第14話 襲撃
ライサスを出発した我々は一路、中継地点でありカラッカスを目指して移動していた。
先頭と馬車の左右を我々聖龍騎士団第5小隊が務め、子爵の部下10人も左右の防衛に入って貰った。後方は、まぁ光防騎士団の連中がいる。私は先頭でリリーに跨がっていた。そんな私の傍には子爵の姿もある。
「いやはや、それにしてもまさか聖龍騎士と並んで馬に跨がる日が来ようとは、夢にも思いませんでした。光栄なことです」
「そう言って頂けると助かります」
などと他愛も無い話をしつつ、周囲を警戒しながら、更に私は彼から情報を引き出そうと思った。今も胸の中で燻る引っかかり、妙な違和感の正体を少しでも明らかにするためだ。
「それにしても、中隊長とはかなり努力をされたのでしょうね。中隊指揮官ともなれば、かなりの経験や指揮能力が問われます。それにご息女の年齢などを考えると、かなり若くして中隊長を務めたのではないですか?」
「えぇまぁ。元々16歳で騎士団に入ったので、中隊長に任命された時は、騎士団に入って10年目になるかならないか、と言う時でした」
「と言うと、25歳の頃ですか?かなりの出世ですね」
「いいえそんな事は。……元々、中隊指揮官をしていた先輩から目を掛けられていて、彼が病で騎士団を止める事になった際、私を推薦してくれたのです」
「それで中隊指揮官を?」
「えぇ」
改めて思うが、当時はきっと出世頭だったろう。前任の指揮官から気に入られていたとは言え、それだけで後任として指名されると言う事はありえない。それだけ部隊の指揮や戦術への造詣が深かったと言う事か。
戦術や部隊の運用に関しては、初歩的な事は騎士団に入団した者も軍へと入隊した者も、誰であってもたたき込まれる。それは万が一、指揮官などが倒れた場合臨時で指揮を執れる者が必要になった時にパニックにならない為だ。
だが、中隊規模の指揮官となればそう言った初歩的な事だけではない。より高度な戦術や指揮能力が求められる。……平民だった当時の子爵が、どれだけ研鑽を積み重ねてきたか。想像も出来ない。相当優秀な人材だったのだろう、と私は考えていた。
しかし、同時に考えてしまう。この際、引っかかりを覚えたと言う事も脇に置いた上で子爵が黒幕、或いはその仲間だと仮定しよう。もちろん黒幕だと断定する有力な証拠は一切無い。
が、仮定して考えてみる。まず子爵と伯爵の繋がりはなんだ?確か、伯爵に出発前に聞いた話では、子爵とは互いの領地も近く、王都でのパーティーがきっかけで知り合ったとか。当時子爵は、準男爵の地位から結婚して子爵になったばかりで、領地経営の心得も無かったらしい。なので比較的領地が近く、また元大臣として名の知れたフレデリック伯爵にアドバイスを求めたのが付き合いの始まりだとか。
念のために出立前に伯爵に聞いてみたが、ファルコス子爵家とは大臣の頃、これといった接点は無い。またクリフォード子爵が平民、準男爵の時でさえも、彼との接点は覚えて居る限り無いと言っていた。
それに彼と伯爵が知り合ったのは伯爵が大臣を引退してからだ。話を整理する限りでは、クリフォード子爵が黒幕という線は薄い。
或いは我々が知らない過去が子爵にある、と言う可能性も否定しきれないが。……いずれにしても証拠は何も無い。幸いこうして一緒に居れば、ある程度は監視も出来る。
それからも警戒しつつ我々はカラッカスに向かって移動していた。しかし道中、これといった問題も無く無事にカラッカスへと到着した。
我々は全員、来るときに利用した宿へと向かった。更に子爵が朝早くに早馬を出していた事もあり、追加で彼等が泊る分の部屋も確保してあった。
おかげで問題無く、全員が宿に泊まる事が出来た。私もマリー達と食事を済ませ、風呂で汗を流した後は明日のルート確認や見回りを行っていた。
そんな中で考えてしまうのは、つい先ほどのミリエーナ様との会話だ。
「え?よろしいのですか?」
「はい」
私は、今日もミリエーナ様の傍に居ようと考えていた。ここ数日はずっとそうだったのだから。しかし、部屋を訪れた私にミリエーナ様は『もう大丈夫です』と言ったのだ。
「いつまでもレイチェル様のお世話になるわけには行きませんから。だからどうか、お仕事に専念して下さい」
「……分かりました」
本人が良いと言うのに、無理に押しかける訳には行かない。なので私はミリエーナ様の部屋を離れ、宿の中の警戒しながら歩き回っていた。
