第6話 ハプニング

 私は部下と共に馬で伯爵家へと向かった。そして正門の前までくれば、いくつかの馬と馬車が止められ、その傍にやたらと輝く銀色の鎧を纏った騎士数人が立っていた。しかし何をするでもなく談笑をしているばかりではないかっ!それでも騎士かこいつらはっ!


 私は素早く馬を下り、正門へと向かう。

「ん?何だお前達は」

 すると談笑していた騎士達が私達に気づいて声を掛けてきた。

「あ?おいこいつら、騎士の制服を着てるぞ?」

「おっと、本当だな。って事は、青銅騎士団の連中か?」

 こいつらは、味方の制服の判別も出来んのかっ!


 青銅騎士団の制服は黒で、聖龍騎士団は紺色に近い青。光防騎士団は白だ。それも分からないとは……。


「おい平民共っ。今伯爵は我々光防騎士団と話し合いの真っ最中だ。さっさと……」

 明らかにこっちを見下したような表情に口調が実に腹立たしいっ!が、今はそれを指摘してる時間も無いっ!


「馬鹿者っ!我々は聖龍騎士団第5小隊だっ!」

「「「っ?!」」」

 私の怒号に、奴らはビクッと体を震わせる。


「時間が惜しいが名乗らせて貰おうっ!私は聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスだっ!」

「せ、聖龍騎士って、ほ、本物かよっ!?」

「俺に聞くなっ!?」

「い、いやでも、あの腰のって、確か、聖剣じゃ……」


 私が所属を明かせば奴らは途端に戸惑い出した。こう言う連中は自分より立場や階級の弱い者を下に見るが、逆に強い相手には媚びへつらう。そう言うのは今も昔も変わらない。そして私は最強格の騎士、聖龍騎士の1人だ。


 だからこそ奴らは途端に戸惑い、私を恐れるだけだ。


「貴様等の隊長はどこだっ!」

「え、えと、そ、それは……」

「はっきりせぬかっ!どこかと聞いているっ!」

「ひっ!?な、中ですっ!伯爵と話をするって、屋敷の中へっ!」


 やはりか。だが伯爵と話しだと?どういうことだっ?

「数人私と共に来いっ!残りはここで待機っ!行くぞっ!」

「「「「了解っ!」」」」

 私が歩き出し、マリー他数人が続く。


 私は彼女らと共に光防騎士の連中の脇を通り抜けて急ぎ中へと向かった。そして玄関に付けば、ちょうど中からレイモンドという執事が出てくる所だった。


「あっ!レイチェル様っ!」

「そなたは、確か執事のレイモンド殿か?」

「は、はいっ!左様でございますっ!しかしよくお越し下さいましたっ!」

 血相を変えて、と言う言葉が似合いそうなほど動転している様子のレイモンド殿。……些か不穏な空気が流れて来たな。


「実は今正にレイチェル様を呼びに行こうとしていた所でございますっ!」

「私を?」

「はいっ!つい先刻、いきなり光防騎士団の連中が来まして、自分達がお嬢様の護衛をするの一点張りでっ!旦那様が、レイチェル様の同意無しに勝手に依頼を破棄する事が出来ないと言って、それでっ!」

「そう言う事か……っ!」

 何となく、連中がここに来た理由が分かってきた。


「それで、光防騎士団の隊長と伯爵は?」

「こちらの応接室ですっ!ご案内しますっ!」

 私達は彼の案内の元、足早に応接室へと向かった。


「失礼いたしますっ!旦那様、レイチェル様がお見えですっ!」

「そうかっ!入って貰えっ!」

 中から聞こえる伯爵の声にも、微かに動揺が感じられる。


「失礼しますっ!」

 レイモンドがそう言って開けたドアから中に入ると、部屋の中央。ソファに座る伯爵と、そのテーブルを挟んだ向かい側のソファに座る、無駄に目立ちそうな金ぴかの鎧を纏った小太りの男が座っていた。更にソファの後ろにも、同じくやたらと磨き上げられて、眩しい程ピカピカの、いかにも見た目だけの皮肉なくらい綺麗な鎧を纏った部下らしき男達が数人立っていた。


