第2話

 ミリアが通うジェラード学園では身分を考えたクラス割りがされている。

 学園内では身分関係なくただの生徒として接されているが、それは立前。水面下で確執はどうしても生まれてしまうし、避けられるトラブルは避けるに越したことがないからだ。したがって、学年が変わってもクラス移動はなく持ち上がり。


 ミリアが在籍するのは辺境の貴族と裕福な平民が入り混じったCクラスだ。

 身分が入り混ざってはいるが、辺境出身だからか普段から領民と親しんでいるような貴族が多く、どこかゆったりとした雰囲気が漂っている。みんな気のいいクラスメイトたちだ。

 反対に高位の貴族、それも王族ばかりが在籍しているクラスほどピリピリしていると聞く。そう、王太子の在籍するAクラスの教室……。


「おはよー。ってお前、相棒は?」

「おはよう。いないの?珍しいな」


 挨拶もそこそこに、ぐるりと目線を一周。一年間見知った顔が並んでいたが、相棒もとい親友であるユフィの姿は無かった。


 大抵一緒に登下校をしているのだが、ユフィは園芸クラブに入っている。決まった時間、待ち合わせの場所にユフィが来ない時は先生に呼び出されたとかで突発の仕事がある合図。

 

 花壇にもいなかったし、教室にもいないとなると、もしかして寝坊でもしているのだろうか。

 

「明日は登校日だから会える」と宥めるミリアに対し、「ん、あと五分だけ」通信魔道具越しに粘るユフィ。通話する日はいつもそう。だけど、昨日の粘りは本当にすごかった。思い出してクスリと笑う。


 ユフィがいないとなると、いよいよ暇だ。

 始業式まで時間があるし新しいぬいぐるみのデザインでも考えておくか。


 ミリアにとってぬいぐるみ作りはただの趣味。

 勿論、将来を見据えたデザインや裁縫の練習も兼ねているが、服飾についてはしっかり両親の下で勉強中。

 しかるべき時が来るまで売り物にする気はないので、自室に飾る家族が増えるだけだ。


 自席に座り、簡単なラフを描いて消すを繰り返す。

 ゼロからイチへ。飾りを加え、無駄を省く。

 ミリアにとってはこの作業が一番時間がかかる。しかし、だからこそ、やり甲斐を感じていたりもするのだ。

 書いては消し書いては消しを繰り返すと、傍には消しかすがどんどんと積み上がる。


「ミリア・アレドーレ様。少々お時間よろしくて?」

「キャッ、キャロライン様!?」


 こめかみをグリグリ刺激していると突然上から降ってきた上品な声。顔を上げると、艶々の金髪に玉の様な肌が煌めく女生徒がいた。

 一目で蝶よ花よと大切に育てられたのが分かるのは、エイラ・キャロラインその人。

 同じくジェラード学園に通っている現国王の長子つまり王太子。その妃候補であると聞く。

 貴族クラスの中でもやんごとないお姫様だ。その高貴な身分故か、滅多に見かけない彼女はまさに高嶺の花。


 立っているだけでなのに圧倒されてしまう程のオーラだ。新学年が始まり騒がしかった教室もいつの間にかシンと静まりかえっている。

 前傾姿勢で机に齧り付いていたミリアの背筋がスッと伸びた。

 

 キャロライン様が、僕に一体何の用なんだ?

 

 握りしめた手からは緊張からか汗が吹き出る。

 そんなミリアには御構い無しに、キャロラインは無駄のない洗礼された仕草で扇子で口元を隠した。


「本日ユフィ様はいらっしゃらないのかしら?」

「ユフィ、ですか?遅れているだけだと思います……」

「そうなのね」


 キャロラインが片手をスッと上げると、後ろに控えていたキャロラインの友人が、野次馬をしているクラスメイト達を散らした。

 その素早く嫌味のない動きは、まるで東洋の海の向こうにある国のニンジャと呼ぶにふさわしい。

 キャロライン本人だけでなく、ご友人も凄いんだ……ってそうじゃない。これから人に聞かれたくない話があるということだ。

 ミリアは呼吸をひとつ置き、キャロラインを正面から見据えた。

 

「あの、ユフィに何か用があるんですか?」

「ふゅんっ……お気になさらず。ただ、悲しませたくないだけですの」


 ん?どういう意味だ?キャロラインの意図がさっぱり分からない。

 

