第26話 突然の通達

 パレッタ達から情報を集めていた私たちはいくつかの噂話を聞き、噂の真意を探るために冒険者ギルドを訪れ、そこで話を聞くことが出来た。 イオディアの非道な態度などを知りつつも、調査をしていた我々は、とある男から事情聴取をする事に成功。そして男から聞いた話を証拠とし、奴の邸宅へと踏み込むと、イオディア以下数名を逮捕する事が出来たのだった。



 イオディアと、奴の悪事に加担していた執事数名は捕らえられ、馬車で駐屯地へと移送。牢屋へと入れられた。 中では、イオディアが悔しそうに表情を歪めているが、もうこの男に何かできる事は無い。 


 私はイオディアを一瞥するとそこを離れ、先に戻っていたマルケス大隊長たちの所へと向かった。ノックし、彼の執務室に入ると……。

「おぉレイチェル様っ!よくぞ、よくぞ子爵を捕らえてくれましたっ!」

 マルケス大隊長が満面の笑みを浮かべながら出迎えてくれた。彼は嬉しそうに私の手を取り、大げさに何度も上へ下へと振る。


「いえ。これもマルケス大隊長たちの協力があってこそ。皆さんがあの男についていろいろ調べてくれたおかげで、奴の悪事を暴く事が出来ました。本当に、ありがとうございます」

 私は彼に優しく声を掛けながら、最後は微笑みを向けた。


「あぁ何ともったいないお言葉っ!しかし、不肖マルケス・フリッツッ!聖龍騎士のお役に立てたのであれば本望ですっ!」

 彼は嬉しそうに叫ぶ。どうやら大捕り物が成功して随分興奮しているようだ。その姿に私は苦笑しながらも、今後について少し話をしていた。


「今現在、子爵の邸宅では私の部下やレイチェル様の部下の方たちが家宅捜索を行っていますが、何か出るのやら」

「奴の横領の証拠は、アンナやあの男からの証言で裏は取れています。問題は、国家反逆罪に関する証拠です」

 少し不安そうなマルケス大隊長。片方の証言は取れているから問題ない。しかし、今口にしたように奴は横領以上の『問題行為』を起こしていたのだ。出来る事なら、その証拠が見つかって欲しい、と私は願っていた。

「まさか、国に、国王陛下に仕えているはずの貴族がそれらに背いていたなんて。とんでもない背信行為ですなっ」

「えぇ。全く」


 ありえない、と言いたげに吐き捨てる彼の言葉に同意するように私は頷いた。っと、そうだ。

「マルケス大隊長、イオディア逮捕の件、王都への報告は?」

「既に青銅騎士団本部に向けて伝書鳩数匹を放っております。まぁ伝書鳩ですからな。内容はそれほど多く書けないので、簡潔な報告になっています。少しすれば王都から伝書鳩か、早馬か何か来ると思われますよ」

「そうですか」


 その後、ある程度話も出来たので私は彼の執務室を出て、パレッタ達の牢へと向かった。

「あっ!騎士の姉ちゃんっ!」

 牢の前に辿り着くと、すぐさまパレッタがこちらへと駆け寄ってくる。牢の鉄柵を隔てて、手を伸ばせば届くまで走り寄ってくる様からもそこそこ懐かれているんだろうなぁ、なんて考えてしまう。


