第22話 包囲作戦開始

 黒い噂を持つ、レリーテ山脈にて採掘を取り仕切っている貴族、イオディア・クリジット子爵。盗賊団が潜んでいるであろう廃坑の情報収集と、イオディア子爵の情報を探る目的で奴の邸宅を訪れた私たちは、無事に廃坑などの位置情報が載った地図をゲットするとともに、子爵への疑惑を深めた。しかし今優先するべきは盗賊団だ。そして私たちはマルケス大隊長らと協力し、盗賊団の討伐作戦を開始しようとしていたのだった。



 クリジット家を訪れた翌日の早朝。私は防具と聖剣ツヴォルフを装備し、準備を整えると部屋を出て駐屯地の正門へと向かった。


 件の盗賊団討伐任務が目前に迫っているため、駐屯地内部の騎士や兵士たちが慌ただしく動き回っている。皆、大なり小なり緊張した様子だ。無理もない。相手はこれまで騎士団を退けていた盗賊団だ。光防騎士団も、練度や士気が低いとは言え騎士団。それを2回も退けた相手だ。緊張もするだろう。


 とはいえ、だからと言って件の盗賊団を野放しにしていい理由にはならない。今日、決着を付けなければならない。人々が、安全に街道を行き来するためにも。


 そんな決意を確認しながら正門前にやってくれば、すでにマリー達が揃っていた。皆、完全装備の上で装備や備品、馬の様子を見たりしている。


「あっ!隊長っ!おはようございますっ!」

 やがてマリーが私に気づき、挨拶と共に敬礼をしてくる。

「あっ!おはようございますっ!」

「おはようございますっ、隊長っ!」

 更に他の皆も次々と私に気づいて敬礼をしてくる。


「おはよう皆」

 皆に挨拶と答礼を返す。

「マリー、状況はどうだ?各員の体調などは?」

「はいっ、皆、やる気に満ちておりますっ。体調不良などを訴える者もゼロですっ。いつでも行けますよ、隊長っ!」

 マリーのやる気に満ちた笑み。それに同意するように他の皆もうんうんと頷いている。


「どうやらやる気は十分なようだな」

 そう言って私は笑みを浮かべる。……と言うか、マリーがここまでやる気なのって昨日のご褒美とかが関係してるんだろうか?ま、まぁ今そのことは良い。

「準備は抜かりの内容にしっかりしておけ。これ以上、盗賊団による被害を増やすわけには行かない。連中の拠点が100%ある可能性は無いが、今日、決着をつけるつもりで行くぞっ。良いなっ!」

「「「「「了解っ!!」」」」」


 私の言葉に、皆真剣な様子で叫ぶ。よしっ。こちらの気合は十分だ。


「レイチェル様」

「ッ、マルケス大隊長。何か?」

 そこに、鎧をまとったマルケス大隊長がやってきた。

「我々青銅騎士団の兵たちもまもなく準備が完了します。ただ……」

 何やらマルケス大隊長の表情が思わしくない。


「何か問題が?」

「えぇ」

 私が問いかけると、彼は静かに頷いた。

「実は、兵たちの士気が思わしくないのです。皆、緊張しているようで。私もレイチェル様が居るから大丈夫だ、と鼓舞してまわったのですが、効果は思わしくなく」

「そうでしたか」

 むぅ、不味いな。士気の低下は作戦の成否にかかわる。私は小さく眉を顰める。


「そこで、レイチェル様にお願いがありまして」

「お願い?私にですか?」

「はい。できれば、この後の作戦説明の後に、何か、兵たちを鼓舞するような言葉をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「私が、ですか?」

