第9話 ウスベニ貝
「あ、こっちの部屋にも紐あったわ。これで洗濯物が吊るせるわ」
紗耶香ちゃんは部屋に戻るなり、ベッドサイドに有る棚の中の紐と窓枠付近の釘を確認した。
「コウタがハンガーと洗濯バサミも買ってくれたし、あ、ねえ、石鹸は宿に借りられるかな」
私は部屋に備えてつけてあるテーブルの上に、コウタがお買い物スキルで買ってくれたハンガーと洗濯バサミを置いた。
「よし、石鹸を借りれるか、もしくは買い取れるか宿の人に聞いてみよう。
無理ならどっか店に買いに……あ、市場に石鹸くらい有るかな」
──ん? 待てよ。
「──待って、紗耶香ちゃん。化粧品ショップの枠に石鹸無い? 美肌に関連してたら、もしかして」
紗耶香ちゃんも、はっとした顔をして、ステータス画面からでショップを表示させた。
「あ──カナデッチ、冴えてる!
何か、お高いのならあったわ、最安で480円くらい。
高いのは千円超えるよ、美肌石鹸。洗濯と洗顔用に一個だけ最安の買っとく?」
「うん。でも普段の洗濯用は後で市場で探してみようね。
今回だけちょいもったいないけど、時間を買う的な」
「りょ。美肌にも良いならまあ、損は無いでしょ。
口紅もお試しで一本買っとく?」
「そうだね」
店の人に言えば石鹸は借りられるかもだけど、消耗品だから、迷惑かなって思ってしまう。
日本ならホテルのアメニティとかで洗面所に有ると思うんだけど。
安宿ならだいぶ経費節約してそうだし。
やや黄ばんだベッドシーツを見るとやっぱ交渉しにくい。
「ずっと宿屋じゃ毎回お金かかるし、安い家でもいいから、私達の家、いつか借りたいね」
「そうだね。借りるとなると家賃いるけど、一日毎に宿屋代でお金減ると結構精神に焦りが出るから、せめて一か月分まとめ払いとかの……シェアハウスも悪くない」
「うん」
いつ日本に帰れるのか、二度と帰れないのか、分からないけど……。
生きてる限りは頑張って生きないと……。
「夜中のうちに洗濯しとく? 早朝やる?」
「夜は下に酔っ払いがいっぱいいそうだし、下着を洗うの見られたくないから、早朝にしよ。
タライか桶だけ、借りれるか今から聞いてくる」
「夜だし、アタシも一緒に行くよ」
「おー! 女優さんだ! 演技良かったよ!」
「あ、公演見てくれたんですか? あざーす!」
紗耶香ちゃんはにこやかにお礼を言った。
食堂のお客さんに紗耶香ちゃんの演劇を見てた人がいたみたい、びっくりした。
「あなたの唇の紅、本当に綺麗ねえ」
「あざす!」
食堂の女性のお客さんにも色付きリップの色を褒められている。
「やっぱこの口紅、好感触だね、カナデっち」
「うん、容器用のいい感じの貝、見つかると良いね」
「貝がどうしたい? 嬢ちゃん達! ここにあるよ! 一緒に食うかい!?」
「「え?」」
口紅貝に似た薄いピンク色の貝が目に入った。
スープの中身の貝を食べた後に、殻だけ皿に分けてある。
サイズはハマグリくらいで、内側は綺麗な光沢の有る真珠色。
「あ、この貝綺麗な見た目してますね……食べ終わった貝殻だけで良いので貰えたりしないですか?」
「え!? 中身じゃなくて!?
親父さーん、この子、ウスベニ貝が欲しいらしいぜ! やっても良いかい?」
ウスベニ貝、どっかで聞いたような名前だけど、多分地球産の貝とは違うのだろう。
「そんな中身無しの貝殻ならそこそこ有るからあげてもいいよ。
でも代わりにハンバーグとやら、俺の分だけでいいからまた作ってくれるかい?」
「はい! ありがとうございます!」
やった!
「ちょっと! あんた、何を一人だけ!」
おっと、流石に女将さんが怒ってしまったか。これはいかん。
仲裁しよう。
「あの! また厨房の皆さんの賄いにハンバーグを作りますので、洗濯用の樽をお借りしていいですか?
それとこの貝の殻を出来るだけ沢山いただけたら」
「あー、そんなんでいいなら、いくらでもいいさね!
裏庭に樽と洗濯板が有るから使っていいよ!
ハンバーグのお礼に貝も中身入りをあげるから、食ってみな?
なかなかイケるよ!」
「ありがとうございます!! ハンバーグは明日、市場から戻ったら夕食の賄い用に作らせていただきます」
「あいよ! ウスベニ貝は今から食うかい!?」
「あ、はい!」「あざーす!」
「はいよ〜〜」
女将さんも快諾してくれた。
市場で綺麗な貝を探す手間が省けた。
「食べ終わったら、台所ですぐに貝を洗わせて貰って、コウタの分は中身の貝だけ取り出して皿に盛って渡しに行こう。まだ起きてたらいいけど」
今は夜の11時半くらいである。
「仮に寝てても軽くドアをノックしても起きないならアイテムボックスに入れておいて朝飯にしてもらえば良いんじゃね?」
「ん、そうだね」
「貝入りスープ美味しい! 良い出汁が出てる!」
「本当、美味しい! アサリの出汁っぽい味がする」
「でも貝の身が不思議なことにタケノコみたいな味がする。美味しいけど……やっぱり不思議」
「マジだ、不思議な貝だね、食感は貝だけど、出汁がアサリっぽい味なのに、噛むとタケノコ味」
私と紗耶香ちゃんはその夜、アサリの出汁味のするスープに、タケノコっぽい味の不思議な貝を食べた。
二階に戻ってコウタも起きてたので食べさせてみたら、やっぱりタケノコ味って言った。
そしてまた脳内に響いたピロロン音。
ステータス画面を見ると私の商人レベルと交渉の数値が上がってた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます