第20話 スラム街潜入

 盗賊団の討伐のため、南部へとやってきた我々聖龍騎士団第5小隊。色々あって何とかマリーの不機嫌を直す事は出来た物の、本来の任務である盗賊団の討伐は、その前段階である盗賊団の所在を調べる段階で停滞を余儀なくされていた。そして私は、その停滞を打破するために、身分を偽ってスラム街へと潜入する事にしたのだった。



 私達はまず、大隊長であるマルケス殿に潜入の事を話した。当初、彼は迷っていた様子だった。


「マルケス大隊長。……残念ながら、今の我々にこれ以上の妙案はありません」

「むぅ。……しかし、スラム街に身分を偽って潜入など。リスクが高いでしょう。相手にバレたらそれこそ危険だ」

 副官の進言に対し、マルケス大隊長はそう言って慎重な姿勢を見せた。だが、我々に今用意できる作戦はこれくらいしかない。


「マルケス大隊長。リスクは承知の上です。ですがこれ以外に盗賊団の情報を入手する手段を、今の私では思いつきません。お願いです。どうか協力を」

「……分かりました」


 マルケス大隊長は、本当に渋々と言った様子で頷いた。

「ですが条件があります。レイチェル様は我が国における騎士の象徴である聖龍騎士の御一人です。何かあっては我が国の今後に関わるかとっ。ですので、皆さまが潜入されている間はスラムの周囲に、密かに兵を配置しておきます。何かあれば、すぐに援護に駆け付けられるように。こればかりは、譲れない条件です」

「分かりました。その条件を飲みましょう」


 こうして、着々と潜入の段取りが決められていった。


 そして数日後。


 私達は商人に扮した青銅騎士が駆る幌付きの馬車でスラム街の近くまで来ていた。今は全員、事前に手に入れていた安物の私服に少し汚れた外套を纏っている。


「よし。では最後にもう一度だけ確認する。我々の目的は盗賊団の情報を得る事だ。盗賊団のメンバーと思わしき人物がいた場合はこれを尾行するなどして、可能な限り件の盗賊団の情報を集めてくれ」

「「「「「「はいっ」」」」」」

「但し。我々は身分を隠して潜入する事になる。当然スラムの人間に騎士だとバレれば、何をされるか分からない。緊急時はマルケス大隊長より預かった笛を鳴らせば周辺に居る青銅騎士たちが駆けつけてくれると思うが、事を起こせば盗賊団に警戒心を抱かせてしまうだろう。なので各自、最大限目立たな用に留意せよ。良いな?」

「「「「「「はいっ」」」」」」


「よし。では、行くぞっ」


 私達はそれぞれ、間をおいて馬車から離れ、別々の道からスラムへと潜入していった。



 私は同じような恰好のマリーと2人、スラム街を歩いていた。スラム、と言うが実態は旧市街地と言った所だ。古く崩れかけの、レンガ造りの建物が立ち並んでいる。恐らく今の街が出来る前は、この旧市街地こそが街だったのだろう。しかし拡張と開発によって新たな街が形成されて来ると、古かった旧市街地はそのまま放置され、次第に劣化していった。そして誰も寄り付かなくなったここに、スラム街が形成された、という事だろう。


 スラム街の中を歩けば、薄汚れた格好の子供たちや、目つきの悪い男達。娼婦だろうか?スラムには似合わない恰好の女までいる。まぁ、あんな恰好の女が昼間から街中に居れば、白い目で見られるだろう。


「……ひどい所ですね」

 傍を歩いていたマリーの小さな声が聞こえてくる。

「あぁ。……だからこそ、盗賊連中が隠れるのには持ってこいだ。気を引き締めて掛かるぞ、マリー」

「はい……っ」


 私達は警戒を強めながらもスラム街を歩き回った。そして、向かったのは酒場だ。情報を収集するのならこういう場所に限る。そして私とマリーはカウンターに居たマスターらしき男に問いかける。

