悪役令嬢に愛される不遇メイド

ことはゆう(元藤咲一弥)

悪役令嬢に愛される不遇メイド




「ベネノ。ベネノ居ないの?」

「アインお嬢様、此処に」

 私はアイン・ザークお嬢様にお仕えするメイド、ベネノ。

 孤児で他の子どもとは肌や髪の色が違う事から毛嫌いされていた私を、メイドとして引き取って勉強を教えてくださったアインお嬢様。

「アインお嬢様、ご結婚はなされないのですか」

「しないわ、弟と妹が居るから家はなんとかなるでしょう」

「ですが、お嬢様のようなお美しく聡明な方が結婚しないのは──」

「『褐色肌に、くすんだ金色、嫉妬の緑の目のメイドなど君にふさわしくない』と殿方から言われて以来全部お断りしてきたのよ」

「お嬢様……」

 言われた内容は、私の物です。

 褐色肌に、濁った金色、嫉妬の緑の目。

 髪の毛で目を隠しても、髪の毛は隠せない。

 他の人から言われ続けてきた事実、そんな私の所為でアインお嬢様がご結婚できないのがいやなのです。

「アインお嬢様、私の事はいいのです。お嬢様の幸せの為なら私はいつでも居なくなる──」

「居なく、なる?」

 アインお嬢様の静かにそれでいて圧のある声に、私はびくりとしてしまいました。

「何を言っているの、ベネノ。貴方がいなければ意味はないわ」

「それはどういう事ですか」

「私が愛しているのはベネノ、貴方だけなのよ」

「え」

「お父様もご存じだわ、私がベネノを愛していることは」

「そ、そんな、恐れ多いです! 私のような者がお嬢様に愛されるなど……」

「ベネノ、私は貴方の肌の色も、髪の色も、目の色も、全て好きなのよ。そして貴方の性格も勿論大好きなのよ、私の可愛いベネノ」

「アイン、お嬢様」

 アインお嬢様は座っていた椅子から立ち上がり私を抱きしめます。


「私の可愛いベネノ、貴方がいれば何もいらないわ」


「お嬢様……」

 嬉しい反面、これでは駄目だと思いました。

 これではお嬢様はいつまで経っても一人身のまま。

 私なんかの所為で……


 私は旦那様に話して家を出る許可を貰いました。

 お嬢様の為というと旦那様は仕方なさそうに許可を出してくださいました。

 旦那様もやはりお嬢様の事を心配していらっしゃるのです。

 私はフードを被り、隣町へと移動しました。

 そこから馬車に乗って遠くへ行こうと思ったのです、ですが──


「その馬車、お待ちなさい!」


 その声に私は驚きました。

 紛れもなくお嬢様の声です。

 馬車は動くのを辞め、馬車の中にお嬢様が入ってきて、私に一直線に向かって来ました。

 そして手を取りました。

「ベネノ、お前は私のものなのですから勝手に居なくなることは許しません」

「お、お嬢様、ですが……」

「さぁ、家に戻りますわよ」

 と家の馬車に乗せられ連れてこられたのは、お嬢様の領地の別宅の一つ。

「あ、あのお嬢様」

「今日から私と貴方は此処で暮らすのです」

「だ、旦那様達は⁈」

「お父様はベネノを食い止めなかったので隠居させ、弟に後を継がせました。もう良い年ですしね」

「で、ですがお嬢様。そんなことをしては──」

「弟には困ったことがあったらすぐ私を頼るように言っております。ですから問題ありません」

 アインお嬢様はやると言ったらやる御方です。

 旦那様も本当に隠居させてしまったのでしょう。

「それと今日から貴方は私と一緒に寝るのです」

「そ、そんなお嬢様と一緒に寝るなんて恐れ多いです」

「ベネノ、これは命令です」

「は、はい……」

 お嬢様と長い間過ごしてきた私は、お嬢様の「命令」には逆らえないのです。

 お嬢様の「お願い」ならまだ抵抗できますが「命令」だけは逆らえないのです。


 その日は、私ではなくお嬢様が料理をお作りになりました。

 料理の腕前もシェフから習ったかの如くの腕前でした。

「お嬢様、どこで料理を……」

「貴方と二人で暮らす為に、シェフにならったのよ、勿論作物の目利きもね」

「その、まさかよ。貴方と二人で暮らす為に従者達に教えて貰ったのよ」

「お嬢様がそのような事をなさるのは……」

「何、貴方は不満?」

「当然です、手が荒れますし、お嬢様が汚れてしまいます。私一人でやります」

「それは駄目です」

「何故ですか⁈」

「二人で共同で行いましょう、いいですか、これは命令です」

「は、はい……」

 食事を終え、歯を磨いた後、湯浴みをすることになり、お嬢様より先にお湯に入れていただきました。

 暖かな香りの良いお湯、あれた肌がすべすべになっていくのを感じます。

「あの、お嬢様このお湯って……」

「私が錬金術で新しく開発した入浴剤よ、もう販売してて貴婦人方には大人気よ」

「そう、なんですか」

「髪もつやつやになり、肌も整う……肌をさらに整わせる調整液も一緒に販売してるから私はお金持ち、金には困らないわ」

「そ、お嬢様、そういうことではなく……」

「ではなぁに、私の可愛いベネノ」

「お、お嬢様は、本当に、私なんかと、一緒で、良いの、ですか?」

