第10話 1日目の夜、2日目の朝

 任務開始の1日目。私達は1日目の目的地である中継点の町、カラッカスにたどり着くのだった。


 日が沈む前になんとかカラッカスにたどり着いた私達は、事前に知らされていた宿へと向かった。宿に着くと馬車や馬を預け、私達とミリエーナ様、それと光防騎士団の連中は宿の受付へと向かった。


「お待ちしておりました、ミリエーナ様。聖龍騎士団の皆様も」

 受付の傍まで来ると、支配人と思われるスーツ姿の男性が応対した。


 私達が今日ここに来る事は、事前にフェムルタ伯爵が手紙で通知してあり、また我々が泊る部屋も既に確保して貰ってある。

「あ、えっと」

「お出迎え、ありがとうございます」

 外を知らず、支配人への対応に戸惑った様子のミリエーナ様。私は咄嗟に、代わりに対応した。


「お部屋の用意は既に出来ております。が、その……」

 営業スマイルを浮かべていた支配人だが、唐突に困ったような表情で後ろへと視線を向けた。その視線を追って私もチラリと振り返るが、彼が見ていたのは光防騎士団の連中だ。


 っと、その時私は気づいたっ。そうだっ!連中の宿はどうするんだっ!?彼奴らはいきなりやってきて勝手に任務についてきたんだっ!彼奴らが一緒に居る事に宿側の支配人が戸惑うのも無理はないっ!


「あの、あちらの方々は?」

「大変申し訳ない。こちらの事情で、急に護衛が増員されてしまった。彼等がそうだ」

「成程。増員ですか」

「あぁ。それで支配人、申し訳無いのだが、追加であと20人ほど泊まれるだろうか?」


 私が問いかけると、支配人は難しい顔をした。

「それは、難しいですね。連絡を頂いていた20人の聖龍騎士様たちの分とミリエーナお嬢様、お付きの方の分は既に確保してありますが、追加で20人となると。大変申し訳ないのですが、今からではご用意出来そうも……。用意出来て精々5、6人分でしょうか」

「そうか。いや、無理難題を言ってしまってこちらこそ申し訳無い」


 ふぅむ困ったぞこれは。

「支配人、この辺りに他に宿はあるか?」

「はい。無い訳ではありませんが。当宿よりは値段も少し安く、その、失礼ですが貴族の方が止まるような宿では……」

 つまり、一般の商人や旅人が使う宿という事か。……そんなところ、絶対奴らは泊ろうとしないぞ?


「そうか。他に、貴族向けの宿はないか?」

「申し訳ありません。このカラッカスの町で貴族の方向けの宿となると、当宿を置いて他には無いと言って良いでしょう」

「そう、か」


 うぅむ。これは不味い。非常に不味いぞ。どうする?と、考えていると……。


「はっ。何を悩む必要があるっ。簡単ではないかっ?」

 そこに近づいてくるオルコス。またこいつはっ。あぁだが、こいつが言いそうな事などすぐに分かるぞっ!


「そこに居る平民共が安宿へと行き、我々のための部屋を開ければ良いのだっ!」

あぁ全くっ!やはりかっ!


「貴族には貴族に相応しい宿と言う物がある。同じように、平民風情には相応の宿があると言う物だ」

 そう言ってオルコスはマリー達に向けてニヤニヤと笑みを浮かべている。奴の部下たちもだ。


 対して部下たちは、周囲に他の客達も居るため自重しているが、皆殺気立っている。不味いな。皆を安宿の方へ行くように指示すればオルコス達は増長する。かといって連中を無視しても、肝心の連中が何をしでかすか分からない。下手をすれば宿側に迷惑を掛ける事になる。


 念のためもう一度聞いてみるか。


「支配人、何とか40人分、部屋を確保する事は出来ないか?」

「つまり追加で20人分の部屋を確保して欲しい、と言う事でございましょうか?」

「そうだ。この際部屋のサイズは問わない。3人部屋や4人部屋でも良い。どうだろうか?」

「それでしたら……。少々お待ちをっ」

 そう言って受付の方へ行った支配人は受付に居た従業員と何かを話している。それを待つ私とミリエーナ様。そしてその傍では、未だにマリー達が光防騎士団の連中とバチバチ火花を散らしている。


