第9話 1日目

 ミリエーナ様を乗せた馬車を警護しつつ、予め設定しておいたルートを進む我々。


 馬車の護衛の布陣は、まず馬車を中心としてその周囲に私を含めた騎馬が7騎。他の騎馬の2人は、ルートの安全確保のために先行している。馬車の中に女性騎士が1人。更に護衛目標の馬車の前後に、騎士団の馬車を1台ずつ配置している。この馬車に乗っている計10人が騎士としての鍛錬も積んでおり、各自が騎士としてふさわしい剣術を身に着けている。


 しかし、そんな中でもさらに、各々が得意な分野で戦う為に装備を身に着けている。


 まず、歩兵の立場である4人には、剣と盾を装備させている。万が一敵と戦う事になれば、最前線で味方をカバーしたり護衛対象を守る盾としての役割を持つ。


 次に弓兵の3人。彼らは弓を用いて中距離から遠距離の支援を行う。


 更に残りの3人が『魔法師』だ。魔法師とは、超常の力である魔法を行使できる者を指す。基本的に私の第5小隊での彼ら魔法師の任務は、弓兵と同じように魔法での支援や、剣を使った物理攻撃が効きにくい相手に威力を発揮する。


 これが私の率いる第5小隊の戦力だ。私を含めた騎馬10名。歩兵4、弓兵3、魔法師3の計10人。これら二つを合わせた20人が、第5小隊なのだ。



 戦いというのは、何も剣だけではない。それはよくわかっている。だから歩兵と騎馬だけでなく、色々な状況に対応できるように兵たちを鍛え、部隊を作った。


 しかし、と考えながら私は後ろの連中をチラ見する。


 奴ら、少し離れた所を付いてきているが、全員が剣を腰に下げている以外、弓や槍と言った武装の類は見当たらない。魔法師は魔法を放つ際に特殊な杖を使うのが基本だ。そしてその杖らしきものも見受けられない。……ハァ、連中は本当に実戦経験があるのかと疑いたくなる。


 連中は頼れない。頼れるのは自分と仲間だけだ。そう思うと緊張感が高まるが、やるしかない。

「ふぅ」

 私は小さく息をついてから改めて周囲の警戒に移った。


 私達第5小隊がミリエーナ様の馬車を護衛しながら進む事、数時間。幸いこれといった問題も無く順調に進んでいた。やがて森を抜けた。目の前には平原が広がっているが、遠方にはまた森が見える。


 私はサドルに付属している小物入れに入れていた地図を取り出し現在位置を確認する。この平原からみて前方に見える森。あれを超えるには馬の脚で半日ほど掛かる。そしてあの森を超えた先に、今日1日目の目的地である中継地点の町がある。夜になる前に町に着きたい所だが、腹が減っては行軍に支障が出かねないな。


 それにちょうど、先行させていた2人が戻って来た所だ。太陽もすっかり真上まで登っているし、腹ごしらえ兼休憩をするにはちょうどいいだろう。


「総員に通達っ!午後は前方に見える森を抜ける事になるっ!その前に昼の腹ごしらえを兼ねて大休止とするっ!一旦行軍停止っ!近くの草原で警戒態勢のまま待機しつつ休憩だっ!」

「「「「「了解っ!」」」」」


 その後、我々は道から外れ、近くにあった小高い丘の向こう側に集合して休憩を取った。小高い丘の上からは道の方がよく見下ろせる。反対側は平地で草花も人が隠れられるほど高くはない。とは言え、警戒は必要だ。


 私は小高い丘の上に立ち、周囲を警戒している。その間にマリー達はそれぞれ休憩と食事、警戒を交代でこなしている。一方ミリエーナ様の方は給仕の女性と馬車の騎手が折りたたみ式のテーブルや昼食の用意をしている。


「え、えぇっと」

 が、どうやら給仕の女性はこう言った事は経験が無いのだろう。火起こしに四苦八苦していた。それを丘の上から見つめていた私。……しかし、私も火を起こしはあまり得意では無いんだよなぁ。