「んん?何だ貴様らは?」

 私達が中に入ると、小太りの男は気怠げに私達を見つめながら呟いた。


「帯剣している所を見るに、騎士か兵士か?だが今すぐ失せろ。俺達は伯爵と大事な話があるのだ。貴様等がどこの所属か知らないが、俺が怒り出す前にさっさと失せろ」

 そう言ってフンッと鼻を鳴らす男。対して伯爵は、男に驚愕の目を向けている。


 まぁ、騎士でありながら私の事も知らないこいつに驚いているのだろう。聖龍騎士はこの国でも最強の存在。それを、同じ騎士でありながら知らないなど、無知も良い所だ。


「生憎だが我々は伯爵より呼ばれてここにいる」

「何?」

「……分からないのなら教えてやろう。我々は聖龍騎士団第5小隊。このたび伯爵よりご令嬢、ミリエーナ嬢の護衛を正式に依頼された者達だ」

「ッ。では貴様らが……っ!」

 私が事実を教えれば、こいつは憎たらしげに私を睨み付けてきた。


 しかしすぐにフンッと鼻を鳴らす。

「まぁ良いっ!貴様が誰かは知らないが教えてやる。我々は光防騎士団だ。貴族の護衛を専門とする騎士団だ。由緒正しき貴族を守る誇りある騎士団だ」


「へっ……!偉そうに……っ!」

 後ろで部下の1人が吐き捨てるように小さく呟いている。偉そうに言っているが、こいつらが頻繁に問題を起こしているのは周知の事実だ。そんな愚痴の一つでも言いたくなるだろう。


「だがそんな我々の元に情報が届いた。それが、伯爵が我々ではなく貴様等聖龍騎士団に護衛依頼を出したとな。それを聞いた我々は伯爵に、貴族の護衛には貴族のみで構成された我ら光防騎士団こそが護衛に相応しい。依頼を撤回すべきだと具申しに申し上げに来たのだよ。……どこの馬の骨とも知れぬ平民がいる部隊が護衛など、貴族の品位を疑われますぞ、とな」


「ッ!何だとっ!」

 奴の言葉に部下の1人が声を荒らげる。今にも掴みかかりそうだった彼をマリー達が留める。

「ふんっ。控えろよ平民風情が。俺はドミナス伯爵家の長男、オルコス・ドミナス。本来貴様如きが一生会えるか分からない格上の存在なのだからな」

 そう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべるオルコス。後ろでは部下がギリギリと歯ぎしりをしている。


 部下を侮辱されたんだ。こちらも嫌味の一つくらい言わせて貰おうか。


「成程。つまりそちらは、数少ない仕事を別の騎士団に奪われ、プライドをズタズタにされたから大慌てで自分達の仕事にするために来た、とそんな所か」

「ッ!何だと貴様っ!」

 どうやら図星のようだな。私の言葉を聞いたオルコスが声を荒らげて立ち上がる。


「貴様っ!平民の、それも女の分際で俺に舐めた口をきいて、どうなるか分かってるんだろうなっ!お前など、俺の家の力を持ってすればっ!」

「まず、お前に間違いを訂正するとしよう」


 私はオルコスの言葉を遮るように話す。


「そもそも私は平民ではない。私は、聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウス。『クラディウス公爵家』の次女、と言えば分かるかな?」

「なっ!?く、クラディウス公爵家だとっ!?」


 私が名を出せば、こいつは驚いた様子で冷や汗を浮かべる。当然だ。公爵家は爵位において最上位の存在。それも功績を積んだ王族と関わりのある家に送られる称号だ。つまり、公爵家と言う立場は、貴族の中でも王族と近しい存在の証明となる。