「どうだったっ!?」

「あぁ。問題ない。イオディアは逮捕された。奴の屋敷からも、横領の証拠が見つかった」

「ッ!っしゃぁっ!」

 不安と期待の、療法の表情を浮かべる彼女に私は笑みを浮かべながら答えると、彼女は声を上げながらガッツポーズをしている。


「あははっ!ざまぁみろロクデナシ貴族めっ!貴族だからって偉そうにしやがってっ!」

 彼女は声を出して笑みを浮かべる。しかし私と視線が合うと、何やらハッとした表情を浮かべた。ん?なんだろう?と思っていると……。


「あっ!べ、別に騎士の姉ちゃんの家族とか家の事を悪く言ってるわけじゃねぇからなっ!?」

「ん?あぁ。今のロクデナシ貴族、とか言う奴か?」

 突然、ワタワタと慌てた様子と表情で弁明するパレッタ。


「心配するな。気にしてないよ。私の家族の事だとも思ってないからな」

 そんな彼女を宥めようと、私は笑みを浮かべながら優しい声で語りかけた。


「そ、そっか。なら、良かった」

 するとパレッタは嬉しそうな声と共に安堵した表情を浮かべていた。

「って、そうだ騎士の姉ちゃんっ!ウチらのしょぐう?ってのはどうなるんだっ?!あいつも捕まったし、少しはマシになるのかっ!?」

「あぁ、そのことについてだが、私からはまだ何とも言えないな。ただ、これまで言ってきた通り、パレッタ達が盗賊にならざるを得なかった原因がイオディアにあるのはこれで確定した。私も騎士としての報告書にそのことをよく記載して提出するつもりだ」

「そっか。……なら、頼むよ騎士の姉ちゃん」


 そう言うと、不意にパレッタは諦めたような自虐的な笑みを浮かべる。どうして?そう思った直後だった。


「いざとなったら、ウチの首だけでも差し出すよ。それで皆の罪が軽くなるなら、それで良いや」

 ッ!?……彼女は、一体何を言っている? 私は最初、彼女の言葉の意味が分からなかった。気が付けば、後ろで他の者たちが俯いたり、子供の耳を塞いだりしている。


「パレッタ、それは、どういう?」

「……みんなの中で、ウチが一番、人を殺したんだ。一番罪が重いのは、ウチ、だろ?」

「……」

 私は、静かに彼女の言葉を聞きながらも、ギュッと拳を握り締めていた。皮のグローブからギチギチ、ミチミチと音が鳴るほどに、固く、固く。


「それしかなかったって言ったって、盗賊で罪を犯して、人まで殺した。誰かが落とし前を付けなきゃなんねぇだろ?」

「だから、自分がと言いたいのか?」

「……ウチにはもう、家族がいないからさ」

「ッ!?」


 苦笑しながら彼女が呟いた単語は、衝撃となって私の体を駆け抜けた。家族が、いないっ?まさかっ!!


「……あの雪崩で、父ちゃんも、母ちゃんも死んじまって。でも、それでも生きていくしかなくて、盗賊なんかに手を染めちまった」

「だからと言って、なぜ、自分の首を?」

 声を荒らげて怯えさせてはいけない。ここには子供たちだっているんだ。そんな思いから必死に声を押しとどめ、静かに問いかけた。


「誰かが責任って奴を取るしかないだろ?ここに入ってから、暇な間に皆と話し合ってたんだ。もしもの時は、誰が責任を取るんだ、って。それで、皆で盗賊やろうって言ったのはウチだから、ウチが責任を取るしかないんだよ。……おばばには娘夫婦に孫もいる。最初は、老い先短い自分が、って言ってたけどさ。……あいつらからおばばは、奪えねぇよ」


 パレッタは、悲しそうな笑みを浮かべながら老婆、おばばへと目を向ける。今、彼女の膝の上では孫娘と思われる女の子が眠っている。

「その点、ウチはもう、家族なんていないから」

「ッ!!」


『ギリィッ!』

 パレッタの、諦めたような自虐的な笑みに、私は歯を食いしばった。まだ、私の半分程度しか生きてない少女が、自ら首を差し出すというのかっ!? 見れば、大人たちも申し訳なさそうに俯いたり、微かに涙を流す者たちさえいたっ。


「皆にはさ、家族がいたり、子供がいたりするんだ。騎士の姉ちゃんはあいつの悪事を暴けば罪が軽くなるかもって言ってくれたけど、罪は罪だ。誰かが落とし前を付けなきゃ、ってのは、ウチでもわかる。それに、盗賊なんてそうそう長く続けられるもんじゃないのは、盗賊やってる時に思ったんだ。……いずれ、誰かが責任を取る日が来るってのは、薄々分かってたから」

