第11話 到着

 カラッカスの町にたどり着き、問題もあったが、何とか宿で一夜を過ごす事が出来た。そして翌朝。


 私が目覚めてからしばらくして、ミリエーナ様も目覚めた。身支度を調え、朝食を食べられた後。少しばかり休憩を挟んでから我々はカラッカスの町を出た。


 予定ではもう少し休憩をしてからだったが、お荷物が居る事と、昨日の夜不審な人物が目撃された事から出発を少し早めた。


 怪しい人物が目撃された事は、ミリエーナ様には伝えていない。余計な不安を与えたくは無いからだ。

 町を出ようと準備して、いざ出発、と言う時になって光防騎士団の連中が慌てた様子で出てきた。昨日なら待ってやったが、今日は先を急ぐので、奴らを無視して先に町を出た。彼奴らの使用人が何か言われるのでは、と少し心配になったが、残念ながら我々の今の第1目標はお嬢様を無事に目的地へ送り届ける事だ。申し訳無い、とは思うが今回は待ってやる訳には行かなかった。


 しばらくすれば、慌てた様子で馬を飛ばしてきた連中が追いついてきた。部隊長のオルコスが早々に私の側に来て文句を言ってるが……。


「我々は正式な依頼に則って護衛任務を受けている。そして、道中においてどういった行動をするかは我々の自由だ」

「だから我々を置いていったと言うのかっ!折角我々が援軍として同行してやってるものをっ!」


 援軍だと?お荷物の間違いだろう。とは思った。が、流石に口には出せなかった。

「文句があるのなら今すぐ引き返す事をお勧めします。……この程度、我々第5小隊だけで十分です」

 流石に表立って『むしろ邪魔だよっ!』とは言えないので、遠回しに『お前等は必要無い』、と言うニュアンスの言葉をぶつけた。そして、それを理解したのか周囲のマリー達がうんうん、と頷いている。


「ちっ!?女の分際で偉そうにっ!」

 舌打ちと女性蔑視の発言。どうやら、自分達は不要だ、と言われたのは理解出来たようだが……。

『ギンッ!』

 相手をしてる暇はないので、鋭い眼光とプレッシャーをぶつけてやる。

「うっ!?も、もう良いっ!」

 するとオルコスは冷や汗を流しながら部下の元へと戻っていった。


 まぁ、私としては今すぐどこかに行ってくれた方がありがたいのだが。しかし、あぁ言う手合いは自分勝手だろうから、私のことを恨んでいるだろうなぁ。と言うか、私を目の敵にしてる貴族とか光防騎士団の連中は多い。ハァ。そう思うと気が重くなる。


 が、今はそうも言ってられない。今やるべき事はミリエーナ様の護衛だ。恨まれる云々は、またあとで考えるとしよう。


 その後は、昨日と同じように騎馬の2人を斥候に出しながら、順調に目的地までの道を進んでいた。


 幸い、午前中においてはこれと言った襲撃は無かった。森の中の開けた場所で昼食を取っている時も、これと言って周囲に怪しい動きは無かった。


 だが、午後の事だった。


 我々は森の中を進んで居る。日はまだ高く、予定ではあと数時間後の日が沈む頃、目的地に到着する予定だ。


「ん?」


 だが、不意に私は感じた。『空気』が変わった。これまでとは違う。この先に『何か居る』。そう私の感覚が訴えてきた。伊達に聖龍騎士として修羅場を潜ってきては居ない。第六感が警鐘を鳴らしている。


 私はすぐさま、左手を腰の後ろに回し、指を2本伸ばし、ピースサインを作る。

「っ」

 するとすぐ後ろに居たマリーが表情を引き締めた。そして彼女も同じようにしていく。更にそれを見た他の皆も、すぐさま表情を引き締めていく。


 これは、我々第5小隊で事前に決めてあったハンドサインだ。


 左手を腰の後ろに回し、伸ばした指の数でメッセージを伝える。

1本なら、『戦闘態勢』や『戦闘用意』、『奇襲を警戒せよ』の意味。

2本なら、『警戒態勢』や『周囲に不穏な気配有り』、『奇襲の可能性あり』の意味。

3本なら、『準警戒態勢』、『周りに気を配れ』の意味。

4本なら、『異常なし』や『戦闘態勢や警戒態勢を解け』という意味になる。

 

