第24話 未だ終わらず

 とうとう盗賊団のアジトを見つけた我々はパレッタ率いる盗賊団と戦闘を開始。私はパレッタと戦い、無事にこれを打倒することに成功。更に多くの盗賊たちも捕らえた頃、アジト内部から老人や女性、子供たちも出てきた。そして彼らのリーダーだと思われる老婆の、降伏の言葉もあり、私たちは盗賊団全員を捕らえる事に成功したのだった。



 作戦終了後、私はマリー達と共に駐屯地へと戻った。駐屯地内部では、戦闘の最中に傷ついた男たちへの治療と、捕らえた者たちを無数の牢屋へと分けて拘留している所だった。比較的軽傷の男たちはロープを使い、手を前で縛っているが、負傷者や女子供、老人にはそういった拘束はされていない。


 ただ例外として……。

「このっ!離しやがれこのっ!」

 パレッタだ。彼女は両手を縛られて尚、抵抗していた。騎士が4人掛かりで担ぎ上げるようにして運んでいくが、私のところから見えなくなるまで、彼女はずっと暴れていた。


 その後、私は部下たちを労い休むように伝えると、マリーを伴ってマルケス大隊長の所へと向かった。


「レイチェル様、この度の戦い、お見事と言う他ありませんっ!」

「恐縮です」

 笑みを浮かべご機嫌なマルケス大隊長に私は小さく頭を下げる。

「いやはやっ、まさか盗賊団を全員捕まえる事が出来るとはっ!ともあれ、これで盗賊団の問題は一件落着ですなっ!」

 彼は、本当に事件が解決した事を喜んでいる様子だった。だが、私の中ではまだ、この事件は終わっていない。


「レイチェル様?」

 少し考えていると、どうやら私が、戦いが終わったのに険しい表情をしているのが気になったのだろう。疑問符を浮かべながら問いかけてくるマルケス大隊長。


「マルケス大隊長。残念ながら、この盗賊団の一件は思った以上に根の深い事件かと私は考えています」

「根の深い事件?どういう意味なのですか?」

 私の言葉にマルケス大隊長や傍にいた副官、マリーも怪訝な表情を浮かべている。


「これは、盗賊団のリーダー、件の少女パレッタが私と戦っている時に口にしていた事なのですが……」

 そう前置きして私が説明したのは、パレッタの言っていた言葉。


 『貴族だか何だか知らないが、父ちゃんや皆を、馬車馬のように働かせておいてっ!!困った時、助けを求めても、ゴミを見るような目で見下してくるっ!!!』と言う言葉や、彼女が私との戦いの中で叫んだ内容だった。


「むぅ。彼女がそんな事を?」

「えぇ。そして恐らく、最初に説明した言葉がさしている貴族、と言うのはイオディア子爵の事ではないでしょうか?」

「確かにあの男は無茶な採掘などを命じる事もありますし、市政の人々に対する横暴な態度も目立ちます。十中八九、イオディア子爵の事でしょうな」

「それともう一つ。彼女は、『金が無いから盗賊団をするしかなかった』、と言う趣旨の発言をしていました。ここから考えられる、私個人の仮説があるのですが」


「仮設?と言うと?」

「まず順を追って説明します。恐らくパレッタと盗賊団の構成員であった男たちとその家族は、作戦の最中に発見した廃村の住民でしょう」

「報告にあった、地図に載っていなかった廃村ですな?」

「はい。更に彼女らの盗賊団が活動を開始したのは冬の終わりごろ。そして春が近づいているこの時期は雪解けと、雪崩が発生しやすい時期、ですよね?そうなると、パレッタの言っていた、雪崩ですべてを失い、金が無いから盗賊をやるしかなかった、と言う発言にも合理性が出てきます」

「成程。確かに筋は通りますな。そして、パレッタと言う少女の話が本当であれば、イオディア子爵が補助金を着服しているという噂にも現実味を帯びてきたという事になります」


「えぇ。本来であれば、奴を通して彼女らに国から十二分に払われるはずだったお金を奴が着服した。そして彼女たちが受け取ったのは、本来受け取るはずの値以下だった。それゆえに盗賊団になる他無かった、と考えられます」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!?」