心なしか、ミリエーナ様から避けられているような気もする。昨日の夜に話をしたときは、そう言ったそぶりは無かったように見えたのだが。
ともあれ私は護衛だ。護衛に専念しなければな。
そう考えミリエーナ様の泊るスイートルームの近くの廊下を歩いていた時。
「ん?」
窓際を通り掛かった際に視界の端に何かが映った気がした。
足を止め、窓の外へと目を向ける。この宿は他の建物より背が高く、スイートルームの辺りからは街を見下ろせる。そして私が気づいたのは宿の近くにある建物と建物の間の路地裏だ。
そこで人影が2人、話し合っていた。夜もふけった今の時間では、通りの人影は無い。微かに空に浮かぶ月が街を照らしていた。
そんな微かな月明かりの下、まるで隠れるように2人の人影が会っていた。ここからでは窓もあり声は聞こえない。かといって窓を開けば音で気づかれる恐れもある。私は気づかれないように窓際の壁から顔だけを出して2人の様子を伺う。
しばらく見守っていると、片方は暗い路地裏の方へ行ってしまった。だがもう片方は月明かりに照らされた表通りに出てきたのだが……。
「ッ」
出てきたのは、子爵が連れてきた兵士の1人だった。それが周囲を警戒しながら宿へと戻ってくるのが見えた。これには思わず、息を飲んだ。そして同時に、疑惑がまたしても顔をのぞかせた。私の脳裏に様々な仮説が浮かんでくる。
この街に知り合いが居た?いや、だとしたら何故こんな時間に会う必要がある。日暮れ前に街には着いていた。なのにどうして?……人に見られたくない会合だったから、か?
こうなってくると、子爵を含めたあの11人全員が、あまり信用出来ないと言う事になるが。いや待て。あの男が黒幕の送り込んだスパイで、子爵とは無関係とも言い切れない。……ただ言える事はある。それは、この帰路が何事も無く終わるとは思えない、と言う事だった。
結局夜襲などは無かったが、その日の夜は警戒をしながら軽く休む事しか出来なかった。
翌朝。我々は予定通りカラッカスの街を出た。陣形は昨日と同じ。先頭と左右を我々。左右に追加で子爵の配下10人。後方から光防騎士団の連中が付いてくる。
とは言え、子爵配下の連中も正直信用出来ないのが現実。ただしその事をマリー達に伝えて不安を煽ったり、こちらが彼等を疑っていると子爵やその配下の兵士達に気づかれるのは避けたい。なので、マリーや子爵、その配下には、『暗殺者が狙えるタイミングは今日で最後となる。伯爵領の街に入ってしまえば奴らも簡単に手出し出来ないだろう。故に今日、仕掛けて来る可能性があるので、総員最大限の警戒を』と言ってある。
今もマリー達は真剣な様子で周囲を警戒している。
私は周辺を警戒しながらも、子爵とその部下達が怪しい動きをしていないかどうかも警戒しながら、皆を率いていた。
カラッカスを出てから早数時間。もう間もなく昼休憩を入れても良い時間になる。
「ッ」
だが、不意に感じた『気配』。それも、かなり嫌な感じだ。騎士として戦ってきた感が私に告げる。『ここから先は危険だ』と。
嫌な予感を感じた私はすぐさま左腕を上に伸ばし、グッと握りこぶしを作る。『全体止まれ』の合図だ。すぐさまマリー達が馬を止め、それに気づいた子爵達や光防騎士団の連中も馬を止める。
「……隊長?」
傍に居たマリーが静かに声を掛けてくる。
「マリー、総員に号令。直ちに抜剣。戦闘態勢を取らせろ……っ!」
そう言って私は前を見据えたまま聖剣ツヴォルフを鞘から抜く。
それが何を意味しているのか、分からないマリーではない。
「ッ!了解っ!」
彼女もすぐに力強く頷く。
「総員直ちに抜剣っ!繰り返すっ!直ちに抜剣っ!戦闘態勢に入れっ!」
「「「「はっ!!!」」」」」
マリーの指示にすぐさま部下達が動き出す。
「弓兵及び魔法師、歩兵は馬車の周囲に展開っ!ミリエーナ様の護衛を最優先にっ!騎馬兵は各自の判断で敵を遊撃用意っ!!」
私の指示を聞いて皆が動き出す。と、その時だった。
『『『『『オォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』』』』』
前方に見える茂みの影。更に左右の森の中から薄汚れた男たちが何人も現れ向かって来た。奇襲のタイミングを見失った事で、隠れている意味も無くなったからかっ!
