについては、ギルドの受付嬢アンナの暗躍があったからです」
「どういう事だ?」
「本来、ギルドへの報告として提出される魔物の一部は、素材としての価値が無い、いわば『ゴミ』です。ギルドへ確認を行いましたが、確認のために提出された一部には当然価値が存在しないため、その日ごとにまとめて燃やすなどして処分されるそうです。が、受付嬢であったアンナはイオディアからの指示で、処分される前の魔物の一部を密かに回収していたようです。そしてイオディアはそれを冒険者たちに与え、冒険者は何食わぬ顔でギルドへと向かい、報酬を得ていた。そして、得た金の半分を奴へと返していた。これが、奴が横領のために使っていた手口です」
「成程。奴の横領の手口は分かった。しかし、この手口で得られるであろう横領の金は、精々金貨数枚と言った所。貴族の価値観から見れば、金属数枚など精々小遣い稼ぎが関の山だ。対してイオディア子爵は浪費家として有名だ。報告によれば数多の絵画や芸術作品を買い集めていると聞く。となると、この程度では消費ばかり先行してしまう」
「はい。仰る通りです。奴にとって横領は、いわば小遣い稼ぎのような物かと。本命は、『もう一つの罪』かと思われます」
「ふむ。それが報告書にある『鉱石の密売』か?」
「左様にございます」
そう、奴は冒険者ギルドへの偽依頼とそれを通しての横領のほかに、更に鉱石の密売を行っていたのだ。
私も、オリバーからギルドを使っての手口を聞いた時、陛下と同じような考えを持った。金貨数枚は一般人からすればかなりの額だが、貴族からすればお小遣い程度だ。この程度の数では奴の浪費速度からして、いずれ金の方が尽きるだろう、そう思っていた。 しかし我々に協力し、少しでも罪を軽くしたかったのだろうか、オリバーはこのことを話してくれた、と言う訳だ。
「現在、我が国で使用されている鉱石の半数は王国内部で採掘されたものを使用しております」
「その通りだ。剣や矢じり等を作るために鉄は欠かせない存在」
「はい。そして我が国内では、採掘された鉱石を王国が安く買い入れるという形となっております」
「うむ。そのため貴族たちの中には税とは別の収入源となる鉱山や鉱脈の探索に余念がない者もいると聞く」
「はい。しかし恐らく、浪費癖のあったイオディアはその程度では満足しなかった。そのため採掘した鉱石の一部、特に価値のある種の鉱石を裏ルートで、法外な値段で外国や闇商人たちに売っていたようです。その金のやり取りを収めた、いわば裏の目録も奴の屋敷より発見されました」
「それが奴の、もう一つの収入源だったという訳か」
「はい。奴は以前から鉱夫たちに無茶な採掘をさせていたようです。こちらも恐らく転売する鉱石の数を増やすか、王国へ売る鉱石の数が減少したことで不審に思わせないため、彼らに重労働を強いていたのでは、と考えられます」
「ッ」
『ギリッ!』
その時聞こえた歯ぎしり。それは傍にいたパレッタの物だった。俯き、ズボンをつかんだ手はギュッと握りしめられている。 悔しいのだろう。自分の両親や友人知人が、あんなロクデナシの金稼ぎのために酷使されていた事が。
「ふむ」
その時聞こえた陛下の言葉に、私はそちらへ視線を戻した。
「民に支払われるべき、民を救うべき金に手を出していた事実は到底許される物ではない。まして、王国からの許可を得ず諸外国との、ましてや後ろ暗い闇商人との取引など、確かに国家への反逆に他ならないっ!」
『ガンッ!』と、音がするほど、陛下の握りこぶしが椅子のひじ掛けに叩きつけられる。その表情からも、静かな怒りが見て取れる。 陛下は騎士の国と呼ばれるグロリアス王国の王族にあって、正義や道徳を重んじ、悪や不義理を何よりも嫌っておられる。騎士道を重んじるお方だ。 だからこそ今回奴のしでかした事は、文字通り『逆鱗に触れる』と言う奴だ。
「ザイル」
「はっ!」
すると、陛下が側近の一人を呼び寄せる。
「イオディア・クリジット子爵の処分は法務省に一任するとしても、それだけでは手ぬるいっ。本日をもって、イオディア・クリジット子爵の爵位をはく奪するっ。更にクリジット家もお家取り潰しの上、資産のすべてを差し押さえるっ!近隣の青銅騎士団駐屯地に鳥を飛ばし、直ちに資産の差し押さえを行えっ!」
「はっ!」
陛下の指示を受けた側近の一人が足早に退室していく。
「全く。民を軽んじるばかりか自らの欲望のためだけに悪事に手を染めるなどっ。全くの愚か者よ……っ!国を支える者に、平民や貴族の違いなどないっ。国を支えるのは国にいるすべての民だ。なぜこうもそれが分からぬ輩が多いのだ……っ!」
確かに、陛下の言う通りだ。国家とはそこに住まう人々にとって成り立つ。民が貴族を支え、貴族は王を支える。国家と言う山の頂に王を据える事で国は出来ている。だが、だからと言って下、この場合平民を無下にしてよい理由にはならない。
なぜなら彼らと言う支えを失った国は、下から瓦解し崩れ去るだけだからだ。だが貴族の中には、平民を見下し、彼らが税を納めるだけの道具か何かにしか見ない輩も存在する。陛下がそのような連中に対して頭を抱えるのも、無理はない。
「ふぅ」
やがて陛下は大きく息をついた。 どうやら、気持ちを切り替えた様子だ。
「騎士クラディウスよ」
「はっ」
「此度のクリジット子爵の逮捕、見事であった。貴公のおかげで、金に目のくらんだ愚か者を捕らえる事が出来た。よい働きをしたな」
「お褒めの言葉、まことにありがとうございます」
「うむ。……さて、では次の話題に入るとしよう。そちらの、盗賊の件についてだ」
来たっ!やはり、ここで終わりはしないかっ。いや、ここで終わるのなら彼女たちをそもそも王城まで呼び寄せる必要はないっ!