 まさかこんなことを頼まれるなんて思ってもいなかったので、思わず聞き返してしまった。マルケス大隊長は、ただ『はい』と言って頷き、私の返事を待っている。


 うぅむ。確かに士気の低下は作戦の成否に関わるが、私が、か。……うぅん、やるしかないよなぁ、これは。

「分かりました。出来るかどうかまでは分かりませんが、やれるだけの事はやってみましょう」

「おぉっ、ありがとうございますレイチェル様っ」

 マルケス大隊長は嬉しそうに笑みを浮かべている。内心、『安請け合いをしてしまったか?』などと思いつつも、私はポーカーフェイスを浮かべながら、どんな事を言おう?と必死に頭の中で激励の内容を考えていたのだった。


 数十分後。青銅騎士団の面々も準備が整った。青銅騎士団と我が第5小隊の騎士と兵士たちが整列し、彼らの前に立つ私とマルケス大隊長。


「それではこれよりっ!我々はレリーテ山脈の廃坑に潜伏すると思われる盗賊団の討伐作戦を開始するっ!」

 まず始まったのは、マルケス大隊長による作戦の説明だ。


「まずはこの地図を見てくれっ」

 マルケス大隊長がそういうと、近くに控えていた副官が大きな地図を、大隊長の後ろにあった木製の板に釘で固定する。


「現在、目標である盗賊団はこの地図に描かれた、赤い円の中にある廃坑のどれかに潜伏している可能性が高いっ。そこで私たちと聖龍騎士であるレイチェル様が協議した結果、今回の作戦において部隊を2分する事になったっ」

 彼はそういうと、地図の円を指さす。


「片方はこの円のように部隊を配置して盗賊団の逃亡を防ぐ壁の役割を果たす。もう片方は、この円の中に展開して盗賊団を攻撃する部隊だ。まず、こちらの壁の部隊だが、こちらは我々青銅騎士団が担当する。そして、壁、つまり包囲網の内部で敵と戦う攻撃部隊を担当するのが、レイチェル様率いる聖龍騎士団第5小隊の方々だっ。何か質問のある者はいるかっ?」


 マルケス大隊長が問いかけるが、誰も何も言わなない。しかし、微かに聞こえる声。それは『大丈夫なのか?』とか『レイチェル様達が負けたら、俺たちがあの凄腕剣士の少女と戦う事になるんじゃ?』とか。そんな不安じみた声だった。やはり彼女、パレッタの存在が彼らの士気を下げている原因か。


 ここは、私の出番だな。そう思い、さっき考えた言葉を頭の中で何度も繰り返しながら一歩前へと踏み出す。


「諸君、聞いてくれ」

 私が声を上げると、ヒソヒソ話をしていた彼らも黙り、私へと視線を集める。

「皆の中に、盗賊団の頭目である少女の力を恐れている者がいる事は見ていれば分かる」

 私の声を聴くと、何人かがばつの悪そうな表情で俯く。

「まず、最初に言っておくがそのことについて私が君たちに文句等を言うつもりはない。自分よりも強い相手と戦う事は、時に足がすくむ事だろう。それは仕方ない事だ」


 ここで彼らを責めても始まらない。だからこそ、まずは出来るだけ優しい言葉をかける。すると、俯いていた者たちが再び視線を上げ始める。

「だが、だからこそあの少女の相手は私がする。諸君らの所には決して行かせはしない。私がこの手で、彼女を倒すっ。だからこそどうか、諸君らは自らの役目を全うしてほしい」


 彼らは皆、私の事を見ている。

「どうか、諸君らの力を貸してくれっ。盗賊の存在に怯える人々を守るためにっ。騎士でありっ!兵士である諸君らの力を、貸してくれっ!共に勝利をつかみ取るぞっ!」


 これが激励の言葉になるかは疑問だったが、私は腹の底から声を張り上げた。一瞬の静寂に、失敗だったか?そう思った直後。


「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」」」

 兵士や騎士たちが雄たけびを上げる。その光景に一瞬驚きつつも、私は笑みを浮かべ、鞘からツヴォルフを抜き掲げる。


「行くぞ諸君っ!今日、この日っ!盗賊団との戦いに終止符を打つっ!」

「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」」」

 再び響き渡る雄たけび。チラリと後ろを見れば、マルケス大隊長も満足げだ。どうやら、うまくいったようだ。



 こうして士気も十分に高まった我々は、まずは包囲網を完成させるための準備を開始した。


 まず、馬の扱いに長けた者が、青銅騎士たちが配置される地点一帯を偵察。敵の目が無い、つまり安全だと分かった地点に次々と兵を送り込んでいく。


 包囲網が出来上がる前に、盗賊団に作戦を察知され逃げられる事だけは絶対に避けなければならないからだ。この段階で、何事も無ければ良いが、と考えながら、包囲網が出来上がるのを待つ事、約2時間。


