第13話 パーティー当日

 何とかパーティーが開かれる子爵家に到着したものの、ミリエーナ様は襲撃によって酷く怯えていた。何とかそれを宥めた翌日。予定通りパーティーが開かれた。



 私はミリエーナ様を連れ、パーティー会場である庭園へと向かった。マリー達には、庭園の周辺の警戒を指示してある。大勢で会場に居ても折角のパーティーを台無しにしてしまう恐れがあるので、ミリエーナ様の傍には私1人が付く事にした。


 庭園では既に子爵によって招待された来客達が集まっている。そんな会場に騎士である私が行けば、やはり注目を集めた。


「あ、えと」

 しかし初対面の大多数を前にして戸惑った様子のミリエーナ様。

「ミリエーナ様、ここはまず、ご挨拶を」

「あ、は、はいっ」

 私が咄嗟にアドバイスを送る。


「皆様、お初にお目に掛かります。私はフレデリック・フェムルタ伯爵が娘、ミリエーナ・フェムルタと申します。本日はクリフォード子爵よりお招き頂き、私もパーティーへ参加させていただきます」

「おぉ。では貴女がフレデリック伯爵のご息女でしたか」

 彼女が伯爵家の娘と知ると、多くの者が彼女へ自己紹介を始めた。


 彼女は伯爵家という、爵位でも上位の家の娘だ。まして父親であるフレデリック様は元法務大臣。仲良くなっておきたい、と言う意図が丸見えだ。


「しかし、そちらの騎士は一体?」

 すると参加者の1人が怪訝な表情で私を見つめる。何故騎士がパーティーにいるのだ?と言わんばかりに僅かに不快感を浮かべた様子。


「失礼しました。私は聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスと申します」

「ッ!?聖龍騎士団!?」

「それにクラディウスとはまさかっ、クラディウス公爵家のっ!?」


 しかし私の素性を答えれば皆が驚いた様子だった。だがそれも当然。公爵は最上位の爵位であり、私自身も聖龍騎士団の騎士。そしてそれ故に、ミリエーナ様に向いていた注目がすぐさま私に向く。だがこれで良い。ミリエーナ様が馴れない無数の相手の視線に晒される事は無くなるのだから。現にミリエーナ様は少し安心した様子で息をついている。


「しかし、なぜ我が国最強と謳われる騎士団が?」

「此度はミリエーナ様のお父上であるフレデリック伯爵が、諸事情によりミリエーナ様にご同行出来ず、ミリエーナ様の事を案じる伯爵より護衛の任を任された次第でございます」

「ほう?護衛ですか?しかし随分大袈裟ではないのですか?仮にも聖龍騎士団ですぞ?」


「その意見も最もです。しかし伯爵にとってはたった1人の愛娘。それ故に最上の護衛として我々を選ばれたのでしょう。我々はそれが、伯爵のミリエーナ様に対する愛情と考えております」

「成程。しかし伯爵も存外子煩悩と見られる。護衛に聖龍騎士団とは。いやはや流石は元大臣と言った所ですな。はははははっ」

 参加者たちは、その言葉に同意するように笑っている。


 その後も私に挨拶に来る者達が何人かあった。公爵家であるクラディウス家と繋がりを持っておきたいのだろう。とは言え、こう言う連中の相手は疲れる。仲良くなろうと色々話題を振ってくるが、知らない物だってあるし。かといって公爵家の人間としての相応の態度が求められる。……ハァ、こう言う人付き合いは苦手だ。ただでさえ任務があると言うのに。


 などと考えながら常にミリエーナ様の傍で周囲を警戒しつつ適当に話を合わせていると……。


「皆様」

 不意にクリフォード子爵が声を上げた。皆の注目がそちらに集まる。


「このたびは我が愛娘、『ミーシャ』の誕生パーティーにご出席頂き、誠にありがとうございます。我が愛娘も、今年で7歳の誕生日を迎える事が出来ました。今日はその喜びを、皆様と共に祝えればと思います。改めまして、本日はお集まり頂き、ありがとうございます」