「報告は上がっている。その者らは、イオディアが補助金を出し渋ったが為に盗賊にならざるを得なかったとな。その通りだな?」
『ガタッ!』
「は、はいっ。左様でございますっ!」
陛下の視線を受けると、おばあさんはすぐさま椅子から降り、その場に膝をついた。すぐさまパレッタもそれに倣う。
「確かに、そなた達が盗賊をしなければならなかった理由は分かる。生きていくためにそうせざるを得なかったのもだ。だがっ、だからと言って盗賊として他者から物を奪う行為を正当化できると思うたかっ!」
「い、いいえっ!そのような事はっ!」
陛下の、荒々しい叱責にも似た言葉におばあさんは必至に頭を下げながら答えている。
「既に死者も出ているっ。こうなれば、無罪放免とは行かぬっ。誰かしらが、『責任』を取らねばなるまいっ」
『『ッ!』』
陛下の言葉に、二人が息をのむのが分かった。 そして、おばあさんが震えながら何かを口にしようとしているっ。それに気づいたパレッタも、震える唇を必死に動かそうとしているっ。いや、それよりも先にっ!
「陛下っ!恐れながら私に二つほど、提案がありますっ!」
「む?」
「レイチェル様……っ!?」
「姉ちゃん……っ!?」
陛下は私に注意を向け、傍にいた二人も小声で驚いた様子だった。
「ふむ。貴公から提案か。聞こうではないか」
「ありがとうございますっ」
私は一度頭を下げてから、視線を上げ、真っすぐ陛下を見据えて話し始めた。
「まず、先ほど陛下はクリジット家の資産を差し押さえるとおっしゃいました。ならば差し押さえた資産および、押収した絵画や芸術品を売却し、それで得たお金を彼女たちの被害者への救済措置として与えるのは如何でしょうか?」
「ふむ。奴の金を使ってか」
よしっ!陛下の興味を引けたっ!
「確かに盗賊団として行った非道は到底許される物ではありません。ですがそもそもイオディアがちゃんとした額の支援金を渡していれば彼女らは盗賊として活動する事は無かったはずっ!であれば、当然盗賊被害も発生しなかったはずっ!過去の出来事はもはや変える事は出来ませんが、奴にも責任があるのは事実ですっ!」
「成程。その責任を奴から、奴の資産から払わせるという事だな?」
「左様にございますっ」
どうだっ!?陛下の答えはどうだっ!?今は少し考えこんでいるようだが……。
「ふむ。確かに悪くない提案ではある。が、『それだけでは些か弱い』」
「ッ!」
「死傷者も出ている上、光防騎士団もかなりの被害を被っている。ましてや戦いに参加していたのは彼らやそこにいる者ら自身だ。なのに彼ら自身に何の代償も払わない、と言うのは些か勝手が過ぎよう」
「ッ!」
陛下の言葉を聞いたパレッタは息を飲み震えだした。 確かに陛下の言う通りだ。罪を犯したのは彼女ら自身。なのにイオディアの遺産で、いわば他人の資産で罪を償おう、と言うのは流石に無理か。
「ならばもう一つの意見もどうかお聞きくださいっ!陛下っ!」
「……良かろう」
私が真っすぐ陛下を見据えると、数秒の間を置き陛下は頷いた。 行けるか?これで?いやっ!行くしかないっ!今の私に切れる手札は、もうこれだけだっ!!
「ではっ。彼女を、パレッタを聖龍騎士団第5小隊に、騎士として徴用し、騎士として働く事で罪の償いとするのは如何でしょうかっ!?」
私の、殆ど叫びと同じ声で放たれた提案に、陛下の傍にいた側近たちは驚き、同じように傍にいたパレッタとおばあさんも驚いている。
「えっ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?」
陛下の御前であることも忘れ絶叫するパレッタの叫びが耳に突き刺さる。 しかし私は見逃さなかった。そんな中で陛下が、興味が出た、と言わんばかりに微小を浮かべている事を。
これが、私に切れる最後の手札だ。これがダメなら、もうパレッタを守れるかどうか怪しい。 私は、ゴクリと固唾を飲んで陛下の言葉を待つのだった。
第27話 END
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