「敵襲っ!各自応戦せよっ!何としてもっ!」
「ぜあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『ズバッ!』
「ぎゃぁっ!」
ハンドアックスを手に向かって来た、先頭の男をツヴォルフで切り伏せながら叫ぶ。
「何としてもミリエーナ様を守れっ!第5小隊の名にかけて、彼女を死守せよっ!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
声を荒らげながら向かってくる襲撃者たちに負けじと、部下達も私の激励に答えるように雄叫びを上げる。
「敵襲っ!敵襲っ!総員戦闘態勢っ!」
後ろから聞こえる子爵の声。それに交じって聞こえる、光防騎士団の狼狽える声。だがそれを気にしている余裕はない。
「魔法師各員っ!用意っ!目標、前方敵集団っ!連中の足を止めろっ!」
「「「≪燃え上がる炎の壁よっ!我らと敵を隔てたまえっ!『ファイヤーウォール』ッ!≫」」」
魔法師たちが唱え、さらに同時発動によって合体し強化された炎の壁が前方に生まれ、敵の前衛と後衛を分断する。
「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
突然の壁に止りきれず、炎の壁に突っ込む形になった何人かが火達磨になって転げ回っている。
「っ!?何っ!?」
背後での魔法の発動。それに前衛の連中が足を止める。好機っ!
「どこを見ているっ!」
『ズバッ!』
私はリリーから降り、前衛の男達に向けて突進。すれ違い様にその体を切り裂く。
「ぐぎゃぁっ!?」
「がぁっ!?」
「こ、このアマァッ!!」
『ブンッ!』
激昂し襲いかかってくる敵の斧による一撃を回避し、カウンターでその首を切り裂く。
敵の数は多い。が、戦闘経験は殆ど無いのか、これでは盗賊と同程度。暗殺のプロとはとても呼べない。
「各員へっ!敵集団の練度は低いっ!が、数が多く騎兵は囲まれると厄介だっ!各員下馬し各個に応戦っ!隣の仲間とカバーし合い、敵の攻撃を防げっ!我らの全力を持ってミリエーナ様をお守りしろっ!そして、この賊徒共に、一体誰の相手をしているのかっ!」
叫び、仲間を鼓舞しながらも敵を切り捨てる。
「教えてやれッ!!!」
「「「「「了解っ!!!!」」」」」
マリー達が下馬し、次々と押し寄せる敵を相手にし始めた。
「我々もレイチェル隊長達に加勢するぞっ!」
「「「「おぉっ!!」」」」
更に子爵達も、マリー達と共に応戦を始めた。
「待てぇ!貴様等だけに手柄を取られてたまるものかっ!!」
そこに更に突っ込んでくるのは、光防騎士団の連中。ここまでまともな手柄など無いせいか、奴らは手柄欲しさに必死だ。
そうして戦場は無数の騎士と兵士と悪漢が入り乱れる混戦状態となった。
「おぉぉぉぉぉっ!」
『ズバッ!ズババッ!!』
続けざまに2人を切り捨てる。更に向かってくる敵と、ツヴォルフで次々と切り伏せていくが……。
「おら行けぇっ!あの豪華な馬車の中のガキを殺せば大金だぁっ!」
「「「「「「オォォォォォォォォォォォッ!!!!」」」」」」
どれだけ切り捨てようと、まるで湯水のように森の奥から次々と敵兵が湧き出てくるっ!
