第6話 酒類

「彼女をイメージしたカクテルを作ってくれるかい?」

アリステアはアルバイト先、バー『52Hz』で店先に立っていると、常連客の老夫婦から注文を受けた。

「かしこまりましました。奥様は甘めのテイストがお好きでしたよね。」

微笑み、頷くとアリステアは思考に入る。

彼らの思い出、彷彿とさせる色、嗜好などを先にした会話から糸口を探った。

短い思考の末にアリステアが作り上げたのは、ブルーキュラソーとレッドベアエナジーで彩った淡いラベンダー色の

カクテルだった。

「どうぞ。」

「ありがとう。綺麗な色ね。」

老婦人が嬉しそうに、そっと口を付ける。

「美味しいわ。何だか心がすっきりするみたい。」

「ありがとうございます。以前、ご夫婦で北海道旅行に行った際、ラベンダー畑を見たと伺いまして。奥様はラベンダーのように清楚で可憐だと、ご主人が教えてくれたんです。」

アリステアの答えに、あら、と嬉しそうに老婦人は呟いた。隣でウイスキーを飲んでいた老紳士が照れたように苦笑する。

「君には、妻の惚気が言えないな。」

「惚気、と自覚されているところが素敵だと思いますよ。」

彼らの孫ほどの年齢のアリステアはいたずらっ子のように笑って応えるのだった。


バー『52Hz』は半地下に存在し、外からの光が入りにくい。金色に輝く間接照明によってまるでセピアの写真の中に入ったような感覚に陥るところが、アリステアは気に入っていた。

「アリステアくん、休憩に入ってくれますか。」

店のマスターは寡黙ながら、物腰柔らかい。彼はアルバイトの身のアリステアにさえも、敬語を使う。

その姿は心を巣食う叔父と比べられ、アリステアはマスターを尊敬にも似た感情を抱いていた。そんなマスターに年齢詐称していることが心苦しいのが、叔父の虐待に次いで大きい悩みだった。

「はい。ありがとうございます。」

アリステアは路地裏に外の空気を吸いに出るついでに、店のゴミをまとめて持って行く。

「よいしょっ、と。」

店外に設置されたダストボックスに持参した大きなゴミ袋を捨て、アリステアは小さくため息を吐いて鉄筋の階段に腰掛けた。隅には小さな灰皿が置かれているが、喫煙できる年齢に無いアリステアには不要の物だった。

暇を潰すスマートホンを手に、画面をタップする。検索サイトのニュース記事や、メッセージアプリから何か伝言はないかと確認していると足元にすり寄る大きな毛玉の塊がいた。

「よ。ぽち。」

口元に小さなほくろのような黒い模様がある猫だった。その様子から、ぽちと呼んでいる。ぽちはアリステアの目の前でごろんと寝転がり、撫でないのか、と目で催促をする。

「相変わらず、ふてぶてしいな。お前。」

にゃあ、と低い声で鳴くぽちの腹を望み通りに撫でてやると、彼は満足げに目を細めていた。

今の時刻は夜の10時。アリステアの出勤時刻は夜9時だ。この時間、酒に酔った叔父は家で熟睡している。だからこそできるアルバイトでもあった。

新しく付けられた火傷痕が服の布地にこすれて痛い。

早く、あの家を出たかった。


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