「お待たせしましたっ!」

 そこに戻ってくる支配人。


「今確認しましたが、可能でした。部屋のグレードは幾分か落ちてしまいますが」

「と言うと?」

「元々伯爵からの手紙を受け、当宿では2人用の高級部屋を10個確保し、これを騎士団の皆様へ。1人部屋を2つ確保し、お付きのお二方へ。そしてミリエーナお嬢様のためにスイートルームを一つ確保してありました」

「ふむ」

「そこに加えてあと20人分との事でしたが、調べてみると4人用の大部屋が、あと6つ空きがありました。そちらを使えば、何とか」

「ッ、そうかっ。ありがとうっ!」


 よしっ!これで何とかなりそうだっ!私はすぐさま皆の元へ駆け寄る。


「皆聞けっ!確認したが、4人部屋がまだ6つ程空きがあるそうだっ!そこを使えるそうだっ!そうすれば何も問題は無いっ!」

「そう、ですか」

 私の言葉を聞いて部下達は少しばかり怒りを静めた。それを確認すると、私はオルコス達の方へと振り返る。


「聞いての通りだ。貴様等に2人用の高級部屋を譲ってやる。それで文句はあるまい?」

「ちっ。だからって、あんな汗臭い平民共と一緒の宿なんて。冗談じゃ無い」

 すると連中の1人がそう愚痴を漏らした。


 だが、いい加減その自分勝手さには私もイライラしていた。だから部下の誰かが言い返すよりも先に……。


「愚か者っ!」


 私が声を荒らげた。愚痴を言った男がビクッと体を震わせる。


「先ほどから聞いていれば、その態度は何だっ!譲歩しているのはこちらの方だっ!本来我々が使うはずだった部屋を譲ってやると言っているのだっ!それが気にくわないのなら自分達で他の宿を探せっ!大体、文句を言いたいのはこちらの方だっ!正式な指示も無しに勝手に任務に付いてくるっ!口を開けば嘲笑か不満っ!貴様等はそれでも誇り高い騎士かっ!」


 私の殺気と怒気交じりの声に連中は完全に萎縮してしまっている。


「ふんっ」

 私は最後に、小さく鼻を鳴らすと支配人の方へと向き直った。


「すまない。大きな声を出してしまって」

「い、いえ」

 支配人は営業スマイルを浮かべているが、少し笑みが引きつっていた。


「先ほど話した通りだ。彼奴らは私達が使うはずだった部屋に案内してやってくれ。私達はその4人部屋の方へ案内して貰えると助かる」

「わ、分かりましたっ!今案内の者をっ!」

 と言って離れようとする支配人。っと、そうだ。念のためだ。光防騎士団の連中に釘を刺しておくか。


「あぁ支配人っ」

「え?は、はいっ」

 私が呼び止めると支配人が戻ってくる。


「万が一、連中が何かしでかしたら私にすぐ報告してくれ」

「は、はぁ?」

 突然の言葉に支配人は戸惑った様子だ。すると私の言葉が気に入らないようで、オルコスが怒り顔で何かを言おうとした。


「我々、聖龍騎士団の小隊長には他の騎士団の部隊長よりも高位の指揮権が与えられている」

 だがそれを遮るように、そして連中に、更に周囲の客に聞こえる声を上げる。


「有事の際に他の騎士団の部隊の指揮権がそうだ。そしてそれに付随して、私には現場において不慮の事故があった際、例えば、他の騎士団の連中が市民の方々に迷惑を掛けるような行為をしたりした場合、騎士の名に泥を塗るような行為をした愚か者を捕縛。最悪の場合は処刑しても良いと言う独自の権利が与えられています。……ですから、もし仮に騎士が皆様の安全や命、生活を脅かすような事があれば、私にお知らせ下さい。私が責任を持って、対処いたします」