 と、思って居ると。

「隊長」

「ん?」

「昼食の黒パンと燻製肉をお持ちしました」

「あぁ、ありがとうキース」

 キースが昼食のパンと肉を持ってきてくれたようだ。それが二つ包まれた物を受け取る。っと、そうだ。


「そうだ。時にキース、お前は火起こしや調理は出来るか?」

「え?はい。青銅騎士団にいた頃から遠征などでやっているので、火起こしとか簡単な手伝いくらいなら」

「そうか。ならば彼女を助けてやってくれ」

「え?」

 私は給仕の女性の方に目を向ける。キースも視線を追って彼女の方へ目を向けると、どうやら気づいたようだ。


「分かりました。では、彼女を手伝ってきます」

「あぁ、頼むぞ」

 キースは丘を降りていくと、給仕の女性に手を貸していた。その様子を見守りつつ、私は周辺を見回しながら警戒をしていたが……。


「おいっ!早くしろっ!」

「は、はいっ!」


 我々とは少し離れた所で何やら昼食の用意をしている光防騎士団の連中なんだが、ちょっと待てっ!?


 何で奴ら『使用人なぞ』連れているんだっ!?と言うか、どこにいたっ!?馬車の中に乗っていたのかっ!?町を出るときには見かけなかったが……。って、問題はそこじゃないっ!何で奴らまでテントやらテーブルなんぞ引っ張り出しているんだっ!?しかもご丁寧に料理人らしき者達まで居るじゃないかっ!


 護衛対象であるミリエーナ様ならともかく、なんで連中までっ!あぁもうっ!ホントに連中は騎士団なのかっ!遠征とか、行軍の経験あるのか彼奴らはっ!ホントにっ!


 あぁ、やっぱり足を引っ張られる結果になるのか。これでは町に着く予定時間を修正しないとなぁ。


「ハァ」

 ため息をつきたくなる状況に、私は我慢出来ずにため息を漏らした。


 その後、私は布製の水筒から水を飲み遠方を警戒していた。私の部下たちも順番に警戒や休憩と食事に当っているが、光防騎士団の連中は見張りも立てずに良い物を食っている。やれやれ。


 と、そこへ。

「隊長」

「ん?マリーか、どうした」

「部隊全員、交代で休憩と食事を終えました。現在は警戒待機中です。後はミリエーナ様の食事と片付けが終わればいつでも出発できるのですが……」

 何やら歯切れの悪いマリー。

「どうした?何か問題でもあったか?」

「まぁ、問題って言えば問題ですかねぇ。……どうします、あいつら?」

 そう言って彼女が指さしたのは光防騎士団の連中だ。


「食事を終えれば警戒するでもなく、鎧を磨いたり駄弁ったり。片付けも使用人に丸投げ。お嬢様たちのは、お嬢様1人分なんですぐ片付け終わりそうですけど、あっちはそうも行かないでしょうし。……置いていきますか?」

