第4話 おまけ【花の国】
伝道者 ~エヴァンジェリスト~
おまけ①【花の国】
「綺麗な花がまた咲きましたね」
「ええ。なんていう名にしようかしら」
「カトレア、なんていかが?」
「素敵な名前ね」
そこは、大半が女性の国。
花の生産が盛んで、様々な品種を咲かせている。
国の中には四つの季節が存在し、季節に応じた花を多く咲かせていた。
「あら、また来てるわよ」
「本当ね。折角だから、お花を摘んでいきましょう」
女性たちは花を摘んだ。
そして、足を使って歩くわけではなく、着ている白いワンピースのようなものから羽根を出し、それを動かす。
花畑を踏まないように飛んでくると、一人の男へと渡した。
「お久しぶりですわ」
「ええ、ええ」
「あなたの好きな花を摘んでまいりましたわ」
女性達の他の、花を育てていた女性も、男に気付くと皆駆け寄ってきた。
女性達は、自分達の場所以外を知らない。
生まれてからずっと、ここにいる。
そして、決められた男性と子を産み、親となると飛ぶことも出来ず、花を育てる力も失ってしまう。
しかも一夫多妻制のため、男は色んな女性と関係を持っている。
「ありがとう。ん、良い香りだ」
「そうでしょう?もう十年以上もかけて、ようやく咲いた花なの」
「それは大変だ」
女性たちは、国にいる男たちとは違うその男に、心惹かれていた。
だからといって、男と結ばれることなど無いと、それも分かっていた。
男は自ら名乗ったことがなかった。
名を聞いても、答えてくれなかった。
女性たちは男のことを勝手に“グレース”と呼んでいた。
「ねえ、前から気になっていたんだけど」
「なんだい?」
「あなたのその目、とても綺麗な色してるわよね」
「ああ、これかい」
グレースの目は、オッドアイで、右目は緑、左目は青をしていた。
「生まれつきでね。自分ではあまり気にいっていないんだ」
「あら、もったいない。そんなに綺麗なのに。私達なんて、願ったってその色にはなれないのよ」
「君達だって、綺麗な目をしていると思うよ」
グレースのそんな言葉にも、女性たちは一喜一憂してしまう。
グレースが立ち上がると、もう帰ってしまうのだと、女性達は皆引き留めようとする。
「もう少しだけいてほしいわ」
「すまない。これから行くところは遠くてね。またここへ来させてもらうよ」
「いつでも待ってるわ」
「ええ、いつでも来て」
グレースが帰ってしまうと、女性達は名残惜しそうにしながらも、すぐに花の手入れにかかる。
花を受けとったグレースは、ある国へと急いだ。
「体調はどうだい?」
「あら、今日も来てくれたの?」
「もちろん来るさ」
先程貰った綺麗な花を花瓶にさすと、ベッドに寝ている女性は微笑んだ。
「綺麗ね」
「君の色だよ」
花は鮮やかな橙色をしていて、それは寝ている女性の髪の色でもあった。
「私、やっぱり預けることにしたの」
「・・・そうか」
「それがきっと、あの子の為なのよ。ねえ、あなたは許してくれる?」
「君が決めたことなら、応援するよ」
「ありがとう」
女性には、子が生まれたばかりだった。
だが、女性の身体はすでにぼろぼろで、もう長くはないと医師に言われていた。
グレースは女性にそっと口づけをすると、額と額を合わせる。
「僕が守って行くよ」
「お願いね」
女性の目には、涙が浮かんでいた。
「明日、来てもらえるように頼んでおく」
「ありがとう」
翌日、女性の病室に、グレースともう一人の白髪の老人が来た。
「どれどれ」
そういって、老人は女性の傍らで眠る小さな男の子を抱きかかえた。
男の子は目を開けると、そこに見たことの無い顔を見て、大泣きしてしまった。
だが、老人はそれを見てホッホッホ、と笑う。
「元気な子じゃ。それに、綺麗な目をしておるな」
「僕の遺伝だと思うんです」
「悪い事ではない。名は決まっておるのか?」
「それが、迷ってしまって・・・」
老人は、まだ泣いている男の子を女性に渡すと、長い顎鬚を触りだした。
「ワシの後を継ぐのであれば、名など重要ではない。だが、名とはその人物を示す重要な宝。後日迎えに来る。その時までにじっくりと二人で考えなさい」
「はい」
老人が去って行ったあと、男の子はスヤスヤと寝てしまった。
グレースはベッドの端に腰かけ、女性の髪を撫でる。
男の子は、母親に抱かれながら、夢を見た。
後日、老人がやってくると、すでに女性は亡くなっていた。
グレースは腕に男の子を抱きながら、そこに座っていた。
「決めたのか」
「ええ」
グレースは老人に男の子を差し出しながら、名を述べた。
「この子は、ディック。ディックです。どうか、よろしくお願いします」
「うむ。ワシが責任を持って、この子を立派な伝道者に育てよう」
「ディック、頑張るんだぞ。何があっても、強く、生きて行くんだぞ」
老人は、ディックを連れて去って行った。
グレースは遠くの町に行き、そこでひっそりと暮らした。
すくすくと育っていったディックの姿に、老人も後継人として任せられると、安心していた。
心臓に重い病を抱えてしまった老人は、ディックに願いを託す。
「ディック、何があっても止めてはならぬ。ワシらはそれこそが道標。決して、途絶えさせてはならぬぞ」
「はい、師匠」
老人が亡くなり、ディックは墓を作った。
とある場所に、一人の男がいた。
男の右目は緑色に輝き、全身はパーカーつきの布で覆われていた。
肩からかえられた大きなショルダーバッグ。
男の名は、誰も知らない。
男は歴史の表のみならず、闇に葬られるであろう出来事を、史実として書き記す。
その男の姿はいつの世にも現れた。
過去にも未来にも顔を見せるというその男は、人々に希望も絶望も見せる。
男の正体が何であれ、彼は決して目を背けない。
それは、教えられたから、というだけではない。
自らの過去にも立ち向かえる強さを持つ為、彼は真っ直ぐに歩く。
「ねえお兄ちゃん、何をしてるの?」
「・・・物語を、書いてるんだ」
「どんな?」
「そうだな・・・。例えば・・・」
彼らの意志は、受け継がれる。
永遠はなくとも、紡がれていく。
伝道者 ~エヴァンジェリスト~ maria159357 @maria159753
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます