第2章 山岳の盗賊少女編

第18話 討伐任務へ

 私の名は、レイチェル・クラディウス。騎士の国とも呼ばれる『グロリアス王国』の中で、特に優れた騎士達が所属する騎士団、『聖龍騎士団』。中でも聖剣を持つ事を許された『聖龍騎士』。私はただ1人の女性聖龍騎士として、その騎士団に身を置いていた。


 そんなある日、私は部下たちと共に1人の伯爵令嬢の護衛を務める事になった。それが『ミリエーナ・フェムルタ』。元法務大臣、フレデリック・フェムルタ伯爵の一人娘だ。暗殺の恐れがある彼女を守る為、特に武勇に優れた聖龍騎士。中でも同じ女性である私が彼女の護衛として使命されたのだ。


 私は部下の騎士達と共に、彼女に襲いかかる脅威を退けながら、彼女と対話を重ね、仲を深めていった。それはまだ良かった。


 しかし、何の因果か私は、同性である彼女から告白を受けてしまうのだった。


 そしてそれが、今から2ヶ月ほど前の事である。



~~~~

「ふぅ」


 その日、私は事務仕事をしていた。つい先日、青銅騎士団への教導訓練、と言う事で私は部下のマリー達と共に青銅騎士団の駐屯地に赴き、そこで青銅騎士達の相手役を務めた。


 聖龍騎士はグロリアス王国内部でも最強の騎士と呼ばれている。なので各騎士団への指導、と言う事を依頼されることも多い。私も聖龍騎士として、何度か光防騎士団の連中や青銅騎士たちに指導を施したことがある。


 そして今は、つい先日行った訓練の報告書を書いている所だった。


 そして一通り書き上がった報告書をまとめ、私はそれを提出するためにレジエス団長のところに向かっていた。のだが……。


「あっ。隊長」

「ん?何だマリー」

 マリーが私に声を掛けてきた。


「私に何か用か?」

「用って言うか、はいこれ」

「ん?あっ」

 マリーが差し出したのは手紙だった。そしてその手紙の封蝋の形を見て、私は声を漏らしてしまう。


「また、ミーナからの手紙か」

 私は少しばかり気怠げに呟いた。いや、手紙を受け取る事自体は嫌いではないのだが、自分への愛を綴った手紙など、読んでいるだけで恥ずかしくなるのだ。……そしてこの2ヶ月、ほぼ週に1回のペースで手紙が送られてくるのだ。……その返事の手紙を書くのも結構大変なのだ。……なぜなら、話題が最近尽きてきているのだっ!もう最近だと何書けば良いのか全く分からないんだよなぁ。


「はいこれ。愛しのご令嬢からのラブレターですよ?」

「からかうなよマリー」

 悪戯心満載の笑みを浮かべるマリーから、気怠げに私は手紙を受け取る。


「ハァ、また返事を書かないとなぁ」

 そう思うと気が重い。ただでさえ馴れない恋愛関係の事だと言うのに。仕事に加えて、手紙の返事を考え、更にミーナとの今後も考えなければいけないとは。……うぅ、最近は以前にも増して忙しい気がするなぁ。


「……そんなにめんどくさいんなら、断るなり返事を書かないようにすれば良いじゃないですか?仕事が忙しいから、とか何とか手紙に書いて送るなりなんなりして」

「そうはいかないだろ。……手紙だって、ミーナが一生懸命書いた物だ。それを無碍にするわけには行かない。私も出来る限り、誠意を持って返事を書かないとな」

「……ホント、そう言うところは超が付くほど真面目なんですから。……でも、あのご令嬢と今後どうするのか、方針は決まってるんですか?」

「うっ!?……そ、それは、まだ」


 痛いところを突かれ、私は冷や汗を浮かべながら答える。


「ハァ。早く考えないと、向こうが痺れを切らして何をし出すか分かりませんよ?」

 うぅ、あきれ顔のマリーの言葉が痛い程私に刺さる。


「うぅ。……なぁマリー、何か良いアイデアは……」

「知りません。あっても教えません。自分で考えて下さい」

「うぅっ、お前なんで、最近そんなに私に厳しいんだよ~!」


 ハァ、ここのところ、と言うかミーナに告白された辺りからマリーの、私に対する当りが強くなってきている気がする。うぅ、タダでさえミーナ関係で心労が絶えないのに。私が何をしたって言うんだマリー。


 と、心の中で泣きたくなっていた時だった。


「あっ!いたいたっ!隊長っ!マリー先輩っ!」

「「ん?」」

 こちらに向かって走ってくる人影。それは私の部下のキースだった。


「キース?どうしたそんなに慌てて」

「はいっ。実は先ほど、レジエス団長からご連絡がっ。何でもレイチェル隊長と我々第5小隊に任務があるとかで」

「何?分かった。私はすぐに団長のところへ行く。マリー」

「はいっ。皆を会議室に、ですね?」

「あぁ。皆を集めて待機していてくれ。団長から話を聞いたらすぐに向かう。キース、お前もマリーと共に皆を集めて会議室で待機だ」

