第5話 準備中の横やり

 フェムルタ家にて、顔合わせという事でミリエーナ嬢と少し会話をした後、私とマリーは再び馬車で宿に戻る所だった。


 出発は数日後になる。それまで我々はあの宿に滞在する事になった。費用は伯爵家が持ってくれるそうだ。とは言え、だからといって出発の日までのんびりとはしていられない。


 伯爵に話を聞いた限りでは、ミリエーナ嬢を狙う可能性がある相手は多すぎて特定不能だそうだ。伯爵が過去に断罪してきた相手は、平民貴族を問わない。仮に貴族であれば、盗賊連中を金で雇う可能性もある。最悪なのはプロの暗殺者を雇われた場合だ。……私も対人戦闘の経験が無いわけではないが、相手が人殺しのプロとなれば一筋縄ではいかないだろう。


 それに、襲われる場所も特定出来ては居ない。行きと帰りで合計4日の行程だ。どこで襲われるか今の所、見当も付かない。そして我々は大凡1週間、護衛任務の間は気を張っていなければならない。そう言う意味ではこれもかなり難易度の高い任務だ。


 気を引き締めて掛からなければな。と、考えていると……。


「ハァ」

 横に居たマリーがため息をついていた。

「どうしたマリー?ため息なんかついて、何か不満でもあるのか?」

「そりゃありますよ、不満なんて」

 私が問いかければ、ふて腐れたような表情で彼女は窓の外の景色を見つめながら呟く。


「今回の任務、要は光防騎士団の連中の尻拭いって事ですよね?これって、彼奴らがもっとしっかりしてればわざわざ私達が受ける必要無かったんじゃないんですか?」

「それはどうだろうな?今回の護衛対象であるミリエーナ嬢は男性に馴れていないと言うし、未だに女性が隊長をしている部隊など、私の第5小隊くらいだ。それに何より私達は聖龍騎士団の所属。聖龍騎士団は最高峰の騎士達が集まる場所だ。娘のみを案じて可能な限り最高の部隊を、と考えれば私達に依頼が来るのも頷ける」


「それはまぁ、そうですけど……。でもやっぱり納得出来ませんよ。隊長が今言った理由は100歩譲って分かるとしても、光防騎士団の連中の尻拭いだけはやっぱり納得出来ませんっ!あのボンクラの、家名と貴族って言う立場で威張る事しか出来ない無能連中の尻拭いなんて、私はごめんです……っ!」

「……まぁ、マリーの言いたい事も分かる」

 私はどこか憎たらしげに吐き捨てる彼女の言い分に頷きながら考えを巡らせた。



 この国に3つ存在する騎士団の中で、貴族の護衛や屋敷の警備などを主に担当している光防騎士団。しかしその内情は、酷いの一言に尽きた。


 その理由は我が国のとあるシステムと、光防騎士団の任務の性質が故だった。


 我が国には、建国以来ずっと『兵役』が課されている。対象は準男爵を含む貴族階級の男児、全員だ。生まれ持っての身体的な障害や、持病などが無い限り、全員の貴族男児は16歳から22歳の間の6年間のどこかで2年間、兵役に就かなければいけない。


 これは、初代国王様の意向で、『上に立つ者は時に人々や家族を守る為、剣を取って戦わなければならない』というお言葉があったからだ。この場合の人の上に立つ者、は貴族を指しており、これを虚偽の病気などで逃れよう物ならば最悪の場合、国家反逆罪が適用されお家取り潰し、爵位剥奪がされる事もある。


 兵役に参加した貴族男児は、約半年の訓練期間を経て、それぞれが希望する部署。軍と3つの騎士団の計4つの部署のどれかに配属される。


 と、ここで問題になるのは一体どこの部署が人気なのか、と言った事だ。


 現在我が国は周辺国に対して融和政策を取っているため戦争にまでは発展していない。とは言え、過去に戦争で戦った国もある。遺恨も全く無いと言う訳ではない。なので、何かしらのきっかけで戦争が始まる可能性は0ではない。なので、軍に行きたがる者は少ないし、そもそも自分の跡継ぎを戦争で失いたくない一部の貴族は息子を軍に入れようとはしない。


 同じ理由で、難易度の高い任務が多くまた新人が付いてこられないであろう聖龍騎士団も除外される。


 各地を守る青銅騎士団だが、貴族の中には『なぜ平民のために働かなくてはいけないのか』と考える輩も少なく無い。そのため、青銅騎士団へ行きたがる者も少ない。中には騎士や兵士、上に立つ貴族としての誇りを持った者も居るには居るのだが、残念ながらその数は決して多くはない。


