第7話

あれよあれよというまに二ヶ月が過ぎた。もう仕事には慣れた。しかし、会社の、社会の弊習も僕にまとわりついてくるようになった。もう、驚かない。

きっと僕が悟ってしまったのはあの時だ。あの、新しい企画のプレゼンテーション。僕たちは新しい企画の立案を任された。他の人も試行錯誤しているなかで僕は自分でホームページなどを作れるアプリを作ろうとした。素人でも作りやすいようこだわった操作性。様々な柄やモチーフで作れるデザインを限りなく増やした装飾。自信作だった。アーティストとしての「僕」と今の「旭川祐介」としての「僕」の融合の集大成。プレゼン資料も発表の練習も、他の人に負けぬよう、自分のアプリを商品化してくれるならと惜しみなく努力した。

それなのに...

ついに迎えた当日、震える足で、しかしはっきりとした声で自分の商品をPRし終わった僕が見たのは倦んだような、飽き飽きしたような表情で指先を眺める上層部の人間たちだった。もちろん、誰もプレゼン資料に手をつけてなどいない。緊張が怒りに180度反転して、それでも怒りを無理やり抑え込んで、「何か質問はありますでしょうか。」と問うた。

「いや、もういいよ。」の一言で、ああ、聞いていなかったんじゃない。聞く気がなかったんだと確信した。胸の中がもやもやして、何かを叫びだしそうになった。そのままぼうっとしながら会議室を辞して、いつものオフィスに戻ってくると、何を思ったのか中林さんが近づいてきた。

「プレゼン、ご苦労だったね。あの企画、私はいいんじゃないかと思ったよ。」

「、、、なかっ、、、す。」

「なんだい。はっきり言ってくれないとわからないよ。」

「あの人達は、僕の企画を聞いてすらなかったんです。」

「ああ、そのことか。それはご愁傷さまだったね。でも、」ここで一気に中林さんの目が冷徹味を帯びた。「そんなの、じゃないか。」

僕は喉元までせり上がってきた何かを押し殺して、少し潰れた声で中林さんに訴えかけた。

「それなら、それならどうして社員に新しい企画を求めるんですか。求めるだけ求めて、結局聞いてすらなくて、社員の努力を踏みにじって、、、」

「今の企画で社は十分に利益を得ている。新しい企画で赤字を出すより、現状で儲かるだけのほうがリスクは少なく、会社側にとって都合がいいのだよ。一応、体裁的には新企画の進行も行うほうがイメージが良くなるから、、、まあ君たちには悪いと思っているのだがね。」そう吐き捨ててさっさと席に戻ってしまう中林さんの背中を見て、僕はなんだか実体がなくなってしまったような気持ちになった。もう、世界のどこにも拠り所がない。そんな気持ちに。

なんだか無性に寂しかった。心が餓死してしまいそうだ。

終業のチャイムが鳴った。この音も聞き慣れたもので耳にしっくり来る。

さっさと荷物を片付け、帰りにコンビニによる。食材のコーナーを物色する。あー、でももういいかな。自炊する暇があったら、寝たいし。そしていつもと同じコンビニ弁当と発泡酒を手に取る。最近のささやかな趣味は音量を絞ったテレビを見ながら冷蔵庫に常備してあるおつまみを流し込むこと。ビールの苦さが喉を焼いて、今の自分の生活を表しているかのようだった。

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