「は、はいっ、分かりました」


 そう言うと支配人は案内の者を連れてくるために奥へと行ってしまった。


 私はそれを確認するとチラリと後ろを見る。案の定、光防騎士団の連中は悔しそうに苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべていた。


 その後、私達、ミリエーナ様達、光防騎士団の連中は、それぞれ別の従業員に案内され、それぞれの部屋に向かった。


 その道中。

「隊長」

「ん?」

 マリーが近づいてきて私に耳打ちをした。


「あの時最後に言ってた、処刑云々はブラフですよね?」

「ほう?知っていたか。勤勉だなマリーは」

「これでも副官ですから♪」


 えっへん、と言わんばかりに胸を張るマリー。


 彼女の言った通り、処刑に関してはブラフだ。捕縛する事自体は確かに可能だが、処刑する権利まではない。私のような聖龍騎士団小隊長ともなると、そこそこの権利は与えられているが、処刑はやり過ぎだ。


 ちなみに、有事の際の現場での権限継承順位は聖龍騎士が一番上に来る。聖龍騎士は知っての通り、騎士たちの中でも間違い無く最強格の存在だからだ。それもあって聖龍騎士には通常の部隊長よりも高い権限が与えられている。


 他の騎士団の騎士でも、当人が何かの不正や犯罪を働いた場合において、聖龍騎士団小隊長が捕縛する権限を与えられているのもその内の一つだ。本来なら他の騎士団の騎士へ手を出す行為は原則禁止している。それぞれの騎士団にはそれぞれの指揮系統があるからだ。ただし我々聖龍騎士団小隊長は別、と言う事だ。


「しかし連中、処刑の事はブラフ、嘘だって知らないんですかね?」

「連中が私達、聖龍騎士団の隊長レベルが持つ権限の詳細を知ってるように見えるか?」

「あ~。見えませんねぇ。勤勉な私と違って、そう言った所に興味を持つような連中ではなさそうですし」

「そう言う事だ。だからこそあんなブラフが通じたんだよ」


「にしても、相変わらずやりたい放題、言いたい放題ですね、連中。あれで私達と同じ騎士だって言うんだから、呆れを通り越して笑っちゃいますよ」

「……現状の光防騎士団の廃れっぷりと言うか、腐敗っぷりと言うか。連中にとっては恐らく、騎士として仕事など、遊び程度の感覚なのだろう」

「遊びで騎士が務まるほど、甘くは無いんですけどねぇ」

 と、あきれ顔でため息をつきながら呟くマリー。


「それ以外にも、我が国の貴族男児は騎士や軍人としての兵役義務がある。連中はその義務があるから騎士の仕事をしている。そんな所だろう。言いたくは無いが、連中には死ぬ気で誰かを守ろうと言う気概など無いのかもしれん。同じ騎士として、そんな事は無いと否定してやりたいのだがな」


 そう言って私は苦笑する。

「いや~。でも彼奴らの傍若無人っぷりを見てたら、誰だって連中に騎士としてのやる気が無いって思いますよ。ねぇ皆?」

「「「「「うんうん」」」」」

 マリーが後ろの皆に問いかけると、皆が一斉に頷く。


「ど~してあんなになっちゃったんですかね~」

「昔は光防騎士団の任務に忠実で、真面目な光防騎士団の団長がいたそうだ。だが、彼はある時、突然光防騎士団を引退。以降は姿をくらましたそうだ。そしてその後を継いだのが、今の団長だと言われている。特に光防騎士団の質の低下が顕著になったのは、今の団長からだとも言われているが……」


「その先代団長さんは、どうして止めちゃったんですか?」

「さぁな。その方が光防騎士団を去ったのはもう7年も前の事らしい。当時はまだ騎士で無かったし、光防騎士団に詳しい知人はいないのでな。私も詳細は知らない」

「へ~~」


 と、話をしていると、部屋にたどり着いたようだ。幸い、4人部屋と言ってもかなり良い作りの部屋だ。流石は高級宿と言った所か。


 その後、私は皆に指示を出して各々休憩と風呂と食事、周辺の警戒をローテーションでやらせた。私は私で、運良く4人部屋の一つを1人で使わせて貰える事になった。本当に、色々手を回してくれた支配人には感謝しなければな。