「パレッタは、それで、良いの?」

 苦笑気味に語る彼女へ、私は静かに問いかける。


「……良いんだよ。これで。どうせ家族も誰もない。死ぬなら、ウチみたいに孤独な奴の方が……」

「ふざけるなっ!!!!」


 彼女は、苦笑を浮かべながら言葉を続けていた。子供もいるから、怒鳴るのだけは我慢しよう。 だが、そう思っていた思いも、彼女の悲しそうな笑みと言葉の前に、どうでもよくなってしまった。 私が声を荒らげると、パレッタは私を見上げる。


「パレッタッ!まずは一言言っておくっ!私は今から、お前に説教をするっ!」

「えっ?」

「良いなっ!?」

「え、は、はいっ!」


 有無を言わせぬ私の表情と言葉に彼女は戸惑いながらも頷く。


「まず言っておくっ!命を粗末にするなっ!確かにお前たちは罪を犯したのだろうっ!その現実はどうあってもなくならないっ!だが、だからと言って自らの命を無下にしてよい理由にはならないっ!」

「でも。……ウチの手は、もう、どす黒く……」

「だとしてもっ!!」

 パレッタは、自らの震える手を見下ろしている。 しかし私の怒声に、彼女はビクッと体を震わせながらもう一度私を見上げる。 彼女はただ、怯えた様子で私を見上げていた。その表情を目にした事で、少しばかり私も落ち着きを取り戻した。 その時、たまたま傍にいた兵士の姿が視界の端に映った。 そして彼が腰に下げている牢のカギもだ。


「すまない。少し、中で彼女と話がしたい。開けてもらっても、構わないか?」

「は、はいっ!」


 彼はすぐさま牢の扉を開けてくれた。『ありがとう』と彼に一言礼を言って、私は中へと足を踏み入れた。 中では、パレッタが戸惑うような、不安そうな表情を浮かべたままだ。


「ね、姉ちゃん。ウチは、ただ、皆を守りたくてっ!」

「そうだな。パレッタ、お前はきっと、そういう子なんだろう」

 私は不安そうで、今にも泣きそうな彼女を宥めるよう優しく声をかけた。私が怒鳴ったせいで、かなり怯えてしまっているな。


「でも、パレッタ。罪は死んだから終わりじゃないんだ。たとえパレッタが自らの首を差し出したとしても、それで全てが無かったことになるわけじゃない」

「け、けどっ!それじゃあ皆のこれからはどうなるんだよっ!まだ、ウチより小さい奴らだっているのにっ!少しでも、罪を軽くしないとっ!」


「パレッタ。お前の言いたい事、やりたい事は分かった。みんなの将来のために、少しでも罪を軽くしたいのだろう?」

「あ、あぁ。そうだよ。ウチは、みんなの中で一番人を殺してて、心配する家族だってもう居ない。……首を差し出すのは、ウチが適任だろ?」

「……確かに、彼らの今後を考えるのなら、それも方法の一つではある。だが、それは正しい事なのか?」

「……分かんねぇよ、ウチ。学なんてねぇもん。それでも、皆が少しでも幸せになれるのなら、ウチはなんだってやる」

 彼女は、時折悲しそうな声を漏らす。が、それでも『仲間のために』と一生懸命考え、動いている。 そしてそれを知ってか、彼女の後ろにいる大人たちは皆、気まずそうに俯いたままだ。


「そうか。……だがなパレッタ。敢えて私はお前の思いを、覚悟を否定する」

「……なんでだよ。なんで」

 彼女は、今にも泣きそうな表情でその体を震わせた。 恐らく、彼女は覚悟を決めていたのかもしれない。みんなのために、と。しかしそれを私が否定したのだ。怒り、ではないが不服そうな表情で彼女は私を見つめている。


