第7話 善悪の盛り付け

アングラ造形 気紛れ聖戦

善悪の盛り付け


 不幸な人は「神様救って下さい」と言う。


 もっと不幸な人は「神などいない」と言う。


 極限まで不幸な人は「自分が神だ」と言う。


             作者不明




































 第七聖【善悪の盛り付け】




























 「黒バージョンになったのか・・・」


 「ああ!?ああ、ノーズゼインか。他の奴らはどうなってやがる?死んだか」


 「死んでないから。ビートとストレイクにはそれぞれ朝以外のゾーンを見張ってもらってる」


 「ああ?蛇の野郎は?」


 「蛇・・・。氏神は神のとこ。・・・お前も行くんだろ?」


 「ちっ、ああ、面倒くせぇけど行く。早く戻らねえかな」


 「ところどころ白くなってきてるから大丈夫だろ。俺も持ち場に戻るとするよ」


 ノーズゼインが去って行くと、苹里はまた舌打ちをしながらも翼を広げて飛び立つ。


 神のところに着いた苹里は、氏神ともう1人の男が何やら喧嘩をしているのが見え、急いで向かう。


 「おや、苹里も来たのかい」


 「どういう状況だ?こりゃ」


 「見てのとおりさ。急に向こうが襲って来てね。それで氏神が対応しているところだよ。それにしても、また綺麗に黒く染まったね」


 「染まりたくて染まったんじゃねえんだよ。こっちにもこっちの事情があんだクソ」


 神とガイの周りの空間は険しい崖があちこちにあり、それはガイが作っているものらしく、相手の山羊はそこをひょいひょいと上って行く。


 氏神が真後ろから襲いにかかっても、山羊はジャンプして別の近くにある崖に着地する。


 「なんだありゃ。なんで逃げられンだ?」


 「そりゃそうだよ。山羊は視野がほぼ360度と言われているからね。死角なしさ。だけど蛇の臭いが苦手みたいだよ。ほら、あれ見て」


 神が指差した方を見ると、山羊の姿をしていたはずが人間の姿になったその男ハンクは、腕で鼻を覆っていた。


 きっと、人間の姿の方が臭いをあまり感じないのだろうが、それでも嗅覚が優れているようで、険しい顔をしている。


 「蛇と山羊・・・。蛇野郎なら丸呑み出来んじゃねえのか」


 「可能だけど、この状況じゃ厳しいだろうね。それにしても、本当に口悪くなるよね、その姿だと」


 「うるせぇなクソ神が。黙ってろ」


 ふと、ハンクが苹里に気付くと、慌てた様子でガイの後ろへと隠れる。


 目つきが悪いからかと思っていると、どうやらそうではないらしい。


 「どうしたハンク」


 「天敵だ」


 「身体能力の高いお前なら大丈夫だ。奴が今黒いということは、臆病である証でもある」


 そんな会話が聞こえて来たからか、苹里は何度も何度も舌打ちをしていた。


 あまりにも舌打ちをするものだから、さすがに神も困ったように笑う。


 氏神も蛇から人間に姿を変えると、苹里のことを一瞥してから神と苹里の方へと歩み寄ってきた。


 「久しぶりに見たな、お前のイメチェン」


 「イメチェンじゃねえ。引き千切るぞ」


 「あ、戻った」


 「あ、戻りました。良かったです」


 「散々毒吐いたけどな。さすが腹黒白鴉」


 「僕だって成りたくて成ったわけではありませんから。それに、黒くなっている間は自制が利かないもので」


