第25話 情報収集

 パレッタ達を退け、私たちは盗賊団の面々を捕らえる事が出来た。しかし戦いの中でパレッタの言葉から、彼女たちが盗賊団になった訳にイオディア・クリジットが関わっている可能性が出てきた。更には元より怪しい所があった奴の悪事を暴くため、私はパレッタ達に協力をお願いし、何とか手を貸してもらえる事になった。



 彼らの協力を得られる事にはなった。しかし時間も時間だったので、詳しい話はまた明日、と言う事で私たちは牢を後にした。

 

 そして何事もなく翌日。私たちは再び牢を訪れていた。牢の扉を開け、私やマリー達も牢の中へと入り、その一角に膝をついて、彼らと目線の高さを合わせる。

「さて。それでは改めて、皆さんにお聞きしたい事があります。私たちが欲しいのは、あのイオディア・クリジットについての情報です。なんでも構いません。少しでも怪しい行動を見た、或いはそういった類の話を聞いたことがあれば、聞かせてほしいんです」

「……だ、そうなんだけど。皆どう?なんかあいつについて変な噂とか聞いたことある?」


 私の言葉を聞き、皆に問いかけるパレッタ。しかし、男衆を始め、女性陣や老人、子供たちも首をひねるばかりだ。


「正直、町に出るのは男たちが殆ど。儂らのような老人や子供はあまり町には行きませんので。女達も時折食料の買い出しなどに行くことはありますが、頻度で言えば、一番多いのは男連中でしょう」

「そうですか。……何かありませんか?酒場で変な話を聞いたとか」

 老婆の言葉に頷きながらも、男衆へ問いかけるが、皆うなってばかりだ。


「イオディア個人でなくても構いません。例えばあの男の執事や給仕の者についてでも構いません。何かありませんか?」

 再び問いかけるが、皆黙り込んでいた。


 無理、なのか?騎士団以外の視点から奴に関しての情報を何か得られないかい?と考えた私が浅はかだったか?


 そう思い、拳をギュッと握りしめていたその時だった。


「そういえば……」

 静まり返った牢に響いた声。それは、女性の物だった。

「何か覚えがありましたか?」

「あっ、はいっ。今から、確か1年くらい前なんですけど、町の雑貨屋さんで働いている人から、聞いた話があるんです」

「その内容は?」

「えっと、確か……」


 私と彼女の会話を、マリー達もパレッタ達も、皆静かに見守っていた。

「その人のお姉さんが、町のギルドで仕事をしているらしいんです」

「ギルド?冒険者ギルドですか?」

「はい。なんでもそこで長年仕事をしているとかで。それで、そのお姉さんが目撃したらしいんですが、確か。ある日の夜にギルドの建物の裏で、そのお姉さんとは別の受付嬢の女の子が、あいつの執事らしい男とこっそり会っているのを見たことがあるって」


「ギルドの受付嬢と、奴の執事が?もっと詳しい事は分かりませんか?」

「えと、又聞きだったのでうろ覚えなんですが、確かそのお姉さんから見たら、頻りに周りを気にしていたようで。当時の私は、雑貨屋さんの人と『秘密の逢引かしらね~』なんて言ってたんですけど。すみません、これ以上は」

「いいえ。ありがとうございます」

 申し訳なさそうに頭を下げる彼女に私は優しく声をかけた。


「なぁ騎士様。今の話、役に立ったか?」

「そうだな。正直確証は得られていないが、半々と言った所だ」

「え?どうして?」


「今の話で考えられる可能性は二つ。そちらの奥さんが話していたように、単なる逢引と言う可能性。そしてもう一つが、その執事がイオディアの使いで、何らかの理由があってギルドの受付嬢に会っていた、と言う可能性だ」

「その理由って?」


「例えば、その受付嬢がイオディアと協力して裏で何かをしていた、とかな。ここで考えられるのは、当然奴の横領疑惑。つまり金に手を出してる問題だ」

「そっか。けどよ、何で受付嬢なんだ?」

「残念ながらそこから先は、今の段階では仮説は立てられないな。分かっているのは、その受付嬢が、『奴の横領疑惑に関わっているかもしれない』と言う程度だ」

パレッタの言葉に素直に答える私。

「……そんなもんか~」


 って、ちょっと待てよ。昨日は仮にもいろいろあって、協力するってなったが、何か彼女、私に対する態度がフランクになってないかっ!?信頼、してくれているのか?