「……時間の浪費を稼ぐ意味ではそれが一番なのだがなぁ」


 と、私は難しい顔をせざるを得なかった。

「彼奴らの事だ。置いていったらその責任を使用人達に押しつけかねないだろ?」

「あ~~。確かに。『お前等のせいで置いてかれたぞっ!』って怒ってる姿が目に浮かびますわ」

「そうだろ?それを考えるとなぁ、置いていくのも気が引ける」


 こちらとしては時間を無駄にしたくは無いが、かといって使用人達が謂われの無い叱責を受けるのも騎士としては見過ごせない。ハァ、全く。


 私は内心ため息をつきながらも、再び水筒に手を伸ばした。が……。

「ん?っと、無くなってしまったか」

 どうやらさっき全部飲んでしまったようだ。うぅむ。周囲の警戒がある以上、離れるわけにはいかんな。まぁあと少しで連中の食事と後片付けも終わるだろうし、待つとするか。


 と、考えていると……。

「あの、よかったらどうぞ?」

 隣に居たマリーが自分の水筒を差し出してくれた。

「あぁ、ありがとう。貰うよ」


 私はそれを受け取り、特に疑問など考えずに水を一口飲んだ。

「ふぅ、ありがとうマリー。返すよ」

 そう言って彼女に水筒を差し出したのだが……。


「ん?どうしたマリー、顔が赤いぞ?」

「え?い、いや~これはその。……ふふ、ふふふっ」

 な、何やらマリーが顔を赤くして笑っている。

「ど、どうしたんだマリー?ちょっと、おかしいぞ?」

 危うく気持ち悪いと言いかけて、言葉を濁した。


「だ、だって~♪私今、レイチェル隊長と間接キスしちゃったんですよ~?」

「は?何だって?」

「ですから~キスですよ~♪間接ですけど~。だってそれ、私の水筒じゃないですか~」


 何やら頬を赤く染め嬉しそうなマリー。しかし、私が彼女の言っている事を理解出来たのは、嬉しそうな彼女の顔と水筒の飲み口を交互に見つめた後だった。



「ッ!?ッ~~~~~~~!!!!」

 あぁぁぁぁぁぁっ!!!やってしまったぁっ!ぶ、部下と、しかも同性の部下と間接キスだとっ!!??


 そ、それはつまり、間接とは言え私とマリーがく、くく、口づけを……っ!?ってダメだぁっ!変な事考えるな私ぃっ!あぁぁぁぁぁっ!恥ずかしいぃぃっ!


「う、うぅ」

 私は顔を真っ赤にして呻く事しか出来なかった。


「もう~!何もそんなに照れる事無いじゃないですか~!たかが間接キスくらいで~!まぁ、私は隊長と間接とは言えキス出来て嬉しいですけど~!」

「う~~~!お前は喜んでるみたいだが、こっちは死にそうなくらい恥ずかしいんだぞっ!?そ、それにぃっ!」

「それに?」


「か、間接とは言え、ファーストキス、だったんだぞ」


 私は恥ずかしそうに頬を染めながらそう言ってしまった。恋愛事にはあまり興味は無いが、私だって女だ。そう言う所はやっぱり気にしてしまう。が……。


「んっ!!!!」

『ダバァッ!』

 何かいきなりマリーが大量の鼻血を吹き出したぁっ!?えぇっ!?何故だっ!?


「何ですかその恥じらいっぷりっ!乙女ですかっ!初心ですかっ!普段との凜々しさとのギャップが凄いですね可愛いですよっ!」

「お、お前は何を言ってるんだっ!?」

「隊長が世界で一番可愛いって事ですよ~~~!」

「い、いきなり抱きついてくるマリーッ!?そして私の鎧に頬ずりするなっ!体を擦りつけるなっ!犬か貴様はっ!」

「は~~ん♪心なしか隊長から良い匂いが~♪」

 ひぃっ!?な、何かマリーが怖いぞっ!?と言うか……っ!


「匂いを嗅ぐな馬鹿者ォ!」

『ガンッ!!!』

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!??」


 私は咄嗟にマリーの頭にげんこつを振り下ろした。マリーは頭を抑えてゴロゴロと転げ回っている。更に、ここが丘の上だったからか……。


『ゴロッ』

「「あっ」」

 思わずマリーが坂の方へと転がったその時、私とマリーの異口同音が漏れる。そして……。


『ゴロゴロゴロゴロゴロッ!!!』

「あぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!」

「ま、マリー!」


 丘下まで転がっていくマリー。私は慌ててそれを追いかけるのだった。

ちなみに……。


「……何ですかね、あれ」

「気にするなキース。ただいつも通りのじゃれ合いだ」


 転がり落ちていくマリーの追っていると聞こえてくる男連中の言葉。って言うか何だその、私達に向ける哀れみというか、やれやれみたいな表情はっ!私だってこんな恥ずかしい思い、好きでやってるんじゃないんだからなぁっ!