 「自制ってことは多少なりとも思ってるってことだろ」


 「僕は僕を制御出来なくてとても心苦しいんです。なので、そういったことは言わないでいただきたいです。とても傷つきます」


 「嘘つけよ」


 「僕は嘘を吐きません。例え黒くなっても」


 「余計性質が悪い」


 「2人とも、そろそろ黙ろうか」








 神の一声で氏神と苹里が静かになると、ようやく話を進める。


 「それで、今回のこの喧嘩は何だったのかな?ちゃんと私に説明をしてくれるかな、ガイ?」


 神がそう口にすると、ガイはハンクの方に顔を向ける。


 ハンクが数歩前に出ると、いきなり、自分の目に指を突っ込んだ。


 「・・・!?」


 ぶしゅ、と音と同時に鮮血が飛び散り、空気に触れるとその色は徐々に濁った赤黒いものへと変化していく。


 氏神や苹里は、その行動を見て思わず顔をしかめてしまうが、神はそれをただじっと見ていた。


 ハンクは自分で取り出したその目を神に向けながら話し出す。


 「神の生贄として、多くの仲間が捧げられていった。それをただ見ていることしか出来ない俺達の気持が、お前に分かるか」


 「私は生贄を欲したことはないよ。それは、人間がした過ちのひとつさ」


 「確かに人間が勝手にした愚行だ。だが、そんな俺と、神に見捨てられてきたそこにいる2人と、一体何が違う?」


 それは、氏神と苹里のことだった。


 互いの顔を見合わせた後、氏神はいつもながら眠そうな目をゆっくり瞬きし、苹里は肩を揺らして小さく笑った。


 2人の反応を見たハンクは、血だらけになっている自分の目に、同じように血だらけになっている目玉をはめ込み、目元を少し拭いた。


 「俺はこの姿から悪魔だと言われ、この血さえも悪魔から捧げられたものだと言われる。お前がこうして狙われる事態はお前自らが作りだしていることに気付くんだな、名ばかりの神」


 言いたい事を言ったからなのか、ハンクは後ろを向いて歩きだし、またガイの横に立つ。


 それから数秒間の沈黙が続くと、さあ、と少し冷たい風が吹き、それは神の耳元の飾りを揺らす。


 「神はね」


 聞こえて来たのは、こもっているような掠れているような、そんな声。


 「神は何も見捨てないよ。でも、手助けもしない」


 「開き直ったか?」


 「違うよ。神は罰を与えず、慈悲を与える。これは云わば、神にとっての尊厳だ」








 「みんな勘違いをしているようだから言っておくけど、神も仏も結果を与える存在ではないからね?神も仏も与えるのは機会、つまりはチャンスってことさ」


 「平等に与えないことが、神のすべきことだということか?それはあまりに酷いじゃないか」


 「全部私のせいにされても困るんだよね。願いを叶えてくれないだの、なんで助けてくれないだの、そんなことを言うのはお門違い。そうは思わないかい?願ったこと全て叶ってしまったら世界は成り立たない。だからこそ、平等に“機会”のみを与える。それが私の役目さ」


 「その機会さえ与えられていない者がいるのに、そんなことを言い切れるのか」


 「与えているよ。与えられていると気付いていない者は、それを掴めなかっただけさ。我々は常に平等に実を落とし、熟し、腐らせる。また平等に落ちている実を再び木に実らせる。落ちる前に実を拾うも、落ちてから実を拾うも、また、落ちている実に気付きもせずに腐らせてしまうも、自由というわけさ」


