第12話 パーティー前夜

 カラッカスの街を出て、目的地へと向かう私達。その道中、私達はミリエーナ様を狙ったと思われる暗殺者の襲撃を受けた。幸いそれを退け、目的地であるファルコス子爵領内の街、『ライサス』へとたどり着いた。しかし、無事にたどり着いたものの、ミリエーナ様は襲撃を受けた事で、酷く動揺されていた。



 マリーを連れて廊下を歩き、ミリエーナ様にあてがわれた客室へと向かう。道中では私の部下達が警護を行っていた。念のため彼等に周辺の様子を聞いてみるが異常は無いと言う。報告を聞きつつ、ミリエーナ様の居る部屋の前までたどり着いた。


 傍にはマリー。更に入り口の傍には女性騎士であるアリス達がいる。が、マリーはここまでだ。


「私はミリエーナ様の心のケアに努める。お前達は引き続き交代で周辺の警戒を頼む。私もこの部屋で寝る事になるだろうから、何かあればここへ」

「分かりました。……しかし、心のケアなんて、隊長でも経験は……」

 少し不安そうな表情を浮かべるマリー。しかし彼女の言う通りだ。

「あぁ。無い。だが、だからといって彼女を放ってはおけないからな。やるだけやってみるさ」


『コンコンコンッ』

「失礼します」

 そう言って私はドアをノックし、部屋の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中は薄暗く、小さな燭台の火と、窓から差し込む月と星空の明かりだけが、薄く部屋の中を照らしていた。


 そんな中で、ミリエーナ様はベッドの上で、頭の上から布団を被っていた。まるで、何かに怯え、それから隠れるように。


「レイチェル、様」


 そんな彼女の怯えた様子は、昨日の夜の比では無い。顔は真っ青で、今も手と体が震えているように見える。


「ミリエーナ様。お加減は、如何ですか?」

「……」

 彼女は何かを言おうとした。でも、口を開いただけで何も言わず、また口を閉じてしまった。


 きっと、今の彼女は言葉に出すことも恐れているのだろう。『怖い』と口に出してしまう事で、自らの恐怖を、恐れを再確認してしまうかもしれないのだから。


 だからこそ、私は恐怖に怯える彼女を優しく抱きしめた。鎧は着ていない。制服の上から、私の胸に彼女の頭を抱き寄せる。


「あ」

「大丈夫。私が守るから。私が傍に居るから。どんな敵からでも、あなたを守るから」

「本当、に?」

「えぇ。何度でも誓う」


 そう言うと、私は一度彼女を離し、彼女をベッドの淵に座らせると私はその前に立ち、床に膝を突いた。


「今の私は、あなたを守る盾。あなたを狙う悪意を倒す剣。……今の私は、あなたを守る為にここに居る騎士。だからこそ、約束する。聖剣に掛けて。自らの命に掛けて」


 それは主君に騎士が忠誠を誓うように。


『チュッ』


 私は小さく、彼女の手の甲に口づけをした。

「んっ」

 すると、馴れていないのか、或いはこそばゆいのか。彼女がピクンと体を震わせた。


「あなたは必ず、私が守ってみせる。この命に替えても。絶対に」

「れ、レイチェル、様」


 私は立ち上がり、もう一度彼女の頭を胸に抱くと、静かにその頭を撫でる。


「だから安心して。私が、あなたの傍に居るから」

 彼女を宥めるように。落ち着くように。静かに声を掛けながら何度もその頭を撫でる。


「う、うぅっ」

 すると、ミリエーナ様が静かに涙を流しながら、私に抱きついた。それはきっと、安心したからこその涙なのだろう。怖くてどうしようも無いのは、無理も無い。なぜなら彼女は子供なのだから。まして戦う術を持たない、か弱い少女なのだから。