 私が伸ばした指の数は2本。つまりマリー達に警戒態勢を促す物だ。


 皆、私からのサインを聞き周囲に警戒を強めている。そして、歩みを進めていたその時だった。


『ビュッ!』


 突如として近くの林の中から何かが飛んできた。

「っ!」

 狙いは私だ。だが、何か怪しいと警戒していたのが功を奏し、攻撃に気づいた私は飛んできた物を回避した。回避した何かが、ガッという音と共に近くの木に刺さる。飛んできたのは矢だった。


 直後。


「ッ!敵襲っ!総員警戒態勢っ!左方に弓兵だっ!他にも居るかもしれないっ!総員全周警戒っ!」

 すぐさまマリーが指示を飛ばす。

「総員進軍停止っ!最優先目標はミリエーナ様を守る事だっ!攻撃は避けて防御に徹しろっ!」


 私の指示を受けて馬車と騎馬が止まる。騎士たちが次々と馬から降り、剣を抜く。更に馬車に乗っていた弓兵と魔法師が降りてきて、それぞれの得物である弓と魔法の杖を手にしている。更に彼らを守るために、盾と剣を手にした歩兵たちが展開する。


 チラリと後ろを見れば、後方では突然の奇襲にオルコスと部下たちが驚き、戸惑い、慌てふためいていた。と言うか、まともに対処できていないではないかっ!あれでよく護衛をするなどと言えたものだなっ!


 だが、連中を気にしてる暇はない。私もリリーから降り、ツヴォルフを抜く。


 次の瞬間。

『ビュッ!』

「ッ!」

『カァンッ!』


 突如として先ほどとは異なる報告の茂みの中から私目掛けて飛んできた。それをツヴォルフで弾く。

「敵の狙いは隊長だっ!弓兵っ!」

「分かってるっ!」

 マリーの叫びに答えるように、弓兵の1人が矢を放った。


「ぎゃぁ……っ!?」

 微かに茂みの奥から聞こえる悲鳴。どうやら彼が見事当てたようだ。だが敵は1人ではない。再び飛んでくる矢を私は避ける。


「ち……っ!」

 すると、小さく舌打ちをする声が聞こえた。そしてガサガサと音を立てながら気配が遠ざかろうとするが……。


「逃がすかっ!≪光の如き速さで敵を貫け、『ライトニングアロー』ッ≫!」

 魔法師の1人が放った魔法で作り出した雷の矢、ライトニングアローが並の人間には知覚できぬほどの速度で飛んでいく。


「ぐぎゃぁっ!?」

 バチィッ!という何かに当たった音と混じって聞こえる悲鳴。そこからさらに警戒をするが、攻撃は飛んでこない。……どうやら敵は退けたようだ。


「マリー、レオッ!2人はそれぞれ敵兵がいたと思わしき箇所を確認しろっ!生きていれば捕縛っ!何か敵の情報は無いかを調べろっ!」

「「はいっ!」」

「それとまだ気を抜くなっ!死んだふりからの奇襲も考えられるっ!」


「分かりましたっ!キースッ!私と一緒に来てっ!」

「りょ、了解ですっ!」

「マイクっ!俺と来いっ!」

「はいっ!」


 キースを連れたマリー、マイクを連れたレオがそれぞれ、敵がいたと思われる場所に向かう。

「残りの皆も警戒を緩めるなっ!」

「「「「はいっ!」」」」


 私は残った皆と共に警戒をしていた。その間に私は、近くに刺さっていた矢を回収し、矢尻の部分を確認した。矢には何かの液体らしきものが塗られている。……毒矢か。私は手にしていた毒矢を、仲間の魔法師に頼んで焼却処理して貰った。こんな物、転がしておくだけでも危ないからな。


 やがてしばらくすると、4人が敵の骸を近くまで運んできた。


「どうだ?何かわかったか?」

「いえ。これと言った物はとくには。こいつらもプロです。依頼主につながるような物は何も」

「ん?プロだと?どういう事だ?」

 レオの言葉に首をかしげる私。

「こいつらの顔ですよ。見覚え有りませんか?」


 そう言ってレオは骸の顔を指さす。私は数秒、その顔を見つめて理解した。

「こいつらは……っ!確か、毒矢を使った暗殺を得意とする双子の指名手配犯……っ!?」


 襲撃犯は、最近騎士団内部で噂になっている毒矢を使っての暗殺を得意とした暗殺者の双子だった。大物、と言う訳ではないが、かといって素人でもない。暗殺を生業とする、言わばプロのような存在だ。

