第5話
ミリアは気が済むまで泣き腫らし、鼻を鳴らしながら涙を拭った。
「ユフィ……」
始業式を早退したミリア。
歩いて帰った街中では、はやくも新たな継人様の誕生にお祝いムードが流れていた。そんなお祝いムードとは真反対のミリアの心。
ミリアの前からいなくなったとしても、ユフィが元気でいてくれるのならばそれだけでいい。
でも、もしかしたら助けを求めているのかも知れない。いや、そもそも生きているのかさえわからない。
何もできない自分が無力で、悔しくて仕方がない。
「会いたいよ」
サドンを抱きしめてベッドに腰掛け、枕元の通信機を眺める。……ユフィに繋がったりしないかな。
そう考えているうちに魔力が通信機に伝わってしまったようだ。
「はーい」
ものの数秒で聞こえてきたのは明るいユフィの声。
でも違う。ニセモノだ。分かってはいたけれど、落胆する。
「ごめん、かけちゃった」
「ああ、なんだ。君に繋がっているのか、やめてよね。攻略対象の通信機かと思ったじゃん」
「……もうかけないから」
頼んだよ?そう言い、彼は通信を切る。
魔力を失った魔術石は煌めく緑からやがて深緑に変化した。毎夜使っていたこの通信機は、もうユフィに繋がる事はないのだ。
大切に扱い手入れしていたおかげか、傷一つない通信機を優しく撫で、そして簡単には取れない棚の奥深くにしまいこんだ。
「失礼します、坊っちゃま」
ノックと共に入ってきた執事は紅茶ポッドを持っている。毎晩、食後のまったりとした時間に紅茶を淹れてくれるのだ。
泣いているところを見られなくてよかった。目とか腫れてないよな?
そう心配するミリアの前、執事はいつものように丁寧な所作で紅茶を淹れる。そして、ハチミツをスプーンいっぱい分加えて混ぜた。
「あ……」
執事は微笑んだ。シワの刻まれた目元がくしゃっと寄る。
例えば、両親に怒られた時、サドンを汚した時、そしてユフィと喧嘩した時。
ちょっとした嫌なことがあった時、彼は紅茶にスプーン一杯分のハチミツを加えてくれるのだ。
食事の席では心配をかけないよう明るく振る舞ったつもりだったが、彼とはこの王都の屋敷に引っ越してからの仲。広い観察眼が買われてこの仕事についている彼にとって、いつもと様子が違うことくらいお見通しなようだ。
口に含んだ紅茶は甘くて温かい。ミリアが紅茶を飲み干すまで執事は何も言わず黙って立っていた。その気遣いがありがたい。
「お父さんとお母さんは気づいているのかな」
「色々と探るように言われてしまいましたよ」
「あはは……僕は舞台俳優にはなれないみたいだね」
執事だけでなくお父さんとお母さんにまで。思わず笑いが溢れる。
キャロラインからドレスの製作依頼が来たという話をすると、「どんな方からの依頼でも、変わらず全力で製作するだけだよ」と言っていた。
しかし、フォークを持つ父の手は震えていたし、母の目つきは職人のそれになっていた。
頭の中は王族の結婚式のドレス製作という大仕事でいっぱいになっていたはずなのに、ミリアが落ち込んでいることはバレバレだったようだ。
いっぱい泣いて、ハチミツ入りの紅茶を飲んで気分が落ち着いた。
いつまでもクヨクヨしたって仕方がない。ミリアは決意した。
ユフィを見つけ出すのだ。必ず。
――
次の日、ミリアは早速学園を休み図書館にやってきた。普段真面目に授業を受け、教師からのウケもいいミリアにとってこれくらいのサボりは許されるだろう。
探す書物は魂の入れ替わりや聖女の力について書いてあるもの。勿論、いなくなったユフィに関する手がかりを見つけるためだ。
ユフィの中身が入れ替わったなんて突拍子もないことを周りに言い回ることなんてできやしない。今やユフィの体を借りたニセモノは聖女の力を継いだ継人様。
頭がおかしくなったと笑われるだけでは済まず、なんなら侮辱罪で捕まる可能性すらある。それほど継人様の地位は確かなものなのだ。
今や、ユフィの身に起こった出来事を知っているのはミリアだけ。それは同時に、ミリアしかユフィを探している人間がいないことを意味する。
それがなんだか悲しくて、鼻の奥がツンとした。
魔術については学園で習った一般教養しか知らないけれど、動かなければ何もはじまらない。
ミリアは棚の端から目を通し、それっぽい本を両手いっぱい抱えて家へ帰る。
そして気合いを入れるために両頬をパンッと叩いた。必ずどこかにヒントが隠されているはずだ。絶対に見つけてやる!
こうしてミリアは、図書館でそれっぽい本は借りて帰り、家に引きこもり本を読み込む。そんな日々を続けた。
春はとっくに過ぎ、もう夏になってしまった。
しかし、それらしき記述はひとつも見つけられなかった。
図書館の蔵書は膨大だが、関係する書物は数が絞られ、底が見え始めている。
最後に学園に行ったのはいつだったか。図書館と家を往復する日々。
ユフィは今頃、辛い思いをしているのかも、もしくは意識もなく眠っている?助けを求めてるんじゃないか……。
そんなことを考えるたびに眠気なんか吹き飛んでしまい、時間を忘れて資料をめくる。そして、限界が来ると気絶するように眠った。
焦りと、寝不足が積もり重なる。
尻尾くらい見せてくれてもいいんじゃないか。そもそも手がかりなんてあるのか?
挫けそうな考えがよぎる度に、サドンを抱きしめ、ユフィと過ごした日々を思い出す。ユフィの話し方、空気感、触れたときの暖かさ。それらが薄れないように。
この世界はユフィがいなくなったところで、何事もないように回っている。
むしろユフィの中身が入れ替わり、聖女の力を公表したことで、人々に活気を与えたとも言えるのだ。
それがとても空虚に思えて虚しい。
例え世界中の人間が『継人』を望んでいたとしても、ユフィはユフィのままが良かった。
「おえっ」
癖になってしまった空嘔吐で胃酸が上がり、喉が痛い。
寝不足も祟り、文字を追う目が掠れてきた。ペンを持つ手もタコ跡で膨れ上がり皮がめくれている。
ミリアは思う、親友ひとり見つけ出せずに体調を崩す。自分はこんなにも弱い人間だったのかと。
ねえ、ユフィ。二丁目のケーキ今度食べに行こうって話をしたよね。ねえ、ユフィ?いっしょに……。
ミリアは自身の書いた魔法式の山に囲まれ、気絶するように眠った。
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