 家名と貴族としての地位を大事にする連中だ。だからこそ、あの正門の連中のように途端に口をつぐみ、忌々しげに私を睨み付けている。


「くっ!女の分際で騎士になどなった者が、何を偉そうにっ!女ならば女らしく、男の後ろを黙って歩いていれば良いのだっ!」

 忌々しげに私を睨み付けながら吐き捨てられた言葉。何とも男尊女卑の貴族男児が言いそうなうたい文句だ。

「ッ!貴様っ!言わせておけばどこまでも無礼な奴っ!隊長がこの国のためにどれだけ貢献してきたか、知りもしないでっ!」

「よせマリー」

 奴の態度に我慢の限界だったのだろう。食ってかかるマリーを私が宥める。


「しかし隊長っ!」

「良いんだ。言われ馴れてる」


 実際、今でこそ女性騎士の存在はそこそこ珍しい、程度までにはなったが私が5年前、聖龍騎士団に入隊した当時、騎士団と言えば、完全な男系社会だ。女は異物みたいな物だったし、当時私を女だからと馬鹿にしていた男達も居た。まぁ、そう言う連中は実力で叩き潰して黙らせたが。……だがそれも数年。もはや馴れてしまった。


「ふんっ!何だ貴様っ、平民風情がこの俺に意見する気か?」

「違うっ!私は貴族だっ!」

「ほう?貴族だと?ならば爵位はどれくらいだ?」

「ッ、そ、それ、は……」

 声を荒らげていたマリーだが、途端に言葉が尻すぼみになってしまう。


「じゅ、準男爵、だ」

「ぷっ!くははははははっ!何だと貴様っ!それで貴族を名乗るだとっ!これは傑作だっ!」

 マリーの言葉にオルコスが大笑いを始めた。

「聞いたかお前達っ!準男爵だそうだっ!」

 オルコスは更に、後ろの部下達にも話題を振り、その部下達もマリーを見つめながら嗤っている。


「ふんっ!何が貴族だっ!所詮は金で地位を得ただけの平民風情がっ!思い上がるなっ!お前等を貴族と思う者など、所詮は平民だけだっ!」


 オルコスは私の部下を嗤い、マリーは悔しそうに歯を食いしばり、拳を握りしめている。


 だが、私はそれを黙って見過ごすほど、大人ではない。


「黙れ……っ!」


 次の瞬間、私はオルコス達に『敵意』をぶつけた。それだけで連中は嗤うのを止め、途端に冷や汗を浮かべ表情を引きつらせる。


「私のことならば好きに言えば良い。もはや聞き慣れた。……だが、私の部下を侮辱する事だけは、絶対に許さんっ!」

「隊長」

「彼女達に身分など関係無いっ!彼等は日々の激務に耐え、この国に生きる人々を守っているっ!その血の滲む努力を侮辱すると言うのならっ!部下の名誉を守るために貴公に決闘を申し込むぞ、オルコスッ!」


「ッ!?」


 決闘、と言う単語を聞いて奴は表情を引きつらせた。


 決闘とは、騎士が自分の誇りを掛けて行う1対1の神聖な戦いだ。時に自分自身のプライド、正義、地位や名誉を賭けて行われる戦い。もしここで私とこいつが決闘をするとなれば、私は確実に、マリー達への謝罪を勝利した際の条件にする。


 そして、決闘において負けた者はその条件を守らなければならない。それを守らない者は、決闘のルールを破った臆病者や卑怯者として名誉さえ失う事になる。それは時に、死ぬ事よりも惨めな現実となる。だが私に負ければこいつは、絶対に頭を下げる気など無いマリー達に頭を下げなければならない。


