第23話 盗賊討伐戦

 いよいよ盗賊団と決着をつけるため、私たちはアジトとなっている可能性のある廃坑3つを包囲するように部隊を展開。包囲網を青銅騎士団に任せ、私はマリー達と共にアジトを探索するべく移動を開始。そんな中で私は地図にない廃れた村、そしてそこでネメと言うスラム街で見かけた少女と再会する。が、そこに襲い掛かってきたパレッタ。作戦はいよいよ、佳境に入ろうとしていた。



『『『『ドドドドドドドドッ』』』』

私たちは今、馬を走らせ西を目指して移動していた。パレッタとその仲間の騎馬はすでに視界内には居ない。パレッタがマリー達の背後から襲い掛かっているかもしれない、と考えると背筋が凍る思いだ。


パレッタ、彼女の戦い方は型破りだ。だからこそ強い。パワーは無い。つばぜり合いでは私と互角か、私がわずかに上回るくらいだ。しかし剣の速さやスピードは、私に匹敵する物だ。だが、彼女は『剣を使った戦い方以外』を知らないだろう。ならばこそ、そこに勝機がある。


そう考えながらリリーを走らせていると……。

『『『『オォォォォォ……ッ!』』』』

前方から剣戟の音と叫び声が聞こえてきたっ。


「近いぞっ!おそらくマリー達は戦闘中だっ!総員、戦闘態勢っ!」

「「「「了解っ!」」」」

皆、私の言葉を聞きと些か緊張感のある声で返事を返した。皆もこの戦いで決着がつく可能性が高いと分かっているのだろう。


さて、一番の問題はパレッタだが、まぁ、私が何とかして見せるっ! 私も幾ばくかの緊張と、気合、覚悟を胸に真っすぐ前を見据える。


『『ババッ!!!』』

不意に前方が開け、私たちは森を抜けた。眼前に広がるのは、開けた平地だ。奥には廃坑の入口らしきものも見える。そして、その平地で騎士と剣で武装した盗賊が戦っていたっ!大半の騎士は盗賊相手に有利に戦っていたが……っ!


「はぁぁぁっ!」

「くぅっ!?」

無数の戦いの中でも異彩を放っていた物があった。それが、パレッタと戦うマリーとレオ。3人の戦いだっ。 マリーは剣を弾かれ後ろへと下がる。

「おぉぉぉぉっ!」

「ちっ!?」

続けざまにマリーへ襲い掛かろうとするパレッタ。しかし、それもレオの攻撃によって防がれた。パレッタはレオの攻撃を避けるために二人と距離を取るしかなかったのだ。


かと言って、マリーとレオの二人でも攻め切れていないのが現実だ。二人が波状攻撃を仕掛けても、パレッタはその速力を持って二人のリーチの外へと逃げてしまう。あの二人だって、聖龍騎士そのものには届かないとしても、危険な任務をこなしてきた精兵だ。それを相手に、勝利できなくとも足止め出来るとはっ!やはり彼女の相手は私がするしかないかっ!


「マリーッ!レオッ!」

「ッ!隊長っ!」

私が声を上げれば、マリーがこちらを見て嬉しそうに笑みを浮かべる。私は二人の傍まで近づくとリリーから降り、そのまま二人の前に立つ。


「二人ともっ!大丈夫かっ!」

「は、はいっ!」

「何とかっ。ですが、面目ありません。私と彼女の二人掛かりでも、足止めが精いっぱいでした……っ!」

私の言葉に笑みを浮かべながら頷くマリーと、悔しそうに表情を歪めるレオ。


「気にするなレオ。……世の中、上には上がいるという事だ」

静かにつぶやくと、私は鞘からツヴォルフを抜き、構える。


「彼女の相手は私が。お前たちはアリス達と共に盗賊を……」

『討伐しろ』。そう口にしかけた時、スラム街で見かけたパレッタとネメの姿が脳裏をよぎり、それに連鎖するようにパレッタのあの時の言葉、『ウチが負けたら、みんなの将来はどうなるんだっ!』と言うセリフが同じように脳裏をよぎる。