 「・・・・・・つまり、お膳立てはしているから自分に責任はないと言う事だな。まったくもっと不愉快だ。だから神は無能だと言われることに気付かないのか」


 「私のことをどう言おうと勝手だが、それが神というものだよ。特別な力を持っているわけでもなく、運命を変える力なども持っていないよ」


 「・・・ふっ、ははははは!!!」


 急に笑い出したかと思うと、ガイは立ち上がった。


 それと同時に神も立ち上がると、突然、想像も出来ないくらいに強烈な強い風が吹き荒れる。


 それはまるで神とガイとの境目で割れているように動き乱れており、台風が直撃しているよりももっと激しいだろう。


 ガイが作った崖は粉々になり、空気が割れるのと同時に海は罅割れ、空は割かれ、濁る。


 そして美しく咲き乱れていた草木に至っては、生気を吸いとられたように枯れて行く。


 あまりに強い風に息さえまともに出来ない。


 それからしばらくすると、神とガイの無言ながらも激しい攻防は落ち着いた。


 「・・・帰るぞ、ハンク」


 「・・・・・・」


 これだけ派手に喧嘩を売っておきながら、ガイはハンクを連れて颯爽と消えて行ってしまった。


 「捕まえなくて良かったんですか?」


 「それは私の役目じゃないよ。そんなことより、君たちが捕まえた子たちも反省したら帰してあげなさい」


 「帰すんですか?これだけ暴れられたのにですか?」


 「甘いだろ」


 「そうかな?」


 困ったように笑いながら、神は裂けてしまった空気、罅が入ってしまった海、割れてしまった空、そして枯れてしまった草木を元のように綺麗な姿にした。


 いつもの風景になると、神は先程まで自分が座っていた椅子に腰を下ろす。


 すると、また心地良い風が吹く。


 それは肌に痛々しく刺さるついさっき感じたものとはまるで異なる、柔らかいものだ。


 「命を与えたんですか」


 「違うよ。彼らにも、機会を与えたのさ。彼らは素直で正直。だから私の与えた機会をすぐに受け入れ、こうして生まれ変わることができるんだよ」


 「不完全燃焼な感じ」


 「ハハ」


 そこに咲いている色鮮やかな花々と、その花の蜜を吸いにきているミツバチ。


 次第に、聖域内にいる動物たち、ウサギや馬、鹿などの陸上の動物を始めとし、トンボや蝶、燕などの空の生物、そしてサンゴや海亀、エイなどの海の生物が姿を見せ始める。


 彼らは氏神たちと違って人間の姿になることは出来ず、言葉も話せないのだが、ここではその必要はない。


 なぜなら、神は彼らとも話せるから。


 食物連鎖、弱肉強食、生きるために彼らは地上の自然界と同じ生き方をしている。


 例え目の前で喰われようとしている者がいても、尽きそうな命があっても、神は決して救いはしない。


 産まれ落ちたことに対して喜びと感動を共有し、生きていることに対して尊敬し愛で、そして、生き抜いたことに対して敬意を表す。


 そこには神の力など存在しない。


 「神は、生も死も与えず、そして何も奪わない。それは時間と自然の摂理の役目だ。生や希望は自ら掴むもの。一方で、死や絶望は視てしまった者のところにしか歩み寄らない。都合の悪いときだけ、『神』に与えられたのだと『神』のせいにするなんて言語道断。壁にぶち当たったときに、『神』が自らに与えた試練だのとのたうち回る者もいるみたいだけど、それは自らが求め自らが掴んだひとつの希望と言える」


 「生きるにしろ死ぬにしろ、また希望にしろ絶望にしろ、自分で得たものだと言う事ですか」


 「全ての事柄がそうだよ。男に産まれるも女に産まれるも、昼行性も夜行性も、空で生きるも海で生きるも、この世の全ての事象は私が干渉するものではないからね。そう産まれたからには、自らが望んだそれなりの理由があるんだよ」


 「それを嘆くなってことか。それとも、自慢の金眼を黒眼にさせた人間への報復か」


 氏神の言葉に、苹里は思わず笑みを止めてしまったが、視線の先に居る神はいつもながら穏やかだ。


 「人間にとっては住みやすい世界になったようだけど、他の生物たちにそのしわ寄せが来ていることを分かっていない。自然の摂理に逆らい、時間を超えて早く未来を掴もうと焦っている。私はね、人間が可哀そうで仕方ないんだ」


 「可哀そう・・・?」


 「なぜですか?」


 「最も弱く、最も賢くなってしまったばかりに、多くのものを手に入れようと欲が出てきてしまった。物に限らず、時間も未来も時空さえ超えようとしている。彼らには、視えていないんだよ。生まれながらに持っている、最も重要で最も貴重なものがね」


 しばらくすると、ノーズゼインが飛んできて、すでに敵の大将がいなくなっていることを知る。


 「みんなありがとう。今後もよろしく頼むよ」


 いつもの表情でそう言われ、氏神と苹里もそれぞれの持ち場に戻ることになった。


 2人を迎えに来たノーズゼインは空高く飛び立ち、苹里は朝もやの中へと姿を消していく。


 海へと戻った氏神は、そこでのんびりとバカンス気分で寝ていたストレイクを森へ弾き飛ばし、森と夜を交互にみていたビートは夜へと戻っていった。


 「可哀そうなのは、人間ではなく私の方か・・・・・・」








 「ハンク、準備を整えておけ。だいたいの戦力は把握出来た」


 「わかった」


 ハンクが何処かへ走って行くと、ガイのもとに2つの影が近づいてきた。


 「ヴィルズ、ライ、今度は神と喧嘩をするぞ。四神のときのような失態は起こしてくれるなよ」


 「「はい」」








 神は目を覚ます。


 閉じればそこに視えてしまうから。


 不浄と言われるもの全てが。


 神は目元を押さえながら、人知れず笑みを消す。


 「最も不浄な存在は、私か」


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アングラ造形 気紛れ聖戦 maria159357 @maria159753

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