第11話
彼女がいなくなって、突然僕の生活は空虚になった。恋人でもない、ただの同僚がいなくなったとは思えない隙間。僕の中での彼女の存在は、それほどまでに大きかった。仕事に集中できなくなり、ちょっとしたことでも苛ついてしまう。榊原さんの事が好きだった人の一部は露骨に僕を嘲笑った。「実は本命は別にいて、鬱陶しい僕から離れるために転勤だなんて嘘をついた。」と...。冗談じゃない。彼女はそんな事言わない。彼女までおとすな。知ったような口をきくな。そう言われるまで落ち込んでいる自分がみじめだった。もっと反撃したくても、「本当にそこまで知っていたの?」と裏の自分が問う。でも事実、僕は彼女のことを何も知らない。思わず自嘲の笑みがこぼれた。唯一の味方でならなければならないはずの自分でさえこのざまとは。
今日もそんなふうに悶々としながら仕事をしていた。すると突然、中林さんが
「今日は飲みに行くぞ!」といった。僕ははっきりと気が乗らなかった。榊原さんの件をまだ引きずっていて、どうあがいてもこれから先上を向くことなどできないように思えた。それともう一つ、普通に「人と食事に行きたくなかった。」
どれだけ相手のことを好いていても食事に行きたくないことはないだろうか。学校なら友達、親しい先輩。会社なら尊敬する上司。別に相手のことは嫌いではないし、きっと行ったら楽しいのだと思うがそれでもなんだかだるく感じてしまう。何が嫌なのかも、なぜ行きたくないのかもわからない。ただなんとなく抵抗を感じる、あれである。
もちろん榊原さんのようにその感覚を感じることのなかった人もいる。しかも今回は苦手としている上司。行きたくないと思う条件は十分すぎるほどにあった。
「僕は辞退させていただきます。」とはっきりと断った。
その瞬間明らかに空気が変わった。ピリついていて、なにかアクションを起こしたら危うく保たれていたものが雪崩を打って降り掛かってきそうな感じ。周りの視線が一気にこちらに吸い寄せられ肌がゾワゾワする。「おい、」と隣りにいた林が焦ったようにこちらに視線をよこす。
中林さんの顔をまともに直視する。笑っている。だけど笑顔のように感じることが、できない。
「まあ良いじゃないか。一杯ぐらいどうだね。」親しげに肩に手を回される。肩に食い込む手がやけに重く感じた。
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