 私とマルケス大隊長の会話を聞いていたマリーが慌てた様子で声を上げる。


「もしお二人の話の通りだとしたら、そもそも今回の盗賊団の一件、原因はあの子爵にあるって事ですよねっ!?」

「そうだ」

 驚いた様子のマリーに、私は静かに頷き返した。

「そして問題はまだある」

「と、言うと?」

「今回の盗賊騒動の原因が、あのイオディア子爵の補助金着服にあると仮定する。そして恐らく自然災害である雪崩を止める方法は無い。故にパレッタ達のように、雪崩で村を失う人々は今後も出てくるだろう。そしてその度にイオディアが着服を繰り返せば、今回のパレッタ達のように、金が無いから盗賊をするしかないと考える者が出てくるかもしれん。そうなれば今回の事件の再来だっ」


 イオディアのせいで今回の事件が起こったかもしれないと考えると、それだけで頭に血が上る。本当なら奴は貴族の恥さらしだっ。


「けど、どうするんですか?今隊長の言った事は、仮説です。証拠が何一つなければ何にもなりませんよ?」

「……そうだな」

 私はマリーの言葉に頷く以外なかった。


「確かに今私の言った事はすべて仮説だ。仮説としての筋は通っているが、証拠はない。机上の空論と言われればそれまでだ。しかし、だからと言ってあのイオディアを見過ごせば第2第3の盗賊事件が発生する恐れがある。騎士として、それだけは絶対に阻止しなければならないっ」

 決意を表すように私は語気を強めて語った。


「それはごもっともですけど……。何か、証拠になるような物はあるんですか?」

「今の所は無い。だが、少し弱点になりそうな存在には心当たりがある」

「えっ?じゃあそいつを締め上げて情報吐かせます?」

 そう言って、笑みを浮かべながら手のひらに拳を当てるマリー。


「いや。それについてはまだ先だ。それよりもまず、証拠としての情報が居る」

「え?それって一体?」

 首をかしげるマリー。マルケス大隊長たちもだ。


「簡単だ。奴が払ったお金が本来与えられる額より小さかったという証拠を持つ者が居るだろ?今、ここに」

「それって、あっ!?まさかっ!」

「あぁ。そのまさかだ」

 私は笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


 『パレッタ達から話を聞く』、と。


 その後、私はマリーと共にパレッタ達が入れられた牢屋の前へとやってきた。

「こ、これはレイチェル様ッ!何か御用でっ!?」

「あぁ。すまないが牢の扉を開けてくれ」

「えっ!?」

「そこにいるパレッタと、リーダーだと言ったご老人に話があるんだ。そのために二人を別室に案内したい」

「りょ、了解しました」


 私の指示に驚きながらも、牢屋の前で門番をしていた兵士が鍵を取り出し、牢屋の扉を開けた。

「おいっ、お前とお前、出ろっ。聖龍騎士様が、話があるそうだっ」

「……はい」

「ちっ!」


 弱弱しい声で返事をする老婆と、不機嫌さを隠さない舌打ちをしながら、パレッタが牢屋から出てくる。そして、私はマリーと共に二人をマルケス大隊長が待つ会議室へと案内した。


 二人を椅子に座るように促した後、私とマリーも近くの椅子に腰を下ろした。

「さて。まずお二人にお越しいただいた理由についてですが……」

「はっ!どうせどっちの首を飛ばすか、だろ?」

 私の言葉を遮ったパレッタ。その表情は敵愾心に満ちていて、今も私に鋭い視線を送っている。


「ちがっ!?隊長はっ!」

 何かを言おうとするマリー。しかし私が手を上げてそれをせいした。

「隊長」

「良いんだ。任せてくれ」

 少し不満そうな彼女を宥めつつ、私はそっぽを向くパレッタと老婆の方へ視線を向けた。


「まず、最初に言っておきたい。この話し合いはお前たちを罰する物ではない。お前たちは、雪崩の後にイオディア子爵と会っているな?」

「えぇ。村が壊滅してしまったので、そういった時のためのお金をもらいに。ですが……」


「あの野郎っ!今渡せるのはこれくらいしかないって言って、普通より少ない額を渡してきやがったんだっ!足りないっておばば様が言っても、嫌ならその金を置いて失せろってよっ!あのデブおやじっ!!」

