第8話 任務開始
ミリエーナ様との会話を通して、ある程度は仲を深める事が出来た。
そして、伯爵家に通いながら彼女と更に仲を深める事数日。いよいよ明日の朝には出発、となる当日前夜。私は改めて部下たちと現状の確認を行っていた。
まず、ルートを確認だ。ルートは馬の足で2日ほどかかる。幸いな事に、ルート上に町が一つある。距離的にも馬の足であれば1日中にはたどり着く距離だ。1日目の目的は日のある内にここへたどり着く事だ。町中であれば、野営するよりかは危険度も下がる。
そのルート上での危険な場所、注意すべき場所もゴルデ大隊長からアドバイスを貰っているので問題は無い。ただ、中継点の町より先のルートは確認が出来ていないので注意が必要だ。
更に護衛の際の編成、町中での警護の編成、万が一野営になった時の警備の編成など、色々な事を確認していく。
そして、現在の一番の懸念事項なのだが……。
「レオ、連中の様子はどうだ?」
「正直に言って、付いてくる気満々のようですな。正式な依頼では無いのですが……」
「自分達の仕事を奪われたのだ。無駄にプライドの高い連中の事を考えれば、『ここで引けば光防騎士団の沽券に関わる』とでも考えたのだろう」
「まともに訓練もしないくせにそう言う所は負けず嫌いって。ホントバカばっかりですよ」
「そうだよなぁ。やる気がねぇならいっそ引っ込んでてくれりゃ良い物をよ」
マリーの言葉に部下の男性騎士1人が答える。
「ちなみにですが隊長。連中を戦力としては……」
「換算出来ると思うか?まともに戦闘訓練もしていない。素人に毛の生えた程度の連中だぞ。言いたくは無いが、逆に足を引っ張られそうで怖い、と言うのが私の本音だ」
レオの言葉に私はそう答えた。
連中は騎士として、まともな訓練をしているとは思えない。ただでさえ、威張るくらいしか能の無い連中だ。実際、私は過去に光防騎士団の連中と合同訓練の名目で手合わせをした事があるが、訓練へのやる気を見せないどころか、私の部下が平民だと分かると、平民相手に教わることは無いと言って訓練を辞退する連中まで居た。
それが1年ほど前の事だ。もしそれに変化が無いのだとしたら。戦力の増加を期待するより、連中に足を引っ張られるのでは、と言う不安の方が大きい。
「ハァ」
そう考えると、気が重くなってため息が出る。
「あの」
すると、新人であるキースが手を上げた。
「ん?どうしたキース」
「いえ。ふと思ったんですけど、レイチェル隊長の家名の力で、付いてくるなって言えないんですか?」
「……残念だが、流石にそれは無理だ」
私はキースの言葉に、そう言って首を左右に振った。
「いくら公爵家の娘とは言え、家名だけで騎士団をどうこう出来る存在では無いな。連中もそれは同じだ。家名などで威張ったとしても、それだけで他の騎士団の行動を妨害したとなれば育った家の爵位降級、場合によっては国家反逆罪で死刑も考えられる」
「えっ!?そ、そうなんですかっ!?」
「実際、過去に何度かそう言った前例がある。伯爵が私的に騎士団を動かそうとして国王の怒りを買って爵位降級を言い渡され、男爵まで降級したとか。或いは、光防騎士団の部隊長が青銅騎士団の部隊の指揮権を、家名を盾に強奪。更に無茶な戦い方をして死傷者を出したそうだ。しかしそれを知った青銅騎士団上層部や国王の命令によって、その光防騎士団の部隊長は現場を混乱させた罪で投獄。後に獄中死したそうだ」
「そ、そうだったんですか」
「あぁ。だから私のクラディウス家の家名を持ってしても、連中に何かを強要する事は不可能だ。下手をすれば私が現場を混乱させたと糾弾される恐れもある。家名を使って出来る事と言えば、威張る連中を黙らせたり、変な行動をしようとするのを抑制したりと、まぁ抑止力が関の山だな」
そう言って私はハァ、と息をつく。
「しかしどうするんですか隊長?連中の事です。最悪護衛の邪魔になるのでは?」
「確かにな。だが、だからといって我々が仮に、説得しようとして素直に聞くか?連中は」
「……残念ながら思えませんなぁ」
レオは私の答えを聞くと、気怠げな表情を浮かべる。
「やむを得ないが、付いてくるのなら来させる。だが、こちらの移動速度に付いてこれないようなら置いていくし、問題行動が目立つようなら、流石に容認出来ないとして付いてくるなと言う。とりあえずは、そんな所だろう」
