第16話 護衛任務終了、そして

 本性を現したクリフォードと戦い、私達は何とかこれを退ける事が出来た。無事にミリエーナ様を連れて街へと帰還。伯爵へと彼女を送り届けた。あとは街で一泊して明日の朝、王都イクシオンに戻るだけなのだが、私にはミーナとまだ、話す事があった。



 私はミーナに、どこか人通りの無い場所は無いかと尋ね、案内して貰った。案内されたのは、屋敷の2階にあるバルコニーだ。


 バルコニーからは、夕焼けに染まりつつある街の様子が見えた。私達2人は並んでその町並みを眺めている。


「あの、それでレイチェル様?お話し、と言うのは?」

 やがてミーナの方から問いかけてきた。

「ミーナは、覚えて居る?パーティーがあった日の夜、あなたは私に言った。2つ目の夢は叶わないと知っているから、と」

「……うん」

 私の言葉に、ミーナは少し俯きながら頷いた。


「ミーナは世界を旅したいと言った。でも、自分は伯爵の子供だから無理だと言った。でも、ミーナは、あなたはそれで良いの?」

「……仕方無い事です。私はお父様の、フェムルタ伯爵の娘です。今日、クリフォード子爵が捕まったとは言え、あの方も私や父を憎む大勢の人の1人に過ぎません。だからきっと、私の命を狙う人はまだまだ居るはずです。そして、自らを守る術を持たない私は、外の世界に出てしまったらきっと、呆気なく死んでしまうでしょう」

「だから夢を諦めると言うの?ミーナの夢は、そんなに簡単に捨てて良い物なの?」


「『しょうがない』んです。そうでなければ、私の命は……」

「ミーナッ」


 私は俯くミーナの肩を掴んだ。すると彼女はビクッと体を震わせて私を見上げる。


「私が聞きたいのは、そんな言い訳みたいな話じゃない。夢を諦めるって言うあなたの言葉は本心なのか、そうじゃないのかっ。それを聞かせてっ」

「っ」

 彼女は息を呑み、再び俯いてしまった。


「私だって……」

 しかし、静かに彼女は口を開き、体を震わせながら声を絞り出した。そして……。


「私だって、本当は世界を旅してみたいですっ!色んな物を見てみたいっ!どれだけ諦めの言葉を口にしても、夢はっ、願いは消えないんですっ!」

 それは現実と夢の間で苦悩する彼女の本心からの叫びだった。


「どれだけ危険だと分かっていても、本当は色んな事を見てみたいっ!知りたいっ!経験したいんですっ!でも、私が死んだらきっとお父様もお母様も悲しみますっ!それに、物書きになる夢も、そこで終わりになってしまうっ!だから諦めるしかっ!」


 私は静かにミーナの事を見守っていた。


 彼女には叶えたい夢がある。しかし世界の残酷さは言わずもがな。彼女が外の世界に出てくる事を、手ぐすねを引いて待っている連中がいる。伯爵への復讐のために。


 夢は叶えたい。だが、現実がそれを邪魔する。……そして、現実の恐ろしさは、彼女は今日身をもって知ったのだ。


 だからこそ足踏みしてしまう。夢を叶えたい自分と、現実からそれは無理だと言う自分。そんな二人の自分の葛藤が今のミーナを苦しめていた。


 だが、なればこそ、彼女には私と言うお姉ちゃんが必要なのだ……っ!


「ミーナ」


 私は涙を流す彼女の前で膝を突き、彼女の頬に手を当て親指で流れる涙を拭う。


「聞いてミーナ。私はあなたの夢を応援する」

「え?それ、って?」

「もし、ミーナが外の世界を旅したいと言うのなら、その道中を私が守る。あなたの旅の中で、あなたを守る盾になる。あなたの脅威を取り除く剣になる。私が、命を賭けて貴方を守るわ」


