第4話
ミリアとユフィの出会いはおよそ10数年前に遡る。
ミリアは子供の頃、いじめとまではいかないものの、コソコソと遠巻きに見られるのみで同年代の子供達との遊びに混ざれないでいた。
理由は明白。
不恰好なぬいぐるみを持ち歩いていたからだ。
幼い子供が自分で作ったぬいぐるみを持ち歩いている。こうした背景を知っていると、途端に可愛らしく思うだろう。
だが、子供達の世界は幼さ故の残酷さを持ち合わせている。
「あの不気味なぬいぐるみは呪術のために使うんだ」
「ぬいぐるみは女の子のものなのに。変なの」
こうして、ミリアはどうして避けられているか悟ったものの、不恰好な黒猫のぬいぐるみを手放すつもりはなかった。
片時も離れたくなかったのが一番大きな理由。それと同時に、いちからぬいぐるみを作ったミリアを自慢の息子だと両親が褒めちぎってくれたから、持ち歩いて自慢したかったのだ。
遠巻きにされることに初めの頃は落ち込んだりしたものの、もう慣れっこ。ぬいぐるみを片手に近所を散歩するミリアは堂々としたものだ。
こうしてミリアは孤立し、ぬいぐるみと遊ぶ日々を過ごした。
「お花好き?」
ある日、庭先の花壇をぬいぐるみと眺めていると話しかけられた。その男の子はミリアの隣にしゃがみ込むと、ふわりといい匂いがした。色とりどりの花であしらわれた花冠をかぶっているのだ。
頷くとユフィと名乗る男の子はにっこり笑った。
「ボク、あそこのお花屋さん」
ユフィが指差した先は遠くて見えない。だが、大通りにポツンと小さな花屋があることを思い出す。そこの息子なのだろう。
「みんなと遊ばない?」
「男がぬいぐるみ持ってちゃいけないみたい。それに不気味なんだって」
ミリアと同年代の子達の賑やかな声が聞こえる。ここからほど近い噴水広場に集まって遊んでいるのだろう。
ユフィには度胸試しに話しかけてくるような悪意も感じなかった。ミリアは正直に答える。
「ボクと同じ。花冠つけてるの、男のくせにだって。匂いも変みたい」
「綺麗なのに。それにいい匂い」
「ん……ぬいぐるみも可愛い」
「えへへ、ありがとう」
「ここ、いい?」
「もちろん!お話しよ」
こうして省かれもの同士のミリアとユフィは出会い、一緒に遊ぶようになった。お互いの家に遊びに行くうちに、親同士の交流も始まり仲はますます深まった。
ユフィといるのは心地がいい。波長がピッタリ合うようで、不思議な感覚だった。
「そう言えばこの子に名前、ない?」
ベッドの上で大きな毛布を2人で被っているとユフィが何の気無しに尋ねた。
この子とは、今も小脇に抱えている黒猫のぬいぐるみのことだ。
「付けたいんだけど中々思い浮かばなくて。そうだ、ユフィが付けてよ」
「ボク?責任重大じゃない?」
「うん。ユフィがいいの」
「えーっと、んんん……サドン、かな」
「サドン、サドン!よろしくね、サドン」
サドン、サドンかあ。ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。
元から大切なぬいぐるみだったけれど、大好きなユフィが名付けてくれたことでもっと特別になった。
しばらく抱きしめて撫でていると、あっと言う暇もなくユフィはミリアからサドンを抜き取り、ベッドサイドの棚に座らせた。
その手際はどことなく乱雑だ。
そしてミリアの胸に顔をグイグイ押し付ける。
「どうしたの?」
「ん……」
「わかった、ご飯の時間だ」
「……違うし。わかるでしょ」
「ごめんごめん、冗談。はい、ぎゅーっ」
サドンにしたようにユフィも両手いっぱい抱きしめる。むくれていたユフィが表情をだんだんと崩し、くすぐったそうにクスクス笑った。
暖かくて、幸せだ。心の中がホワホワする。
自作のぬいぐるみ達と両親さえいればひとりでも平気だと思っていたけれど、この暖かさを知ってしまったらもう元には戻れない。
――
ミリアの両親の服飾家業が順調に成長し、便利のいい王都周辺に引っ越すことになった時は「ユフィも連れてく!」「ミリアについていく!」なんてお互いに声をあげて泣いて両親を困らせた。
物理的に遠くなったことで、どうしても会う頻度は減ったが、互いの家に足繁く通うことになる。