「くっ!?隊長っ!何なんですかこの敵の数はっ!はぁっ!」
「ぐぁっ!?」
傍に居たマリーが敵兵を切り捨て、私の傍に近づいてくる。私とマリーはお互い背中合わせの状態で襲い来る敵と戦う。
「恐らくこれが敵にとって最後のチャンスっ!そして護衛には私達だっ!確実に潰すために、かなりの数の兵を、どこからか連れてきたのだろう、なっ!」
「まさかっ、1000人以上相手にするなんて事は無いですよ、ねっ!」
喋りながら戦えるのは、精鋭としての経験もあるが、何より敵の練度だ。数は多いがそれだけだ。どうやら大半は、盗賊というより街などのゴロツキだな。金で雇われ安い武器と防具を与えられただけの、捨て駒かっ!
「分からんぞっ!こいつらの目的が、我々を消耗させる事だとしたら、こいつらの後に、精鋭が出てくる恐れも、あるっ!はぁっ!」
何人、何十人目になるか分からない敵兵を切り捨てる。
「おら邪魔だぁっ!」
「ぎゃぁっ!?」
その時、光防騎士団の一人が切られて倒れたっ!?相手をしていた賊が馬車に向かうっ!ちっ!?
咄嗟に駆け出す私。直後、男が乱暴に馬車のドアを開け開く。
「ひひっ!見つけたぜ金づるさんよぉっ!」
「させるかぁっ!!!」
『ドゴッ!!』
「うごぉっ!?」
馬車の中を覗き下卑た笑みを浮かべる男の横っ面を殴り飛ばす。殴られた男が気絶して動かなくなったのを確認すると馬車の中へと目を向けた。
「ミリエーナ様っ!ご無事ですかっ!」
「は、はいっ、私も、お嬢様も何とかっ」
馬車の中では、給仕の女性とミリエーナ様が縮こまっていた。
ミリエーナ様を守るようにその腕に彼女を抱く給仕の女性。しかし肝心のミリエーナ様は恐怖からカタカタと震えている。無理も無いかっ。
と、その時。
「っ!?レイチェル様危ないっ!」
不意に聞こえたミリエーナ様の声。
「っ!?」
咄嗟に振り返った時、森の奥からこちらに矢を射ろうとしている賊に気づいた。
『ビュッ!』
「くっ!?」
『カァンッ』
咄嗟にツヴォルフを掲げて矢を防ぐ、が……。
『ビッ』
「ッ!」
運悪く跳ね返った矢の先端が頬を掠めた。一瞬の痛みと共に頬から赤い血が流れる。
「ッ!?れ、レイチェル様っ!お、お顔に傷がっ!」
「この程度かすり傷ですっ!どうかお気になさらずっ!弓兵っ!」
怯えるミリエーナ様の言葉に、問題無いと言わんばかりに大声で返事を返す。そして近くにいた弓兵達に指示を出す。
「了解っ!食らいやがれっ!」
『ビュッ!』
「ぎゃっ!?」
部下の一人が放った矢が、賊の胸を貫いた。
「弓兵は敵の弓兵を警戒っ!この乱戦時に狙撃されては対応出来ぬ時もあるっ!歩兵と騎士のサポートは魔法師たちに任せてお前達は敵弓兵の索敵と殲滅を優先っ!可能な時は周囲の援護をっ!」
「「「了解っ!」」」
咄嗟に指示を出し、周囲を警戒する。周囲では相変わらず乱戦が続いている。マリー達と子爵の部下たちは無数の敵を相手に善戦している。が、光防騎士団の連中は無闇やたらに剣を振り回すか、逃げ惑うか、戸惑い立ち尽くしているかのどれかだっ。全くっ!