「ん?どした?」

「え?あ、あぁいや。なんでもない」

 彼女を知らず知らずのうちに見つめていたせいか、彼女は私を見つめながら小首をかしげている。その瞳には、私に対する敵意や嫌悪感、警戒心などを一切感じない。昨日の今日で打ち解けた、と言う事だろうか。 まぁ協力関係なのだから、その方がありがたいと言えばありがたいが。


 と、そんな事を考えていると……。

「ギルド、ギルドねぇ。……ん?あぁっ!思い出したっ!」

 んっ?何やら男衆の中で一人、男が声を上げた。


「何か思い出したんですか?」

「はいっ!これも、確か1年とちょっとくらい前ですっ!あの日、俺たちは町に酒を飲みに行ってたんですが、そこでたまたま一緒になった奴から聞いたんですが、何でもあの野郎、『最近ギルドの受付嬢に熱を上げてる』って噂でさぁっ!」

「ッ……!その女性の名前は分かりますかっ?」


「えぇっと、確か、あ、あ、そうだっ!アンナとか言う金髪の若い受付嬢って話でしたっ!」

「そうですか。ご婦人、どうでしょうか?先ほどの話の女性と一緒かどうか、分かりますか?」

「確証は持てませんが、確かに金髪の、若い子だって話は聞いた覚えがあります」

「……同一人物、と断定するにはまだ早いが、可能性は高いだろうな」

「しかし隊長。どうします?今の所あいつの悪事につながりそうな手掛かりはその受付嬢だけ、ですよね?」

「そうだな。欲を言えばもう少し何かあれば、その受付嬢を落とす事が出来るかもしれないが、贅沢は……」


 言ってられん、と言いかけた時。

「あっ」

 男の一人が声を上げた。


「ん?どうかしましたか?」

「あ、いえっ。実はギルドって聞いて、思い出したことがあって」

「と言うと?」

「実はあの野郎、ギルドに定期的に依頼を出しているみたいで」

「依頼を?あのイオディアが?」

「えぇ。えっと、内容は確か、『魔物討伐による領地の安全確保』とかどうとか」

「……街道の安全のための依頼、か」


「どう見ます?隊長」

「傍から見ればこれと言って怪しい事ではない。領地が安全でなければ物流や鉱石の運搬にも支障が出る。治めている領地の安全確保は貴族として当然の努めだ」

「……あの男がそこまで殊勝な貴族だったら、ですけどね」

「まぁな」

 苦笑しながらのマリーの言葉に私は頷いた。


 そうだ。あの男の態度などからして、領地の安全など気に掛けるか?金のため、と考えればある程度は納得できるが、やはり怪しい。

「あの、騎士様」

「ん?まだ何か?」

「へぇ。実はこの話には続きがありまして」

「続き?」


 まだ何かあるのか?

