第15話 例え誰の子であろうと

 嫌な予感がしたっ!だからマリーに襲撃者の残りを任せ、私は騎馬兵を数騎引き連れ、強引に敵の包囲を突破し、必死に馬車の後を追ったっ!


 馬車の轍の後を追う中で、嫌な予感は増していった。途中から轍が街とは別方向に逸れていたからだ。疑問は不安に。不安は確証へと変わっていった。


 そして見つけたっ!子爵が、いやっ、クリフォードが今正にミーナを切り殺そうとしていたっ!


「ミィィィィナァァァァァァァァァッ!!!!」


 少しでも連中の気を引くために、私は声を張り上げた。そしてそれが功を奏したっ!連中の全員が、こちらに気づいてクリフォードも振り上げた剣を下ろす。


 そしてそれが隙となる。


「退けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

『ズバッ!!!』

「ぎぃぁぁっ!?」


 立ち塞がった敵兵の1人を憤怒の形相と共に切り伏せ、私はリリーより跳躍しミーナとクリフォードの間に着地した。


「下がれっ!ファルコス子爵っ!いや、クリフォード・ファルコスっ!」

「っ!?」

 剣を突き付けられたクリフォードは数歩、後ろに下がる。


「ミリエーナ様っ、ご無事ですかっ!?」

「れ、レイチェル様、どうして……っ!?」

「少々嫌な予感がしたので、雑魚を部下に任せて追いかけてきましたが、正解でしたっ!」


 後ろのミリエーナ様の言葉に答えながらもツヴォルフを構える。


「何故、何故だっ!どうして分かったっ!私の、俺の計画がっ!!」

「……最初にヒントをくれたのは、貴様の方だよ。クリフォード・ファルコス」

「何っ!?」


 私の言葉に狼狽するクリフォード。そこで私は会話を続ける。こちらは私を含めて6人。相手は20人近い。だが、時間を稼げば私の仲間も駆けつけてくるだろう。そうすれば戦力差は無くなる。だからこそ、今は時を稼ぐ……っ!


「貴様は私に追加の護衛として同行すると進言した時、ミリエーナ様が『双子の毒矢使いの暗殺者に襲われた』事を言及していた。だが、貴様はそれをどこで知った?私は一度も、襲撃者の素性を貴様や貴様を主と仰ぐ執事に伝えた事は無いぞっ!」

「っ!!」


 表情を強ばらせるクリフォード。恐らく、あの時の事はポロッと口から漏れた物なのだろう。

「ま、まさかそれだけでっ!?」

「いいや。私は当初、あの時の会話に引っかかりを覚えて居ただけだった。その引っかかりが確証へと変わったのは、2つ。ある事が理由だ」


 周囲へと警戒心を向けながらも言葉を続ける。幸い、侍女と騎手は仲間が保護し、何とか馬車の中へと入れたようだ。あの中なら、外に居るよりかは安全だ。


「1つ。私は昨夜、貴様の部下がカラッカスの街で何者かに接触している所を目撃していたこと」

「ッ!!」

 私の言葉にクリフォードが部下の1人を睨み付ける。

「だがそれだけで貴様を黒幕と判断する事は出来なかった。そこにいる男が、貴様とは別の黒幕の配下なのか、或いは黒幕である貴様の配下なのか。判断する事は出来なかった。だが、答えへと至る道を示したのも、また貴様だ。クリフォード」


「何っ!?」

「我ら騎士は、如何なる手順で、どのような立場で騎士団や軍に入ろうとも、まず基本を叩き込まれる。戦術もだ。そして、敵の兵力規模が分からない上での部隊の分割は、各個撃破の危険性がある事も基本的な物として教え込まれる。……では何故、貴様はあの時ミリエーナ様を連れて逃げるなどと言い出した?どうあれ、貴様は騎士団で中隊長にまで上り詰めた男。当然、この程度の初歩的な兵法を知らない訳がないっ!覚えて居ない訳がないっ!そして、そこまでたどり着いてようやく答えが見えたと言う訳だっ!」


 私は叫び、奴に剣の切っ先を向ける。

「貴様がミリエーナ様を連れて包囲網の突破を図ったのは我々から彼女を引き離すためっ!違うかっ!」

「ッ……!このっ、クソアマがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 剣を振り上げ斬りかかってくるクリフォード。それを私はツヴォルフで受け止める。


「忌々しい女だっ!だが貴様の言うとおりだ聖龍騎士っ!あの襲撃は囮っ!貴様とその娘を分断するための罠だったという訳だっ!!だが貴様はそれを見抜いてこうして追ってきたっ!実に忌々しいぃっ!」

「くっ!?」


 流石、と言うべきかっ。性別や体格の違いもあるが、恐らくクリフォードはパワーに優れた騎士だったのだろう。対して私はスピードを生かして戦う。真っ向からの勝負では分が悪いっ!かといって、後ろにはミリエーナ様がいるっ!私がここから一歩でも動けば、彼女が狙われるっ!