「わ、私の、せいで……っ」
その時聞こえてきたのは、ミリエーナ様のか細い声だった。乱戦の中でも、その声は不思議と耳に届いた。
振り返り馬車の中へと視線を向ければ、ミリエーナ様は震えながら涙を浮かべていた。
「私のせいで、大勢の人が、傷付いて……っ!み、皆私の、私のせいでっ。レイチェル様までっ」
怯え、恐怖し、涙を流しながら掠れた声を漏らすその姿はとても痛々しい物だった。そして何より、今の彼女はこの戦いを自分のせいだと考えているようだ。
「ぎゃぁっ!」
「っ!?」
そして聞こえる悲鳴に、彼女はガクガクと震えている。そんな彼女を宥めようとした時。
「お、おいっ!何をしている貴様っ!」
光防騎士団のオルコスが血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。
「貴様は聖龍騎士だろうがっ!さ、さっさと戦えっ!敵を退けろっ!」
その表情は憔悴しきっていて、暗に助けろと言われているようだった。
「五月蠅いっ!我々の任務はミリエーナ様の護衛だっ!貴様も騎士ならば、自分の身くらい自分で守れっ!」
「おらぁっ!」
「邪魔だぁっ!」
オルコスに怒鳴り返しながら向かって来た賊の1人を切り捨てる。
とは言え、1人切り捨てたくらいでは状況は好転しないっ!クソっ!ここは包囲の突破を図るべきかっ!?一部を殿として残し、他が馬車を護衛しながらミリエーナ様と共に包囲の脱出を図るっ。いや、敵戦力の規模が分からない以上、それは下手をすれば我々の分断を招き各個撃破の恐れもあるっ!そう教わってきた事もあるし、ここで部隊を分ける事は危険だっ!
「レイチェル隊長っ!ミリエーナ様っ!ご無事でっ!?」
そこに子爵も駆け寄ってくる。
「えぇっ、我々は無事ですが、相変わらずの乱戦状態っ。子爵の配下たちは?」
「皆今も奮闘しておりますが、数は敵の方が上。これではいずれ、こちらの体力を削りきられ、消耗したところを一網打尽にされる恐れがありますっ!」
子爵の言うとおり、留まっても未来は無い。かといって前に出てもミリエーナ様の安全を確保出来る保障は無い。まだ伏兵がいる可能性は0ではない。
「この場に留まるのは危険ですっ!ここは、ミリエーナ様の安全を考えて敵陣の突破を最優先するべきですっ!」
「そ、そうだっ!一刻も早くここから離れるべきだっ!」
子爵の言葉に同調するオルコス。
確かに、子爵達の言うとおり、ここで留まっても底の見えない敵の数に押され、こちらがすり潰される恐れがある。……致し方ない、か……っ!!!
私は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべながら決断を下す。
「分かりましたっ。ならばミリエーナ様の警護は?」
「私の配下と、光防騎士団の方々に」
「そ、それが良いっ!」
「代わりに、聖龍騎士団の皆さんはここで殿をお願いしたく思います。……残念ながら、ここで連中を止められる可能性があるのは、恐らくレイチェル隊長達を置いて他には……っ!」
「仕方無いかっ。分かりましたっ!我々が殿を務め、ある程度足止めをした後に伯爵領へ向かいます。街で落ち合いましょうっ」
「分かりましたっ!」
子爵は頷き、突破の用意を始める。オルコスも、慌てた様子で部下の元へと向かっていく。それを見送った私は、馬車の中に入り、ミリエーナ様の頬に両手を添えて自分の方を向かせた。
「れ、レイチェル様ッ、ダメですっ!残ってはっ!」
どうやら私達の会話は聞こえていたようだ。彼女は酷く狼狽した様子だ。
「どうか、どうか一緒にっ!残っては、残ってはレイチェル様のお命がっ!」
「ミリエーナ様、大丈夫です。私は聖龍騎士。聖剣を手にした剣士。この程度の状況など、なんて事はありません」
戦場に絶対は無い。それでも私は彼女を安心させようと優しく微笑みながらその頬を撫でる。
私は少しだけ彼女の頬を撫でると馬車を飛び出し、声を荒らげた。
「聞けぇっ!聖龍騎士団第5小隊の猛者たちよっ!我らでこの場の敵を全て撃ち倒すぞっ!」
「「「「「おぉぉぉっ!!!!」」」」」