 そんな彼女を私は……。

「だって、私は、君に命を、無駄にしてほしくないから。生きてほしいのだから」

 私は優しく彼女を抱きしめた。


「えっ?」

 突然の事に、彼女は呆けた声を漏らす。


「パレッタ。君は、自分を犠牲にして周りの人々にためになろうとしている。でも君は、私よりも小さい女の子なんだ。私は、それを許容できない」


 私は彼女を抱く腕に微かに力を込めてしまう。今、彼女は自分を犠牲にしようとしている。私はそれを、認められなかった。


「誰かのために、その思いは素晴らしい。そのために動くことはすごいと思う。でも、命を投げ出す事だけは、どうしても認められない」

「ど、どうして、だよ」

「それを認めてしまったら、私は君を見殺しにした事と同じだからだ」


 ここで話を聞いていたんだ。当然私は、止められる立場にあった。なのに彼女の自己犠牲を止めなかったら、私は彼女を見殺しにしたのと同じだ。一生後悔するだろう。 だからこそ、私は彼女の自己犠牲を否定する。


「だからこそ、私は君を死なせない。たとえパレッタ。君が犯罪者だとしても、誰かのために戦った君を、そんな風に死なせはしない」


 私は彼女を抱きしめながら、その耳元でささやく。片手を彼女の頭に回し、優しくなでる。

「んっ」


 彼女は小さな声を漏らしながらピクンと体を震わせる。一瞬目を向けると、彼女は頬を赤くして、少し蕩けた表情で私を見つめていた。


「ね、姉ちゃん」

「パレッタ。……生きろ。君が命を投げ出す必要はない。そんな事は、私がさせない」


 私は彼女を離すと、彼女の目を真っすぐ見つめながら語りかけた。

「ッ!」

 それだけで、パレッタは顔を赤くする。しかし、彼女の表情はすぐに曇ってしまった。


「でも、ウチ。生きてていいのかな?ウチの手は、もう」

 そういってパレッタは自分自身の震える手をギュッと握りしめる。それは、自分の手が汚れているからこその戸惑いだろう。 だが、それでも私は彼女を肯定する。


『スッ』

 私は手袋を脱ぎ、適当な床に置く。


「パレッタ。私の手を見てくれ」

「え?」

 私は彼女に向かって両掌を見せるように差し出した。


「この手を見て、どう思う?」

「え?どう、って」

 彼女はマジマジと私の手を見ると、次いで私の手を取った。彼女の細く、少し肌荒れした指先が、私の手のひらを撫でていて少しくすぐったかった。


「……綺麗な手、だと思う。荒れてるウチの指なんかとは、全然違う。綺麗な手、だと思う」

「ありがとう、パレッタ」

 素直に誉め言葉を受け取り、お礼の言葉を返す。が……。


「でもねパレッタ。この手は、今の君の手よりも、もっとどす黒く汚れているんだ」

「えっ?」

 彼女は私の言葉に心底驚いた様子で、私の顔と私の手を二度見する。


「私は、これまで聖龍騎士として無数の敵と戦ってきた。その相手は魔物だけではない。人間も含まれている」

 静かにパレッタへと語りかけながら、グローブを付け直す。


「今も覚えている。騎士として私は、この手に聖剣を握り、多くの人間を殺めてきた。この手は、魔物だけじゃない。人間の血さえも吸って、どす黒く染まっているんだ」


「ッ!そんな事無いっ!姉ちゃんの手ッ、ウチは、綺麗だって思うからっ!」

 彼女は真剣な表情で私を見上げながらそう言ってくれる。

「ありがとう、パレッタ。……でも、それはパレッタも同じ」

 その言葉が嬉しくて私は笑みを漏らす。

「えっ?」


 私は優しく、疑問符を浮かべる彼女の手を私の手で包み込んだ。

「パレッタだって、誰かを守りたくて、その手に剣を取ったのだろう?」

「う、うん」

「ならば私は、この手を汚れているとは思わない」

「あっ」

 私は彼女の手を取り、自分の頬へと彼女の手を運ぶ。彼女の手が私の頬へと触れ、その手のぬくもりが肌を通して私に伝わる。


「この手は、誰かを守ろうと思い剣を取った、温かくて、優しい手だと私は思うよ」