「報告しますっ!包囲網が完成っ!全域に渡って兵の配置が完了しましたっ!」

「うむ、ご苦労」

 早馬が、臨時の指揮所となっている野営陣地まで走ってきて報告をする。それを聞いたマルケス大隊長は傍にいた私の方へと視線を向ける。


「いよいよですな、レイチェル様」

「えぇ」

 彼は少し興奮したような様子で声をかけてくる。私はそれに小さく頷き、前方に見えるレリーテ山脈へと目を向ける。


 いよいよだ。いよいよ件の盗賊団と相まみえる時が来た。パレッタ、彼女の本気をまだその目で見て、この体で感じたわけではない。だからこそ彼女の力量を今の私では推し量る事は出来ない。少しの不安と緊張感が胸に押し寄せてくるが、こんなもの。いつもの事だ。


 私は一度、深く深呼吸をして気持ちを整える。

「よしっ」

 気合は入れ直した。あとは戦って、連中に勝つだけだ。


「ではマルケス大隊長。行ってまいります」

「はっ。どうか、ご武運を」

「えぇ」

 そう言って小さく頭を下げる彼に頷きながら、後ろにいた部下たちへと向き直る。


「行くぞっ!聖龍騎士団第5小隊の騎士たちよっ!我々の手で、盗賊団を捕らえるっ!前進っ!」

『イィィィィィンっ!!』

 声を飛ばし、リリーを駆って走り出す。そしてそれに続くように、マリー達の騎馬と馬車がそのあとに続く。


 こうして、私たちの作戦は始まった。



 敷かれた包囲網の中へと入った我々は、まず部隊を2つ、10人ずつの部隊を作った。一旦森の中で停止し、周囲を警戒しつつも改めてこれからの行動について確認を行う。


「さて、では今後について軽くおさらいをしておく。まず、二つに分けた部隊だが、一つは私の部隊。もう一つはレオとマリーが率いる部隊だ。この2隊はまず、それぞれが指定された廃坑へと接近し盗賊団が居ないかどうかを索敵する。この、二か所の廃坑に盗賊団が居なかった場合、すぐさま3番目の廃坑へ向かえ。そこで合流し、3番目の廃坑も調べる。盗賊団を見つけた場合の合図は、覚えているな?」

 そう言って私は部下の数人、魔法師たちへと視線を向ける。


「えぇ、分かってますよ隊長。俺たちが上空に魔法を放ちます。それが合図ですよね?」

「そうだ。合図が上がった場合、即座にそこへと急行せよ。なお、部隊を分けている関係で、どっちの部隊が先にあの少女と当たるか分からない。最初から私のいる部隊に当たればいいが、そうでない場合、皆は無理に戦うな。最悪防御に徹して消耗と負傷を防げ。私がたどり着くまで時間を稼げればいい。良いな?」

「「「「「はいっ」」」」」」

 皆のやる気に満ちた返事に小さく頷く私。


「よし。では行動を開始する。マリー、レオ。マルケス大隊長から貰った、模写した地図はちゃんと持ってるな?」

「えぇ」

「もちろんですよ」

 私の言葉にマリーとレオが頷く。

「よし。では行け」

「「はいっ」」


 頷き、駆けていくマリー達を見送る私と部下たち。やがて彼らが見えなくなると、私のチームも動き出した。



 向かうには、3つ存在する廃坑の、地図上の円の中では最も東にある一つだ。マリー達の部隊は反対側、最も西にある廃坑へと向かっている。こうなると、合図があっても駆けつけるのに時間がかかるが、3番目が当たりだった場合左右から挟撃できる。


