第9話

店に到着すると店員さんが出てきて、「予約していた旭川です。」と告げるとスマートに席に案内してくれる。正直あまり来ることのない店だから、好奇心を刺激されてキョロキョロしてしまった。席に案内したあと「ご注文がお決まりになられましたらお呼びくださいませ。」と残してスッと立ち去る。人気店だから予約しておいてよかった。メニューを手にとって榊原さんに飲み物のページを見せつつ「どれにする?」と聞くと、お酒のページに目を落としながら「アルコール頼んじゃおうかなぁ。」とごちていた。

「お酒、自信あるの。」

「はい。どんなお酒も大好きなんですよ。あまり酔わないからグイグイいっちゃうし。」

この体は調子に乗って飲みすぎるとひどい目に合うことがわかってるので僕はノンアル、榊原さんは白ワインと、それぞれ料理を数品たのんだ。

料理が届くまでの短い時間も余さず僕らは会話を楽しんだ。とりとめのないことを話し、会社のことは話さない。なんとなくそういう雰囲気だった。しかし、食事も終盤に差し掛かったとき、僕のなんの気なしに放った言葉が、彼女が本心の言葉を紡ぐ螺子になるとは思わなかった。また会ってお話したり食事に行きたかったから「会社用ではなく、個人のメールアドレスを交換しません?」といった。彼女はニッコリして「喜んで。旭川さんと話すのは自分に魂が戻ってきたようでとても楽しい...」とそこまで言って口をつぐんだ。僕は不躾だと思う気持ちと好奇心がせめぎ合った挙げ句「戻ってくる、って?」とついに聞いてしまった。

「なんだか最近、自分が自分じゃなくて機械であるかのような感じがする。会社では素を見せず、ひたすら仕事に取り組んで、関係のある話をして、ずっとその繰り返し。毎日がページのように区切られているものじゃなくて螺旋階段みたいにずっと繋がっているような気がするの。ずっと果てもなく、同じ景色を繰り返す螺旋階段、、」

しばし、あっけにとられた。ずっと彼女のことを見ていて、その実何もわかっていなかった。彼女がどんな気持ちで冷静に振る舞っていたかなんて...

僕はなにか、彼女を救うすべがないかめちゃくちゃになった脳内で考えた。でも結局出てきた言葉は

「僕もそんな気がする日が何日もある。でも、螺旋階段である限り何処かへ向かって確実に、一歩一歩でも上がって行っている。だから、生きることを、諦めないで。」

ただの安い共感と応援だった。僕も内心、わかっていた。ひたすらがむしゃらに駆け上った先がいつも幸せだとは限らないと。

そんな慌てふためいている僕の様子をみた榊原さんははっとして、

「すいません。あまり親しくない人にこんな話されても困りますよね。」

といい、笑みを貼り付けて謝った。

このときのいきなり会社用に切り替わった笑みと、敬語になって離れてしまったように感じた心の距離は寂しく、ゾッとするようなものだった。

お会計をすませ、お互いに「美味しかったね。」と感想を交換しつつ駅まで一緒に帰る。食事に行くときと同じような雰囲気で会話をしていても、さっきの違和感が脳裏にこびりついて離れない。

「今日はありがとう。楽しかった。今度はこちらから誘うね。」

といって手を振り、来たばかりの電車から溢れる人に飲み込まれていく背中が、彼女の未来を暗示しているようで僕はひたすらそうならないように願う他なかった。

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