「ミリエーナ様っ!馬車の中へいけますかっ!?」

「ッ!?」

『フルフルッ』

 私の問いかけに、彼女は顔を青くしたまま首を横に振るだけだ。どうやら、腰が抜けているのか立てないようだっ。だが無理も無いっ、死にかけた恐怖はどれほど恐ろしい物かっ!


 やむを得ないかっ!

「はぁっ!」

 一度クリフォードの剣を弾き、逆に斬りかかる。


『ギィィンッ!』

「はははははっ!軽い軽いっ!この程度かっ!?聖龍騎士とはっ!!」

『ガキィンッ!』

「くっ!?」


 パワーでの勝負では勝てないっ!かといって、今この場を退けば、ミーナの命が危ないっ!だからこそ、ここから動く事は出来ないがっ!


『ビッ!』

「くっ!?」

 奴の剣の切っ先が頬を掠める。鎧も所々、傷が出来つつある。このままではっ!


「名にし負う聖龍騎士もこの程度かっ!これでは拍子抜けだなっ!」

「くっ!ほざけっ!!!」

 鍔迫り合いを弾き返す。そこからお互い剣を構えたまま睨み遭うが……。


 向こうは余裕の表情なのに対し、こちらは不利な状況のせいか息も少し上がっている。周囲ではマリー達も戦っているが……。敵も中々にやる……っ!マリー達は善戦しているが相手を倒せず決定打になっていない……っ!拮抗状態、と言う奴だ。


「はぁっ!」

「くっ!?」

 何度目になるか分からない打ち合い。鍔迫り合いをする度にこちらが僅かに圧される。


「無様だなレイチェル・クラディウスっ!そんなお荷物を抱えていては、満足に戦えないと見えるっ!」

 再び斬りかかってくるクリフォードの剣をツヴォルフで受け止める。

「何故そんな小娘を守るっ!その小娘は、自らの正義で多くの人々を殺したあの男、死神の子供だと言うのにっ!」

「ッ!!」

 クリフォードの言葉に、ミーナがびくりと体を震わせる。


「黙れっ!」

 私は叫びながら奴を押し返す。


「そうだっ!許してなるものかっ!あの死神をっ!正義の名の下に多くの人々をっ、不幸のどん底に突き落としたあの男をぉぉぉっ!」

『ガキィンッ!!』

「だから、彼女を狙うと言うのかっ!?」

「そうだっ!」


 鍔迫り合いの中で垣間見る。奴の瞳の奥。そこで燃えているのは、復讐の炎だ。


「人の家族をバラバラにしておきながら、自分はのうのうと家族と過ごしている、だとっ!?許せると思うかっ!そんな事がっ!許せるわけがないっ!!」

「くっ!?」

 言葉と共に奴のパワーが増す。それほどまでに伯爵やミーナが憎いと言う事かっ!?


「だからこそ、その娘を殺すっ!家族を奪われた怒り、憎しみっ!悲しみっ!その全てを奴に叩き付けてやるっ!!!」

「ぐぅっ!?」

 また一層、パワーがっ!?


「邪魔をするのなら、聖龍騎士と言えど容赦はしないっ!!さぁどうするっ!?このままその娘共々ここで死ぬかっ!否かっ!!」

『ギィィンッ!』

「くぅっ!?」


 怒りもあってはクリフォードのパワーは一般的な騎士よりも上だ。いや、或いはこんな時のために、これまで修練を重ねて来たのか……っ!どっちにしてもパワータイプの奴とスピードで戦う奴では相性が悪いっ!どうしたものかっ!


 と、攻めあぐねていた時だった。

「レイチェル、様。どうか、どうか、逃げて下さい」

「ッ!?何を言ってるのミーナッ!」

 彼女がとんでもない事を言い出したっ!?何故だっ!?