 そして、消去法で残ったのが光防騎士団だ。更に彼等の任務は警護や警備といった、最前線からは遠い物だ。そのために前線で戦う事を嫌った貴族の柔な男児が集まるのだ。


 更に悪いのが、光防騎士団の任務が貴族の護衛な点だ。その任務からか、貴族の間には『平民と違う貴族は守られて当然』という風潮が少なからず存在する。更に光防騎士団自体も騎士の大半は貴族の男児だ。そのせいか、光防騎士団内部でも『貴族は平民とは違う』、『我々(※貴族)の方が平民よりも格上だ』と考える連中が増えている。


 更にそのせいか、光防騎士団は同じ騎士団でありながら平民出身の多い青銅騎士団や軍を下に見る発言も多い。そのために光防騎士団に属している、と言うだけで市民からの受けが悪いのだ。……彼らの中にも真面目に任務をこなしている者は居るのだがな。


 悪評が酷すぎて、真面目に努力している者たちまで後ろ指を指される始末だ。私としても光防騎士団の現状を憂えているのだが、生憎私は部外者だ。団長を通じて何度か現状の打開を具申した事もあるが、光防騎士団のトップがかなり発言力のある貴族で早々手が出せないのだ。


「貴族を守るはずの騎士団がこの様とはな。皮肉な物だ」

 私は今の光防騎士団の現状を憂えながら、隣に座るマリーに聞こえないように小さく呟くのだった。



 その後、宿に戻った私は、宿の一室にある団体客用の大きな部屋を借りて部下を集めて任務の内容や私達に依頼が来た理由を報告した。


 そんな中でも、伯爵の光防騎士団による不信感も理由の一つ、と言う話題に皆眉をひそめた。但し眉をひそめた相手は伯爵ではなく光防騎士団だ。

「皆が不満に思うのも無理は無い。光防騎士団の現状は目に余るものだ。しかし、こう考えてはどうだろうか?」


 光防騎士団の尻拭い、と言う意識のままでは任務に対する士気に関わる。だからその当りを払拭するのも隊長である私の仕事だ。


「先ほど説明した通り伯爵は過去の仕事ぶりから、多くの人間から恨まれる結果となっている。そのため、ミリエーナ嬢を狙う相手は平民、貴族の違いを問わない可能性がある。私が想定している最悪の事態としては、伯爵に恨みを持つ者たちが徒党を組んで襲ってくる場合だ。そうなれば相手する敵の数もかなりの物となるだろう。恐らく10や20では済まないかもしれない。……そして、そうなれば当然まともに対人経験などない光防騎士団の連中に、ミリエーナ嬢を守れる訳がない。違うか?」

「ははっ、確かにな」

「貴族のボンボン連中なんて、相手が自分達より多いだけできっと逃げ出すぞ?」

 私の言葉を聞いて男連中が小さく笑っている。それに釣られて女連中もクスクスと笑みを浮かべている。


「とは言え、だ」

 私は彼等が少し笑うのを待ってから声を掛けた。すると皆、笑うのを止めて真剣に私を見つめている。


「もし仮に、我々が依頼を断り、代わりにかり出された光防騎士団が護衛に失敗したとなれば、我々騎士団の威信に関わる問題となる。更に、我々聖龍騎士団第5小隊の責任問題として追及される恐れもある。……それを避けるためには、我々が任務を遂行する他ない。だからこそこの任務を完遂する。つまりっ!ミリエーナ嬢を守り切ると言う事だっ!それが今我々がここに居る理由だっ!それが我々の使命だっ!我ら騎士の使命を果たすぞっ!」


「「「「「了解っ!」」」」」

 部下を激励するための鼓舞。部下達も私の言葉に答え元気の良い返事を返してくれる。これで士気は大丈夫だろう。



「うむ。……さて、では改めて出発までに出来る事をやっておこう。まずはそれについての話し合いだ。これから指名する物は残ってくれ。他はとりあえず待機だ」


 その後、私はマリーや数名と共に任務に剥けての話し合いを行った。それで出発前に各々やる事を決めた。


 まずは屋敷周辺の警備だ。誰が何時、どこから伯爵の動向を監視、或いは情報を収集しているか分からない以上、屋敷の周りに不審者がいないかどうかを警戒する事になった。これには部下数人が交代で行う事になった。


 次に地理状況の確認だ。任務当日に我々が通る道は、我々が知らない道でもある。その道中に何があるか分からない。なので馬の扱いに長けた騎士を2人ほど、とにかく町の周辺だけでも、と馬で確認に向かわせた。