 そう言って子爵がお辞儀をすると、パラパラと拍手が巻き起こる。


「それではご紹介しましょう。ミーシャ」

「はい、お父様っ」


 子爵の後ろより現れたのは、小柄な茶髪の少女だった。今回のパーティーの主役らしく着飾ったドレスを纏う姿は年相応の少女らしい物だった。


「このたびは皆様、パーティーにお集まり頂き誠にありがとうございます。私は現ファルコス子爵家当主、クリフォード・ファルコスが娘、ルーシャ・ファルコスと申します。どうか今日のパーティーを、存分にお楽しみ下さい」


 しかしやはり幼いとは言え貴族の少女。しっかりとした挨拶をする。再び聞こえる拍手。


 子爵とルーシャ様の挨拶によってパーティーは始まった。


 出席者たちは他の出席者と談笑したり、用意された料理に舌鼓を打ったりしている。そんな中で私はミリエーナ様の傍で護衛として控えていた。


 今はミリエーナ様がルーシャ様にプレゼントの宝石付きのブローチを贈っている所だ。ルーシャ様は贈り物を、年相応の少女らしく喜んで受け取っていた。それを前に笑みを浮かべているミリエーナ様。何とも微笑ましい光景だ。


「隊長」

 そこに、物陰からマリーが現れた。


「マリーか。どうした?」

「周辺警戒のご報告に。ただ、今の所周囲に怪しい動きはありません」

「そうか。引き続き、警戒を続けてくれ」

「はい」

 どうやら今の所何の問題も無いようだが……。ん?そう言えば……。

「マリー、光防騎士団の連中はどうした?姿が見えないが?」

「あぁ。それだったら屋敷の周囲に展開してます。『我々で賊を捕えるぞ』って息巻いてますよ」

「……こんな真っ昼間に来る暗殺者がいるとは思えんが?」

「普通はそうですけど。まぁ私達に忠告してやる義理はありませんよ。どうせ嫌味しか言ってこないでしょうし」

「だろうな。ともかく、お前達は指示通り警戒を続けてくれ。何か怪しい動きなどがあったら、即座に私に伝達するように。良いな?」

「了解。警戒任務に戻ります」


 そう言ってマリーは物陰から、出来るだけ人目に付かないように離れて行く。それを確認した私は、ミリエーナ様の傍へと歩み寄る。今はパーティー会場の一角で、飲み物を飲んでいた所のようだ。しかし、心なしか疲れているようにも見える。


「ミリエーナ様」

「あっ、レイチェル様。何か?」

「いえ。少しお疲れのように見えたのですが、大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。馴れないパーティーに少し気疲れを起こしただけですので」

「ならば良いのですが。もし気分が優れないようでしたら、私にお声がけ下さい。いつでも傍に居りますので」

「分かりました。……それにしても」


 と、ミリエーナ様は視線を私からパーティーの出席者たちの方へ向けた。


「良い物ですね。パーティーとは」

 そう呟く彼女は、どこか憧れるような視線でパーティーを見つめていた。


「こんな風に大勢の人に自分の誕生日を祝って貰う事が、こんなに華やかで、キラキラしているとは、知りませんでした」

「……ミリエーナ様のパーティーは、違うのですか?」

「はい。私の方は、いつも両親や執事達が祝ってくれるだけでした。お父様自身、あまり家に人を招きたくないようだったので」

「そうですか」


 きっと、それは10年前の事件のせいだろう。自分が多くの人間に恨まれている事を自覚していたから、敵か味方かも分からない誰かを家に近づけたくなかったのかもしれない。


「本当に、凄いです。多くの人に祝って貰えるのって、素敵な事だと私は思います。……そして、私はそんな素敵な事を知らなかった」

「……ミリエーナ様」

 どこか自虐的な笑みを浮かべるミリエーナ様に、何と声を掛けて良いか分からず、名を呼ぶことしか出来ない。


「私は、本をたくさん読んで、多くの知識を得たつもりでした。でも、こうして肌身で感じる生の経験だけは、何も無かった。……今この場に居る事で、思い知らされます。自分がどれだけ、小さな世界に居たことか。世界には、どれだけ多くの事で満ちあふれているのか。改めて世界の広さに驚きます」