 それに、一番西の廃坑を後回しにしてそこが当たりだった場合、東から我々が迫っている事を察知にして、西に逃げようとする恐れがある。そうなると青銅騎士たちが作った包囲網において戦闘が発生する可能性がある。リスクはあるが、連中を逃がさないためにはこれが一番確実だった。


 そうして、目標へと向かっていた道中だった。

「ん?」

 森林の中を走っていたが、突如として視界が開けた。念のためにリリーを止め、周囲の状況を確かめようと辺りを見回したのだが……。


「これは……っ」

 視界に映った『それ』に、私は小さく息をのんだ。


 『それ』は『村の残骸』だった。雪崩か何かに飲み込まれたのか、押しつぶされた家屋の残骸が無数に横たわっていた。似たような光景なら山脈を超えてきた時に見たが……。


「おかしい。確かこの辺りに村があるなど、地図には記載されていなかったぞ?」

 私はリリーのサドルの小物入れの中から地図を取り出しもう一度確認するが、やはりだ。この辺りに村が存在していたという意味の△の印は無い。


「地図に載ってない廃村、ですか。これは一体?」

 私の傍によって来るアリスも、戸惑った様子で村の残骸へと目を向けている。私も、しばし残骸の様子を見て、気づいた事があった。ここは、もしや……。


「……おそらく、この村はつい最近雪崩の被害にあったのだろう」

「え?」

「見てみろ」

 私は戸惑った声を上げるアリスを一瞥し、残骸を指さす。


「家屋に使われていた材木に苔などが生えていない。畑だった所も雑草に覆われ始めているが、しかしそこまでの時間は感じられない。おそらく、この村はごく最近雪崩によってこうなったのだろう」

