第3話
『ミリア・アレドーレ、講談室へ来なさい』
慌ただしく教室を去ったキャロライン御一行の後に残されたのはクラスメイトによる好奇の目。キャロラインの友人、通称ニンジャさんによって盗み聞きはできなかったのだから何を話していたのかは本人から聞き出す他ない。
誰が先陣を切るか。そんなジリジリとした距離感に温室にでも逃げようかと考えていた頃、学内放送で呼び出されたのだ。
いやー、まいったなあ。呼び出しには応えないと!ミリアはそそくさと教室を後にする。
いくら世間でキャロラインと王太子の仲が広まっているとはいえ、正式に公表されていないのに婚約を口外するなんてあってはならないこと。キャロラインに直接お褒めの言葉を貰い、さらにドレス製作まで賜ることになりフワフワとした高揚感で満たされている今は危険だ。ぽろっと口の端からこぼれ出てしまいそう。落ち着くのにもう少し時間が欲しかったのもあり、この呼び出しは大変助かる。
こうして辿り着いた講談室の扉の先には、ユフィと皇太子がいた。
絹のような金髪に程よい筋肉が付きつつもスラッとした体躯を持つ王太子。キャロラインと同じ、いやそれ以上のオーラがある。さすが王族と言ったところか。こんなに間近で目にする事になるとは。見慣れたユフィが目に優しい。
キャロラインの件と言い、今日は何かあるのかも。
そんなミリアの考えは図らずとも当たっていた。それも、悪い方に。
とりあえず会釈すると、なぜか王太子に睨まれてしまった。ユフィはそれを宥め、一言二言交わすと王太子は少し相貌を柔らかくしてその場を後にした。その後ろ姿を見送ると、だだっ広い講談室にミリアはユフィとふたりきりになる。
「ユフィ凄い。いつの間に仲良くなったの?」
「うん。ちょっとね」
「…………ん?」
最初に感じたのは声のトーンの違和感。抑揚の取り方が変だった。
風邪でも引いてるのかと思ってまじまじと見つめると……違う。
今、目の前に立っているのは間違いなくユフィだ。体格も顔も間違いなくユフィだ。
でも、違う。どこかが違うのだ。
「だ、誰……?」
ユフィなのに、ユフィじゃない。
長年隣にいて、親よりも隣にいて、もはや魂を分けたような存在だから気づいたのだ。気づくのだ。
手が震える。
いま、目の前にいるのはユフィの皮を被った別人だ。立ち居振る舞いが、醸し出す雰囲気が全くの別物。
体はユフィそのもの、でも中身……まるで魂だけが入れ替わっているみたいだ。
口の中から急速に水分がなくなり、掠れた声しか出なかった。
「君は……誰、なの?」
「へえー、こんなにあっさりわかっちゃうんだ。親も気づかなかったのに。流石親友だね。いや、元親友?」
ユフィの姿をしたニセモノから発せられたのは、やはり肯定の言葉。ニセモノは口端をニヤッと上げる。
得体の知れない怪異に出会ったような不気味さにゾクリと粟立った。
って、怖がってる場合じゃないだろ!
己を鼓舞するように震え続ける手を強く握りしめる。
「ユフィは、どこにいるの?」
「ここにいるけど」
「ふざけるなよニセモノ!」
そう、ミリアにとって目の前のニセモノがユフィの体に取り憑いた怪異だろうが悪人だろうが、そんなことは
気になるのは本物のユフィが今どこにいるのか。辛い思いをしていないか、痛い思いをしていないか。怖がって助けを求めていないだろうか。ただそれだけなのだ。
「狂犬かな?あまり噛み付かないでよ。言っとくけど僕も巻き込まれた側、ぶっちゃけ被害者なんだからさ」
「巻き込まれた?そんなの信じられる訳ない」
「もちろん信じる信じないは君の自由だよ。ただ、このままじゃ君があまりにも可哀想だから善意で教えてあげようとしてるの、こうなった経緯を。感謝してよね」
「っ……」
「まあ半分は自分のためだけど」
ニセモノは机の上に腰掛け、足をプラプラと揺らしながらそう話す。漫然とした態度に苛立ちを覚えるも、ユフィの体が乗っ取られた経緯はこのニセモノしか知らないのだ。そうだ、ニセモノに語る気がなくなればそれらは全て闇の中。
ミリアは怒りで火照った体を冷やすため、深呼吸をひとつ。
「ごめん、取り乱した。教えてくれないかな?」
「素直でいいね。まず僕はよその世界から来た、いわば異世界人なんだ」
ニセモノ曰く、彼は突然の胸の痛みに苦しんでいたところいつの間にかユフィの体の中に入っていたとのこと。
「多分死んじゃったんだろうねー」
「そんな楽しそうに話すことじゃ……」
ミリアの体感だが、彼との間に年齢差はほとんどないだろう。つまり若くして死んだのだ。
足をプラプラさせ、ご機嫌な様子とかけ離れた重たい内容にミリアは言葉を失う。
「あははっ、楽しいよ!なんてったって『
「きみひか」
「うん。『君と光の中で』通称『君光』」
どうやらこの世界は『君と光の中で』というゲームの中の世界、らしい。
「なにそれ」
「物語の大枠がある中で主人公を自分の采配で自由に動かせるんだ。えーっと、本は読むよね?」
「エーリャ伝説とか?」
「うん、エーリャ伝説で例えると主人公の聖女エーリャを自分で動かして、闇の魔王を倒すっていう追体験ができる。同じように『君光』では主人公のユフィを動かして、意中のキャラクターを攻略するんだ」