それでも満足できない僕らは、誕生日のプレゼント数年分を前借りして通信機を買ってもらった。
通信機は魔導石という特別な石を二つに割り、それを互いに持ち魔力を込めることで遠くに離れていても声が聞こえるという代物だ。
魔導石は数が少なく結構な値段がするため、あまり市場には出回っていない。
おねだりを繰り返してようやく買ってもらってすぐは、遠くにいるのに声が聞こえることが嬉しくて。四六時中通信機に張り付いていたからか、禁止されてしまったりもした。
――
学園に入学する前、ユフィは特別な力を見せてくれた。
特別な力とは聖女が持っていたとされる力だ。その昔、聖女は人類を絶望の淵に沈めた魔王を討伐したとされている。聖女アーリャは国を救った英雄だ。
その活躍は『エーリャ伝説』として絵本、小説、そして劇など様々な媒体で広められている。赤ん坊から老人まで、この国の住民なら知らない人はいない話だ。
そんな聖女の力である光の魔法を使える者は、魔王が討たれて平和になった現在でも血筋性別共に関係なく、およそ100年にひとりの周期で現れる。
そして聖女の力を継ぐ者、通称『
ユフィが鉢植えに両手を翳すと、暖かくて白い光が溢れ出す。そして、土に埋もれていた何の変哲もない種が見る見るうちに成長して花を咲かせた。
ミリアはユフィと一緒に祭事で今では既に亡くなっている先代継人を見たことがある。間違いなくその時見た光と同じだ。
聖女の力はこれ以外にも沢山あるが、花を一瞬にして咲かせる魔法は見栄えが良く、祭事などで頻繁に使われる。
そのため一般市民でも目にする機会が多く一番慣れ親しんだ魔法なのだ。
小さい頃から何度も何度も聞いていた魔王討伐の伝説。そこで描かれていた聖女エーリャと同じ力をユフィが……思わず声が漏れ出る。
「凄い!」
「パパとママにも言ってない」
「そうなの?」
「誰にも言う気無い、ミリア以外」
「そっか……ユフィが決めたなら僕もそれでいいと思うよ」
「ん……」
突然、伝説級の力に目覚めて不安なのだろう。ユフィはミリアの腕を絡めて手を握り肩にもたれかかった。
まるで自身はここにいると言わんばかりに。
そう、ユフィがどれほど凄い力を使えるようになったところでミリアにとっては何も変わらない。ユフィはユフィのままなのだ。安心させるために肩を撫でる。
継人は地位も名声も欲しいまま。更に、生まれた家系は末代まで安泰が約束される。しかし、ただの一般人が一転有名人になるのだ。どこに行くにも注目され、身の安全のため警護がつくなど行動が制限される。
そんなしがらみを嫌がり継人であることを隠したまま生涯を終えた者も存在するらしい。
王家としては継人を積極的に探してはいるが、最後の判断は継人自身の意思に委ねられている。
ユフィは普段通りの生活を選んだ。
ならミリアにできるのはその決定を肯定することだけだ。
「咲くのは一瞬だけど枯れるのも早い。ほら、もう元気ない」
「ほんとだ。もう葉っぱが……もしかしてこの魔法って花の成長自体をはやめているのかな」
「……それはやだ。お花が可哀想」
道端に咲く小さな花でさえ踏まないユフィ。花屋の息子であるからか、花の寿命を縮めることになるこの力は複雑だろう。「もう、絶対使わない」と言い切り聖女の力を使った鉢植えにごめんと呟く。
ミリアはそんなユフィが大好きだった。
――――
「こうなるよね」
始業式、壇上に立つのはユフィの姿をした中身は別人の彼。両手を広げると暖かな光の粒子がキラキラと降り注ぎ、足元で花が咲き乱れる。
今代の継人判明の瞬間に、生徒達は興奮し空気が震える程の歓声をあげた。
彼はその声援に応える。そして、満遍なく光の魔法を降り注ぐために歩き始めた。
そして、一歩一歩を踏み出すたび、足元の花を踏みつけている。
花壇を踏み荒らすとかではない限り注意なんてしないし、それが悪いとも思わない。
ただ、ユフィと同じ姿形でやられるのを目にすると、胸がキリキリと傷んだ。
ミリアはこれ以上見ていられなくて、式の途中で早退した。
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