「つまり、この地図は最新の物ではない、と?」

「或いは連中が情報の更新を行っていたか、何らかの目的があって、村が崩壊したことを隠していたか、だな」

「……成程。黒い噂の絶えない貴族ですからね。そうだったとしても、おかしくはないでしょう」

 アリスは嫌悪の表情を浮かべながら、吐き捨てるようにつぶやく。彼女は南部の出身だし、何か思うところでもあるのだろう。


「アリス」

 私はそんな彼女を宥めるために、その肩に手を置く。

「気持ちはわかるが今は作戦行動中だ。目の前の目標に集中するぞ」

「はい」

 静かに頷き、一度深呼吸をして気分を切り替えた様子のアリス。よし。

「移動を再開するっ、行くぞっ」

「「「「「はいっ」」」」」


 私たちは移動を再開した。村だった残骸を迂回して目的地を目指して始めた。が……。


「んっ?」

 村を迂回し終えた、かと思ったその時、視界の端で何かの影が動いた気がしてリリーを止めた。

「隊長?どうしました?」

 アリスや他の皆も足を止め、アリスが声をかけてくる。

「……今、村の瓦礫の中で何か動いたような」

「えっ!?」

 彼女が驚いた直後、皆の表情に緊張が走り、そして皆剣の柄に手をかけた。緊張した面持ちで周囲を警戒しているが……。


 ここで足を止めるわけには行かないか。

「キース」

「は、はいっ」

「お前は私と来てくれ。念のため索敵を行う。アリスは他の皆を率いて先に洞窟へ行ってくれ」

「隊長は?」

「勘違いならばいいが、何か、或いは誰かが居たのなら確認は必要だ。念のため調査をしてからすぐに後を追う。場合によってはキースを向かわせるから、お前たちは先に行け」

「……分かりました。どうかお気をつけて」

 しばし迷った様子だったが、最終的に彼女は頷くと他の皆を率いて先に向かった。


「行くぞキース。馬を下りて足で探す」

「りょ、了解ですっ」

 私とキースは馬を下り、村の中へと足を踏み入れた。


「離れるなよ?」

「は、はいっ」

 私たちは、お互いの死角をカバーしあうようにしながら、剣の柄に手を添えたままゆっくりと『何か』の正体を探るためにあちこちを見て回った。


 家屋そのものは、大きく倒壊している。中に隠れるのは不可能だ。なので家屋の周囲を探り、物陰なども注意深く確認していく。


 そして、5つ目の家屋の周囲を調べていた時だった。


『ガタッ!』

「ッ!?誰だっ!!」

 物音がして、キースが叫んだ。私とキースの二人とも、剣の柄に手を置き警戒心を強める。


「そこにだれか居るのかっ?居るのなら大人しく姿を見せるんだっ!我々は聖龍騎士団第5小隊だっ!」

 キースが声を張り上げる。数秒して……。


「う、うぅっ」

 な、何だとっ!?出てきたのは子供じゃないかっ!?んっ!?ってあの子は確かっ!


 私は、瓦礫の影から出てきた、今にも号泣しそうな涙目の少女を知っていたっ!確かパレッタをお姉ちゃんと慕い、ネメと呼ばれていた子だっ!?なぜこんな所にっ!?


「お前、こんなところで何をしているっ!?」

「ひぅっ!?」

 っと、不味いな。キースの奴、聖龍騎士団の一員として初めての大規模な討伐任務だからか、かなり気が立っているな。どう見ても子供相手に取っていい態度ではない。


『ポンッ』

「落ち着けキース」

「ッ、隊長っ」

「子供に向かって怒鳴っても始まらないだろう?緊張しているのは分かるが、まずは落ち着いて深呼吸だ」

 私は彼の肩に手を置き、落ち着くように促す。すると、数秒してからキースは落ち着き、深呼吸を数回繰り返す。


「……すみません、隊長」

「いいさ。気にするな」

 申し訳なさそうな彼にそういうと、私はキースの前に歩み寄り、ネメと呼ばれた少女の前で屈みこんだ。私とこのネメと言う少女の体格差では、大きい私が見下ろすと彼女にストレスを与えてしまうかもしれない。なので地面に膝をつき、なるべく視線の高さを合わせる。


「こんにちは。あなたのお名前は?」

 私は出来るだけ彼女を刺激し、怯えさせないように優しい声色で語りかけた。

「……ネメ」

 彼女はまだ私たちの事をとても警戒した様子だった。目じりに涙を浮かべながらも、にらみつけるような目線で見つめてくる事から、如何に私たちを警戒しているかが分かる。


「ネメちゃん、と言うのか。可愛い名前だな」

「え?あ、ありが、とう?」

 私が笑みを浮かべながら褒めると、彼女は少し困ったような顔でありがとうと返してくれた。


「ネメちゃんは、ここで何をしてるんだ?」

「私、お人形さん、探してるの。昔、お母さんが私にプレゼントしてくれたお人形」

「ッ。そ、そうか。それは大変だね」

 私は彼女の言葉に一瞬息をのみ、しかし次の瞬間には何とかポーカーフェイスを浮かべた。


 彼女がこの村の出身、と言う事はつまり、あのパレッタと言う少女とその仲間がこの村の出身である可能性が高い。それはつまり、この村にいたであろう鉱夫やその家族が、盗賊団となった可能性が高いという事だ。


「ねぇ、ネメちゃん。ネメちゃんの家族は今どこに……」

 それでも仕事だ。悪いとは思う。だが彼女から何か情報を。そう、考え問いかけていたその時。


「隊長ッ!!」

「ぜぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 キースの叫びと、それをかき消さんばかりの怒号。そして背筋を走る悪寒。私は咄嗟にその場から転がって逃げた。

