第90話 イジュール平原の戦い

 朝。


 睡眠薬のおかげで五時間は眠れた。


 我々討伐組は朝から出発して、イジュール平原手前の河川敷に到着した。

 今日は私も紗耶香ちゃんも、ポンチョではなくフード付きの外套を買って着ている。

 魔法使いのローブのように裾が長いので温かい。


 周囲には冒険者や傭兵や騎士団が炊き出しをしたり、干し肉などを噛んでる姿が見えた。

 今回のドラゴン討伐は300人くらいの参加者がいるらしい。


 私達の朝食といえば、先日食べた伊勢海老の頭の部分を使って味噌汁とおにぎりと漬物とおやつ。


 夕方は不在で、どっかから帰って来たリックさんも行軍は一緒なので、今は一緒に食べている。



「美味いな、この汁」

「良い出汁が出てますね」

「美味しいデス」



 リックさんとコウタとライ君が伊勢海老から出汁を取った味噌汁に舌鼓を打っている。


「俺は昨日、海老の身の方を食わせて貰ったが、すごく高級そうな味だった」



 ラウルさんはドヤ顔でそう言った。



「そんなに!? 皆でそれを食ったのか」

「昨夜、サヤが食べたのは高級なお肉で〜す!」



 リックさんが羨ましそうな顔をした。



「俺は値段よりもロマンを重視したので、ロマン弁当でした」

「なんだそれ?」



 リックさんが首を傾げて言ったセリフにコウタが返す。



「若くて可愛い女の子が作ってくれた弁当です」

「は? いつもカナデが料理してくれてるじゃないか」


「カナデは実際には幼馴染なんですが、妹とか姉とか身内枠なので」

「コウタは弟分よ、あと、多分コイツ生意気にも面食いです。

紗耶香ちゃんの手作り弁当を食ってたので」


「うるせ〜〜」


 姉的存在だと主張する私に悪態をつくコウタ。

 紗耶香ちゃんは照れ隠しなのか、味噌汁とおにぎりを味わって食べる事に集中している風を装おっている。

 だが顔が赤い。耳も。




「へ、へえ〜〜。そうなのか」

「餅米で作ったおかきと大福もありますよ」

「カナデはなんで今、お菓子を出すんだ?」



 今は朝食を食べている最中なので、リックさんはデザートは後なのでは? という感じで問いかけて来た。


「食事中に言いにくいのですが、討伐が長期戦ならトイレ……ドラゴン退治中に用足し休憩なんて取れないと思って、餅系食べると割と持つって映画とか……いえ、任務中助かるかと」


「ああ! なる! アタシも大福食べる!」



 さっきまでおにぎりと味噌汁を食べていた紗耶香ちゃんは、ハッとした顔で苺大福を手に取った。



「ドラゴンに怯えてジョバーってなるのは防げないかもだけど、一時的になら多少は効果あるだろうな」



 コウタは若干言葉を選んで通常の大福を口にした。


「甘美味い」


「はい、コレも美味しいデス」

「俺もいただこう」

「俺も」



 ライ君とラウルさんとリックさんも通常の大福を食べた。

 私も味噌汁の他には苺大福とおかきを食べた。



 *



 ぞろぞろと大群がイジュール平原に移動する。



「そう言えば、ドラゴンは平原のどこにいるんですかね?」

「住処は山の方だが、平原に誘き出すんだよ」

「どうやって?」

「人間が縄張りにいっぱい入って来たら、ドラゴンが食事とばかりに飛んでくるんだよ」


「イジュール平原もドラゴンの縄張りですか?」

「そのようだ。冬に目覚めるのは珍しいのだが、ドラゴンのクソ長い休眠期に作った人里が襲われたからって」



 私達がドラゴンを誘き出す生き餌なのね……。


 しばらく平原を歩いて、休憩時間になった。


 休もうとした途端、急に鳥肌が立った。



「来ました! 山脈からレッドドラゴンです!」



 斥候が緊迫した声で叫んだ。


「総員、戦闘準備!」



 凄い速さで大きなドラゴンがこちらに迫って来る!!


 グギャアアアアアアア!!

 ドラゴンの咆哮!!



 これは先制攻撃に等しかった。

 ドラゴンの咆哮は恐怖で人の動きを止める。


 よりによって前衛職の戦士達が恐怖で固まってしまった!



 ピロン!


【イジュール平原。ドラゴン討伐レイド】


【クレリックの加護! 恐怖耐性スキルが発動中】



 私の前にそんな表示がでた。

 私はクレリックのスキルを検索して叫んだ。


『聖なる音よ! 響け! 祝福の鐘!』



 どっからともなく、鐘の音が響き、周囲の恐怖を打ち払い、またメッセージが出た。


【鐘の音で仲間達が恐怖恐慌状態から回復しました。同時に仲間のステータスがアップしました】



「「「うおおお!」」」



 戦士達の力がみなぎってくる。


『ファイアーボール!!』


 魔法使いが炎の呪文攻撃を放った!