 そんなことを声に出して言えるわけもなくミリアは苦笑いを浮かべた。そんなミリアにキャロラインは満足げに頷く。目がやけに優しいのは気のせいだろうか。


「こほん。それで本題なのですが……実は、わたくしの姉がアレドーレのドレスで結婚式を挙げまして。いたく感動いたしましたの、その感謝の気持ちを伝えたくて」

「えっ、それだけのためにキャロライン様自ら?」


 キャロラインの姉は、去年獣人国へ嫁入りをした。そんな彼女のドレスを作成したのがアレドーレだ。

 両親の監督の下でミリアも雑用として装飾品の取り付けを手伝った。

 こうして出来上がったドレスは、花嫁の魅力を存分に引き出していたと胸を張って言える。


「あんなに幸せそうなお姉様、はじめて見ましたの。そんな表情を引き出せたのは間違いなくアレドーレのドレスだったから、ですわ。感謝いたします」

「っ……!」

 

 貴族は、どんなに素晴らしい物を作ってもお礼なんて言わない。これは高位であればあるほど顕著に表れる。

 自分が尊い存在であるという自負があり、一流のものを身につけて当たり前という考えがあるからだ。

 作った物への評価は貴族の間で口伝てに広がり、今後の売上に直接作用する中々シビアな世界なのだ。

 そんな通説がある中でキャロラインは、ドレスを製作した本人である両親ならまだしも、ただの補佐役でしかないミリアに直接お礼を言いに来た。

 

 目頭がカッと熱くなり、喉が震えた。


「それほど、それほどまでに。わざわざ出向いてくれるほどに……」

「うふふ、お姉様の結婚式に参加して人生がひっくり返るほどの衝撃を受けましたの、わたくし。胸を張ってくださいまし」

「はい!ありがとうございます!」

「それと今のうちに予約は可能かしら?」

「可能ですが、どういった予約ですか?」

「……わたくしの」

「え、ええっ!?まさか、キャロライン様!」


 キャロラインは小さく頷くと頬がほんのり赤くなる。白い肌に映えて薔薇が咲いたみたいだ。

 姉の結婚式、そして予約という発言。キャロラインも近々結婚するらしい。

 お相手を尋ねるなんて不粋な真似はしないが、兼ねてより噂されている王太子だろう。

 

 つまり、王族の結婚式のウェディングドレスを作ることになるのだ。

 式はまだまだ先らしいが、貴族の衣装作成は早くから着手する。歴史に刻まれるような一大イベントなら尚更だ。

 早速、来月にはドレスの正式依頼が書面で送られるらしい。


 凄い、父さんも母さんも凄いよ。

 

 両親の技術と頑張りを間近で見ているのもあり、こうして評価されることに更に誇らしくなる。

 でもミリアも、こうして直接お礼を伝えてくれたキャロラインに何か返したい。両親を手伝える範囲が増えるよう、今以上に努力しようと決意した。

 

「エイラ様、そろそろお時か、ん?」


 後ろに控えていたキャロラインの友人が訝しげな声をあげ、それを不思議に思ったキャロラインが窓の外へと目線を動かす。釣られてミリアも外を見た。

 そこにはユフィと、ユフィに寄り添うような王太子の姿があった。

 登園中の生徒達が遠巻きに見ているからか、ぽっかり空間が空き、2人だけの世界が作られているようだ。

 

「ユフィと王太子様?仲が良さそうだけど、どうしたんだろう」


 ユフィと王太子は関わりはないはずだ。少なくともミリアは知らなかった。

 

 んにゃーーーっ!!

 

 突然耳を貫いた猫のような甲高い声。

 

「どどどどどういう事ですの?は!?ふぇっ??」

「どうしました?キャロライン様?」


 猫が逆毛を立てるように、キャロラインの見事な金髪も膨れ上がっている。

 今までの堂々とした姿はどこへいったのか。まるで別人だ。

 

「これじゃあまるで……ああああありえません、ありえませんわ。ユフィ様の隣は……ああ、目が汚れます汚れてしまいますわ」


 キャロラインは、ひどく動揺した様子で捲し立てる。小声なせいもあり、何を言っているのかも分からない。

 あっけに取られて眺めているうちに、キャロラインはそそくさとニンジャのような友人に連れられて帰って行った。


「大丈夫かな?」


 ミリアの心配の声は誰に届くでもなく地面へ吸い込まれる。

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