『ザンッ!』

 刹那の間を置き、私が今まさにいたその場所に剣が振り下ろされるのを、視界の端で確認するっ。


「くっ!」

 すぐさま転がった姿勢から立ち上がり、バックステップで距離を取りながらツヴォルフの柄に手を置く。そして、一瞬だがその右手が震えた。


 今、私の前に立つのは、あの時の少女、盗賊団のリーダーと目されている少女、パレッタだった。


 まるで唸りを上げ、威嚇する野獣のような表情で私を睨みつけているパレッタ。それは、あのスラム街で見かけた、ネメちゃんを妹のように心配していた時の、姉のような表情と似ても似つかない。むき出しの敵意と殺意が、私に浴びせられる。


「お、お姉ちゃん」

「無事かネメッ!こいつらに酷い事されなかったかっ!?」

「う、うん」

「よしっ!じゃあとにかくどこかに隠れてろっ!良いなっ!?」

「うんっ」

 彼女の言葉に、ネメちゃんは怯えた様子で小さく頷くと瓦礫の影に入ってしまった。


 しかし隠れる時、彼女が怯えているのは私か、戦闘が始まるからか。それとも、殺気を垂れ流すパレッタに対してか。だが今は、そんな事を考えている余裕はない。


『チャキッ』

 キースは剣を抜き、しかし冷や汗と緊張した様子だ。すると……。


「なんだよっ、やろうってのあかぁっ!?」

 次の瞬間、パレッタが地を蹴ってキースに襲い掛かったっ!

「ッ!?」

 しかもキースの奴っ!相手の殺気に当てられているのか、力んでいるっ!


『ギィンッキィンッ!!』

 瞬く間に間合いを詰めたパレッタの剣戟を、キースは防ぐだけで手いっぱいだっ!キースは第5小隊の中では新人とは言え、青銅騎士団での勤務歴だってあるというのにっ!それが一方的に押されているっ!私はすぐさまキースの方へと駆け出すっ!


「うっ!?くそっ!?」

「おらおらおらおらぁっ!!!」

 彼女の繰り出す剣戟には、一切の技術らしさは見られない。だがその剣は、速い。一撃一撃の威力は、決して高くはないが、相手に反撃を許さないほどの怒涛のラッシュで攻め立てているっ。


「はぁぁぁっ!」

「うわっ!?」

『ガキィンッ』

 そして防御一辺倒だったキースの剣を、彼女の剣が弾き飛ばしたっ!

「これでぇっ!」

「させるかっ!!」


 間一髪っ!キースの前に滑り込んだ私のツヴォルフが、振り下ろされる剣を受け止めたっ。

「た、隊長っ!」

「剣を拾って下がれっ!彼女の相手は私がするっ!」

「りょ、了解っ!!」


 キースはすぐさま弾かれた剣を拾うと後ろへ下がる。よしっ。これで戦いに集中できるっ!

「はぁっ!」

「くっ!?」


 一度、パレッタの剣を押しのけて数歩下がり、間合いを取る。お互い、剣を構えたまま数秒にらみ合うが……。


「お前、なにもんだ?ただの騎士じゃねぇな?」

「……聖龍騎士団、第5小隊隊長、レイチェル・クラディウス」

「ッ。へぇ~、そう。そういう事か。じゃあアンタがこの国でめっちゃ強い騎士の一人って訳か」

 問われたので答えると、彼女は俯き乾いた笑みを漏らす。


「……投降しろ。そうすれば命は取らん」

 念のため、そう言って投降を進めた。

「投降?投降ねぇ」

 しばし小さい声でその単語を繰り返すパレッタ。が、次の瞬間。


「っざけんなぁっ!!」

「くっ!」

 怒りの形相に怒号を交えて斬りかかってきた。それを防ぎつばぜり合いに持ち込む。


「笑わせるなよっ!相手がこの国最強だか何だか知らないけどさぁっ!ウチは、そう簡単に負けられないんだよぉっ!!」

 覚悟と共に、僅かな焦りも混じったような、どこか悲痛な叫びを響き渡らせながら、彼女は一度離れたかと思うと再び斬りかかってくる。


 振るわれる剣を片手持ちのツヴォルフで弾く度、キィンキィンと甲高い金属音が響く。

「どうしたのさっ!聖龍騎士ってのは、この程度っ!?」


 しばし私が無言で彼女の攻撃を受けていると、それを防戦一方だと判断したのだろう。彼女は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


