第19話 不機嫌な理由

 ミリエーナ嬢の護衛から少し時間が経った頃。私達の元に盗賊の討伐依頼が舞い込んできた。敵は山間部で貴族や商人を相手に略奪行為を繰り返していた。が、情報によればその盗賊団のリーダーはまだ年端もいかない少女だという。『なぜ少女が盗賊団の頭目を?』という疑問がありつつも、私は部下のマリー達と共に、一度南部方面の青銅騎士団の駐屯地へと赴き、そこで盗賊団について話を聞くことが出来た。


 駐屯地の管理者であるマルケス大隊長から話を聞いた後、私とマリーは彼に頼んで、『リーダーの少女の戦い方が私に似ている』と報告してきた騎士に会わせて貰った。


「レイチェル様、こちらが例の報告をしたと言う……」

「リッシュと申します」

 マルケス大隊長の副官が連れてきたのは若い、と言っても30代前後の騎士だった。


「あなたが例の報告をした騎士ですね。改めて、聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスです」

「同じく、部下のマリー・ネクテンです」


 そう言ってお互い自己紹介を済ませた後、さっそく私は彼から話を聞くことに。


「それで、あなたは報告書に、リーダーの少女の戦い方が私に似ていると書いたそうですが、具体的な事を順を追って聞かせて貰っても?」

「はい。……私は、例の盗賊団討伐のために仲間と共に山脈へと向かいました。運良く我々は馬車を襲撃するところの盗賊団と遭遇。これと戦闘を開始しました。……幸い、盗賊団の多くは素人で苦戦らしい苦戦は無かったのですが、私や仲間の数人は、現れた少女の剣技の前に破れ、撤退を余儀なくされました」


「成程。それで、その少女の戦い方が私に似ていたと思う根拠は?」

「はい。私は1年前の、青銅騎士団、聖龍騎士団、光防騎士団の合同演習に参加し、その演習の中でレイチェル様と戦い一蹴されてしまいました。そしてあの少女と戦った時、少女の動きが演習でのレイチェル様の動きと重なって見えたのです。何というか、速度に優れ、素早く剣を振るう様と言いますか。基本的に相手とのパワー勝負はせず、足でかき乱し、速度で敵を圧倒すると言いますか」

「成程」

 と、私は小さく頷く。


「確かに、隊長の戦い方はどちらかと言えばスピード型。では恐らくそのリーダーの少女も」

「あぁ。私と同じ速さで戦うと言う事だ。パワーの不足を速度でカバーする。私と同じ戦法だな。戦い方が似ていると言うのも頷ける」

 マリーの言葉に私は頷く。


「しかし、となるとその少女と隊長が一騎打ちになった場合、スピード対スピードって事になりますよね?大丈夫なんですか?」

「何だ?心配か?」

「いえ。もちろん隊長の実力を疑う訳ではありませんが、隊長って自分みたいなスピードで戦う相手と戦って勝った経験ってあります?」

「ん?そう言われてみれば……」


 確かに、騎士や兵士となると大抵の者は力と技を極めていく。私のように速度で勝負する騎士は存在しているが、やはり数は少ない。そう言った者と手合わせしたことが無い、と言う事も無いが……。


「あるにはあるが、そこまで経験は無いな」

「となると、今回は手こずりそうですか?」

 マリーの言葉に、周囲に居たリッシュら青銅騎士達も不安そうな表情を浮かべているが。


「バカを言うな。……戦う技術は鍛錬と経験によって成長する。そのリーダーの少女がどれだけの鍛錬をしてきたのか、どれだけ経験をしてきたのか知らないが、私にも聖龍騎士団の騎士として部隊を率いて戦ってきた経験と、相応の鍛錬を重ねて来た。……何より、私は聖龍騎士だ。我々に敗北は許されない。聖剣を持つ者として、我々は勝利し続けなければならない。違うか?」

 王国最強とも呼ばれる聖龍騎士だからこそ、敗北はつまり人々の不安や絶望に繋がる恐れがある。だからこそ我々は負ける訳には行かない。負ける事は許されない。


「ごもっともです。失言でした」

 そしてそんな心情を察してか静かに頭を下げるマリー。


「しかし、具体的にどうされるおつもりですか?残念ながら、我々の作戦と光防騎士団の攻撃後、盗賊の動きが慎重になってきています」

「えぇ。マルケス大隊長から聞きました。襲撃のペースが開いてきていると」

「はい」

 私の言葉にリッシュが頷く。


「以前は、早ければ数日おきだった襲撃が、今では間隔が空き、数週間に1回程度のペースに落ちてきています。理由は現在も不明ですが……」


「う~ん。普通なら味を占めた上で、下手をすれば騎士団に勝利したんですから自信も付いて、逆に間隔を狭めそうな物ですけどね」

「そうだな。しかし今回は逆だ。間隔を空けてきている。考えられるとすれば、こちらの動きを警戒し、不必要に騎士団と遭遇しないため。とすれば一応の説明が付くが、理由がそれだけとも思えない」

