第7話 女優
外見が神殿のような作りの立派な風呂屋があった。
「え? ローマのテルマエっぽいような」
「想像以上に立派だ」
「ここなら綺麗っぽい! 良かったじゃん!」
そしてちゃんと男湯と女湯は分かれていた。
「じゃあ、えっと、情報収集もするなら風呂屋の前だと、どんだけ待つか分からないから、赤星の食堂に集合でいい?
電波無いからスマホあっても通信は出来ないし」
私はコウタに確認を取った。
紗耶香ちゃんは私と一緒に動くから待ち合わせの必要は無い。
「了解」
お風呂屋の扉を開けて中に入った。
「あ、石鹸と布が売られているね」
「よし、買うか」
「りょ。カナデっち、預けたお金からヨロ」
「うん」
我々は茶色い石鹸とタオル代わりっぽい布を購入した。
「ところでこの石鹸はどんな材料で作られてるんですか?」
私は興味をそそられて売店の人に聞いてみた。
「オリーブとローレルだよ」
「なるほど、ありがとうございます」
月桂樹とオリーブね。肌に悪そうな素材では無くてほっとした。
「じゃあ、コウタ、また、食堂でね!」
「またね~~」
「ああ」
私達は女湯と男湯に分かれた。
脱衣所には小学校の下駄箱のような木製の棚があって、そこに着替えを入れるらしい。
ちなみに扉や鍵は付いていないから盗難が怖い。
私達は小銭とタオルとパンツ以外の貴重品は盗まれ無いように全てアイテムボックスの中に入れて来たからいいけど。
お財布だけは風呂屋の店員のおばさんに名前を告げて預けるみたい。
名前の書かれた札をつけられている。
あ、観察の結果、お財布は基本的に小さな巾着袋が一般的っぽいわね。
私は旅行中、万が一に備えて生理用ナプキンを入れた巾着袋を持って来たんだけど、シンプルな巾着袋だったからそれを財布として代用出来た。
紗耶香ちゃんの持って来たのはカラフルな絵付きのビニール素材のポーチだったので、私が同じ袋に小銭を預かって来た。
そして日本のブラは美しいレースとかで非常に目立つと思うので着けて来ていない。
恥ずかしいけどノーブラで来た。
脱衣所で紗耶香ちゃんとコソコソ話をした。
「カナデっち、シャンプーとリンスはどうする? 他の人が持って無いのを使うと目立つよね?」
「今日の所はさっき買った石鹸で我慢しよ? 自宅でも持てたら好きに出来るけど」
「りょ」
はたしてマイホームが持てるとこまで行けるかは不明。
「あ、あのさっき買った布は腰に巻くみたいね」
「あー、なる。隠して入って良いんだね」
周囲の女性の様子を見たら腰巻きに使ってる。
どうやら隠すのは下半身のみのようだ。
胸はフリー……。郷に行っては郷に従え。……真似します。
湯気に包まれ、少し薄暗い浴場に、裸足の足を踏み入れる。
「わ、マジででかいし!」
「流石、大衆浴場だね」
でかいし、中央には水瓶持った女性の像みたいなのがあって、なんとその水瓶からお湯がどんどん出てる!
「あの壺から出てるのお湯か~~、ここの文明もなかなかやるじゃん」
「ここ、もしや源泉かけ流し?」
「マジで常に流れてるっぽいね。
汚れたお湯が溜まって無くてマジ良かった。そんなんだったらソクサリ案件」
段差の付いた場所で座った状態で女性達がくつろぎつつ会話をしている姿も見られた。
やっぱ社交場というか井戸端会議みたいな場所になってる。
「まず、体を洗うとこからよね」
「そうだね、早く湯に浸かりたいし」
体を洗った後に、ついに私達は温かいお湯に入った。
「ふぅ~~……」
「あ──っ、効くわ。マジ生き返る」
「え!? 本当に!? あの子、主役なのに怪我したの!?
ヒロインの台詞を全部覚えてるのはあの子だけなのに!