「怯える少女の命を守るためっ!奮い立て騎士たちよっ!戦士達よっ!!その剣で、弓で、杖でっ!!!悪しき敵を討ち滅ぼせぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」
「ひっ!?」
私の怒声と部下達の咆哮のような叫びに敵兵達が体を強ばらせ、それが隙となる。
「今だっ!包囲を突き破れぇぇぇぇぇぇっ!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」
一瞬の隙を突いて子爵とその配下の騎馬、ミリエーナ様と侍女を乗せた馬車、そして光防騎士団の連中の騎馬と馬車が包囲の薄いところを突き破って、脱出した。
「あっ!?おいっ!金づるが逃げっ!?」
後を追おうとした賊を私が切り伏せる。
「戦え騎士達よっ!馬車の後を追わせるなぁぁぁぁっ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」
それから私達は大勢の敵兵を倒していった。
そして遂には敵兵の底も見えてきた。残っているのは約40人程度。これを倒せば終わりだ。だがやはり不安もある。敵戦力が未知数の段階での部隊の分割は危険が伴う。その危険性は戦術の初歩として嫌という程叩き込まれたが……。
「ッ!!」
その時、私の中に1つの疑問が生まれた。そしてそれは連鎖的に新たな疑問を生み出し、最も外れて欲しい可能性の答えとなった。
「まさかっ!!!」
私は、ミーナ達を乗せた馬車が走り去った方へと視線を向けた。すでに、馬車は遠くへと走り去っていた。
~~~~~
一方その頃、ミリエーナを乗せた馬車とオルコス達光防騎士団、クリフォード子爵達は森を抜けて草原を走っていた。
「た、隊長っ!方角はこちらで良いのですかっ!?」
「知るかそんな事っ!今はとにかくクリフォード子爵に続いていれば良いのだっ!」
部下に怒鳴り返すオルコス。
オルコス自身は、レイチェルと違って事前に周辺の地理などを地図などで確認するなどしていなかった。部下に言って目的地へのルートそのものは流石に調べてあったが、周辺までを調べる事はしなかったのだ。故にいま、オルコス達は自分達がどの辺りを走っているのは分からなかったのだ。
馬車の前と左右を光防騎士団と子爵、子爵配下の騎馬が囲んで進む。光防騎士団の騎馬の数は10騎程度だ。他は先ほどの乱戦でやられた。
更に殆ど初めての実戦の緊張から、光防騎士団の騎士達は気づいていない。子爵の配下達が『徐々に自分達を囲うような場所に動いている事』を。
そして……。
『『『ババババッ!!!』』』
前方の微かに背の高い草の中から突如として武装した男達が現れた。
「っ!?て、敵襲っ!止まれっ!てきっ」
それに気づいた、先頭を走る光防騎士が叫ぶ。が……。
『ビュッ!』
「ぎゃっ!?」
矢を射られ、悲鳴を上げながら馬から転げ落ちた。
「うわぁっ!?」
更にその反動で馬がひっくり返り、ミリエーナの乗る馬車の騎手が慌てて馬車を止める。
「た、隊長っ!前方から敵がっ!」
「う、狼狽えるなっ!見たところ10人程度っ!こっちは向こうの倍だっ!数で押し切れっ!」
オルコスがそう指示を出した直後。
「ぎゃぁぁっ!?」
悲鳴が響いた。オルコスの『後ろ』からだ。
「え?」
何故後ろから悲鳴が?戸惑いながらオルコスが呆然と振り返ると……。
「ぐあぁっ!?」
「き、貴様らっ!俺達はみか、ぎゃぁっ!」
そこでは、『子爵の配下たちがオルコスの部下を次々と切り捨てていた』。
「な、何だ、こ、これは……」
突然の事に彼は理解することが出来なかった。
オルコスはただ、呆然としている事しか出来なかった。その間にも、技術と士気で劣る光防騎士たちが次々と切り捨てられていく。
その時。
「貴様の役目は終わりだ。光防騎士」
オルコスの背後から近づくクリフォード。
「ふ、ファルコス子爵っ!これはどういうことだっ!貴様一体何をっ!!」
「何を?簡単な事だ。……邪魔物を排除しているだけだ」
振り返って冷や汗を浮かべながらクリフォードに食ってかかるオルコス。だが、肝心のクリフォードはとても冷たい表情のまま、まるで見下すような目でオルコスを見つめている。