「例えば?」

「そうだな。……襲撃を繰り返し、金品を集めたとする。しかしお金以外の武器や、何かしらの道具は売らない限り金に換えることは出来ない。かといって一辺にそれらを売却しようとすれば、必ず目立つ。大量の物品を、回数を分けて売っても、何度も繰り返せばこれもまた目立つ。頭が回るのなら、この辺りに気をつけるはずだ」

「つまり連中には売って金に換えられるだけの略奪品が貯まったから、襲撃の間隔を空けたと?」


「もちろん推察の一つだがな。しかしそうなのだとしたら、リーダーの少女は剣の腕も立つし頭も回るのか、或いはリーダーとは別に知恵の回る助言者が居るのか。このどちらかだろう」

 私はマリーの言葉に答える。しかし、問題はそこじゃない。


「まぁ、今現在の問題はどうやって盗賊団を見つけ出すか、だ。連中の潜伏先を発見するかなどしないと、そもそも捕縛のしようがない。リッシュ、マルケス大隊長より聞いているが、改めて奴らと戦った君たちに聞きたい。連中の拠点は分かっていないんだな?」

「はい。我々は盗賊を討伐するため、山間を移動中に戦闘となりました。あとは知っての通り、敗退し敗走しました」

「盗賊団の連中は、馬を持っていると思うか?」

「分かりません。襲撃された商人の中には馬ごと馬車を奪われたと言う報告がありますが、その商人の話では、馬車を操るのにも四苦八苦していたと」

「では奇襲を受けた際、騎馬兵はいたか?」

「いいえ。居ませんでした」


「そうか」

 話から考えるに、盗賊の中に馬を扱える者は少ない。或いは扱えても経験が少ないと見える。

「あの。レイチェル様。そんなに馬の情報が必要なんですか?」

「はい。馬や馬車を扱えると言う事は、盗んだ物品をより遠くまで運べると言う事。つまり、距離のある街でも盗品の売買が出来ると言う事です。この近くに街はいくつあります?」

「えと、駐屯地から少し離れた所に大きな街が一つ。あとは全て村規模の集落です。大きな街となると、もっと南へ行くか、山脈を越えて北に向かうしか道はありません」


「では、馬車が使えないと仮定した場合、盗賊連中が品物を売れるのはそのここから離れた場所にある街だけです。連中がその近くの街に物品を売ったとして、調査はされましたか?」

「えぇ。しようとはしたのですが。……如何せんそう言う物品を買う相手はスラム街に店を置くような、訳あり商品を扱う怪しい商人連中です。我々騎士が正装や鎧姿でその商人連中のところへ行ったとしても、知らぬ存ぜぬで」

「連中は我々を嫌っていますから」

 リッシュの言葉に大隊長の副官も同意している。


「嫌っていると言うと?」

「あぁ言うあくどい連中にとって、盗品だろうがそうで無かろうが、売れる物は皆商品です。もっと酷い奴らなど、我が国が禁止している奴隷の売買にまで手を染める程ですから。そこに、誰かの形見だとか、盗まれた品だから、禁止されてる奴隷だから、なんて関係無いんです。要は売れれば良い。しかし我々騎士団は、品物が盗品だと判明した場合、強引に押収して本来の持ち主に返還する権限がありますし、奴隷売買などしようものなら、見つかった時点で人身売買の罪で即逮捕となりますからな。連中が我々に非協力的なのも頷けます」

「それは、困りましたね。出来ればその商人から何か情報を聞き出せないかと考えていたのですが……」

「無駄ですよレイチェル様。連中にとって、騎士は商売の邪魔をするお邪魔虫みたいな物。ある事無い事教えて影で嗤うか、何も教えないってのが関の山でしょう」

 副官の言葉に私は眉をひそめ難しい表情を浮かべた。……困ったな。私としては商人から何か情報を得られれば、と考えていたのだが……。


 ふぅむ。

「今後どうしますか、隊長」

「無闇に探し回ってもいたずらに体力や気力を消費するだけだ。かといって盗品を買ったであろう商人から話を聞こうにも、彼等の言葉が正しければ闇商人からの協力は得られそうにない。……どうしたものか?」