「……隊長?」

「マリー、レオ。奴らは大事な犯罪の証人だ。可能な限り殺さずに捕らえろ。良いな?」

口ごもった私が気になったのか、レオが疑問符を浮かべながら問いかけてくる。その言葉に、私はパレッタを見据えながら答える。


「「了解ですっ!」」

「よし。では行けっ」

「「はっ!!」」

二人は私の指示を受け動き出した。


「このっ!行かせるかぁっ!」

走り出した二人の背中を狙って襲い掛かるパレッタ。


「それはっ!」

だが、その前に二人と彼女の間に私が滑り込み、ツヴォルフを振るう。

「こちらのセリフだっ!」

『『ギィィンッ!』』

「ッ!こいつぅっ!」

私のツヴォルフとパレッタの剣がぶつかり合い、火花を散らす。パレッタは忌々しそうに私の顔を睨みつける。


「ふんっ!」

「くっ!?」

一旦、彼女を弾き飛ばし強引に距離を取る。しかし、彼女は殺意を滾らせた瞳で私を睨みつけると、すぐさま斬りかかってきた。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「はぁぁっ!」

そこからは、お互いに速度を生かした剣戟戦だ。ガキンッガキィンッと重い金属音と火花が飛び散る。


「おらぁぁぁぁぁぁっ!!!」

パレッタは大きく跳躍すると、私めがけて剣を振り下ろしてくるっ。

『ギィィンッ!』

「っ!?」

何とかそれをツヴォルフで受け止めるが、全体重に勢いまで乗せたその一刀はこれまでの攻撃より重いものだった。だが、対処法はあるっ!


『ギャギャギャッ!!!』

「ッ!?」

ツヴォルフを斜めにする事で、彼女の剣は滑っていき、彼女のまま流れるように地面の上に落下する。

「そこだっ!」

「くっ!?」

彼女の手にしていた剣を踏みつけて使えなくしよう、そう思って動いたのだが、パレッタの方が一歩速かった。土で汚れる事も構わずにその場から転がって逃げ、すぐさま立ち上がる。


「こなくそぉっ!!」

怒号を張り上げ、彼女は何度でも斬りかかってくる。それを何度も防ぎ、剣を弾くなり蹴るなり手刀で殴るなりして無力化しようとするが、彼女も素早さで攻撃を避けているため、未だに剣を取り上げる事が出来ていない。


そうやって、何十回と剣戟、つばぜり合い、離脱。これらを繰り返す。しかし、お互いに決め手に欠けていた。

「ふぅ」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」


つつっ、と私の頬を一滴の汗が伝う。パレッタも肩で息をしている。だがその周囲では……。

「ぐあぁっ!」

「大人しくしろっ!!」


「く、くそっ!離せぇっ!」

「暴れるなこのっ!!誰かロープをくれっ!」


マリー達によって、ゆっくりとだが確実に盗賊団の男たちは、文字通りお縄について行った。

「くっ、っそぉっ!!!」

その様子を横目に見ていた彼女は、激怒した様子で仲間の元へとかけていこうとする。


「どこへ行くっ!お前の相手は私だっ!」

「っのっ!!!邪魔するなぁっ!!!」

怒りの形相で獣のような怒号を上げながら私に向かってくるパレッタ。振り上げられた剣を、しかし私はそれを容易くツヴォルフで受け止め、はじき返す。


「うっ!?」

彼女は僅かにふらつきながらも手にしていた剣を構える。しかし、その腕が微かに震えているのを私は見逃さなかった。 やはり彼女は短期決戦型か。そして彼女の仲間も次々と捕縛されている。チラリと目をやるが、奥に見える廃坑の入口から増援が来る様子はない。


さて、となると最後は彼女をどうにかするだけだが……。 と、考えていた時だった。


「ふざけるなっ」

目の前のパレッタから声が聞こえる。しかしそれは、怒り、憎しみ、焦り、不安、恐怖。そう言った負の感情を織り交ぜたような、弱弱しくも呪詛を含んだような声だった。


「ふざけるなぁっ!!」

再びの怒号。そして震える体に鞭打ちながら、彼女は私に斬りかかってきた。しかし私やマリー、レオとの連戦ですでに体力が限界に近いのだろう。廃村で撃ち合った時の、剣戟の鋭さはもう見る影もない。余裕で受け止め、そのままつばぜり合いに持ち込む。