「貴方のことは私が守るっ!絶対にっ!」

「でもこのままじゃレイチェル様までっ!」


 彼女は涙を浮かべながら叫ぶ。

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 その合間にも容赦無く襲いかかってくるクリフォード。

「くぅっ!?」

 何とかそれを受け止める。


「もう、もう良いんです。私は、私のせいで、多くの人が傷付いて、命を落とすのを見たくありませんっ!私のせいで、誰かに迷惑を掛けるのは、私自身が耐えられないんですっ!!」

 彼女は叫びながら、大粒の涙を流している。


「死ぬのは怖いけど、同じくらい、私のせいで誰かにっ、レイチェル様に傷付いて欲しくないんですっ!」

 彼女は私を見上げて叫ぶ。


「それに、レイチェル様は、これからのこの国に必要な人です。こんな所で、命を落として良い人ではないんですっ」

「だから、逃げろって言うのっ!あなたはっ!?」


「……命を狙われている事は、前から分かってました。そして、今回の事で、もっと良く分かりました。……これが、私の運命なんだと」

「っ!?」


 彼女の顔に浮かぶのは、諦観したような乾いた笑み。

『ギリィッ!!!』

 その姿に、私は奥歯を噛みしめる。


「多くの人に命を狙われ、やがて奪われる。それが、私の運命だったのです。だからっ、だからっ!私の運命に、レイチェル様を巻き込みたくないんですっ!だからどうか、私に構わずっ!逃げて下さいっ!このままではレイチェル様までっ!」

「逃げてと言うのか、あなたはっ!ミーナっ!この私に、聖龍騎士団第5小隊隊長っ!レイチェル・クラディウスに逃げろと言うのかっ!!」


 ミーナの言葉に、私は激昂した。それは彼女にそんな事を言わせてしまった自分への怒り。そして、今の状況を打開できない自分へのやるせなさに。


「でもこのままじゃレイチェル様までっ!私という足手まといが居なくなれば、レイチェル様は戦えますっ!だからどうか、私の事は、もうっ!」

「嫌だっ!!」


 私はミーナの言葉に、真っ向から反発する。聞き入れられる訳が無いだろう……っ!彼女を見捨てろ等と。そんな事っ!断じて認められる物かっ!


「お願いですっ!私の最後の願いですっ!レイチェル様は、生きて下さいっ!レイチェル様が生きていれば、もっと多くの人を救えますっ!でもここでレイチェル様が倒れたらっ!それは、それは私の運命に、貴方を巻き込む事に他ならないんですよっ!?」


「そうだっ!レイチェル・クラディウスっ!今の貴様に道は2つっ!その娘を見捨て、私を倒す等して生き延びるかっ!或いは、その娘共々ここで死ぬかだぁっ!」



 ミーナの言葉に、クリフォードの言葉。

『ギリィッ!!』

 そんな2人の言葉に、私は思いきり歯を食いしばった。さっきから聞いていれば、ミーナもこいつもっ!『根本的な勘違い』をしているっ!!!


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

『ガキィンッ!』

「なっ!?」

 私は咆哮を上げ、クリフォードを弾き飛ばす。


「ミーナッ!そしてクリフォード・ファルコスっ!お前達2人とも、なんでそんな選択肢しか考えないっ!なんでここからの選択肢が、2つしかないっ!?」

「何が言いたいっ!?」

 咆えるクリフォードに、私はツヴォルフの切っ先を向けながら睨み付ける。


「簡単だっ!私が貴様を倒して、捕縛しっ!ミーナと一緒に私も生き残るっ!!それが、私の選択だっ!」

「ッ!!」


 後ろで微かにミーナの息を呑む音が聞こえる。

「な、舐めるなよレイチェル・クラディウスッ!ここまで追い詰められた貴様に、何が出来るぅっ!!」

 向かってくるクリフォード。


「オォォォォォォォォォォォッ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

『『ガキィィィィィンッ!!!』』


 雄叫びを上げる奴と私。2人の剣がぶつかり合い、火花を散らす。


『ググッ!』

「な、何ぃっ!?」


 そして、先ほどまで圧されていた私が、今度は逆にクリフォードを押し込むっ!