 今後について悩んでいた私だったが、リッシュらから聞きたい話は聞けたので、彼等を帰し、私達用に臨時にあてがわれた会議室でマリー達を相手に、何か連中をおびき出す、或いはアジトを見つける良い案は無いかと話し合った。


 しかしその日はこれといった妙案は浮かばず、駐屯地内部であてがわれた部屋で皆休む事となった。


 が……。

「……眠れん」


 あてがわれた隊長クラスの個室。そのベッドで横になったものの、馴れない場所で寝付けずに居た。仕方無く、夜風にでも当ろうと私は隊舎を出て外へと向かった。


 幸い夜空に雲は無く、月と星の明かりが大地を照らしていた。そのまま駐屯地の一角から空を見上げていた時だった。


「あれ?隊長?」

「ん?」

 声が聞こえた。振り返ると、そこに居たのはマリーだった。

「マリーか。お前も眠れないのか?」

「えぇ。ここの枕はちょっと硬くて。隊長もですか?」

「あぁ。ベッドが硬くてな」


 私の傍に歩み寄って来たマリー。それから私達は、しばし並んで夜空を見上げていた。……そう言えば。

「なぁ、マリー。一つ聞いて良いか?」

「何です?」

「お前は、ここ最近その、不機嫌な日が多かっただろう?」

「……えぇ、まぁ」

 若干気まずそうに私から目をそらしながら頷くマリー。


「お前が私とミリエーナ様関係で怒っている事は分かってる。しかし私には、理由が分からない。何故マリーが私に怒っているのか。……だから、理由を教えてくれないか?」

「……知って、どうするんですか?」

 彼女は夜空を見上げながら問いかけてくる。

「私に瑕疵があるのならちゃんと謝罪したい。かといって、理由も分からないままの謝罪は相手を苛立たせるだけだ。……だからこそまず、理由が知りたい。頼む。教えてくれ」

「ちょっ!?えっ!?そんないきなり頭下げるとかっ!止めて下さいっ!私は隊長に頭を下げて貰う立場ではっ!」

 私はマリーに頭を下げた。一方のマリーは、驚いて慌てている。


「分かっている。しかし、このままではお互いに不味いだろうし、何よりこれから戦闘が待ち受けている。もちろんマリーも熟練の騎士だ。戦場で気を抜く事は無いと思うが。……わだかまりを抱えたままでは、心配なのだ。何か起こってしまうのでは無いか、とな」

「隊長」

 顔を上げ、思っている事を伝えると、マリーは少しばかり戸惑った様子だった。


「だから教えてくれ。マリー、お前は私の何に怒っているのかを。頼む」

「………ハァ、分かりましたよ」


 私の言葉に、マリーはため息をつきながら頷いた。


「でもこれだけは言っておきます。隊長は悪くありません」

「え?私は悪く無い?どういうことだ?」

「…………です」


「ん?何だって?よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

「だからっ、嫉妬ですよ嫉妬っ!」

「嫉妬?」


 何故マリーが嫉妬するんだ?う~む。………はっ!?ま、まさかっ!

「ま、マリー?お前は今、嫉妬と言ったが、まさかっ」

「うっ。そ、そうですよ。私は……」

 受け入れたっ!?と、と言う事はやはりマリーはっ!


「私は、隊長の事が……」

「まさかミリエーナ様に一目惚れしたのかっ!?」

「……………はい?………………はいぃっ?!」

「え?あれ?違った、か?」

「ち、違いますよぉっ!ってなんでそんな話になるんですかっ!?」

 顔を赤らめながら叫ぶマリー。ち、違うのか?


