第4話 初対面

 私とマリーの2人は、迎えに来た馬車に乗って屋敷へとやってきた。そして通されたのは応接室のような場所だった。とは言え貴族の屋敷の応接室だ。十分に豪華な部屋だった。


「こちらの部屋で、あちらの椅子に掛けてお待ち下さい。旦那様をお連れしますので」

「あぁ、了解した」

 執事が部屋の扉を閉じると、私とマリーは部屋の中央にあるソファに並んで腰を下ろした。


「は~~。応接間って話でしたけど、随分立派ですね~」

「ここは伯爵家の家だからな。それも当然だ」


 伯爵家は上から数えて3番目の爵位。現状、この国で爵位は6段階に分けられている。最上位の公爵から始まり、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵と言った具合にな。最上位の公爵は、基本的に王族の親戚であり、且つそれなりの功績を持った一族に与えられる。


 その一つ下である侯爵は元々貴族であった者が何かしらの武功を上げる、或いは国家の発展などに大きく寄与した場合のみに昇級と言う形で与えられる者だ。そして爵位の中で特に多いのが男爵や子爵だ。それより上の伯爵や侯爵は、かなり数が少ない。公爵ともなれば尚更だ。


 傍目には上から3番目という微妙な立場だが、それでも伯爵とそれより下の子爵や男爵との間には大きな壁が立ちはだかっている。そもそも貴族の昇級などよほどの事でも無ければ起こらない事だからな。


 ちなみに、準男爵は厳密には貴族ではなく平民だ。彼等は国にある程度の資金を献上する事で代わりに名誉ある称号としてその名が与えられている、と言うのが準男爵という立場である。そのためか貴族の中には準男爵を『似非貴族』と罵り露骨に嫌う者も多い。しかし彼等から提供されたお金で時に国が潤っているのも事実。そこら辺を理解しろと頭の硬い貴族に一言くらい言ってやりたいが……。


