第11話(キャロライン視点2)
自覚してからは速かった。公爵令嬢として使える手を尽くし、じっくりと彼にアピール。ついに告白されることに成功したのだ。彼の硬派な性格もあり、結婚を前提としたお付き合いだ。
その中でも、王太子の妃候補という情報が出回ったままだったせいか、彼の誤解を解くのに一番骨が折れた。
「どこまでわたくしの気分を害すれば気が済むのでしょう。あの聖女狂いは!」
自身を愛してくれるフィアンセと出会ったことで、キャロラインの中で元から低い王太子の株はさらに下がっていた。
だが愛する彼と婚約を結んだ今、関係のない話だ。過去のことより大事なのは今なのだから。
「お姉様、わたくし幸せですわ」
自室のバルコニーから遠く獣人国にいる姉の方角を眺める。キャロラインの髪を縫い爽やかな風が流れた。
素敵なふたりがいると、手紙でも書こう。好いた相手が出来たことは直接言いたいから、彼を連れて獣人国へ遊びに行くのもいい。
――
学年が上がって早々、Cクラスのリリからミリアがひとりで教室にいると連絡が入った。
わざとミリアとユフィの間に入り、その反応を楽しむといった謀反者が少数ながらいる。しかし、ふたりの間に挟まることはしたくない、いや、してはいけないのだ。神域とは、触れずに外から眺めるだけなのだ。
そのためユフィがいない間、ミリアへドレスのお礼を言おうと思っていたのだが、彼らは常に一緒だ。なかなかタイミングが掴めず姉の結婚式から一年も経ってしまっていた。
友人を連れ、ミリアの前に。いの一番にユフィの居場所を聞く。ミリアとの会話中に教室に来られては意味をなさないからだ。
「ユフィに何が用があるんですか」
キャロラインの立場上、初対面の人間は何を言われるのかとバツが悪そうに顔を逸らす人が多い中、ミリアは真っ直ぐキャロラインの目を見て逸らさなかった。好ましい。
自身も不安だろうに、ユフィに何があろうと自分が盾になる。そんな意思が感じられて声が出そうになったが我慢した。
危ない危ない、ニヤける口元を扇子で隠す。
無事感謝の気持ちを伝えた上で自身のドレスも依頼した。
ドレスは式の印象を大きく左右するものだ。キャロラインの立場もあり、そう易々と決めることはない。
でも、キャロラインは人生を変えた姉のドレスと同じ製作者にお願いしたかった。大好きな姉の笑顔を引き出し、キャロラインの人生を変えたドレスの製作者に。
加えて、窓間の陰から観察していたから分かる。ミリア・アレドーレは困っている人を見かけたらすぐに助ける真っ直ぐで、義理堅く信用に足る人間であると。だからユフィもミリアに遠慮なく甘えられるのだろう。
婚約のことも言いふらさないという確信があったからだ。
「エイラ様、そろそろお時か……ん?」
ユフィが来ないか見張っていた友人の訝しげな声。窓の外を見るとユフィと王太子がいた。
王太子のエスコートにユフィは身を預け、ピッタリ寄り添っている。
その姿はまるで……まるで!
んにゃーーーっ!!
キャロラインは叫んだ。
目から入ってくる情報と脳内での理解が結びつかない。
なんですのこれ。
脳が、まるで脳みそが焼かれるような感覚!
「これじゃあまるで……ああああありえません、ありえませんわ。ユフィ様の隣は……ああ、目が汚れます汚れてしまいますわ」
混乱に混乱を極めたキャロラインは気づけば人のいない『白薔薇の会』の広間に連れられていた。同志の友人が連れてきて来てくれたのだろう。
「エイラ様、他にも被害者が。かく言う私も……うっ、頭が」
広間では会員が集まり、ヒソヒソと話し合っている。ユフィと王太子が仲良く登園してきた件についてだろう。 ユフィの隣はミリアだけの場所なのだ。他の人間との場面なんて見たくない。
実際に目撃した者は特に動揺が見られる。
その後、ユフィが継人であると正式に発表された。
これで今朝の出来事について説明がつく。
しかし、継人は国全体で保護される存在だ。その権力は王族とはまた別にある。いくら王太子が会いたいと願った所で継人本人が拒否すれば、その意思が尊重される。
「残念ですわね!ユフィ様にはミリア様というお相手がいますのよ!」
そう勝ち誇るキャロライン。しかし、現実はそうではなかった。ユフィはAクラスへと移り、王太子と急接近。王太子からだけでなく、ユフィからも近づいている様子だった。
反対にミリアは学園を休み、姿をばったり見なくなった。時折学園での目撃情報があった。温室の花壇へ水をやりに来ているらしい。ユフィが世話をしなくなった、あの温室の花壇に。
目は虚ろ、憔悴した様子で花壇に水を撒くミリア。それとは対照的に継人として日夜パーティにお呼ばれし楽しそうなユフィ。