 そして、私は聖龍騎士でこいつはまともに戦闘経験などない素人同然。私が負ける気はしない。だからこそ……。


「私は、私の大切な戦友でもあり、部下を侮辱する者を1人として許しはしないっ!」


「ふ、ふんっ!何をバカな事をっ!決闘などっ!行くぞお前達っ!」

「「は、はいっ!」」

 オルコスは逃げるように席を立ち、これ以上私達と話すことは無いと言わんばかりに部屋を出て行こうとする。


「伯爵っ!よく考える事だっ!貴族のご令嬢を守るのに、誰が適任であるかをっ!失礼するっ!」

 最後にそれだけ言って、奴は部屋を出て行った。そしてそのまま外に居た部下たちと共にどこかへと行ったようだ。念のため部下に尾行を指示した後、私は伯爵と話をした。


 だがまずは伯爵に謝っておこう。

「申し訳ありません伯爵。伯爵の前で、大変お見苦しい所を見せしてしまいました」

「いえ。部下を侮辱されれば怒るのは当然のことです。どうか、お気になさらずに」

 私は伯爵の頭を下げるが、伯爵本人はそう言って許して下さった。


「それより、よくこうも早く来て頂いて、ありがとうございます。しかし些か早すぎるような……」

「はい。実は光防騎士団の連中がこちらに向かったと聞いておりましたので、何かあっては不味いと自主的にこちらに。そして玄関前まで着いた時にちょうどそちらのレイモンド殿と鉢合わせしまして」

「そうだったのですか」

 私が説明すれば、伯爵は頷きながらも呼気を吐き出す。


 心なしか表情が優れないようだ。

「しかし、何故光防騎士団の連中が」

 そう言って伯爵は額に手を当てている。

「伯爵、その口ぶりから察するに、連中がここに来ると言う情報はお耳には入っていなかったようですが?」

「えぇ。連中が来るなんて話は聞いておりませんでした。レイモンド、お前はどうだ?」

「はい、私もそのような連絡は一切受けておりません。仮に手紙などで連絡があったとしても、手紙は毎朝私が安全のために開封した状態で一通一通確認しております。それを見落とした事も無いかと」


「となると、いきなり来たと言う事か」

 私はやれやれと言わんばかりに息をつきながら呟く。

「それにしても、何故奴らが。……まさか、先ほどレイチェル殿が言って居たあれか?」

「えぇ。恐らく。私も皮肉として返しましたが、恐らく連中は、本来自分達がするはずだった仕事を我々に奪われたと考えたのでしょう。プライドの高い奴らの事です。このままでは光防騎士団のプライドに傷が付く、とでも考え慌てて自分達でやる、と思い立ったのでしょう」