「だったら、もっともっとギアを上げて、ここで仕留めるっ!!!」

 私が一歩下がれば、彼女は二歩踏み込んできて、剣を振るう。私はそれを、避け、受け流す事に徹した。 成程、並の騎士を倒したのは本当のようだ。彼女には私と同じ『素早さ』がある。攻撃では相手の反撃を許さないほどの連撃を叩きつけてくる。


「おらおらおらぁっ!!!」

 私は彼女の攻撃を避け、受け流しながら彼女の事を観察していた。


 彼女の強さは、そのスピードによって支えられていた。試しに斬りかかってみても、彼女はそれを軽々と避ける。そして避けたかと思うと一瞬で詰めてきて、また剣を振るってくる。

攻撃のスパンの短さと、彼女の必死さが見せる濃密な気迫。並の人間であればその気迫に当てられただけで体を強張らせてしまうだろう。先ほどのキースも、彼女のそんな気迫と殺意に当てられていたのだ。


 更に厄介なのは、彼女の無謀とも取れる超攻撃型の姿勢だ。隙があればどんどん間合いを詰めてくる。攻撃にすべての比重を置いたような、そんな攻めだ。剣で防ぐ事は、殆どしない。 彼女の場合防ぐよりも避けるのだ。剣による防御を殆ど考えていないのかっ?


 等と考えながら、数十回ほど剣戟を繰り返していた。そろそろ彼女の動きにも慣れてきた。

「ハァ、ハァ、ハァッ!」

 一方のパレッタは、肩を揺らしながら呼吸をしていた。どうやら相当体力を消耗しているのだろう。 確かに彼女は強いが、どうやらその強さに体力がまだ追い付いていないようだ。

 彼女の戦い方には爆発力と瞬間的な攻撃力がある。つまり彼女は短期決戦型。こちらは目を慣れさせる事を優先して受け重視だったので、体力の消耗は少ない。


「テメェッ!ちょろちょろと逃げ回りやがってっ!それでもこの国最強の騎士かよっ!」

「……戦場において、ルールなど存在しない。生き残った者、最後に立っていた者が勝者となる。それに……」

 私は片手で握っていたツヴォルフを両手で握り直す。 そして私も、いよいよ本気になる時が来た。


「ッ!?」

「悪いが私の本気は、ここからだ」

 どうやら私の雰囲気が変わった事を察したのだろう。パレッタは冷や汗を流しながらもぐっと唇を噛みしめ、戦う意思を示すように、手にしていた剣を握り直す。 そしてそのまま、お互いにらみ合いへともつれ込むが、そんな中で、思うところが私にはあった。


 パレッタの、粗削りさの中に見え隠れする彼女の才能。正直、惜しいとさえ思った。ちゃんと剣の技を磨き、実戦を積めば良い騎士になるのも不可能ではないだろうが……。 しかし今は実戦の最中で、彼女は盗賊団のリーダーなのだ。今ここで逃がすわけには行かない。


「負けられるかよっ!こんなところでっ!」

 その時聞こえてきた彼女の声は、不安に押しつぶされそうな所を、ギリギリで堪えているような、どこか悲痛な声だった。


「ウチが負けたら、みんなの未来はどうなるんだっ!」

 その叫びはきっと、彼女自身を奮い立たせるための叫びなのだろう。……彼女もまた、何かを背負って戦っているのだろうが、手を抜くわけには行かない。どんな理由があろうと、盗賊団などと言う存在を許すわけには行かないのだから。