今度の公演どうなるの?」
「でも病気と怪我は仕方ないわよ」
「今から代役探しても一日でセリフ覚えられる天才なんかいないじゃない。
チケット代を返す事になると、ただでさえ予算厳しいのに」
「何やら劇団員のヒロイン役が怪我で公演がダメになりそうな所らしいね、
助けてあげたいけど……」
「じゃあ、カナデっち、助けようか?」
「はい?」
「すみません~~! 事情は偶然聞こえてしまいました。
私か、この子で良ければ、代役します!」
「え!? 台詞を一日で覚える羽目になりますよ! 出来るんですか?」
「出来ます」
紗耶香ちゃん!? そんなに頭良かったの?
「じゃあ、あなた美人でヒロインの子の衣装も合いそうだから、あなたにお願いしてもいい?」
「はい、かしこ! あ、かしこまりました。私の名前はサヤって呼んで下さい。こっちは友達のカナデ」
「よろしく……」
一応私も挨拶はしとこう。
「じゃあサヤさん、カナデさん、よろしくお願いね! えっと、台本は今持って無いのだけど」
いきなりとんとん拍子で紗耶香ちゃんがヒロインに指名された。
「後で赤星亭に来て台本貸していただけますか、あそこの食堂兼宿屋にいますので~」
「分かったわ! すぐに衣装と台本を届けるから!」
紗耶香ちゃんが赤星亭を待ち合わせに指定するなり、劇団員の女性二人は急いで風呂から上がって行った。
「紗耶香ちゃん、本当に台詞は大丈夫なの?
ヒロインなら台詞は多いと思うから、一日で覚えるの大変じゃない?」
「スマホに台詞をボイスメモで録音してイヤホンで再生して聞く。
コレでイケるっしょ」
「はっ! その手があった!」
「ワイヤレスイヤホンは髪の毛で隠せば何とかなるっしょ。
嵌めるのか片耳だけなら他の人の台詞も聞こえるし」
そんな訳で、私達は寄り道もせずに赤星亭へ戻った。
「コータ君か劇団員の人、いる?」
紗耶香ちゃんは食堂の店内をキョロキョロと見渡した。
「あ、コウタが入り口に来たよ、まさかの私達より長風呂だったのか」
「すまん、待たせたか。風呂屋から近い所にあった雑貨屋に行って、こちらで違和感無い見た目の巾着袋と使えそうなカゴバッグを一つ買って来た。
巾着はタオルや着替えとか入るサイズとお財布用が三人分ある」
「え、コータ君、マジ優秀! ありがとう! 買い取るわ!」
「気が利くわね。ありがとう。このカゴバッグ可愛いから、買い取るね」
コウタはお財布に使える手の平サイズの革の巾着袋と麻素材の大きめの巾着袋をテーブルの上に出した。
「この大きい方の巾着袋を肩に担いだらさ、昭和のボクサーみたいじゃない?」
「必ずしも担がなくていいぞ」
「あはは。あ、そうだ。風呂屋に行ったらなりゆきで劇のヒロインやる事になったよ、代打!」
「は!? ちょ、まともに説明してくれ」
紗耶香ちゃんは順を追って説明した。
「そういう事か、ギャラはどんくらい出んの?」
「困ってたようだから、そういやお金の事は考えて無かったわ。
相手も金欠っぽいし」
「え? じゃあ純粋な人助けか」
コウタは驚いた顔をして紗耶香ちゃんを見た。
「ダメだった?」
「いや、徳を積んだと思えばいい……んじゃないかな」
「まあ、情けは人の為ならずだし、いい事がそのうちこっちに返って来るかもね」
「そっちはなんか収穫あった?」
「商人ギルドの話とか聞いて来たぞ」
「あー! なるほど」
私が感心してた所に、例の劇団の人達が店の入り口から入って来た。男性も混じって五人はいる。
「あ! おねーさん達! サヤはここでーす!」
「いた! お待たせ!」
風呂屋で会った劇団のお姉さん達が小走りで近付いて来た。
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