第21話 作戦準備

 スラム街へと潜入した私達。奇しくも私は件の盗賊団のリーダーと思われる少女を目撃し、剰え言葉を交す事が出来た。しかし妹のような少女を心配する姿から、私は彼女が盗賊団のリーダーをしている事実に、戸惑いを覚えた。そしてその事から色々調べていくと、この一帯を収める貴族、イオディア・クリジットの存在が浮かび上がってきた。黒い噂の絶えないイオディア。その男について確かめるべく、私は奴の元へ向かう事を決めた。



 スラム街潜入の翌日。私はマリーと数人の部下を率いて馬でイオディア・クリジットの屋敷へと向かっていた。


「隊長」

「ん?何だマリー」

 並走していたマリーから声をかけられた。私は彼女のほうへと視線を向ける。

「まさかとは思いますけど、このままクリジット家に殴り込みをする、なんてことはしないですよね?」

「当たり前だろ?確たる証拠も無いのにそんなことが出来るか?」

「いやまぁそうなんですが……。隊長ってほら、騎士のお手本みたいな人ですから?『悪事を働く輩は許しておけないっ!成敗してくれるっ!』って感じで突撃しないかな~と不安になりまして」

 そういってマリーは苦笑を浮かべるが、そういうことか。


「確かに、悪事を働いているのなら奴は貴族の風上にも置けない外道ということになる。しかし証拠も無しにイオディア子爵を罰することはできないし、仮に罰するのだとしたらそれは我が国の司法か、国王陛下だ。私ではない」

「それを聞いて安心しました。……けど、なんだってまたイオディア子爵のところに行くんです?捕まえ行くわけじゃないのに」


「奴はこのあたり一帯の採掘業を取り仕切っているのだろう?だとすれば、奴の手元には採掘をしている場所を示した地図か何かあるはずだ。閉鎖されている坑道などの位置情報があれば、現在追っている盗賊団らしき連中の馬車の辿った道筋とそれらの情報を照らし合わせて、潜伏先になっている可能性のある坑道をある程度絞り込めるかもしれないからな」

「なるほど。要はその坑道の情報をもらいに行く、と?」

「あぁ。そのついでに、奴にも探りを入れる、ということだ」


 マリーに狙いを説明しながらも、私は皆と共にイオディア子爵家の屋敷へと向かった。


 数十分後、私たちは昨日潜入した街の傍にある、教えられた場所へとたどり着いた。

「ここがそうか」


 目の前にある正門のゲートの奥に見えるのは立派な邸宅だ。しかし……。

「随分と立派な豪邸ですね」

「あぁ」

 マリーの皮肉めいた言葉に私もうなずく。


 奥に見える邸宅は、立派だ。いや、些か『立派すぎる』気もするな。マリーの皮肉の意味もそうだ。立派すぎて怪しいということなのだ。……私も貴族の一員として、貴族同士の付き合いをした事がある。その中でいろいろな貴族の邸宅を見たことがあるが、子爵クラスでこれほどの邸宅を持っている貴族を私は知らない。やはり、何かしら着服をしているのか?と勘ぐってしまいたくなる。……が、今そのことを気にしても始まらないのも事実。


 と、その時屋敷の方から人影が走ってきた。それに気づいた私とマリー、更に数名が馬から降りる。執事の恰好をしていた若い、30代くらいの男性が息を切らしたままメインのゲート脇にあった小さな扉より出てくる。


「な、何ですかあなた達はっ!ここはクリジット子爵家の屋敷ですよっ!一体何用で騎士団がこちらへっ!?」


 現れた男は息を切らしていた。が、それ以上に、騎士団の突然の来訪に何か、怯えているような表情をしている。怪しい。ものすごく怪しい。めちゃくちゃ怪しい。


 こいつ、演技という物が絶対下手な奴だな。だが、生憎今は子爵の怪しい噂を追求する気はない。


「我々は王都イクシオンよりこの地に派遣されてきた聖龍騎士団第5小隊だ」

「せっ!?わ、我が国でも最強と謳われる騎士団が、なぜこのような場所へっ!?」

 男の表情が見る間に青くなっていく。だが、ここで敢えて本題を出す事にした。


「現在、南北を行きかうこの近くの山道で盗賊団が出没しているのは知っているな?」

「えっ?えぇまぁ。聞き及んでいますが……」


 私が本題を切り出すと、『え?そっち?』と言わんばかりにこいつは呆けた表情を浮かべながら答えた。ほんとに、こいつは演技という物が下手だ。顔に出るとは正にこのことだな、と内心思ってしまうが、まぁ良い。