「騎士だが何だか知らないけどっ!!!負けられないんだよぉウチはぁっ!!!」

彼女は、再び連撃をぶつけてくるが威力の落ちたそれであれば、防ぐ事は容易い。しかし、今の彼女からは不安や焦りが見え隠れしている。 それは恐らく、この盗賊団のリーダーとしてのプレッシャーだろう。すでに大半の盗賊はお縄についたか、私の仲間数人を相手に戦意を喪失しかけている。


「こんな、こんなところでっ!」


その時、私と鍔迫り合いをしていたパレッタの、震える声が聞こえてくる。……どうせだ。今ここで問いかけてみるとするか。


「……お前たちは、なぜ盗賊などしている?」

『ピクッ』

私の言葉に彼女は一瞬、体を震わせた。


「なぜ?なぜか、だってっ?そんなの、そんなのっ!!」

次の瞬間、彼女はキッと鋭い視線で私を睨みつけてくる。


「そうじゃなきゃ、生きていけないからに、決まってるだろうがぁっ!!!」

『ギィンッ!』

再び振るわれる剣を防ぐと共に、私は彼女の怒りの叫びに耳を傾けていた。


「ウチらだって、ウチらだって盗賊が悪い事だってのは、分かってるんだよぉっ!それでも、生きていくにはこうするしか無いんだっ!」

「……だから、見逃せとでもいうのか?」

「けっ!アンタらみたいなやつには、分かんないだろうよっ!!貴族だか何だか知らないが、いつもいつもっ!父ちゃんや皆を、馬車馬のように働かせておいてっ!!困った時、助けを求めても、ゴミを見るような目で見下してくるっ!!!」

『グググッ』

「むっ!?」


その時、つばぜり合いをしていた私の剣が一瞬押された。一瞬、ヒヤリとしながらもすぐに私も剣に力を籠め、押し返し拮抗するまでに戻す。


にしても、彼女言う貴族とは十中八九イオディアの事だろう。もう少し、彼女の本音を聞くとするか。

「……お前は、貴族が憎いか?」

「ッ!!!あぁ、あぁっ!あぁ憎いさっ!!!」

憎悪の表情を浮かべながら、彼女は私に何度も斬りかかってくる。


怒りによって箍が外れたのか、彼女のパワーが増しているのが剣越しに伝わってくる。

「偉そうに命令する事しか出来ないくせに、ウチらから金を搾り取ろうとするっ!金の事しか頭にないロクデナシの貴族なんざ、大っ嫌いなんだよぉっ!」

『ガキィィンッ』

「っ!」

怒りを乗せた一撃に、私は思わず後ずさる。


「ッ!?隊長っ!」

そこに聞こえる、マリー達の私を心配する叫び。私はそれを一瞥し、アイコンタクトで大丈夫だと伝える。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

怒りで、殆ど我を忘れたパレッタは目の前の私に猛攻撃を仕掛けてくる。

「貴族がなんだっ!国がなんだっ!騎士がなんだっ!!ウチらは生きていくっ!誰にも邪魔なんかさせるかっ!ウチらの未来を邪魔するっていうのならっ!どんな奴だろうとたたっ斬るっ!!!」


「だから盗賊団をすると言うのかっ!それが犯罪であると、知らぬわけではあるまいっ!」

「うるさいっ!!そんなの、そんなのウチらだってわかってるんだよっ!でもそれしか方法が無いんだっ!生きていくためには飯がいるっ!金がいるっ!けど、ウチらなんて所詮鉱夫とその家族だっ!お国に仕えてる役人になれるような学のある奴なんていないっ!今更畑仕事をしようったって土地も種も道具も無いっ!金も、家もっ!あの忌々しい雪崩に飲み込まれたっ!だからこうするしかないんだっ!生きていくためにはぁっ!!!!」


『ガィンッ!』

「くっ!」

鬼気迫る表情で繰り出される一撃は、重い。技量云々の話ではない。気迫、覚悟。パレッタの体から私に向けて放たれるそれらが精神的なプレッシャーとなって私に伸し掛かる。


だが、だからといって私が引き下がる道理はないっ!