「こいつら、精々中堅どころとは言え本物の暗殺者ですよね?まさか、黒幕が雇ったんでしょうか?」

「にしては終始隊長を狙っていたような?黒幕が雇ったのなら、狙いはミリエーナ様でしょ?」

 キースの言葉にマリーが首をかしげる。


「おそらく、隊長である私を倒し指揮系統を乱すのが狙いだったのだろう。そして隊長を失った後は、深追いせず数回に分けて攻撃を行い毒矢で1人、また1人と減らしていき、最後は手薄になったミリエーナ様を狙う。……そんな所だろう」

「ゲリラ戦術、って奴ですね」

 私の言葉にレオが反応しそう応える。


「幸い、この時に倒せたのは大きい」

 とはいえ、依頼主についての情報が欲しかったのは事実だ。

「マリー、レオ。この二人は見つけた時既に死んでいたのか?」

「はい。矢が心臓に突き刺さって即死だったのでしょう。ピクリとも動きませんでした」

「こっちの魔法で倒した方ですが、こっちはおそらく自害ですね」

 そう言ってレオはもう1人の口元を指さす。よく見ると口元に白い何かが付いている。これは……。この死に方、見た事がある。


「毒物による自害、か?」

「おそらくは」

 くっ。生かして捕えられれば情報が手に入ったかもしれないが。……今となってはそれを気にしても始まらない。


「情報が引き出せないのは仕方無い。が、倒した証拠として首を落とし持ち帰る。目的地の街に着き次第、地元の騎士団詰め所などに経緯を報告して首を渡すとしよう」

「「「「「了解ですっ」」」」」


 その後、私達は暗殺者の首を落とした後、骸は適当に、林の奥に捨てておいた。首は適当に布で包んで馬車へ。


 そして出発しようとした時だった。

「隊長、少しよろしいですか?」

「ん?どうしたアリス?」

「実は、ミリエーナ様がかなり怯えておられまして」

「ッ、そうか。それで?」

「出来れば隊長が傍にいてあげた方が良いんじゃないかと思いまして。私達の中で一番ミリエーナ様と親しいのは隊長ですし……」


 ふぅむ。確かにアリスの言う事も最もだ。

「分かった。ではマリーは馬に乗って護衛に加わってくれ。私は彼女の馬車に乗る」

「分かりました」


 私はリリーを仲間に預け、馬車へと向かった。

「失礼します」

 そう言ってドアを開けると、真っ先に目に飛び込んできたのはカタカタと震えながら顔を青くしていたミリエーナ様だった。これは、思った以上に重症だ。


 だが無理も無い。自分を狙って殺し屋がやってきたのだ。更に自分のすぐ傍で戦闘があった。すぐ傍で殺し合いが行われたのだ。成人前の少女が恐怖に震えるのも無理は無い。


「ミリエーナ様?」

 私は静かに彼女の傍に腰を下ろした。


「あっ、れ、レイチェル、様?」

 彼女は目尻に涙を溜め、顔を青くし体をガクガクと震わせながら私を見上げている。このままでは重度のトラウマになりかねない。だからこそ私はすぐに行動を起こした。


 まず、邪魔になる胸当てを脱ぎ床に置く。手甲もだ。突然鎧を脱ぎ始めて、傍に居た給仕の女性が『何を?』と言わんばかりの表情でこちらを見つめているが、気にしない。


 鎧と手甲を脱いだ私は、ゆっくりとミリエーナ様の体に手を回し、その顔を胸元に抱き寄せた。そして彼女を抱きしめながらゆっくりとその頭を撫でる。


「大丈夫。もう、怖い連中は居ないから。大丈夫」

「レイチェル、様ぁ」

「今は眠りなさい。私達が守るから。絶対に、守り抜くから」

「う、あ」


 それから5分と経たずに、彼女は眠りについてしまった。眠った彼女を優しく椅子の上に横たえる。

「あの、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」

 そして給仕の人から差し出された毛布を彼女の上に掛ける。


 しばらくして馬車は動き出した。私は、万が一彼女が目覚めた場合でもすぐに安心させられるように、と言う事で今も馬車の中にいる。


 給仕の方と並んで、眠るミリエーナ様の椅子とは反対側に腰掛けていた。


「ありがとうございます、レイチェル様。おかげでお嬢様もだいぶ落ち着かれました」

「いえ。これもミリエーナ様の身の安全を任された我ら騎士の努め。どうかお気になさらず」

 これも騎士の務め。護衛を任された者の務めだ。それに、もう少しで目的地に着く。だがそれまでは街道を行くことになる。その到着までの時間、ずっと怯えたままと言うのも可哀想だろう。ならばいっそ、眠ってしまった方がまだ楽だ。


