主催者

 伝説の殺し屋と謳われる人物、狩人がいるというが広がっていた。所詮、都市伝説だった。そのようなことなどあるはずがない。馬鹿馬鹿しいと思っていた。だが、面白そうだと思った。最近の裏社会はつまらない物になりつつあった。仲間同士の喧嘩から始まる紛争。この世には人を楽しませるスパイスがあるべきだったんだ。だから、リアル鬼ごっこという企画に狩人を招待した。情報屋を雇えばすぐに狩人の情報を得れた。何度も忠告してくるウザい奴だったので、陰で勝手に殺らしといた。数回の警告なら良いが、ただの情報屋のくせに煩い奴だった。

 リアル鬼ごっこ。それは響きも良く、最近の若者で流行っている物だった。それがもう少しリアルになっただけだ。参加者の兎は狼から逃げることが出来れば、好きなだけ金を得ることが出来た。もし兎が勝てば、兎を脅迫しながら狼を殺させる。言うことを聞かない兎は片付け、言うことを聞いた兎も夢を見せながら撃つ。もし狼が勝てば、狼を殺せば済む話だった。どんな奴でも銃に負ける人などいなかった。抵抗をするのなら、更に武器はあった。

 参加者の兎を集めるのは簡単だった。夜の街を彷徨っている若者に声をかけた。家出少年少女であったり、推しに貢ぐために今にでも金が欲しい奴。借金取りから今すぐにでも逃げたい奴。昔の夢を忘れられない奴。迷惑だけをかけるいらない奴も、ついでに拉致って連れて行った。怪しいと思った者も多額の金を前に並べられると、何一つ疑わずに参加した。金の力は偉大だった。だから、その頂点に立って下の者に命令する俺は、最高に気分が良かった。だから、高を括っていた。そして、本当の地獄を見せられた。

 ゲームをフェアにするために参加者には何も持たせなかった。外に救助を求められるような事態が発生すれば、目撃者全員を抹殺するのが不可能になる。それほど時間がかからずに終わると言えば納得した。チャラい物だった。本当に。ゲームを楽しませるために狩人には、ナイフだけを持たせた。しっかりと小細工がされていないか確かめた。古いおんぼろのナイフは、何の役にも立たなかった。ボディチェックをすると、本当にそのナイフしか持ってきていなかったので驚いた。約束を守る殺し屋がいるとは思わなかった。

 だが、すぐに異変に気付いた。部下の一人が参加者が倒されたと報告しに来た。顔を真っ青にしながら、吐き出した。それが落ち着くまで中々言うことを言葉にしなかった。俺達はその報告を鼻で笑った。だって、腹を切り裂きながら食っていたと誰が信じられる? 化け物でしかない。喉仏を噛み千切ると首から血を吸っていた? 吸血鬼だろ。生のまま骨を折りながら食べていた? そんな訳の分からない怪人がいるはずがない。いる方が困るのだった。

 部下がいつまでもおかしな話をするものだから、顔を殴った。大きく転ぶと鼻血を出していた。出来の悪い人をいたぶるのが楽しかった。クーラーの効く涼しい部屋で過ごしていたら、勝手に時間が過ぎるはずだった。そう思っていた時に、部下の一人と連絡が取れないと言われた。きっと女の一人を襲って遊んでいるのだろうと思った。前からずる賢く生きることしか出来ない男だった。俺の監視がないからと暴れて、自由に生きているのだった。父親が少し力があるというだけで良いポジションにいられる、どこぞのボンボン。俺からすれば目障りで邪魔でしかなかった。ふと狩人という殺し屋が殺せば良いと思った。勝手に殺さないのなら、生かす代わりに殺させても良かった。で、狩人も滅多刺しか頭を撃って殺すのだった。

 ナイフしか持っていない殺し屋に、出来ることなどなかった。殺し屋は普通でない人がする職業だった。殺して職を得る非効率なことをするなら、もっと別のバイトの方が何倍も良かった。未だ若いくせに、殺しでしか生きられないとは惨めでしかない。何の夢もなくただ金のために誰かが憎む者を殺す。可哀想にと俺は思った。憐れとは思わなかった。どうせこれから死ぬ人に思いなどない。死んでくれなければ逆に困った。一種の共感を少しだけして、ティッシュで目を拭いたら消える物だった。俺は社会からはみ出されたから、裏で細々と生きるしかなかった。だが、それではつまらないと必死に働いて今の職を維持出来ていた。部下に恵まれ、もう働かなくてもリゾート施設で一生暮らせるほどに。もし出会う場所が違ったのなら、下働きぐらいとしては雇っていた。だが、確実に殺し屋よりは給料は悪いだろう。

 狩人がゲーム終了後に部下を引きずりながら現れた。森の中で何があったのか、想像も付かなかった。その時に俺に付いていた護衛が勝手に動いた。そりゃあ、俺は守るためにだったかもしれない。だが、そいつが動いたせいで俺達は全員敵対者扱いされた。潜んでいた情報局に情報を吐かされた後に、生きたまま土に埋められた。昔に失脚した王が生きたまま、棺に入れられたようにだった。ただ俺達は大きなコンテナに丸々入れられた。飲食物はなく、餓死すれば終わりだった。これから殺された方がましだったのかもれない。後悔をしても遅かった。唯一の照明を頼りに、最後の餞別と渡された紙に鉛筆で言葉を記した。

 狩人を侮るな。死を持って後悔する。


「何か面白い物を書いてるな」

 声の主はそう言うと、その紙を燃やした。コンテナに入れられたどの者も、苦しみながら逝った後があった。だが、それは自業自得でしかなかった。

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