「「了解っ」」


 私の指示を受け、2人は足早に去って行く。と、その時私は手紙を持っている事を思いだした。が、任務となればこれを読んだりしている場合ではないな。


 私は一度部屋に戻って手紙を引き出しに入れると、足早に団長の下へと向かった。


「レイチェル・クラディウスッ!入りますっ!」

「あぁ来たかレイチェル。待ってたぞ」

 私が部屋に入れば、団長は手にしていた書類をテーブルの上に置き、私へと目を向けた。私も団長の座る机の前まで歩み寄る。……テーブルの上に置かれているのは、報告書だった。しかし聖龍騎士団の物ではない。他所の騎士団の物だった。


「来て貰って早速だが、青銅騎士団から我々聖龍騎士団に要請があった。目的は、山間部に出現する盗賊の排除だ」

「盗賊、ですか?」

「そうだ。……まずは、その盗賊について順を追って説明していこう。最も古い目撃情報から、件の盗賊団が活動を開始したのは今から数ヶ月前。冬の終わりの頃だ。連中はある特定のエリアでのみ活動しているようだ。被害に遭ったのは商人や貴族の馬車が殆どだ。その数は、既に二桁を超えている」


「二桁も、ですか?随分と被害が大きいようですが。……盗賊の殲滅、或いは捕獲のために部隊を動かしたのですか?」

「あぁ。それも3回もな。最初は被害の報告を受けて、その山岳地帯が担当区域に指定されている青銅騎士団の駐屯地から20人、一個小隊が派遣されたが、盗賊との戦闘で多くが負傷し、撤退を余儀なくされた。その後、駐屯地で、中隊規模の部隊での作戦を考えていた矢先だった。とある貴族の馬車がその盗賊の襲撃を受けた。幸い、命までは取られなかったが、平民の盗賊にしてやられたのがよほど頭に来たのだろう。そいつの息子が光防騎士団で中隊長をしていた事から、被害にあった貴族はバカ息子にその事を話し、逆襲しようとしたようだ」


「成程。それで、その中隊は?」

「……全滅、だそうだ」

「ッ」

 全滅、と言う言葉に私は息を呑んだ。中隊となれば小隊の倍、40人近い兵士がいたはずだ。如何に光防騎士団とは言え、盗賊相手に全滅だと?


「全滅。まさか、全員戦死ですか?」

「いや。流石に数人は生き残った。……が、中隊長を含めた大半が賊の待ち伏せを受けて戦死したそうだ」


「……そうですか。それで更に討伐隊が編成されたのですか?」

「討伐隊、と言うと聞こえは良いが実際は違う」

「と、言うと?」

 団長の言う意味が分からず私は首をかしげた。


「さっき言った光防騎士団の中隊が全滅した後、死んだ中隊長の父親が光防騎士団に打診したんだよ。『息子の敵を取って欲しい』ってな。で、光防騎士団の連中も、『平民の盗賊にやられたままでは騎士団の沽券に関わる』ってんで今度は60人規模の大隊を派遣したんだが……」

「……そちらも全滅ですか?」

「あぁ。生き残りの証言によれば、狭い谷間におびき寄せられ、上から振ってきた落石に押しつぶされた、とさ」

「そうですか」


 派遣された光防騎士団の連中の技量は分からないが、それでも60人規模の大隊をどうにかする、か。確かに我々聖龍騎士団に依頼が飛んできたのも頷ける。

「それで、依頼の最終的な目標は?」

「青銅騎士団からの依頼では、可能ならば件の盗賊の頭目、及び人員の捕縛をして欲しいとの事だが。無理そうなら、最低でも討伐の証を持って帰ってきて欲しい、だそうだ」

「分かりました。……しかし、被害が二桁とはかなりの物ですね。その被害が発生している山岳地を避けて通る事は出来ないのですか?」

「不可能ではないが、時間が掛かるから、と言って商人などは護衛を雇って強行突破しようとしているようだ。……まぁ、そう言う輩に限って襲撃を受けるんだがな」


 そう言うと、団長は一旦席を立ち、近くにあった棚の中から地図を引っ張り出してきて自分の机の上に広げた。


「山岳地帯、と言うが被害にあっているのはここだ」

「ッ。『レリーテ山脈』の辺りだったのですか?」


 『レリーテ山脈』。それは我が国の中央より少し南へ行った所にある山脈だ。決して大きな山脈ではないが、我が国の領土を横切るように東西に延びているレリーテ山脈によって、王都イクシオンがある中央や北部から、山脈の南側である王国南部への移動する場合ルートが限られているのだ。


「知っての通り、山脈を越えて北部や中央から南側に抜けるには、山脈を東西から迂回するか、山間を切り開いて作られた少数の山道を通っていくしか無い。今回被害が発生しているのは、その山道の一つで、だ」

「成程。……襲撃が行われている具体的な場所はどこなのでしょうか?」


「我々の居る王都から見て、南側。つまりこちらから行くと山脈を越えた向こう側という事になる」