「おぉぉっ!!!」

「なっ!?くぅっ!!」

鍔迫り合いの最中、私のツヴォルフがパレッタの剣を押し返す。


「……お前たちにも事情がある事は分かった。しかしっ!盗賊となった貴様らを野放しにしていては無辜の人々にも被害が及ぶっ!故に貴様らを見逃す事は出来ないっ!!」


「くっ!負けるかっ!負けるかぁぁっ!うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

声を張り上げながらパレッタは突進してくる。私は静かにツヴォルフを構え、それを受け止める態勢を取る。


「ぜやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ッ!!!」

『『ガキィィィィンッ』』と甲高い金属音が辺りに響き渡る。


「ぐっ!くぅっ!」

私の剣を押しのけようと、パレッタは歯を食いしばった表情で私を睨みつけているが……。剣だけが戦いではないっ!


私はツヴォルフをパレッタの剣に絡め、そして回した。するとどうなるか。 『カラァンッ』と音を立てて私のツヴォルフも、パレッタの剣も。どちらもが宙へと舞う。


「えっ?」

突然の事に理解が追い付かないのか、彼女は呆けた声を漏らしながら、戸惑ったような表情を浮かべている。がっ、それが私にとって最大のチャンスとなるっ!


瞬く間に彼女と間合いを詰め、彼女の服をつかんだっ。

「はぁっ!!」

「うわわわっ!!???」

そしてそのまま彼女を投げ飛ばし、地面にたたきつけた。突然の事に彼女はまともに受け身も取れず、地面の上に倒れ伏した。 騎士となれば、あらゆる状況で戦わなければならない。剣技だけでは務まらない。だからこそ、時に格闘技を学ぶ。今は、格闘技の技術を持っていた私と、そうでないパレッタの間で差が出来た、と言う事だ。 そして、倒れたパレッタと私の傍に、宙を舞った剣が落ちてきて『カランカランッ』と音を立てる。


「うっ、クソっ。何だよ、これ」

彼女は震える体を何とか起こそうとするが、連戦に加えて最後の攻撃。あれで体力の大半を使い果たしたのだろう。震える腕と足では、立ち上がる事が出来ずにいた。


「剣で戦うだけが騎士ではない、と言う事だ」

私はパレッタに声をかけながら、落ちていたツヴォルフを拾うと鞘に納めた。


「う、うぅっ」

パレッタは、這いずりながらも必死に剣へと手を伸ばしていた。しかし……。私が彼女よりも先に剣を拾い上げた。


「あっ」

パレッタは絶望にも似た表情を見せながら必死に剣へと手を伸ばしていた。しかし、私と視線が合うと、彼女は怒りの形相でうなり声のような声を漏らしながら私を睨みつけている。


「……投降しろ。もう、これで終わりだ」

「ふざ、っけるなぁ……っ!まだ、終わってなんか、いない……っ!!」


パレッタは震える体で立ち上がろうとする。倒れても、何度も立ち上がろうとする。周囲では、すでに盗賊団の男たちは捕らえられていた。もはや戦えるとしたら彼女だけだが、それでもめげずに立ち上がろうとしている。


もはや彼女を止めるには気絶させるしかないか?そう思い始めていたその時だった。


「パレッタ。もうよすんじゃ」

「ッ!?おばばっ!?」


ッ!?廃坑の中から誰か出てきたぞっ!突然のことに弓兵たちが弓を構えるが、出てきたのは、老婆を先頭に、老人や子供、それに女性ばかりだっ。


「よせっ!撃つなっ!弓を下せっ!」

咄嗟に弓兵たちに指示を飛ばすっ。彼らはすぐさま弓を下した。よし。


「おばばっ!何してるんだよっ!中にみんなと隠れてろってっ!」

すると何とか上半身だけでも起こしたパレッタが、先ほどおばば、と呼んでいた老婆に向かって叫んだ。


しかし老婆はフルフルと首を左右に振った。

「もう、終わりじゃよパレッタ。すでに男たちは捕らえられ、儂らにゃ戦う術もない。……ここいらが、潮時じゃ」

「何言ってるんだよっ!ウチは、ウチはまだ戦えるっ!!」


そう言って、パレッタは立ち上がった。しかし震える足は体を支える事が出来ず、彼女は再びその場に倒れてしまった。

「動けっ!動けよっ!こんな、こんなところで、終われるかよっ!」


彼女は自分の足を殴りながら立ち上がろうとするが、何度も何度も、倒れてしまう。

「畜生っ!動けよっ!動けっ!動けぇっ!」


苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら、それでも彼女はまだ戦う意思を失っていない。……しかし。