 そう言って、彼女は静かにパーティーの様子を眺めていたのだった。



 その後、パーティーはつつがなく進行した。マリー達に光防騎士団の連中まで警戒していたが、これと言って怪しい人物の目撃情報はない。やがて夕暮れ時となり、最後に皆がダンスを踊り、パーティーは終了となった。……ちなみにと言うか、私もダンスに何度か誘われたが、職務を理由に断り続けた。流石に仕事を放り出して踊るわけにも行かないのでな。


 さて、もう既に夜も近い。パーティーの参加者の多くは子爵が用意した部屋や街の宿へと泊まる事になった。


 私とマリー達は、交代で休憩と軽い夕食、用意して貰ったお風呂で体を洗うなどして、夜も警備を続ける事にした。


 しかし私はと言うと、ミリエーナ様のご要望で昨日と同じように彼女の部屋に居た。とは言え昨日のように同じベッドで寝ている訳ではない。今はベッドの傍に置いた椅子に座り、ベッドの上で横になるミリエーナ様と少し話をしていた。


 そんな中での事だった。

「レイチェルお姉ちゃん」

「ん?何?」


 会話をしていた。……していたのだが、なぜかミリエーナ様のたっての希望で昨日と同じく姉妹みたいにっ!となっていたっ!私としては恥ずかしいし色々不味い気がするのだが、仕方無いっ!仕方無い事なんだっ!これもミリエーナ様の安眠のためっ!と強引に言い聞かせながら演じていた。


「お姉ちゃんの夢ってどんな夢?」

「夢、かぁ。う~ん、子供の頃は騎士になるのが夢だったからな~。その夢も今こうして叶っている所だし。『騎士としてもっと上を目指す』って言うのはあるけど、それはどちらかと言うと目標、かしら。夢とはちょっと違うかしらね」


 今言ったように、私の夢は騎士になることだった。それも今は叶いこうして騎士として仕事をしている。なので夢は叶っている。かといって次に望む夢などは今の所ないのが現状だった。今よりも強くなりたい、と思う事はあるがそれは夢と言うより目標や指針の意味合いが強い。


「じゃあ、お姉ちゃんのその目標は?もしかして目指す先は聖龍騎士団の団長とか?そしたらお姉ちゃんっ、女性で初めての騎士団長だよっ!」

「騎士団の団長かぁ~。あまり考えた事は無いわね」


 私が騎士団の団長、か。確かにミーナの言うとおりそうなれば私は女性初の騎士団長という事になる。女性初の聖龍騎士であり、同じく女性初の騎士団長か。改めて思うとかなりの肩書きだな、と私は思っていた。


「それより、ミーナの方はどうなの?」

「え?私?」

「えぇ。ミーナの夢は何?まだまだ若いのだから、色々な夢を追っていけるはずよ。私は、騎士になろうって思ってから他の仕事とかに殆ど興味を持たなかったから。騎士を目指して、こうして騎士として仕事をしているけど、ミーナはどうなの?」


「……」

 私が問いかけると、彼女は少し困ったような顔をしていた。……少し、不味い質問だったろうか?と考えていると……。


「夢は、大きく分けて2つあるんだ」

「2つ?」

「うん。1つは物書きになる事っ」

 そう言って彼女は笑みを浮かべていた。ただ、その表情にはどこか、迷いも見て取れた。

「今までたくさんの本を読んで、文字で、文章で、『世界を描く才能』が人にはあるんだって思ったの。だから、憧れたの。私も何時か、こんな風に本を書いてみたいって。……でも、今日の事でもう一つ、夢が出来たんだ」