「ウチがみんなを守るんだっ!そのためにお前はぁっ!!!」


 叫び、足を踏み出そうとするパレッタ。来るかっ!?そう思った直後。


『カッ!!!』

「「ッ!?」」


 突如として、視界の端で何かが光り輝くのが見えた。結果、私も彼女も緊張の糸が途切れ、光の方へと目を向けた。

「な、何だっ!?」

 突然空に打ちあがったそれは、光球だった。あれは、仲間からの連絡だっ!事前に決めていた合図だっ!と言う事はマリー達の方が先に盗賊団のアジトを見つけたのかっ! ……しかし、妙だ。光球の発射地点はここからそう遠くはない。最初は一番西の廃坑へと向かったはずだが、そこまで距離があるとは思えなかった。どういう事だ? そう思った直後。

『『ヒュヒュンッ!』』

「ッ!?」

 そこに聞こえるは風切り音。私は咄嗟にその場から飛びのいた。直後、私が立っていた場所に無数の矢が刺さる。


「パレッタァッ!」

「ッ!?みんなっ!」


 矢を放ってきたのは、廃村近くの森から出てきた、薄汚れた格好の男たちだった。しかしパレッタの反応を見る限り、恐らく盗賊団の仲間か? そんな中で数人が断続的に矢を放ってくる。私は近くにあった瓦礫の影へと転がり込み、影から様子を伺いつつ聞き耳を立てる。


「みんなどうしてここにっ!?」

「いなくなったネメを探すって言うんでみんなアジトの外に出てたんだよっ!そしたら、運悪く騎士団の連中と鉢合わせになっちまってっ!」

 成程。つまり、西に向かっていたマリー達が、運がいいのか悪いのか分からないが、拠点外にいた盗賊団のメンバーと鉢合わせになった、と言う事か。

「なっ!?じゃあみんなはっ!?」

「今アジトの近くで戦ってるっ!けど一人一人が強くて押されてるんだっ!」

「くっ!こいつらのほかにもいたのかっ!」


 パレッタは仲間から話を聞くと、憎たらし気に物陰の私を睨みつけてくる。

「仕方ないっ!ウチは戻るっ!あの女、滅茶苦茶強いよっ!多分やってきてる騎士団のボスだっ!」

「何っ!?」

「とにかく矢を打ちまくりながら下がるよっ!」

「お、おぉっ!!」

「ネメはっ!?さっき見つけて隠れてるように言ったんだけどっ!」

「もう保護したっ!今別の奴が連れて下がってるっ!」

「よしっ!じゃあ下がるよっ!」


 男たちは彼女の指示を聞くと、こちらが隠れている瓦礫に矢の雨を降らせてきた。瓦礫のおかげで矢は当たらないが、これでは動けないな。 さすがの私でも矢の雨の中を切り抜ける自信は無い。そしてしばらくすると、矢の雨が止んだ。慎重に瓦礫の影から顔を出すと、パレッタと男たちが遠くに見える森の中へ、馬で逃げていくのが見えた。……逃げられた、いや。アジトの方へと下がったと言うべきか。


 彼女たちが下がっていった森の方を見つめながらツヴォルフを鞘に納め、息をつく。

「隊長っ!」

 すると、後ろに下がっていたキースが戻ってきたが、どうやら合図を見て引き返してきたのだろう。その傍にアリス達の姿と、愛馬リリーの姿もあった。


「隊長っ!ご無事ですかっ!?」

「あぁ、問題ない。それよりもアリス、合図は見たな?」

「はいっ!」

 今は時間が惜しいので、手短に話す。


「どうやら連中は、人探しのためにアジトの外に人員を展開していて、それとマリー達の隊が接敵してしまったようだ。連中の話から、すでにアジト付近で戦闘が始まっている可能性が、あるっ」

 私は説明をしながらもリリーに跨る。


「よって、我々もマリー達の隊に合流するっ!急ぐぞっ!」

「「「「了解っ!!」」」」


 私はキースやアリス達と共に、アジトへと戻っていくパレッタ達を追うように馬を走らせた。……この任務の終わりが近づいている事を感じながら。


     第22話 END

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