「大丈夫。大丈夫」

 だから私は、彼女が泣き止むまでその頭をなで続けた。


 それから数十分ほどして、彼女は泣き止んだ。



「落ち着かれましたか?」

「は、はい。ありがとう、ございます」

 泣き止み、ベッドの淵に座るミリエーナ様。私はその隣に腰を下ろし、今も彼女へ手を回して抱き寄せている。


 涙に濡れた頬や目の周りは赤くなっているが、もう涙は流れていない。しかし泣き止んでは貰えたが、その表情はまだどこか暗い。


 どうやらこれで終わり、と言う訳には行かないようだ。どうしたものか、と内心考えていた。が、答えはすぐに出た。


「ミリエーナ様、折角ですから気分転換に私の話を聞いて頂けませんか?」

「え?」

「まだまだ騎士として経験してきた事。ミリエーナ様に全てを話し終えてはおりません。ですから、お聞かせします。私のお話を。ちょっと、恥ずかしい話も混じりますけど」

 私はそう言って苦笑を浮かべると、彼女に色々な事を話し始めた。


 魔物との死闘。仲間達と共に任務に当った時の事。騎士として仕事をしている事を最初は話した。だが、話はやがてそれ以外の事に映っていった。


 私の家族の事。私には両親が居て、歳の離れた2人の兄と1人の姉が居る事や、祖父が元騎士で、私もそれに憧れて騎士を目指したことを。


「レイチェル様が騎士になろうと思ったのはお祖父様の影響なのですか?」

「えぇ」

 私は頷きつつも彼女の顔色をうかがう。


 少なくともさっきよりは顔色も良くなっている。物語が好きな彼女のために色々話をしたのは正解だったようだ。


 などと考えつつも話を続ける。


「最初に祖父を強く意識するようになったのは、祖父から護身術を習い始めたばかりの頃でした。『貴族たるもの、何時如何なる時でも自分の身を守れるようにっ!』。そう言って祖父はまだ6歳だった私に稽古を付けるようになりました」

「それはレイチェル様のご兄弟の方も?」

「えぇ。2人の兄と姉も、幼少期から祖父に鍛えられていたそうです。私も例に漏れず、鍛えられました。……最初は、それが嫌だった」

「え?」

 どうやら私の言葉が予想外だったのだろう。ミリエーナ様は少し驚いた顔で私を見上げている。


「鍛錬はキツくて、痛くて。最初は何でこんな事するだろう。そんな考えばかりでした」


 私は過去を思い起こしながら、遠い目で部屋の天井を見上げながら話し続けた。


 今言ったように、鍛錬は辛い物だった。まだ6歳だった私に祖父は容赦などしなかった。もちろん、実戦で敵は手加減などしてくれないのだから鍛錬だって手を抜いては意味が無い。それは今ならば分かる。だが当時まだ少女だった私には、それが分からなかった。


 ただ痛くて、辛くて、何度も怒られ、泣きながら必死にやって、それでも痛くて、辛くて。何度も逃げ出したいと思った。両親や兄達、姉に慰められながら、『それでも自分の身を守るためには必要な事だから』と言われ、続けた。


「正直、あの頃の私は祖父に苦手意識がありました。怒られ、痛く辛い鍛錬をさせられ。避けていたとも言いますか」

「でしたら、どうしてレイチェル様は騎士になろうと思われたのですか?」


「……ある時でした。私が祖父の元でいつものように鍛錬をさせられていると、祖父と祖母の邸宅に来客がありました。……それは、祖父を倒して名を上げようとする名うての剣士でした」

「え?そんなことがあったのですか?」


「えぇ。当時の私はそれがどう言う意味なのか分からず、流されるままに祖父と相手方の立ち会いを見守りました。……そして始まった試合。私はそんな中で、祖父の剣に、見惚れたのです」

「剣に?」

「えぇ。卓越された剣技。鍛錬と経験に裏打ちされた、圧倒的な強さを見せる祖父に私は目を奪われました。当に全盛期を過ぎているはずの祖父が、屈強な男を圧倒する姿に。あの時、私の背筋が震えたのを今でも覚えて居ます」


「それで、試合は?」

「結果は祖父の圧勝でした。男は悔しそうに去って行きました。……そして後日、私は興味本位から祖父に聞いたのです。『どうしてそこまで強いのか?』と。すると祖父は私に言いました。『強く在ろうと、ただひたすらに自らの限界を超え続けたからだ』、と。幼い私はその言葉を理解する事が出来ませんでした。……でも、あの日の祖父は、これまで私が目にしてきたどんな祖父よりも、輝いて見えました」

「それで?それでっ?」


 気づけば、ミリエーナ様が興奮した様子で目を輝かせながら話の先を催促している。その様子に安堵しつつも私は話を続けた。


「それ以降は、少し祖父の存在に惹かれました。なぜあの歳であれだけ強いのか。あの時は分からなかった言葉の意味を理解しようと、私はこれまでとはうって変わって賢明に鍛錬を続けました。……そして、そんな中で私は祖父から騎士の在るべき姿についてを教わったのです」

「それはもしかして、騎士道、ですか?」


「えぇ。祖父は私に騎士道を教え、こうも言いました。『人は人であるが故に完璧という者は無い。騎士も同じ。完璧に騎士道の教えを守れる人間は居ない。だが、だからといって教えを無碍にして良い理由にはならない』と」