「だ、だってマリーお前、嫉妬してるって言うから。てっきり、ミリエーナ様に一目惚れして、告白された私に嫉妬してるのかと……」

「違いますよぉっ!私が嫉妬してるのは隊長じゃなくてあのお嬢様の方ですっ!」

 オロオロしながら答える私にマリーは顔を赤くしたまま声を荒らげ否定してくる。


「な、何だ。そうだったのか。……って、待て。なんでマリーがミリエーナ様に嫉妬するんだ?」

「うっ!?そ、それは……っ!」

 私が問いかけると、何やらマリーは顔を赤くしたまま視線を泳がせる。私はそんな彼女の横顔をじ~~っと見つめている。すると。


「ハァ。分かりました。言いますよ」

 彼女は観念したのかため息を付き、そう続けた。


 そうして、彼女は近くにあった椅子に座ると夜空に浮かぶ月を見上げながら話し始めた。私もその話を、彼女の隣に座りながら聞く。


「あの子に嫉妬してた理由はまぁ、隊長を取られるんじゃないかって不安があったからです」

「それはつまり、私が彼女の告白を受けるかも、と考えたからか?」

「はい。……理由はどうあれ、あの子が隊長に惚れてるのは一目瞭然です。隊長は相変わらずのヘタレでまだ答えを出せてないようですけど」


「うぐっ!?」

 グサリと言葉の刃が突き刺さる。うぅ、胸が痛い。


「でも、だからこそ私は不安だったんです」

「ど、どうしてだ?」

「隊長の答えが決まってないからですよ。もし、隊長があの告白を受けたら、騎士団を抜けてしまうかもしれない。そう思うと不安だったんです。隊長がどこかに行ってしまうんじゃ無いか。置いて行かれるんじゃないか。……そう思うと、不安でしょうが無かった」

「そうだったのか」

 ……全く。私もダメだな。部下にそんな心配をさせているようでな。私も、まだまだだ。


「すまなかったな。お前を、不安にさせてしまった」

 私は彼女の肩に手を回し、優しく抱き寄せる。

「ふぇっ!?隊長っ!?」

 抱き寄せたことで、私の顔とマリーの顔が、お互いの瞳の中をのぞき込めるくらいには近づく。


「でも聞いてくれ。今の私に、騎士団を去ろうなどという考えはこれっぽっちもない」

「そ、そうなんです、か?」

「あぁ。……私は、幼い頃から騎士になる事を志し、心技体を鍛え、こうして騎士となった。正直、今の私には騎士以外の生き方など分からないよ」

「隊長」


 苦笑を浮かべる私をマリーは少し心配そうな表情で見つめてくる。

「……結婚とか、婚約とか。……分からない、と言うのが本音なんだ。愛情が分からない、とは言わない。けれども、強く誰かと結ばれたいと思った事は、今まで無いんだ」

「だから、結婚とか分からない、と?」


「そんな所だな。だからミリエーナ様への返事を悩んでいると言う事もある。……けれどそれ以上に……」

「あひゃっ!?」

 私は静かにマリーの頬へと手を添える。するとくすぐったいのか、彼女は素っ頓狂な声を上げた。ふふ、可愛い奴め。


「今の私は騎士で、お前達の隊長だ。今の私にはお前達と共に果たすべき責務が、使命がある。今それを投げ出す事は出来ないし、そもそもしないさ」

そう言って、私はマリーの頬を撫でる。


「ほ、ホントッ、んっ。ですか?」

「あぁ。もちろんだ」

 妙に蕩けた表情で、今にも泣きそうな彼女を宥める為に私は優しい声で頷く。そして、もう一度彼女を抱き寄せ、彼女を安心させようとその頭を優しく撫でる。


「私はこれからも、大切な仲間であるマリー、お前と一緒だ。これからも私を支えてくれ」

「ッ、隊長」

 頬を赤らめ私を見上げるマリー。

「私は、どこへも行かない。聖龍騎士団と小隊が、今の私の、いるべき場所だ」


 それからしばし、私は彼女の頭を撫でてやった。彼女は頼もしい部下であり戦友だ。これからも『副官として』彼女には私を支え続けて欲しいと、私は思っていた。


「どうだ?これで少しは不安も拭えたか?」

「は、はいっ!」

「ふふっ。それは良かった」


 と、話していると、不意に欠伸が出る。いかん。流石に眠くなってきたな。

「すまないが私は先に戻って、そろそろ寝る。お前はどうするマリー?」

「あ、えと、私はもう少し星を見てから戻りますっ」

「そうか。ではまた明日な」


 私はそう言ってマリーの側を離れ、隊舎へと戻っていった。


 しかしマリーの不安も拭えたようで何よりだな、うんっ!