そんな私の言葉に皆はとりあえず納得したように頷く。さて、明日も早いしそろそろ切り上げるか。
「とにかく。我々の任務はミリエーナ嬢を期間中に護衛する事だ。敵がどんな手、どんな時、どんな場所で襲ってくるか、完璧に予測する事は出来ない。なので各自、任務中は最大限警戒を強めるように。良いなっ!」
「「「「「了解っ!!」」」」」
「よしっ、では明日も早い事だし、今日はこれで解散とする。各自、しっかり休むように」
「「「「「はいっ」」」」」
これで話し合いは終わり。後は明日に向けて休むだけになった。
そして翌朝。私達は宿側に言って早めに朝食を用意して貰いそれを食すと、荷物をまとめ完全装備で馬や馬車に乗り込み、伯爵家へと向かった。
屋敷の前にたどり着けばレイモンド殿が待って居た。
「お待ちしておりました、レイチェル様」
「おはようレイモンド殿。ミリエーナ様達の用意はどうか?」
「はい。既に完了しております。今、馬車に乗ってこちらにいらっしゃいますのでもう少しお待ち下さい」
「了解した」
と、私はレイモンド殿に答えた後、周囲を見回した。まだ明け方なので人通りは少ない。ん?そう言えば、光防騎士団の連中はどうした?姿が見えないが?
「レイモンド殿、光防騎士団の連中はまだ来ていませんか?」
「はい。まだ見かけておりません。旦那様のご判断で、念のために出立日の日時は教えてあるのですが……」
「どうせ連中の事です。早起きなんか出来なかったんじゃないですか?」
「むぅ」
傍にいたマリーの言葉は、騎士としては信じたくない物だ。護衛をする騎士団が相手を待たせるとは何事だ。願わくば、連中が引いたとか、そうあって欲しいが。
……そこまで殊勝な連中ではないからなぁ。
などと考えつつ待つ事数分。屋敷の方から一台の豪華な馬車がやってきた。その馬車が私達の傍で停車する。
「おはようございます、レイチェル様」
「おはようございます、ミリエーナ様。お体の方はよろしいですか?道中は我々が護衛いたしますが、何か心配事や気分が悪くなるなどがありましたら、遠慮無く私たちにお申し付け下さい」
「はい。ありがとうございます」
こうして、準備は整った。ミリエーナ様とお付きのメイドが馬車の中に乗り、更に護衛として女性騎士の1人を中に乗せる。そして前後を守るように我々の馬車を配置。更にその周囲を、私を含めた9騎の騎馬兵が固める。
「よしっ!それでは、出発するっ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
私の号令が響き渡り、私達第5小隊による護衛任務が始まった。
まずは町の外へ出る為、まだ人通りの少ない大通りを通って門の方へと向かう。向かったのは、我々がこの町に入るときに使った門なのだが……。
「あっ!レイチェル様っ!」
部下の騎馬や馬車を通し、その様子を見守っていると1人の衛兵が声を掛けてきた。
「ん?あぁ、あなたは確か先日の」
それは私がこの町に来た時に声を掛けた衛兵だった。
「お久しぶりですっ!先日は大変ためになる激励の言葉を頂き、ありがとうございますっ!」
そう言って彼は私に敬礼をする。
「そんな大袈裟な。この町の平和は、騎士や衛兵1人1人の活躍によって守られている。それは周知の事実であり、私はその事実を言っただけの事」
私はそう言って彼の微笑み。すると彼はどこか顔を赤くしてしまう。
「そう言えば、名を聞いていなかったな。貴君の名は?」
「は、はいっ!自分はガリルと申しますっ!」
「そうか。ならばガリル、改めて伝えておこう。この町の平和は君たちのような衛兵や騎士によって守られている。1人1人の努力と力が、この町の平和を、そしてそこに生きる人々の幸せを守っている。……その事を胸に、1日1日を頑張りなさい」
「は、はいっ!ありがとうございますっ!」
ビシッと敬礼をするガリル。
「隊長~!」
っと、マリーから声が掛かった。馬車が門を抜けた先で待っている。
「さて。では私は行く。縁があればまた会おう」
「はいっ!ってあっ!そうだっ!ちょっと待って下さいっ!」
「ん?」
「実はレイチェル様に、念のためにお伝えしておきたい事がありまして。それで先ほど声を掛けさせていただいたのですが……」