「う、うぅん」

 しばらくすると、ミリエーナ様の苦悶の声が聞こえてきた。うなされているようだ。私は彼女の傍に歩み寄り、その頭を優しく撫でる。しばらく撫でていると、彼女は小さな寝息を立て始めた。どうやら、落ち着いたようだ。


「ふぅ」

 私は安心して元の場所へと戻ったのだが……。


「お嬢様。今回の事で、また以前のようにならないと良いのですが……」

 ん?今、給仕の彼女は何と言った?『また以前のように』?どういうことだ?


「あの、失礼ですがそれはどう言う意味ですか?」

 私が問いかけると、彼女はハッとしてから、少し迷ったで視線を泳がせている。

「……ミリエーナ様の過去に、何かあったのですか?」

 もう一度問いかける。すると、少し間を置いてから彼女は口を開いた。


「はい。ありました。……お嬢様は、10年前の襲撃の時の記憶を、失っているのです」

「え?」

 記憶を、失う?

「それは一体、どういうことですか?」

「私も詳しくは。ただ、旦那様と奥様がお医者様から聞いたお話だと、人の頭にはあまりに大きな精神的ショックを受けた時、自分を守る為に記憶を敢えて消す力があるとか」

「そうでしたか。それで、ミリエーナ様は、10年前の事を?」

「はい。馬車に乗って襲われた直後の記憶が全て。抜け落ちているようでした。今でこそ話題にしても大丈夫な程度にはなりましたが、あの事件のすぐ後では、襲撃事件の話題をするだけで、お嬢様は酷い頭痛に襲われたていたのです」

「頭痛、ですか?」


「はい。お医者様が言うには、記憶喪失の影響だろう、と。幸い今は問題無いのですが。当時のお嬢様はもう、本当に辛そうで……」


 そう言って彼女は静かに涙を流す。


「何故、お嬢様が狙われなければならないのでしょう……っ!旦那様が恨まれている事は分かりますっ。でも、お嬢様が一体何をしたと言うんですか……っ!何も悪い事はしていないのに、旦那様の娘だからと命を狙われるなんて、私っ、お嬢様が不憫で……っ!うぅっ!」


 私は涙を流す彼女の背中を無言でさする事しか出来なかった。


 だが彼女の言うとおりだ。ミリエーナ様は誰かに恨まれるような事はしていない。数日、共に過ごして分かったのは、彼女は本が好きな、少し内気で、でも好きな事には饒舌なただの女の子だ。だが今、そのただの女の子を狙って暗殺者が送り込まれてくる始末だ。


 ……そして10年前の襲撃と、それに伴う大きな精神的ショック。それを考えれば、今回の襲撃でトラウマが再発する可能性もある。下手をすれば更に精神にダメージを負ってしまうかもしれない。そうなれば、心に大きな傷を残し、彼女の未来にも関わるだろう。


 ……やはり守るしか無いのだ。我々が。彼女の肉体的な面だけではない。その年相応に脆く傷付き易い心も、我々が。


 私は目の前で、静かに眠る彼女の寝顔を見つめながら、そう考えていた。



 それから数時間後、夕暮れ時に私達の一行は目的地である街、『ライサス』へとたどり着いた。


 町を囲う壁の関所を越えて街中に入ると、まず向かったのは青銅騎士団の詰め所だ。事情を話して例の持ってきていた首を提出するためだ。それが終わる頃には、すっかり日も落ち込んでいた。私達はすぐ、このライサスの周辺を収める貴族、『クリフォード・ファルコス子爵』の屋敷へと向かった。


 街中を通り、屋敷の前までやってくると執事らしき人物が護衛らしき者達を連れて現れた。軍人や騎士では無いな。私兵、と言った所か。


「私は聖龍騎士団、第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスだ。明日のパーティーの出席者でもあるフェムルタ伯爵家のご令嬢、ミリエーナ・フェムルタ嬢の護衛として参った」

「お待ちしておりました、レイチェル様」

「ん?私達が護衛として来る事を知っていたのか?」

「はい。フェムルタ伯爵より、皆様が護衛として共に参られると手紙を貰っておりましたので」

「そうだったのか」

「はい。しかし、大変恐縮なのですが、招待状を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?何分、確認を怠るなと旦那様からのご指示を受けておりますので」