「勿論よ、私の可愛いベネノ」

 そう言ってお嬢様は私の頬にキスをしてきました。

 恥ずかしさでいっぱいです。


 その後、お嬢様の湯浴みという普段の行動で平常心をなんとか取り戻しましたが──


「お、お嬢様、やはり私とは別室で寝るのが……」

 綺麗なお嬢様とおそろいの寝間着を着せていただき、私は困惑しました。

「ベネノ、命令よ。一緒に寝ましょう?」

「は、はい……」

 命令には逆らえず、私はアインお嬢様と共に広いベッドに横になりました。

「こーら、端っこにいかないの」

「ですが、お嬢様を蹴り飛ばしてしまったら」

「貴方は寝相は悪くないでしょう?」

「ですが……」

「命令、もっと近寄りなさい」

「はい……」

 アインお嬢様に近寄ると、お嬢様は私を抱きしめました。

「何年ぶりになるかしらね、貴方をこうして抱きしめて寝るのは」

「……16年ぶりでございます」

「もうそんなになるのね」

 アインお嬢様が8歳の、私が4歳の頃私はアインお嬢様に引き取られました。

「アインお嬢様、まだ縁談の話はきているのを旦那様に聞きました。遅くはありません、他の方と結婚して幸せに──」

「ベネノ? 私の幸せは貴方がいないと意味がないの。他の男達は貴方の良さが分からない、だから私は貴方と生涯一緒に居たいのよ」

 24歳という年では結婚し遅れと言われています。

 ですが、お嬢様には財産も美貌も賢さもある、それを目当てにくる殿方は多いはずです。

 最初は愛がなくともいずれ愛がある結婚になると信じて私はお嬢様の心代わりを待つしかありません。


 しかし──


「ベネノ、良い果物でタルトを作ったの、一緒に食べない?」

「ベネノ、貴方のその綺麗な髪に口づけをさせて」

「ベネノ一緒に湯浴みしましょう」

「ベネノ、一緒に寝ましょう」


 など、私を離してくれる気配は全くないのです。


 そんな日が続いたある日──


「アイン嬢」

 若い男性がやってきました。

「どうか私と結婚して欲しいのです」

「構わないけど、私の侍女も一緒で無くては結婚しないわ」

「ええ、ええ、勿論です」


 やっとお嬢様が普通の道に戻られるそう思っていました。


 お嬢様とその貴族の男性が話している時、その方の従者達が小声で何か話していました。


『あの侍女色は変だが体はいいよな、坊ちゃんの言う通り、結婚したら、侍女を強姦して殺して捨てるって計画』

『殺して捨てるのはもったいないよなぁ』


 背筋が総毛立ちました。

 でも、どうすることもできません、お嬢様の足手まといなのですが。


「悪いですけど、婚約は致しません」

「何故だ⁈」

「貴方の従者が私の可愛い侍女を強姦するなどと計画を立てていると知って黙っているとでも?」


 男性が従者達を睨みます。

「貴様等そのような事を考えてたのか‼」

「あら、貴方が立案者だと聞こえたのだけど⁇」

「⁈」

「私耳が良くてね」

 お嬢様はそうおっしゃると、男性の顔を蹴り飛ばして昏倒させました。

「このまま男として不能にされたくないのなら二度と我が家に訪れないこと、良いですね?」

「は、はいいぃ‼」

 そういってその方々は逃げるように馬車で帰っていきました。

「後で王宮にも連絡を入れましょう、そのような愚弄を行うことを考える貴族など不要です」

 そう言ってから、お嬢様は私の手を握りました。

「貴方も聞こえてたのでしょう、怖かったでしょう」

「いいえ、お嬢様……お嬢様の足を引っ張るくらいなら……」

「何を言ってるの、貴方がいつ私の足を引っ張ったと?」

「いつだって、縁談の破棄の原因は私……いっそ居ない方が──」

 そこまで言うとお嬢様に口づけをされました。


 え。


 口が開放されるとお嬢様は言います。

「こんなにも、私は貴方を愛しているのですからね! ベネノ、だからそんな事言わないで頂戴」

「お嬢様……」

 泣きそうになるお嬢様に、私はそれ以上何も言えず涙を流してしまいました。




 ザーク侯爵家には影の支配者がいる。

 その支配者は王室にまで発言権があり、取り潰しになった貴族は数知れず。

 けれどもそれは全て。

 彼女の愛しい侍女を愛するが為の行動である。

 故に影の支配者に触るなかれ、影の支配者に愛される侍女を侮辱するなかれ──





「お嬢様」

「なぁに、ベネノ」

「私を守って下さり、有り難うございます」

「当たり前でしょう? 貴方を愛しているんだから」

「お嬢様……」

 そう言ってお嬢様はこちらに来てキスをしました。

「可愛いベネノ、今日はたっぷり可愛がらせてね?」

 肉体関係ももう当たり前になって私がおかしくなってしまったのかなと思うほどです。



 それでも、お嬢様の愛からは逃げられない。

 いいえ、逃げる気はとうに失せていた。

 だって、私もお嬢様を──

 愛しているのですから──






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