「はっ。碌なプライドも持ってないくせに偉そうに」

 すると私の部下の1人が嫌みったらしくそうこぼす。

「おい、伯爵の前だ。私語は慎め」

「いや構わない。……彼の言い分も最もだ」

 私は彼を諫めようとしたが、伯爵自身がそう言ってくれた。


「プライドばかり高い連中が多くて辟易しているのは、きっと私やそこの君だけではないだろう。本当に、厄介な連中だ」

「仰る通りです。……同じ騎士として、私は自分の不甲斐なさに憤りを感じると共に、申し訳無く思う所存です」


 部署は違えど同じ騎士。本当に、申し訳無いと言う気持ちが湧いてくる。すると……。


「レイチェル様」

「はい、何でしょう?」

 伯爵から名を呼ばれ、返事をする。すると伯爵はソファから立ち上がり私の前に立った。そのまま私の両手を取った。


「やはり、娘の護衛にはあなたのように強く謙虚で清廉な方が相応しい」

 伯爵はそう言うと……。

「どうか、娘の事をよろしくお願いします」

 続けてその言葉と共に私に頭を下げたのだ。


 言葉の様子、態度から分かる。この方にとってミリエーナ嬢はそれほどまでに大切な人なのだ。


 ミリエーナ嬢を託された事の重大さを改めて認識しながらも、私は静かに頷く。


「分かっています。お嬢様は、我々が必ず、守り抜いて見せます」

「ありがとう、ございます」



 様々な人から託された想い。ゴルデ大隊長や伯爵の想い。それを無碍にはしない。私は聖龍騎士の称号に掛けて彼女を守ると、決心していた。



 その後、私達は宿に戻った。そして同時に光防騎士団の連中を尾行していた騎士が戻ってきたので報告を聞いた。


 どうやら連中は私達とは別の宿に泊ったようだ。しかし部下からその際の様子を聞くに、色々宿側に迷惑を掛けているようだ。


「彼奴らが何かをしでかす、とは想いたく無いが。やむを得ないか。マリー」

「はっ、何でありましょうか?」

「すまないが近くの駐屯地まで伝言を頼む。恐らく私の名前を出せば大丈夫だろう。中には入れた場合、大隊長のゴルデという男性、或いは彼の側近などに伝えて欲しい。町に光防騎士団の連中が来ている事。奴らの泊った宿の名前。それと念のため、宿の周囲に見張りの兵を置いておいた方が良い事。そして、連中が問題を起こした場合は、最悪の場合として私の名を出しても良いからそれを止めて良い事。それらを伝えてくれ」


「了解です。しかし、隊長の名前を出す、と言うのは?」

「もし仮に連中が何かをしでかして、青銅騎士団の連中が行ったとする。だが、連中はそれこそ、『平民が指図するな』と言って聞く耳を持たない可能性が高い」

 と、私が説明すれば、周りの部下達が『確かに』と言わんばかりに頷いている。


「だからこそ、私の名だ。私は公爵家の家系だ。連中を黙らせるのに格好の存在だろう?」

「成程。分かりましたっ!では、早速行って参りますっ!」

 そう言って敬礼をするとマリーは走り去っていった。



 その後、私は部下たちと護衛のフォーメーションやらルートの確認やらをしていた。そして夜、夕食後。


 私は自分の部屋に戻り風呂に入ろうとしたのだが……。

「レイチェル様」

 そんな私を支配人の男が呼び止めた。

「ん?どうした?」

「よろしければレイチェル様、我が宿の大浴場などをご利用されてはみませんか?浴場のすぐ前に腕の良い庭師を呼んで庭園を造らせてありますので、良ければ是非」


 そう言ってやたらに大浴場を推す支配人。その様子にしばし何故?と思ったが、数秒して合点がいった。有名な騎士である私がここの宿の風呂などを絶賛すれば客足も増えるだろう。要は集客アップのためか。そう言うのは商いに関わる人間らしい。と私は内心笑みを浮かべていた。