「あぁ。分かった」

 そう言うと私はリリーから降り、事前に伯爵から預かっていた招待状付きの手紙を取り出した。


「子爵家より、伯爵家に届けられた招待状だ。確認を頼む」

「かしこまりました。拝見いたします」

 取りだした物を執事に渡した。彼はそれを確認する。


「確かに、確認出来ました。ありがとうございます」

 そう言って恭しく私に招待状を返す執事。私はそれを受け取り、懐にしまう。


「所で、ミリエーナ様は馬車の中でしょうか?出来ればご本人様の確認をさせて頂きたいのですが?」

「はい。分かりました」


 私は周囲に目配せをする。マリー達は小さく頷き、馬車の周囲を警戒している。私は執事と共に馬車へと近づき、扉を開ける。


「ミリエーナ様、大丈夫ですか?」

「レイチェル、様。は、はい。私は大丈夫です」

 彼女はそう言って笑みを浮かべているが、空元気だな。少し顔色が悪い。


 だが本人確認が必要なようだ。私は執事と場所を変わる。ドアの前に立つ執事。

「はじめまして。私はファルコス子爵家に仕える執事のバックスと申します」

「あ、わ、私は、フェムルタ家当主、フレデリック・フェムルタが娘、ミリエーナ・フェムルタ、です」

「はい。ご確認出来ました。ありがとうございます。……しかし、些か顔色が悪いようす。どうかなさいましたか?」

「うっ、そ、それ、は……」

「少しよろしいですか?」

 流石に自分の口から、襲撃を受けたなどとは言えないだろう。私は執事を馬車から離す。


「実は、街に着く前に襲撃に遭いまして」

「何とっ!?それは、本当ですか……っ!?」

「えぇ。彼女も酷く動揺しています。早急に休ませたいのですが、よろしいですか?」

「分かりました。すぐにミリエーナ様のお部屋の用意をさせますっ」

「助かります」



 その後、すぐに我々は屋敷内部へと案内された。どうやら伝書鳩か何かで、光防騎士団の連中が勝手に付いていった事を伯爵が知らせてくれたらしい。事前に部屋などが用意されており、オルコス達は子爵への挨拶を済ませると、すぐにそちらへと言ってしまった。


 その後、ミリエーナ様を用意されていた部屋へと案内し、護衛としてマリーなどの女性騎士を部屋の傍に待機させた。


 子爵家の屋敷内部なので、大袈裟なのでは?とマリー達からの意見もあったが、念には念を、と言う事を話すと納得してくれた。


 私は軽く夕食を済ませると、明日の打ち合わせも兼ねて子爵と話し合いをする事になった。案内されていた応接間で待つ事数分。


「お待たせしました」

 クリフォード子爵が現れた。


 子爵の見た目は、30代後半から40代前半と言った所。しかし年齢とは異なりかなりがっしりとした体型をしていた。言いたくは無いが、貴族の中年親父など大抵太ってたりしてる方が多いのだが、子爵は例外だ。まぁ私のお父様も例外の部類に入るのだが。


 っと、話がそれてしまったな。私は立ち上がり、子爵に敬礼をした。

「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらとしても打ち合わせはしておきたいので。まぁおかけ下さい」

「はい。失礼します」

 私がソファに腰を下ろすと、子爵もテーブルを挟んだ反対側のソファに腰を下ろした。やがてメイドの女性が現れ、テーブルにお茶を置くと下がった。


「さて。まずは改めて。娘の誕生パーティーの出席者でもあるミリエーナ嬢を、よくぞ守って下さいましたと、お礼を申し上げたいと思います」

 そう言って少し頭を下げる子爵。

「いえ。それが我々に与えられた任務ですから。どうか頭をお上げ下さい」


「そう言って頂けるとこちらとしてもありがたい。それで、明日についてですが……」

「はい。まず、パーティーはお昼頃から、と言う事でよろしいですか?」

「えぇ。特に問題が無ければ、その運びとなるでしょう」

「参加者の方は、いかほどでしょうか?参考までにお聞かせ願いたいのですか?」

「確か、私と妻に主役である娘。それにミリエーナ様を加え、あとは私と面識のある者や妻のご両親ですから。25人から30人と言った所でしょうか」

「パーティー会場はどちらに?」

「屋敷を挟んだ入り口の反対側、庭で開く予定です」

「我々を抜きにした場合、護衛などをする人間は居ますか?」


「えぇ。私のツテで、元青銅騎士団の者を何人か、臨時の護衛として雇っています。あとは冒険者を数人ほど」

 成程。『冒険者』。それは一言で言えば傭兵に近い。冒険者ギルドから仕事を斡旋され、依頼をこなす人間達の事だ。これといった定住地を持たず、依頼などを求めて世界各地を渡り歩く者も多いことから、いつしか『冒険者』と呼ばれるようになった者達だ。