「バカなっ!?さっきまでパワーでは俺の方が勝っていたはずっ!?」

「あぁっ!確かに貴様のパワーは凄かったっ!並みの騎士以上の物だっ!だがっ!だからといって私が貴様に負ける道理は、無いっ!!!」

『ググッ!!』

 更に私が押し込む。


 奴はそのまま、震える膝を地に付けたっ。


「ぐっ!?何故、何故貴様はその娘を守るっ!?奴の父親が何をしてきたか、貴様とて知らぬ訳ではないだろうっ!!」

「あぁっ!聞いたともっ!伯爵に会う前から、彼の逸話は聞いてきたともっ!」

「だったら何故その小娘を守るっ!?あの男のせいで、多くの人間が不幸になったっ!なのに、貴様は何故その小娘を守るっ!?金かっ!名声かっ!それとも、あの男に媚びでも売るつもりかぁっ!!」


「どれも、違ぁうっ!!」

『グググググッ!!!!!』

「ぐぅっ!?な、ならば、何故だぁっ!?」


「確かに、伯爵は過去、そうやって多くの人を裁き、死刑を執行してきたのだろう……っ!そしてその事で彼が恨まれても、仕方の無い事なのだろう……っ!!」

「ッ!それを分かっているのなら、何故ェッ!!」


『ググッ!』

 クリフォードが僅かにパワーで勝り、私のツヴォルフを押し返し始めた。が……。

「だがぁっ!!」


『ググググッ!!』

「ぐっ!?」


 もう一度私が奴を押さえ付ける。


「例え死神と罵られる伯爵の子であろうと、ミリエーナ様に、ミーナにその罪は無いっ!!」

「ッ」

 後ろで再び、ミーナが息を呑んでいるのが分かる。


「ミーナは、ミーナだっ!例え誰の子として生まれようと、彼女は彼女だっ!そして、親の責任をっ!罪をっ!子がっ、他者が背負う道理は無いっ!」


 そうだ。伯爵の子だとしても、伯爵の罪は、咎はっ!決して彼女が背負う物ではないっ!


「ミーナにはミーナの夢があるっ!願いがあるっ!未来があるっ!それを、伯爵の子だからと誰かが阻んで良い理由にはならないっ!」


「ふざけるなぁっ!あの男のせいで、俺の姉は婚約を破棄され自殺したっ!両親も姉の後を追って、俺を1人残し自殺したのだっ!なればこそあの男をっ!その家族を許せるわけがないっ!!守られ、安全な所で育ってきたその小娘が幸せになるなど、許せる訳がないぃっ!」


「だとしてもぉっ!!!」


 お互いに全力での鍔迫り合いだ。いくつも火花が散る。


「だとしてもっ!!誰も彼女の進むべき道を、阻んで良い理由にはならない。人には、人それぞれの人生があるのだからっ!だからこそっ!!」

『バキィンッ!!』

「くぅっ!?」


 ツヴォルフの一撃が、クリフォードの剣を中程からへし折る。


「私は彼女を守るっ!彼女の夢を応援するっ!お前のような敵が、彼女の道を阻むのならっ!私が彼女の前に立って、阻む者を倒す剣となりっ!阻む者から護る盾となろうっ!それが、私の決意だっ!誰にもミーナの進む未来の邪魔はさせないっ!この聖剣ツヴォルフに掛けて誓うっ!『彼女の命も夢も未来もっ!私が守り抜いて見せる』っ!」


「ッ!レイチェル、様……っ!」

 私の傍で、ミーナが涙を流している。

「なぜ、なぜだっ!なぜそんな小娘1人のために、貴様はっ!?」


 剣を折られながらも闘志を失わないクリフォード。だが、その表情には焦りと悔しさが滲んでいるようだった。


「理由か。私は、様々な人から彼女を守ってくれと、思いを。願いを託されたっ」


 そうだ。騎士として私に託された使命。それは彼女を守る使命だった。だが、今はそれだけではない。


「だが何よりも今の私は、『ミーナのお姉ちゃん』なのだからっ!!私の大切な妹は、ミーナはっ!この私が守るっ!!」


「ッ!?な、何を訳の分からない事をぉぉぉぉぉっ!!!」


 折れた剣を手に向かってくるクリフォード。だが……。


『ガキィィィィィンッ!』

「ぐっ!?」


 もはやまともな剣としての力を失ったそれくらいならば、今の私でも用意に弾き飛ばす事が出来た。


「はぁっ!」

『ドスッ!!!』

「ぎぃぁっ!?」


 そして、返す刀でクリフォードの左肩を貫いた。私がツヴォルフを抜くと、奴は右手で左肩を押さえたままその場に膝を突き、苦悶の声を漏らしている。そんな奴の首筋に、私はツヴォルフを突き付ける。