「あぁ?近頃羽振りの良い連中は来てないか、だと?」

「そうだ。知らないか?」

 私は問いかけながら、ひっそりと銀貨を2枚ほどカウンターの上に置く。するとマスターは、下卑た笑みを浮かべながら隠すように即座にそれをしまう。


「あぁ。来てるよ。そいつらがお探しの連中かどうかは知らないが、たまにな。ここで酒を買ってったりもしてるぜ?」

「……最近、そいつらが酒を買いに来たか?」

「あぁ。ちょうど1週間くらい前じゃねぇか?多分そろそろ買いに来るだろうさ」

「と言うと?」

「連中は決まって、1週間分くらいの酒を買っていくのさ。早けりゃ今日にも姿を見せるだろうぜ」

「そうか。……邪魔したな」

 そう言ってその場を離れようとする、が……。


「おいおい、お前みたいな姉ちゃんが、何で盗賊連中の事を聞きたがる?惚れた男でも探してるのかい?」

 マスターの冗談じみた言葉に私は足を止め……。


「貴様が知る必要は無い」


 静かに、しかし殺気と怒気を込めてそう返す。するとマスターはすぐに縮こまり、バツの悪そうな表情を浮かべている。


「行くぞ」

「はい」


 私はマスターを一瞥し、マリーと共に一度店を離れた。


 そして二人して人気のない路地裏に入る。

「マリー、お前は戻って他の連中を連れて来てくれ。人を配置してあの店を監視する」

「了解です。隊長は何を?」

「念のためここに残って様子を見る」

「分かりました。どうか、お気をつけて」

「あぁ、そちらもな」


 私は周囲を警戒しながら離れていくマリーを見送った後、近くにあった廃屋の壁に背中を預け、纏っていた外套のフードを目深にかぶり直しながらあの店を監視していた。


 マスターの話では、そろそろ買いに来るとの話だったが。それが今日なのか、或いは明日以降なのか。……いや、またここに来る可能性は未知数だ。下手をすると、あのマスターが盗賊連中に告げ口をするかもしれない。そもそも、酒を買っているのが例の盗賊団とは限らない。今は、盗賊団がここに姿を見せる事を半ば祈りながら待つことしか出来ない、か。


 それから数分。暇なので店を警戒しながらも、ふと『裏口で取引でもしてないだろうな?』と思い、私は店の裏手に回るべく歩き出した。


 と、その時。

「お~お~~可愛い嬢ちゃん、こんな所でどうしたよぉ?」

「え、えと、そ、その、えぇっと」

「ん?」


 通路の先から声が聞こえてくる。私は曲がり角の陰からそちらの様子を覗き込んだ。

 見ると、まがった先に無数の汚らしい男が数人、1人の少女を囲んでいた。しかし、問題と些か気になる事があった。


 まず、男達だ。どう見ても堅気の連中ではない。腰にはナイフらしき物の鞘が見える。その見た目と武装している事からして、小悪党とかチンピラの類だろう。聖龍騎士である私ならば雑魚だが、あの少女にとってはそうも行かない。


 そして、あの少女だ。服は少し使い古した感があるが、体そのものに目立った汚れは無い。ここに来るまで見て来たスラムの子供たちは、言いたくはないがもっと汚らしかった。スラムの子供ではないのか?


「おいっ、どうするのこのガキ?どうせだから攫っちまうか?ロリ趣味の変態に、高く売れそうじゃねぇか?」

「おぉ、そいつは良いなぁっ!くくくっ!」


 っと、何やら聞き捨てならない状況になって来たなっ。


「……その子に触れるな。クズ共が」

「あぁっ!?んだテメェッ!」


 私は念のためにと与えられていた両刃の剣を抜きながら路地より出て、男達の正面に立つ。すると、怯え切っていた少女が振り返る。


「た、助けてっ!」

 そして涙ながらに私の方へと駆け寄ってくるっ。

「あっ!?待てこらガキィッ!」

 彼女が背を向ける形となった男連中が、咄嗟に少女へと手を伸ばす。子供の足、それに大人の男の腕のリーチ。普通ならあっという間に追いつかれ、少女は捕まえられてしまうだろう。


「ッ!!」


 しかしそうはさせないっ!剣を抜き放ち、男の手に向けて剣を振るう。

「ぎゃぁぁっ!?!?」


 男の手が少女に届く前に、私の剣が奴の腕を浅く切り裂いた。鮮血を漏らし、悲鳴を上げながら下がる男。更に他の男達も委縮しているのか、冷や汗を浮かべながら歯噛みしている様子だ。


 その隙に少女が私の傍に駆け寄ってくる。

「私の後ろに」

「う、うんっ」

 私は左手で少女を庇いながら右手の剣の切っ先を男達に向ける。


「今すぐここから失せろ。……私と戦おうと言うのなら、その腕、足、首。ここで落とす覚悟で来るが良い……っ!」

「うっ、くっ!クソッ!おいっ!お前らっ、一斉に掛かってあいつをっ!」

 腕を斬られた男が喚いていた、その時。


「ウチの身内に、手を出してるんじゃねぇっ!!」

「ぎゃぁっ!?」

 どこからともなく現れた人影が、男の仲間を背後から切り裂いたっ!?