 口ごもる老婆に代わって、パレッタが憎しみを隠さない怒気をはらんだ声で語る。


「そうですか。では、そのイオディア子爵がその補助金を着服、手を出し自分の懐に入れている噂はご存じでしたか?」

「はぁっ!?ちょっと待てよっ!」

 私の話を聞き、声を荒らげ席から立ちあがるパレッタ。


「じゃあ、あいつが、あのクソデブ貴族がウチらの金を奪ってたってのかっ!?」

「もちろん確証はない。だが、現にあなた方が受け取ったお金の額は、少ないものだったんですね?」

「はい。私がもう少し若いころ、今のイオディア子爵が採掘を取り仕切る前、先代のクリジット家当主の方が村に見えて、万が一の時にはこれくらいのお金が払われるだろうと、話をしていた事がある物ですから。あの時、聞いていたお金の額とは雲泥の差で」

「そうなると、やはりあの男が皆さんに払われるはずだったお金を横領している可能性があります」


「ふざけやがってあのクソデブ貴族がっ!ウチがぶっ殺して……」

「止せっ」

 今にも怒りで飛び出しそうな彼女を私が止める。


「明確な証拠も無いんだ。今奴に邸宅に乗り込んで、仮にイオディアを殺せたとしてもお前は更に殺人罪で余計罪を重ねるだけだ」

「だからって黙ってろってのかっ!?あのクソ野郎のせいでウチ等は、盗賊なんかやらなきゃいけなかったんだぞっ!!!」

 そう叫ぶパレッタの表情には、憤りと後悔の色が見えていた。しかし、後悔か。念のためにも、聞いておくべきか。そう考え私は口を開いた。


「……確認したいのだが、お前たちも盗賊として略奪する事を良しとしてるわけじゃないんだな?」

「当たり前だろっ!?学のねぇウチらだって、それが悪い事なんて分かり切ってるんだよっ!実際、盗賊やって、廃坑で暮らして、金を稼いだって、ストレスでやつれてったおばちゃんだっているっ!人を殺して、毎晩毎晩悲鳴を上げる仲間だっているっ!それでやるしかなかったんだよっ!生きていくためには金が要るっ!飯がいるんだからなぁっ!」

「……」

 私は黙って彼女の叫びを聞いていた。


「誰だって、望んでこんな事なんかやらねぇよっ!やらねぇけどっ!仲間が、家族がボロボロになろうが、金がなきゃ生きていけないんだっ!悪い事だって、分かってるけどよぉっ!」

 パレッタは、拳をギュッと握りしめ、歯を食いしばっている。


 その姿を見て、私は立ち上がった。

「やりたくて盗賊をやったわけではない。そうだな?」

 そして、パレッタに出来るだけ優しい声で語りかけた。


「あぁ、あぁそうだよっ!誰がやりたくて盗賊なんかっ!盗賊なんかやったってっ!それで金稼いだって、皆、皆笑えないんだよっ!汚れた金で買ってきた飯なんて、クソみたいに不味いよっ!でもっ!みんなには子供だっているし、金が無きゃ飢えて死ぬんだっ!だから、ウチもみんなも、『生きるためだ』って必死に言い聞かせながら盗賊をやってたんだっ!」


 それは彼女の罪の告白だ。彼女も、そして盗賊をしていた鉱夫たちも、自分たちが悪事に手を染めている事を自覚していたのだろう。彼女の口ぶりからして、そのせいで精神を病んだものもいるようだ。