「へぇ。こいつは、飲み屋で仲良くなったギルドで仕事してる知り合いに聞いたんですが、何でも依頼を受けてるのはいつも同じ冒険者なんでさぁ」

「同じ冒険者?」

「はい。いっつも同じ奴らが、ただでさえ黒い噂のあるあいつの依頼を受けてるんで、知人曰く『何かありそうで怖い』って言ってるのを聞いたんですよ」

「成程。……ちなみに、依頼を受ける頻度ってわかりますか?」

「えぇっと、確か知人が言ってたのだと、少なくとも月に2回。多い時だと一週間に1回か2回のペースで依頼を出しに来ていたとか言ってたような」

「成程。……アリス」

「はい、何でしょう?」

「南部出身のお前に聞きたいんだが、この辺りで魔物の大量発生とかはあるのか?」

「いいえ。少なくとも私は聞いたことが無いですね」

「そうか。……皆さんにもお聞きしますが、それほどこの辺りで魔物を見たことはありますか?」

「いやぁ、無いですねぇ。お前はどうだ?」

「あぁ、俺だって無いぜ。時折ゴブリンとかを見かける事はあるがなぁ」

 彼らにも聞いてみたが、どうやら大量発生はしていないようだ。


「……やっぱり依頼の数が、多すぎますか?」

「あぁ。いくら何でも依頼の間隔が短すぎる。月2回くらいならまだしも、一週間に1、2回のペースなど、多すぎるっ」

 静かに問いかけてくるマリーの言葉に私は頷いた。

「えと、騎士様?それってつまり、あの野郎がギルドと何かしてるって事なのか?」

「いや。今の段階でそれは分からない。ただ、ギルドの依頼に関して怪しいのは間違いない。それに他の噂話もすべてギルドに関わりがある事だ。十中八九、ギルドか、例のアンナと言う受付嬢がイオディアと関わっているのだろう。それがどういった関わりなのかは分からないが……」


 調べるなり、探ってみる価値はあるか。

「マリー」

「はいっ、何でしょうか?」

「マルケス大隊長に連絡してきてくれ。彼らから話を聞いて、ギルドで少し調べてみたい事が出来たと」

「分かりましたっ!」


 そう言って立ち上がるマリー。だが、そうだっ。

「っとっ!マリーっ!それともう一つ伝言だっ!」

「えっ?はいっ、何です?」

 慌てて彼女を呼び止め、もう一つ伝言を頼んだ。「可能な限り秘密裏に、身元や住所などを探ってほしい相手がある」、と。



 その後、私はマリーを伴って町にある冒険者ギルドへとやってきた。

「ここ、か」

 馬に跨ってやってきたそのギルドは、大きすぎず、かといって小さすぎない、地方都市によくあるサイズ感の冒険者ギルドだった。今も冒険者たちが何人も、或いは何組も出入りしている事からして、暇なギルドではなさそうだ。


「なぁ、あれってまさか」

「えっ?あっ!?おいあれ、聖龍騎士じゃねぇか…っ!?」

「聖龍騎士って、確か、この国最強って言うあれか……っ!?」

「それがなんだってギルドになんか」


 そして、周囲から聞こえてくる冒険者たちの声。それに浮かんでいるのは、困惑と戸惑いの色だった。 しかし私はそれを気にせず、ギルドの中へと足を踏み入れた。


『『『『ザワザワッ』』』』

 中に入れば入ったで、聖龍騎士である私を目にした冒険者たちがまた騒めく。

「ん?えっ!?」

 更にたまたま近くを歩いていたギルドの女性職員が私に気づくなり驚いて駆け寄ってきた。


「え、えと、もしかしなくても騎士様でよろしいですかっ!?」

「えぇ。そうですよ。っと、名乗るのが礼儀ですね。私は聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスです」

「同じく、第5小隊所属のマリー・ネクテンです」

「せせせ、聖龍騎士の方ですかっ!?」

『『『『『ザワワッ!!!』』』』』

 私たちの所属を聞けば彼女は驚き、冒険者たちが更に騒めく。


「そそそ、そのような方が、なぜこのような場所に?」

 彼女はとても緊張した様子で問いかけてくる。本来こういったギルドは、騎士とはあまり縁のない場所。そこに王国最強とも言われる騎士が鎧をまとい、聖剣を携えてきたのだ。驚くのも無理はないのだろう。


「いえ。大したようではないのですよ」

 だからこそ戸惑っている彼女を宥めるために優しい声色で声をかけた。

「少し仕事で近くまで来ていたので。せっかくですから何か私にできる事は無いかと探して歩きまわっていただけですから」

「そ、そうなの、ですか?」


「えぇ。どこかに困っている人、助けを求めている人がいるのならその人に手を差し伸べ助ける。それこそが騎士の誉(ほまれ)ですから」

 そう言って、私は彼女に微笑む。

「はわ、はわわっ!」

 しかし彼女はなぜか顔を真っ赤にして、フラフラと後ずさり。

『ガッ!』

「はわっ!?」

 躓いて倒れそうになったっ!?

「危ないっ!」


 私は咄嗟に彼女の腰に片手を回し、もう片方の手で彼女の手をつかんだ。そしてそのせいか、彼女と私の顔がかなり近づいてしまった。

「はわわわっ!はわわわわわわわっ!?」

 何やら今にも沸騰しそうなほど、彼女は顔を赤くしていた。


「大丈夫ですか?お怪我は?」

「はわぅっ!?だ、大丈夫ですっ!」

 彼女は私が声をかけると、びっくりした様子で私から数歩離れた。その時。


「またやってるよウチの隊長。あ~も~勝手にファン増やさないでくださいよ~」

 なぜか気だるげに、ジト目で私を見つめているマリー。……マリーは何を言ってるんだ?