 そして夜。私はあてがわれた部屋で1人、地図と睨めっこしていた。明日のルートと、特に待ち伏せの可能性がある場所に見当を付けていたのだ。

「……とりあえずは、こんな所か」

 怪しい場所には一通り目星を付けた。ルートも確認出来たし、一眠りするか。


 と、考えていた時だった。

『コンコンッ』

 ん?誰だ?こんな時間に。

「夜分にすみません隊長、マリーです」

 マリー?何故彼女がここに?確かマリーにはミリエーナ様の傍に居て護衛を任せたはずだが……。


 私はドアの方に歩み寄り鍵を開けドアを開けた。

「どうしたマリー?お前はミリエーナ様の部屋で護衛をしていたはずだろう?」

「は、はい。そうなんですけど、そのミリエーナ様から、隊長に代って欲しいとの要望でして……」

「私に?」

 戸惑い気味に語るマリーに私は小首をかしげた。


「はい。同性とは言え、殆ど話した事の無い私より、隊長の方が落ち着くかも知れないから、との事で。どうしましょうか?」

「ふぅむ」

 確かに私達の中でまともにミリエーナ様と会話した事があるのは私だけだし、それも仕方無いか。幸い明日のルートの確認と怪しい場所の割り出しは出来ているし。


「分かった。なら私が彼女の部屋へ行こう。マリーは休んでくれ。交代要員も不要だ。スイートルームの椅子にでも座って適当に休ませて貰う。その代わり、部屋と宿の周囲の警戒を厳重にな」

「はい、分かりました」


 その後私は、聖剣ツヴォルフを携え制服姿のままミリエーナ様の居るスイートルームへと向かった。部屋の前にたどり着けば、部下の女性騎士1人が部屋の前に立っていた。

「ッ、隊長」

「敬礼は良い。楽にしてくれ」

 私に気づいて敬礼をする彼女にそう言って手を下げさせる。


「ミリエーナ様が落ち着かないらしくてな。マリーと変わる事になった」

「分かりました」

「何かあったら起こしてくれて良いからな?」

「はっ」


『コンコンッ』

 彼女にそれだけを伝えると、私はドアをノックした。

「ミリエーナ様。レイチェル・クラディウスです。入室してもよろしいですか?」

「レイチェル様……っ!は、はいっ!どうぞっ!」

「失礼します」


 ドアを開けて中に足を踏み入れる。中は、スイートルームの名に違わぬ豪華な部屋だった。その部屋を今は小さな燭台の上で燃える数本のろうそくの火が照らしていた。


 そして部屋の奥、ベッドの上で不安そうな表情を浮かべ座っている寝間着姿のミリエーナ様。私は彼女の元へと歩み寄り、その前で床に膝を突いた。


「副官のマリーより、事情を聞き参りました。落ち着かない、との事でしたが?」

「はい。……見慣れない部屋に、護衛のためとは言え、殆ど見ず知らずの騎士の方が居て、どうしても落ち着かなくて。すみません、守られている身なのに、勝手な事を……」

 そう言って、しゅんっ、と申し訳なさそうに肩を落とすミリエーナ様。


「いえ。どうかお気になさらずに。ミリエーナ様は殆ど外に出たことが無く、馴れていないのは知っておりますので。私で良ければ、貴女様のお側におります」


 そう言って私は彼女を安心させようと優しく彼女の手を取る。

「ッ~~~!!!」


 ん?何かミリエーナ様の顔が赤いような。疲れたのだろうか?まぁ馬車になれてないのかもしれない。


「本日はもうお休み下さい。明日も長い間馬車に揺られる事になりますので」

「は、はい」

 顔を赤くしたままベッドに潜り込む彼女に、私は優しく布団をかける。


「大丈夫。私はずっとお側でお守りしますから」

 彼女を安心させようと、そう言って微笑みを浮かべる。


「は、はひっ!」

 するとミリエーナ様は顔を赤くしながらも可愛らしい声を漏らす。


 その後、私は近くの椅子に腰掛け、周囲を警戒していた。聖龍騎士になってからと言うもの、こう言った警護任務などで徹夜は当たり前になっていた。まぁ、おかげで徹夜にもすっかり馴れてしまった。