 もちろん、どれだけ理由を並べても彼女らの罪が消えるわけではない。罪はきちんと償わなければならない。


「お前たちが盗賊団をしていた、いや。盗賊団をするしかなかった理由はよくわかった。しかしそれだけで殺人や略奪の罪を帳消しにする事や、まして軽くする事は出来ない」

「……」

『ギリッ!!』


 私の言葉に、老婆は目を伏せパレッタは音がするほど歯を食いしばっている。しかし……。


「だが、お前たちが、いえ。あなた方が盗賊団をしなければならなかった理由が、『あなた方以外』にあれば少しは減刑の余地もあるでしょう」

「「え?」」

 私の言葉に二人とも、疑問符を漏らし私の方へと視線を上げた。


「さっき話した通り、あのイオディア子爵には着服疑惑があります。そして、これは当然罪です。問題は、現状において奴の着服疑惑の確固たる証拠が無い事です。この証拠が掴めれば、奴を罪人として王都の法務省に突き出す事も出来ますし、奴の犯罪が原因であなた方が盗賊団をせざるを得なかった、と分かれば情状酌量の余地も生まれるでしょう」

「そ、そいつは本当なのかっ!?」


「さっきの戦いの時にも言ったが、私は法務省の人間ではない。なので、絶対にとは言えないが、何もないという事は無いだろう。しかしそれも、奴の犯罪の証拠が掴めればの話だ。しかしここにいるマルケス大隊長たちが調べた限りでは、証拠や、それに繋がるであろう手掛かりを未だ見つけられずにいる。そこでパレッタ、君やあの鉱夫たち、その家族に聞きたい。なんでもいい。奴の少しでも怪しい噂などが手掛かりになるんだ。だから……」


 私は彼女の前に立つと、静かに頭を下げた。

「なっ!?え、な、何してるんだよっ!?」

「お前が貴族を憎んでいるのは、あの時戦いの中で聞いた。だから私を信じられないかもしれない。それでも、どうか私を信じてほしい。あの男、イオディア・クリジットの蛮行の証を見つけるために。どうか、頼むっ!」


「ちょ、ちょっと待てってっ!そりゃウチ等だってあのクソ野郎のやってる事は許せねぇけどっ。じゃあなんでアンタが頭を下げるんだよっ!?」


「……私も、また貴族だ。私は自分の家、クラディウス公爵家に生まれた事を誇りに思っている。……だがイオディアの悪事が本当なら、奴のしている事は犯罪以外の何物でもないっ」


 ギュッと拳を握りしめる。奴のやっている事は、到底貴族に相応しい振る舞いではないっ!


「貴族の立場に胡坐をかき、人々を苦しめている奴は貴族の恥さらしに他ならないっ。野放しにしておくことは、同じ貴族と言う立場を背負う者として絶対に許せるものではないっ!……しかし、今言った通り証拠はまだ見つかっていない。奴を司法の元で裁くためには少しでも情報が居るのだっ。そのために協力を仰ぎたいっ。だからこそ頭を下げるのだ」

「……アンタ、貴族として平民のウチらに、頭下げる事にその、抵抗はねぇのかよ」


 しばし間を置き、静かに問いかけてくるパレッタ。

「ない。この頭を下げるだけで、あなた方の協力が得られるのなら、安いものだ」

私は頭を上げ、彼女と向かい合いながら答えた。

「……」

 するとパレッタは、驚いたような、呆けたような表情のまま私を見つめていた。やがて……。


「アンタは、なんていうか。あのクソ野郎とは全然違うんだな。同じ貴族なのに」

「あぁ。貴族と一括りに言ってもいろんな人間が居る、と言う事だ。それより、改めて聞きたい。私たちに協力してくれるだろうか?」


「……」

 私の言葉にパレッタは少し迷った様子だ。そして、徐に視線を老婆へと向けた。


「おばば、ウチは、どうすれば良い?」

「……このお方を、クラディウス様を信じるのであれば、その提案を受けるべきじゃ。あの男に裁きを与え、儂らの罪が少しでも軽くなるのであれば、上々じゃよ」

「分かった」


 彼女は老婆の言葉に頷くと、私の方へと向き直った。

「ウチとしても、あのクソ野郎は許せないしおばばはこう言ってる。だから、アンタらに協力する。けど、みんなの方は、話してみないと分からない。ウチみたいに貴族ってのを毛嫌いしてるおっちゃんたちもいる。……みんな、あのクソ野郎の無茶な指示のせいで、苦労してたからな」