平凡な生活を送っていた花屋の息子であるユフィはある日、特別な力を手にする。血筋関係なく世代にひとりのみ現れる聖女の力を継いだのだ。
その力を認められたユフィは、庶民ながらも特待生としてジェラード学院に入学した。
そこで何を行うのかはゲームを操作する個人の自由。勉強を進めたり、体力をつけたり、特別な力を磨いたり。
自らを成長させて、特定のパラメータを鍛えることで攻略対象と出会うことができるのだ。庶民を見下す貴族達のやっかみに耐え、沸き出たストーカーに制裁を加えるイベントをこなしつつ、攻略対象達と絆を深め恋仲になっていく……。
「あらすじはこんな感じかな。よっ」
ニセモノは腰掛けていた机から軽やかに飛び降りた。ユフィならしない行動や話し方をユフィの姿で行うから、チグハグでおかしくなりそうだ。
それに、この世界はユフィが主人公の物語で、本来観測する側の彼がユフィの体に入ったという。まずあり得ない話だ、だけど嘘を言っているとは思えない。
目の前のチグハグなニセモノがその最たる証拠。頭の中が混乱する。
「ただ変なことに、もう2年生なんだよね。物語は入学から始まるはずなのに。それにミリアなんて友人はあらすじを読んでた限り一度も登場しない。お助けキャラも他にいるし。いくら攻略対象でないにしろ、この仲で一言も触れられていないことってある?」
「僕に聞かれてもわからない。ちょっと飲み込むのに精一杯で」
「だよねー!聞いてみただけ!アイツも知らなかったし。あとさー」
別世界に来てテンションが上がっているのか、つらつら語り続けるニセモノ。
出てくる単語がわからないことだらけ、加えて別のことを考えているからか内容は右から左。
考えているのはもちろんユフィのこと。
ニセモノはユフィの体に乗り移った。
それならばユフィは……。
「ユフィは君の魂と入れ替わったってこと、かな。君が元いた世界にいると?」
「それがね、元の世界の僕と入れ替わったのか、僕の中に統合されたのか、はたまた消え去ったのか。まーーーったく分からないんだよ」
「え?」
「僕は死んだら『君光』の主人公になっていた。知っているのはこれだけ。今までのユフィの記憶は煮出して5回目のティーバックくらい、うーっすら残っているんだ。そして、ミリアに説明しろって頭の中で鐘を鳴らす。君と話してようやく消えたよ」
血の気がサッと引く。
異世界へ行くことは可能だ。でもそれは片道切符で、帰ってくることは現代の魔術では不可能とされている。そのため、罪人の流刑として使われている術になる。ミリアが異世界に渡ってユフィがいたならそれでいい。両親には申し訳ないが、ユフィを見知らぬ土地でひとりぼっちにするよりよっぽどいい。覚悟はできている。
でも、ユフィが彼の体に乗り移っていなかったとしたら、異世界に渡ったところでユフィに会えない。
そもそも、彼は死んでここに来たと言っている。それならば彼の体にユフィが乗り移ったところで――
――だめだだめだ。諦めるのはまだはやい。
下唇を噛みすぎたのか、じわりと鉄の味が口の中に広がった。
「ユフィが、ユフィがどこにいるのか一緒に探してくれないかな」
「えー、なんで僕がそんなことしなくちゃいけないの?」
「なんでって、気にならない?元の生活とか家族に会いたいとか。もしかしたら元の世界に帰れ……」
あははははっっっ!!!
言い切るよりはやく、ニセモノは腹を抱えて笑い出した。
笑いすぎたせいか目尻には涙が光っている。
「君もなかなか悪いねえ、元の生活、家族、戻れるか。それもこれも親友のためなんだろうけどさ」
「……っ」
「残念ながら元の世界に未練はないよ。戻りたくないと感じるくらいには……僕だって色々あるんだ」
ミリアの浅慮は彼に伝わっていたようだ。即座に一蹴されてしまった。
「もし、明日目が覚めて元の体に戻っていたのなら甘んじて受け入れる。でもこの主人公の体に僕が入ったのは不可抗力だし、自ら元に戻る方法を探す気も、もちろんない。せっかくだし『君光』の世界を全力で楽しむつもりだよ」
「ならっ…………そう、そっか」
彼にも彼の人生があるのだ。
力の入っていたミリアの腕はだらんと垂れ下がる。
「ちょっとそんなに落ち込まないでよ。僕が悪いみたいじゃん」
「ごめん、わかってるんだ、色々教えてくれてありがとう。ただ気持ちが追いつかないだけで」
こんな事になるなら昨夜ユフィとの通話を切らずに繋げていたら良かった。
もっと、もっと話したかった。ずっと隣にいるものだと思っていた。
死んだのならまだ諦めもつくだろう。しかし、ユフィは生きているのかすらわからず行方不明になったのだ。
「まあ、気持ちはわかるけどさ。元から他人だったって思ってさ、ね?」
そう言い残して去るニセモノの後ろ姿は視界の端で見ると、ユフィそのものだ。
「そんなにすぐに割り切れるわけないじゃないか」
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