 しかしそれ以上に気になるのが……。

「ツテ、ですか?」

 その言葉だった。


「えぇ。実は私は、これでも平民の出でして」

「え?そうなのですか?それにしても、立ち振る舞いは立派な貴族のそれですが?」

「ははは、公爵家のご令嬢でもあるレイチェル様にお褒めいただけるとは、光栄です」

 そう言って笑みを浮かべるクリフォード子爵。


「元々は青銅騎士団で騎士の仕事をしておりました。最初は家族を養おうと騎士団の門を叩いたのですが、気づけば中隊長を任され、いくつかの功績を挙げた後、家族のためになればと準男爵の爵位を賜りました」

「そうでしたか」

 これはかなりの出世だ。


 中隊を率いるとなれば、相当の経験と知識、カリスマなどが必要になる。小隊長だって簡単に目指せる者ではない。単純に強いと言うだけではない。指揮能力も問われる。しかも今現在の子爵の年齢を加味すると、中隊長をしていたのは30代か、もしくは20代の頃。その歳で中隊長など、かなりの出世だ。……相当な実力者だったのだろう。


「その後、任務を通して妻と知り合い、彼女のご両親が私を気に入ってくれた事もあり、結婚してこの子爵家に婿養子として入った、と言う訳です」

「成程。そうだったのですね」

「おっと、私とした事が。話が逸れてしまいましたね」


「そうでした。それで、明日は我々もミリエーナ様警護の目的から会場周辺に居りますが、よろしいですか?」

「構いませんが、皆さんがいることでパーティーの客人が不審に思うのではないでしょうか?」

「その点でしたら大丈夫です。事前に伯爵と打ち合わせをしてありますので」

「ほう?と言うと?」


「私達がここに居るのは、所用でパーティーに同行出来なかった伯爵が、娘を心配するあまり私達に護衛を依頼した、と言う。言わば親バカな理由です。これが、伯爵が事前に考えていた表向きの理由です。……流石にパーティーの中、『暗殺者に狙われる可能性があるので護衛としてここに居ます』、とは言えませんから」

「ごもっともですな。……分かりました。私の口から客人などにもそう話しておきましょう」

「助かります」


「しかし、ミリエーナ様は大丈夫でしょうか?私と挨拶をしていた時も、かなり顔色が悪そうでした」

「……それも仕方無いのかもしれません。……襲撃の事は?」

「はい。執事より聞いております」


「あの歳で襲われたのです。それも、殆ど初めてと言って良い旅路の中で、です。その精神的なショックは、私には推し量ることも出来ません」

「明日のパーティーは、大丈夫でしょうか?」

「……私に出来る事はするつもりです」


 そう言った後、私は更に子爵と少し打ち合わせをしてから部屋を出た。


 そして一度自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると……。

「あっ!隊長っ!」

 ミリエーナ様の護衛を任せていたマリーが前方の曲がり角から現れた。


「どうしたマリー?ミリエーナ様の護衛を言いつけていたはずだが?」

「それが、彼女ご自身の要望で、隊長に傍に居て欲しい、と」

「そうか。他には何か言っていたか?」

「……それが、『夜の闇が怖い』、と」


「……」

 マリーの口から聞こえた単語に、私は真剣な表情を浮かべた。……無理も無い。数時間前の襲撃で、自分が狙われている事が確定したようなもの。だからこそ、夜の闇が怖いのだ。そこに、何が潜んで居るか分からないのだから。

「それに、食事にもあまり手を付けてないようで。お付きの女性に聞きましたが、いつも食べてる量の半分以下の量しか口にしていない、と」


「分かった。私が彼女の傍で、彼女を守る」

「よろしいのですか?」


「……闇に怯える、年端もいかない少女を、そのままにはしておけない。違うか?」

「いいえ。仰る通りです」

「ならばそう言う事だ」


 そう言って、私はマリーと共に彼女の部屋へと向かった。


 心のケアの知識など何も無いが、今の彼女には必要な事だ。夜の闇を恐れない程の安らぎが。


     第11話 END

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