「その盗賊団が山間部の廃坑などを根城にしている可能性が出てきた。確かこの辺りの鉱山における採掘は、こちらのイオディア子爵が一手に取り仕切っていると聞いているが?」

「た、確かにその通りですが、それが何か?」


「であれば採掘を行っている坑道や廃坑になった場所の情報があるはずだ。盗賊団の可及的速やかな排除と山道の安全確保のためにぜひともご協力願いたい。……それとも、我々がここを訪れては何か不味い事があるのか?」

 私は執事の男に鋭い視線を向けた。


「うっ。……い、今、子爵に事情を説明してきます。それまでここでお待ちを」

奴は私の最後の言葉に顔を青くすると、逃げるように屋敷へと戻っていった。

「……滅茶苦茶怪しいですね、あの男」

「あぁ」

 私はマリーの言葉に頷く。


「しかし、怪しいからというだけで捜査や尋問、連行などはできん。今はとにかく、廃坑の位置情報などを得る。それだけを考えろ」

「了解です」



 しばらくして、先ほどの執事が戻ってきた。

「お、お待たせしました。子爵からの、どうぞ中で詳しく話がしたい、と」

「そうか。私と、あと一人くらい中に入っても良いのか?」

「はい、お二人くらいまでなら良い、との事でしたので」

「わかった。マリー、ついてきてくれ」

「了解です」

「ほかの者たちはここで待機だ」

「「「「了解っ!」」」」」



 私は、執事に案内されながらマリーと共に子爵の邸宅に足を踏み入れた。が……。

「豪華、だな」

「えぇ。豪華ですね。無駄に」

 私とマリーは、前を歩く執事に聞こえないようにヒソヒソと話しながら彼の後に続いていた。


 屋敷の中は、豪華の一言に尽きた。あちこちに飾られた彫刻や絵画。無駄に凝った意匠の花瓶なども廊下に飾られている。

「私、貴族の屋敷ってあんまり詳しくないんですけど、子爵家の邸宅ってこんなに豪勢なんですか?」

「いや。ここのははっきり言って豪勢『過ぎる』。私も貴族の一員として、何度か貴族が自身の邸宅で開く交流会のようなパーティーに出席した事がある。だが、ここまで豪勢な屋敷など、子爵家は愚か伯爵家や侯爵家だって難しいだろう。税収とは別に、『金が入る収入源』でも無ければ無理だ」

「……ますます怪しいですね」

 マリーは怪訝な表情で周囲を見回す。


「あぁ。だがその話は、また今度だ。今は目下の目的に集中するぞ」

「はい」

 マリーの気持ちも分かる。が今は廃坑の位置情報などがいる。繰り返すようにマリーに言いつけ、私は視線を前に向ける。


「こちらです。中で旦那様がお待ちです」

 たどり着いたのはとある部屋の前だった。ここにイオディア子爵がいるのか。


『コンコンっ』

「旦那様、聖龍騎士団の方、2名をご案内してまいりました」

「あぁ。通せ」


 中から聞こえる男の声。執事は『失礼します』と言って扉を開けると、私たちを促す。私、マリーの順で部屋の中へと足を踏み入れるが、そこもやはり豪華な内装や絵画が目立つ部屋だった。


 内部の構造的に、客人と話をする応接室のようなところだろうか。しかし部屋一つにもこの金のかけよう。一体何の意味があるんだ?と私は内心頭を抱えていた。


 そして、その部屋の豪華なソファに腰かけている、良く言えば恰幅のいい、悪く言えば肥満体の男が煙草を吹かしながら座っていた。


「貴様らか?突然我が邸宅を訪ねてきたという無礼な騎士は」

「ッ!貴様っ!騎士と言えどレイチェル様はクラディウス公爵家のご令嬢でっ!」

「よせマリーッ」


 相手の態度が癇に障ったのだろう。声を荒らげるマリーだが、私自身がそれを制する。

「ふんっ!何が公爵家だっ!運よく位の高い家に生まれたからといって、何を偉そうにっ!」

 そう言ってこいつは鼻を鳴らしている。どうやらイオディアは爵位の階級について不満があるようだ。だが今はそれをどうこう、という時ではないし優先事項がある。


「突然の来訪、どうか許し下さい。ですが現状、子爵の領地では盗賊団が暴れまわっています」

「それが?なんだと言うんだ」

 子爵は危機感の無い表情のまま煙草を吹かしている。

「このままではイオディア子爵の領内は治安が悪い、などと言うよからぬ噂が流れる恐れもあります。そうなれば民はここを離れ、税収にも少なからず影響が出るでしょう」

「ッ」


 税収への影響、というのは領地を持つ貴族なら誰でも神経をとがらせる話題だ。特に、金が欲しいこういう男なら尚更な。現に私の言葉を聞くと、子爵は吸っていた煙草を灰皿に押し付けるようにして火を消す。表情にも焦りが見える辺り、金への執着心は相当な物だろう。だが、だからこそ上手くその執着心を利用させてもらう。


