第6話

 まどろみの中、ミリアは重い目を開けた。目の前にはユフィが立っており、口には笑みを浮かべている。

「ユフィ!」

 喜ぶ間もなくユフィは笑顔のまま足から崩れ落ち、砂のようにサラサラと形を失っていく。


 またこの夢か。

 

 ユフィを失ったあの日からこの悪夢を何度も見る。ミリアは崩れ落ちたユフィの砂を両手で集めて1箇所に固めようとする。しかし、砂は固めた傍から溢れて地面に吸い込まれていった。

 

「だめ、だめ!」


 ミリアは焦燥感に駆られて一心不乱に砂を掻き集める。

 夢だと分かっていでも、ユフィの欠片はひとつたりとも逃したくない。そんな思いと裏腹に砂はどんどん少なくなっていく。

 やがて両手いっぱい分しか残らなかった砂をすくい上げると、それもミリアの手の上を逃げるように地面へと吸い込まれていった。


 消えてしまった。

 

 毎回こうだ。ユフィはミリアの前から姿を消す。それもどうしようも無い方法で。そして、何も出来なかった無力感でぼんやり地面を眺めているうちに目が覚めるのだ。


 でも今回は違った。

 

 ミリアの周りを黒い光がフワフワと漂いはじめたのだ。

 黒い光なんてこの世に存在しないはずなのに、黒い光と表現する他ない代物だ。

 何故か懐かしい気分になる。

 

 これは……ユフィが見せてくれた聖女の力だ。

 鉢植えの花を一瞬で咲かせたあの時の白い光。「ミリア以外に見せるつもりはない」と言っていたあの光。色は違うけれど、どことなく似ている。

 

 手を伸ばすと触れそうだ。しかし、触れようとすると黒い光は急速に離れてしまった。

 そしてまたフワフワとゆったりした動きになる。今度こそ捕まえようと、もう一度手を伸ばすも同じように避けられた。

 

 黒い光は捕まえてみろと言わんばかりに震えて点滅する。

 

 もしかして揶揄っているのか。ちょっとムキになって黒い光を、両手で虫を潰すかのように挟み込んだ。


 「いてっ」


 もふっ


 柔らかな感覚と共に、はっと目が覚めた。

 うっすらと空が明るみ始めている。

 ミリアが書いた魔術式と積み上げた魔術書に囲まれている。机に突っ伏して、いつの間にか眠っていたみたいだ。


 相変わらず嫌な夢だ。

 でもいつもと違っていた。

 あの嘲笑うかのような動きをしていた黒の光。


 それを捕まえようとした夢と連動してか、サドンを両手で挟み込んでいた。

 

 あれ?棚の上に置いてなかったっけ。なんで持ってるんだろう。まあいいか。


「おはようサドン」

 

 ミリアはサドンをぎゅっと抱きしめて頬擦りした。

 今日こそユフィを見つけ出す手がかりを見つけるんだ。

 これは気合いを入れるルーティーン。


「おう、照れるじゃねえか」

「……ん?」


 聞きなれない声に周りを見渡すが誰もいない。

 気のせいか。

 あくびをして背伸びをする。机で寝たせいで強ばっていた筋肉が伸ばされる感覚が心地良い。


「もう一回やってくれよ、それ」

「だ、誰っ!?」


 今度ははっきりと聞こえた。周囲にはやっぱり誰もいない。怖くなってサドンを抱き抱える。


「オレだけど?」


 例の声はすぐそこ、胸の中から聞こえた。同時にサドンの右手が挙手をしたように上がる。勿論ミリアは動かしていない。


「……っっぅ!!??」

「なーにすんだ!丁重に扱え!」


 声にならない声が出た。

 驚きのあまりサドンを落とすも、サドンはアンバランスな手足で器用に立ち上がり抗議を口にする。


「あはは……まだ夢でも見てるのかな」


 サドンが喋って動くだなんて。本当に頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 テーブル脇の水差しを取ろうとすると、足が震えて椅子から転げ落ちた。


