第12話(継人視点)

 外はまだ薄暗かった。夜更かしに夜更かしを重ねた結果、一周して早朝に目が覚めてしまったのか。

 ベッドの上でぼんやりと周りを見た。こじんまりとしたスペースに、使い古された木の家具。悪く言えば質素な部屋だが所々に飾られた花に持ち主の拘りを感じさせる。中でも鳥籠のようなドーム型の箱にポツンと一輪だけ植っている白い花が綺麗だった。眠たい目を瞬かせていると、ようやく気がついた。


 ここはどこだ?

 

 一瞬のうちに脳が覚醒した。見下ろすと服が違う。白の綿で出来た寝巻だ。そもそもベットで寝ていた記憶がない。最後の記憶は確か、ゴミにまみれた自室で急に胸が痛くなり、床に倒れ込んだところで終わっている。


 まさか、まさか!

 

 少年はベッドから転がり落ち、そのままの勢いで姿見の前に立つ。濡烏のような漆黒の髪に中学生ほどのあどけないながらもハッキリとした目鼻顔立ち。100人中100人が美少年だと答えるであろう少年になっていた。その姿はゲーム『君と光の中で』の主人公ユフィそのものだ。

 右手を挙げれば、鏡合わせのユフィが右手を挙げる。首を傾げると同じように首を傾げる。これらは、鏡の中のユフィと自身が同一人物であることを示していた。


「やった!異世界転生だー!!!」


 飛んで、跳ねて体を動かす。胸に手を当てた。この鼓動は本物だ、夢なんかでは無い。ゲームの主人公、ユフィへと転生したのだ。

 何より凹凸ひとつないすべすべの肌が良い。手で顔をペタペタと触り、その感触を確かめる。少年、柴崎怜しばさきれいの目には喜びのあまり涙が浮かんだ。


『君光』は学園で織り成すBL恋愛ノベルゲーム。ヒット作とも言えないが、ハーレムエンドが無く主人公はたった一人としか結ばれないという硬派な設定から根強いファンがいる作品だ。ネットのレビューから興味を持ち、購入した。そして、ゲーム開始前。設定資料を読んでいる時に胸の痛みに襲われたのだ。


「ってことは……『君光』をネタバレ無して楽しめるってことー!?」


 設定資料から得られた情報は主人公が花屋の息子で聖女の力を継ぐ人、ということ。そして攻略対象たちのプロフィールだけ。

 王道の王太子?それとも熱血の騎士?クールな先生も捨て難いし、シルエットしか出ていない謎の攻略対象を探すのもいいかもしれない。せっかくならゲーム内では不可能とされているハーレムエンドも目指してみようか!


「だって、こんな綺麗な顔になったんだもん」


 これなら誰にだって好かれるに違いない。それに今の柴崎はBLゲームの主人公なのだ。攻略対象を愛し愛される主人公。そこに性別でのハンデも関係ない。

 鏡越しに顔を撫で、前世の嫌な思い出に蓋をする。


 突然、体の中から白い光が溢れ出した。暖かで優しい白の光。部屋中がその光に包まれると、部屋に飾っていた花が一瞬のうちに咲き誇った。これは、確か主人公だけが使える聖女の力だ。柴崎の記憶を持っていても問題なく使えるらしい。いや、使えないと困るから助かった。

 

 しかし、どうして急に聖女の力が?使おうとした訳でもないよな。疑問に思っていると、青年の声が右から左へと流れた。


「よお、ユフィ。良い力じゃねえか」


 驚きながらも声のする方を見ると、黒い人魂のような光がフワフワと浮いている。どうやらこの光が喋っているらしい。驚いて損した、これには見覚えがある。


「あー、お助けキャラね。いらない」

「はあっ!?いらねえだと?」


 この黒い光は攻略対象の好物や居場所、好感度を教えてくれる便利なサポートキャラだ。設定資料にも書いてあった。


「だって、折角ゲームの世界に転生したんだよ?自分で攻略したいし、いらないー」

「げーむ?攻略ってなんだそれ。おい、教えろよオマエ!」

 

 ぶつくさと文句を言い、顔の周りを飛び回りながら点滅する黒い光を適当にあしらう。それでも食い下がる黒い光に、聖女の光を浴びせるとようやく静かになった。

 折角なら主人公の友人でもその立ち位置に置いて、攻略対象にすれば良かったのに。喋る無機物をその枠に収めるのは勿体ない。友人、例えばそう……ミリアとか。


 ……ミリアって誰だ?