「ッ!!!」


 彼女は私の言葉を聞くと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。やがて……。

「なぁ、姉ちゃん」

「ん?なんだ?」

「……ウチって、生きてても良いのかな。学なんてねぇし、人殺しだ。ガキだからって人殺しが許されるなんて思ってねぇけど。でも……」


「当たり前だろう。罪を犯したからと言って、すべての人が死刑になるなんて事は、あってはならない。……誰しも、罪を償うチャンスは与えられるべきだ」

「あっ、うっ」

 私は優しく彼女の頭をなでる。するとパレッタは頬を赤く染め、僅かに目を見開いたかと思うとまた俯いてしまった。


 そのまま、しばし頭をなでてやる。そして私が手を離すと、パレッタは僅かに潤んだ瞳で、子猫のような表情で私を見上げている。『か、可愛いっ!』と思ったがそれを顔には出さないようにしなければなっ。


「パレッタ、もう自分の首を差し出す、なんて言わないな?」

「う、うん。言わないよ。……っていうか姉ちゃんっ。ウチ最初にもしもの場合はって言っただろ?う、ウチだって。万が一の時は覚悟、してたつもりだけど、早々死ぬつもりなんて」

「そうか。なら良いんだ」


 私は彼女の言葉に笑みを浮かべる。とは言え、その万が一も、あってはならない。


「それでも、心配するなパレッタ。その万が一とやらも、絶対に起こさせはしない。私が、お前を守ってやる」

「ッ!!!!」

 私の言葉に、彼女は再び顔を真っ赤に染めながら目を見開くと、恥ずかしそうに俯いてしまった。


 と、その時だった。

「隊長ッ!隊長ぉっ!」

 地下牢に声が響いた。それはキースの物だった。そしてドタドタと慌てた様子でキースが牢の前までやってくる。


「どうしたキース。何があった?」

 対して私は牢から出て、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す彼に問いかける。

「そ、それが先ほどっ、王都より返事の伝書鳩が飛んできたのですがっ!」

 鬼気迫る、とは正にこのこと、と言わんばかりのキースの表情。どうやらただ事ではない様子だが、一体何が? と考えていた私だったが、次いでキースから聞こえてきた言葉に、私は耳を疑った。


「な、何と、イオディア捕縛の件や横領と国家反逆罪の件、盗賊団の一件について国王陛下の耳にも届く形となってしまったようでっ!『関係者を王都に招集したいっ!関係者各員から、陛下自ら直接話を聞きたい』とっ!!」

「なっ!?陛下が自らっ!?」


 それは驚き以外の何物でもなかった。いくら貴族絡みの事件とは言え、似たような事は以前にもあった。それに国王陛下自ら関心を持つ事はほとんどない。ましてや、陛下は国を動かす立場にあれど、専門的な事柄、この場合法律や裁判などに口を出す事はまず無い。それらの権限は法務大臣に一任されている。誰彼をどう裁くのか、すべては大臣が決める事であって陛下が決める事ではないっ。


 なのに、陛下自ら関係者に話を聞きたいなど。はっきり言って前代未聞だっ。

「ど、どうしましょう、隊長」

「……陛下の招集となれば、我々に拒否する事など出来ぬ。なぜ陛下がこの件に興味を持ったのかは、謎ではあるが」

「貴族の問題、だからですかね?」

 キースのもしかして、と言わんばかりの表情からの問いかけ。表面的にはそう見えてもおかしくはないが………。


「いや。陛下は良くも悪くも、平民や貴族と言った身分の違いを気にしないお方だ。実際、平民の出でも力量さえあれば騎士や軍人として出世した人間もいる。逆に、『悪しき者、国政を脅かした者が居た場合、そのものが貴族だろうが平民だろうが、区別なく罰するように』、と法務省の人間に言っていた、と話を聞いたことがある。となると、貴族であるイオディアが捕まったからどうこう、と言う話の線は薄い」