「私に伝えておきたい事?」
走らせようとしていたリリーの足を止め、振り返るとガリルが真剣な表情を浮かべていた。どうやら、穏やかな話題ではなさそうだ。
「今朝、今から数刻前の事です。夜通し馬車を走らせていた商人が、空が白み始めた頃やってきたのですが、その時に妙な話をしていまして」
「妙な話?」
「はい。町まであと少し、と言う所でやたら馬を飛ばす2人組とすれ違ったそうです。その2人組は黒いフード付きの外套を目深に被って、物々しい雰囲気で馬を走らせていた、と。商人が気味悪がって私に報告をしてくれました」
「そうか」
格好が我々の知る密偵やスパイのイメージの通りだな。その2人組、確かに怪しい。伯爵家を監視していた暗殺者の仲間、とも考えられる。
「ガリル。よく知らせてくれた。おかげで我々はより一層警戒して任務に当る事が出来るだろう」
「い、いえっ!レイチェル様のお役に立てたのであれば、本望ですっ!」
「うむ。これからもこの町の事を頼むぞ、人々を守ってくれ」
「ッ!はいっ!」
「ではなっ」
そう言って私は敬礼をするガリルと別れ、待っていたマリー達と合流し、町を出発しようとした。
のだが……。
『『『『ドドドドドドドドドッ!』』』』
「ん?」
後方から響く蹄の音に、リリーを再度止めて振り返る。すると、門の中からガリルと言った衛兵を無視して無数の騎馬と馬車が出てきた。
「……連中か」
私は、舌打ちしたくなる欲求を抑えて小さく呟いた。馬車と馬に乗っていたのは光防騎士団の連中だった。そして連中の中から息を切らしたオルコスが現れ私の近くに馬を寄せてきた。
「き、貴様っ、何を勝手な事を、している。ハァッ、ハァッ!」
「勝手な事?我々は伯爵より正式な依頼を受けている。出発日時も時間通り。我々は予定通りに任務を遂行しているだけです。そちらこそ、何の用ですか?」
「ッ!わ、我々は伯爵の令嬢を護衛に来たのだっ!」
「正式な任務でも無いのに、ですか?」
「そ、そうだっ!」
やれやれ。相変わらずプライドだけは高い連中だ。かといって家名を盾に無理矢理追い返す事も出来んし。仕方無い。
「ならば、付いてくると言うのならどうぞ?そちらの自由意志にお任せします」
「ほ、ほぉ?物わかりの良い事だなっ!」
私の言葉を受けて笑みを浮かべるオルコス。
「ただしっ!」
しかし次の瞬間に私が声を上げれば、奴と部下達はビクッと体を震わせる。
「我々は我々のスピードで馬車と共に行軍する。そちらが遅れたとしても待つつもりは無いし。万が一戦闘が発生した場合、助力はしてやるが基本的に自分達で何とかする事だ」
「ど、どう言う意味だ貴様っ!?」
「自分たちの命は自分達で守れ、と言う事だ」
激昂した様子で声を荒らげるオルコスに私はそう言って背を向ける。
「出発だっ!今日の目的は、中継地点の町に到達する事だっ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
すぐさまミリエーナ様を乗せた馬車と我々の騎馬と馬車が動き出す。チラリ、と後ろに振り返ればオルコス達は少し間を開けて付いて来ている。
その時、マリーの騎馬が近づいてきた。
「良いんですか。連中、付いて来てますけど?」
「言っただろう?私の家名を持ってしても連中を引かせる事は出来ない。自主的に引かせないとならんのだ」
私の言葉に、マリーは少し頬を膨らませるとチラリと後ろに目を向ける。
「彼奴らの鎧、何なんですか?大層な装飾までして」
マリーの言葉を聞き振り返り、改めて連中の鎧に目を向ける。確かに連中の纏っている鎧には、統一感の無い装飾や彫刻が彫られている。と言うか、オルコスに至ってはあの時見た金ぴかの鎧を着ているが、まさか純金ではないだろうな?それでは重すぎて馬の負担になるぞ。……それでは馬があまりにも可哀想だ。……と言うか、連中は鎧のなんたるかを知ってるのかさえ怪しそうだ。
「何だってあんなの着てるんですかね?鎧に装飾も何も無いでしょう」
「……ファッションなのだろう。連中にとって鎧であろうと、な」
「実戦だってのに実用性は二の次ですか。バカですね」
「あぁ。大馬鹿だ」
「……その事、連中に指摘します?下手したら死にますよ?」