 脳裏にうっすらと過ぎったのはユフィが持っているであろう、柴崎がこの体になる前の記憶だ。どうやらミリアという少年はユフィと友人を通り越して親友関係にあったらしい。

 どんな人間なんだ?柴崎はミリアのことを思い出そうとすると、頭がツキンと痛くなり言葉が降りてきた。


「説明……ユフィが別人になったって!?」


 てっきりゲーム開始時の状態に転生したのだと思っていたが、これまで主人公ユフィはユフィとして存在していたらしい。前の人格は、魂はどこへ行ったのだろうか。

 そして、これは前の人格ユフィの意思らしい。


「えーなにこれ。サブクエスト的な?」


 でも、今この体に入っているのは柴崎玲。僕自身だ。突然別人に体を乗っ取られるのは、そりゃあ気の毒だとは思うが、前の人格なんて知ったこっちゃない。

 そもそも中身が変わったところで気がつくか?姿はそのままなんだぞ?単なる性格の変化で片付けられそうだ。

 黒い光を黙らせるのも面倒だったのに、友人ともなると更に面倒だろう。メインの恋愛に関係ないのだから放っておこう。そう決心したとき、再び頭が痛くなった。さっきよりも強烈だ。

 

「痛い!分かったからー!」


 前世で胸が痛くなりこの世界に来たことを思い出す。せっかく理想のゲーム世界に転生したってのに今度は頭痛で死ぬのはゴメンだ。


――――


 柴崎は現状に満足していた。街を歩けば『継人様!』とチヤホヤされ、手を振り返せば歓声が止まらない。更にはパーティにお呼ばれしては、美味しい食事と親交の証としての贈り物まで貰えるのだ。死んで人生逆転。幸せこの上ない。


 しかし、柴崎が転生した世界は『君光』の本編とは少し異なっていた。本来、主人公ユフィは学園入園前に継人であることを公表している。その入園式当日に目が覚める所からがゲームのはじまりだ。しかし今は二年生に進級したて。加えて継人であることを公表していなかった。

 

 そして、存在するはずのないミリアという名前の友人。攻略対象と比べると地味だが、そこそこカッコよかった。彼にユフィがかつてのユフィでないと伝え終わると、間欠的な頭痛はピタリと止んだ。当の本人は心配になるほど顔が真っ白になっていたが、前の人格ユフィは満足したのだろう。

 

 設定資料には悪役令嬢からのイジメを公の場で証言してくれるキャラの名前とビジュが乗っていた。所謂、モブ。そんなモブですら設定資料に顔付きで乗っていたのだ。

 確かアンソンという名前だった。一年の頃同じクラスで、ミリア共々仲が良かったのだろう。転生して数日後、彼に「ミリアとはどうした?」と詰め寄られた。しつこかったので、護衛の人達に守ってもらったのだ……これでイジメイベントが解決しないとかないよな?


 とにかく、そんなモブのアンソンでさえ設定資料に乗っていたのだ。一転、ユフィと親友だったらしいミリアは乗っていない。そこに違和感を覚える。


 そんな数々の歪みの全てが前の人格ユフィによって引き起こされたものだ。そこには何かの意図が……。


「ねえ何を考えているんだい?」


 ムッとした顔が目の前にやってきて思考が中断され、柴崎の頭の中は一瞬の内にハートで埋め尽くされた。

 

 なんたって顔が良い!

 

 目の前には攻略対象随一のビジュアルをした王太子。主人公ユフィの姿でも感動したのだ。 2次元のイラストを3次元にそのまま落とした姿に目が焼かれそうだった。

 

 現在、王太子とふたりっきりのお茶会中だ。もちろん、後ろには護衛がいるがそんなことお構い無しに王太子から見つめられている。目が合うのが恥ずかしくて思わず目線を外した。

 

「えっと、このお菓子美味しいなーって」

「そう。もっと食べるといいよ」

 

 こう言ってにっこり笑顔を浮かべる王太子とは、この世界に転生してすぐに出会った。登園中、萎れている花に聖女の力を使っていたところを目撃されたのだ。そして彼と出会った時の衝撃にハーレムエンドなんて甘い考えは捨ててしまった。

 

 まあ、つまり……一目惚れだ。彼以外の誰とも付き合いたくない。

 

 聖女狂いとも言える彼は、攻略難易度が極めて低い初心者向けのキャラクター。継人と言うだけで彼の好感度は満タンに近い。さらに、まだ関わりが無いが悪役令嬢であるエイラ・キャロラインからのイジメという、絆を深め合うための分かりやすいイベントもある。

 継人である自分を通して聖女を見ているのか、それとも主人公自身を見てくれているのか、そんな葛藤が主軸になるみたいだ。贅沢な悩みだ、愛してくれるだけ有難いというのに。

 


 ――――


 今日も良い一日だった。順調に仲が深まっている。

 今好感度はどのくらいなのだろう。ベッドに寝転がり、ふと思い出す。

 そういえば、あの黒い光は何処へ行ったのだろう。お助けキャラだし何処かに隠れているかもしれない。

 名前は確か……


「サドンー、いるの?」

 

 とっくに出て行ったのだろう、呼び掛けに返事はなかった。

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