 私は小さく笑みを浮かべながら部屋へと戻り、そのまま心地よい眠りについたのだった。



~~~~~

 レイチェルが去って行った後、1人残っていたマリーは、レイチェルが見えなくなったのを確認すると……。


「ん~~~~~~ッ!!!」

 自らの顔を両手で覆い、叫び声を必死に抑えていた。それでもくぐもった微かな声が指の間から漏れ聞こえる。


 そして彼女は、そのまま草っ原の上に寝転がると、ゴロゴロとまるで樽のように左右へ転げ回りながら、悶えていた。


『あ~~も~~~!なんであんなにカッコいいかなぁウチらの隊長はぁっ!『これからも私を支えてくれ』とかっ!捉え方によっては告白なんだよなぁも~~~!!!!好きっ!カッコいいっ!私だって隊長と婚約したいわっ!嫁にして欲しいわっ!いやむしろ、私が嫁として娶りたいわっ!』


 そんな事を考えながらゴロゴロと転げ回る事数分。やがて疲れたのか、彼女は芝生の上に寝転がりながら夜空の星と月を見上げている。


「ハァ。……ホントに、かっこよくて皆から好かれる癖に、ヘタレでこっちの思いに気づかない朴念仁なんだから。…………あ~あ、私も厄介な人、好きになっちゃったな~。しかもライバルは伯爵家のご令嬢とか。競争率たっかいなぁ~」


 彼女はため息をつきながら夜空を見上げていた。が、やがて彼女は笑みを浮かべる。


「まぁ、それでも私があの人の隣を、誰かに譲るつもりなんて無いんだけど、ねっとっ!」

 そう言って彼女は起き上がり、隊舎の方へと戻っていった。



 そして、夜は更けていき、何事も無く朝がやってきた。しかし、日付が変わっても盗賊団について有力な情報を得る事は出来ず、数日が経過していた。


~~~~

 マリーを宥めた翌日。私達は盗賊の情報を得るための会議を行っていた。そんな中でまず私がある提案をした。


 盗賊と言う物は基本的に男、それも荒くれ者やそれに近い連中が集まるような場所だ。そんな彼等が、金を手にしたのなら酒場で盛大に飲み食いするのでは?と言う予想を私が立てた。そこで私達は駐屯地の騎士達にも協力して貰い、近場の街にある大小様々な酒場で聞き込みを行った。


 『近頃やたらハブりの良い連中が来てないか?』と。しかし店主達は皆一様に首を横に振った。どうやら酒場には盗賊団は来ていないようだ。やはり目立って我々騎士団に目を付けられるのを警戒しているのだろうか?


 念のため酒の販売をしている店にも行って、最近大量に酒を買っていった連中がいないか?と聞いてみたが、こちらも空振りだった。ここ最近、そこまで大量に酒を買った連中は居ないそうだ。……こちらもダメか。


 結局、酒場や酒売りへの聞き込みと情報の精査だけで数日を無駄にしてしまった。そして駐屯地に来て数日のとある夕方。私は再び皆を集めて会議を行っていた。


「空振り、でしたね」

「あぁ、見事にな」

 マリーの言葉に私は静かに頷く。


「連中は、やはり盗賊という事なので一般人の多い区域には立ち入っていないのですかね?」

「それも考えられる。それにスラム街にも酒場が無い訳でもない。まぁそう言う場所は、得てして密造酒やなんやでやってるような店だ。そこへ行っていると言う可能性もゼロではあるまい」

「……不味いですね。目立つことを警戒してスラムで活動しているとなると、我々も動きにくい。あの辺りで活動しているあくどい連中にとって我々は敵やお邪魔虫も同然。情報収集に我々が言っても、知らぬ存ぜぬを通すどころか、下手をすると盗賊を匿うなんて事も……」


「確かに、レオの言うとおりあり得ない話では無い」

 闇商人にとって我々は敵も同然。対して盗賊団は金を与える代わりに物品を持ってくる客も同然。我々が向かえば、シラを切るどころか商売相手である盗賊を庇う恐れさえある。


「どうしますか、隊長。これでは色々手詰まりですよ」

「あぁ、そうだが」


 マリーの言葉に私はしばし考える。そして一つのアイデアを思いついた。


「……正直、危険ではあるが一つだけ手を思いついた」

「と言うと?」

「我々にとって騎士であることは誇りだが、今は盗賊の殲滅と事態解明が優先だ。なので、我々は騎士としての身分を偽ってスラム街に行く。つまりは、スラム街への『潜入作戦』という事だ」


 私の言葉に皆が驚いている。無理も無い。誇り高い騎士が騎士としての身分を隠すなど、前代未聞だろう。だがそれでもやらなければならない理由がある。


 今のままでは、盗賊団にたどり着く事は出来ない。だからこそ、やるしかないのだと私は考えた。


 そして、私達の『スラム潜入作戦』は皆の『やむなし』という表情によって、決行する事になったのだった。


     第19話 END

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