「な、何だこいつっ!?あいつの仲間かっ!?」

 前後を挟まれる形になった男達は狼狽する。

「く、クソッ!逃げろっ!」

「あっ!おい待てよっ!?」


 そして、男達は自分達が不利だと分かると、背中を斬られた男を見捨てて蜘蛛の子を散らすように一目散に近くの路地へと逃げて行った。


 その様子を確認した私は、剣を鞘に戻した。

「パレッタお姉ちゃんっ!!」

「ネメッ!ったくアンタはもうっ!ウチらに心配させてぇっ!」

 すると、少女が先ほど現れた人物へと駆け寄っていく。現れた人物も、私と同じように外套を纏っているせいで詳しく顔立ちを伺う事は出来ない。


 ただ、剣を備えている事。悪党とは言え、躊躇いも無く人間に剣を振るった事。それに、フードの合間から除く炎のように、オレンジに近い赤い髪色。そしてその私よりも一回り以上小さい身長。……盗賊のリーダーの少女について、特徴として髪色の事を聞いていたが、まさか?


 私は静かに、パレッタと呼ばれた少女と、ネメと呼ばれた女の子のやり取りを見守っていた。

 今はネメと言う女の子が怒られている所だった。


「良いかネメッ!これからはウチらから離れるんじゃないぞっ!?」

「うぅ、ごめんなさ~~い」

 傍目には仲のいい姉妹にしか見えないが……。と私が彼女たちの様子を伺っていると……。


「っと、そうだ。なぁアンタ」

「ん?なんだ?」


 パレッタと呼ばれた少女が話しかけて来たっ!?私は咄嗟にポーカーフェイスを装う。

「ネメを助けてくれたみたいだな。その、ありがとな」

 彼女は、ぶっきらぼうで少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、礼を言ってくる。……こんな少女が、盗賊団のリーダーなのか?と一瞬疑ってしまう。


「気にするな。たまたま通りかかっただけだ。そもそも私は、き、ッ」

 あ、危ないっ!?今危うく、騎士って言いかけてしまったっ!

「き?何?」


 更にあの少女も少しばかり怪訝な表情で私を見つめているっ!?く、クソッ!こうなれば……っ!


「わ、私は綺麗で強いお姉さんだからなっ!これくらいどうという事は無いぞっ!」

 私はフードをめくり、必死に、自信に満ちた笑顔(の振りをした苦笑)を浮かべる。

「は、ハァ?」

 うぅっ!自分で言っといてあれだけど、少女が何か『何こいつ?』みたいな変な物を見る目をしているっ!し、しかし落ち着けっ!ここで騎士とバレなければ御の字なのだからっ!


 私は必死に、自分に言い聞かせながら笑みを浮かべ続ける。が……。

「あ~。私、そう言うの何て言うか知ってるよ~」

「「え?」」


 ネメと言う女の子の言葉に私とパレッタと言う少女が疑問符を口にする。

「そう言うの、『じーしきかじょー』って言うんでしょ~?」

「げふぅっ!?」


 屈託のない笑みを浮かべる少女が放った言葉は、何よりも今の私の胸に刺さる物だったっ!しかも悪気が無い彼女の天真爛漫な笑みが、むしろ言葉と言うナイフをより鋭くしていたっ!


「こ、コラネメッ!そう言うのは本当でも言っちゃダメだろっ!どれだけ本当でもっ!」

「ごはぁっ!?」

 追い打ちをかけてくるパレッタの言葉っ!?た、確かに本当の事かもしれないが、2回も言わなくて良いじゃないか~!


「あっ!わ、悪いっ!ネメも悪気があるわけじゃないんだっ!」

「ふ、ふふっ、あ、あぁ。大丈夫、ダイジョウブダカラ」

 言葉のボディーブローを喰らい、精神的にダメージを受けながらも私は必死に笑みを浮かべていた。


「お~いパレッタ~~!」

 すると、近くの路地裏から彼女たちの仲間と思われる男性が現れた。

「おっ!良かった!ネメは見つかったかっ!」

「あぁ。何とかな。それより買い物はどうだ?」

「ばっちり買い終わったぜ。酒に食料、必需品も揃えて来た所だ」


 ッ。揃えて来た、酒。そんな単語に私は反応する。瞬く間に人を切り伏せた彼女と言い、まさか、彼女たちが?