「クリフォード・ファルコス子爵、ミリエーナ・フェムルタ伯爵令嬢暗殺未遂の罪で、貴様を拘束する」

「くっ!」

 クリフォードは唸ると周囲に目を向けるが……。


「はぁっ!」

「ぎゃぁぁぁっ!」


「ふ~~~。隊長っ、こちらは掃討完了ですっ!」

 丁度最後の1人をマリーが切り伏せた所のようだ。


「ご苦労」

 彼女達に労いの言葉を掛けると、私はクリフォードへと視線を戻す。

「お前の目論みは終わりだ。クリフォード・ファルコス」

「ぐっ、うぅっ、クソぉぉ……ッ!」


 私達は、悔しそうに慟哭するクリフォードを拘束したのだった。


 その後数分もすれば囮の敵を退けた他の者達が追いついてきた。ミリエーナ様と侍女、馬車の騎手に怪我は無い。


 我々聖龍騎士団第5小隊は傷を負った者も居るが全員が軽傷だ。


 光防騎士団の連中は、隊長のオルコス以下全員が、戦闘により死亡。


 我々を襲った敵集団は、首謀者であるクリフォードを残し、全員が死亡。



 そして、クリフォードを拘束し馬車に乗せた時だった。


「レイチェル様」

 声が聞こえた。振り返るとミーナが立っていた。だが彼女は何と言って良いのか分からず困惑しているようだった。


「あの、あの私っ、先ほどはっ、レイチェル様の勝利を疑ってしまいっ、申し訳ありませんでしたっ!」

 そう言って彼女は頭を下げている。いや、私としては怒ってなどいないし、頭を下げる必要は無いのだが。……まだ戦闘の混乱と恐怖から立ち直れていないのだろう。思った事が次々と口を次いで出て来てしまう、と言う事か。