 コウタもそれに続いた。


『フレイムジャベリン!!』


 コウタとその他複数の炎の魔法がドラゴンに向かって飛んで行ったが、ダメージはほぼ無いようだった。


「やっぱドラゴンには炎は効かないのか!?」


「ブレスが来るぞ! 気をつけろ!」


『風の壁よ!』

『水の壁よ!』


 風と水の魔法使いが魔法の壁を我々の前に作り出した。

 ドラゴンのブレスが魔法の壁に衝突した。


 凄じい炸裂音がした。

 壁があるのに熱風が来た。このまま焼かれて死んでたまるか!

 私は神に祈り、叫んだ。


『いざ降り来たれ! 聖なる雷!!』


 激しい雷撃がドラゴンを撃った!!

 ダメージが通ったのか、ドラゴンが咆哮を上げた。

 声は上げたけど、どうやら体は痺れて、スタンしてる。


 騎士団長みたいな人が叫んだ。



「今だ! 突撃!」

「斬り込め!」

「うおおおおおおっ!」


 斧、剣、槍、色んな武器を持った前衛職の戦士達が突撃して行く。

 ラウルさん、コウタ、ライ君、リックさんも突撃していった。



『アクアジャベリン!!』

『風よ!』



 紗耶香ちゃんが他の魔法使いと何か話していたと思ったら、目潰しみたいにドラゴンの目に向かって水魔法をぶちかました。

 風魔法使いの風魔法がそれを援護していたみたい。


 ドラゴンは痛そうに目を一瞬閉じたが、その後、スタンから復帰したのか、巨体のいろんな所に、砂糖に群がる蟻の如く人間達の集中攻撃を受けているドラゴンが体と尻尾を激しく動かし、振り払った。


「うわあーーっ!!」



 暴れるドラゴンに吹き飛ばされる沢山の人間達。



 私は後方にいるけど、さっきの攻撃魔法でMPを半分くらい使い、だいぶん疲労していたので、急いで回復薬を飲んだ。



「そこのクレリック! 先程の雷攻撃、もう一度可能か!?」



 騎士団の人に問われた。

 どうも私に言ってるらしい。



「やります!」



 前衛が吹き飛ばされた今がある意味チャンス!


『雷帝よ! 勇ましき御身を讃える! 聖なる雷にて我らを救い給え!

聖雷!!』



 さっきとは違い、天空からのみならず、大地からも同時に雷の攻撃がドラゴンに炸裂した。


 ドラゴンが一際大きな声を上げ、また動きが止まった!


 飛んで来た槍と弓が風魔法使いの援護を受けてドラゴンの体に突き刺さる!

 今がチャンスとばかりに吹き飛ばされた前衛職がトドメを刺しにドラゴンの巨体に殺到した。



「勝った! やったぞ!」

「我々の勝利だ!」


「怪我人を運べ! 医療班の所に!」

「衛生兵!」



 満身創痍の人も多いけど、ついにドラゴンを討伐した!



 ピロン。いつもの電子音が脳内に響く。


【イジュール平原、ドラゴン討伐成功】


【経験値が分配されます】


 私とコウタと紗耶香ちゃんも一気にレベルが55まで上がった。

 コツコツとレベルを上げていたコウタの努力は?


 ──まあ、とにかく、


「生き延びたわ! 皆! 怪我は大丈夫!?」



 私が前衛の男性陣に駆け寄ると、


「なんのこれしき」

「肘と膝を怪我したが、かすり傷だ」

「ちょっと背中を強打したが、大丈夫だ」

「大丈夫デス、問題アリマセン」



 うちの男連中は揃いも揃ってタフガイアピールか?


『慈悲深き癒しの神よ、癒しの光よ……』


 私は身内枠の男性達にクレリックの癒しの魔法を使った。



「お、カナデすげえな! 傷が治った!」

「痛みが消えた。カナデ、ありがとう」


 コウタとラウルさんにも感謝された。


「ありがとうゴザイマス」

「よし! 完全回復!」

 

 口から血を流しつつも強がっていたリックさんとライ君も、復活したみたい。


「カナデっち、すごーい! 今回の戦闘のMVPじゃんね?」


「知らんけど、経験値は稼いだし、早く帰ろう」

「せっかく他領に来たのに、観光はしないのか?」



 リックさんがそう問うて来た。

 正直言って、私は観光もしたい気もするけど……。


 いつの間にか、コウタが眼前のメッセージ画面に釘付けなっていた。

 表示されていたメッセージには、


【レベル55。バジリスクの森、攻略可能レベルに到達しました】


 と、出ていたのだった。

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