 と、そんな事を考えていると……。


「いやはや、申し訳無い。お待たせ致しました」

 ドアが開き、妙齢の、白髪に眼鏡が特徴的な男性がスーツ姿で現れた。私とマリーは咄嗟にソファから立ち上がり敬礼をする。


「お初にお目に掛かります、伯爵。聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスであります」

「同じく、第5小隊所属、マリー・ネクテンであります。本日は副官の立場から同席させていただきますっ」

「こちらこそ。改めまして。現フェムルタ伯爵家当主、『フレデリック・フェムルタ』です」

 挨拶をする私達に柔和な笑みを浮かべながらそう返す伯爵。


「さぁどうぞ、お座り下さい」

「はい、では失礼します」

 伯爵の言葉にそう答え私が腰を下ろし、マリーもそれに続く。するとすぐに伯爵と私達の前に先ほどの執事と給仕のメイドがお茶を置いていく。


「お二人と大事な話がある。悪いがレイモンド達は席を外してくれ」

「はい。では私どもは外におりますので、何かあればお声がけ下さい。失礼いたします」

 レイモンド、と呼ばれた先ほど私達をここへ連れてきた執事とメイドの二人が下がり退室する。


「さて、では改めて。本日は王都から皆様に来て頂いた事、まずはお礼申し上げます」

 そう言って会釈をする伯爵。


「そして恐らく、お二人は任務の細かい内容をお聞きしたいのかと思われますが、よろしいですか?」

「はい。我々が知っているのは伯爵の娘であるご令嬢を一定期間護衛して欲しい、と言う大枠を理解している程度なのです。任務の内容を、もっと詳しく教えて頂けますか?」

「えぇ、それはもう。気になる事があればお聞き下さい。お答えします」


「分かりました。では、まずはそうですね」

 さて、どこから聞くべきか。……まず第1に聞くべきは、あれだな。


「最初にお聞きしたいのが、この依頼は急ぎの依頼かどうかです。任務の性質状、1分1秒を争うのであれば我々はすぐに動かなければいけませんが、如何ですか?」

「いえ。その点はご安心下さい。そこまで急ぎの依頼という訳ではありませんので」

「そうですか。では次に、依頼の詳細をお聞きしたいのですが、まずはその日程や護衛する場所などをできる限り詳しくお聞かせ下さい」


「分かりました。……実は、私の娘宛に私の友人でもある子爵家よりパーティーの招待状が届いたのです。その子爵家とは今も懇意にしておりますし、下手に断れば相手側に失礼となる恐れもあります。ですので、皆さんにはまず我が領地から相手側の領地までの行きの道の護衛。そしてパーティーの間の護衛。そして帰り道の護衛をお願いしたいのです」

「成程。パーティーの予定日、それとここから子爵家までの馬での所要時間はいかほどですか?」


「パーティーの開催は1週間後です。子爵家のお屋敷がある町までは、ここからですと馬車で2日あればたどり着けるでしょう。5日後の朝には出発予定です。予定通りならば、前日の夜には相手側の町へたどり着けるでしょう。あぁ、それとパーティーは1日だけ、との事ですが」

 馬車で2日。となると、王都からここまでの倍くらいの距離があると考えるべきか。

「パーティーの出席者は何人ですか?お嬢様の他には誰が?」

「生憎私は仕事が溜まっておりますので家を離れられず。また妻もつい先日風邪を引き、落ち着いたのですがまだ病み上がりで。向かうのは娘と身の回りの世話をするメイドが1人、あとは馬車の御者が1人で、計3人でしょうか」


 3人、か。私はすぐさま、頭の隅で襲われた時の対応やフォーメーションを考えつつ、更に聞くべき事をリストアップしていく。……任務の内容などは聞いたし、次は『あれ』も聞かなければな。


「分かりました。任務の日程や内容などは理解しました。ですがもう少しだけお聞きしたい事があります。よろしいですか?」

「えぇ。何でしょう?」

「ではまず、何故今回の任務で我々聖龍騎士団第5小隊を指名されたのでしょうか?本来こう言った任務は貴族の護衛を専門とする光防騎士団の任務のはず。なのに我々へ依頼を出した理由を、お答え頂いてもよろしいですか?」


「……分かりました」

 私が問いかけると、伯爵は一度息をつき、これまでよりも更に緊張感を持った様子で話始めた。


「騎士である皆さんを前にして、こう言っては何なのですが、はっきり言って私は光防騎士団を信用しておりません」

 伯爵の口から飛び出した言葉は意外、でも無かった。私もマリーも、『光防騎士団の現状』を知っているからか、奴らを信用していない、なんて言葉が出てきても驚きはしなかった。


「……驚かれないのですね、私の言葉を聞いて」

 すると伯爵は、私達が驚いていない姿にどこか苦笑を浮かべながらそう問いかけてきた。


「我々も騎士団です。恐らくは伯爵以上に、光防騎士団の『酷い現状』を理解しているつもりです。そしてだからこそ、伯爵が光防騎士団を信用していないと仰られても、我々には驚きなどありません。……むしろ、そのような事を言われてしまう光防騎士団について、所属は違えど騎士団に属する1人の人間として、何と謝罪を申し上げれば良いか。まことに、申し訳ありません」


 そう言って私は頭を下げる。マリーもそれに倣って静かに頭を下げた。

「そんな。お二人とも、どうか頭を上げて下さい」

 すると伯爵は少し困ったような声でそう言って私達に頭を上げさせた。


「確かに光防騎士団は信用出来ませんが、聖龍騎士団に属する皆さんの活躍は時折耳にしております。私としても、皆さんに依頼を受けて頂いた事に感謝しております。ですから、どうかお気になさらず」