「でもっ、でも私はレイチェル様には生きて欲しくてっ、レイチェル様は聖龍騎士だからまだまだこの国に必要で、それでっ」


『ギュッ!』


「大丈夫よ」


 混乱する彼女を落ち着けようと、私は彼女を抱きしめた。彼女は私の鎧に手を突く。

「あなたを脅かす者はもう居ない。だから安心して」

「ッ、レイチェル、様……っ!私、私、怖くてっ、でもっ!私のせいでレイチェル様達が傷付き、命を落とすかもって考えたら、もっと怖くなって……っ!う、うぅっ」


 やがて、彼女は私の胸の辺りに顔を埋めて涙を流しはじめた。


「怖かったでしょう。でも大丈夫よ。私があなたを守るから」

 私は静かに彼女を抱きしめ、その頭を撫でる。


「あ、ありがとう。レイチェル、お姉ちゃんっ」


 彼女は涙を流しながら、震える声でそう呟いた。


 そんな彼女を抱きしめ、頭を撫でながら私は答える。


「これくらい当然よ。だって、私はミーナのお姉ちゃんなのだから」



 それからしばらく、私はミーナが落ち着くまで彼女を抱きしめながら頭を撫で続けたのだった。



~~~~~

 ちなみに、レイチェルがミーナを宥めている姿をマリー達が見ていた。

「ねぇマリー」

「ん~?」

「あれ、どう思う?」


 周囲を警戒しつつ、生き残っている者が居ないかを確認していたマリー達は2人のやり取りを遠目に見守っていた。そして周囲が静かな事もあって会話は殆ど丸聞こえだった。


「新しいファン獲得、って言うよりももっと上かも」

「え?上って?」

「だって見てよアレ」

 と言って、マリーは仲間の女性騎士にレイチェル達の方を向けさせた。



「ミーナ。もう大丈夫?」

「は、はいっ。大丈夫、ですっ」

 すっかり泣きはらした頬は赤く染まっていたミーナ。するとレイチェルはまだ、目尻に涙が残っている事に気づいた。彼女は片手をミーナの頬に添え、親指でその涙を拭った。


「あっ」

 その動作だけで、ミーナは別の意味で顔を赤くし、体をピクンと震わせた。レイチェルはそのままミーナを安心させようと頬を優しく撫でる。


 ミーナは頬を赤く染めたままレイチェルを蕩けた瞳で見上げている。



「うわ~~。あれは確かに……」

「あれじゃもう、完全に新しい『奥さん候補』だよ」

 少し引いている女性騎士の隣で、げんなりした様子でそう漏らすマリー。


「って、奥さん候補って?」

「いやさぁ。見てよあの隊長。仕草とか戦闘中に聞こえた言葉とか。もっぱら王子様のそれっぽくない?」

「あ~~。まぁ確かにウチらの隊長はそんじょそこらの男性騎士なんかよりも、立派に王子様してますからなぁ」

「ホントだよ。無自覚に王子様って言うか、ヒーローって言うか。そう言う仕草とかするもんだから、同じ女でさえ惚れちゃうんだもん」

 そう言ってハァ、とため息を漏らすマリー。


「まぁ、かく言う私達もそんな隊長に惚れてるんだけどねぇ」

「そりゃまぁね。あんな強くてかっこよくて、可愛い所もある人は早々居ないからね。それに何より、いつでも私達を大切に思ってくれる隊長に、私達は……」


 そんな中でマリーは、どこか熱を持った瞳でレイチェルを見つめていた。

「……マリー?」

「え?何?」

「大丈夫?ちょっとぼーっとしてたけど?」

「えっ!?あ、あぁごめんごめんっ!流石に戦闘でちょっと疲れたかな~ってっ!」

「そう?まぁ確かにキツかったからねぇ。流石に経験も技術も無い相手とは言え、あの数はね~。……って、そう言えば奥さん候補って何?」

「隊長はあんな風に王子様みたいな事してるから惚れる子も多いじゃない。そんな王子様みたいな隊長と女の子がくっついたら、どっちが旦那さんかな?」

「そりゃぁまぁ隊長でしょ?……って、そう言う事か」

 マリーの言葉に彼女は納得した様子だった。


「だから奥さん候補って事」

「成程ね~。……しかし、肝心の隊長はどうかな?ミリエーナ様の思いに気づくと思う?」

「本人は無自覚だからね~」

 そう言って苦笑を浮かべるマリー。


「まぁ、ミリエーナ様がドストレートに告白したら気づくかもしれないけど」

「確かに~~」


 なんて言って小さく笑う2人。……しかし2人には知る由も無かった。それが現実になる事を。



~~~

 ミーナもある程度落ち着きを取り戻したので、私達は捕えたクリフォードと共に一路伯爵家へと向かった。

 

 当初はクリフォードをゴルデ大隊長の居る駐屯地にでも預けようか?と考えた。しかし他に伏兵がいないとも限らないし、皆戦闘で疲れていた。なのでまずは街中へと戻る事にしたのだ。


 その後、道中に襲撃などは無く町に到着した我々は伯爵家に向かった。些か傷を負い、返り血で汚れた私達を見た衛兵や町の人は驚いた様子だった。まぁ無理も無いだろう、と考えつつ私達は足早に伯爵家へとやってきた。


 屋敷にたどり着くなり、中から伯爵が飛ぶ勢いでやってきて娘の、ミーナの安否を確認している。恐らく傷だらけの我々を見て焦ったのだろう。


「ミーナっ!?大丈夫かっ!?怪我などはっ!?」

「大丈夫ですお父様。レイチェル様が命がけで守ってくれましたから」

「あぁそうかっ!良かったっ!本当に良かったっ!」


 伯爵は涙を流しながらミーナを抱きしめている。やがて、しばらくして伯爵も落ち着いた様子だった。

「フェムルタ伯爵。少しよろしいですか?」

「え、えぇ。すみません、お見苦しい所を」

「いえ。……ですが、少し場所を変えてもよろしいでしょうか?少し、人に聞かれたくないお話がありまして」

「ッ、分かりました。ならば私の書斎へ」


 私の表情から重要な事だと判断したのだろう。私は伯爵と共に書斎へと行き、そこで事の次第を説明した。


 今回の暗殺の黒幕がクリフォードだった事。ミリエーナ様に語ったディオナス子爵家の名の事。


「……そうか。それで」

 そして伯爵はディオナス子爵家という名前を聞くと、合点がいったようだった。


「何か心当たりが?」

「……もう、数十年前の事です」

 そう言って伯爵は静かに語り始めた。


「当時、ディオナス子爵家は5人家族でした。両親と3人の子供。長男と長女、そして2人より歳の離れた次男。……貴族の中では、別段有名という訳でもなく、かといって問題がある家でありませんでした。ですが当時、元々酒癖の悪さと短気で暴力的だったディオナス子爵家の長男が、酒に酔って仲間と共にケンカをし、相手の平民数人を集団暴行で死なせてしまったのです。……そして更にその男は、仲間と共に殺した相手を埋めようとしたのですが、そこを見回り中の騎士団に見つかり拘束。裁判となり、私がその案件を担当しました」