「盗賊団をのさばらせておく事は危険です。南北の往来に重要な山道が危険となれば、商人の往来や物流にも影響が出ます。そうなる前に盗賊を討伐するためにも、ぜひともご協力願います」

「うっ、くっ。しょ、しょうがないなっ!おいリードッ!地図を渡してやれっ!」

「はい、旦那様」


 子爵は後ろに控えていた、片眼鏡をかけている老齢の執事に声をかけた。リード、と呼ばれた執事は手に持っていた、折りたたまれた紙の地図を開いて私に差し出した。それを受け取り、地図を確認する。


 地図上には無数の記号が書かれていた。〇と、〇の上に×を描いた物。△と△の上に×を書いた物の合計4種類の記号があちこちに描かれていた。


「この記号の意味は?」

「そちらは坑道と抗夫たちが暮らしている村や集落の場所を記した物です。〇が坑道の位置。△は鉱夫たちが暮らしていた集落です。〇の上に×を描いた物は、おおよその資源を取りつくした事や、崩落が多発したなど様々な理由で閉鎖された行動という意味になっております」

「なるほど」


 つまり、×が書かれた△は何らかの理由で人が居なくなった村、という事か。

「この地図、お借りしても?」

 私が問いかけると、リードと呼ばれていた男が子爵の方へと目くばせする。


「よろしいですか?旦那様」

「……勝手にしろ」

 忌々しそうに吐き捨てる子爵。まぁ、勝手にしろと言うのなら借りていくだけだ。


「では、欲しい情報も手に入りましたので。子爵のお邪魔になっても行けないので我々はこれで失礼します」

「わかりました。オリバーッ」

「は、はいっ!」

 リードが廊下の方に声をかけると、先ほどの演技が下手な執事が入ってきた。こいつ、オリバーという名前なのか。


「騎士のお二人がお帰りになる。正門までお見送りを」

「わかりました。では、こちらへ」

「あぁ。行くぞマリー」

「了解です」


 私はマリーを伴って部屋を出た。私たちはそのまま、邸宅を出て外で待っていた騎士たちと共に屋敷を離れ、駐屯地への帰路に就いた。



 その道中にて……。

「隊長、ちょっと良いですか?」

「ん?どうしたマリー」

 行きと同じように、道中マリーが馬を寄せてきた。

「ちょっと、隊長に聞きたいんですけど。隊長の目から見てあのイオディアって子爵はどうでした?黒ですか?それとも白ですか?」

「……それは子爵の着服疑惑の事を言っているのか?」

「はい。正直、私の目から見ると、真っ黒って感じなんですよね。あんなに無駄に高い彫刻に内装に調度品とか。いくら鉱山で採掘して、その上税収があるからって。いくら何でも豪華すぎますよっ。絶対怪しいですってあいつっ!」


「そうだな。……今のところ、明確な犯罪の証拠はない。だが確かにあの調度品の数は異常だ。十中八九裏があるだろう。私の判断としては、黒よりのグレー、と言った所だ」

「それはやっぱり、証拠がないからですか?」

「あぁ。証拠なしで一方的に相手を犯罪者と決めつけるのは、冤罪を生む。そのような事態は避けなければならない。無辜の人間を、謂れのない罪で裁いたなど。そのような過ちを犯す事だけは、避けなければならない」

「……そうですよね」


 証拠がない、という現実にマリーは悔しそうな表情を浮かべている。

「どうした?暗い顔をして。何か気になるのか?」

「いえ。噂が本当だとして、あんなロクデナシをのさばらせておくのが我慢ならないのと、さっき。隊長をバカにしたあいつに文句の一言でも言えなかった自分が、ちょっと、情けなくて」


