元親友曰く、ここはゲームの中のらしい
春牧十影
第1話
ダメだ、ダメだ……泣いたらダメだ。
零れ落ちないように天を見上げると、青白い無数の光が滲んで視界一杯を覆い尽くした。
月や星を映してキラキラと輝いているのだ。
なんとなく、今までの自分みたいだと思った。
優しい家族と温かいぬいぐるみたち。……そして大切な親友。
お金では決して買うことのできない、かけがえのないものに囲まれた、あたたかくて穏やかな日々。
人にとっては地味でつまらないと思われるかもしれない。
でも、太陽ほど明るくはないけれど、自分にとっては輝いている。そんな日常が続いていくのだと思っていた。
いっそ夢ならいいのに。
数十秒か数時間か。どれほど間、天を見上げていたのかは判らない。
でも、もう気持ちは落ち着いた。心は荒れ果てたままだが、とにかく落ち着いたのだ。
自分にそう言い聞かせて部屋に戻ろうとする。
すると涙が頬を伝って落ち、地面を濡らした。
「あれ?お、おかしいな……」
そんなつもりはなかったのに。頭と心がチグハグで混乱してしまう。
右の頬、続いて左の頬。再び右、左、右、左と袖で拭いとる。
しかしそれも追いつかなくなった。
「うっ……うわああああああああん」
我慢していた反動か、一度崩壊したらもう止まらない。
「ひっく。なんで、なんでだよおっ」
夜のバルコニーでミリアは気が済むまでひたすら泣き続けた。
――――――
「よし、完璧!」
今日から二年生。先輩になるのだ。といっても自身の性格ゆえか後輩と関わる機会なんてあまりないだろうけれど。
一年生のあいだも、全くといっていいほど先輩と関わりがなかった事を考えれば尚更だ。
まあ、こういうのは気分なのだ。気持ち新たに二年生。
少年、ミリア・アレドーレは自室の鏡の前でちょっと背筋を伸ばして襟を正した。
「後ろの裾が折れていますよ、坊っちゃま」
「あっ……ありがとう」
早速、出鼻を挫かれてしまった。ちょっぴり恥ずかしくなったのを知ってか知らずか、丁寧な所作で裾を直してくれる。
でも、この含みのある笑顔を見るに気づいているな。
誤魔化すように前髪を整えた。
大事な所で詰めが甘いんだよなあ、僕は。
ミリアの両親は王都でもそこそこ有名な貴族専用服飾師だ。アレドーレ服飾店と言えば、あそこのお店ね。と名が通る。
ミリアが通っている王立ジェラード学園は進学校として有名だ。貴族は勿論、優秀な平民、他国からの留学生。王族なんかも通っている。
まだ子供といっても貴族の子供は貴族。生徒の半数以上を占める貴族の子供たちはトレンドの最先端に目ざとく、学業の傍ら日夜、情報合戦が繰り広げられている。
立場的には庶民とはいえ、ミリアはお貴族様相手に商売をするアレドーレ家の息子。将来、服飾店を継ぐことを考えるとミリア自身の評価は直接家業の評価へと繋がっていると言っていい。
学内での関わりは少なくとも、頭のてっぺんからつま先までが見られている。そう常に意識しなくてはならないのだ。
「そろそろお時間です。皆様に挨拶を」
「うん、サドンにカミラ、チアード。みんな、行ってきます」
ミリアが順番に頭を撫でて挨拶したのは、色とりどりのぬいぐるみたち。その全てがミリアお手製だ。それぞれに名前を付けて大切にしている。
特にサドンはミリアが初めて作ったぬいぐるみ。
赤い服を着た黒猫のサドンは、縫い目が不均一で綿が飛び出す一歩手前で、両目の高さがバラバラで不恰好。
お世辞にも可愛いと言えない、言ってしまえば出来損ないの不良品だ。
それでも手直しせずそのままの姿で大切にしているのは、他のぬいぐるみと比べ物にならないくらい思い入れがあるから。
もうすぐ成人の男がぬいぐるみなんて……と思われるかもしれない。
実際、子供の頃はどこへ行くにもサドンを持ち歩いていたため、「男のくせに」とバカにされていたこともあった。
しかし、両親も執事も親友もミリアの感性を肯定してくれた。
流石にこの歳になって大きなぬいぐるみを持ち歩く事はなくなったが、サドンを小さくしたぬいぐるみキーホルダーをお揃いで付けている。
学園でもその事について、とやかく言われることもない。
ミリアには周りに恵まれているという実感があった。
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