まるで今までとは違う表情のままに、クリフォードはオルコスを見つめている。
「邪魔物だとっ!お、俺はドミナス伯爵家の人間だぞっ!それに子爵家風情が手を出して、どうなるか分かってっ!」
額に青筋を浮かべ、唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らすオルコス。
「うるさい」
『ズバッ』
だがそんなオルコスを冷徹に見つめていたクリフォードは、次の瞬間に感情のこもらない言葉と共に彼の首を飛ばしてしまった。
まともな実戦経験など無いオルコスに反応する事など出来ず、オルコスだった首が地面にゴトリと音を立てて落ちる。落ちた首を馬上から見つめるクリフォード。
「子爵。光防騎士の始末は終わりました」
その時、1人の騎馬が近づいてきて報告する。男の報告通り、光防騎士は既に全員、斬られ、トドメを刺され、全員が事切れていた。
「よし。あとは、あの娘だけだ」
そう言って、クリフォードは馬車へと向かっていく。そこでは既に騎手と侍女、そしてミリエーナの3人が後ろから剣を突き付けられていた。
3人とも、絶望したような表情を浮かべている。
「く、クリフォード子爵っ!これ、これはどういうことですかっ!どうして子爵がっ!?」
状況が理解出来ず、ミリエーナは困惑と恐怖の表情を浮かべながらも聞かずには居られなかった。
「何故、だと?簡単な事だっ!」
『ビュッ!』
「ッ!」
クリフォードはオルコスの血の付いた剣の切っ先をミリエーナの首筋に突き付けた。その時に飛び散った血が、彼女の服や頬を汚す。
「貴様は知るまいっ!屋敷で懇切丁寧に育てられてきた、温室育ちの貴様はっ!ディオナス子爵家などっ!!」
「で、ディオナス、子爵家?」
彼女は必死に探した。どこかでその子爵家の名前を聞いたことは無いかと。
だが、どれだけ探してもその名前が出てくる事は無かった。そして呆然とする彼女の姿を見て察するクリフォード。
「やはり知らんかっ!そうであろうなっ!貴様の父にとって、我が一族など有象無象っ!自分の正義を信じ、振りかざしっ!それで家族がバラバラになろうと知った事ではないだろうからなっ!あの男はっ!」
怒りの形相で叫ぶクリフォード。その言葉にミリエーナはビクッと体を震わせる。
「だからこそ、復讐を誓ったのだっ!何時の日か、あの男の最も大切な存在を奪ってやろうとっ!そして、それが今日だっ!」
剣を振り上げるクリフォード。
「ひっ」
その姿にミリエーナは怯えきった様子で悲鳴を漏らす。ガタガタと体が震える。
「恨むなら、自分の父親とあの男の元に生まれた自分の運命を呪うが良いっ!我がディオナス子爵家の無念を晴らすためにっ、貴様はここで死ねっ!!!」
叫び、振り上げた剣を振り下ろすクリフォード。
その瞬間、ミリエーナの視界がスローモーションになる。これまでの人生の記憶がいくつも蘇る。走馬灯だ。
そんな中で彼女は、かき消えそうな小さくか細い声で呟く。
「助けて、お姉ちゃん」
それは本当に、かき消そうな程に小さな声で。誰にも届かないかと思われた。
だが、その声は届いた。様々な人から、彼女を守ってくれと、使命を託された『彼女』に。
「ミーナァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
響き渡る咆哮にも似た叫び。
「ッ!?な、何だっ!?」
あと少しで首を落とせていた、と言う所で突然の叫び。クリフォードは慌てて剣を戻し周囲を警戒する。
「子爵っ!あれをっ!」
その時部下の1人が、彼等が元来た方向を指さした。それに釣られてミリエーナ達もそちらへと視線を向ける。
「ミィィィィナァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
向かってくるのは騎馬兵。数は6騎。そしてその先頭を走るのは……。
「レイチェル、様」
聖剣ツヴォルフを手にし、激昂したレイチェルに他ならなかった。
銀の髪を風に揺らしながら、彼女は駆ける。1人の少女を守る為に。
第14話 END
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