 まぁ、たまには大きな風呂で手足を伸ばすのも良いか。

「分かった。ならばその大浴場とやら、利用させて貰おう」

「さ、左様ですかっ!ありがとうございますっ!」


 その後、部屋に戻った私はタオルに替えの服と下着を持って大浴場へと向かった。しかし幸か不幸か、女風呂は私1人だった。貸し切り状態、と言う奴か。


 支配人の言うとおり、大きな浴場の向こう、ガラス張りの壁の向こうには豪華な庭園があり、ろうそくの光に照らされた庭園が中から見える。

「成程。確かに豪華な庭園だ」


 見事な作りの庭園を目にしてぽつりと独り言を呟いた後。私は体を洗ってから湯船に体を沈めた。


 ふぅ。部屋の風呂も決して小さいわけではないが、こうしてダラ~ンと手足を伸ばして湯船に浸かるのも、たまには良い物だ。


 それからしばらく、庭園を眺めながらぼんやりしていると……。

「あれ?隊長?」

「ん?」


 不意に聞こえた声に振り返ると、そこにいたのはマリー達女性騎士だった。

「何だ。お前達も風呂か?」

「はい。そうですけど隊長もですか?」

「あぁ。ここの支配人にお勧めされてな」


 やがて、体を洗ったマリー達、約4人が湯船に入ってきて私の傍に腰を下ろした。


「は~~。極楽~」

「あ~あ~、これで任務じゃなかったらな~~」

 皆、ダラ~ンとした様子でくつろいでいる。すると……。


「あっ、そう言えば隊長っ!マリーから聞きましたよっ!」

「ん?」

「確か光防騎士のいけ好かない隊長相手に決闘を申し込んだとかっ!」

「あぁ、あれか。まぁ、逃げられてしまったがな」

「でもでもっ!マリーが言ってましたよっ!あの時の隊長、凜々しくてかっこ良かったってっ!」

「ちょ、ちょっとアリスッ!」

 顔を赤くしたマリーがアリスを止めようとする。その姿に私はクスクスと笑みを浮かべる。


 しかし、念のためだ。

「マリー」

「え?はい」

「昼間の事、大丈夫か?」

「え?」

 私はマリーが、奴らに嗤われた事を気にして苦しんでいるかと考え、念のために声を掛けた。


「もし、お前が良ければ私の父を、現クラディウス家当主を通じて相手側に抗議をする事も出来るが?」

「いいえ。大丈夫ですよ。隊長のご家族に迷惑を掛けるわけには行きませんから」

 そう言ってマリーは笑みを浮かべる。


「そうか。だが……」

 私は静かに、傍に居たマリーを抱き寄せた。彼女の肩に手を回し、優しく抱きしめる。


「へっ!?隊長っ!?」

「もし、辛い事や悲しい事があれば、遠慮無く私に相談するんだぞ?」

「あ、え?」

 私は戸惑い困惑しながらも顔の赤いマリーの頬を優しく撫でる。


「お前達は私の大切な部下であり、戦友であり、仲間だ。そして私はお前達を率いる隊長だ。だからこそ、お前達だけではどうしようもなくなったら、頼ってくれ。私は、苦しむ仲間の姿は見たくない。良いな?」

「は、はひっ!」


 私は彼の赤いマリーを離す。

「さて、では私はそろそろ出る。お前達も、のぼせるなよ?」

 私は彼女達にそう言って風呂を出た。


 脱衣所で体を拭き、服を着ていると……。

「ねぇねぇマリーッ!どうだったのよっ!隊長に抱きしめられてっ!」

「羨ましいなぁこのこの~♪」

 何やら彼奴らの声が聞こえる。見ると、ドアが完全に閉まってなかったようだ。湯気が外に漏れるのも不味いか?と思って閉めに向かうのだが……。


「あ、あんなのっ!ますます惚れてしまうでしょうが~~!もうっ!ホントもうっ!」

「お~~~!良いねぇマリーその意気だよっ!」

「ホントにもうっ!どこまでも付いていきますよっ!お供しますよっ!私達の隊長が一番だ~~!そして私は副官で隊長の女房役だ~~!私が隊長の嫁だ~~!」

「「「お~~~!」」」


 何やらマリー達の会話が聞こえるが……。


「ッ~~~~~~~!!!!!」


 あぁぁぁぁぁまたやってしまったっ!今更ながらに思うが、同性とは言え、裸の相手を抱き寄せて、頬を撫でるなんてっ!!!


 と、その時ふと頭の中でマリーの裸が再生される。普段なら、同性の裸など風呂で散々見慣れてるはずなのに……っ!

『カァァァァァァァッ!!!』

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!顔が熱いっ!