「ッ!」

 ミーナは驚いた様子ながらも顔を赤くしている。

「どうして、レイチェル様が、そのような?」

「理由が知りたい?そんなの、決まっている。私はミーナの、お姉ちゃんなのだから」

「それ、だけで?」


「それだけで、よ。私はミーナの姉だから。だから姉として、妹の未来を助けたい。妹の夢を応援したい。ただ、それだけ」


 彼女の夢の邪魔をする者がいるのなら私がそれを撃ち倒す剣となろう。脅威から彼女を守る盾となろう。全ては、彼女の夢のために。


「で、でも、でも分からないよっ!どうしてそこまでしてくれるのっ!?助けてくれるのは嬉しいっ!守ってくれるのは嬉しいっ!でも、でも戦うって事は凄く危険なんでしょっ!?なのに、どうしてっ!?」

「例えどれだけ危険でも、私はあなたを応援したいからよ、ミーナ」


「え?」


「私は騎士である前に、ミーナの姉である前に、1人の人間だから。1人の人間として、私はミーナの夢を応援したい。ただそう思ったから、私はミーナを手助けする」

「本当に?手伝って、くれるの?」

「もちろん。私はそうしたいから、そうするの。……でも、あなたはどう?ミーナ?」


「わ、私?」

「夢を諦めるのか、諦めずに掴み取ろうとするのか。……ミーナが私に見せてくれた、あの本の2人のように、危険を承知の上で挑むのかどうか。あなたの答えをもう一度聞かせて、ミーナ」


 私は問いかける。今は膝を突いた状態の私をミーナが見下ろす形となっている。


「私、私はっ。世界を見てみたいですっ!叶うのならっ、レイチェル様と一緒にっ!」

 ミーナは私を見上げながら、叫んだ。そして彼女は真っ直ぐ私の目を見つめている。


 彼女は願いを口にした。そして私は、その願いを応援すると決めている。ならば私の答えは一つだ。


「なら、私と一緒に世界を見て回ろう、ミーナ。一緒に」


 そう言って私は彼女の手を取る。そして……。


「あなたの夢を、私が守る」


『チュッ』

 私はそう言って、ミーナの手の甲に口づけをする。


「んっ」


 ピクンと頬を赤らめながら体を震わせるミーナ。


「あなたの夢の守り手として、私、レイチェル・クラディウスは戦う事をここに約束する。だから一緒に世界を見に行こう、ミーナ」


 私はそう言って、膝立ちのまま今度は私が彼女を見上げる。


 そして彼女の答えは……。


「うんっ!レイチェルお姉ちゃんっ!」


 嬉し涙を流しながらも、笑みを浮かべていた。と、次の瞬間彼女が私に抱きついてくる。そんな彼女の頭を、私は優しく撫でてやる。

「えへへっ、ありがとうっ、お姉ちゃん」

「ふふ、これも姉の役目だ。気にするな」


 ミーナの言葉に、私はそう言って笑みを浮かべた。



 その後、私はミーナと少しばかり話をしてから彼女と別れ、屋敷を後にした。そしてマリー達と合流し宿に向かっていたのだが……。



「ハァァァァ~~~~~~~~~」

 私は顔を赤くしながら長い長いため息をついていた。……いや理由は言わずもがなっ!さっきの事だっ!また私ときたらっ!後から気づくと恥ずかしい台詞を多用してあんな事をぉぉっ!!うぅぅぅぅっ、思いだしただけで顔から火が出そうだっ!


 と言うか特にあれっ!ミーナ、あぁいやいや、ミリエーナ様の手の甲にキスってっ!女同士で何をしてるんだ私はぁっ!あぁぁぁっ!!