 更に目的地までの正確な地図が欲しいとなって、この地域を纏めている青銅騎士団の駐屯地にそれがあるかどうかの確認と、可能であれば譲り受けるために向かう事になった。そして、これは私自身が行くことにした。



 会議を終えてそれぞれの仕事の割り振りを終えた私はリリーに乗り、1人町から少し離れた場所にある青銅騎士団の駐屯地へと向かった。


 町を出て数分。たどり着いた駐屯地は周囲を高い木製の壁に囲まれ、さながら要塞となっていた。これは非常時、民が逃げ込む事を想定した作りとなっているからだ。駐屯地の周囲は水路に囲まれており、いくつかある出入り口の門へと向かう。


「ッ、おい。あの制服って確か……っ!」

「あぁっ!間違いねぇっ!」

 そして私が門に近づくと、城門の上で警備に当っていた兵士達が驚きだした。どうやら、少なくとも私がどこの所属なのかは分かっているようだ。


「突然の来訪、申し訳無いっ!私は聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスであるっ!訳あってこの駐屯地に用があるっ!通しては貰えぬかっ!」

「や、やはり聖龍騎士団の方だぞっ!」

「おいっ!早く開門だっ!開門っ!それと大隊長に連絡だっ!」


 彼等は慌てた様子で動き出す。そして数分もすれば、上がっていた跳ね橋が降りて道となる。それを通り、門を越えて中に入れば……。


「こ、このたびにおかれましては、ようこそいらっしゃいましたっ!聖龍騎士、レイチェル様っ!」

 恐らくこの駐屯地の責任者、大隊長であろう男性が部下と思わしき数人と共に私を出迎えた。大隊長は少し髪が後退した頭に立派な白い口ひげを蓄えた高齢の男性だった。出で立ちからして、貴族ではないか。しかし平民出身だとしたら大隊長は大した出世だ。


 私はリリーから降りて彼等と向かい合い、答礼を行う。

「聖龍騎士団所属、第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスであります。お忙しい中尋ねてしまって申し訳無い」

「い、いえっ!こちらこそ聖龍騎士の方をお迎えできる事は感嘆の極みでありますっ!」

 私は形式的な挨拶を交わしたのだが、大隊長や部下の面々は恐らく聖龍騎士を初めて見るのだろう。……めちゃくちゃ目が輝いていた。

「そ、そうか」


 私はそれに出来るだけポーカーフェイスを浮かべながらも内心苦笑してしまった。


「あっ!申し遅れましたっ!私はこの駐屯地の責任者を務めておりますっ!ゴルデと申しますっ!」

「そうですか。では、ゴルデ大隊長、とお呼びしても?」

「ッ!は、はいっ!それはもうっ!」


「ではゴルデ大隊長。いくつかお聞きしたい事があるのだが、良いかな?」

「はいっ!我々に出来る事やお答えできる事があれば、いくらでもっ!」

 声や姿勢に緊張が見えるゴルデ大隊長。すると、彼の後ろに居た部下が何やら耳打ちをしている。


「ッ!こ、これは大変とんだ失礼をっ!このような場所では話もままなりませんしっ!どうぞ、駐屯地の応接室へご案内しますっ!」

「あぁいや。それは嬉しい上にありがたいのだが、私としても手間を取らせるのは本意ではないし、少し話と、あれば地図をいくつか分けて貰えないかと思ってきただけなのだ」

「地図、でございますか?」


「あぁ。数日後の任務に必要なのだが……」

 っと。そう言えばフェムルタ伯爵家の領地は彼等の管轄だ。念のためこのゴルデ大隊長に説明をしておいた方が良いだろう。


「念のためだ。ゴルデ大隊長たちにも話しておこう」

「はぁ。我々にも、ですか?」

「あぁ」



 その後、私はゴルデ大隊長たちに依頼のことを説明し、目的地までの地図と現在の道の状況を教えて貰った。そして、部下の1人が地図を持って帰ってくるまで、ゴルデ大隊長と話をしていた。


「そうでしたか、フェムルタ伯のご依頼で」

「あぁ」

 私が話をすれば、ゴルデ大隊長は納得した様子で頷いた。

「まぁ、あのお方が光防騎士団も信用出来ないのも無理はありませんな。ましてや娘を守る為ならば、最強の騎士である聖龍騎士団へ依頼を出すのも納得です」

 うんうんと頷くゴルデ大隊長。しかし、今の発言からすると、ゴルデ大隊長は伯爵が光防騎士団に不信感を抱くようになった理由を知っているのか?