「……人は人であるが故に完璧ではない、ですか。重い言葉ですね」

「えぇ。誰にしも、欲望や感情というものは存在します。……私にも、誰かを羨んだり妬んだり、怒ったり、泣いたり。そういうときもあります。私は完璧ではない」

「私。レイチェル様にはそんなイメージは全然ありません。むしろ、完璧なヒーローのようですっ」


「それは、お褒めの言葉として受け取っておきます。ですが、私もまた人の子です」

 彼女の言葉は褒め言葉だろう。だが、それを真に受けて、自分は完璧だと思う程私は自信過剰ではない。


「私も時には失敗します。ミスを犯します。怒られます。……完璧ではないのです」

「レイチェル様」

 苦笑気味の私を彼女が心配そうに見上げている。


「でも、だからといって完璧であることを諦めた訳ではないのです。……先ほどの祖父の言葉の続きなのですが、『完璧ではないからと言って、完璧であろうとする努力を止めて言い理由にはならない』。祖父は私にそう言いました。だから私は努力を続けました。強い祖父に憧れて。そうして私は、次第に祖父の言う騎士の存在に惹かれていきました」


 それが、私が騎士を目指した原点だった。

「祖父に教えを請い、自らを鍛え、騎士になるべく色々な事を勉強しました」

「そうだったのですか。……あっ、でも、ご家族の方は反対されなかったのですか?当時、女性で騎士になろうという人は殆ど居なかったはず」

「反対が無かった、と言えば嘘になりますね。皆私を心配していた様子でしたし、姉など絶対反対、と言って当初は猛反対していました」


 今でも思い出す。『危険だからダメっ!』、『そんなの女の子の仕事じゃないっ!』、『私の大切な妹に何かあったらダメだからっ!』等と言って私を必死に説得しようとする姉の姿。


「ですが私は譲らず、最終的には祖父が皆を説得しました。……姉は最後まで猛反対でしたが」

「ふふっ、きっとその方は、妹であるレイチェル様がとても心配だったのですね」

「えぇ。結果的に、姉には大変な心配を掛けてしまいました。が、それでも姉は、最終的には『それがレイチェルの夢なら』、と言って私を応援してくれるようになりました」

「そうだったのですか。……素敵なお姉様ですね」


 そう言うと、ミリエーナ様はどこか羨ましそうな表情を浮かべている。

「私は一人っ子でしたから。兄も姉も、弟も妹も知らなくて。レイチェル様がちょっと羨ましいです」

「ふふっ。でも兄弟が居ると言うのも大変ですよ?私は末っ子ですから、兄や姉によく弄られました」

「え~~。でもやっぱり居ないと憧れますよ、姉妹とか、兄弟とかっ!」


 そう言って食い気味なミリエーナ様。どうやら、いつぞや本について饒舌になった時のようになっているようだ。


 しかし、すぐに自分の口調に気づいてハッとなった様子だ。

「ごご、ごめんなさいっ!レイチェル様にこのようなため口をっ!?」

「いえいえ。そのくらいで怒ったりはしませんよ」


 顔を赤くし、目を伏せる彼女を抱き寄せその頭を撫でる。


 すると何やらミリエーナ様は頬を赤く染めていた。



 と、何だかんだ話し込んでいたら夜も更けてきた。もうミリエーナ様は寝る時間だ。なので侍女に手伝って貰い着替えたミリエーナ様はベッドへ行く。私としてはそれを椅子にでも座って傍で見守りつつ、適度に休もうと思って居たのだが……。