 私はため息をつきながら内心、悶えていた。


~~~~

「ねぇ、何あれ?隊長、なんで悶えてるの?」

「さぁね。まぁでもあの様子だと、ミリエーナ様辺りに歯の浮くような台詞言ってたんじゃない?さっきバルコニーみたいなところで話してるの、遠巻きに見えてたし」

「あ~~ウチらの隊長は、あぁ言うときはカッコいい事バンバン言っちゃうんだけどね~」

「そうそう。大体あとで思いだして赤面してるのよね~」

「……って事はミリエーナ様を攻略したのかな?」

「「「「あ~~。その可能性あるかも」」」」


 と、レイチェルの与り知らぬところでそんな話をしている部下の女性騎士達。



~~~~

 宿にたどり着いたその後は、もう遅い事もあって私は食事と湯浴みを済ませると、用意された部屋ですぐに休んだ。幸い、もう夜に警戒用の者を立てる必要は無いからな。


 ハァ、しかし思い返すだけでも恥ずかしい事をミリエーナ様に言ってしまった。うぅ、思い返すだけで顔から火が出そうだっ。……とは言え、私も騎士。自分の言葉を反故にするような真似はしない。……しないのだが。……あぁやっぱり恥ずかしいっ!!!


 うぅ、明日の朝、王都へ戻ると言う報告のために伯爵家に行くのだが、どんな顔をしてミリエーナ様に会えば良いのか。ハァ、不安だ。



~~~~

 夜、フェムルタ伯爵家。ミリエーナの自室。


 すっかり夜も更けた頃。しかしベッドの中で横になっているミリエーナは今も起きたまま、顔を赤くしていた。


 彼女は顔を赤くしたまま、ほんの数時間前に、レイチェルに口づけをされた自分の手の甲に視線を向ける。


「ッ~~~!」

 それだけであの時の事を思いだし、彼女は更に顔を赤く染める。緊張と興奮、戸惑いで心臓が早鐘を打つ。


「レイチェル、様」

 彼女は静かに彼女の名を呼ぶ。そして名を呼ぶ事で紐付けされた記憶が鮮明に蘇る。


 初めて彼女と会った時の事。あの本が好きだと言う事を肯定してくれた時の事。添い寝をしてくれた時の事。暗殺者の襲撃で、怯えきっていた時に優しく抱きしめてくれた事。宵闇に怯える自分を慰め、安らぎを与えてくれたあの時の事。自分の姉になってくれた時の事。


 そして、戦いの中で傷付きながらも彼女の存在を否定するクリフォードを、真っ向から否定し、彼女の命を守り抜いたあの戦いでの後ろ姿を。


「ッ」


 鮮烈に、鮮明に、脳裏に焼き付いた彼女の姿が離れない。

「レイチェル、様」


 名を呼べば、レイチェルがこれまでミリエーナに見せてきた微笑みの数々が蘇る。


「レイチェル、お姉ちゃんっ」


 更に名を呼ぶ。それだけで、頭を撫でてくれた彼女の手の温もりや、証として口づけをしてくれた唇の柔からかさが蘇る。


「お姉ちゃんっ」


 レイチェルの事が頭から離れないミリエーナ。彼女の見せた優しさ、勇姿。あらゆる姿がリピートされていく。そして……。


『どうして?考えれば考えるほど、お姉ちゃんの事が頭から離れなくなる』


 同じ場所をグルグルと回るように、レイチェルの事を考えないようにしようとしても、勝手に脳裏に湧き上がるレイチェルの姿。


 その事に彼女は困惑していた。どうしてなんだろう?と。


 それから数十分、ミリエーナは眠れず、頭の中に浮かび上がり続けるレイチェルの姿に戸惑いながらも、頬を赤く染めていた。

『分からないけど、凄いドキドキする。お姉ちゃんの事を考えるだけで、心臓が五月蠅いくらいに、すっごくドキドキしてる』


「レイチェル、お姉ちゃん」

 止らないイメージの濁流。落ち着かない鼓動。それから彼女は更に数十分ほど、悶々としていた。


 が、やがて彼女は理解した。自分の大好きな本についてレイチェルと話をしていたときの事を思いだしたからだ。


 本の中で語られていた、二人の少女の恋愛。そしてその中で表現されていた、『恋』という存在。その表現が今、正しく自分に当てはまると言う事をミリエーナは自覚する。


 つまり、『大好きな人の事を考えずには居られない』という事を。


「……あぁ、そっか。私って、お姉ちゃんが、好き、なんだ」


 彼女は顔を赤く染め、笑みを浮かべながらもずっとレイチェルの事を考えていた。


「お姉ちゃん。好き、好きぃ。……あぁ、明日お姉ちゃんが最後の挨拶に来るって言ってたし。……うん、勇気を出して言おう。うん。それが良いよね。ふふっ」


 ミリエーナは笑みを浮かべながらベッドの天蓋を見上げる。


「ハァ、早く明日にならないかな~」


 彼女は待ち遠しそうに、そう漏らしていた。



 一方。

「ッ!ん?ん?!」


 夜中、突如として襲ってきた悪寒に戸惑い周囲を見回すレイチェル。


「な、何だ今の悪寒のような、しかし違うような感覚はっ?……な、何か、嫌な予感というか、トラブルが起きそうな気が……」


 実際翌朝には色々とトラブルが発生するのだが、今のレイチェルにそれを知る術は無かったのだった。