 そう言って悔しそうな表情のまま、マリーはうつむいてしまう。これは少しでも元気づけてやらないとな。

『ポフッ』

「え?」


 だから私はマリーの頭に手を置いて、その頭を撫でた。

「えっ!?た、たた隊長っ!?何をっ!?」

「ん?そうだな。元気のない部下を少しでも元気づけてやろうと思ってな。嫌だったか?」

「いいいいえっ!そんな事はないですっ!むしろうれしいですっ!ご褒美ですっ!あぁ、頭が蕩けそうですぅっ!」


 ちょっと変態じみた感想とやけに恍惚とした笑みを並べていて引きそうになったが、まぁこれがマリーだ。

「ふふっ。なら良い」

「あぁっ」

 私が笑みを浮かべながら手を離すと、何とも切ない声を漏らすマリー。


「うぅ、私のご褒美タイムが~ッ」

「おいおい。頭を撫でてもらうのがそんなに良かったのか?」

「そりゃもう良いですよっ!ご褒美ですっ!これが私の活力ですっ!」

 瞳を輝かせ力説するマリーは、相変わらず何を言ってるのか私には分からなかった。が……。


「そんなにいいなら、偶には私から部下に報酬でもやるかな?」

「「「「「えぇっ!?」」」」」

 すると、私の言葉にマリーだけではなく周りの部下たちも何やら異様に反応しているが、ま、まぁ気にしないでおこう。


「そういう訳だ。最初は、マリーにするか」

「わ、私ぃっ!?」

「あぁ。そうだな。今回の討伐任務で特にがんばったら、何か一つ褒美をやろう」

「ま、マジですかっ!?そ、それってなんでもありなんですかっ!?」


 マリーの目がマジだ。正しく本気だ。

「流石に何でも、とは行かないが。私の叶えてやれる範囲の願いなら叶えてやるぞ」

「わかりましたっ!!っしゃぁ盗賊どもっ!私が蹴散らしてやるからなぁっ!!!」


 さっきまでの悔しそうな表情はどこへやら。吹っ切れてやる気に満ちた声を張り上げるマリー。ふふっ、部下の士気の管理も隊長である私の重要な役目だからな。


 ……ただ。

「マリーさん、一体何をお願いするつもりなんだ……っ!?」

「隊長、後悔しないと良いけど……っ!」


 なんか後ろからめっちゃ私を心配する部下たちの声が聞こえるんだよなぁっ!『もしかして私、やらかした?』などと内心考えながら、今はとにかく駐屯地への帰路を急ぐのだった。



 数時間後、駐屯地に戻った私たちは、地図を持つ私とマリーがマルケス大隊長のもとを訪れていた。


 まずは受け取ってきた地図を見せる。

「成程。これが坑道や廃坑の位置ですか。では、このどこかに、盗賊が?」

「確証はありませんが。おそらく」

 地図へと視線を落とす私とマルケス大隊長。っと、そうだ。


「そういえば、例の馬車を追跡していた騎士たちは戻りましたか?昨日のうちに戻らなかったようですが?」

「えぇ。先ほどレイチェル様達が駐屯地を発った後、少しして戻ってきましたよ」

「彼らに被害などは?」

「ありません。少しでも場所を探る手掛かりを得るため、夜を徹して追跡や情報収集を行っていたようです」

「そうですか。それで、何が分かりましたか?」


「えぇ。まず、連中の大まかなアジトの位置が特定できました」

 マルケス大隊長はそういうと、副官から木製の棒を受け取りそれで地図を指し示す。

「まず、町を出た馬車はある程度、北上したのち、分岐のある道を北西方面に向かいました。その時点で追尾していた馬車から伝書鳩を飛ばし、早馬で北西方面に向かう道の上に、監視のために旅人に扮した兵士を配置しました。その配置した場所がここです」


 地図の一点を棒で指し示すマルケス大隊長。

「しかし、監視の兵がいうにはここを件の馬車は通過していないとの事です」

「通過していない、となると……」

「えぇ。おそらく、分岐点から監視の兵を置いた地点の間にある小道から、再び山脈方面に北上した物と考えられます。となると、盗賊団の根城がある可能性が一番高いのが、この円の中です」