「う、うぅん」

「ん?」

 頭の中で明日(今日?)のルートをシミュレーションしていると、ミリエーナ様の声が聞こえた。


 静かに座っていた椅子から立ち上がり、彼女の傍に歩み寄る。

「う、うぅん」

 どうやらうなされているようだ。額に汗が浮かんで居る。


「お父、様。お母様」

 寝言で伯爵や夫人の事を呼んでいるのか。……きっと、怖い夢を見ているのかもしれない。


 そう思った時には、自然と私の手は彼女の頭へと伸びていた。


 私の手が彼女の頭を優しく撫でる。

「大丈夫。私が、あなたを守るから。どんなに怖いものからでも、どんなに強いものからでも、必ず、守るから」


「う、うぅん……。スゥ、スゥ」

 やがてしばし彼女の頭を撫でていると、落ち着いた様子だった。それを確認すると、私は彼女の傍を離れようとした。が……。


『クイッ』

「おっ?」

 何かに引っ張られたようだ。足を止めて振り返ると、いつの間にかミリエーナ様が私の服の裾を掴んでいた。う~ん、これは困ったぞ。しばし軽く袖を引っ張るが、ミリエーナ様は離してくれない。これ、無理に離そうとすると彼女が起きてしまうかもしれないな。


「うぅん、やぁ」

 更に寝言で嫌がっているような声が聞こえる。これでは、無理に離れる訳には行かないな。


 私は静かにベッドの淵に腰掛けた。それからしばらく、どうしたもんかと考えていると……。


「ん、んん。……あ、れ?レイチェル、様」

 おっと、彼女が起きてしまったか?

「どうして、レイチェル様が?」

 彼女は私の服の裾を摘まんだまま、体を起こした。


「えっと、眠っていたミリエーナ様が、何やらうなされていたようだったので。少しでも安心させてあげられればと頭を撫でたのは良かったのですが、ミリエーナ様が私の袖を掴んでしまったので。強引に振り払う事も出来ず……」

「え?……あっ!」


 私がそう言って開いている右手で、もう片方を指さす。するとそれを追って、自分が私の上着の袖を掴んでいる事に気づいた様子のミリエーナ様。


「も、申し訳ありませんっ!私とした事が、ついっ!」

「いえ、どうかお気になさらず」

 咄嗟にそう言って頭を下げるミリエーナ様の肩に手を置き、下げた頭を上げさせる。


「見知らぬ馴れない宿でのご宿泊、さぞ緊張されているでしょうから、致し方ありません。何か、私に出来る事はありませんか?」


 過去に襲撃されてから、外に出たことが無いと聞いているミリエーナ様。となれば、屋敷の外、宿での宿泊など初体験も良い所だろう。まして命を狙われているのだ。むしろ、うなされたとは言えよく眠れたものだ。しかし明日も移動になる。そして移動の最中は宿の中に居るより危険だ。酷かもしれないが、今のうちに少しでも休んでおいて貰わないと不味い。なので、私は何か出来る事は無いか?と彼女に問いかけた。


 すると……。

「では、そ、添い寝をしていただけませんか?」

「……はい?」

 顔を赤く染めながら、恥ずかしそうな様子で呟く彼女の言葉に、私は一瞬耳を疑ってしまった。


「えっと、添い寝、ですか?それはつまり、私がミリエーナ様の隣に寝る、と言う事でよろしいのでしょうか?」

「は、はい」

 私が声に出して問い返すと、それをイメージしてしまったのかミリエーナ様は更に顔を赤くされた。


「昔から、怖い事があるとお母様に添い寝して貰っていたんです。で、でもここにお母様は居ないし、他にこんな事をお願い出来る人は、レイチェル様くらいしかいなくて、それで……」

 そう言って目尻に涙を浮かべるミリエーナ様。う~む、これは困ったぞ?生まれてこの方、添い寝なんてした事も無いしされた事も無いっ!ふ、普通に横に並んで寝れば良いのかっ?!い、いやしかし、仮にも貴族の令嬢が同性とは言え誰かと床を一緒にするなど。下手をすれば大問題なのではっ!?


