第8話

 両親に見送られてミリアは久しぶりに学園に来た。道中の街は、相変わらず今代の継人が現れた影響か活気で溢れていた。それだけこの国では聖女信仰が盛んなのだ。


「緊張してるのか」


 こっそり囁かれた声。サドンはカバンにつけている小さなぬいぐるみキーホルダーに取り憑いてミリアについてきたのだ。本人曰く「当たり前だろ」と。何が当たり前かはわからないが止める理由は無い。


「ううん、平気」


 ミリアは一思いに教室の扉を開けた。見慣れた教室にユフィの姿はない。ニセモノの彼の姿さえも。

 それもそのはず、継人であることを公表したあの日以来、彼は貴族しか在籍しないAクラスへ移動した。

 ミリアにとってはそれが有り難かった。ユフィの体を借りて動く別人の姿を見なくて済むから。

 

 ふと自分の机の上が賑やかであることに気づく。チョコレートにマカロン、キャンディなどカラフルなお菓子たちが所狭しと並べられ、キラキラと輝いているのだ。

 

「……なにこれ」

「おうミリア。久しぶり」

「元気になった?」


 ミリアが不思議に思っていると、あっという間にクラスメイトに囲まれた。連絡もなく休んでいたミリアを心配してくれていたらしい。

 どうやら机のお菓子はミリアへのプレゼントみたいだ。


「こんなに沢山貰っちゃっていいの?」

「シャツのボタン付けてくれた礼だ気にすんな」

「私は宿題写させてもらったお礼〜」

「ありがとう。でもひとりじゃ食べきれないからみんなで食べよう?」


 クラスメイトは待ってましたとばかりに椅子を寄せ合い、瞬く間にちいさな島が出来上がった。その食べる気満々な様子にプレゼントじゃなかったのかと、ミリアは少し笑ってしまった。


 でも、お菓子には賞味期限がある。いつ学園に来るかも分からないミリアのために、お菓子を入れ替えて待っていてくれたのだと思うと感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 ミリアは早速青リンゴのキャンディを口のなかに放り込んだ。甘い味と香りがふわっと広がる。


「ちょっと痩せたか?」

「少しね」


 クラスメイトのアンソンは太さを確かめるようにミリアの腰を掴もうとして、止めて、やっぱり掴んだ。


「あはは、くすぐったいよ」

「あーあ怒られるんだ〜」

「ふんっ肝心の怒る人間がいないだろ」


 お菓子に伸ばす手が凄まじいサミファの揶揄う様な注意にアンソンは少し眉をひそめて腕を組む。

 怒る人間、それはユフィのことだ。


「確かにユフィはミリア以外にゃ基本塩対応だった。でも、今のユフィはどう思う?まるで別人だ」


 アンソンの問にお菓子を取る手がピタリと止み、教室はシンと静かになった。


「下々の人間には興味が無いみたいな態度だ」

「アンソン、不敬〜」

「ちっ……やっと仲良くなれたと思ったのに」


 実際、生まれが平民であっても聖女の力を持つユフィ継人にとって並の貴族と平民は下々の人間なのだ。

 アンソン曰く、他のクラスメイトたちも彼によってぞんざいに扱われたらしい。不満気な表情をしている。

 

 中身は別人なのにユフィ本人が責め立てられているみたいでミリアは心臓が痛かった。悲しかった。

 ユフィはかつてのユフィではないと言ってしまいたかった。アンソンだって、まるで別人だと言っているのだ。Cクラスのみんなになら言ってもいいのではないか。


「……ユフィを、そんなに悪く言わないであげて」

 

 すんでのところでミリアは止めた。こんなに大勢の前で話すことではないと思ったからだ。


「私信じられないの。ユフィくん、自分が継人様って分かった途端ミリアくんを捨て……」

「リリ、落ち着いて」

「だからミリアくん学園をこんなに休んでたんでしょ?」


 ミリアとユフィの仲の良さはCクラスのお決まりで、もはや名物と言ってもよかった。顔を寄せ合いクスクス笑い合うのをまたやってるよと暖かい目で見守るのだ。

 

 そんな折、ユフィが継人と公表して別人のように変わって、それと同時にミリアが学園を休んだ。

 

 クラスメイトは考える、こうなるのも仕方がない。

 ひとりがミリアの机にお菓子を置き出すと、それに習うように次々とお菓子が増えていった。

 ミリアに貰った親切を返すように、ミリアが学園に帰ってきたら明るく迎えようと心に決めて。


「だって、恋人同士だったんでしょ!?」

「……ん?今なんて?」

「だから付き合ってたんでしょ?」

「付き合ってないよ?」


 ミリアは首を傾げる。

 確かにこの国では数はかなり少ないが同性同士で付き合ったり、結婚したりする。けれどユフィは親友だ。恋人といった関係ではない。


「へっ?え?う、嘘」

「嘘じゃないよ。なんで勘違いしてたの?」

 

 キョトンとした表情のミリア。どうやら本当に付き合っていなかったらしい。

 クラスに動揺が走り、「嘘でしょ!?」「あれで付き合ってないとか詐欺だ」「恋愛小説の恋人より睦まじかったぞ」とコソコソ話す。


「少なくともユフィはミリアを……ああ、もういい!」


 アンソンは頭を掻きむしって、考えるのを諦めたかのように吠えた。

 