「それでも構わない。いざとなれば、また私が直接頭を下げに行く」


 私は彼女から得られた協力の言葉に笑みを浮かべながら歩み寄り、彼女へと右手を差し出した。

「え、えと……」

 彼女は、戸惑いながらも私の手を取った。そして私は、彼女の手を優しく握り返す。


「協力してくれる事に、感謝する」

「あ、あぁ」

 私が彼女へと微笑みを向けると、パレッタは少しばかり呆けた様子で顔を赤くしていたのだった。


 ちなみに後ろの方でマリーが、『また女堕としてるよ隊長』とか訳分からない事言ってため息をついていたのだが、とりあえず気にしない事にした。


 その後、協力関係になるのだから縄は要らない、と言ってパレッタの手首を縛っていた縄を解き、彼女と老婆には一度牢へと戻り、仲間たちの説得をお願いした。パレッタ達は『期待すんなよ?』と言っていたので些か不安ではあるが……。


 とりあえず彼女と老婆の言葉を聞いて彼らがどうするか、その答えが出るまで待っているしかないと思っていた。そして一度外に出て、愛馬リリーや仲間たちの様子を確認しに行った時だった。


『ピュ~~~』

「ッ」

 突然吹いた風が肌を撫でるが、それが思ったよりも冷たく、私は体をブルリと震わせた。

「少し、冷えてきたな」

「無理もないですよ」

 独り言をこぼしただけのつもりだったが、たまたま傍にいたアリスの声が聞こえてきた。


「アリス?無理もない、とはどういう意味だ?」

「まだレリーテ山脈には頂上の方には少し雪が残ってるじゃないですか」

 そう言って、駐屯地から見える山脈を指さすアリス。視線を山脈へと向けると、確かに山の一部がまだ白く、雪が残っている事が分かる。


「あぁ。あの白い部分がそうか」

「はい。そして残っている雪のせいか、この時期はまだ少し肌寒い風が吹くんです。もう1か月もすれば雪も完全に溶けちゃうと思うんですけど、北風が強い日はこんな風に山に近いと気温が結構下がるんです」

「成程なぁ。それがこの肌寒さの原因か」


 と、そんなことを考えているとふと気になった事があった。今現在、盗賊団の面々が入っているのは石造りの地下牢だ。薄暗いのもそうだが、何より石だ。下手をすると彼らが寒いのではないだろうか?ふとそんな事を考えてしまう。


 盗賊団の中にはまだ子供の姿もある。親と引き離すのはかわいそう、と言う理由でなし崩し的に同じ牢へと入れる形となっていたが、寒さに震えているかもしれない。何か彼らに温かい物でも差し入れるべきか。そう考えていた時。


「隊長、マルケス大隊長の副官から連絡です。少し早いですが、もう間もなく夕食の準備が出来るとの事です」

 そこにやってきたキースからの報告。

「ん?そうか。にしても早いな?」

「なんでも、今日は皆、殆ど昼抜きになってしまいましたから、そのため夕食を速めたそうです」

「あぁ。そう言えばそうだな」


 言われてみれば、昼間は戦闘なり何なりで忙しくて、まともに食事をとっていなかったな。ん?しかし待てよ。真昼間に戦っていたのなら、彼らも同じではないか?それに子供たちもだ。皆、腹を空かせているだろう。


「隊長?どうしました?何か深く考え込んでるみたいですけど」

「ん?あぁ。そうだな。少し、考えていた事がある」

 私は少し真剣な表情でキースの問いに答えた。


 その後、私はマルケス大隊長や食堂を管理している料理長と話をし、彼らに協力していろいろと用意する事にした。




 一方、そのころパレッタは老婆と共に牢へ戻り、皆の説得を試みていた。

「パレッタ、おばば様。二人の話は分かったよ。俺たちだってあのクソ野郎は許せねぇっ。あいつが豚箱にぶち込まれるかもしれねぇってなら喜んで協力したい。……けど、それを持ち掛けてきたのも貴族の、それも女なのに騎士なんてやってる奴なんだろ?はっきり言って、信用できるのかよ?」