「その夢って?」

「……この世界を旅する事」

 私の問いかけに彼女は静かに答えた。


「私は世界を知らない。育った家の外を何も知らない無知な子供。本を読んで知識を得たとしても、自らで感じる経験とは違う。知識を得る事と経験する事は違うって、今日分かった。だから思ったんだ。もっともっと、この世界の色んな事を知りたい。この目で見て、手で触れて、体験してみたい。……それが今の私の、もう一つの夢。でも、無理だよね。きっと」

「え?」

「世界を旅する、なんて。きっと無理だと思うんだ」

「どうして?」


「それは、私がフレデリック・フェムルタ伯爵の娘だから」

「ッ」

 静かに語る彼女の表情は、諦観、諦めを示すかのように苦笑を浮かべていた。


「理由はどうあれ、お父様は色んな人から恨まれていて、そして私も狙われている。だからきっと、私が屋敷を出たのなら、すぐに殺されてしまうかもしれない。だからきっと、2つ目の夢は叶わない夢だと分かってるから。叶わないと分かっている夢を追う程、私も愚か者じゃないから」

 彼女はそう言って苦笑を浮かべていた。その諦めたような様子に、私はどう声を掛けて良いか分からず、言葉に詰まっていた。


「ごめんね、お姉ちゃん。……いいえ、レイチェル様。私はもう眠ります。おやすみなさい」

「あっ。お、おやすみなさい」

 私の言葉を聞くとミリエーナ様は眠りに付いてしまった。数分もすれば寝息が聞こえる。


 静かな部屋に、彼女の寝息だけが響く。


 彼女は先ほど、第2の夢は諦めるしか無い、と言わんばかりの口ぶりだった。夢を諦めたかのような苦笑を浮かべていた。


 でも、私は見逃さなかった。その口ぶりと表情に反するように、彼女の瞳は今にも泣き出しそうな程、潤んでいた。それはまるで、『それでも夢を諦めたくない』と言わんばかりに。



 夢を諦める。それは時に、自分を守る為に必要な事なのかもしれない。望んだ結果、望んだ未来、すなわち『夢』。しかしそれが確実に手に入る保証はどこにも無い。時に挫折し、心が折れ、夢を追う事を諦めるものも多い。だが、だからといって『自分の力不足のせいで夢が叶わなかった』、などとそう簡単に受け入れられる事ではない。だからこそ人は時に『運が無かった』、『ライバルが強かった』などと、時に言い訳を探し、夢を諦めるよう自分に言い聞かせる。


 受け入れがたい辛い現実を受け入れるより、言い訳を受け入れる方が心は楽だろう。実際、それで心が救われる、守られるのならそれも良いかもしれない。人生なんて山あり谷ありだ。夢破れたと言えど人生がそれで終わるわけでは無い。次を探せば良い。


 だが中には居るのだ。『どれだけ言い訳をしても』、『どんな苦難が待ち受けていても』、夢を諦めきれない人間というのが。私もその類いの人間だ。騎士になりたくて、血の滲む鍛錬を続けて、今騎士となってここにいる。


 そして今さっきのミリエーナ様もそうだ。口では諦めの言葉を吐露していた。だがその目は如実に物語っていた。『諦めたくない』、と。


「すぅ、すぅ」

「……どうしたものかな」


 私は眠るミリエーナ様を見守りながら、そんなことを考えていたのだった。



 翌朝。マリーから報告を受けた後、私はミリエーナ様を起こさないようにこっそりと部屋を出て、マリー達と共に出立の準備をしていた。馬の様子のチェック、荷物の確認、帰りのルートの確認等々、やることはある。そして、あてがわれた部屋でルートの確認をしていた時だった。


『コンコン』

 ん?誰か来たようだな。

「はい」

「朝早くに申し訳無いクラディウス隊長。今、よろしいですか?」

 この声は、クリフォード子爵?