「成程。あれがいわゆる『イケメン女子』、またの名を『おっぱいのついたイケメン』って奴ね」

「あ~~。あれは同性でも惚れるわ~」

「ちょ、ちょっと抱かれてみたいかもっ」

 そしてこっちを見つめている女性冒険者たち。一人は真顔でなんか変な単語を口走ってるし、二人目はそれに同意するようにうんうん、と頷いている。そして三人目ぇっ!なんだそれはっ!?抱かれたいってっ!?なんだそれはっ!?


 い、意味が分からない。彼女たちは何を言ってるんだ?文字通り疑問は尽きない。頭の中でハテナマークが大量発生しそうだっ!しかし騎士として変な事で取り乱すわけにもいかず、必死にポーカーフェイスを浮かべている。


「おぉ、リアルな百合の現場だっ」

「ありがたやありがたや」

「いや~!良いもんが見られたなっ!」

 そして男たちぃっ!なんか半数近い男たちが笑みを浮かべたりこっちを見て手を合わせているっ!?なぜだっ!? 私は周囲の者たちの反応に内心戸惑いながらも、必死にポーカーフェイスを浮かべていた。 っと、行かん。ここにはこんな事をしに来たんじゃないんだったっ。


「あの」

「は、ひゃいっ!」

「折角ここまで足を運んだので、念のためギルドマスターに挨拶をしておきたいのですが、よろしいですか?何か困りごとがあるかどうかも、ギルドマスターに確認しておきたいので。ギルドマスターは今、お時間大丈夫でしょうか?」

「わ、分かりましたっ!少々お待ちをっ!今確認してきますのでっ!」

 未だに顔を赤くする彼女は私の言葉に頷くと、そそくさと奥へ行ってしまった。


 さて、しばし待つとして、と。私は暇なふりをして周囲を見回し、ギルドの受付にも目を向けた。金髪の、若い受付嬢。それを探してみたのだが、いないな。今日は休みか?まぁ、


 などと考えながらしばらく待っていると。

「お、お待たせしましたっ!ギルドマスターも『ぜひお会いしたい』との事ですっ!どうぞこちらへっ!」

「ありがとうございます。マリー、行くぞ」

 私は一瞬だけ、真剣な表情でマリーへ目配せをする。

「ッ。……はい」

 マリーも一瞬息をのみ、今自分がここにいる理由を再確認したのだろう。静かに頷くと私の後に続いた。



「いやぁっ!まさか聖龍騎士の方にお会いできるなんてっ!光栄でございますっ!」

 ギルドマスターの部屋に通され、そこで私を出迎えたのは、50代で白髪、白い髭が特徴的な男性だった。


 彼は私たちを出迎え、部屋の中央にあるソファに私とマリーを座らせると、テーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろした。

「ごくろうさんっ。あとは俺が対応しておくから、仕事に戻って大丈夫だよ」

「はいっ。それでは、失礼いたします」

 そう言って案内してくれた職員の女性は下がり、部屋には私とマリー、そしてギルドマスターの3人だけとなった。


「はじめまして。聖龍騎士団、第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスです。本日はお忙しい中、ありがとうございます」

「いえいえっ!ギルドマスター、なんて大層な役職名ですが、やってる事と言えば書類にハンコを押す程度の事でっ、おっと失礼っ!私は『グリル』っ。見ての通りこのギルドのギルドマスターをしております、しがない老人です。それで、えぇっと。部下からの話では、何か困っている事が無いか、警邏のようなもので起こし、と言う事でよろしいでしょうか?」


「……いえ。残念ながら、そうではないのです」

「ん?」

 もう、ここまでくれば表向きの理由を口にする必要はない。 更に、流石はギルドマスター、と言う事だろう。私たちの雰囲気の変化を察知するや否や、彼から私たちに向けて放たれる警戒心。……何が、書類にハンコを押すだけ、か。相応に場数を踏んできた手練れである事は分かる。 しかし私たちは戦いに来たのではない。