「ミリア、お前はユフィと付き合ってなかった。すっっっげえ仲のいい親友。そうだな?」

「う、うん」

「じゃあ俺はお前を紳士との社交パーティや淑女とのお茶会に誘わなくてもいい。だな?」

「必要ないかな」


 どうやらアンソンたちクラスメイトは恋人ユフィに捨てられて学園を休むまで落ち込んでいたミリアを励まそうと画作していたらしい。

 付き合っているという前提が間違っていたと知り、脱力した空気が漂う。


「アンソン、みんな、ありがとう。お菓子も美味しかったよ。本当にありがとう」


 感謝の言葉を述べるミリアの顔は悲しそうに笑っていた。そう、ミリアは恋人に捨てられてはいないけれど、親友には捨てられたのだ。

 アンソンは殊勝に振る舞うミリアに気付かされた。少しばかり仲のいい自分でさえユフィに無下にあしらわれて傷ついて腹が立ったのだ。それならば、傍から見ると恋人と間違うほど仲の良かったミリア。その気持ちを考えると……。


「はぁ、継人サマとやらはそんなに偉いのかね」

「こら不敬〜」


――――


 久々の授業に付いて行けるか心配だったが、ミリアは元来予習復習を欠かさない真面目な気質。加えてクラスメイトの助けもあり何とか追いつきつつあった。これならば中途考査も問題なく終えることが出来るだろう。


 ミリアは学園の温室に来た。

 園芸クラブのユフィが育てていた花壇があるのだ。校舎の隅にある温室内で伸び伸び植えられた花たち。ユフィはどんな花も等しく好きだが、特に白い花を好んでいた。

 その影響かユフィの花壇は白と緑で埋め尽くされている。


 等間隔に並べられた花壇は部員個人に割り当てられているため、自分の花壇以外を他の部員が世話することはない。

 また、ユフィの中にいる彼が花壇を世話する道理もない。

 

 ミリアは学園を休んでいた時期もたまにこの花壇を訪れ、水をやり続けていた。そのおかげか、元気に咲き続けている。


「なあ、オレもやりてえ」

「ええ?サドンが?」


 いつものように花壇に水をやっていると、制服のポケットから顔を出して眺めていたサドンが、じょうろを寄越せとばかりに手をバタバタさせた。

 大きなぬいぐるみなら出来なくもないだろうが、それは家にある。学園にいる今、サドンは手のひらサイズの小さなぬいぐるみキーホルダーの姿だ。


「持てないでしょ」

「いいからやらせろ」


 言うが早く、じょうろが軽くなりミリアの手を離れ、フワッと宙に浮いた。


「すごい!浮遊魔術だね」

「力が付いてきたんだ。もっと褒めろ」

「さすがサドン!天才!魔術式も作らず無詠唱で!」

「ふふん」


 サドンが見せた浮遊魔術は基礎中の基礎。無詠唱なら少しばかり難易度は上がるが、魔術を学ぶ子供なら大抵一桁の歳の内にはできるようになる。

 小さな子供が習いたての魔術を使いたいように、サドンも自慢をしたかったのだろう。


 僕を諭した時は大人っぽく見えたのに、こんな子供らしい一面もあるんだ。

 得意気な様子が可愛らしくて頭を撫でて褒めると嬉しそうに鼻を鳴らす。

 

 楽しそうに水を与えていたサドンは、勢い余って他人の花壇にも水をやろうとしていたので急いで止めた。

 サドンは少し残念そうにしていたが、2~3日おきに水をやっていることを思い出したようだ。


「次もオレがやる」

「そんなに気に入ったの?」

「ん、まあまあだな」


 水を弾いてキラキラ光る花を眺めているサドンの姿は「まあまあ」には見えない。


「ずっと残せたらいいんだけどね」


 この花壇はユフィが存在した形跡が残っている数少ない場所だ。植わっている花たちは今はまだ元気でも、花に詳しくないミリアの力では年を越すことが出来るか分からない。

 

 卒業後はこの花壇を新しく入った後輩に空け渡すことになる。だから、せめて卒業するまではユフィの花壇をこのまま残し続けたい。思い出がいっぱいの、白と緑で溢れたこの花壇を。


「……オマエの家にベランダがあるだろ」


 サドンは呟いた。


「うん、あるね」

「オレがそこで花を育ててやる」

「ゼロからは大変だよ。花の勉強しなきゃ。サドンにできるの?」

「むっ、できるに決まってるだろ!花まみれにしてやる!」


 小さなぬいぐるみの手をめいっぱい広げながら、そう意気込むサドンにミリアは笑ってしまった。


「花まみれは困るなあ」

「おい。本気にしてねえだろ。オレはやるからな?」

「あははっ」


 足の踏み場もないほど花で覆い尽くされた自宅と、自慢気に胸を張るサドンを思い浮かべてミリアはまた笑う。

「こっちの方がいい」小さなミリアの耳には聞こえなかった。

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