「はい。今開けます」

 なぜこんな朝早くに子爵が?と思いながらも私は鍵を開け、扉を開けた。


「おはようございます子爵。さぁ、どうぞ中へ」

「失礼いたします」

 子爵を部屋に招き入れ、ソファに腰を下ろして貰う。そして私も反対側に腰を下ろした。


「それで、こんな朝早くに何か御用でしょうか?」

「はい。実はクラディウス様にお願い、と言いますか。進言したい事がありまして」

「進言、ですか?一体何を?」

「はい。実はミリエーナ・フェムルタ様のお帰りの際に我々も同行したく思いまして」

「え……っ!?」


 突然の提案に私は驚いた。何故そうなるのか、分からなかったからだ。


「……そう思われた理由などをお聞きしても?」

「はい。ミリエーナ様は私が主催したパーティーのお客様。しかし、ここへの旅路で、毒矢を使った双子の暗殺者に襲われた事は聞き及んでおります。それを考えれば、帰りの旅でまた襲われる危険もあります。主催者としても、参加したご令嬢が帰り道で襲われ命を落としたとあっては沽券に関わりますし、何より。ミリエーナ様からプレゼントを頂いて喜んだ娘に、彼女が死んだ等と伝える訳にも……。なので私のツテで10人ほど騎士と兵士を集めました。私も、もちろん元騎士としてご一緒いたします」

「……」


 私は黙って子爵の言葉を聞いていた。確かに彼の言い分は分かる。だが、元騎士団の所属とは言え、狙われているとは言え、パーティーの参加者に主催者である人物が、まして自ら護衛をするなど聞いた事が無い。


 私の立場で言えば、民間人である子爵を危険に晒すような真似は極力避けなければならない。だからこそ、『お気持ちはありがたいのですが』、と切り出して断る事が普通だ。


 だが、私の第六感がその言葉を出す事にストップを掛けていた。何かが引っかかったのだ。今の会話の中で、何かが。……だからこそ。


「……分かりました」

「え?」

 私の言葉が予想外だったのか、子爵は一瞬疑問符を浮かべた。まぁ、普通に考えれば断られると思ったのだろう。


「正直、ミリエーナ様を狙う刺客の数や規模、黒幕など一切の情報が掴めていないのが現状です。加えて、光防騎士団の連中は練度も低いのが現状です。なので、騎士団としての経験がある方の援軍は大変心強い物です。……しかしよろしいのですか?ミリエーナ様はお命を狙われている事がはっきりしています。当然、戦闘のリスクはあります。戦闘による負傷や、最悪の場合命を落とす危険もあります。……よろしいのですね?」