「単刀直入にお伺いします。グリル殿。あなたはイオディア・クリジット子爵の横領疑惑をご存じですか?」

「……一応は、とお答えしておきます。この町で暮らしているのなら、その噂を知らない人間はいませんよ」

 私の言葉を聞き、彼は少し間をおいてから小さく答えた。その表情は、どこか優れない。

「そうですか。……ではこのギルドの受付嬢、アンナと言う女性がそれに加担している可能性も、ご存じですか?」

「……」


 私が問いかけると、グリル殿は驚きもせず、目をつむり俯いてしまった。これは……。


「ご存じ、なのですね?」

「……怪しい、とは思っていました」

 彼は、そう前置きをすると、ソファから立ち上がり近くにある窓へと歩み寄る。


「もう1年以上前になりますか。ある時を境に、子爵がギルドに頻繁に来て、アンナに言い寄りつつ、依頼を出していくようになったんです。最初は、私や他の者たちも『スケベ心でアンナ会いたさに依頼を出してるんだろうなぁ』なんて、笑いの種だったんです。しかし少しして、妙な事に気づいたんです」

「それは、依頼の頻度や気づかぬうちに完了している事、ですね?」

「はい。最初は月に1回か2回程度でしたが、次第にそれが増えていったんです。もちろん最初は気になって子爵に確認しました。『こんなに魔物が目撃されいてるのか』とね。すると子爵は、『鉱山で働く鉱夫が見たと証言している』と」


「その言葉を真に受けたのですか?」

「いえ。ですが冒険者に払われる報酬は前払いで受け取っていたので、深くは追求しなかったんです。どのような依頼であれ、報酬がちゃんと支払われるのなら、これと言った問題もありませんでしたから。それに、我々には例えあの人の横領の証拠を見つけたとしても、逮捕権も捜査権もありませんからね。せいぜい出来る事と言えば、怪しいと騎士団に報告するくらいです」


「そうですか。しかし、怪しいと思う点はやはりあるのですね?」

「はい。依頼の頻度や、いつも同じ連中が受ける事。怪しい所はいくつもありました。しかし依頼は無事完了していましたし、目立った問題もありませんでしたので、捜査権の無い我々では、どうにも。関係があるかもしれないアンナに聞いても、本人は否定するばかり。ギルド内部で調べようにも、アンナを経由して知ったのか、子爵がやってきて『平民の分際で私を犯罪者扱いし貴族の名誉を損なう気かっ!?』、『そちらがその気なら、こちらも相応の報復をする』と、殆ど脅しのような言葉を言われました」


 彼の話を聞いていたが、確かにあの男ならやりかねないだろう。他者に対する高圧的な態度からしても、報復をする、なんて言ったら本当に実行しそうだ。それを彼、グリルも分かっていたのだろう。


「結果、『ギルドや家族に何かあっては不味い』、『何をされるか分からない』と考えた私は、正義と家族やギルドを秤にかけ、そして『家族に、可愛い孫に何かあったら?』と言う恐怖に負け、どうする事も出来ずに今まで。……お恥ずかしい話です」

 彼の表情は、とても悔しそうだった。しかし家族に何かされるのでは?と言う恐怖は、恐ろしい物だ。 如何に手練れと言えど、だからと言ってすべてを守れるわけではない。どうする事も出来ない恐怖もあるのだ。 それを考えれば、イオディアの恫喝にも等しい言葉に屈してしまった彼を、誰が責められるというのか。


「成程。……しかし今の話を聞く限りでは、アンナを白状させるだけの情報があればよい、と言う事ですね?」

「えっ?」


 私の言葉に彼は疑問符を浮かべ、少しの間を置いた直後、『ハッ』とした表情を浮かべた。

「ま、まさかその情報をすでにお持ちなのですかっ!?」

「いいえ。残念ながらまだですが、『そういった情報を持ってて、嘘が苦手そうな相手』なら目星がついております」

 そういって、私は笑みを浮かべるのだった。



 その後、私はグリル殿からアンナの自宅の場所など、彼女の情報を可能な限り聞いて一度駐屯地へと戻った。更に、戻るとすぐさまマルケス大隊長の所へと向かった。 駐屯地に戻ってすぐ、キースから『マルケス大隊長が呼んでいますっ』と聞いたからだ。