「ゴルデ大隊長、今の口ぶりから察するに、大隊長は伯爵が光防騎士団に不信感を持つようになった理由を知っておられるのですか?」

「はい。その『事件』が起こった当時、私はこの駐屯地で小隊長をしておりましたから」

 どうやら知っているようだが……。


「事件か。あまり穏やかな単語ではないな」

 あまり聞こえて良い単語ではない。

「その事件とやら、何があったのだ?」


「……聖龍騎士様は、伯爵が多くの方々から恨まれている事は?」

「うむ。つい先ほど、伯爵家を訪れて本人の口から直接聞いた所だ」

「そうですか」

 と、ゴルデ大隊長は頷くと、彼は息を吐いてから話し始めた。


「今から10年ほど前の事です。その日伯爵は夫人と、まだ3歳程度のミリエーナ様を連れて町の外から戻ってくる所でした。無論、光防騎士の護衛付きで、です。そしてあと少しで町にたどり着く、と言う所で、盗賊の集団に襲われたのです」

「盗賊?……それで、被害は?」

「伯爵家に仕えていた馬車の御者が腕に矢を受けた以外、伯爵と夫人、ミリエーナ様にお怪我はありませんでした。……ただし、あの方々を救ったのは青銅騎士団の小隊です」


「ん?どういうことだ?」

「光防騎士団の連中は、襲いかかってきた当初こそ戦いました。護衛に出ていたのは1個小隊、約20名。対して盗賊は15名程度でした。しかし、まともに実戦経験の無い小隊と卑怯な手も簡単に使う盗賊では数的有利も意味をなしませんでした。結果、乱戦の中で小隊長が討ち取られ光防騎士団の小隊は瞬く間に瓦解。最終的には各々が護衛対象である伯爵たちを見捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出したと聞いております」

「……酷い話だ。護衛する側が護衛対象を置いて逃げてどうする」

「全くもって、その通りでございます」


 まさか当時、それほどまでに士気も練度も低いとは。知らなかったな。……と言うか、今と大して変わっていないではないか。全くどうなってるんだ光防騎士団は……っ!

 そう、静かに怒りを覚えながらも私は話しに戻る。


「しかし伯爵家の方々は青銅騎士団によって救われた。と言う事なのだろう?」

「はい。ただし、運が良かったとしか言えませんが」

「と言うと?」

「たまたま近くで、その当時私が率いていたのとは別の小隊が行軍訓練中だったのです。微かに響いてきた剣戟の音から、慌てて駆けつければ、そこには護衛対象を残して逃げる光防騎士団と盗賊に囲まれた伯爵達が居たとか。そして盗賊を何とか青銅騎士団が退けた、と言う事が事件のあらましでございます」


「……運が良かった、としか言えない事件だな。ではもし、その訓練中だった小隊が居なければ……」

「はい。恐れ多いのですが、恐らく伯爵も夫人も、それにミリエーナ様も今を生きては……」

「……そうだな」


 本当に間一髪のだったのだろう。そして、そんな事件があれば伯爵も光防騎士団なぞ信用出来る訳がない。ハァ、全くあの連中はどうしてこうも問題を起こすのか。あんなのが私と同じ騎士を名乗っているのかと思うと、それだけで気が重くなる。


 すると……。


「あの、聖龍騎士の方に私のような者がお願い事などおこがましいのですが……」

「ん?何か?」

「その、ミリエーナ様の事を、よろしくお願いします……っ!」


 そう言って、ゴルデ大隊長は何と私に頭を下げた。突然の事に、流石に何故?と戸惑ってしまう。

「どうか、あの子を守ってあげて下さい……っ!」

「……何故、他人であるゴルデ大隊長がそこまで?」

「私は、この駐屯地の大隊長になってから何度も伯爵にお会いした事があります。当初こそ、貴族というだけで緊張していましたが、伯爵や奥様、そしてミリエーナ様は、平民や貴族の別なく暖かく接してくれるお方たちでした。ミリエーナ様は、本が好きでこんなロートルにも優しく声を掛けてくれたのです」


 そう言って、ゴルデ大隊長は、まるで孫を見守る祖父のような優しい笑みを浮かべていた。

 しかし、次第にその表情が陰っていく。


「……過去に伯爵が行った事で、あの一家が恨まれている事は分かっています。しかし何卒、何卒っ!ミリエーナ様をお守り下さいますようっ!ここにっ!お願いいたしますっ!」