「あ、あの、もし良ければ昨日のように、一緒に寝て下さいませんか?」

 少し不安そうなミリエーナ様の言葉。頼まれてしまっては断る事も出来るわけも無く。

「分かりました」


 私は昨夜のように、彼女のベッドで一緒に眠る事になった。幸いこの部屋に用意されているベッドも大きめの物だった。私と彼女が2人ならんでも十分な大きさのベッドだ。


 私は聖剣ツヴォルフをベッドの傍らに置くと、ベッドの中へと潜り込んだ。そのままミリエーナ様と見つめ合う。


「何だか、こうしていると本当の姉妹みたいです」

 ふふっ、と笑みを浮かべながら呟くミリエーナ様。しかし、そうなるとミリエーナ様が私の妹か。


「それも、悪く無いですね」

「ふぇっ!?」

「ミリエーナ様のような可愛らしい妹がいるのも、悪く無い、いいえ。むしろ良い事だと思います」

 そう言って、私は赤面し素っ頓狂な声を上げた彼女の頬を優しく撫でる。


「んっ」


 それから数秒、彼女の頬を撫でていると……。

「あ、あの。レイチェル様」

「どうしました?」

 彼女が頬を赤く染め、少し蕩けた表情のまま私を見上げている。


「もし、もし良ければ、私の事は『ミーナ』と呼んで、ください。敬語も必要ありません。そ、その代わり……」

 何かを言いたそうにしているが、恥ずかしくて戸惑っている様子だった。


「どうしたのミーナ?言ってご覧なさい」

 だから彼女の背を押したくて、私は本当の姉のような声で語りかけた。

「っ!!」


 すると彼女は顔を真っ赤にしている。やがて……。


「あのっ、わ、私も、『レイチェルお姉ちゃん』って、呼んで良い、ですか?」

 恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、絞り出すような声を漏らすミリエーナ様。いや、『ミーナ』。その問いかけに対する私の答えは決まっていた。


「もちろんよ」


 そう言って私は笑みを浮かべながらミーナを抱き寄せた。そのまま彼女を抱きしめる。


「今の私はミーナのお姉ちゃんなんだから。ミーナも、変に敬語とか、使わなくて良いんだからね?」

「ッ、は、はひっ!」

 私は頬を赤くしている彼女を見つめながら笑みを浮かべる。


「さぁ、もう寝ましょう。大丈夫、ミーナの傍に、お姉ちゃんがずっといるから」

「うん。れ、レイチェル、お姉ちゃん」


 ミーナは少し戸惑い、恥ずかしそうに私をお姉ちゃんと呼ぶ。そして私達はお互いの体を抱きしめあいながら、眠りについたのだった。




 翌朝。私は眠りから覚め、体を起こして自分の記憶を反芻していたのだが……。


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

 頭と体全体が沸騰しそうになっているっ!あぁ顔が熱いっ!絶対今、顔真っ赤になってるっ!!と言うか私は何をしていたっ!仮にも護衛対象のミーナ、あいやいやっ!ミリエーナ様にため口で、しかも姉のように振る舞うなどっ!……まぁ、末っ子だった私は妹や弟に少なからず興味があったが。……って違ぁうっ!問題はそこじゃないっ!仮にも護衛する騎士と護衛対象が、い、一時的にとは言えあのような事をっ!


 彼女を安心させる意味では正しかったのかもしれないが、あぁっ!私とした事がぁっ!こ、これは絶対にマリー達に知られないようにしないとっ!絶対にだっ!!知られたが最後、一体どんなに弄られる事かっ!あぁ考えるだけでも頭が痛いっ!と言うか昨夜の私よっ!なぜあんな事をしたっ!あぁ過去に戻れるのなら過去の自分を殴りたいっ!


「うぅん」


 ふと聞こえた声に私はミリエーナ様の方へと視線を向ける。

「レイチェル、お姉ちゃん」


 まだ眠っている様子だが、ふと聞こえた言葉に私は苦笑を浮かべた。


「まぁ、たまには姉を演じるのも悪く無い、か」

 正直、羞恥心のせいで死ぬほど恥ずかしい。が、それもこの子のためになると思えば我慢出来るだろう。


 なんて考えながら、私は眠る彼女の頭を撫でるのだった。

 

 ……でもやっぱりマリー達には絶対にバレないようにしよう。絶対弄られるから。



 それから数時間後。朝起きたミリエーナ様は用意された朝食を済ませ、少し休憩した後、パーティーに向けて用意していたドレスへと侍女の手を借り着替えている。


 部屋に居るには、私、ミリエーナ様、着替えを手伝っている侍女の3人だけだ。彼女の着替えを見守る中で、今朝マリーより聞いていた報告の内容を思い返していた。


 昨夜、私は屋敷の中だけではなく周辺にも部下を配置した。だが彼等は怪しい人影などは目撃していないと言う。


 しかしこれまで数回、怪しい人物が目撃されている以上油断は出来ない。キースなどは、『あの怪しい人物は昨日倒したあの2人なのでは?』と考えていた。私としてもその可能性は0ではないと思って居た。


 だが、証拠も無しに割り切るのは早計だ。根拠も無い安易な割り切りは、あとで手痛い代償を支払う結果になりかねない。なので、今も部下達には警戒を怠らないように言い聞かせてある。


 とは言え、黒幕が誰かは一向に分からない。貴族なのか、平民なのか。貴族の場合、財力にものを言わせた戦法も考えられる。或いは平民達が、伯爵への復讐と言う共通の目的によって一致団結し、金を出し合って暗殺者を雇ったと言う可能性も0ではない。


 ……ハァ、せめてあの連中が何か持っていたら良かったんだが。と、私は昨日のことを思い返していた。……しかし、改めて思うと数が少なかったな。我々を相手にたった2人だけと言うのは。まさか、黒幕が無数の暗殺者を雇い、暗殺に成功した者に報酬を与えるような形式、オークション形式のような物だったら?