~~~~

「ふぁ~~~」


 何だかんだで色々あった翌日。ハァ、昨日の夜は、何だか変な悪寒というか、嫌な予感のせいであまり眠れなかったなぁ。まぁ、最後の挨拶を済ませれば任務は終了。晴れて王都への帰還となるのだが。とにかく、ミリエーナ様とは今後も連絡を取り合う事になるだろう。


 彼女の夢を応援すると誓ったのだ。誓いを守れないとなれば騎士の名折れ。とりあえず、今後は手紙でやり取りなどをしながら、お互いの予定が合った日に、私が彼女の旅を手助けする、と言う形になるだろうか。


 まぁそれも良い。と考えながら私は笑みを浮かべる。私の行いが一人の少女の夢の助けとなるのなら、何と誇らしい事か。


 さて、そう言った話も必要だし。マリー達と共に朝食を済ませた私は彼女達と共に伯爵家へと向かった。


 レイモンド達給仕の者に出迎えられ、私達は屋敷の玄関前までやってきた。すると中から手紙を持ったフェムルタ伯爵が姿を見せた。更に彼に続いてミリエーナ様も姿を見せる。

「おはようございます、伯爵。ミリエーナ様も」

「おはようございます、レイチェル様」

 私が挨拶し、伯爵もそれを返す。更にミリエーナ様も静かに会釈をしている。


「このたびは娘を守って頂き、なんとお礼を言えば良いやら」

「どうかお気になさらず。人々を守るのが我ら騎士団の役目。ミリエーナ様がご無事で、何よりでした」


「そう言って頂けるとありがたい。私としても、皆様に依頼を出して正解だったと思っております。……戦いの中で命を落とした光防騎士団を悪く言う気は無いのですが、やはり彼等だけでは娘を守り切る事など不可能だったでしょうから」

「……そうですね」


 彼奴らが死んだ事については、私も責任を感じていた。いけ好かない奴らだが、あんな連中でも家族が居たのだろう。そう思うとやるせない。


「っと。そうでした。実はレイチェル様にお願いしたい事が」

「お願い、ですか?」

「はい。これをレイチェル様の手で直接、今の法務大臣へ手渡して欲しいのです。私の名を出せば、恐らく彼は受け取るでしょう。今の法務大臣は、過去に私の部下だった者ですから」

 そう言って手紙を差し出す伯爵。私はそれを受け取った。……こう言った物について内容を聞くのは失礼に当る。そもそも法務大臣に直接、と言うのだから十中八九、クリフォード関係だろう。


 ちなみに、クリフォードはあの後、ゴルデ大隊長が指揮する駐屯地へと身柄を移した。数日もすれば、裁判など色々あるので王都へと身柄が移されるだろう。


「分かりました。私の手から、直接法務大臣にお渡しします」

「お願いいたします」


 そう言って私に軽くお辞儀をする伯爵。


「レイチェル様」


 その時、ミリエーナ様の声が聞こえた。

「もう、行っちゃうの?」

「ミリエーナ様。残念ながら私は聖龍騎士。まだまだ、やるべき事があります。ですで、王都に戻らなければなりません」

 私の言葉に彼女は少し不満そうな顔を浮かべる。仕方無い。私は彼女の前で膝を突いた。


「それでも、もしミリエーナ様が私を必要とする時があるのなら、いつでも私を呼んで下さい。もしもの時は、すぐに駆けつける次第です」


 そう言って、私は優しく彼女の右手を両手で覆う。


「私はあなたの夢を応援すると決めた騎士です。だからいつでも、頼って下さい。この私を、聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスを」