 正直、考えたくはないが貴族の賄賂疑惑や横領疑惑なんて、珍しくもない。世の中そういう噂を持った貴族だって何十といる。我が国だけでも、二桁は確実だ。 それを考えれば、やはり『貴族が横領で捕まったから陛下の注意を引いた』、とは考えにくい。 とはいえ、陛下の真意が分からないから招集に応じない、なんて事は出来ない。


「とにかくっ。伝書鳩が来たのなら私も確認したいっ!それと、関係者も招集する、と言う話だが、ならば当然パレッタとあちらのおばあさんも当事者となるっ!二人もつれて、とにかくマルケス大隊長の所へ行くぞっ!」

「りょ、了解っ!」


「そういう訳です。申し訳ありませんが、二人とも私たちについてきて下さい」

「わ、分かりました」

「うん、分かったよ姉ちゃん」


 私はキース、それと二人と共にマルケス大隊長のいる執務室へ向かった。その道中。


「ねぇ、姉ちゃん。さっきの話だけど、王様がウチらを呼んでるって事?」

「そうだ。理由は分からないが、関係者、この場合私やパレッタから陛下が直接話を聞きたいそうだ」

「ま、まさか、ウチが貴族の騎士団とかを全滅させたから王様自ら斬首、とか?」


 彼女は、本当に怯えた様子で恐る恐ると言った様子でその言葉を口にする。

「いや、パレッタ。幸いなことにそれはありえない」

「ど、どうして?」

「国王陛下は自他ともに厳しいお方だ。不正があればそれを糾弾し、自らに非があれば正直に謝罪し、同じ過ちを繰り返さないよう努力する。……理想の王を絵にかいたようなお方だ。そして同時に、陛下は嘘や偽りが好きではない。とすると、もし今言ったようにパレッタを斬首にするつもりがあるのなら、こんな回りくどい嘘でお前を王都に呼び寄せるような事はしないだろう」


「じ、じゃあ王様自らウチの首を落とすって事は」

「万に一つ程度の可能性だ。殆ど無いと言っていいだろう」

「よ、良かった~~~~」


 怯えた様子の彼女を落ち着けるため、笑みを浮かべながら話す。私の話を聞くと、彼女は安堵したのか大きく息を吐き出しながら苦笑を浮かべる。 しかし、やはり招集の理由が分からず、私は小さく眉をひそめた。


「姉ちゃん?どうしたんだ?」

 そんな私の怪訝そうな表情に気づいたのだろう。パレッタがこちらを気遣うような表情で見つめてくる。


「あぁいや。大した事ではないんだが。……陛下の、我々の招集の意味が分からなくてな」

「それって、ウチ等から話を聞きたいから、だろ?」

「あぁ。送られてきた伝書の通りならそうだ。ただ、陛下自身が事件の関係者に話を聞く、なんて前代未聞だ。こういった事は法務省や法務大臣、捜査権を持つ騎士団の仕事だ。何か理由があるのは確かだが、肝心なその理由が分からなくてな」

「姉ちゃんが分からないんじゃウチなんて分からねぇけど、ホント。なんでなんだろうな」


 突然の国王陛下からの呼び出しとあって、パレッタは不安な様子だ。今も表情が暗く、俯いている。

「大丈夫だ」

「姉ちゃん」

 私は静かにパレッタの頭をなでる。


「何があろうと、私がお前を守る。……君のように、若く未来のある命を、終わらせはしない」

「ッ!あ、ありがと、姉ちゃん」

 私の言葉を聞き、三度顔を赤くしているパレッタ。


 ……とは言え、だ。 陛下の真意が分からない現状では、状況がどう転ぶかは分からない。クラディウス公爵家が王族に近しい家系で、私がその出身で、聖龍騎士と言う立場だから、とは言え万が一パレッタに何かあった時、私で庇いきれるかどうか。 何が起こるのか分からない。 だが……。


『何があろうとパレッタ。お前を、死なせはしないっ』


 静かな決意と共に、私はグローブから『ギュッ』と音がするほど握りしめるのだった。


     第26話 END

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