 私は少しだけ圧を加えるように念を押した。

「えぇ。これでも元騎士団の人間です。修羅場はいくつも潜ってきたつもりですから、ご安心を」

 が、子爵はそう言って笑みを浮かべ臆した様子は無い。……流石に実戦を経験し、中隊指揮官にまで上り詰めただけの事はある、か。


「分かりました。ならば子爵のご助力、謹んでお願いいたします」

「はい」


 こうして、帰り道の援軍として子爵の助力を得ることが出来た。が、正直援軍を断らなかった理由は、単に援軍が欲しいからではなかった。



 クリフォード子爵が『出立の用意をして参ります』と言って部屋を出た後、私はマリー達の元へと向かった。表向きは子爵の援軍を伝える為だ。


 元騎士団で中隊指揮官まで上り詰めた子爵の援軍、とだけあってマリー達は喜んだ様子だった。まぁ、練度の低い光防騎士団の連中に比べれば立派な援軍である。


 が、私はそう喜んでも居られなかった。

「マイク」

「え?はい」

 私は男性部下の1人、マイクに声を掛けた。


「少し聞きたい事がある。良いか?」

「別に構いませんけど、どうしました?」

 マイクを呼び止めた私は、密かに周囲を警戒しつつ問いかけた。

「マイクは確か、この辺りの出身だったな?」

「えぇ。10年程前に騎士団入りするまでは確かに。ですけど、それが何か?」

「実はクリフォード子爵について何か知らないかと思ってな。何か聞いた事は無いか?」

「はぁ。そう言われましてもねぇ」


 う~んと腕を組み唸るマイク。……やはり10年前この辺り出身、と言う訳ではこれといった情報は無いか。


 そう考え、もう良いと言おうとしたのだが……。

「あっ。そう言えば」

「ん?何だ?」

「あぁいえ。騎士団に入る前、知人の結婚式に参加したことがありまして。そこで子爵の噂を少し耳にしたことがあるんですよ」

「噂?どんな?」

「えっと、確か。子爵は元平民の割には礼儀作法がしっかりしてて、まるで貴族みたいだ、とか」

「……そうか。しかし10年ほど前となると、子爵が結婚して貴族の仲間入りをした頃の話、か」

「えぇ、恐らくは」


 その当時から貴族らしい立ち振る舞いが出来ていたと言う事か。元平民の子爵が?……少し引っかかるな。


「あの、隊長はどうしてそんなことを聞きたがるんですか?」

「ん?あぁ、いや。ちょっと、な。共に警護をしてくれると聞いたのだが、私は子爵の事をよく知らないので、念のためにな」

「あぁ。そうでしたか」

「悪かったな引き留めて。情報が聞けたのでもう大丈夫だ」

「了解です。では、準備に戻ります」

 マイクは敬礼をすると準備に戻っていった。


 ……流石に、子爵相手に引っかかりを覚えて居るのは私の感覚で、と言うだけだ。それだけで子爵に対して何か疑いがある、と言う訳にも行かないしな。今の所、この引っかかりについては私の胸の内に留めておくとしよう。


 その後、出発の用意をしていたり、ミリエーナ様に事の次第を説明したりした後、出発の時間となった。


 子爵が連れてきたのは、完全装備の騎兵が5名に、後は軽装の騎兵が5名の合計10名。騎完全装備の騎兵は皆既に兜を被り腰には剣を下げている。兜のせいで顔は分からないが、鎧を着慣れているようだ。元騎士団の人間だろうか。……一方の軽装の面々は、装備にばらつきがあるが、屈強な男達だ。冒険者か何かだろうか?と考えていると、ミリエーナ様が子爵の方へと歩み寄った。


「クリフォード子爵。レイチェル様よりお話は伺っています。わざわざ子爵自ら護衛をして下さるなんて、なんとお礼を申して良いか」

 そう言って静かに頭を下げるミリエーナ様。


「いやいや、頭をお上げ下さいミリエーナ様。折角娘のパーティーにご出席頂いたのに、帰り道で何かあっては我が家の恥。それに娘も悲しむでしょう。それに私も元騎士団の人間です。これくらいは当然のこと」

「重ね重ね、ありがとうございます。クリフォード子爵」


 ミリエーナ様は子爵を相手にキチンとした態度で接している。その表情からも、不安や恐れは感じ取れない。襲撃された一昨日ほど取り乱した様子は無い。パーティーも終わって後は帰るだけだから、幾分か落ち着いているのだろう。


 ともあれ、これで諸々の準備は整った。あとは伯爵家まで戻るだけだ。来た道を戻り、送り届けるだけ。


「それでは子爵。行きましょう」

「はい。号令をお願いします、レイチェル隊長」

「分かりました」


 馬に乗る子爵へと声を掛け、私は周囲を見回す。私の部下達に光防騎士団の連中、子爵の配下の騎兵達。合計で50人の部隊になった。まぁ、一部は不安要素だが、数はかなりの物だ。


 さて。

「それではこれより、我々はフェムルタ伯爵家へと向かうっ!道中、襲撃の恐れがあるため各自警戒を怠らないようにっ!出発っ!」


 私の号令を合図として、動き出した部隊。


 だが、先頭を進む私の胸の中は、静かにざわついていた。子爵に覚えた引っかかりの正体が分からないまま、私達は歩き出した。


     第13話 END

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