「ッ、うんっ!!」


 ミリエーナ様は、一瞬顔を赤くしながらもすぐに強く頷いた。


 その姿に、彼女の隣に居た伯爵も微笑みを浮かべている。


 私も彼女の微笑みに、笑みを浮かべながら頷き返すと立ち上がった。


「それでは伯爵。我々は任務を終えたため、王都イクシオンへと戻ります」

「はい。今回の事、本当にありがとうございました。娘を守って頂いた恩は、決して忘れません。もし私達に何か出来る事がありました、遠慮無く我が家をお尋ね下さい」


「ありがとうございます。それでは、これで失礼いたします」


 そう言って私は踵を返そうとした。が……。


「お姉ちゃんっ!」


 ミリエーナ様の声に私は足を止めて振り返った。……若干伯爵や執事のレイモンドが、「ん!?」みたいな表情をしているが、無視しようっ!


「どうかしました?ミリエーナ様」


「私、私っ、お姉ちゃんにどうしても言いたい事があるのっ!」

「何でしょう?」


 何を言われるんだろう?と私は思い、考えていた。……しかし彼女の答えは、私の予想の斜め上をぶっちぎっていた。


「あのっ!私、レイチェル様とお付き合いさせて頂くことは出来ますかっ!?」


 …………………………………。ん?

「は?」


 今の言葉を言ったのは、私は、伯爵か、マリー達の誰かか。それとも給仕の誰かか。しかし皆、誰が言ったのか気にする暇は無かった。


「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?!」」」」」」

 次の瞬間、私とミリエーナ様以外の者達、マリーやレイモンド達。そして伯爵が驚き叫んだ。


 そして私はと言うと…………。



『えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?待って待って待ってッ!どうして急にそうなるっ!?こ、告白っ!?私は今、年下の同性から告白されたのかっ!?ど、どうしてそんなっ!?道中優しくしたからかっ!?命がけで守ったからかっ!?私としては自分のやるべき事を果たしただけのつもりなのだがっ?!』


 頭の中でグルグルと思考がめぐり、どうしてこんな事になったのだ!?と必死に考える私っ。


『い、いやいや待て待てっ!彼女の言葉を思い出せレイチェル・クラディウスッ!彼女はお付き合いと言ったっ!それはつまり、夢を叶える為に付き合って欲しいとかそう言う意味のはずだっ!う、うんっ!きっとそうだっ!よしっ!ならば確認する他無いなっ!うんっ!』


「え、えと、ミリエーナ様?その、お付き合いというのはミリエーナ様の夢を叶える為に一緒に頑張ろう、と言う類いのお付き合い、と言う事でよろしいでしょうか?」

「ち、違いますっ!こ、これはそのっ、しょ、将来、その、こっ、婚姻を前提にしたお付き合いで……っ!ッ~~~~!は、恥ずかしいのでこれ以上はいせませんっ!」


 顔を茹でたトマトみたいに真っ赤にし、恥ずかしそうにそっぽを向くミリエーナ様っ!しかし今聞いたぞっ!確実に『婚姻』って単語が聞こえたぞっ!!


 そして見てっ!隣を見てミーナッ!あなたのお父様混乱して思考停止してるよっ!虚ろな目で空を見上げてるよっ!!今にも口から霊魂吐き出しそうな顔してるよっ!


「わっ!わっ!わっ!し、しちゃったよホントに告白っ!」

「ねぇねぇ、隊長受けるのかな?!どうするのかなっ!?」

「隊長~~!ここで断ったら女が廃りますよ~!」

 そしてマリー達ぃっ!何故に煽ってくるっ!?畜生他人事だと思って彼奴ら好きなようにまくし立ててっ!