 二人の話を聞いた後、男衆の代表のような立場にある一人の男が、そういって苦言を呈した。更に数人が、男に同意するように頷いている。

「……話して精々数時間なんだよ。そこまでの事は言えないじゃん」

「そうじゃ。しかし、儂も聞いたことがある。クラディウス公爵家は、王家とのつながりもある清廉潔白を絵にかいたような貴族とな。それを信用できないとあれば、他の貴族など尚更信じられんじゃろ」


「……その女騎士の家が凄いのは分かったよおばば様。しかし、だからってあの女個人を信用する理由にはならないだろ?」

「それは……」

 パレッタは反論しようとしたが、男の言葉もまた正しく、口をつぐんでしまう。


「確かに、俺たちの罪が少しでも軽くなるのなら良いけどよ。あの女騎士が嘘ついて、体よく利用されてるって考えたくもなるだろ」

 そう言うと、男はギュッとこぶしを握り締めながら、悔しそうに震える唇を動かす。

「貴族って奴を信用できない。それを俺たちは嫌って程知ってるはずだっ」


「そうだっ。あのクソ野郎のせいで、無理して体を壊した奴だっているんだっ!」

「あぁっ!貴族なんか信用できるかっ!」

 やがて彼に同調するように男たちが声を上げ始めた。その姿に、パレッタは『ダメか』と言わんばかりに歯を食いしばり、老婆も目を伏せた。


 と、その時だった。

「ッ!おいっ誰か来たぞっ!」

 その時、地下牢に足音が聞こえてきた。すぐさま彼ら、彼女らは口をつぐみ黙り込んだ。兵士たちに目を付けられるのを避けるためだった。


 だが、やってきたのは……。

「は~~いっ!食事の配給で~~すっ!」

 まだ微かに湯気が立ち上る寸胴や大量のパンが入った箱、更に毛布などを持ったレイチェル達だった。パンの入った箱を持っていたマリーが笑みを浮かべながら声を上げている。


「え?えっ?」

 いきなり現れた彼女たちと、マリーの言葉に男たちを始め、女達や老人、子供たち、パレッタも戸惑っていた。


「騎士クラディウス様、これは一体?」

 状況が分からず、入口の傍で老婆が問いかける。

「いろいろあって皆さんもお腹がすいているだろうと思い、食事をお持ちしました。それと石の牢は寒いだろうと思ったので、毛布もよろしければお使いください」

 レイチェルは、老婆の言葉に優しく答える。

「それは、ありがとうございます。しかし、なぜ騎士様がそのような……?」

「深い理由はありません。ですが、寒さに震える者、空腹で苦しんでいる者がいるのなら、手を差し伸べるのが我ら騎士の役目です」

 その言葉に老婆はその場で深く頭を下げた。

「あぁ。何というお慈悲をっ。誠に、ありがとうございますっ」

「いいえ。礼は不要ですし、どうか頭を上げてください」

「はい、ありがとうございます」

 老婆の言葉に頷くと、私は振り返ってマリー達の方へと視線を向けた。


「それじゃあ皆、頼むぞ」

「「「「了解っ」」」」

 マリー達は指示を受けると、それぞれ動き始めた。寸動から木の器に温かいスープをよそう者。寒さに震えている子供たちや老人に毛布を渡す者。パンを優しく手渡す者。そんな中で私も子供たちやご婦人方に毛布を配っていた。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 ご婦人は少し戸惑いながらも毛布を受け取ると、寒そうにしていた我が子にそれをかけてやった。その様子を見て、別の所に行こうとしたが……。


「あの」

「ん?」

 寒そうにしていた子供が私に声をかけた。立ち上がりかけていた私はもう一度その場に膝をついた。


「何かな?」

「えと、その、あ、ありがとう、ございます」

 女の子は、恥ずかしそうに小さな声で呟いた。それでも、どれだけ小さくても感謝の言葉だ。それがうれしくて、私は笑みを浮かべる。

「いいえ。どういたしまして」


 そう言って立ち上がり、彼女の傍を離れた後、更に毛布を配ったり、おかわりをねだる子供たちにおかわりのスープやパンを与えたりしていた。しかしいろいろあって疲れたのだろう。子供たちはやがて母親などに寄り添いながら毛布にくるまり、小さな寝息を立て始めた。