「おい、大丈夫か」


 ひょっこりミリアの顔を覗き込むサドン。

 落ちた拍子にぶつけた足が痛む。でも、こんな痛みは吹っ飛んでいた。

 

「夢じゃない!!」


 ミリアはサドンを両手で抱え、赤ん坊を高い高いするように掲げる。左右で高さが違う不格好な黒い瞳と目が合う。

 じっと見つめるとサドンは恥ずかしいのか、猫がやるようにぐしぐしと両手で顔を掻いた。


「喋れるようになったの?サドン!」

「まあ、広く言うとそうだな」


 首を傾げるミリアに、サドンは「見せた方が早いか」と程なくサドンは力を失ったように首と腕がだるんと垂れた。

 同時に現れた黒い光がフヨフヨ漂い、棚の上に置いてあるウサギのぬいぐるみの中に入る。


「この黒い光、夢の中で見た……」

「ん?そうなのか?」


 サドンが動かなくなった代わりに、ウサギのカミラが立ち上がり喋った。つまり、この黒い光がぬいぐるみを動かしているのだろう。

 黒い光は再び空中を漂いサドンの中にスウっと戻る。


「ま、そーゆーことだ。悪かったな。そのサドンとやらじゃなくて」

「ううん。えへへ、なんか嬉しいや。サドンと喋ってるみたいで」

「お前、能天気すぎやしねえか?」

「そう?」


 ミリアはサドンの頭を撫でる。短毛のいつもの触り心地。

 子供の頃からずっと一緒で、親友が名付けてくれた大切なぬいぐるみが動いて喋ったのだ。

 サドンを動かしている本体?を見せてくれたあたり、黒い光が悪いヤツだとも思えないし。

 嬉しい気持ちはありこそすれ、怖いだなんて思わない。


「ユフィもいたらな」


 惜しむらくはこの気持ちを共有できる親友がいないこと。

 ところで黒い光の彼は一体どこから?

 

 ふと机の上に散らばった魔術式が目に入る。無造作に置かれた魔術式。これらは魂を肉眼で見る魔法、大事なものを探す魔術、異世界へ行く魔術等々。ユフィを探す手がかりになりそうなのを書き出し、ミリアの手によって式を改造したものだ。

 

 まさか!


 書き換えた魔術式が寝ている間に作用して、黒い光をどこかから呼び寄せた?

 この黒い光が異世界から来たとするのならば、異世界にユフィがいる場合呼び寄せることも可能になるのでは!?


 ミリアはゴクリと唾を飲み込んだ。


「君は誰?どこから来たの?」

「名前はあるが……それだけだ。他は何も知らねえ。気がついたらユフィってヤツの部屋にいた」

「ユフィの部屋?」

「ああ」


 黒い光曰く、ユフィの体に別人が入ったあの日、ユフィの部屋にいたらしい。


「ゲームだのなんだの言いやがって訳わかんねえの。チッ」

「ゲームって『君と光の中で』?」

「ああ、そんなんだったな。オレのことお助けキャラだの呼びやがって、挙げ句の果てに『自分で攻略したいからいらない』だとよ!このオレに!オレ様に向かって!『いらない』!あー腹が立つ」


 黒い光は力まかせに足を踏みしめた。だが、ぬいぐるみの体に入っているせいかモフッと効果音がついており、その姿はとてもかわいい。

 おもむろにミリアは暴れるサドンを持ち上げて膝に座らせる。嫌がるかと思いきや意外にも無抵抗なので、頭を撫でた。

 

 話から察するに、ユフィと別世界にいた彼が『ゲーム』の影響か何かで巻き込まれたのと同じように、この黒い光もまた巻き込まれた側の人間なのだろう……人間か?


 落ち着いてきたのか、ミリアの膝の上で大人しく撫でられる猫のぬいぐるみ、サドン黒の光……おじさんなら嫌だな。


「そういえば名前あるって言ってたよね。なんて呼べばいい?」

「あー……サドンでいいさ」


 サドンは前傾姿勢をとって両手を前に突き出し、背中をぐいっと伸ばして気持ちよさそうにふにゃふにゃと唸った。

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