 更に、何やらミリエーナ様の使用人達がポカ~ンとした表情でこちらを見てるし、お嬢様に至っては、何か恍惚とした表情でこっちを見てる!?それに何か、『女性同士のスキンシップ、良いですわぁ』とか聞こえたようなっ!?


 あ~~~!色々前途多難過ぎて私は泣きたいっ!!!



 それから数刻して、ようやく私達は移動を再開した。は~~。色々あって予定よりも遅れている。私達は午前中よりも少し速度を上げて移動していた。そして森に入って数刻した時だった。


「ん?」

 私が集団の先頭をリリーで走っていると、向こう側から斥候に出した2人が戻ってきた。2人の慌てようからして、前方で何かあったな。私は皆に合図をして足を止めさせた。

「報告しますっ。前方にてゴブリンの集団を確認しましたっ。数は約40ッ。ここから少し行った先の道の中央に陣取っていますっ。幸い早期に存在を確認したため、我々には気づいた様子はありませんっ」

「了解した。2人は隊に戻り休め」

「「はいっ!」」


 2人が下がったのを確認すると、私は前方の道を見据える。


 『ゴブリン』。それは魔物の中でも特に数が多い種族だ。緑色の体躯が特徴的で、大きさは人間の少年ほど。棍棒や粗悪な刀剣と道具を作れるくらいの知性はある魔物だ。1匹の戦闘力は大した事は無いが、何せ数が多い。ゴブリン如きと侮ると、数の暴力に負け、屍をさらすことになる。


「どうしますか隊長?幸いゴブリンが40匹程度でしたら、我々でも十分対処可能ですが?」

 話を聞いていたマリーが私に声を掛けてくる。


「確かにマリーの言うとおり、後ろの連中はともかく、我々ならゴブリンの群れでも対応出来る。……だが、これが敵の陽動の可能性もある」

「……確かに。ゴブリンの群れを囮に戦力を分散させ、少しでも相手、つまり私達の戦闘力を低下させた上で奇襲する。ありえない話ではないですね」

「あぁ。だからこそ、私1人で行く。マリー達は引き続き馬車の護衛を頼む。お前達は速度を落とし、周辺警戒を厳にしながら後を追ってこい」


「分かりました。……ご武運を」

「あぁ。行ってくる」


 私はマリーにそう言って、リリーを加速させた。



 そして、リリーで飛ばす事数分。あれか。


 場所は緩いカーブを越えた先。開けた道の真ん中で、無数のゴブリンが待ち構えていた。

『ギッ!ギギャァッ!』

『ギギィッ!!』


 そして連中も私に気づいたようだ。すぐさま棍棒や粗悪な剣や槍を手に戦闘態勢を取っている。私はリリーを止めその背から降りる。


「リリー、少し隠れてなさい」

 そう言って尻尾の付け根をポンポンと軽く叩くと、リリーは森の中へ入っていく。さて……。


 私は左腰のツヴォルフの鞘に手を掛け、前方を見据える。報告にあった通り、ゴブリンの数は40匹前後。全ての個体が棍棒や刀剣、槍らしき武器で武装している。


 私は警戒を強めながら、僅かに腰を落とし、剣の柄の傍まで右手を運ぶ。


『『『ギギャァァァァッ!!』』』

 すると、数匹のゴブリンが向かって来た。どうやら私が1人である事から、かなり油断しているようだ。……好都合だ。


 聖龍騎士の力、思い知らせるのみっ!!