「もう、止せ」

勝ち目がない中で、ボロボロになりながらもまだ戦おうとする彼女を見ている事が出来なかった。だからこそ、私は彼女を止めた。もうこれ以上、戦っても何にもならないのだから。


「っざけんなっ!まだ負けてねぇっ!」

しかしそれでも彼女の闘志は、怒りは、敵意は消えない。今も鋭い視線で私を睨みつけている。 だがそれだけだ。彼女の体は限界を迎えている。もはやまともに動けないのは誰の目にも明らかだった。しかし、彼女は立ち上がろうとする。すると……。


「もうやめるんじゃパレッタ」

「ッ!おばばっ!」

「お前さんも、もう分かっているじゃろ。……儂らは、負けたんじゃ」

「ッ!!」


老婆の言葉に、パレッタは目を見開き、直後にギリッと音がするほど歯を食いしばっている。そして彼女は、震える腕を振り上げ、それを地面に振り下ろした。


「畜生っ。畜生ォォォォォォォッ!!」

彼女の慟哭が周囲に響き渡る。私はそれを見つめていた。すると……。


「失礼ながら、あなた様がこちらにおわす騎士の方々の隊長とお見受けしますが、よろしいですか?」

老婆が弱弱しい声で私に声をかけてきた。その声色には緊張と不安、恐れが見て取れた。おそらく、騎士である我々に怯えているのだろう。ならば少しでも優しい声色で語りかけて、不用意に刺激しないようにしなければ。


「はい。私は聖龍騎士団、第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスです。そちらは……」

「私は、この盗賊の頭目をしております、しがない老婆でございます」

「頭目?それは、あのパレッタと言う少女では?」

「……パレッタは確かにリーダーでございます。しかし、盗賊団を作ろうと皆を扇動したのはこの老婆でございます。彼女は、まともに動けぬ儂に代わって、戦闘で皆を率いただけでございます」

「ッ!?待てよおばばっ!何言ってるんだっ!」


老婆の言葉にパレッタが強く反応する。

「……今回の盗賊騒動の原因は、すべてこの老婆にあります。ですから、もし討伐の証として首をお求めならば、どうかこの老婆一人の柔い細首一つで、何卒……っ!」


そう言うと、老婆は震える体でその場に土下座をし始めた。これには周囲のマリー達もとても驚いていた。そして私が老婆に声をかけようとした時。


「ふざけんなっ!みんなに盗賊団やろうって言ったのはウチだっ!殺したいんならウチを殺せよっ!みんなには、みんなには手を出すなっ!手を出してみろっ!お前ら全員ぶっ殺してやるっ!」

なおも私に食って掛かるパレッタ。……そして周囲を見回せば、母親の影に隠れている子供たちが、私やマリー達を睨みつけている。……正直、滅茶苦茶やりにくいが仕方無い。


「安心してください。ここで誰かに責任を取らせ、斬首にする等と言う事はしません」

「え?」

私が告げると、倒れてたままだったパレッタから疑問符が聞こえる。彼女は呆けた表情で私を見上げている。……もしかしなくても、私は残虐な女だと思われていたのか?あるいは騎士や貴族が平気でそういう事をするとでも思っていたのか?それはちょっと、いやかなり心外だが今は気にしても始まらない。


「確かにあなた方は盗賊として略奪を行っていた。しかし、そこにいるパレッタなる少女の言葉から察するに、あなた方は盗賊になる他、生き残る道が無かった。そうですね?」

「は、はい」

老婆は私の言葉に頷く。


「人死にが出ている以上、無罪放免と言う訳にはいきませんが盗賊団をせざるを得なかった理由があれば、幾ばくかの情状酌量の余地が出てきます」

そこまで言うと、私は一度深呼吸をした。……これを伝えるのは心苦しいが、致し方ない。


「正直、私は法務省の人間ではありませんから、あなた方がどうなるのか。法で裁かれるにしてもどの程度の刑に処されるかもわかりません。ですが、どうか私たちを信じて、これ以上の抵抗を辞め指示に従っていただきたいのです。あなた方を悪いようにはしません」