「やめておけ。礼より先に嫌味が飛んでくる。それに、それで死んだら自業自得だ」
「良いんですか?あとで光防騎士団のお偉方から嫌味とか来そうですけど?」
「我々には正式な任務があるんだ。それに、騎士ならば最低限自分の身は自分で守るべきだ。そんな事も出来ない奴が、騎士として人々を守ろうなど片腹痛い」
「大変ごもっともな意見ですね」
私の辛辣とも取れる言葉にしかしマリーはうんうんと頷いている。
「だからこそ好きにさせる。これで少しは、騎士団の仕事の大変さでも学んでくれれば良いが」
「……学びますかね?あの連中」
「さぁな。それは連中次第だ」
っと、そうだ。部下達にもさっき聞いた事を伝えておかなければな。
「そうだマリー。実は先ほど門を守っていた衛兵のガリルから聞いたのだが……」
私はすぐに聞いた内容を伝えた。
「黒づくめの連中。如何にも怪しいですね。暗殺者の仲間でしょうか?」
「斥候、或いは監視役と考えるのが自然だろう。そして我々が動き出すことを察知し、その情報を仲間に知らせる為に走った、と考える方が自然だな。マリー、念のため皆にこの事を伝えろ。警戒を緩めるな、とな」
「了解です」
そう言って離れようとしたマリーだったが……。
「あっ」
「ん?どうしたマリー?」
「あぁえっと、連中にはどうします?」
そう言って後ろに視線を向けるマリー。あぁ、光防騎士団の連中か。
……あとで知らされていない、などと因縁を付けられるのはたまらんからな。
「私の方から一応伝えておく。マリーは第5小隊の全員にだけ伝えてくれればそれで良い」
「了解です」
そう言って、周囲の者達に近づいて連絡事項を伝えていくマリー。
さて、私は私で連中にこの事を伝えてやるか。あぁ言うプライドばかりの連中と話すのは気が重いが、これも仕事だ。
「む?何だ?」
私が近づくだけでオルコスはムッとした様子だ。まぁ、お互いに良い印象が無いのは、それこそお互い様だ。だが連絡はキチンとしなければな。
「先ほど町を出るときに情報を手に入れた。今朝方、怪しい2人組が馬を走らせているのを見た者が居るそうだ。暗殺者の仲間、斥候や監視役と考えられる。それらを考えると、集団による計画的な襲撃も視野に入れて警戒するべきだろうから、念のために警告しておく」
「警告だと?はっ!何を言うっ!貴様等を頭数に数えるのは尺だが、こちらは騎士が合計で40人も居るのだぞっ!その数を前にして、無謀にも向かってくる連中がいるとでも?」
「敵がそうまでしてもミリエーナ様を狙う可能性は十分にある。警戒は必要だ」
「ふんっ。聖龍騎士と呼ばれているようだが、実態はただの臆病者だな、貴様は」
私の意見に対し、オルコスはそう言って薄汚い笑みを浮かべるばかりだ。
「……警告はした。自分達の身は、自分達で守れよ」
私は最後にそう言い残して連中の傍を離れた。
全く、本当にあぁ言う連中の相手は疲れるし、折角情報提供してやったのに敵を侮るとは。ハァ、あんなのがここ数日一緒に付いてくるのかと思うと、気が重い。
「隊長、大丈夫ですか?」
すると、連絡を終えたのかマリーが傍に寄ってきた。
「大丈夫、と言いたい所だがそうでも無い」
「……あのお荷物連中ですか?で、どうなんです?情報を教えた反応は」
「こんな数を相手に襲ってくる訳がない。警戒と警告を発しても、こっちを臆病者呼ばわりだ」
「はぁ?それホントですか?」
マリーは小声で、耳を疑うかのような表情で私に問い返す。
「あぁ。本当だ。……全く、あんなお荷物の世話までしなきゃならないのかと思うと、気が滅入る」
「心中、お察しします隊長」
同情するようなマリーの視線。
チラリと後ろを向けば、偉そうにふんぞり返っている連中。そして前を向けば、どこに敵が潜んでいるかも分からない森林地帯が見える。
「ハァ、前途多難とは正にこのことか」
私は周囲に聞こえないように小さくため息を漏らしながらも気を引き締める。
不安要素はあるが、騎士たる者、全力で務めを果たさなければな。
私はそう考えながら、静かに聖剣ツヴォルフを撫でた。
さて、ここからが本番だ。来るなら来い襲撃者どもめ。聖龍騎士の名にかけて、返り討ちにしてやるっ!
第8話 END
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