 しかし、これは好都合だ。ここからは、大人の会話となる。

「皆さん、このような場所でとなりますが、皆さんに聞いてほしい話があります」

 私が声を掛ければ、皆がこちらへと視線を向ける。


「……パレッタとおばば様から聞いたよ。あのクソ貴族を豚箱にぶち込めるってのなら、俺らだって喜んで協力したいさ。……だが、俺たちは貴族って奴に良い印象が無い。そしてアンタも貴族だっ。そんなアンタをいきなり信じろってのは、どうもな」

「確かに、あなた方と私がこうして言葉を交わすのは今日が初めて。それで私を信じろ、と言うのも無理な話。しかし、その無理を承知でお願いしたい。我々に、協力して欲しいのです。どうかっ」


 そう言って私が頭を下げれば、彼らは驚き、ザワザワとざわめく。頭を下げながらも、周りの様子を、彼らの言葉を聞き様子をうかがう。


「ど、どうするよ?」

「どうする、って言っても、なぁ?」

「俺たちに何ができるっていうんだよ」

「けど、あのロクデナシに仕返し出来るかもしれねぇんだぞ?それに俺たちの罪だって少しは……」


 彼らは、戸惑って迷っている様子だった。と、その時。


「皆っ!何を迷う事があるんだよっ!」

 それまで押し黙っていたパレッタが声を上げた。それが気になり、私も頭を上げる。


「確かに、あのクソデブ貴族はウチ等を見下してたっ!道端のゴミを見るみたいな目でなっ!でもっ!じゃあこの人はどうなんだよっ!ウチ等を見下してるのなら、こんな風に、温かい食事や毛布を持ってきてくれると思うかっ!?」

「「「「………」」」」

 パレッタの言葉に、男衆は黙り込んだ。


「それに、どうせウチ等はもう、こうして捕まってるんだ。あとはどうせ、法って奴で裁かれるだけだろ?だったら、少しでも罪を軽くするために最後まで足掻いてやろうじゃねぇかっ!何より、あいつをこれ以上のさばらせておくのは、我慢ならねぇっ!皆は違うのかっ!?」


 パレッタの声を聴くと、男たちは……。

「そうだっ!あんな奴、これ以上好きにさせてたまるかっ!」

「おぉっ!あいつを俺たちの手で豚箱にぶち込んでやるっ!」

 次第にパレッタに賛成する声を上げる者が出始めた。


「だったら、この人に協力するしかないだろっ!皆はどうだっ!この人に、この騎士たちに協力するのかっ!?どうなんだっ!?」

 パレッタの言葉に、男たちの大半が頷くがまだ一部が渋るような顔をしている。が……。


「アンタら、それでも男かよっ!貴族の騎士が、頭下げてまで頼んでるんだぞっ!それを突っぱねる理由があるのかっ!ないのかっ!無いのなら、断る理由なんて無いだろっ!?」

「「「……」」」


 パレッタの言葉に一部の男たちは黙り込む。そして……。


「そうだな。騎士様に頭を下げられて駄々をこねてたら、俺たちの方がよっぽど情けないぜ」

 気恥ずかしそうに漏らす一人の男。更にそれに続くように、他の数人も頷く。


「では?」

「あぁ。アンタの勝ちだよ騎士様。俺たちに出来る事があれば、協力するぜ」

 そう言って笑みを浮かべる男たち。


「ありがとうございます」

 対して私も、笑みを浮かべながら感謝の言葉を返すのだった。


 こうして、私は何とかパレッタ達の協力を取り付ける事が出来た。


 協力してくれる彼らのためにも、必ずあの男の悪事を暴いて見せる。 そんな決意を胸に、私はこの地でやるべきことがまだ存在している事を、再確認していた。


     第24話 END

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