 そう考えながらも私は必死にポーカーフェイスを浮かべつつ、その場を後にしようとした。

「あっ、おいアンタッ!」

 しかし、パレッタ、盗賊のリーダーと思われる少女が声を掛けて来た。


「何か?」

「最後にもう一度、ちゃんと言っときたくてな。ネメを助けてくれて、ありがとう。こいつは、ウチの大切な妹分なんだ」


 そう言って、彼女は傍にいたネメちゃんを抱き寄せる。その姿は、面倒見の良い姉の姿そのものだった。……本当に、こんな少女が盗賊団のリーダーなどしているのか?と私は考えてしまう。だが、その疑問を顔に出すわけにはいかない。


「気にするな。私もたまたま通りかかっただけだ。ではな」

「あぁ、ありがとな」


 私は笑顔で答え、彼女たちと別れた。とりあえず近くの路地に入ったのだが……。


「ッ!ッッッッ!!!!」

「……何をしている、お前たち」


 そこに居たのは、口とお腹を押さえて転げまわるマリーと、オロオロしている部下たちだった。


「……マリー?」

「ぶっ、く、くくっ!す、すみませっ、あははははっ!た、隊長が、女の子に自意識過剰とか言われてるところ見てたらっ、あはははっ!」

 こっちが羞恥心と引き換えに何とか素性がバレないように苦労したと言うのにっ!こ、こいつは全くぅぅぅぅっっ!ふぬっ!


『ガンッ!』

「ぐはぁぁぁぁぁぁっ!?」


 私が見られていた羞恥心と怒りで顔を真っ赤にしながら拳骨を振り下ろすと、マリーは頭を抱えて再びのたうち回り始めた。……って、こんな事をしている場合じゃなかったっ!!


「お前たち、さっきの少女と女の子を尾行してくれ。絶対に気取られるな?あの少女が、盗賊団のリーダーの可能性が高い」

「「「ッ!!りょ、了解です……っ!」」」

 小声で頷いた3人が、足早に通路から出ていく。


「イテテテッ、た、隊長?今の話、本当、なんですか?」

 マリーが頭を摩りながらも起き上がる。若干涙目だが、流石にあの少女が盗賊のリーダーかも、と聞いては表情も幾ばくか引き締まっている。


「恐らくな。見た目や髪色が報告の通りだ。それに、背後からとは言え成人男性を一撃で切り倒している。……ただの少女でないのは間違いない。マリー」

「は、はい?」

「スラムの外に青銅騎士団の者たちも居ただろう?彼らにもこのことを伝えて、尾行を開始するように指示を出してくれ。万が一の場合に備えて、複数の人間を尾行に付ける」

「了解ですっ」


 そう言って、マリーは再び離れていく。それを見送りつつ、私はあの少女たちが去って行った方角へと目を向けた。


 ……彼女の、ネメと呼ばれていた少女に向ける目はとても温かい物だった。身内だから優しい?いや、だとすれば私に素直に礼を言うだろうか?どちらにしても、あの少女と盗賊のリーダーと言う姿がどうにも結びつかない。……それに、今気づいたが、あのパレッタと呼ばれた少女が盗賊の構成員なら、あのネメと呼ばれた少女はどうなる?


 盗賊団の誰かの娘?そう考えるのが一番自然だが。……いや、安易な答えで落ち着くのはダメだ。何か理由があるのかもしれない。


 そもそも、奴らは普通の盗賊団とは違う。盗賊団も、大別すると二種類に分けられる。直情的で無計画。特定のエリアに現れた獲物を見境なく襲う野獣のような連中も居る一方で。知力に優れ、安全な獲物を狙う、悪い意味で知恵の回る狡猾な連中だ。特の後者の場合、自らの居場所を特定されないために仕事が終わると潜伏先を変える事が殆どだ。


 だが今回のはそのどちらにも当てはまらない。あらゆる獲物を無差別に襲っている訳でもない。乗合馬車が襲われていないのが良い例だ。更に場合によっては男社会の盗賊などだと、酷い場合女性を拉致監禁し、非道な凌辱を、なんてのもよくある話だ。こういうのは直情的で無計画な盗賊団に見られる。しかし誘拐などは無い。


 かといって後者の狡猾な盗賊団と比較しても違いがある。このタイプは狩場に拘らない。我々騎士団が迫ってきていると知ると、逃げ出す。格上に絶対挑むような事は絶対にしない。それがリスクと分かっているからだ。


 しかし、件の盗賊団は数度の騎士団との戦闘後も逃げた様子が無い。今日ここで接触した事から考えても、まだこの近くに潜伏しているのは間違いないだろう。


 うぅむ。どうにもちぐはぐな盗賊団だな。今回の盗賊団は。……或いはそうなっている理由でもあるのか?