 そして男連中は……。

「「「「「「………………」」」」」」

 畜生っ!こっちも伯爵みたいな思考停止状態かっ!


 し、しかしこの状況で周囲に助けを求める事も出来ないっ!騎士としての誇りがあるからだっ!……でも意味不明すぎて私は少し泣きたいっ!いや、好意を持って貰える事は嬉しいが、どうしてこうなったっ!?何が原因だっ!!


 私は必死に記憶を掘り返し、こうなった原因を探っていた。


 すると……。

「やっぱり、ご迷惑、ですか?」

「ッ」


 私が何も言わない事を、返事に困っていると捉えたのか、ミーナが悲しそうな声で呟く。その声で我に返った私なのだが……。


 あぁぁぁぁぁっ!何かミーナが今にも号泣しそうな顔をしているっ!これはあれだっ!私の答えが間違ってたら大泣きする奴だっ!絶対心に傷を負う奴だっ!か、かといってこの告白を受けて良いのかっ!?女同士だぞっ!わ、私に今の所そっちの気は無いっ!し、しかし下手に受けたとして、貴族連中の間で噂になれば、私のクラディウス公爵家やフェムルタ伯爵家にまで迷惑を掛けかねないっ!!!くっ!!!どうする私っ!


 どうこの難局を乗り越えるっ!?


 必死にポーカーフェイスを浮かべながら頭の中で考えた私は……。


「ミリエーナ様」

 静かに彼女の前で膝を突いた。


「正直、私は驚いています。ミリエーナ様からの告白を受けるなんて、思っても見ませんでした。好きと言ってくれたこと、人としてとても嬉しく思います。でも、申し訳ありませんが、私はまだミリエーナ様の告白に答えを出すことは出来ません」


「どうして、ですか?やっぱり、女同士は、変、だからですか?」

「いいえ。恋愛の形は人それぞれ。女同士だから変、などとは私は思いません」

そう言って今にも泣きそうな彼女を宥める。今の所私は普通だ。そっちの気は無い。しかしだからといって人の恋愛事情を嗤うつもりも無い。それは人それぞれだからだ。


「で、ではなぜダメなのですかっ?私はこんなにも、お姉様をお慕いしておりますのに」

 ウルウルとした瞳で私を見つめるミリエーナ様っ!って言うか『お姉ちゃん』がいつの間にか『お姉様』にランクアップしてないかっ!?っと、いかんいかんっ!今はそんな事を気にしている場合じゃないっ!


「残念ながら、私は今騎士として戦場に身を置いております。そしてもし、仮にミリエーナ様と婚姻を結んだとしても、もしもがあれば私は戦場で命を散らし、ミリエーナ様を置いて行ってしまう事になります。そうなればきっと、貴女はとても悲しまれるでしょう。それに、私達がお付き合いしたとして、それを周囲がどう見るか。加えて、現在我が国において同性の結婚は認められておりません。同性同士の婚姻を認めている国家がある事は私も聞き及んでいますが、今の私は騎士として祖国に忠誠を誓った身。この国を離れる事は出来ません」

「だから、無理だと仰りたいのですか?お姉様はっ」


「……正直、言い訳じみているとは私も思います。ですが何よりの問題は、私自身です」

「お姉様、自身?」

「はい。正直に言うと、私はミリエーナ様にどう答えて良いのか分からないのです。同性から告白された事は愚か、異性とお付き合いした事さえ、私には無いんです。だからお付き合い、と言われても私には良く分からないのです。もちろん、好意的に思ってくれている事は嬉しいと思いますが。……恋愛というものが良く分からず、曖昧なまま答えるのは気が引けてしまう。……だからこそ、今の私ではミリエーナ様の告白に答えを出すことが出来ないのです」