パレッタの戦いの最中の言葉から察するに、彼らにも盗賊団をするだけの『事情』があった事は察する事が出来る。

「どうか皆様の身に何が起こったのか。なぜ盗賊団にならなければならなかったのか。今ここですぐにとは言いません。が、その理由を私たちにお聞かせください」

「分かりました。そこまで仰っていただけるのであれば、我々はあなた様に従いましょう」


そう言って老婆は頭を下げた。捕らえられた男たちも、老人や女性たちは皆、諦めたように息をつき俯いている。……ただ、子供たちだけが、敵意とも警戒心とも取れるような鋭い視線で、私たちを睨みつけていたのだった。




その後、パレッタをはじめとした盗賊団の全員が青銅騎士団の馬車へと乗せられ、駐屯地へと向かった。彼らは一時的に駐屯地で拘留される事になる。彼らには、聞かなければならない事が多いからな。


そう考えて、走り去っていく青銅騎士団の馬車を見送っていると……。

「お疲れ様です、隊長」

マリーがこちらに近づいてきた。

「マリー、お前は大丈夫か?怪我などは?」

「大丈夫です。ちょっと戦ってるときに転がったせいであちこち汚れちゃいましたけど」

「そうか、それはよかった。っと」


話していると、私は彼女の頬が少し汚れているのに気付いた。女性が顔を汚したまま、と言うのも不味いだろう。

『スッ』


私の手は自然と手甲を外し、彼女の頬へと伸びた。

「た、隊長っ!?」

「少し、汚れているな。指で拭えるかな?」

私は彼女の頬についた汚れを指先で拭おうとした。


「ひゃんっ!」

「っと、すまないっ、痛かったか?」

突然顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げるマリー。まさか?と思い声をかける。

「い、いえ大丈夫でひゅっ!」

「そうか?なら良いが。……しかしマリー、顔が赤いぞ?」

「ふへ?」


疲れているのか、それとも体調不良の前兆か。騎士たる者、体が資本と言って差し支えないだろう。病気になれば事だ。まして治療が遅れて重症化したら目も当てられない。

「風邪か?熱は無いだろうな?少し診せてみろ」

「た、隊長っ!?なななな何をっ!?」

私は自分の髪をかき上げ、ワタワタと慌てた様子のマリーの額にくっつけた。

「はわっ!?はわわわわわわわっ!近い近い近いっ!!!」

「我慢しろ。熱を見るためだ」

う~ん、戦闘の直後だからやはり高めだな。しかしだからと言って特段熱いわけでもない。戦闘で疲れただけ、か?


そう思い私は額を離した。

「熱はなさそうだが、疲れてるのならもう休め。とりあえず戦闘は終わって……。おいマリー?聞いているのか?」

休むように言っていたのだが、何やらマリーが上の空だった。聞いているのかと問いかけてみるが……。

「あぁ、隊長の、隊長のおでことくっついて、近くにメンじゃないけどイケメンフェイスが……」

顔を赤くし、上の空で何やらぶつぶつとつぶやいているマリー。……こいつ、ホントにどうしたんだろうか?と私はマリーの前で首をかしげていた。


ちなみに……。

「ま~たイチャついてるよあの二人」

「あ~あ~。良いなマリー。私もしてほしいな~」


何やら呆れて苦笑したような笑みを浮かべている男性陣に、マリーと同じく顔を赤くしながらこちらを見つめている女性陣。……私、また何かやらかしたのだろうか?


ちょっとした疑問はありつつも、我々は無事に盗賊団を撃退。皆の技量もあってすべての盗賊団員を捕らえる事が出来た。


だがそんな私の脳裏に、ある言葉がよぎる。それはパレッタの言葉だ。


『父ちゃんや皆を、馬車馬のように働かせておいてっ!!困った時、助けを求めても、ゴミを見るような目で見下してくるっ!!!』


あの言葉、恐らくはパレッタから見たイオディアの事だろう。とすれば、彼女は少なくとも、イオディアを目にした事があるはずだ。それにイオディアの黒い噂もある。


それを考えると、私にはまだ、解決されていない問題があるような気がしてならなかった。が、だからこそ私はパレッタ達から話を聞かなくてはならない。


私はマリー達を連れ、アジト内部の調査を青銅騎士団の小隊へ引き継いだ後、駐屯地へと戻っていった。


     第23話 END

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