第69話 オタクの夢

 リックさんの提案で市場で焼き肉用の肉を買って帰ろうと、市場に寄ったら、ドンっと子供が紗耶香ちゃんにぶつかって謝りもせずに去って行った。


 が、ライ君が取り押さえ、一言。


「スリデス」

「あ、お財布取られた。小銭しか入れてなかったケド」



 ああ、お決まりのパターン。



「チッ! ぼーっとしてる方が悪いんだろ!」

「……などと供述しており」



 ニュースキャスターのようなツッコミが出来る事案が我々に発生するとは。

 しかし、この後に及んで悪態をつくスリの少年、さてどうするか。



「まあ、ライ君のおかげで小銭も戻ったし、サヤは別にいいけど。

てか、カナデっちのツッコミにウケるんだけど」



 紗耶香ちゃんは心が広い。優しくて見た目もかわいいギャル。

 私が男子高校生なら惚れるかもしれない。


「ちゃんと躾けナイト、また同じ事シマスヨ」

「盗みを働く者は腕を切り落とす」



 ラウルさんはクールに言って、あえて凄みを出してスリを睨んでいる。

 躾のために腕を落とすと脅しているのかな。



「というのが通説か。でも大抵スリは貧乏でこんな事するんだろう。

真面目に働いてる人が多いのに人の稼ぎを掠め取るのはどうかと思うが」


「ふーん、コウタは許してあげたいの?」

「貧乏なんだろうなぁって思うと」



 こいつもたいがい甘いな。

 私はお金盗まれたらめちゃくちゃ悔しいけど。



「働いて貰えばいいじゃないか、それか腕を切り落とすの二択」



 リックさんは労働を選んで欲しそう。


「えー、どんな労働? あ、馬小屋とトイレの掃除とか?」



 紗耶香ちゃんはわりと誰でも考えつく罰を提案した。かわいい。



「こんな信用できナイの、馬小屋に近づけナイデクダサイ」

「ライ君の言う事は最もだし、お仕置きをしようよ」



 私は盗人は嫌いなので、思いついた事を提案する事にした。



「え!? カナデっち、この子の腕を切り落とすの!?」

「違うよ、そこに正座させて歌を歌わせて、小銭を稼がせる」

「歌ぁ?」



 紗耶香ちゃんは首を傾げた。

 往来で歌わせて、盗んだ額と同じくらい稼がせる罰だよ。



「さあ、お前、そこで座って歌いなさいな、周囲の人の憐れみを乞いながら……」



 私は地べたを指差して言った。


「カナデが悪役令嬢みたいな事言い出した!」

「躾は大事なんだよ、そこそこ痛くないと覚えないでしょ、悪さしたら罰があるって」

「俺は歌なんか知らねえ!」

「そう来たか……じゃあ、人前でお尻ぺんぺん?」



 今度はよくあるお仕置きを言ってしまった。



「また雑なお仕置きだなぁ?」

「じゃあコウタはなんかいいのあるの?」


「……よし、縛り上げて、目の前で俺たちが美味い物を食って、決して分けてあげない拷問にしよう」

「それ、なかなか屈辱的かつ、悔しくていいかもしれないわね」



 私はコウタの案に合意した。



「まあ、お尻ぺんぺんの体罰よりはマシなんじゃん? 少年、反省しなヨ?」

「ぺっ!」



 少年は紗耶香ちゃんの反省しろって言葉を聞いても、地面に唾を吐く態度の悪さだった。



 *


 役人に突き出す代わりに縛り上げ、スリの少年を連れてく事に。



「スリを家まデ案内シナイデ下サイ」



 あ、ライ君の言葉は最もだわ。泥棒に家を教えるのはダメね。



「じゃあどっかでバーベキューにする? こっちの方はなんか晴れてるし」

「そういや森では曇ってたんだけどな」


 急に近くの公園でBBQにする事に決定し、お肉は市場で購入した。


 コウタがバーベキューセットをアイテムボックスから取り出した。

 肉が焼けるいい香りが周囲に漂う。

 

 スリはそこらにある木に縛りつけていて、ムスっとした顔をしている。

 縛り上げたまま馬車で運んで来た。


 私はアイテムボックスから買い置きの調味料や野菜などを出した。

 紗耶香ちゃんはトレイや食器などを敷き布の上に並べた。

 

「肉を焼いていくぞ〜〜」

「どんどん焼いてこ〜〜、すでにお腹ペコなんだ」


 ジュウジュウと肉の焼ける音がする。 ……焼けた。


「あ、本当に美味いなこのタレ」


 焼き肉のタレの力に驚くリックさん。


「ああ、塩だけで食うのとは段違いで美味いな」


 ラウルさんも感心している。


「めちゃくちゃ高い肉ならむしろ塩だけで美味いとは思うんですけどね」


 コウタは遠い目をして言った。


「そんな高級なお肉を食べる機会はそうそう無かったけどね〜〜」


 日本にいた時でさえ、ほとんどが安い肉を舞茸やお酒やヨーグルトで柔らかくして節約して食べてたから。

 ごく稀にいいお肉も食べていたけど。

 いい肉を安く売っていた時とかお祝いの時とか。


「ウマイ」

「良かったね、ライ君」


 ぐうぅぅ〜〜〜〜っ。

 響きわたる腹の音。

  

 スリ少年からだ、この腹の虫の音は。

 効いてる! 効いてるよ! 美味しそうな香りと人々の美味そうな反応での精神攻撃!


「自分だけ食べられない辛さが分かったかしら?」


 お肉を美味しく食べながら私がそう言うと、


「ケッ! うるせーブス!」



 暴言! 新たなる罪状が加わった! 侮辱罪!



「全くかわいくない子ね」

「お腹が空いて気が立っているんだヨ〜〜」

  

 紗耶香ちゃんがそう言ってスリに網の上で焼いたピーマンを食わせた。


「ちょっと! 何食べさせてあげてんの! 優しくしてたら罰にならないよ!」

「でもこれお肉じゃなくてピーマンだよ。多くの子供が嫌がるお野菜筆頭」

「当方の仕入れたピーマンは! 農家さんの汗と努力と研鑽と品種改良の結果! 

苦味も無く美味しくなっております! 普通に美味しい食材です!」


「そ、そうか、ごめん」

「てか。かわいいギャルに手ずから食わして貰うとか、羨まけしからんでしょ!」


 かわいいギャルに優しくされるなんてオタクの夢すぎる!


「カナデ、お前そんなに羨ましいなら食わして貰えば?」

「サヤはいいよ〜〜、ほら、カナデっちもあーんして」


「違う! 今のタイミングではない! 今はスリを働くと罰を受けると言う事を少年に教えているわけで!」

「無駄に意地をはるなよ、カナデ」

「だって! もう知らない!」

 

「ごめん、ごめん、おっぱい揉んでいいから許して、カナデっち」

「え!? マジで!? それなら許すけど!」


「いや、許すんかい!」

「あはははっ!!」


 私のアホな反応にコウタが的確にツッコんでくれて、紗耶香ちゃんは腹を抱えて爆笑した。


「てか、マジで揉んでもいいんですか? 同性なのでセーフなんですか?」

「なんで敬語になってんの? ウケる」

「いや、やっぱりいいわ、彼氏をさしおいて、私が揉むわけにはいかない」

「そんな真剣になるほどの事でもないよね〜〜」


 紗耶香ちゃんはおかしそうに笑っていた。

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