「……成程。それで団長。敵の盗賊団の頭目は、どんな奴なのですか?」

「あぁ。それについて何だが、聞いて驚け?なんと女だそうだ。それも、恐らくお前よりも年下のな」


「……え?」


 突然の説明に私は耳を疑った。

「そ、それは本当なのですか?盗賊の頭目が、私よりも年下の少女?」

 思いがけない言葉に私も流石に信じられず問い返してしまった。


「あぁ。戦闘で生き延びた青銅騎士団の証言を照らし合わせると、少女である事には間違い無いらしい。更に、どれだけ若く見えても流石に30代では無いだろう、と言うのが証言した青銅騎士団の連中の言い分だ」

「まさか、子供が盗賊団を率いていると?にわかには信じられませんが」

「俺も最初、報告書を読んだ時は自分の目を疑った。……が、どうやら間違い無いらしい。更に厄介なのが、青銅騎士団によるとその頭目の少女の戦い方が、お前と似ていると報告した奴が居たそうだ」


「私と似ている?どう言う意味ですか?」

「何でも報告してきた奴は、以前お前と手合わせをした事があるそうだ。そして、任務で盗賊団の掃討に向かい返り討ちにあったんだが。その時の戦闘で頭目の少女と戦ったらしい。本人は10回と打ち合うこと無く剣を弾かれ、腕を浅く切られたそうだ。……が、その時戦った感覚と言うか、頭目の戦い方がお前に似ていたそうだ」


「と言う事は、私と同じ速度で相手を翻弄するタイプ、なのでしょうか?」

「詳しい事は分からん。が、お前達にはまず、青銅騎士団の駐屯地に向かって欲しい。そこで事情や周辺の地形、敵の状況などを詳しく聞き、その後はお前の判断で件の盗賊を討伐、或いは捕縛を行ってくれ。……それと」


 ふと、団長は自分のテーブルの引き出しから手紙を取り出して私に差し出した。

「これは?」

 私はそれを受け取りながら首をかしげた。


「お前に限っては必要無いと思うが、万が一の時は駐屯地の青銅騎士の力を借りる事になるだろうから渡しておく。もし相手の駐屯地の責任者が渋ったらそれを見せろ」

「分かりました。ありがとうございます」


 私は受け取った手紙を左手に持ち替え、敬礼をする。


「それではっ、レイチェル・クラディウスッ!任務を拝命いたしますっ!」

「うむ。準備に1日やる。出発は明日の早朝。ルート選びなどは隊長であるレイチェル、お前に一任する。……頼んだぞ」

「はっ!」


 そう言って私は部屋を出て会議室に向かった。


 そこでは既にマリー達が集まっており、皆に私がレジエス団長から聞いた事や任務の目的を話した。


「盗賊、ですか。光防騎士団とは言え一個中隊を壊滅させるだけの相手。油断は出来ませんね」

 神妙な面持ちのマリーに他の皆が静かに頷く。


「そうだ。だからこそ、各自決して気を抜かないように。良いな?」

「「「「「了解っ!」」」」」


 その後、皆それぞれで出陣の用意を始めた。私も私で、早めに家へと戻りローザに任務でまた数日空ける事を話した。


 そしてその日の夕食でのことだった。


「う~ん」

「ん?どうしたローザ。何か気になる事でもあるのか?」

「あ、はい。実は先ほど聞いた話で、少し」

「それは明日からの任務の関係している事だな?何が気になるんだ?」

「はい。先ほどのお話によると、盗賊のリーダーはお嬢様よりも年下の女の子、なのですよね?」

「あぁ。先に戦った青銅騎士団の証言が正しければ、だがな」

「では何故、その子は盗賊のリーダーなどしているのでしょう?盗賊のリーダーの娘、とかなのでしょうか?」

 そう言って首をかしげるローザ。


 確かに、と私は頷く。盗賊のリーダーに娘が居て、何かの理由でリーダーが死亡。なので娘が後を継ぐ。考えられない話ではないが……。


「しかしローザ。仮にも盗賊なんてものをやるのは基本的に男だ。女の盗賊がいない、とは言わないが、聖龍騎士として数年働いてきた私でさえ、女性がリーダーを務める盗賊など見た事が無いぞ?」

「そうですよね。……でも、じゃあ一体、何の理由でその子は盗賊のリーダーなんてやっているのでしょうか?」

「……ふぅむ」


 しばし食事をしつつ考えてみたが、結局これといって説得力のある理由は思い浮かばなかった。……まぁ、捕えてみれば何か分かるか、として私はその日の自分を納得させ、早々に眠りについた。


 そして翌朝。いつものように詰め所へと行き、聖剣ツヴォルフと鎧を装備し、皆と共に王都イクシオンを出立した。


 当初の目的地である駐屯地までは馬でも3日はかかる。道中にある街で宿を取りつつ、私達は駐屯地へと向かった。