「そう、なのですか?」

「はい。……ですから、ミリエーナ様にお願いがあります」

「お願い?」

「はい。今の私では、恐らくミリエーナ様の告白に答えを出すことが出来ません。ですからどうか、待っていて欲しいのです。……必ず、あなたの告白に答えを出します。だから、私の答えが出るその日まで、ミリエーナ様にはお待ち頂きたいのです。……お待ち頂いている間は、悶々とした日々を過ごす事になってしまうかもしれませんが、必ず、どんな形になろうとも答えを出して見せますので」


 その言葉に彼女は……。

「……分かりました」

 少し残念そうに息をつきながらも、笑みを浮かべて頷いた。


「確かにいきなりの告白では、お姉様も返事に困ってしまいますよね。ですから、返事をお待ちすることにします」

「申し訳ありません、ミリエーナ様。本当ならば、今この場でお返事をするべきなのでしょうが、それが出来ない我が身をお許し下さい」

「はい。大丈夫ですよお姉様。私は気長に待つつもりですから」


「ありがとうございます」

 彼女の言葉に私は安堵し、そう言って笑みを浮かべたのだが……。


「あっ、でも流石に待たされすぎると、怒ってお姉様の家に押しかけるかもしれないので、お気を付け下さいね♪」


 前言撤回っ!あっ、ダメだこれはっ!あんまり長く待たせちゃダメな奴だっ!すっごい良い笑みを浮かべているはずのミーナがなぜか怖いっ!


「で、出来るだけ、早くお返事を出来るよう、努めます」


 私は必死にポーカーフェイスを浮かべ、冷や汗を流しながらもそう答える事しか出来なかった。


 し、しかしここでの任務は終わったし、あとは王都に戻るだけだ。……しかし、伯爵やレイモンド達は放心したまま動かない。

「え、えと、そ、それではミリエーナ様。私達は任務を完了したので、王都へと戻ろうかと思います」

「分かりました。……道中、お気を付けてお帰り下さい」

「はい。それではこれで、失礼いたします」


 そう言って、踵を返そうとしたが……。


「あっ!そうだっ!最後に一つだけ、お姉様にっ!」

「はい?何でしょう?」


 まだ何かあるのか?と考えながら振り返る。が、なぜかミリエーナ様は私の前で必死に、つま先立ちをして私の顔に両手を伸ばしている。な、何がしたいのだろう?と思っていると。

「え、えっと。と、とにかく私の前で膝を突いて下さいっ!」

「え?は、はい」


 戸惑いながらも、彼女の前で膝を突く。すると、彼女が私の肩に手を置いた。何を?と思いながら肩の方に向けていた視線を前に戻した、その時。


『チュッ』


「……………………え?」


 気づいた時には、キスをされていた。もちろん唇にではない。場所は額だ。顔を真っ赤にしながらも、ミリエーナ様は私の額にキスをしていた。…………しかし、脳が状況を理解するのに、時間がかかった。


「……………。ッ!?!??!?!」

 そして理解した瞬間、私の顔は真っ赤になったっ!って言うか、えっ!?えっ!?き、キスされたのっ!?私がっ!?唇じゃないけどっ!で、でも確かにキスされたよ私っ!?


「な、ななっ!何してるのよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 何故か後ろで大騒ぎしているマリーと、キャーキャー騒ぎ立てる女性騎士たち。男共の声は聞こえないから、まだ放心しているのだろうが……。ってそんな事はどうでも良いっ!!い、今私は、年下の女の子から、ひ、額にとは言え、口づけをされたのかっ!?


「み、ミーナ、これ、は?」

 戸惑いすぎてついミーナと私は呼んでしまう。


「えへへっ♪これは、今の私の、精一杯の愛情表現ですよ、お姉様」

 そう言って彼女は私の左手を取り、猫が主に甘えるように頬をすり寄せる。


「お慕いしております、レイチェルお姉様っ」


 そう言って嬉しそうに頬を染めながら笑みを浮かべるミーナ。



 しかし、肝心の私は……。


『なんで、なんで……っ!なんでこうなるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』


 ポーカーフェイスで苦笑を必死に隠しながら、内心叫ぶ事しか出来ないのだった。


     第16話 END

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