 そう言って彼は深く頭を下げた。それに周囲の部下たちも驚いている。そして、彼等は私の言葉を待っていた。


 ふっ。ここまで深くお願いをされてはな。……やる気が漲ると言う物だ。

「……絶対の約束、と言うのは出来ないだろう」

 私の言葉に彼の体が微かに震える。当然だ。絶対の約束など誰が出来る。100%なんて物は存在しない。全てを完璧にこなせる人間など居ない。


 だが私は騎士だ。人々を守る剣であり盾だ。そしてこの国最強の騎士でもある聖龍騎士だ。ならば……。


「だが私は自らの誇りと、聖剣ツヴォルフに掛けて誓おう」


 私は静かにツヴォルフを鞘ごと握り、頭を上げた彼の前に掲げる。


 聖剣と己のプライドを掛ける事は、聖龍騎士において全力を注ぐ証でもある。そして彼もそれを理解してか、ハッとした表情を浮かべている。


「私は全力を持って、部下と共にミリエーナ嬢を守ると」


「ッ!ありがとう、ございます……っ!」

 そう言ってゴルデ大隊長はもう一度頭を下げた。


 彼にも頭を下げて頼まれたし、私も聖剣に掛けて誓ったのだ。やる気は倍増だ。


 それにしても、伯爵家の方々もかなり慕われているようだ。そしてミリエーナ嬢も。そう思えばやる気は出てくる。……しかし、だからといって伯爵へ恨みを持つ者達の気持ちが分からない訳でもない。理由はどうあれ、多くの者は伯爵を恨むだろう。むしろ、彼等やその家族を追いやっておきながら家族に恵まれた伯爵に、より多くの憎しみが集まるかもしれない。


 だが私にも騎士としての矜持がある。


 ならばこそ、例えどんな相手が立ち塞がろうと任務を全うするだけだ。彼等にも彼等の正義があるのだろうが、私にも自分に課された使命がある。


 私はそんな事を誓いながら、手にした聖剣、ツヴォルフへと目を向けた。



 その後、持ってきて貰った地図を確認しつつ、更にゴルデ大隊長から目的地までの間に存在する、特に注意が必要な場所を教えて貰った。これはかなりありがたい。特に警戒しなければならない場所が事前に分かっているのならば安心だ。


「ありがとう。世話になったなゴルデ大隊長」

「いえ。こちらこそ。何度も申し訳無いのですが、何卒、ミリエーナ様の事をよろしくお願いいたします……っ!」

「うむ。任せておけ……っ!」


 私はゴルデ大隊長の言葉に力強く頷きながらリリーに跨がり、駐屯地を後にした。


 地図を手に宿に戻った私は厩舎にリリーを預け、ホテルのラウンジへと入って行ったのだが……。


「あっ!隊長っ!」

 するとラウンジで騎士達が何やら慌ただしく話をしていたのだが……。私の傍に駆け寄ってきたのは確か周辺地理の確認を頼んだ者だ。それがこうも早く戻ってくるなど。それに戸惑うような表情からして、ただ事ではないな?


「何があった?状況を報告しろ」

 だからこそ私は簡潔に問いかけた。


「はっ!自分はマイクと共に馬にて移動ルートの下見に出かけたのですが、町からある程度行った所で騎馬の集団を発見。奴らはこの町を目指していました。念のためにご報告を、と言う事で急ぎ戻ってきた次第であります」

「騎馬の集団だと?で、所属は?」

「そ、それが……。光防騎士団の連中でした」

「ッ、何だと……っ!?」

 まさかの報告に私をも戸惑った。


 何故光防騎士団の連中が?しかもこっちに、だと?残念だが奴らは自主的に動くような事など殆ど無い。自主的にミリエーナ嬢の護衛に来たとも考えにくい。そもそもその依頼が光防騎士団に届いていないはずだ。なのに連中が来ただと?どういうことだ。

「それで、連中の動向は?」

「実は、既に町中へと入った模様。しかも念のため後をマイクに追わせたのですが、先ほど戻ってきて、奴らは伯爵家に向かったようです」

「ッ。全く連中は……っ!やむを得んっ!動ける者は私についてこいっ!今すぐ伯爵家に向かうっ!」


「えっ!?な、何故ですか!?」

「あの連中が自主的に動くなど殆ど無いっ!それがわざわざここまで来て、それも伯爵家に行ったとなれば、いやな予感しかしないっ!それに、騎士道のきの字も知らないような連中が何かをしでかしてからでは遅いっ!」

 傍に居たキースの言葉に私は語気を荒らげながらも答えた。


「急ぐぞっ!動ける者は私についてこいっ!」

「「「「は、はいっ!」」」」


 私は動ける者を連れて、リリーに乗り伯爵家へと急いだ。


 光防騎士団の横やりに、歯を食いしばり表情を歪めながら。


     第5話 END

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