「失礼しますっ」

「おぉレイチェル様っ!お戻りですかっ!」

「はいっ。それで、頼んでいた件、どうなりましたか?」

「えぇ。何とか情報を集める事に成功しましたっ!情報は、こちらにっ!」

 そう言って彼が差し出した紙の書類には、とある男の情報がまとめられていた。


 その中で一番重要なのは、奴が『どこに住んでいるか』だった。場所は、町だった。 よしっ!私は心の中でガッツポーズをしたっ。 これならば、イオディアに気づかれる可能性もグッと抑えられるっ。

「マルケス大隊長、今『こいつ』はどこにっ?」

「その男でしたら、どうやら本日は仕事が休みのようで。自宅にいるのを兵士数人が確認していますっ」


「成程っ!」

 そうであれば余計に好都合だっ!

「マルケス大隊長っ!上手く行けば明日の朝には、イオディアを捕らえられるかもしれませんよっ!」

「な、何とっ!?本当ですかっ!?」

「えぇっ!」


 私は力強く頷く。どうやら、お前の横暴もこれまでかもしれないぞっ!イオディア・クリジットッ!


 その後、私はマリー達を伴ってとんぼ返りで町へと戻った。『ある男』に事情聴取を行うために。そしてそれは、結果から言えば上手く行った。そこから更にアンナにも事情聴取を行う事も出来た。全て上手く行った。


 そして、翌朝。私はマリー達、更にマルケス大隊長たち青銅騎士団を伴ってクリジット家へと向かった。突然の来訪に給仕の女性や執事たちは戸惑っていたが、私たちには既に奴を逮捕するだけの証拠を集めていた。逮捕権を理由に、執事たちに門を開けさせ、私たちは邸宅へと突入。


 私たちは優雅な朝食を食べていたイオディアの元へと乗り込んだ。

「なっ!?な、何だ貴様らっ!ここを誰の屋敷だとっ!」

「イオディア・クリジット子爵っ!!!」

「っ!?」

 激怒する奴の言葉を、私の怒号が制する。

「貴様を横領罪並びに『国家反逆罪』で逮捕するっ!捕らえろっ!」

「「「了解っ!」」」

「ぐわっ!?き、貴様らっ!私を誰だとっ!」

「大人しくしろっ!」

 私の指示を聞いたマリー達が、すぐさまイオディアを拘束。更に、『ある男』から聞いた情報で、横領に関わっていた執事数名も逮捕する事が出来た。


「ぐ、クソっ!な、なぜだっ!なぜっ!」

 連行されていく中で、なぜとわめき続けるイオディア。私は奴に近づく。


「心配しなくても、理由は説明してやろう」

「ッ!?」

「ただし、聞くのは牢屋の中で、だがな」

 こいつは今、現状に苛立ちと戸惑いを覚えていた。しかし私の、怒りの目を見ると奴は瞬く間に委縮した。 当然だ。奴は貴族の面汚しだ。貴族も領地も、その下にある平民たちによって支えられている者だ。彼らなくして貴族は成り立たない。それなのに、彼らを見下し蔑ろにした奴の行為は貴族の信用に関わる物。 


 さらに言えば、捜査の中で奴はもっと悪辣な事をしていた事が発覚した。 それを考えれば、奴に怒るな、と言うのが無理な話だった。

「連れていけ。駐屯地へと連行しろっ」

「「「はっ!」」」


 私の怒気に当てられたからか、イオディアはその後、喚く事無く、うなだれた表情のまま連行されていった。それを見送った後、私は廊下に飾られていた絵や壺に目を向けた。本当に、どれも豪華で、高価なもののようだ。だが。


「……こんなものを買い集めて、一体何になるって言うんだ」


 驚嘆の感想でもなく、賛美の言葉でもなく、私はそれらに、呆れの言葉を投げかけた後、イオディアを追って駐屯地へと戻っていった。


 その日、私たちは奴を捕らえる事に成功した。あとで奴に、どうやって情報を集めたのか聞かせてやろう。そう考えながらリリーを走らせていた私。


 しかし、これからイオディアの逮捕が『誰の耳』に入るのかまでは、私は想像もしていなかった。


     第25話 END

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