「……まさか乗り換えた?」
ボソリと誰かが呟いた。
継人はなろうと思ってなれるものでは無い。心が清らかな聖人が貧富男女問わず、突然聖女の力を継ぐと語られている。
それも世代にたったのひとりだけ。
そんなたったひとりの継人として目覚めたユフィが、ただの服飾師の息子であるミリアを捨てて、次期国王である王太子へと乗り換えたのではないか。
「有り得ないです」
「でもそうとしか……」
「殿方同士なら私は別にどちらでも」
「貴方は心がないのですか!」
熱を帯びてきた話し合いに、キャロラインは声を張った。
「憶測でとやかく言うのは辞めましょう!」
各々、心に秘めている物はあるだろうが、広間は静かになった。キャロラインは続ける。
「わたくし達は天から振る雨を受け止めていただけの存在に過ぎませんわ。雨が降らなくなった所で天に抗議などしてはいけないのです。本人達にしか分からない事情もあるもの、ひとまず静観を」
しかし、状況は変わらなかった。
そして、これ以上は存在する意義がないとして『白薔薇の会』は自然消滅したのだった。
――――
「はあ……」
かつて『白薔薇の会』で賑わっていた広間でキャロラインはため息をついた。
動揺した様子のリリから「ミリアとユフィは付き合っていない、ただの親友だった」と聞かされてもキャロラインは驚かなかった。彼らの関係がどんなものであれ、キャロラインの心に響いたことに変わりがないから。
「わたくしは、あのふたりだから応援していましたの……」
視線の先には散歩をしている王太子と聖女の力を持つ継人様。手が触れそうになり、恥ずかしそうに顔を背け合う。
最初こそ取り乱したものの、時間が経ってキャロラインが落ち着いた。
そして気づく。ミリアとユフィを眺めていた時と違い、全く心が滾らないと。
片一方を個人の経験から毛嫌いしているのもあるだろう。
加えて継人と判明してからのユフィは性格が真逆、まるで別人としか思えない。だから、キャロラインにとって『白薔薇の会』の皆が言っていた「ミリアを捨てた」という表現はしっくり来なかった。
ただ、あれほど仲の良かった彼らの絆が一瞬のうちに消えて無くなった事実に悲しくなるだけだった。
「いっその事、ユフィ様の魂が入れ替わった……なんてこと有り得ませんわね」
あらゆる魔術をもってしても有り得ない、こんな突拍子もないことを考えるほどには。
「はあ……」何度目か数え切れないため息が出た時、ふと視線を感じ振り向くとミリアがいた。
窓の外にはユフィと王太子。
まずい!
キャロラインは急いでカーテンを閉めた。
「キャロライン様、あの……」
「うふふ、嫌なものを見せてしまいましたわ。申し訳ありません」
ミリアは学園に通うようになったものの、目元のクマに痩せた体はまだ本調子でないことを示している。ユフィと共にいた時のような、以前のような輝きは戻っていない。
今のミリアに王太子と共にいるユフィは目に毒だろう、そう考えての行動だった。
ふと、制服の胸ポケットから顔を出している黒猫のぬいぐるみが目に入った。確かユフィとお揃いで鞄に付けていたはずだ。
今ではユフィの鞄から外されている。こうしてミリアは肌身離さず持ち歩いているのに……。
いけないいけない。キャロラインは気を取り直すように笑みを浮かべた。
「こんなことより楽しいお話をしましょう?」
そう、懇意の彼とは順風満帆のお付き合いが続いているのだ。婚約を結んだ今でも剣と言葉を交わし、その度に彼をもっと好きになる。
キャロラインは自身を見る彼の目が好きだ。ミリアとユフィが見つめ合あった時に見せたのと同じ、愛している者にしか向けない熱っぽい目線。
キャロラインもそんな目で彼を見ているのかと思うと少しくすぐったいが、その恥ずかしさもまた楽しいのだ。
恋とはこんなにも楽しくて幸せなのだと実感する。
結婚式での姉は公爵令嬢として、王太子と婚約を結ばなければならないという呪いを解いてくれた。
そして、ミリア・アレドーレとユフィの仲睦まじい様子は乾いていたキャロラインの心に彩りを与えてくれた。
それらが重なり、キャロラインは素敵な出会いを遂げたのだ。
キャロラインの人生を変えた分岐点、そう言えるミリアがこのままだなんてことは許せない。
今はまだ辛いかもしれないけれど、友情でも恋愛でも……きっといい出会いがありますわ!わたくしがそうだったように。
「……だからわたくしと同じくらい幸せになってくださいませ」
しかし、曖昧に微笑むミリアに胸がギュッと痛くなった。
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