第8話
また、見知った知らない天井のもとで目を覚ます。会社に勤めて、5ヶ月。僕の生活には、再び淡い光が差し始めていた。榊原美結さんという女性がうちの部署にはいる。大人っぽくて、時には冷酷に見えさえするほど落ち着いている。そして時々、儚いほど物憂げな雰囲気をまとっている。僕は、、、自然に榊原さんに目が吸い寄せられてしまう。僕とは対照的な人なのに。いやむしろ、磁石のNとSのように対照だからこそ引き寄せられずにはいられないのかもしれない。そんな理屈がどうでもよくなるほどに僕は彼女に熱をあげていた。同じ部署なのに顔を合わせることも、言葉を交わすことも少ない。それでも数少ない機会の中で彼女に少しでも意識してもらえるよう、必死で「僕」という存在をアピールした。その成果が、今日だ。今日、僕と榊原さんと、2人でディナーに行く。彼女がどんな店が好きか分からなかったけれど、色んな情報を収集して安くて美味しく、それでいて雰囲気がいいと噂になっている店をチョイスした。なんでも、夜景がきれいなんだとか。喜んでくれたら嬉しいなぁ。そんなことばかり考えて、会社の仕事をいつもより丁寧に、素早くこなして帰路につく。彼女とはその店の最寄り駅で集合ということだ。何着ていこう。普段スーツだからいつもよりラフな服装のほうがギャップがあるかなぁ。いやでもお店に合う服にしつつ、少しカジュアルな方がいいかも...
うーんうーんと今日一番頭を捻りつつ、結局シンプルな服装にした。頭をなでつけ、約束よりはるかに早い時間に家を立つ。気になる人の前ではかっこよく有りたいというのはすべての男性共通であろう。待ち合わせの場所に20分も早く着き、緊張で携帯を触る余力もなくソワソワしていると約束時間10分前に榊原さんがやってきた。本当に早く来てよかったと心底思い、
「待ちましたか。」と問う彼女に
「待ってませんよ。それよりプライベートなので敬語はなしにしませんか。」と勇気を出していうと
「そうですか。ではそうするね。」と彼女が返してくれただけで僕の心臓はヘリウム風船のようにふわっとして何処かへ行ってしまいそうになった。
店へ歩きつつ、会社のことやプライベートのこと、その他のどうでもいい雑多な話をしていると彼女についていろんなことが知れた。
東京生まれで一人暮らしであること。会社での立場は僕より上であること。猫が好きで、家で3匹飼っているということ、あまり異性とは食事に行かないこと...
話していると彼女は意外と表情がころころ変わることに気がついた。あまり全面に出てはいないが、僕がジョークを言えば面白そうに笑い、彼女の好きな猫の話のときは目を細めて楽しそうに語る。僕がそんな榊原さんに失望することは一つとしてなく、むしろ人間らしさを垣間見れて僕の気持ちは膨らんでいくばかりだった。
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