 マルケス大隊長は、棒に代わって小さな紐を副官から受け取ると、それを地図の上に置いて円を描いた。


 そして、その円の中には廃坑が3つ。そして廃れた村が二つほど入っていた。

「この廃坑のどれかが、盗賊団のアジトなんですよね?」

「確固たる証拠はないが、これまでの情報をまとめるとその可能性が高いだろう」

 真剣な様子で地図を見つめるマリーの言葉に答える。


「如何されますか、レイチェル様。今からでも討伐隊を派遣しますか?」

「いえ。下手に動けば連中に逃げられる可能性があります。ですので、私に考えがあります」

「と、仰いますと?」

 首をかしげるマルケス大隊長を後目に私は地図へと視線を落とす。


「仮にこの円の中に盗賊団のアジトがあった場合、まず優先すべきは奴らの退路を断つ事です。私の思いついた策ですが、まず青銅騎士団。つまりマルケス大隊長指揮下の騎士や兵士を用いて、この円を描くように東西と南に警戒ラインを構築します」

「それですと北ががら空きになってしまいますが、よろしいのですか?」

「レリーテ山脈はとても素人がちゃんとした装備も無しに、ましてや子供や老人が登れるような山ではありません。なので、奴らにとって逃げる道は南か東西の3方向だけとなります」

「成程。しかし包囲網を敷いた後は?兵糧攻めでもして、連中の投降でも呼びかけますかな?」

「いえ。そうなった場合、彼らはむしろ狂暴になる可能性があります。戦い方を知る者が居なければ、引き際という物も分からないでしょう。そしてアジトに彼らの家族までもが居た場合、彼らは家族を守るために、怒りのままに我らに対して武器を振るってくる可能性があります。対応を誤れば、双方に多大な被害を出す恐れもあります」

「むぅ。ではレイチェル様はどのような形で連中を制圧するおつもりですかな?」


 眉を顰め問いかけてくるマルケス大隊長。

「簡単です。敵のアジトは我々聖龍騎士団第5小隊のみで制圧します」

「ッ!本気ですかっ!?」

「えぇ」

 私の答えが予想外だったのか、驚いた様子の彼の言葉に私はすぐさま頷く。


「件の盗賊団は過去にも騎士団を退けていますが、その戦果の大半は例のリーダーと目される少女に起因するものです。ですので、リーダーと目される少女は私が引き付けます。その隙に部下たちには他のメンバーの討伐をしてもらいます。戦える人間が彼女一人になれば、如何に強くても戦意を喪失すると思われますので」

「成程。仰ることは分かりました。しかし例の少女は騎士数人を相手取って勝てるほどの猛者です。失礼ながら、レイチェル様お一人でどうにかなる相手なのですか?せめて護衛を数人付けるなどした方がよいのでは?」

「ご心配、痛み入ります」


 マルケス大隊長が心配してくれているのは分かる。だからこそ素直に会釈する。が……。

「ですが、私も聖剣を手にした聖龍騎士の一人。私にも騎士として修羅場を潜ってきた自負があります。例の少女、パレッタと呼ばれていたあの少女に負けるつもりはありません」


 私は大隊長を真っすぐ見つめながら毅然とした姿勢で、宣言するように言葉を発する。

「……わかりました。ですが、どうか無理だけはなさらずに。よろしいですね?」

「はい」

 マルケス大隊長は、迷ったような表情を浮かべた後、静かに頷いた。


 これで、盗賊団の討伐に向けた準備が着々と進んでいた。青銅騎士団では包囲網となる騎士や兵士たちを、誰をどこに配置するかと言った計画が立てられている。更に戦闘に備えて、駐屯地内部も慌ただしくなっていく。


 私たちは、明日作戦のメインの努める事になる。なので各自にしっかり休むように厳命し、私も宛がわれていた自室に戻ると、聖剣ツヴォルフを鞘から抜き、刀身を磨いていく。


 ……明日、もしかすれば件の少女、パレッタと戦う事になるだろう。


 ともすれば、この聖剣が、ツヴォルフが、あの少女の肉体を切り裂く事になろう。


 私は、私よりも若く、未来もあるはずだった少女を、盗賊のリーダーだからと言う理由で切り捨てる事になるかもしれない。


 それで良いのだろうか?私は自分自身に問いかける。


 確かに彼女は、盗賊のリーダーとして略奪を指揮したのかもしれない。それは許されない事だ。だが、だからと言って若い少女を殺す理由にもならない。


 人として、騎士として彼女たちを見逃す事はできない。


 だが、同じように人として、騎士として、彼女を殺す事を良しとしない自分がいる。


「私は……」


 密かな迷いを胸に、私はツヴォルフへと視線を落とす。どうすればいいのか、それから私はしばらく迷ったが、迷いは私を殺し、そして私の部下をも危険にさらすだろう。だからこそ、私は『答え』を出した。


 その答えがどのような結果を齎すもたらす事になろうと、私はその『答え』を貫く事を決めたのだった。


     第21話 END

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