「はっ!!」

 私は大きく踏み込み、ツヴォルフを抜きはなった。

『キィンッ』

 鍛錬によって身につけた抜刀術が繰り出すすれ違い様の一刀。


『『『ズババッ!!!』』』

 それが、瞬く間に数匹のゴブリンの胴体を切り裂いた。


『『ズルッ』』

『『ブシャァァァァッ!!!』』

 切り裂かれたゴブリンの体から血と臓物が溢れ出す。


『ギギャッ!!??』 

『ギャギャッ!!!』

 ゴブリン共は、一瞬の攻防に戸惑っているようだった。


『ビシャッ!』

 私はツヴォルフについた血糊を振って落とし、更に構える。


「行くぞ……っ!!」


 そして、私はゴブリンの集団に切り込んだ。



 私には、屈強な男性騎士ほどの胆力は無い。僅かな隙間に糸を通すような精密な剣技がある訳でも無い。一般的な騎士に比べれば私でも十分化け物レベルだろう。だが、聖龍騎士団内部となれば別だ。


 同じ聖龍騎士の中には、巨岩を一撃で粉砕するパワーの持ち主も、正確無比な剣技で相手の弱点を正確に突き崩す策略家もいる。


 彼等に比べれば、私の胆力も剣技も、まだまだだ。


 そんな彼等に私が唯一勝る物、それが『機動力』だ。スピードだ。これこそが、私の一番の持ち味だ。


「はぁっ!」

『ズバッ!!』

 ツヴォルフで一匹のゴブリンを切り捨てる。

『『『ギャギャァッ!!』』』

 そこに複数のゴブリンが襲いかかってくる。

『ババッ!』

 だが、奴らの攻撃が届くよりも先に私はステップで奴らの攻撃のリーチの外へと逃げる。


 ヒット&アウェイ、一撃離脱戦法。鍛えた足腰と身軽さを生かした、私の戦い方だ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 私は自分の持ち味を生かし、ゴブリン共と戦った。