「それで、その男は?」


「死体遺棄や事件の隠蔽を図った事。更に法廷で自分の非を認めなかった事。仲間に罪を着せてまで刑を免れようとした姿が目立ち、私はその男に無期懲役を言い渡しました。そして、男はその後、獄中死しています」

「……そうでしたか。……しかしでは、クリフォードは?」

「恐らく、死んだ長男と歳の離れた弟でしょう。彼が生きていたのなら、丁度あれくらいの歳になるはずですから」

「生きていたのなら?どう言う意味ですか?」

「……実は、その長男の事件があった頃に長女には結婚の話が持ち上がっていたのです。長女と相手の男性は相当仲が良く結婚も確実と思われていました。しかし長男の事件の影響したのでしょう。相手側の家族が結婚に反対し出したのです。結局、結婚は白紙に戻されてしまったとか。……その後、相手と結ばれない未来を悲観したのか、長女は川へ飛び込み自殺してしまったそうです。それと同じ頃、長男も獄中死しています。更には、2人の死を知って絶望したのか、両親も屋敷で首をつった状態で発見されました。……数日後には、残った最後の1人、次男の『アルト・ディオナス』も屋敷の近くの崖から川に飛び降り自殺した所を見た者が居る、との事でした。しかし」


「恐らくその話はデマだった。アルト・ディオナスは名と立場を変えて、別人としての人生を歩み始めた。……恐らくは、伯爵に近づき復讐の機会を伺うために」

「では今回のパーティーは?」

「……日頃から隙を見せないこの家から伯爵やミリエーナ様をおびき出すのが目的でしょう。それに恐らく奴が騎士団に入団したのも、単純に力を付けるためだったと思われます。いざと言う時、自らの力で伯爵達を殺す為に」

「…………そう、なのでしょうね」


 事情を知った伯爵は、しばし俯いていた。が、やがて……。


「今の彼に、妻子は?」

「おります」

「……その方達が今回の暗殺に関わっていた可能性は?」

「現段階では何とも。しかし彼の素性を知らないのであれば、関わっていなかった可能性もあります」

「……………分かりました」


 私の話を聞き、伯爵はそう言うと部屋を後にした。


 その後、入れ替わりでやってきた執事のレイモンドと話をする事に。何やら伯爵は『贖罪になるかは分からないが、やる事をしなければ』、と言って居たそうだ。何をする気かは分からないが、私には止める権利も無い。


 その後、レイモンドと少し話をして、とりあえず今日は街で休むことになった。どのみち、もうすぐ夕暮れ時だ。今すぐ街を出ても、王都イクシオンに付くのは真夜中になってしまう。


 幸いレイモンドが手配して、以前使った宿の部屋を確保してくれているとの事だ。私はその事を伝える為に、外で待つマリー達の所に行こうとしたのだが……。


「あっ、レイチェル様」

「ミリエーナ様」

 廊下でばったり彼女と出くわした。どうやら風呂に入って体を清め、汚れていた服も着替えたのだろう。先ほどとは服が違う。それに顔色も元通りだ。


「今日は色々な事がありましたが、もう落ち着かれましたか?」

「はい。おかげさまで。……こうして無事、我が家に戻ってくる事が出来ました。これも全て、レイチェル様のおかげです」

 そう言って頭を下げるミリエーナ様。

「いえ。私は騎士として、当然の責務を果たしたまでの事です」


 と、その時、ふと頭によぎったのはいつぞやの夢の話だった。


 もうこれで任務は終わりだ。後は明日、王都へ戻るだけ。ならばその前に少し、話をしておこう。


「あの、ミリエーナ様。少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

「はい。構いませんが、何を?」

「少し、貴女とお話ししたい事がありまして」



 無事に任務はやり遂げたが、全てが終わった訳ではない。そう考えながら、私はミリエーナ様と共に場所を移すために歩き出した。


     第15話 END

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