「……もう少し、色々探ってみるか」


 私は誰も居ない中、1人ポツリと呟くと、青銅騎士団やマリー達と合流するためにスラム街を後にしたのだった。



 その後、盗賊団と思わしき面々を騎士たちが追跡している為、私やマリー達は一度駐屯地へと戻った。そして制服に着替えた私とマリーは、マルケス大隊長に事の次第を報告した。


「そうですか。しかし幸運と言えば幸運ですな。連中のリーダーと目される少女と遭遇出来るとは」

「えぇ。確かに運が良かった、と言えばそれまでなのですが。……結果、些か気になる事がありまして」

「ん?と言うと?」


「彼らが盗賊団をしている動機です。最初の襲撃ではツルハシを装備していた事からも、恐らく鉱員かそれらの関係者である可能性がまず浮かびます」

「確かに。しかし、こう考えてはどうでしょう?レリーテ山脈付近には、封鎖された坑道がいくつかあります。そこの放置されていたツルハシを持ってきて使った、とは考えられませんか?」

「確かにその線も捨てきれません。しかし敢えて、盗賊団の構成員の大半が鉱員やその家族などと考えた場合の、私の仮説をお聞き願いたいのです」

「仮説、ですか?」


 マルケス大隊長は小首をかしげている。後ろの副官も、少し怪訝そうな表情だ。


「はい。まず、盗賊団が鉱員だったと仮定した場合、最初に手近な武器としてツルハシを使っていた説明にも、一応筋は通ります。更に鉱員であった場合、当然一般人などよりは山に詳しいはずです。例えば、閉鎖された坑道の位置などを知っている、とか」

「確かに。それもありえない話ではありません」

「パレッタと呼ばれた少女についても、私の主観ですが。1人の幼女を本当の妹のように接していました。正直、こんな少女が盗賊団のリーダーなのか、と疑ったほどです」

「むぅ。しかし、レイチェル様の前で猫を被っていた、とは考えられませんか?」


「それは正直分かりません。私はあの時、身分を隠していましたから何とも。更にもう一つ、疑問に思った理由があります」

「と言うと?」


「私はこれまで、聖龍騎士としていくつもの盗賊団と戦ってきました。連中の行動パターンは大別すると二つ。感情的で、なりふり構わず獲物に襲い掛かる野獣のような連中と。知恵が回り、我々騎士団のような格上との戦いを絶対に避けたがる狡猾な連中です。しかし今回の盗賊は、そのどちらでもない。乗合馬車を襲っていない事からも、無計画、無軌道に襲っているのではないでしょう。かといって、狡猾な連中と同じように、我々騎士団から逃げるような事もしない。はっきり言って、私達がこれまで戦ってきた盗賊団と、かなり違いがあります」


「確かに、私も経験上相手にしてきた盗賊団は、今レイチェル様が上げたような連中ばかりでした。しかし、それが何だとおっしゃるのですか?」

「私が可能性として考えるのはやはり、この盗賊団は元鉱員が中心かと思われます。そして恐らく、アジトには男だけでなく鉱員の家族、高齢者や妻、子供たちも居るのではと考えます」

「ッ。それはつまり……」


「えぇ。あくまでも私の推察の域を出ませんが、彼らは『何らかの理由で故郷の村を捨て、盗賊になるしかなかった者たち』、なのかもしれません」


 私の言葉に、マリーやマルケス大隊長も副官も、渋い顔をしている。


「そして、この推察が当たっていたとして、だからこそ問題になってくるのは彼らが盗賊団になった『理由』です。時にマルケス大隊長は、この時期、この辺りではレリーテ山脈の麓にある集落が、雪崩などで崩壊する話がそこそこある、という事をご存じですか?」