 戦い始めてから、10分もしないくらいか。

「ふぅ」

 私は周囲を見回し、動く物がいない事を確認すると、ツヴォルフに付いた血を払って鞘に戻した。


『ピュウゥゥゥッ!』

 そして指笛を鳴らす。

『イィィィンッ!』

 すると少しして近くの草むらの中からリリーが現れた。


「よしよし、良い子だリリー。怪我などは、してないな?」

 現れたリリーを撫でながら怪我などが無い事を確認し、マリーに跨がった。


 すると丁度。

「隊長っ!」

「む?お前達か、追いついてきたのだな」

 マリーを先頭に部隊が追いついてきた。


 見たところ、襲われたような形跡は無いな。

「道中、どうだった?」

 私は部隊に合流しリリーの歩調を合わせながらマリーと並んで話をする。


「特にこれといった奇襲や怪しい人物との遭遇はありませんでした。どうやらゴブリンとの遭遇は、偶然の可能性が高いようですね」

「そのようだな。とは言え、油断はするなよ?」

「了解です」

 マリーはそう言って敬礼をする。


「隊長っ!」

「ん?どうしたキース」

 すると、今度はキースの騎馬が近づいてきた。


「ミリエーナ様の傍に付いているアリスさんからです。ミリエーナ様が隊長の事を心配しているようです」

「彼女が、私を?」

「どうやら1人だけ隊列を離れた理由が分からず、心配しているとの事です」

 っと、しまった。彼女にゴブリンの処理のために隊列を離れる事を伝えてなかったな。無用の心配をさせてしまったか。


「どうしますか?こちらで、俺達の方から事の次第を伝えておきますか?」

「あぁいや。私が言って直接話す。キースは警戒に戻ってくれ」

「了解です」


 警戒任務に戻るキースを見送り、私はリリーの速度を落として馬車に並走した。

「レイチェル様っ!ご無事ですかっ!?」

 すると、すぐに馬車の扉に付いていた小窓を開けてミリエーナ様が顔を覗かせた。その表情は、不安と焦燥に駆られているようであった。


「どうかご安心下さいミリエーナ様。私にはこれといった傷などございませんので」

「そ、そうなのですか?」

「はい。これでも聖龍騎士団の小隊長です。並大抵の事では負けはしません」

 彼女を安心させる意味でも、私はそう言って微笑みを浮かべる。


「そう、ですか。やはりお強いのですね。レイチェル様は」

 そう言って彼女は少しばかり安堵した様子だった。少しは落ち着いて貰えただろう。さて、次は何も言わずに飛び出したことを謝っておくべきか。


「それより、申し訳ありませんでした。何も言わずに隊列を離れてしまった。先にミリエーナ様に一言言うべきでした。大変、失礼しました」

 そう言って私は頭を下げる。


「い、いえっ!頭を上げて下さいっ!た、確かにちょっと心配でしたけど、でも、レイチェル様がご無事だと分かり、安心しましたしっ」

「そうですか。そう言って頂けると、ありがたいです」

 彼女の言葉に私は頭を上げた。


「でも、どうしてレイチェル様は1人で一度、離れられたのですか?」

「実は、前方でゴブリンの群れを確認したと部下から報告があり。私が1人でそれを討伐しに行ったのです。ゴブリンの群れなど、移動の邪魔にしかなりませんから」

「ですから、お一人で?」

「私1人で行ったのは、部下をミリエーナ様のお側に置くためです。万が一ゴブリンが囮だった場合、こちらが狙われる危険もありましたから」

「そうだったのですね。……でも、ゴブリンの集団って、どれくらいの数がいたのですか?」

「そうですね。ざっと40匹ほどでしょうか?」

「よ、40、ですかっ!?」

 どうやら予想外の数字だったのだろう。ミリエーナ様は心底驚いた様子だった。


「それをレイチェル様お一人で、ですか……っ!?」

「えぇ」

 驚く彼女に私は頷く。


「でも隊長の実力なら、もっといても余裕ですよね~」

 と、その時聞こえたのは、馬車の中にいるアリスの声だ。

「え?と、言うと?」

 彼女の言葉にミリエーナ様が反応する。


「私達も隊長のお供として何度か魔物討伐に参加した事がありますが、ゴブリンが40匹なんて、むしろ少ない方です。ねぇ隊長」

「まぁな。確かに百匹以上を私達20人で相手した事があるからなぁ」

「そ、そんな事もあったのですかっ!?」

 心底驚いた様子で目を丸くしているミリエーナ様。

「でもそれ以外にもオークの群れやホブゴブリンの群れ、リザードマンの群れ。あと単独で強かったの、何でしたっけ?キメラとかですかね」

「あぁ、キメラは確かに手強い相手だったな」

「き、キメラッ!?そ、それは確か、獅子の頭と山羊の体、蛇の尾を持つと言う魔物ですよね?!確か、魔物の中でもかなり強い部類だと聞きましたがっ!?まさかレイチェル様はそれを単独で倒されたのですかっ!?」

「いいえ。仲間たちの支援があってこそですよ。それに、仲間たちの助力があっても辛勝という感じでしたし」


「そ、それでも凄いですっ!キメラと言えば物語の中でも強敵として描かれる事の多い魔物っ!それに勝つなんて、やっぱりレイチェル様たちは凄いですっ!」

「きょ、恐縮です」

 凄い、と言って笑みを浮かべながら褒めてくれる彼女に、私は恥ずかしさから顔を赤くしながらもそう言って軽く頭を下げた。



 その後、私達の隊列は馬車を護衛しながらも森の中を進んだ。幸いな事に、ゴブリンの出現以外はこれといった問題も無く、また怪しい気配なども無かった。そして空が夕暮れでオレンジ色に染まり始めた頃。


「皆見えたぞっ!今日の目的地だっ!」


 森を抜けると前方に見えてくる町。1日目の目標地点である『カラッカス』の町だ。


 その後も、何の問題も無く町へと到着。まずは1日目の目標に、無事たどり着けた事を安堵しながら我々は町中へと入るのだった。


     第9話 END

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