 ここは断るべきかっ!?と、考えていた。


 が……。


「お願い、出来ませんか?」

「うっ!?」


 涙目+上目遣いで私を見上げるミリエーナ様。そ、そんな今にも泣き出しそうな子犬みたいな表情で見上げないでくれっ!そ、そんな表情をされたら……っ!!


「わ、分かり、ました」


 断り切れる訳無いだろぉぉぉぉっ!!!



 で、結局私はミリエーナ様と添い寝をする事になった。幸いスイートルームのベッドと言うだけあって、大人2人が並んで寝られるくらいには大きかった。ベッドの中央で横になるミリエーナ様と、制服の上着を脱いで、彼女の右隣で横になる私。


 ハァ、なんでこんな事に。いやまぁ、出来る事があれば、とは言ったが。それからしばし、私は内心ため息をついていた。


 だが……。


「スゥ、スゥ」


 私の傍で穏やかな表情で眠る彼女を見ると、これで良かったのかな?と思ってしまうのだった。


「ふぁぁ」

 っと、い、いかん。私も何だか眠くなってしまった。このままでは、私も、眠っ、て、しま、う。


 そんな思考を最後に、私も眠りについてしまった。




「はっ!?」


 そして、次に気づいた時。私はすぐに周囲を見回した。荒らされた形跡は無く、隣で寝ていたミリエーナ様も無事だ。しかし、なんて事だ。窓の外からは朝の光が差し込んでいる。幸いまだ、日が出たばかりの早朝のようだな。だからといってベッドでがっつり寝てしまったのは不味かったか。


 本当なら椅子にでも腰掛け、浅い眠りを、と考えていたのだが……。まぁ、ミリエーナ様が無事で何事も無かったようだ。それはそれで一安心だ。


 私はベッドから静かに離れ、脱いでいた制服の上着に袖を通す。

『コンコン』

 すると、丁度ドアが軽くノックされた。私は念のため、聖剣ツヴォルフを片手に静かにドアの方へ歩み寄り、鍵を開けてドアを開いた。


「あっ、おはようございます、隊長」

 外に居たのはマリーだった。

「おはようマリー。どうかしたのか?」

「はい。実は少しお耳に入れておきたい情報が」

 そう言って真剣な様子のマリー。……どうやらあまり良い話題では無いらしい。


「何があった?」

「実は昨夜、宿の周囲を警戒していたキースが、フード付きの外套を纏った人物を目撃。宿を調べるように見つめていたため、不審に思い声を掛けたそうです。が、その人物はキースに気づいて逃走。キースは追いかけたそうですが、初めての町で土地勘が無く、撒かれてしまったそうです」

「……そうか」


 その人物、宿に侵入しようとしていたのか。或いは宿を監視していたのか。

「宿の内部で不審な人影などは目撃されていないか?」

「はい。宿に常駐している警備の方にも話を聞きましたが、怪しいものは見てないと」

「そうか」


「……やはり、敵の暗殺者か斥候でしょうか」

「恐らくな。……皆に今日も気を抜くな、と伝えてくれ」

「分かりました。失礼します」


 そう言って部屋を後にするマリーを見送り、私は中に戻る。そして、今も眠っているミリエーナ様の傍に歩み寄る。


 彼女は今も、子供らしい無邪気な寝顔のまま眠っている。


 本や物語が好きな、ただの女の子を無数の『誰か』が狙っている。こんな幼気な少女を。


 やらせはしない。私は騎士として、務めを果たす。彼女を絶対に守り抜く。


 何度も何度も心に言い聞かせながら、私は静かに彼女の頭を撫でた。



 そして、2日目の朝がやってきた。


     第10話 END

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