 或いは金が無くあの2人しか雇えなかった、か。だが黒幕が貴族ならもっと雇う事も出来よう。……それとも、依頼の報酬である後ろ暗い金をそこまでの量用意出来なかった、とか。


 私は思考をめぐらせる。が、如何せん証拠は何も無い。どれも推測の域を出ない。それに考えすぎて色々な可能性を疑いだしてしまう。これでは切りが無い。


 ……とりあえず今は本来の目的であるミリエーナ様の護衛に集中しよう。刺客がどこから狙って来るかは分からないからな。


「はい、お嬢様。終わりました」

 などと考えていると、ミリエーナ様の着付けが終わったようだ。

「ありがとう」


 そう言って立ち上がった彼女を包み込んでいるのは、淡いピンク色のドレス。そんな彼女が静かに私の前までやってくる。


「ど、どう、でしょうか?おかしな所は、無い、でしょうか?」

 頬を赤く染めながら問いかけてくる彼女。


「えぇ。とても良くお似合いです。それこそ、絵本の中の麗しいお姫様のようです」


 その答えは定例文じみているだろう。だが、紛う事なき本心だ。今の彼女は、童話の中から現れた小さなお姫様のように、見目麗しい。


「ッ~~!そ、そう、ですか」

 すると彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。ふむ、私と一緒で褒められるのに馴れてないのだろうか?まぁ気持ちは分かる。面と向かって褒められるのは時に凄く恥ずかしいからな。


 ちなみに、彼女の後ろにいた侍女は私の褒め言葉に同意するようにうんうんと頷いている。


「ではお嬢様。そろろそ会場に向かいましょう」

「え、えぇ」


 侍女に促されるまま、部屋を出て行こうとするミリエーナ様。

『ガッ』

「きゃっ!」

「っと!!」


 躓き、倒れそうになる彼女の傍に駆け寄り、咄嗟に手を伸ばし彼女を抱き留めた。


「ミリエーナ様?大丈夫ですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

 彼女はそう言って立ち上がる。しかしふと、視線を下に向けると彼女の履いている靴が気になった。それは踵が少し高くなっている靴だった。靴自体はピカピカに磨かれているようだが……。


「ミリエーナ様。もしや、ヒールの高い靴は履き慣れていないのですか?」

「はい。実は、このような靴を履いたこと自体、今日が初めてでして。以前、お母様がプレゼントしてくれた物なのですが、屋敷では履かず、外でも履く機会が無かった物で」

「そうでしたか」


 ふぅむ。しかし困ったな。これでは歩きづらいだろう。かといって代えの靴があるかどうか。……仕方無い。


「ミリエーナ様、良ければ私が会場まで貴女をエスコートいたします」

「え?よ、よろしいのですか?」


「えぇ。麗しき姫君をエスコートするのもまた、騎士の役目。さぁ、お手をどうぞ」


 私は一度、彼女の前で膝を突き、左手を彼女へと差し出した。


「あ、あぅ、え、えっとっ!」

 彼女は顔を赤くしながら戸惑った様子だった。


「え、えと。……よ、よろしくお願い、します」


 しかしやがて、顔を赤くしながらも私の手を取った。


「はい。では、参りましょう」


 私は彼女の手を取り立ち上がると、ミリエーナ様をエスコートしながら部屋を出た。外に居たマリー達と共に会場へと向かう。


 しかし……。


「ねぇ、隊長あれ、わざとやってる?」

「いや~どうかな~?ってか見てよミリエーナ様。顔真っ赤だよ?」

「あれ、もしかして『脈有り』かな?」

「うわ~。あれ絶対もう『堕ちてる』って。撃墜されてるよ」

「私達の隊長は無自覚な乙女キラーだからなぁ。仕方無いか」


 何やらマリー達の話し声が聞こえるが、ヒソヒソ話で何を言ってるのか分からんな。とは言え、任務中の私語は厳禁だ。


「んんっ!」

 私が咳払いをすると、マリー達はビクッと体を震わせておしゃべりを止めた。


 そして私はミリエーナ様の手を取り、彼女と共にパーティーの会場である屋敷の庭へと向かった。


 『何も起きなければ良いが』、と切に願いながら。


     第12話 END

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