 私はただ、部下を宥めるつもりだったのにぃっ!と言うかマリー、何だ女房役ってっ!お前と私は女同士だろうがっ!女同士で結婚なんて……。出来ないのか?そう言う同性愛者がいる事は知っている。……それを頭ごなしに否定するのは、人としても騎士としてもダメな気がするが……。

 と言うかマリー、ちょっとのぼせてないか?ここからだと湯気でよく見えないが、顔が赤いような……。


 すると……。

『バシャァァァァンッ!』

「ッ!?マリーッ!?」

 盛大な水音に、次いで響く部下の声。


「どうしたっ!?」

 私はすぐさま、中へ飛び込んだ。

「あっ!?隊長っ!」

「それが、マリーが急に倒れてっ!」

 そう言って1人がマリーを抱き起こす。しかしマリーは顔を赤くし唸っている。どうやら完全にのぼせたなっ。


「すぐにマリーの体を冷ましてやるべきか……っ!変われっ!」

「え?はいっ!」


 私はすぐさま、服を着たまま湯船には入りマリーをお姫様抱っこで抱き上げる。

「え?……あ?隊、長?」

「喋るな。大人しくしていろ」


 私はそう言ってお姫様抱っこでマリーを連れて、急ぎ足で私の部屋へと向かった。そしてホテルの者を呼び、水と濡らしたタオルを持ってきて貰い、私の部屋で彼女を休ませている。


 しばらくすると……。

「う、う~ん。……あれ?ここ、は?」

「む?起きたか、マリー」


「あれ?隊長?私、どうして?」

 体を起こそうとするマリー。私はそれを静に支えた。

「お前は風呂でのぼせたんだ。覚えて無いか?」

「え?そう、でしたっけ?何か途中から朧気で……。あっ」

「ん?どうした?」


「でも、何だか一つだけ覚えてます。隊長、私のことお姫様抱っこ、してくれましたよね?」

「んっ!?ま、まぁそれは、急いでいたから仕方無く、なっ!」


 そうだったっ!指摘されて思いだしたが、確かにしていたっ!

「す、すまない。急いでいたから咄嗟に、その。お姫様抱っこを。……その、嫌、だったか?」

 女性であれば、あぁ言うラブロマンスでありそうな事に憧れを抱いていてもおかしくはない。私は殆ど興味無い事だが、マリーはどうだろう?女性だと初めてを気にする人も多いと聞いた事があったが……。


「ふふっ、全然気にしてないですよ?むしろ、隊長にお姫様抱っこして貰えて良かったです」

「え?良かった、のか?」

「はい。これで隊長のファンクラブメンバーに誇れますから。隊長にお姫様抱っこして貰った~ってっ!」


 そう言ってピースサインと笑みを浮かべるマリー。私はマリーの言葉にしばし呆然となったが……。

「成程、まぁそんな事を言えるくらいなら大丈夫だろう。水でも飲むか?」

「あっ、ありがとうございます」

 私はコップに水を注ぎマリーに差し出す。マリーはそれを受け取り一気に飲み干した。

「はふ~。生き返る~」


「それは何よりだ。……っと、そう言えばマリーの服、脱衣所に置いたままだったな。待ってろ。今取ってくるから」

「あっ。ありがとうございますっ!」

「いいさ。気にせずもう少し休んでおけ」



 そう言って私は一度部屋を出て、マリーの服を回収して部屋に戻った。マリーは私が持ってきた服を着て、回復したようなので部屋を出て行こうとした。と、その時。


「あっ、そうだ隊長」

「ん?どうした?」

 何やら廊下に出たマリーが振り返ってきた。何だろう?と思って居たのだが……。


「今日の隊長、かっこ良かったですよ♪」

『チュッ!』

「なっ!?」

 なななななっ!?と、突然マリーが私の頬にキスをっ!?


「えへへっ!隊長にチューしちゃったっ!それじゃあおやすみなさい隊長っ!」

「あっ!?ちょっ!?こ、コラマリーっ!上官をからかうんじゃな~~いっ!」


 私は声を上げるがマリーは既に走り去っていった。ハァ、全く。


 私は戸惑いながらも部屋に戻り、時間も時間だったのでさっさと寝る事にした。


 のだが……。


『マリーの唇、柔らかかったなぁ』


 初めてほっぺにチューをされた私は、興奮でしばらく寝付けなかったのだった。


     第6話 END

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