「えぇ。この辺りでは、別段珍しい話でもありませんよ。っと、まさか……っ!?」


「えぇ。恐らくマルケス大隊長の予想と私の予想は同じだと思われます。だからこそ、マルケス大隊長にお聞きしたいのです。本来、鉱員の集落が雪崩などに飲み込まれた場合、生き残った人々はどうなるのか、お聞かせ願いたい」

「……分かりました」


 マルケス大隊長は、小さく頷くと一旦お茶でのどを潤してから、話を始めた。


「順を追って説明させていただきますが。まず、レリーテ山脈での採掘活動は、この辺り一帯の土地を領地として持つ貴族、『イオディア・クリジット』子爵が全て取り仕切っています」

「ん?イオディア、クリジット?」

「どうしたマリー?」

 その時、隣に座っていたマリーが何やら怪訝な表情を浮かべながらその名を繰り返し呟いている。


「あ、いえ。……これ、南部出身の友人から聞いた事あるんですけど、そのクリジットって子爵。結構無理な採掘とかを命じてくるロクデナシだ、って話だったんですよ」

「何?」

 何やらあまり良くない話だな。


「えぇ、ネクテン殿のおっしゃる通りです」

 するとマリーの話にマルケス大隊長が頷いたぞっ。今の話は本当なのかっ?


「実は、クリジット子爵は黒い噂が絶えない方なのです」

「と、言うと?」

「現クリジット家当主であるイオディア・クリジット様は、先代、つまりお父様から家督と領地、そして採掘の指揮権を受け継ぎました。所が、イオディア子爵はお父様とは違い、現場での無理難題の提示。危険を無視した命令の強要など、元々現場を顧みない男として、鉱員たちからは酷く嫌われていました」

「……話を聞く分には、良い印象を持てない男ですね」


 私は眉を顰めながらも話を聞いていた。

「えぇ。実際、イオディア様を好いている市民など居ませんよ。……それと、時にレイチェル様は、鉱山などでの事故があって死人が出た場合、国が遺族などに補助金を出す制度はご存じですかな?」


「はい。危険な仕事に従事する者を対象にした制度ですね。確か、危険作業従事者補助金制度、とかそんな名前だったような」

「その通りです。そしてそれは鉱員も同じ事です。鉱山での仕事は重労働で、落盤などによる死亡事故も後を絶ちません。ですので鉱山労働者やその家族はその補助金制度の受け取り人として指定されています。加えて、このレリーテ山脈では雪崩が絶えない事から、村規模での補助金もあるにはあるのですが……。実はそのお金を、イオディア子爵が着服しているとの噂があるのです」


「ッ!?なんだとっ!?」

 余りの話に、私は座っていたソファから立ち上がり声を荒らげてしまうっ。だがそれも致し方ない事だっ!


 あの補助金制度は、危険な作業に従事し命を落としたり怪我をした者、その家族に支払われるべきお金だっ。働き手を失って困窮する人々に手渡されるべきお金だっ!それを、着服しているだとっ!?それが本当なら、貴族の風上にも置けない下種と言う事になるぞっ!!


 『ギリッ』と手袋から音がするほど、私はきつく拳を握りしめる。


「……証拠は、証拠は無いのですか?」

 少しばかり深呼吸をして、気分を落ち着けてから、私は絞り出すような声で大隊長に問いかけた。


「……」

『フルフルッ』

 大隊長は無言で首を左右に振るばかりだ。


「あくまでも、噂レベルの話なのです。確固たる証拠は、今のところありません。子爵本人も、強く否定しています」

「そうですか」

 私は静かにソファへと座り直した。


「しかし、今にして思えば、レイチェル様の読み通りかもしれません」

「と、言うと?」

「盗賊団が鉱員で、雪崩などで村が壊滅したとして、当然鉱員たちは子爵に助けを求めたでしょう。ですが……」

「何らかの理由で子爵がそれを断るなどした。だから彼らは盗賊団になるしかなかった、かもしれないと?」

「……はい」

 私の言葉に、小さくマルケス大隊長は頷いた。


 もし、これまでの話が事実なら、あの少女たちは被害者だ。ならば……。


「マルケス大隊長。そのイオディア子爵家の場所、分かりますか?」

「え?えぇそれはもちろん。ですが何を?」

「ちょっと、この目で確認して来ようと思います。今回の事件の原因になったかもしれない男が、どんな面をしているのかを……っ!」


 私は胸の中で静かに怒りを燃やしながらも、そのイオディア・クリジット子爵の顔を拝んでやろうじゃないかと、考えていたのだった。


     第20話 END

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