「寛大なお言葉、痛み入ります」


 そう言って私は会釈をする。

「それで確か、話は何故レイチェル様たちを指名したか、でしたね」

「はい。それについては、やはり光防騎士団への不信が理由でしょうか?」

「いえ。それだけ、と言う訳ではないんです。確かに彼等への不信感から、と言うのも理由の一つですが、それとは別に娘の事を考えたから、なんです」


「と、言うと?」

「実は、恥ずかしながら娘はこの歳になるまで殆ど外に出たことがありません。と言うより、私も妻も過保護だったのでしょう。可愛い娘を守りたいがばかりに、殆ど籠の中の鳥のようにこの屋敷の中で生活を。もうかれこれ10年になります。……そしてそのせいか、娘にとって異性との接触の機会など皆無。娘が知っている男と言えば私や執事などが精々です。そのため娘は男という存在に馴れていないのです」

「成程。それで女性の騎士である私に、と言う事ですか?」

「はい。加えてもう一つ、娘は本を読んだり吟遊詩人の謳う話が好きなようで。その詩で伝え聞いたレイチェル様の活躍を聞いて興味があったようです。私が護衛としてレイチェル様に依頼を出すことを話した時も、それはそれは嬉しそうでした」


「成程」

 つまり色んな理由があって私に白羽の矢が立った、と言う事か。それで私が呼ばれた理由は分かった。しかし……。もう一つ気になる点がある。


「伯爵、念のためにお聞きしておきたいのですが、お嬢様が襲われる確率はいかほどと考えておられますか?」

「確率、ですか」


 私の問いかけに伯爵はしばし押し黙り視線を周囲に泳がせる。やがて……。

「……かなり高い、と言うのが現状です」

「そう思われる根拠を、お聞きしても?」


「……分かりました。レイチェル様は、私の経歴は?」

「存じております。フレデリック様は若くして最難関と言われた司法試験に合格し、法務省へ入省。その後数々の功績を経て、病で急死した先代法務大臣が残された遺言もあって、若くして法務大臣に任命されました。それから10年以上法務大臣を務め、そして元々子爵家であったフェムルタ家を伯爵家へと昇級させるに至った。とこんな所でしょうか?」

「えぇ。そして今から10年ほど前、結婚とほぼ同時に娘が生まれた事や歳を理由に私は大臣の地位を降りて、今はこうして地方の領主として生活しております。……そして、問題なのはその大臣としての私の過去です」


「と、言うと?」

 マリーが伯爵に問い返す。

「かつての若かりし頃の私は、自らが法の番人であると言う誇りと、私には法の管理者として悪を裁く権利を持つのだと、恥ずかしい話ですが溺れていたのです。その結果、私は多くの人々を悪と断じ、牢獄へ送り込む、死刑にすると言った行為をしてしまいました」

 伯爵は、まるで懺悔でもするような口調で私達にそう話した。


「そして、それは法務大臣となっても変わりませんでした。むしろ、私は更に増長し遂には貴族の汚職や不正を断罪するまでになりました。……当時の私は、正しく仕事こそが生きがいでした。しかし、歳を取り、結婚し、娘が生まれた事で、その考えに変化が起きました」


 そう言って伯爵は、近くの壁に立てかけてあった絵画に目を向けた。その絵画は、伯爵夫妻と娘の3人を描いた物だった。


「今の私なら分かるのです。家族の仲を裂かれる事がどれほど辛い事なのか。……ですが気づいた時には、私は無数の人間を絞首台に送り込んだ後でした」

「……確か、爵位昇級の理由も」

「えぇ。多くの罪人を裁き正義を守ったから、と言う理由でした。しかし今となっては、それも皮肉にしか聞こえません。正義を守ると言う大義名分の元、私は大勢を殺してきたのです」


 そう言って伯爵は苦笑を浮かべる。

「そして、私はそうして自らの正義を実行し続けた結果、多くの人間から恨みを買いました」

「確か、大臣の任期の間にかなりの頻度で襲撃に遭ったと聞いておりますが?」

「えぇ。それも、両手両足の指では足りない程です。正確な数は私も忘れました。そして、襲撃は私の大臣退任後も続いています」

「……います、と言う現在進行形と言う事は、まさか今も?」

「えぇ。脅迫の手紙が届くこともあります。その手紙も、既に100を軽く越えています。中には私ではなく、私の妻と娘をターゲットにしたものさえ……」

 そう言って目を伏せる伯爵。



「……私は過去に、法の正義の名の下に多くの人々を悪だと糾弾し、そして多くの人々から家族や幸せを奪った。……恨まれて当然だと思って居ます。だがそれでも私は、妻や娘を失いたくは無い」