 その道中は特にこれといった問題も無く、私達は一度レリーテ山脈を越えて、南側にある駐屯地へと向かった。


 しかし、レリーテ山脈を越えた時、私は遠目に『ある物』を見つけた。



「あれは……」

 山脈を下るように蛇行する山道を降りている時の事だった。ふと気になる物があり、私はリリーの足を止めた。……遠目に見えるそれは、『村だった物』だ。何かに破壊されたのか、家屋だった残骸が無数に見える。


「あぁ。あれは多分、雪崩に巻き込まれた村の残骸、ですよ」

 と私の呟きに答えた者がいた。女性騎士のアリスだった。……っと、そう言えば。

「アリスは確か、南部の出身だったな?」

「はい。故郷はもう少し南の方ですが」

 アリスは少し、悲しみの表情で村の残骸の方を見つめている。


「しかし、雪崩に巻き込まれた村とは、どういうことだ?」

「元々、このレリーテ山脈は鉱山として採掘が行われているんです。ですから鉱員達が暮す村が山脈の麓に作られるんです。……しかし、雪解けの時期になるとごく希に、山に積もった雪が崩れて雪崩を起こすんです。……恐らく、あの村もその雪崩に巻き込まれて。……この時期のこの辺りなら、そこそこある話ですが」

「……そうだったのか」


 アリスの説明に頷きながら、私は遠目に見える村だった残骸に目を向けた。遠目に見える残骸は、ボロボロで何年も放置されているようだった。一部には苔が生えているのか所々緑色の部分も見える。


 しかし、そんな残骸を見ていると考えてしまう。『あの村に居た人々は無事なのだろうか?無事だとして、村を失った後、どこに行ったのだろうか?』と。


 だが考えても始まらない。

「隊長、そろそろ」

「あぁ」

 マリーが声を掛けてくれた。今の私達には任務がある。


「足を止めてしまってすまない。移動を再開するっ!」

「「「「「はいっ!」」」」」


 そうして山脈を降りた我々は数時間後、目的地である青銅騎士団の駐屯地が見えてきた。が……。


「ん?」

 不意に、視線を感じ私はリリーの足を止めた。すぐさま周囲の林を見回す。

「隊長?」

 私が足を止めたことを不審に思ったのかマリーが声を掛けてきた。一度そちらに視線を向け、また森の方へと視線を向けるが。……気配の主には逃げられたか。


「どうかしましたか?」

「いや。少し誰かに見られているような気配がしたんだが。……まぁ良い。行こう」


 そう言って私はリリーの足を進める。



 その後、無事に駐屯地へとたどり着いた私達。事前に伝書鳩で連絡が来ていたため、すんなりと中には入れた私達。私は部下達に休憩しているように言うと、マリーと共に駐屯地の司令官の下へと向かった。


「本日は、ようこそおいで下さいました。当駐屯地の管理を任されております。大隊長のマルケス・フリッツと申します」

 私達を大隊長室で出迎えたのは、小太りの中年男性だった。彼の後ろには副官らしい男性が控えている。

「聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスです。こちらは副官の……」

「マリー・ネクテンです」


 私、マリーの順番でマルケス大隊長と握手を交す。


「早速ですが、件の盗賊団について、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「はい。どうぞおかけ下さい」

「「失礼します」」


 テーブルを挟んでソファに腰を下ろす私達。


「こちらの青銅騎士の方が提出された報告書は確認させて貰いましたが、改めて現場の人間であるマルケス大隊長達の口から盗賊についてお話を聞きたいのです。まずは出現した時期やこれまでの経緯などから」


「分かりました。では、順を追って説明を致します。……件の盗賊団が現れ始めたのは、今から数ヶ月前。丁度、雪の殆どが溶けて春が近づいてくるのを肌で感じられるような時期でした。この南側から北部へ抜けようと山道を馬車で移動していた商人が、最初の被害者です。幸い彼や彼の部下は命を取られませんでしたが、馬に荷馬車、商売道具にお金まで奪われたそうです。報告書によれば、服以外全て奪われたと。その後、我々は現場付近へ、巡回と警戒の為の小隊を定期的に派遣していたのですが、小隊は盗賊を発見出来ず。被害は増すばかり。仕方無く討伐隊を編成したのですが……。ご存じの通り返り討ちにあいまして。……あの、光防騎士団が向かった事は……」

「こちらでも聞き及んでいます。彼等の大隊が壊滅された事はご存じですか?」

「えぇ、まぁ。……おかげで駐屯地の兵たちもすっかり怯えてしまって。敵は光防騎士団とは言え、大隊を倒す規模となると、流石に皆慎重にならざるを得なかったのです」