「……分かりました。事情は理解しました。そして私は伯爵の依頼をこなすために参りました。ご令嬢の警護、私達が全力で努めさせて頂きます」

「何卒、よろしくお願いします」


 私の言葉に頭を下げる伯爵。こうして私達の依頼は始まった。


 その後、伯爵と任務について色々と話し合いを重ねた後、護衛対象でもご令嬢と顔を合わせておく事になった。


 伯爵は仕事があるから、と言う事でレイモンドという執事の案内の元、私達はご令嬢の元へと向かった。


「こちらです。お嬢様はこの先にある書庫です」

「え?部屋にはいらっしゃらないんですか?」

「はい。何と言いますか、旦那様たちはお嬢様を殆ど屋敷の外に出そうとはしないのです」

「あぁ。例の脅迫とかのせいで、ですか?」

「はい」


 私は歩きながらもマリーと執事の会話に耳を傾けていた。

「ある一件以来、旦那様と奥様、そして娘であるお嬢様は殆ど外出をされていません。それも襲撃を警戒しての事なのですが、結果的にお嬢様には同世代のご友人も居らず。結果的にお嬢様は書庫に入り浸るように」

「あぁ。そう言えば伯爵が言ってましたね。物語とかが好きだって」

「はい」


 と、話していると書庫の前に到着した。

『コンコンッ』

「お嬢様、いらっしゃいますか?レイモンドでございます。お嬢様へお客様がいらっしゃいました?」

「レイモンド?私なら中に居ますよ~」

 すると中から女性の声が響いてきた。

「では、失礼します」


 そう言って扉を開けた先、本を手にした少女が、後ろの窓から差し込む光を受けながら立っていた。白を基調とした服に身を包み、差し込む光を受けて輝く金色の髪。青い瞳がこちらを不思議そうに見つめている。……その姿は、まるで童話から飛び出してきたお姫様のようで、美しかった。


「あら?まぁっ!その制服は騎士団の物ですわよねっ!それに詩で伝え聞いた通りの綺麗な銀髪の女性っ!と言う事はもしかしてっ!」


 やがて彼女は私に視線を向け、嬉しそうに笑みを浮かべると手にしていた本を本棚に戻して私の方へと駆け寄ってきた。

「あのあのっ!もしかしてあなたが噂の、レイチェル・クラディウス様ですかっ!女性初の聖龍騎士のっ!」

「え、えぇ。そうです」

 目をキラキラと輝かせながらも押しが強い彼女に少し戸惑ってしまうが、いかんいかん。挨拶はきちんとしなければ。


「改めまして。聖龍騎士団第5小隊隊長、レイチェル・クラディウスであります」

「同じく第5小隊所属、副官のマリー・ネクテンであります」

「やっぱりレイチェル様なのですねっ!それに、お噂は聞いておりましたが、やっぱり女性の騎士の方もっ!すごいですっ!私、女性で騎士の方を見るのは初めてですっ!」

 そう言ってはしゃぐご令嬢。


「お嬢様。お気持ちは分かりますが、まずはお嬢様も自己紹介をなさりませんと」

 そう言って小さく彼女を窘めるレイモンド。

「あっ。私とした事が、大変な失礼を。……改めまして、現フェムルタ家当主、フレデリック・フェムルタが娘、『ミリエーナ・フェムルタ』と申します。以後、お見知りおきを」


 彼女は服の裾を摘まんで優雅に会釈をしながら名を名乗る。

「お会いできて本当に光栄に思います、レイチェル様」

「こちらこそ」

 ふと差し出された彼女の右手。私はそれを取って握手を交わした。



 それが、私と彼女の初対面だった。


     第4話 END

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