 そう言って困り顔を浮かべるマルケス大隊長。

「このまま、新たに兵を派遣しても被害が拡大するばかりかと考え、私どもは聖龍騎士団へと依頼を飛ばした次第です」

「そうだったのですか。では、敵の盗賊団について知っている事を教えて下さい。規模や、良く襲撃が起こる場所などを」

「分かりました。おいっ、あの辺りの地図を取ってくれ」

「はっ!」


 マルケス大隊長の指示を受けた副官の男性が、近くの棚から地図を持ってきて、失礼します、と言って私達の前のテーブルにその地図を広げた。


「被害が特に確認されているのは、この麓の辺りです。ある程度差がありますが、大まかにこの麓や、ここから少し離れたところで略奪が行われております」

「ふむ。被害の規模や、死傷者は?」

「はい。被害は既に13件に上ります。そしてその全てが商人や貴族の乗った馬車です」

「ん?どういうことですか?」

「順を追って説明させていただきますが、北部や中央からこちら、南部に来る場合のルートは山間に作られた山道を越えるか、東西に大きく迂回するしかありません。そして山道を行くルートは、馬や馬車であれば1日。徒歩でも3日あれば越えられる物です。ですので商人以外にも、移動に使われる乗り合いの馬車などが普通に山道を行き交いしていますが、これらは一切被害にあっていません」


「被害にあったのは、商人や貴族だけ?」

「はい。まぁ、乗り合いの馬車に乗っている人間の持っているお金など、そこまででは無いでしょうから、狙う意味が無いのかもしれませんが」

「……成程」


 金になりそうに無い物は狙っていない、とも取れるが。今ここで判断するのは早計か。とりあえずは頭の片隅に留めておこう。


「盗賊団の数は?」

「そちらについては、分かっているだけでも30人前後。殆どは30代前後の男達ですが、1人だけ少女を確認しています。そして現場からの報告によると、その少女がリーダー的存在のようです」

 30人、か。決して多くは無いが盗賊をやるのには十分な頭数だ。


「他に何か、盗賊の特徴のようなものはありますか?」

「特徴、ですか」

 しばし考え込んだ様子のマルケス大隊長。やがて……。

「そう言えば……」

「何か?」

「確か、最初に被害にあった商人達の言葉なのですが、盗賊の大半がツルハシで武装していたと」

「ツルハシ?鉱山で採掘に使われる?」

「はい。確かにそのような証言があったかと」


「どういうことでしょうか隊長?まさか、その盗賊って元鉱員とか?」

「その可能性が0、と言う訳ではないだろうな。しかし、となると大半は戦闘訓練も禄に受けてない大人という事になりますね」

「えぇ。実際、リーダーの少女以外は我々青銅騎士団の騎士や歩兵でも十分に対応出来る存在です」

「成程。……逆に言えば、その力量差を覆すリーダーと目される少女が脅威、と?」

「はい。仰る通りです」


 ふぅむ。私は話を聞き、片手を顎に当て地図に視線を落とす。


 聞く限りの情報をまとめると、一番の脅威はリーダーと目される少女だな。その戦闘力は一般的な騎士数人に匹敵、或いは上回っているとも考えられる。……しかしそれ以外の戦闘力は素人と大差無く、青銅騎士団でも対処出来るレベル。…………となると最優先はリーダーとされる少女の捕獲か無力化だな。それさえ出来れば後は青銅騎士団たちだけでもどうにか出来るかもしれない。


 が、問題は……。

「敵のアジトか何かに心当たりは?」

「いいえ。それについては何とも。……この麓の辺りには無数の坑道がありますが、大半は鉱物を掘り尽くしたと言う事で閉鎖されています。このどれかをアジトにしている可能性もありますし、こちらが把握していない洞窟のようなものがあるのかもしれません」

「……隠れる場所は多い、と言う事か」

「はい」



 敵の居場所が分からない、となると作戦にも影響が出る。かといって無闇に探し回っても見つけられる可能性は低い。むしろ余計に体力を消耗し、そこを付け入られる可能性もある。

「どうします、隊長?」

「……当面は盗賊をどうやっておびき寄せるか、だろうな。討伐するにせよ捕縛するにせよ、見つけなければ話にならないからな。まずはその辺りの作戦会議をするのが妥当だろう。……マルケス大隊長も、それでよろしいですね?」


「はい。それはもう。我々も盗賊団討伐のため、可能な限りの協力はさせて頂く所存ですっ!」

「ありがとうございます」


 さて、これで当面のやるべき事は決まったな。まずはどうにかして件の盗賊団を誘い出す。問題は、どうやって連中を誘い出すか、だな。


 盗賊団の連中と対峙するための案を、私はマリーやマルケス大隊長たちと共に話し合うのだった。



~~~~~

 場所は変わって、某所にある洞窟。

「ふっ!はっ!るぁぁぁっ!!!」


 洞窟の一部にある開けた場所。無数のランプの明かりだけが灯る薄暗いその場所で、1人の少女が剣を振るっていた。


 炎のように赤い髪を揺らしながら、彼女は一心不乱に剣を振る。汗が飛び散るのも構わず、限界まで自らを追い込むように、少女はただ剣を振り続けていた。と、その時。


「パレッタッ!」

 1人の男が慌てた様子でやってきた。

「ハァ、ハァ、ハァ。ふぅ。……何?どうしたの?」

 息を切らしていた、パレッタと呼ばれた少女は数秒、息を整えてから男の方へ振り返った。


「騎士団の駐屯地付近で見張りをしてた奴が戻ってきたんだが、そいつが言うにはヤバい援軍が来たらしいっ!」

「ヤバい援軍?何それ?」

「聖龍騎士団だよっ!王国でも最強っつ~騎士が率いる部隊だっ!数は20人程度だが、全員そこらの騎士なんかより確実に格上だぞっ!」


「……あっそ」

 男の焦り具合と対照的に、パレッタと呼ばれた少女は興味なさげに、手にしていた剣を鞘に戻した。


「お、おいパレッタッ!分かってるのかっ!?相手は王国最強の騎士のひとりと、それが率いる部隊だぞっ!?それを……っ」

「じゃあどうするの?ここから逃げる?」

「うっ、そ、それは……」

「分かってるでしょ。ウチ等に逃げる事が出来る場所なんて無い。他の土地なんて知らない。だからこそ、戦うしか無いのよ……っ!」


「パレッタ」

「……心配しないでも、聖龍騎士だろうが何だろうが、ウチがぶった切るから……っ!」


 少女は、その瞳に決意の表情を浮かべながら剣の柄を握りしめていた。


 ここに、レイチェル達の新たな任務が始まったのだった。


     第18話 END

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